エピソード54(ステージ4)~57(ステージ5)
###エピソード54
8月25日、竹ノ塚のアーケードリバースが設置されているアンテナショップでは、新規と思われるプレイヤーが集まっていた。
レイドバトルが草加市限定と言う事は分かっているはずなのに、何故竹ノ塚に集まるのか?
このエリアに設置されている物は、雨が降っても中止になるような事がない屋内タイプである。
「予想通りの混雑具合か」
「草加市だと有名プレイヤーやプロゲーマーと遭遇する。初心者狩りは禁止されているが、力量不足を突っ込まれてネット炎上はありえる」
「しかし、他にも当日設置があるようだが、間に合うのか?」
「サーバー分散的な意味で設置個所を増やした可能性だってある」
「草加市限定でイベントって――そう言う意味か」
ギャラリーの中には草加市でプレイしようと考えた人物もいるようだが、混雑がこちらより激しかったような遠回し発言である。
しかし、実際に草加駅でも混雑の誘導が行われているというネット情報もあるので――それを回避しようと考えるプレイヤーは、多かったと言うべきか。
この日には西新井と北千住の複数個所、業平橋等でも設置作業が行われている。こちらの作業が終わるのは昼ごろだろう。
彼らの目的はアーケードリバースをプレイする為なのだが、草加市でプレイしようにも1時間待ちがザラと言う事もあって――分散している可能性が高い。
先ほどのギャラリーの声を聞く限りでは、そうしたプレイヤーが半数近くいるという事なのだろうか。
「案の定、こうなるな。アーケードリバースを草加市以外でも展開すると入っていたが、ここまで増えるとは」
橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は舎人にも設置された情報を得ていたのだが、あえて竹ノ塚へと向かっていた。
その理由は竹ノ塚のアーケードリバースならば予想外のプレイヤーにでも遭遇すると考えていたからである。
彼はアキバガーディアンで使用しているワンオフのスーツで来ている為か、注目度は非常に高いだろう。
さすがに人だかりが出来て通行できなくなる事はないのだが――この辺りはマナーが徹底されているのかもしれない。
「プレイ料金が100円なのは、何処も共通と言うよりは――草加市の方へ合わせたのか?」
数日前に来た際は、1プレイ200円だったかもしれない。
この辺りは情報を仕入れていないので、つぶやきサイトやゲーム情報のまとめサイトが役に立つ。
しかし、こうしたサイトばかりを利用すると「行った気になる」とか「プレイした気になる」のようなエアプレイ勢が増える可能性もある為、滅多には使わない。
午前11時、小菅駅近くの一角でARゲームの設置作業を行っている業者のトラックが数台――荒川近くの道路に並んでいた。
メーカーを見ると『キサラギ』と書かれていたが――アカシックレコードに書かれているキサラギとは異なるだろう。
実際、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)が社長を務める武者道もアカシックレコード内での規模とは異なっていた。
それを考慮しても、アカシックレコードの記述を鵜呑みにするのは非常に危険であるという証明になる。
「キサラギねぇ……」
ゲーセンから出てきたのは、私服姿のヴィスマルクである。
今は別のゲームでイベントが始まった事もあり、ゲーセン巡りをしていたのだが――。
「まさか? あのキサラギなのか」
驚き方は会社名を知っている人物と同じだが、彼女の場合はそれ以上の驚きである。
キサラギと言えばゲームメーカーでは有名どころであり、ARゲームでも有名機種を出した事はネット上でも言及されていた。
【キサラギ?】
【アーケードリバースを出したメーカーの事らしいが、知っているか?】
【ふるさと納税の時にはキサラギと言うメーカー名はなかったような――】
【武者道ならば知っているが】
【武者道はゲームメーカーではない。ゲームメーカーだが、ARゲームのノウハウを持っているとは思えない】
【キサラギと言えば、ARゲームの有名メーカーだ。家庭用ゲームよりも、そちらの方が出している作品が多いだろうな】
【逆にソシャゲに関しては目立った作品を出していない。ノウハウがないという訳ではないと思うが――】
キサラギのトラックに関しての出没場所を検索しようとしたが、思った以上に検索がしづらい。
検索妨害ではないのだが、他にもトラックが来ているであろう場所が検索できなかった。
「公式で場所が公開されるのは設置後――と言う事か」
せっかくなので設置の様子を見に行こうとも思ったが、そのタイミングにはトラックの姿が消えていた。
どうやら、筺体の設置でも完了したのだろうか? しかし、実際には別の場所へ向かう前に休憩していたオチらしい。
午前12時、お昼のニュースではキサラギのトラックに関する話題は聞かれなかった。
むしろ、ライバル芸能事務所叩きの様なニュースがワイドショーで報道されている位である。
【ここにきて芸能事務所叩きが目立つようになったな】
【芸能事務所AとJによる日本支配とか現実味を――】
【それこそ夢小説の世界だろう? あり得るはずがない】
【こっちだって、あり得ないとは思っている。しかし、コンテンツ流通で色々と黒い噂が出ているのは知っているだろう?】
【その黒い噂だって、芸能事務所AとJが完全主導している。2020年の国際スポーツのイベントだって所属アイドルを大々的に宣伝すると明言していた――】
あるつぶやきだけ途中で途切れており、削除された事を示唆していた。
それ位に芸能事務所の工作もあからさまになっていた証拠なのかもしれない。
「さて、これからと言うべきか――草加市が目指すべきARゲームの理想系は――」
まとめサイト等を自室で見ていたのは、アルストロメリアである。
彼女は一連のまとめサイト等には書き込みをしていないのだが、その一方でとあるサイトの――。
【超有名アイドルコンテンツを神としてありがたる時代は終わる。これからはゲーマー達がコンテンツを評価し、選ぶ時代だ】
そのサイトに書かれている一文は、あるARパルクールを題材としたアニメでも使われていた有名な台詞である。
つまり、彼女の正体は――。
###エピソード54.5
大手まとめサイト以外で有名な所と言うと――アカシックレコードの解析サイトだろうか。
アカシックレコードの解析自体は禁止されている気配はないのだが、反応は色々な意味でも分かれていた。
【あれは解析していい物ではない。芸能事務所に権利を独占される的な意味でも】
これは反対派の代表的な意見だ。大手芸能事務所に権利を独占され、最終的には――と考えているらしい。
【アカシックレコードは解釈が難しい。中二病とは違うが、あの書かれ方で正確に再現できるとは思えない】
【あの書き方が情報流出防止の観点があるのを踏まえても――補助的なサイトは欲しい】
こちらは賛成派の意見である。彼らはアカシックレコードの情報を正しく認識して共有する為にも、解析サイトを必要としていた。
解析と言っても、著作権侵害的な解析と言う訳ではない。あくまでも、アカシックレコードのデータ類は著作権フリーと明言されている。
何故、ここまで明言されているかは不明――と言うよりも、解析サイトでも詳細を把握していない可能性が高い。
一説によると、アカシックレコードの記述自体がフリーゲームのアイディア的なものであり、それを利用している――という物があるらしいが。
その全てを把握するのは100%不可能に近いと明言されるつも、解析率は70%に迫っていた。
解析スピードを早めたきっかけが、実はアルストロメリアが立ちあげたアカシックレコードの解析サイトの一つである。
管理人がアルストロメリアとは書かれておらず、それに気づいたのも――非常に少ないだろう。
アルストロメリアの正体――それを知ろうと情報戦を仕掛けたアイドル投資家は、全て通報されてしまった。
その通報先は、まさかの場所だったのである。情報が大量に着た事に関して驚いたのは言うまでもないが。
