エピソード58
###エピソード58
午後3時5分――ARゲーム上でテロを計画していたアイドルファンはデンドロビウムによって撃破された。
この光景はモニターで見ていた鹿沼零(かぬま・れい)にとっても理解を超えていたのである。
『奴は――あの言葉程度では、動じないと言うのか?』
これもミュート機能を使っているので、外部には聞こえない。
彼はデンドロビウムにある発言をしていた。それは、ある都市伝説に関係した物なのだが――。
『デンドロビウムには――明確なソースの存在しない話が通じないと言う事か』
彼女の動揺は、確かに発言した直後にはあった。それを踏まえて手ごたえも鹿沼は感じていたのだろう。
しかし、彼女にとっては虚構とも言えるような話題は通じなかった――あるいは、真実があっても明らかな嘘と見破られそうな物は信じない可能性も高い。
その悔しさは、彼が拳を強く握っている事からも明らかだろう。プランは――想定外のアクシデントによって失敗する可能性も否定できないだろうか。
アイドルファンが起こそうとしていたのは物理的なテロではない。推しアイドルを宣伝する為に特定コンテンツを炎上させる――炎上マーケティングと呼ばれるものだ。
これ自体は大手広告会社も行い、芸能事務所AとJも行っているので――禁止されている訳ではない。
しかし、あまりにも遊び半分や悪目立ちしようと安易にネット炎上する人物が増えたことで、国会でもネット炎上禁止法案を出そうと言う動きが伝えられている。
その内容に関しては不明だが、下手をすれば過度の情報規制などもセットになる可能性がある為――時期尚早と言う声がネット上では圧倒的だ。
【まさか、あっという間に鎮圧とは】
【これは――芸能事務所側も無関心と言い訳出来る状況ではないだろう】
【芸能事務所AとJは大物政治家と手を結んでいると聞く。しかも、総理大臣クラスとか】
【それこそ、ネット炎上や炎上マーケティング的な煽りだろう】
【彼らの言うテロとは、地球上では超有名アイドル以外は悪と決め付けるレッテル貼り――それと同じだろうな】
【わずか数百人というアイドルファンの為に、純粋なファンが離れていくのはブーメランとしか言いようがない】
【そうか? 元々、数百人程度のアイドル投資家が身内で盛り上がっているだけにすぎないだろう?】
【それが海外へ進出とか、世界征服とか、全次元制覇とか、神話化とか……話を大きくし過ぎだ】
【彼らは超有名アイドルをメアリー・スーと思っているのだろう?】
【アイドル投資家に耳を貸せば――尚更だな】
【芸能事務所としては、アイドル投資家の二次オリ的な設定を付けられ、それがネットで拡散する状況をどう思っているのか?】
【二次オリと言うよりも、夢小説勢のねつ造設定だろう? 歌い手や実況者でもやっているような手口の――】
【そうなると、二次創作規制が強化され、一次創作推進と言う動きを加速させかねない】
【そう言う発言こそ――アイドル投資家の狙いじゃないのか? 違うのか?】
ネット上では、様々な意見が飛び交う。芸能事務所側の壊滅も時間の問題だろう。
しかし、安易に自滅等で終わって欲しくないと思っている人物が――存在する。
午後3時10分、一連の様子を動画と言う形でチェックしていたのはARスーツ姿のアルストロメリアだった。
彼女の方は別所にいたのだが、今はデンドロビウムの目撃情報のあったアンテナショップの店内にいる。
しかし、一足違いで彼女は移動したという情報を聞き、該当する動画を見ていた所だった。
「芸能事務所AとJには――炎上マーケティングやノウハウを生み出した全ての元凶として、会社の倒産ではなく謝罪と言う形で決着させなくては」
彼女が本当に望む幕引きは、芸能事務所の物理消滅でも倒産でも、ましてや存在の黒歴史化でもなかった。
アルストロメリアは――単純な事を言えば芸能事務所側に炎上マーケティングや様々な事件に関しての謝罪を求めている。
それも、ガングートの一件だけではなく――それより以前の超有名アイドル商法を含めた全てに関して、さかのぼっての謝罪だ。
炎上マーケティングに関わったスタッフが事務所に在籍している事は把握しており、独立したという話も聞かない。
つまり、ネット上で散々ブラフやフェイクと言われていたアルストロメリアの真の目的、それは――。
更に5分後、思わぬ人物がアルストロメリアのレイドバトルに参戦する事になった。
これもマッチングシステムが起こした運命のいたずらなのだろうか?