『ジャパニーズマフィアや地方議員とのパイプを持っている投資家ばかり――ここまでピックアップ出来るとは』
この情報量や内容に驚いたのは、鹿沼零(かぬま・れい)だった。彼も一連の情報屋に関しては追跡をしていたのだが――発見できていない。
ある意味でも、このメンバーリストはARゲーム課としても喉から手が出るほどのシロモノだったのである。
『一体、何処の誰が情報を提供したと言うのか――』
データに関してウイルスが仕込まれている様子はなく、そのまま警察へ情報を流し――大量検挙と言う展開になるのは、数日後の事であるが。
【週刊誌でも掴んでいないような情報が流れたらしい】
【芸能事務所のスキャンダルか?】
【それは雑誌売り上げを上げる為のねつ造だと公式発表があっただろう】
【ねつ造発表はテレビのニュースでは一切取り上げていない】
【どういう事だ!?】
【まさか――仕組まれた?】
一部のつぶやきサイトでは、週刊誌のねつ造報道がテレビで取り上げられていない事に関してのタイムラインがあった。
これに関してはまとめサイトには掲載されていない物である。何故、使わないのかは――その内容が非常にだからだろう。
8月30日、レイドバトル開催2日前――ガングートはある情報を手に入れていた。
「ビスマルク以上のプロゲーマーが草加市に来ているという噂がまとめサイトではなく、大手ニュースサイトにあったが――」
ビスマルク以外にも有名なプロゲーマーが姿を見せたというニュースだが、偽ニュースと疑う声もある。
実際、有名どころのARゲーマーは草加市に何人か姿を見せていた。
アーケードリバースに参戦している中では、ビスマルク、アイオワ、それに――ガングートだろうか。
デンドロビウムはプロゲーマーでもなければ、それ程の実力があるとは認識されていない様子。
ジャック・ザ・リッパーも、経歴不明と言う事もあってプロゲーマーと認識はしていないようだ。
「そう言えば、キサラギの契約プロゲーマーがいたという情報もあったが、アレは草加市内ではないのか」
ガングートがふと思い出したのは、ゲームメーカーのキサラギがプロゲーマーと契約している件である。
しかし、その人物とは契約を解除したと公式サイトにも書かれていた。
別の人物と契約したのだが――それはARパルクールでの話であり、アーケードリバースではない。
「アーケードリバースでプロゲーマーの参加は禁止されていない――と言うよりも、解放したと言うべきか」
ARゲームにプロゲーマーが参戦する事も珍しくなくなり、アーケードリバースも最近解除したようだ。
ガングートがエントリーした段階でプロゲーマーはエントリー出来ないという記述がなかったので、おそらくはロケテストでは禁止だったのかもしれない。
「いよいよ、全てが始まると言う事か――」
レイドバトルの開幕、それが告げるのはアーケードリバースへの新しい風なのか? それとも、芸能事務所による権利独占のきっかけになるのか――。
###エピソード55
8月31日、自室にこもって動画を集中的に視聴していたのはアルストロメリアだった。
『お前達が私に挑んだ事こそが――』
見ていた動画は、かつて視聴した事のあるデンドロビウムの動画だ。
おそらくは、彼女の攻撃パターンを研究する為なのだろうか?
デンドロビウムが左腕に転送した武器、それはビームサーベルと言っても過言ではない形状の武器――。
「彼女の呼び出した武器――そう言う事か」
瞬時にして鞭のようにしなり、高性能とも言える追尾能力でターゲットを確実に仕留める。
剣のようでもあり、鞭のような動きをする武器――それを蛇腹剣だと見破った。
しかし、使い方が若干荒いような気配を感じ、蛇腹剣を使用したのは武器の試し切りと言う可能性を考える。
1振りするだけで相手を一撃で沈黙する様子は――チート疑惑が出てきそうな気配がしていた。
実際、敵を一撃で倒せるような武器はアーケードリバースには存在しない。
唯一ある特殊ケースはチートガジェットの撃退用に用意された特殊なガジェットだ。
俗に言うアガートラームと呼ばれる武器――アカシックレコードでの名称だが、チートキラーの機能を持っている。
「不正破壊者(チートキラー)の我侭姫(デンドロビウム)か――」
アルストロメリアは動画をいくつかチェックしつつ、ゲーマーの弱点を研究し続けた。
しかし、過去のデータだけでは倒せないのは百も承知である。データを過信して負けるケースは一種の負けフラグだ。
『チートや不正ツールを使って、恥ずかしくないのか?』
デンドロビウムの発言は一理ある。不正アイテムなどを使い、イベントで1位を取ったとしても――失格になるのは目に見えているのに。
結局は一瞬でも目立ちたいと言う欲望が、ARゲームのチート行為に手を染めるきっかけになっているのだろうか?
8月31日と言えば夏休みの最終日――。
しかし、アーケードリバースをプレイしているユーザーは大体が18歳以上だ。
専門学校や大学に通うようなプレイヤーがいるのかもしれないが、レイドイベントに参加するのは社会人が多い。
おそらくは資金的な事情でプレイできない学生には厳しいイベントと言う認識も高いだろう。
【ソシャゲでレイドバトルだと、回復アイテムのストックがあればゴリ押しもできるだろうが――】
【ARゲームは1クレジット100円だとしても――日程や時間、様々な事情でプレイ出来るのは1日2回、あるいは3回が限度か?】
【100円2クレはさすがにないと思うが、混雑が多いフィールドだと――学生が不利過ぎる】
【連コインをするようなプレイヤーは、さすがに出てこないが――そこまでやるとネットが炎上するのも目に見えているな】
【それに、VRゲームとは違って――体力も使うだろう? スポーツマンや格闘家でも感覚がつかめないと、苦戦すると言う話だ】
【ARゲームって、そんなに難しいのか?】
【難しいと言うと認識の違いがあるのかもしれない】
【VRゲームとARゲームの違いが分からないという時代もあったが――】
【VRゲームと混同するような人間は、大抵がゲームの知識がないエアプレイ勢と言う認識だ。あっさりとネット炎上して自滅するタイプでもある】
ネット上では、様々な不安等も聞かれる。それ程にレイドバトルがアーケードリバースでは初めてのイベントと言う事になるだろう。
このイベントが大失敗となると、草加市としても方針転換は避けられないし、ふるさと納税の存在理由さえも揺るぎかねない。
草加市が大失敗すれば他県にとってライバルが減ると言う考えを持つ都道府県もあるだろうが――そんな事をつぶやきサイトで発言すれば、即炎上は避けられないだろう。
それに、そんな事をすれば選挙戦にも影響が出るのは明らかで――政党によっては最大の汚点にもなるかもしれない。
「さすがに工作員がネット炎上するようなケースは――今のタイミングでは目立たないで終わる。それを分かっているのか――」
つぶやきサイトをチェックし、何かネット炎上につながる発言をしているか探っていたのはガングートである。
超有名アイドル商法や炎上マーケティングには情報戦と言う物があり――それがリアルウォーにも繋がると警告している人物もいたほどだ。
おそらく、仕掛けるとしたら絶好のタイミングで仕掛けるのだろう。それは、今日ではない。
「仮に仕掛けても、夏休み最終日ではあまり目立たないで終わるだろう。それよりも絶好のタイミングは、レイドバトルの初日以外の――」
ガングートは思うのだが、大体の仕掛けるタイミングは――アイドル投資家や工作員によって違うだろう。
一番狙うのは推しアイドルのCDがリリースされる前日辺り、超有名アイドルの出演する番組の放送当日が狙い目とされているが――レイドバトルは、そうした日程を外したスケジュールが組まれていた。
###エピソード55-2
8月31日となると、ネット上でも色々なニュースが飛び交う時期でもある。
夏休み最後と言う事で宿題の合間につぶやきを行い、ネットを炎上させてストレス発散でもしようと言うのか?
そうした勢力が全てと言う訳ではなく、一方でネットを炎上させるのは学生だけではないという意見もある。
ARゲームのプレイヤー目撃情報も一部では偽情報が存在し、情報戦が展開されている事が分かるのだが――。
そこまでの事を行い、何の得があるのだろう? ARゲームのプレイヤーには疑問符が頭に出てくるような光景なのは間違いない。
【ARゲームをプレイできない恨みでもあるのか? 一連のガセ目撃情報の発信者は――】
【しかし、そうした偽情報に踊らされないように注意喚起はされている。それに、ARガジェットでフォローすればフィールド内限定で場所は特定出来るだろう】
【まさか――ARゲーマーはプライベートも丸見えなのか?】
【場所の検索システムはARゲームのフィールド内だけだ。フィールド外の動きまでは補足出来ない】
【しかし、偽情報に踊らされないようにする機能は、場所の検索だけではない】
【そうか――ARゲームのセンターモニターか!?】
【モニター以外にも、ライブ配信と言う物がある。それに気づかずに偽の目撃情報を流せば、ガーディアンに偽情報拡散の容疑で捕まるのは明白だ】
【ネットで情報を提供する以上――偽の情報と真実を見分けられる力は必要だと言うのに】
【それが出来る人間だけならば、ガーディアン等の様な組織は不要だろう。彼らの場合はネット炎上を大規模テロと想定し、動いている気配すらあるのだが】
つぶやきサイトでは、一部の偽情報に関して苦言を呈するようなコメントもあった。
それ程に――情報戦が行われている事に、無関係なユーザーからはうんざりしている気配さえ分かる。
アイドル信者の情報戦は他所でやってほしい――と言うのが、彼らの望みだろう。
しかし、それが受け入れられる事は――残念ながら、100%ないと断言出来る状況でもある。
仮に受け入れるにしても、彼らは芸能事務所A及びJ以外のコンテンツを完全排除しようという声を加速させ、その声に日本政府も応じる事を意味していた。
ARゲームやそれ以外のコンテンツ市場が閉鎖され、それこそ芸能事務所AとJを神として――。
あるネット上のまとめサイトを見ていたデンドロビウムは――該当するまとめサイトをARゲーム課に情報提供した。
何故、デンドロビウムがこのような手段に出たのか? 理由としてはレイドバトルも迫っている中で、このような風評被害はノイズでしかないと感じているのだろう。
「明日はレイドバトルだと言うのに――邪魔な連中ばかりがネットを炎上させ、アフィリエイト収入を得ようとする」
彼女が情報提供する方法は、サイトのURLをARゲーム課にまとめてメールするという手法だ。
使い古されている手法だが――ARゲーム課がまとめサイトの管理人に大物政治家との関係を持っているケース等、こうしたレアケースの情報を求めている。
逆にARゲーム運営に提供したとしても、放置される可能性は否定できないだろう。
しかし、彼女の場合は運営に情報提供しない理由に――別の事情があったのである。
「下手に向こうへ情報を流して、レイドバトルのバランス調整に手間取って開始が遅れるのは――」
レイドバトルは午前10時からの開始ではない。その前にメンテナンスで数時間は回線がオフラインとなる。
ソシャゲ等でもメンテが遅れる事で色々とネットが炎上するのは有名な話であり、ARゲームでも運営の対応次第で炎上する事さえあった。
そうしたケースをアーケードリバースでは見たくない――と言うのがデンドロビウムの想いだろうか?
アーケードリバースはソシャゲのようなアイテム課金タイプではなく、1クレジットでプレイするタイプだ。
そうした作品で炎上するようなイベントと言えば、マッチポンプとも取られかねないようなマッチングだろう。
だからこそ、ギリギリまでマッチングのシステムを考えていたのかもしれない。
実際、マッチポンプまがいのプレイをした結果、アカウント凍結となったプレイヤーも存在、そうしたプレイを推奨しているようなルールで炎上した作品だってある。
アーケードリバースに限って、そうしたケースとは無縁とは言い切れない。今までの青騎士騒動を含めて、様々な事件が起きているので尚更だ。
青騎士騒動以外にもネット上で発表されていないような細かい事件、まとめサイトで言われているような不具合や問題もあるかもしれない。
「ここまでの事を――彼女は考えて行動していたと言うのか」
デンドロビウムの言う彼女とは、ふるさと納税にも言及していたアルストロメリアだ。
単純にチートプレイ及び不正ツールを取り締まるだけであれば、自分もあそこまでの行動はしなかっただろう。
しかし、サービス開始初日や一カ月位であれば許容範囲内と考えていた問題行動が、その後も改善される事はなかった。
ロケテストの段階で抜け道は遮断したつもりだったのだが、実際にサービスを開始した際にはチートツールも日進月歩の勢いで進化をしていたのである。
運営側の慢心と言ってしまえば、それまでだろう。アイテム課金型のゲームでさえ、課金要素の部分を揺るがしかねない不具合は修正するし――。
「ここまで放置したのが、向こうの計画通りだとしたら――?」
デンドロビウムは、あまり考えたくないような結論に至った。
それは、運営側が最初から全体で問題視されているようなチートツール以外を放置していた事である。
つまり――ARゲーム全体で注意喚起されていた系統の物以外のささいなチートは使わせていた可能性だ。
それこそ、チートプレイヤーが荒らし放題のアウトローと言えるのかもしれない。
「本当に――アーケードリバース自体が、ゲーム業界全体に警鐘を鳴らす為の実験場だと言うのか」
まさか――と思うデンドロビウムは、冷静に考え直した。
これが仮に真実だとすると、例のアニメに類似したケースは単純に真似をした訳ではなく、偶然にシナリオが被ってしまった可能性もある。
仮に今回の一件にシナリオがあったとして、それを書いた人間は誰なのか――と言う事もあるだろう。
ゲーム業界の縮図、それをアーケードリバースのフィールドで再現させて、シナリオを書いた人間は何を目撃者に訴えるのか?