プレイヤーネームを見た瞬間、歓声が沸いた事を考えると――上位ランカーやプロゲーマーだろうか?
「アルストロメリア――!」
ARアーマーが重装甲にバーニアユニットによる補助タイプと言う事で、かなりの戦術変更をした人物がいる。
しかし、この人物がアルストロメリアに敵対心を持っている事で――アルストロメリアには誰なのかが把握できていた。
アーマーのカスタマイズは特徴がある物かと言われると、そうではないかもしれない。胸のアーマー部分が共通している事で、分かる人間には――と言う気配か?
「ジャック・ザ・リッパー、あなたもこちらの妨害をするようであれば――コンテンツ流通妨害勢力として排除するわ」
この発言を聞き、周囲のギャラリーも動揺をしていた。ARアーマーに違いはあるものの、特定のアーマーだけは同じなので――アルストロメリアには分かるのだろう。
その正体は――チートキラーでも有名なジャック・ザ・リッパーだったのである。しかも、彼女は女性だった――。
女性プレイヤーと言えばデンドロビウムやガングート、ビスマルクの一例もあるので不思議ではないのだが――彼女に限れば、性別を隠していたのである。
「コンテンツ流通妨害? こちらはチート狩りをしているだけにすぎない。邪魔をするのであれば、お前も一緒に倒すだけだ」
最初の段階でボイスチェンジャーの様子もおかしかったので、女性声がした事に違和感を感じたギャラリーは存在した。
しかし、アルストロメリアの発言を聞くまでは確信出来なかった――と言う事かもしれない。
「こちらの目的を妨害するのであれば――全力で排除する!」
「目的? ネット炎上を煽るようなプレイスタイルのお前には――言われる義理はない!」
お互いに――言葉は通じないようだ。ここはやはり、レイドバトルで決着を付けるしかないのだろう。
既に、この段階で10人のマッチングしたプレイヤーは――このフィールドからログアウトしたいと思ったに違いないが。
###エピソード58-2
ジャック・ザ・リッパーとしては誤算があった。
ARアーマーをレイドバトル仕様にカスタマイズしたはずが――裏目に出たと言える。
本来のジャックはスピードタイプであり、あのマントや軽装備だった事も一撃離脱戦法をメインとしていた為である。
しかし、レイドバトルで速攻は出来ないだろうと考え、火力重視にした結果が――今回用意したARアーマーだった。
それが思わぬ所で誤算を招いていたのである。
それがアルストロメリアの存在――ライバルプレイヤーの出現だった。
「本来であれば、他のプレイヤーを無視してレイドボスのHPを削れれば――そう思っていた」
見通しが甘かったと言われれば、それまでなのかもしれないが――。
ジャックとしては火力で対応出来ればゴリ押しでなくても攻略は可能と考えていた。
しかし、ライバルプレイヤーがスピードタイプで止めだけを――という事を考えていなかったのである。
レイドバトル系を実装したソシャゲでは、残りライフがわずかな所で止めだけを担当するようなプレイヤーも存在していた。
アーケードリバースでは、立ち回り的に似たような行為は不可能だろう――そうジャックは考えていたのである。
しかし、その見通しは甘かった。不可能と思いこんだ事が、ジャックの敗因なのかもしれない。
ARアーマーはアーケードリバース内で途中パージやカスタマイズは出来ない事になっている。
唯一の例外は搭乗型の大型ガジェットやオプション武器だが、こういうケースは特例とも言えるので――基本的にはフィールドへのログイン後は不可能と言ってもいいだろう。
【ジャックのメインはスピードを生かした一撃離脱戦法――レイドバトルでも、それで行けばよかった物を】
【あの装備ではジャックの持ち味が生かせない】
【しかし、ブースターの出力は高速タイプに近いのでは?】
【対人戦では――それでもよいだろう。しかし、問題はレイドバトルだと言う事だ】
【レイドバトルの場合、協力プレイが必須だ。しかし、それはプレイヤー同士で連携が取れている場合に限る】
【いつぞやのRTA(リアルタイムアタック)勢力が無双していた時は、そうではなかったと?】