「芸能事務所の不正を暴くだけであれば、週刊誌でも報道をしている。しかし、向こうもニュースにしないような物は――」
デンドロビウムはARガジェットではなく、タブレット端末で急ぎの検索を行う。
そのワードは、焦っているような状況でも、一文字も間違える事無く入力が出来た。
「そう言う事か――全ては、これが鍵を握っていたのか」
デンドロビウムが発見したサイト、それはWEB小説を扱うサイトなのだが――そのサイト名には、まさかの単語が書かれていた。
《アカシックレコード》
一部の人間がアクセスできたとする存在――それがアカシックレコードである。
しかし、その一部の人間とは誰なのか謎が多い。一方で、ここで言うアカシックレコードとはオカルト的なものではないだろう。
###エピソード55-3
デンドロビウムが辿り着いたある物――それはアカシックレコードだった。
アカシックレコードと言う単語自体は固有名詞かもしれないが、特定の作品等を指すものではない。
過去・現在・未来の全てが描かれたデータベースである事は、大手サイト等を調べれば多くヒットするだろう。
アカシックレコードにアクセスし、その内容を文章として書くことでアカシックレコードの内容が――と言うのも大手サイトの受け売りだ。
しかし、デンドロビウムが発見したアカシックレコードは誰でも閲覧できるような状態で放置された――サイト跡地に近い物である。
サイト跡地と言うには、アフィリエイト広告も最近の物が表示され、ランサムウェアの様な物も仕掛けられている気配がない。
しかも、このサイトにはWEB小説が新しく投稿されている形跡もあったのだ。
つまり――サイト跡地という表現は偽装と言えるかもしれない。何から欺く為なのかは、容易に想像出来るが――。
その内容はデンドロビウム自身も口を押さえたくなるような物で――それを一言で表現する事は難しい。
アカシックレコードの内容を解析しようと言うサイトは存在するのだが、その半数以上が解析とは名ばかりの超有名アイドルを持ち上げてアフィリエイト収入を得ようと言う典型的なアフィサイトだ。
その原点がここにあると考えると――彼女は何としてもアカシックレコードをこの世から消し去ろうとも考えたくなる。
彼女はサイトの文章をいくつかチェックし、その内容に何かの共通点を発見する事が出来た。
それは――エッセイと言う方式で超有名アイドル商法や歌い手や実況者の夢小説に関する一件、その他にもマスコミの問題――そう言ったコラムが投稿されている。
小説サイトなのにノンフィクションを投稿するとは矛盾が――と思ったが、落ち着いて考えると『ここに』書かれている事は基本フィクション――虚構だ。
「どの文章の固有名詞も、この世界には存在しない物ばかり――どういう事だ?」
デンドロビウムも困惑するような単語の数々に――最初は言葉も出なかった。
しかし、ある程度は自分の世界にもあるような単語も存在しており、完全にノンフィクションと言えるのかも疑わしい。
つまり――ここに書かれているエッセイは『別の世界』から投稿されたWEB小説を掲載しているサイトと言う事だ。
そうなると、このサイトこそが第4の壁さえも打ち破るような存在と言えるのかもしれないが、色々と疑問点が浮かんでくる。
「おそらく、これらの文章は電波や予言を受信して書かれた――あるいは、それこそ創作のネタをノンフィクション風味にしている可能性だって――」
文章の内容が同じようなワンパターン物を多く見かける。それから今回の件に関係する文章を探すのも一苦労かもしれない。
一方で、特定のキーワードに関しては検索をしても0件と言う事実も判明した。
例えば戦争、大規模テロ、紛争――流血のシナリオと言った物はいくら検索してもエラーが表示される。
0件と言うよりは、数件あっても削除されている可能性も否定できないだろう。
逆に超有名アイドル、芸能事務所、歌い手、実況者、コンテンツ流通、フジョシ勢力、夢小説と言った物は多いように思える。
こちらも直接的な表現に近いキーワードは検索エラーが出るようだが。
「このサイトが数日で作られたとは考えにくい。事前に仕込みでもあったのか――」
彼女は考えた――が、結論が出る事はなかった。
一連の超有名アイドル商法を巡る炎上事件、青騎士騒動、それにアーケードリバースを巡る事件――それらの理由が、アカシックレコードにあるとしたら?
この件を解決させようと焦れば、レイドバトルに集中できなくなる可能性だって否定できない。
「ARゲームに政治的思想や超有名アイドルの宣伝等を持ち込むのが禁止されている理由――」
彼女はテーブルに置かれていた自分のARガジェットで改めてARゲームのガイドラインを確認する。
一連の禁止行為には、プレイヤーの殺傷行為や八百長行為等と同じクラスで禁止されているのがネット炎上行為だった。
何故、ネット炎上を殺傷と同列で並べて禁止としたのか――。
「アカシックレコードを読める事は、ARゲームにとっても有利に働くのか?」
チートプレイと同列で語る事自体はアレかもしれないが――アカシックレコードの存在はARゲームにとって何に該当するのだろうか?