【その通りだ。あれは明らかに自分が首位になろうと足の引っ張り合いをした結果でもある――】
【しかし、それでも会った事のないようなプレイヤーと連携を取れと言うのか?】
【別のFPSゲームではマッチングシステムも完備していたし、いざとなればCPUと組むことだってできる】
【アーケードリバースの場合は、色々な個所で手探りの部分が多い。おそらく、ネット炎上で評判が落ちるのを懸念した結果だろうな】
ネット上では様々な考察が行われている。
ジャックの装備ミスに関しては一部で指摘する程度であり、アーケードリバースのマッチングがレイドバトル向きではなかった事を指摘しているのが大半だろう。
そのタイムライン上に超有名アイドルの宣伝目的とされるつぶやきも混ざるのだが、それらが表示される事はない。
NGワードに引っ掛かったというよりは、何らかのトラブルで書き込みに失敗したと言うべきか。
レイドユニットの形状は、レールガンを装備した重戦車だった。
人型ロボットや恐竜という報告もあったのだが――エリアによって種類が違う可能性も高いのだろう。
このエリアは市街地に近いような形状をしており、重戦車と言うデザインもフィールドに合わせた物かもしれない。
戦車の火力は相当なもので、主力兵器のレールガンは射程距離内であれば一撃で沈む。しかも、バリア系も貫通する能力を持つ。
それ以外にはビームガトリング砲、ミサイルランチャー、単発式の40ミリオーバーの主砲と言った所か。
主砲及びレールガンに関しては至近距離に潜り込めば射程外となるので、対策は可能だろう。
問題は――至近距離に潜り込んでもビームガトリングで蜂の巣にされる可能性だ。
こちらの火力は大したことがなく、一発単位ではダメージは微々たる物と言える。
しかし、ビームガトリングは秒間100発位が当たり前のスピードで撃ってくるので、接近戦も困難を極めていた。
【レイドバトルだからと言って、運営がチートユニットを投入するのか?】
【RTA勢力が介入した事で、難易度を唐突に上げてきたのか?】
前日の事例を踏まえれば――こういう炎上を招くような発言が出るのは当然だろう。
しかし、全く弱点がない訳ではない。レールガンも1発撃てばチャージまで1分はかかるし、主砲もターゲットを狙うのにラグが存在している。
こうした部分を踏まえれば、攻略不可能と言う訳でもないし、レイドユニットは一度出現すれば撃破されるまでHPが回復する事はない。
単純な事を言えば、自分達のやってきた事を棚に上げての炎上発言なので、こうした発言は無視をするに限る。
しかし、それでも気にするような人間がいて、ネット炎上を招くような要素がある限りは――悪目立ちするような人間は根絶される事はないだろう。
ゲーム開始直前、アルストロメリアはジャックに提案をしていた。その提案とは――。
「レイドバトルの際には、ダメージを与えた数値がスコアとして計算される。1回のバトルで集計されるシステムだ」
「つまり、このバトルでのスコアが高い方の勝ち――と言う事か」
「話が分かりやすくていい。もしも負けた場合は――そのARバイザーを脱いでもらおうか?」
「そっちが負けた場合は――どうする?」
話は進んでいき、重戦車にダメージを一番与えたプレイヤーの勝ちと言う事になった。
仮に他のプレイヤーが勝った場合は無効試合とでも考えているのかもしれないが。
「こちらが負けるなどあり得ないが――お前にだけ、ある秘密を教えてやろう」
アルストロメリアは若干本気だった。何の情報なのかは不明だが、それを教えると言う。
当然だがジャックにだけ得をする情報と言う事で、ギャラリーには教えないようだが。
逆にジャックが負けた場合はARバイザーを脱いで正体を見せろ――と。定番と言えば定番か。
「ある秘密とは――何だ? まさか、ビスマルクの正体やガングートの正体と言う訳ではないと思うが」
「既にネットで拡散しているような情報は秘密とは言わない。情報の価値は――かなりの物と断言してもいい」
アルストロメリアも自信があるような情報――それを教えると言う事らしい。
ビスマルクやガングートに関してはネット上に拡散しており、価値がある情報ではないだろう。
それに加えて、ふるさと納税やARゲーム課の情報とも思えない。ジャックは――本当に自分が得するような情報か聞きだそうとした。
「デンドロビウムの正体――と言えば、察しがつくだろう」
その発言を聞き、ジャックは確かに価値のある情報だと確信する。
我侭姫ことデンドロビウムの正体はネット上でも様々な考察が出ているのだが、どれもネット炎上を想定して用意されたダミーでしかない。
アルストロメリアの声のトーンからしても、彼女は明らかに何かを知っているような口調だ。
「そう言う事か――ならば、勝負だ!」
ジャックは勝負を受ける事にする。デンドロビウムの行動には一部で謎の箇所が多い。
考察等も盛り上がっているのは事実だが、都市伝説クラスやまとめサイトの偽情報と言う物も圧倒的だ。
だからこそ――彼女の正体を知る事は、一連の事件が起きた理由を含めて――最大の近道と言える物だろう。
###エピソード58-3
バトルの詳細はプライベート回線で行われたので、周囲に聞こえている事はない。
その一方で、他のプレイヤーは2人がある程度削った所から、攻撃を仕掛けて止めを刺そうと考えていた。
あの重戦車が遠距離攻撃に隙がないので、接近して近づくプレイヤーが多い。
しかし――返り討ちになっている。レイドバトルでは1回撃破されると終了と言う訳でも、アーケードリバースと同じように戦力ゲージが減る仕様でもない。
撃破されても一定時間後には復活可能なのだ。ただし、レイドバトルの制限時間は限られているので――何度も倒されているとスコアが上がらないのも欠点と言えるだろう。
【バトルに全員参加しているのは悪くないが――】
【一部プレイヤーが潰し合いをする展開とか、八百長気味な試合を展開する事も――】
【しかし、今回は何かがおかしい】
【2名だけが削っている訳ではないが、消極的なメンバーが多い】
【重戦車が相手である以上、消極的なプレイはスコア的にも影響が出るぞ】
【機動力が遅いレイドユニットであれば、速攻を決めるのが普通じゃないのか?】
【レイドバトルのプレイスタイルは、人それぞれ――】
【しかし、攻略ウィキ等のプレイばかりを試すプレイヤーは歓迎されないな】
【ARゲームは自由度が売りのはず。だからと言って、ガチャプレイの類が推奨される訳ではないが――】
【しかし、ここ最近のARゲームにおける実況者の人気は――超有名アイドル商法にも似ているというか、何か違和感を――】
バトルの様子を実況するつぶやきサイトのタイムラインでも、様々な意見が飛び交う。
その中には、ARゲームにおける実況者の立ち位置が芸能事務所A及びJとやっている事が――という意見だ。
何故、このような意見が飛び交うのか? ネット炎上を狙うのであれば、もっと言い方が異なるだろう。
つまり、彼らは本気でARゲームの今後を思っているのだ。
レイドユニットのHPが半分になった位には、既に2分が経過している。
スコアはジャック・ザ・リッパーがリードし、その後にアルストロメリアが続く展開だ。
他のプレイヤーは、同じスコアが続いており――下手をすれば無気力試合と言われかねない。
無気力試合のようなケースは何度が報告されており、RTA勢力と共にブラックリスト入りしているプレイヤーもいるほどだ。
しかし、それが原因でレイドバトルが炎上したという報告はない。
【何故、レイドバトルは炎上しない】
【初日はRTA勢力が大炎上させたが、それ以降はさっぱりだ】
【一体、どのような細工をしたのか?】
【おそらく、細工であれば周囲が気づく。それに、工作行為は禁止と明言されているのは知っているだろう?】
【つまり、情報戦も工作行為と?】
【普通にレポートを書く程度であれば規制はしない。単純にレビューと受け取られるような物は問題と言う判断をしている】
【問題があるとすれば――ネット炎上行為、超有名アイドルの宣伝を狙った悪質な情報拡散、つぶやきサイトの悪目立ちだろうな】
実況専用のタイムラインのはずなのに、このような無関係とも言える話題が入るのはどうしてか?