それ次第によっては、大きく状況が変化するのは間違いない。
レイドバトル前日の8月31日にはアンテナショップでも強力なガジェットを求めるプレイヤーが訪れたと言う。
しかし、金に物を言わせるような廃課金と例えられる人種、レイドバトルで1位になろうとして卑怯な手を使ってでも――と言う人種が、がどのような末路をたどるのかは想像に難くない。
【ガジェットって、値段で変わる物なのか?】
【カスタマイズ型のパソコンじゃあるまいし、そこまでは――】
【だからと言って、汎用のガジェットでは勝ち目がないという訳ではないだろう】
【ワンオフと言う概念もあるのだが、それはプレイヤーの使い勝手的な部分に依存する。他のプレイヤーが容易に扱えるわけがない】
【ソシャゲやTCGの様に『このカードがあれば勝てる』的な要素は――切り離した方がいい】
【ARゲームで求められるのは、あくまでもプレイヤーの技術だ。それこそ、チートプレイでなければ勝ち目がないと思わせるほどの――】
【さすがにチートプレイ推奨の発言は、運営に削除されるだろう】
【それは、あくまでも例え話。最終的には実力の差が勝負を分けると言う事だ】
つぶやきサイトでも、ガジェットを強くしただけではレイドバトルには勝ち残れない事が言及されていた。
ランキング報酬等は明言されていない物の――ARゲームと言う事もあり、相当な物が期待できるとも言われている。
【しかし、アーケードリバースは草加市が運営しているようなものじゃないのか? 賞金が出るとは思えない】
【ふるさと納税的にも――そう言う利用方法は想定していないだろうな】
【イベントなのに参加賞もないのか?】
【ARゲームの場合は、ARガジェット等で使用出来る電子マネーが賞金代わりに出る事もあるし、別のARゲームでは100万円クラスの賞金が出る】
【どちらにしても、過剰な期待はしない方がいいという事か】
草加市が運営に参加している以上、そこまでの賞金は出ないとも言及されたが――公式発表ではない。
あくまでも申し訳程度の参加将位は出るのではないか――と言う意見もあったが、支持される事はなかった。
###エピソード55-4
強力なガジェットを求めるプレイヤーが多い一方で、やはりというかチートガジェットを手にするプレイヤーも存在した。
中には公式グッズと見せかけた偽ブランドも存在し、売り方がかなり悪質と言えるだろう。
偽ブランドに関して言えば、ARガジェット以外でも実例があるのだが――それが日常であるというのも理解に苦しむ。
それだけ偽物を売ると言う事が犯罪だと言う事を認識していないのだろうか? 実際は――知らないと言う事なのかもしれない。
ARガジェットでカスタマイズやワンオフと言うのが存在するのは有名な話であるが、そこからヒントを得て独自デザインのガジェットを売ろうとしていたのだろう。
その結果――チートガジェットを売り出すとか、そうした路線に走ったのだろう。
【結局、偽グッズ売買事態を禁止するしか――】
【ソレは違うな。一次創作以外を禁止にすれば早い話だ】
【そちらも偽ブランドの話題とはかけ離れている】
【歌い手や実況者の夢小説がWEB小説サイトで上位を独占する状況は、肖像権等の絡みで――】
【超有名アイドルJの夢小説が放置されているのは、噂によると――】
またもや典型的なねつ造情報を扱うまとめサイト――その内容を見て呆れかえるのはアルストロメリアである。
もはや芸能事務所AとJを神として持ち上げるのは伝統芸に近い。
しかし、こうした事が繰り返されるのは――大規模なネット炎上を連想して、いい気分にはならないだろう。
相変わらずだが、該当するサイトのURLをARゲーム課に送りつけた。
何としても、芸能事務所AとJを持ち上げるようなまとめサイトを作成するバイト告知を発見して――。
残念な事に該当するバイト告知のメール等は発見できていない。通報を恐れて削除しているか、あるいは自動的に消滅するとか――。
「あの計画を始動しなくても――向こうから自滅してくれれば、こういう手段には出なかったのだが」
自滅と言うのはまとめサイト側が炎上して管理人が逮捕される事を指すだろう。しかし、彼女の言うあの計画とは――。
自室ではなく、竹ノ塚のアンテナショップ入口で様子を見ていた。
何故に外へ出ようと思ったのかは、情報をネットで集めるだけではなく自分の足で確かめようと思ったから。
「どちらにしても計画を今更止めれば、逆に芸能事務所側の暴走を世界中へ発信する事になる――それは、日本にとっても致命的だ」
アルストロメリアは、芸能事務所側の暴走――超有名アイドルコンテンツ以外の排除計画――それが海外に拡散する事を恐れている。
数百人規模にすぎないような投資家ファンだけの為にやっているマネーゲームをコンテンツと認める事――それが拡散すれば、一大事になる事を知っていた。
株式市場でも上場廃止の株でマネーゲームを展開しているようなケースを、ニュースで見た事がある。
日本のコンテンツが、そう言った存在だと言う事を広めるような炎上マーケティングを起こそうとする芸能事務所AとJを――廃業に追い込もうと言うのが計画の趣旨だったのだ。
「しかし、あの芸能事務所を本当に倒産に追い込めば――それこそ、リアルウォーを引き起こす。つまり、リアルウォーを起こさないようにバランス調整する――」
そのやり方こそマッチポンプと言われかねないのは、アルストロメリア本人も分かっている。
しかし、誰かが芸能事務所の暴走を止めなければ――日本のコンテンツ市場は日本政府公認の芸能事務所AとJの独断場となりかねない。
だからこそ――アルストロメリアは行動することを決めた。最初はチートビジネスやARゲームに進出を図ろうとする芸能事務所を通報する位のレベルで終わっている。
それでも撤退する企業は一部あったとしても、芸能事務所AとJが撤退するような流れにはならなかった。
そこで彼女が考えたのは、青騎士騒動からヒントを得て実行した――あの計画である。
計画の方は想定以上の成果を上げた。一部のアイドル投資家の暴走をきっかけにまとめサイトや広告会社、更には政治家と手を組んで炎上マーケティング――その現状を表舞台に出す事が出来た。
最終的に芸能事務所AとJはARゲームから撤退し、今は色々とARゲームとは無縁なビジネスを展開しているように思える。
「ネット炎上が時には人を追いこみ――それこそ、リアルウォーを引き起こすような状態を生み出す事――もう二度と、悲しみと復讐の連鎖を起こす訳にはいかない」
ARゲーム以外でも、様々な事でネット炎上は続いている。この状態を打破するには、ネット炎上禁止法案の様な物を成立させる必要性を感じていた。
しかし、ARゲームでは政治が絡むありとあらゆるものの持ち込みを禁止している。純粋にゲームとして楽しめなくなる――と言うのが最大の理由のようだが。
###エピソード55-5
今から数か月前、まとめサイトに謎の文章が投稿されていた。
【芸能事務所AとJを優遇しようと言う法案が可決しようとしている。このままではコンテンツ流通は、芸能事務所2社によって――】
しかし、まとめサイトに取り上げられる前に削除された。該当するつぶやきサイトのアカウントも発見できないので、それこそ芸能事務所を神とあがめる勢力による物――と思っていたと言う。
あるいは別勢力による情報戦――要するにかく乱作戦だ。しかし、これをかく乱作戦と言うには様々な証拠が足りない為、いわゆるネタとして処理されたのである。
この文章をサルベージしたのが、ごく最近に立ち上げられたサイト――実際にこのサイトが該当文章を掲載したのは8月31日、今日だった。
何故、このタイミングでサルベージしたのか? 8月31日と言う日時に理由があったのか?
もしかすると、レイドバトルを前に妨害工作をしようとしたのか? 芸能事務所AとJのCDリリースを中止に追い込もうと言う策略があったのか?