考えられるのは、ARゲームのつぶやきを監視しているAIのバグと言う可能性が高い。
実際、ネット上でも監視AIがザル警備になっているという情報が拡散しているほどだ。
「どちらにしても、消極的と判定されるプレイヤーは――あのメンバーを相手にしたくないと言うプレイヤーか?」
今回の動画をコンビニでチェックしていたのは、ジークフリートである。
既にダミーの人物や便乗はいなくなったので、別のゲームでジークフリートを名乗っている人物と情報屋の彼のみだろう。
ARメットを装着している関係上、彼の素顔を目撃している人物は皆無に等しいが。
さすがに近寄りがたいオーラを出しているのでは、仕方ないのかもしれない。
『情報屋のジークフリート、撤退したとネットで聞いたが――』
彼に接近した人物、ARメットからわずかな後ろ髪が見える位で正体が分からない――と思われたが、その口調からジークフリートは何かに気付く。
ジークフリートは、彼から逃げようとも考えたのだが――下手に逃げれば怪しまれる。
「誰かと思えば、噂の草加市議会議員――鹿沼零か」
ジークフリートは、彼の外見からして鹿沼零(かぬま・れい)と判断した。
しかし、その言葉に目の前の人物は回答をしない。発言すれば正体がばれる――ここで騒ぎは起こしたくない部類の可能性も否定できないが。
「まぁいいだろう。こちらも、コンビニで騒ぎを起こして通報はされたくない。聞きたい事があれば――」
『では、質問をしよう――』
ジークフリートの発言を聞いた瞬間、鹿沼と思われた人物はARバイザーをオープンにする。
そこから見せた素顔は、黒髪の男性なのだが――明らかに鹿沼とは違う人物だったのは間違いない。
「山口飛龍――どういう事だ?」
目の前にいた鹿沼と思われた人物の正体、それは山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だったのだ。
何故、彼が鹿沼を名乗って接近したのかは不明だが――ジークフリートにとっては、何かの危機を感じていたのだろう。
「ジークフリート、君があるまとめサイトを利用し、様々なARゲームに対して闇情報を手に入れていた事は知っている」
山口の手にはARガジェットではなく、日本刀にも似たようなARウェポンが握られている。
ARウェポンでもARゲームのフィールド外で振り回せば、銃刀法違反で通報されるのは明らかだ。
「闇情報? まとめサイト? 情報発信源に、そんな物を使えばネットが炎上する――それは、お前が一番知っている事だろう?」
ジークフリートの口調に若干だが、口調の揺らぎ等を感じる。おそらく、図星だろう。
しかし、このトリックがプロゲーマー等にも拡散されれば――それこそゲーム環境は悪化するのは目に見えている。
容易にネットを炎上させる事が出来るノウハウ、それがあれば名声を得る為に乱発されるのは確定事項だ。
それだけは――阻止しなくてはいけない。ジークフリートが選択するのは、山口飛龍と戦う事――それしかないだろう。
「そうか。必要悪としてネット炎上が必要だと言うアイドル投資家もいるが――そちらと同じ事を言うのか?」
山口は刀を抜き――鞘は空中に放り投げた。それと同時に鞘は消滅するが――これはARウェポンの仕様と言える。
「アイドル投資家だと? それをお前が言うのか? 元架空アイドルの――」
何かを言おうとしたジークフリートに対し、目にも見えないような斬撃を振りおろす。
最終的にジークフリートは気絶したが、それはAR対戦格闘としての結果に過ぎない。
つまり、ARウェポンを山口が展開した段階で彼は気づくべきだったのだ。既にゲームが始まっていた、と。
「ARゲームを純粋に楽しめなくなれば――こうしたストレス発散法も思い浮かぶ。そうだろう? アルストロメリア――」
山口はアルストロメリアの今回の行動に対し、何かのストレスを感じていたのではないか、そう思っていた。
だからこそ――彼女は行動を開始した。誰かが正さなければ――ARゲームは資本主義者の手に落ちる、と。
###エピソード58-4
バトルの方はすでに終了し、その結果はジャック・ザ・リッパーが勝利した。
実際、ジャックが接近戦で戦車にダメージを与え続けたのが勝因と分析する人物もいる。
ジャックが今回使用した重装甲ガジェット、それには近接武器もいくつか装備されており――。
「まさか、レイドボスを撃破してしまうとは――」
「事実上は2人で削っていたような物だ。それで倒すとは――信じられない」
「正直、2人で倒せるような能力とは考えにくいが? チートを使っているとか」
「しかし、今回のチートチェックはプレイ前の段階で弾かれるはず。プレイ中はあり得ないだろう」
センターモニターで見ていたギャラリーも、似たような反応と言うか――そんな感じである。
チートプレイヤーは弾き出せてもRTA勢力を弾けなかった反省点もあり、チートガジェット以外にも様々な不正チェックが入るようになった。
そのおかげでRTA勢力の8割ほどのアカウントを凍結に成功した。
それ以外にもRMTに回されているアカウントを摘発する事にも繋がっているので、今回の仕様変更は成功とも言える。
しかし、本当に成功したのだろうか? 一部の超有名アイドルファンがアンチを偽装して炎上させているだけでは――と言う声も存在していた。
だからこそ――理想的なARゲームを実現する為、アルストロメリアは動いたのかもしれない。
今までのチート勢力を通報していく方式では――手遅れになると考えて。
バトル後、アルストロメリアは別の誰にも聞かれないような場所へジャックを案内する。
その場所はある意味でもシークレットルームに近く、一般プレイヤーでは立ち入りが出来ない。
監視カメラの類も数台ほど確認出来るが、この内容はカットするようにアルストロメリアが指示していた。
「ここならば――大丈夫かな」
アルストロメリアはARメットを脱ぎ、ジャックに素顔を見せるのだが――ジャックの反応は無反応に近い。
『何故、素顔を見せる必要性がある? 覆面ゲーマーを名乗っているのであれば――』
「私は元々、覆面ゲーマーで登録した訳じゃないし」
『では、どういう事だ?』
「顔を見てピンとこないのであれば、これを見せてあげる」
アルストロメリアがジャックの無反応に対し、タブレット端末を取り出してあるプレイ動画を見せた。
そのプレイ動画は――かなり有名な動画なのは間違いない。ジャックも見覚えこそないが、噂は聞いた事がある。
『その動画は――対戦相手ならば見覚えがある。まさか、お前だったのか?』
ジャックも、対戦している人物の姿を見て反応を示した。
彼女が戦っている相手は、今やプロゲーマー入りをしているビスマルクである。
まさか――アルストロメリアがビスマルクと戦った事があったとは。
「これは、キサラギ主催のFPS大会――つまり、私は元々キサラギの所属ゲーマーだったのよ」
まさかのカミングアウトにジャックは驚きを通り越して、あきれ果てている。
何故、キサラギに所属していたプロゲーマーが――ここにいるのか?
『アーケードリバースもキサラギが関係していると聞くが――まさか!? アーケードリバースのシステムも――?』
「そのまさか、よ。でも、私はアーケードリバースの計画を聞く前にキサラギの所属ではなくなってるし」
『レイドバトルの仕様も知らなかった――と言って通じると思うのか?』
「確かに、普通に説明しても理解してもらえないでしょうね。元キサラギである以上、アーケードリバースの事を知っている上でプレイしているのでは――と」
『改めて聞く必要性はないと思うが、意図的に負けた訳ではないのだな?』
「それをやって、無気力試合と判定されれば――没収試合になるでしょう?」
2人の会話は続くが、ジャックもアルストロメリアがプロゲーマーだった事はいまだに信じられない。
しかも、所属はアーケードリバースの開発にも関係しているキサラギである。
この事を別の第3者が知れば――ネット炎上狙いやアンチ活動を偽装した超有名アイドルのタダ乗り宣伝に利用されるのは明らかだ。
『約束は守ってもらえるのだな? デンドロビウムの正体を――』
「デンドロビウムはハンドルネームよ。元々は別の名前で別の活動をしていた」
『ハンドルネームなのは察しがついていたが、熱の活動だと?』
「彼女は西雲春賀――元々はリズムゲームをメインフィールドにしていた人物よ」
西雲春賀(にしぐも・はるか)、それがデンドロビウムの本当の名前だった。