【芸能事務所AとJは自分達を神と思いこみ、全てのコンテンツを生み出したのが自分達と主張する。つまり、全てのコンテンツの権利を独占しようと言うのだ】
【特定の組織や団体等が権利を独占すれば――それはコンテンツ流通とは言わない。単なる消耗戦だ】
【我々は訴える。芸能事務所AとJが行おうとしている炎上マーケティングは――リアルウォーである。形を変えた――であると断言出来るだろう】
【そのような戦争を芸能事務所AとJが行えば――確実に海外勢力に大敗するのも目に見えているだろう。恥の上塗りをする前に――目に見えた負けフラグを晒す前に、自分達の過ちを認めるべきだ】
【改めて警告する。芸能事務所AとJは自分達が過去に行った炎上マーケティングの全てを謝罪し、日本政府との裏取引等を認めるべきだ】
この文章の一部は、明らかにサルベージされたつぶやきと違う物が――あからさまに混ざっている。
しかし、芸能事務所の炎上を狙ったものであれば――もっと過激な文章を込めてもよいはずだ。
この文章を投稿した人物を特定しようとした矢先、あるサイトが引っ掛かる事になる。しかも、それはまとめサイトではない――別のサイトだったのだ。
午後5時、毎度恒例でARゲームプレイヤーのラインナップが入れ替わる時間だ。
ビスマルク目当てだったあるプレイヤーは悔しそうな表情を浮かべる。直接見たかったようだが、訪れる場所を間違えたらしい。
そのプレイヤーは、ある女性プレイヤーの前を通り過ぎるのだが――特に見向きするようなことはなく、そのまま通過した。
「このサイトは、自分が立ちあげたサイトを踏まえつつも――別のメッセージを伝えようとしている」
アーケードリバースの方も数回プレイし、様子見が終わったアルストロメリアは――帰り際にシャワーでも浴びようと考えていた。
しかし、この周辺にはアンテナショップに併設されたシャワールーム以外は皆無だったので、汗が気になるようでもインナースーツを着たまま帰宅する事になる。
先ほどの通行人も彼女の前を通り過ぎたのだが、その人物をアルストロメリアが見る事はなかった。タブレット端末の方に集中していたからだ。
さすがに歩きながら操作するのは危ないので、待機用のチェアーに腰をかけている。
「どちらにしても、このサイトを放置するべきか――通報するべきか迷う部分がある」
通報したとしても――該当するサイトには削除に値するような表現がない。
犯罪につながるような書き込みがある訳でも、チートガジェットやスパムと言ったような要素もないだろう。
では、このサイトはどのような目的で作られたのか? 残念ながら、今のアルストロメリアには分からなかった。
単純に英雄にでもなろうとしているサイト管理人が立ちあげたと言うには――どちらに加担しているような要素もない。
「一体、このサイトは何のために――」
結局、ここでは情報不足と言う事もあるので自宅へと戻る。
竹ノ塚駅から谷塚駅まで電車に乗って移動しても問題はないのだが――ARスーツのままで電車に乗るのには抵抗感がある為か、乗って来た自転車で帰る事にした。
午後7時、アーケードリバースを稼働しているアンテナショップの一部では行列が出来ている。
草加駅や谷塚駅のアンテナショップでも行列が確認出来るのだが、時間的な関係で列の方が解散している所もあった。
エントリーをするだけであれば、インターネットでも可能であり、それはARゲームの90%近くで同じシステムを採用している。
しかし、アーケードリバースでは事前登録はインターネットでも可能だが――レイドバトルを控えているので、直接エントリーをしようと行列が出来ている――と言う事らしい。
「ここまで行列が出来るとは――想定外と言うべきか」
この様子をネット上の記事で確認していたのは、デンドロビウムである。
アーケードリバースのプレイヤーは50万人と言う情報を、自分がエントリーしていた段階では聞いていたのだが――。
今では何と200万人がプレイしているという情報も出ている。ソースが不明なので、これはまとめサイトが炎上目的で書いている物かもしれないが。
しかし、100万人突破は本当らしく、公式サイトでも150万人突破を告知していた――。
これにはARゲーム課も予想外と驚き――武者道の山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)も言葉に出来ないほどだったと言う。
「しかし、ここからだ。全ては――今まで起こった事件は、レイドバトルで一つの答えを出すだろう」
チート問題、ネット炎上問題、プレイヤーのモラル、それ以外にも芸能事務所の宣伝行為――これらの事件も、ARゲームで行われた炎上マーケティングなのだろうか?
その答えの一つは――レイドバトルイベントで出る事になる。本当に一連の炎上案件がARゲームの宣伝で行われたものであれば――。
###エピソード56
9月1日午前8時、アーケードリバースの一斉メンテナンスが行われた。
このメンテナンスは共通だが、草加市以外のアーケードリバースでは1時間とちょっと辺りでメンテが終了する。
草加市以外のメンテナンスはソシャゲで言う定期メンテナンスであり、ゲームデータの更新やチートガジェットデータの更新がメインだろう。
竹ノ塚では草加市でメンテ中の内にある程度のレベルを上げ、レイドバトルに備えようと言うプレイヤーが行列を作っている。
行列と言っても、センターモニターでデジタル整理券が発行されるので――それを発行する為の行列と言えるだろう。
しかし、その列にはプロゲーマーや上級ランカーと言ったメンバーはいない。様子見と言う訳ではないはずだが――。
【ARゲームのメンテが終わっても、すぐにプレイできる訳ではない】
【午前10時からプレイ可能になるのは知っているだろう。問題は――そこじゃない】
【アーケードリバースはレイドバトルと言う大規模イベントだが、他のARゲームでもイベントがないわけではない】
【プレイヤーの奪い合いか?】
【しかし、ARゲームで兼業しているような人間は少ない。1ジャンル特化がメインだ】
【しかし、プロゲーマーは? 彼らの場合は様々なジャンルにも手を出すだろう?】
【プロゲーマーは例外だろう。ここで言及しているのは、実況者やアマチュアゲーマー、ランカーだ】
【確かに――チートプレイヤーの次に警戒すべきはランカーだろう】
【イベントでチートを使おうとすれば、情け無用にガーディアンがバラバラにする――だろうな】
つぶやきサイト上では、レイドバトルの情報を得ようと必至だ。誰だってそうする。
しかし、ソシャゲのイベント攻略法を見つけるのとは訳が違う――それは情報を探しているゲーマーの方が分かっている事実だろう。
午前9時30分、谷塚駅に到着したハンゾウは――早速エントリーしようと駅の近くにあるセンターモニターへと向かう。
しかし、そこに行列はない。穴場なので客足が――と言う類でもないはず。レイドバトルを前にトラブル発生か?
「特にメンテ時間が変更になった、延長したという情報はない。あっても――別のソシャゲで行われているメンテをアーケードリバースで起きているかのような、フェイクか」
つぶやきサイトのタイムラインを確認するハンゾウだが、タブレット端末等では確認せずにARメットを被って直接確認する。
ログインを行うついでで情報を得ようとしていた訳ではなく、情報収集がメインだった。
しかし、流れてくる情報は半数が情報戦かネット炎上を狙ったフェイクであり、本物の情報は未だに更新なしだ。
更新はあったのだが、午前9時に草加市以外のエリアでメンテが完了したという情報のみである。
【情報が流れてこない】
【まさか、運営がジャミングを受けているとか?】
【そこまでの状態であれば、イベントどころではない――下手をすれば中止だ】
【何が――起きている?】
【竹ノ塚等のエリアでは行列が出来ていると聞く。もしかすると――】
【もしかすると、公式ホームページで告知と言う方式に変えたのかも?】
ハンゾウが気になるつぶやきを発見し、公式ホームページの方へとつなぐ。
すると、公式ホームページでメンテ状況を説明していた――と言うよりも、スケジュールが明記されていた。
「午前12時頃まではメンテか――」
タイムスケジュール的には、まだメンテ中と言う事らしい。その為、アーケードリバースのデジタル整理券及びプレイ受付も出来ない状態だ。
センターモニターでは前日までのプレイ動画を視聴する事は可能だが――それ以外はデータ更新の都合でチェックできないようになっている。
「プレイ動画の方は――」
ハンゾウはガングートのプレイ動画を発見し、それをチェックし始めた。
前日のプレイ動画ではなく、数日前の物である。閲覧数が10万を超えている動画をピックアップした形のようだ。
【動きが初期と違うな】
【初心者特有の細かな立ち止りもない。ある程度のステージ把握が出来ている証拠だろう】
【ガングートも中級者クラスまでレベルを上げている】
【レイドバトルの本命か?】
【レイドの本命はデンドロビウムだろう? 違うのか】
動画の中で流れるコメントには、レイドバトルに関する物もあるのだが――中には本日に付いたばかりのコメントもある。
どうやら、考える事は誰もが一緒らしい。メンテナンス終了まで、プレイ動画などで情報を集めようと言うのは――誰もが通る道か?
###エピソード56-2
午前10時、ARゲームのオープン時間である。しかし、草加市内ではアーケードリバースがメンテ中でプレイ不可状態になっていた。
厳密にはプレイは可能だが、オフラインと言う事でスコアは記録されない形式であり――。
個人的に練習を行う、ガジェットのテスト以外では基本的にオンラインプレイでプレイする事が多い。
竹ノ塚や北千住、秋葉原等のアーケードリバース設置エリアではオンラインでプレイ出来る為か――そちらへ客足が流れるとも考えられていた。
実際には最初から別エリアで練習を行う、レイドバトルは様子見というプレイヤー以外で草加市を離れるプレイヤーは確認されていない。
つまり、メンテ時間の間は他のARゲームに触れるチャンスと考えている人物がいるのだろう。
【やはり、草加市内はプレイ不能か】
【レイドバトルが草加市で行われる事が告知されていた以上、仕方がないだろうな】
【越谷市や春日部市でもアーケードリバースは設置されていたが、そちらはプレイ可能だった。レイドバトルは草加市限定で間違いないようだ】
【レイドバトル自体、6対6ではない。6人チーム×2による協力戦とも聞いている】
【どちらにしても、公式発表があるまでは憶測でしかない】
【憶測で話を進めると、後で足元をすくわれる】
つぶやきサイトでも草加市内でプレイ不可なのは知れ渡っているようだ。
しかし、プレイできない事に対して安易にネットを炎上させるような発言は出ていない。
逆に考えると――安易に炎上させる発言をしているのは、ARゲームプレイヤーに偽装した芸能事務所AとJのアイドルファンと一発で特定される現状だ。
そうしたつぶやきをしたユーザーは、次々とガーディアンによってアカウントを凍結されていった――と拡散するまとめサイト等は、特に確認されていない。
拡散しようと思えば出来るのかもしれないが、そんな事をしても芸能事務所は首をしめられると考えているまとめサイト管理人が多いのだろう。
ただでさえ、芸能事務所AとJに関しては週刊誌が大物政治家から優遇されているというスクープが書かれるたび、売り上げが上昇する時代だ。
ネット炎上に加えてマスコミによる虚偽記事等――芸能事務所側も苦労しているに違いない。
午前10時30分には草加市でも、仮にだがアーケードリバースのデジタル整理券が発行された。
仮発行でもガジェットのチェックで時間がかからなければ――1番を取れば最初にプレイ出来る。
しかし、レイドバトルをプレイする勢力ばかりが整理券を発行してもらっている訳ではない。
RTA(リアルタイムアタック)でイベントを攻略しようとしている勢力は、何としてもプレイ順序を――と考えるだろう。
しかし、アーケードリバースではRTAの概念は通じない。
土台となっている世界観はあるのだが、ストーリーモードが実装されているという話は公式にも記載されていないからだ。
「あの都市伝説は――幻だ。まとめサイト勢力が作った虚構話が独り歩きしただけに過ぎない」
待機列で待っていたデンドロビウムは、以前にも数人に言及された都市伝説を思い出していた。
『デンドロビウムの関わったゲームは呪われる。そして、サービスが終了する――』
自分の関係したゲームがなんかしらの形で呪われ、サービスが終了すると言う法則である。
これは心ないネット炎上勢力やアイドルファンが言及しているだけの――いわゆるアンチによる炎上行為と考えていた。
しかし、そうとは言い切れないような事を言いだした人物も存在し――その中の一人が鹿沼零(かぬま・れい)だったのである。
『ガチャチップを用いたARゲーム……あれをロケテストの段階で計画見直しに持ち込んだ人物、それはデンドロビウムと名乗っていた』
この話を聞いたのが、レイドバトル開始の数日前――明らかに狙っての発言と言えるだろう。
鹿沼が過去にロケテストを行っていたARゲーム、その一つが計画白紙になったのはデンドロビウムと名乗ったプレイヤーの仕業と考えていた。
鹿沼は――デンドロビウムに何かしらの恨みでも持っていたのだろうか?
しかし、鹿沼の声のトーンを考えても恨みを持っているような様子はない。ポーカーフェイスを演じている可能性も否定できないが。
今の自分にとって、あまり無関係な話題に触れるのは――ARゲームに不要な物を持ち込む事にもなるだろう。
だからこそ――彼女は不正プレイ等で自分の名前を売り込もうとするようなチートプレイヤーは倒し続けていたのだ。
ARゲームにおけるチート根絶運動は確実に動き始め、チート技術を売り続けていた企業は次々と消えていく事になる。
しかし、それでもARゲームにネットが炎上しそうなビジネスを持ち込もうとするのは、自分達が目立ちたいからだろう。
だからこそ――デンドロビウムはARゲームを守る為、戦い続けていたのである。例え、その真意が誰にも理解されなくても。
その戦いは、思わぬ形で便乗する人物が現れた事で流れが変化していった。
それは――アルストロメリアの出現、アカシックレコードの存在、更にはガングートと言う黒船の襲来――。
果たして、デンドロビウムは戦い続けられるのか? 全ては、もうすぐ始まるレイドバトルで明らかになるだろう。
###エピソード56-3
遂に時間は午前11時30分となった。昼食を食べるプレイヤーもいるのだが、それ以上に早い昼食を食べていたプレイヤーもいる。
その理由は――誰もが分かるだろう。アーケードリバースのレイドバトルである。
予定によると、午前12時にはプレイ開始とホームページには書かれていた。
最初の1時間はプレイヤーが殺到するので、10分~20分位の開始時間変更はあるとネットでも言及されている。
《レイドバトルの開始は午前12時30分からになります》
予想は的中し――午前12時ではなかったのは、あまりにもエントリーしているプレイヤーが多かった事に由来するだろう。
あまりにも混雑が多い為か――運営側が時間をずらしたと考えられる。
ネット上の予想が的中したというよりは、午前12時に行っても問題はないのだが――他のARゲームプレイヤーに配慮した為と言う可能性も高い。
強制ログアウトを使用し、アーケードリバースのみにプレイヤーが殺到するのを防ぐ狙いもあったのだろう。
【分散したのは失敗だったか】
【逆に草加市でもアーケードリバースを新規で設置した場所がある。そちらの設定に配慮したという可能性もあるな】
【2日以降も設置される場所は増えていく予定らしい。それを踏まえると――】
【どちらにしても、9月から設置される場所は増える事がホームページにも書かれていた】
【今回のイベントは、もしかするとプレイヤー増加を狙ったものかもしれない】
ネット上ではアーケードリバースの設置エリアが増える事も告知されており、今回のイベントがいわゆる宣伝の一種と考える動きがあった。
こうした宣伝でもネット上では炎上させて運営妨害をするケースもあるかもしれないが――。
あるプレイヤーはARゲーム用のインナースーツへ着替える為に着替え室へと向かい、またあるプレイヤーは既に着替え済みと言う――。