本名を聞いてもピンとこないジャックだったが、リズムゲームをメインフィールドにしていたという事で何となく理解出来たのである。
『リズムゲームで西雲と言うと――そう言う事か。しかし、作曲活動もしていた彼女が――どうして?』
「そこまでは分からないわよ。何処のゲームでもチートや不正行為は100%ないと言えないから」
『チートのないゲームを探して、ARゲームに来たという事か』
「それは本人に聞かないと――」
『しかし、そこまで把握しておいて――お前は何を考えている?』
「何も――と言っても、信じてもらえないかな? 今は全貌を話す事は出来ないし」
『ARゲームアニメと類似したシナリオ――それをリアルで起こして何をする気だ?』
「テレビドラマで聖地巡礼ってケースも、ないわけじゃないでしょ?」
『芸能事務所AとJか――』
「キサラギとは方向性の違いもあって、離れたに過ぎないわ」
『方向性の違い?』
「要するに、泳がせたという事。あの芸能事務所に求めるのは――自分達の商法が全て間違っていたという謝罪よ」
アルストロメリアが芸能事務所AとJに対する不満は、既に限界を超えていたのかもしれない。
だからこそ、今回の作戦を実行したのではないか――と。
ARゲームだけでなく、コンテンツ流通の未来を彼女は見極めようとしている――そうジャックは考えていた。
『その行為に――お前は見返りを求めているのか?』
ジャックは、アルストロメリアにあえて疑問をぶつけた。
ふるさと納税というシステムを利用しているアーケードリバースに投資を続けているような状態――それが今の彼女でもある。
「私はARゲームの未来を見極めたい。それがコンテンツ流通に対する日本政府や芸能事務所などと見解の相違があったとしても――」
強がって発言しているようにも見えたが、彼女の拳の握り方を見れば――。
それ以上、ジャックも話を聞くのを辞めた。ここから先を聞けば、彼女の今まで隠していた目的も――。
###エピソード58-5
9月3日、ある意味でも想定外の事件が起こる事になった。
それは、芸能事務所AとJとは違った芸能事務所が抗議をしたという事である。
何に抗議をしたのかと言うと、想像に難くないだろう。前日、ネットのニュースにもなったアレなのだから。
【これはどう考えても勘違いだろう?】
【八つ当たりはみっともない】
【これは、もはや芸能事務所側が自爆したとしか――】
【全ての芸能事務所が芸能事務所AとJの子会社的なレッテルを貼られかねない】
【しかし、この芸能事務所は聞いた事がない。テレビで有名ではない所か?】
【確かに――大手の事務所とは雰囲気も違う】
【もしかすると、これ自体が釣りかもしれないな】
ネット上では、抗議した芸能事務所がテレビでも聞かないようなマイナー事務所だった事で釣り記事と考えていた。
しかし、ネットで検索すると――思わぬ所だった事が発覚する。
【えっ!?】
【ちょっと待ってくれ、実在事務所なのか?】
【作られたのが半年前だから、認知度が低かった可能性も高い】
【しかし、その事務所が訴えたのはどういう事だ】
【所属アイドルに関係してるのか?】
【実は違う。所属しているのはアイドルでもなければ声優等でもない】
【それで芸能事務所を名乗るのか? まさか、まとめサイトの管理人でも芸能人化しているのか】
半分は冗談で言ったと思われるまとめサイト管理人の芸能人化――これは全くだが当たっていない。
しかし、この発言がまとめサイト等で拾われ、ワイドショーでも取り上げられた事で炎上する事になるのだが――それは別の話である。
午前11時、鹿沼零(かぬま・れい)が何時も通りに草加市役所に足を運ぶ。
ARゲーム課に立ち寄ったのは午前10時だったが、別の用事でアンテナショップへ向かい、再び戻ってきた形だ。
そこで、一連の芸能事務所が抗議した一件及び話の流れを駆けつけた男性スタッフから聞いたのだが――。
『その芸能事務所は本社が何処にある?』
ARバイザーの関係で表情は確認出来ないが、声のトーンで激怒しているのは周囲のスタッフにも分かった。
あまり激怒するような人物ではないと言う事で市役所でも有名な彼だが――初めて激怒する場面を見たような気配でもある。
彼の場合は表情で起こっていると分かるのではなく、声で分かるのだ。
普通は怒っているような喋り方でなくても、周囲の人物によってはケースバイケースで激怒しているように感じる。
自転車に乗った状態でスマホを操作、歩きながらの喫煙――こうしたマナーを守っていないような人物を見て、警察に通報したいと思う様な人物もいるだろう。
今の鹿沼が激怒しているのは――そう言う理由でもあった。
「本社は東京です。確か、足立区に出来たとかニュースでも――」
スタッフから場所を聞き、即座にタクシーでも呼ぶのかと思ったが、鹿沼はARバイザーで芸能事務所のサーチを行う。
まるでカチコミに行くとか――秘密基地に乗り込むようなノリである。
しかし、芸能事務所の名前を発見して住所を検索した辺りで、鹿沼はため息が出た。
先ほどのテンションが嘘みたいな流れには、周囲のスタッフや職員も驚いている様子である。
『なるほど。本社は北千住か――』
しばらくして、鹿沼の怒りも収まっていった。そこまでの電車賃が請求できない訳ではないのだが――。
今は草加市の方で忙しい事もあり、他の場所へ遠征等へ行くのはリスクを伴う。
そこで、彼が取った行動――それは別の組織への情報提供だった。
しばらくして、秋葉原での周辺警戒をしていたのはアキバガーディアンのメンバーが何かのメールを受信する。
「このメールは?」
ガーディアンのメンバーは、共通のスーツを着ている訳ではない。警備員のアーマーなのは、支部のメンバーや一般兵に限られる。
一部のネームドプレイヤー等はゲームやアニメのコスプレをしている事が多いのだ。これによって、周囲と混ざろうと言う考えらしい。
逆にコスプレイヤーと言う事で、AV出演などに声を掛けられそうな気配もするが――コンテンツ流通を阻害する存在は、何処だろうと容赦する事はないだろう。
その勢いはARゲームにおけるチートキラーと同じであり、デンドロビウムの行動は彼らを参考にしたのかもしれない。
「何処かの芸能事務所らしいな。これはリーダーに報告しておこう――」
スーパーヒーローのコスプレをした男性メンバーが、リーダーへと該当メールを送信した。
その数分後には該当箇所へ向かうように指示が出される事になるのだが――。
メールを確認したリーダーと言うのは、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)である。
ワンオフ制服を着ている理由は別所へ向かう用事があった為だが、メールが来た事で予定が変更になった。
【北千住の芸能事務所に炎上案件あり。至急、該当するであろう組織は向かわれたし】
どう考えても何かが抜けているような文章である。
添付されていたURLには芸能事務所の住所が分かるホームページもあるのだが――。
「まさか、こういう事務所を摘発する事になるとは――。管轄外な気配もするが、向かわせるべきか」
橿原はホームページの内容を見て、自分には無関係とも考えていた。
この芸能事務所に所属しているのは、いわゆる動画サイトで有名になった歌い手や実況者、動画投稿者の所属する事務所だ。
彼らを題材とした夢小説が拡散している件は――芸能事務所A及びJとは無関係であるが問題になっている事件だ。
ARゲームに対し、彼らの人権保護を求めていたようだが、それが夢小説勢を駆逐して欲しいという文面に都合よく書きかえられていたのである。
それを仕掛けたのが仮に芸能事務所A及びJだったとしても――芸能事務所同士のライバル潰しに協力するのも、彼にとっては機嫌が悪くなるような案件だ。
それでも行くしかなかったのには、更に理由があった。
この事務所を摘発すれば、例の情報に近づける可能性がある――そう鹿沼が明言したのである。
「噂の事件の真犯人――誰なのかは察しが付いているが」
噂の事件とは、ARゲームアニメを模倣したような事件の事である。
ネット上では特定の名称で説明されていない為、メディアによって表記揺れも多い。
「アルストロメリア――彼女の狙いは、コンテンツ流通の何だ?」
橿原もアルストロメリアが犯人であると考えている人物だった。
例のサイトを含め、彼女の行動には不審な物がかなり多く存在し――そのうえで、一部経歴が不明なのも拍車をかけている。
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