それぞれで準備の方法は異なるが、早くプレイできるように最善の方法はとっていたのかもしれない。
「まさか――当日になってガジェットが壊れたと駆け込むような連中がいるとは――」
受付の混雑具合に違和感を持っていたのは、私服姿のガングートである。
現状、彼女はレイドバトルへの参戦は様子見と言う事だが――もしかすると、誰が参加しているかで動くのかもしれない。
それとは別に彼女はARガジェットのオーバーホール中であり、アーケードリバース用のガジェットはレンタルする必要が出てくる。
しかし、そのレンタルも今回は1時間待ちと言う状況なので、昨日の内にエントリー出来たプレイヤーはラッキーと言えるだろう。
今日からエントリーしようとしてもプレイ出来ない訳ではなく――単純に手続きに時間がかかると言う事らしいが。
ARガジェットもアンテナショップで購入できるが、アーケードリバース用は品切れが相次いでいる。
「ここまでの駆け込み需要は――想定できていないだろうな」
今のコンテンツ流通に関しての皮肉なのか、それとも――。彼女はペットボトルのコーラを飲みながら、様子を見る事にした。
この状況をまとめサイト勢が把握していた訳ではなく、芸能事務所側も阿鼻叫喚だろうが。
【ARゲームで撤退宣言し、まさかこういう展開になるとは予想外だろう】
【全くもって――愚かの極みだな】
【芸能事務所側は、自分達に都合よく動かせるコンテンツ以外は炎上させる傾向がある。このままで終わるとは――】
【そう言えば、つぶやきサイトで敬語は見かけないが】
【敬語を使えば、アイドル投資家と思われる。その証拠に、彼らのセミナー動画を見れば一目瞭然だ】
【発言内容に注意するのは当然だが――逆に炎上を煽るような発言をするアカウントも、敬語交じりだ】
【だからか――つぶやきサイトで敬語禁止の様な暗黙の了解があるのは】
下手な敬語を振りかざせば――おそらくは芸能事務所スタッフと思われる可能性が高いと考えているのか、つぶやきサイトで敬語はめったに使われない。
せいぜい、有名文豪のなりきりアカウント等で使われる程度――と見るべきか。
それ程につぶやきサイト内で敬語を使う事は、アイドル投資家でないアカウントでもアイドル投資家の関係者と誤認され、下手をすれば魔女狩りに合う。
だからと言って言葉づかいが乱暴では、明らかに不穏分子と判定されて逮捕される可能性が絶大だ。
実際、草加市はジャパニーズマフィアが根絶していると初めて警視庁が認定した市町村でもある。
つまり――乱暴な発言のつぶやきがジャパニーズマフィアと直結するような思考になっている――と言ってもいい。
「どちらにしても、今回のイベントが成功するのを祈るばかりか――」
つぶやきサイトのタイムラインをチェックしつつ、ガングートはこの状況に驚いている。
足立区内等でもジャパニーズマフィアが減っているのだが、根絶とは言い難い。それを初めて実現させた草加市には驚きを感じていた。
その一方で、草加市ではアイドル投資家と言う存在が――ジャパニーズマフィアに変わって君臨している事も把握している。
###エピソード56-4
午前12時、草加市内にあるアンテナショップではアーケードリバースの設置準備が行われていた。
この場所は松原団地に近い場所に加え、電車では草加駅と松原団地駅の間にある。
そうした面では交通で不便かもしれないが――別のARゲームでも強豪プレイヤーやランカーの出没しない穴場としても有名だった。
「ここもアーケードリバースを置くのか?」
「そうなると、ここに強豪プレイヤーが来る可能性も否定できない」
「さすがに――それは考え過ぎだ。草加駅や谷塚駅に近い場所にもアーケードリバースは設置されている。そこに集中するだろう」
「そんなものか?」
「強豪ゲーマーが集まるゲーセンにも一定の法則がある。交通面で行きやすいというのは――そう言う事だ」
「そのベタ法則が通じないのがARゲームじゃないのか?」
「それは一理あるのかもしれないが――逆にマスコミが知らないような場所に置かれるのは、そうした勢力に情報が入りにくい――とも言える」
設置の様子を見ていたプレイヤーらしき男性2人は、ここにもアーケードリバースが来る事に複雑そうな表情をしている。
人気機種と言う事で導入を考えた――と言う事ではゲーセンだけでなく、パチンコやパチスロに通じるような流れかもしれない。
一方で、ARゲームは人気機種だからと言ってすぐに導入できるような物ではないのは――誰にでもわかる。
「第一、ARゲームはジャンルによって実際の一般道を利用したり――住宅地を利用するケースだってある」
「一般住民からすれば――ARゲームは騒音や環境に関して、色々と苦情が出てくるだろうな」
「それでも導入すると言うのは――それなりの得る物があるからだろう」
「得る物?」
得る物がなければ、ARゲームの最新機種を予約してまで導入しようとは考えない。
特にアーケードリバースは草加市が全面協力しているに近い状態の為、様々な面でバックアップを受けられるという事もある。
ARゲーム自体が草加市で色々と優遇されている事はアンテナショップなども知っているが――。
「場合によっては、パチンコ等よりも儲かると言う話だ。電気代も太陽光パネルやバッテリーを使っているから――」
話をしていく内に、準備の方は完了しつつあった。
しかし、現在はレイドバトル導入に伴うメンテを行っているので――電源を入れてもメインモニターはシステム表記が表示された後は、ローディング画面のままだが。
《システムローディング中》
センターモニターにはシステム更新中の画面が表示されている一方で、メンテナンスが午前12時30分まで続く事も表示されていた。
設置スタッフも分かっているようで、モニターの方へ近づこうと言う事はしないようである。それ以外の設置作業を急ピッチで進めているのかもしれない。
午前12時15分、アーケードリバースの運営には謎のメッセージが送られていた。
その内容は――脅迫状や怪文書というレベルでも、まとめサイトの炎上マーケティング狙いの様なものではない。
「どうしますか? この時間に来たという事は――ウイルスの可能性もありますが」
男性スタッフの一人は、明らかにウイルス添付のメールである可能性もあって、無視するように促しているようにも見える。
しかし、運営の責任者らしき人物は内容の確認を指示、添付画像は開かないように指示した。
【ガーディアン組織の一部が、青騎士を泳がせている】
【その青騎士の中には、ARゲーム運営が棄権ししている芸能事務所Jの現役超有名アイドルが混ざっているだろう】
【何故に泳がせているのかは不明だが――秘密基地を一網打尽にする目的があるのかもしれない】
【そこでアーケードリバース運営に指示したいのは、不正チートを使っているプレイヤーの中には――まだ炎上勢力が残っていることだ】
【保護主義的なゲーム運営や二次創作を一切認めずに公式の作品以外は魔女狩りする――そうした考えの人間がいる限り、青騎士は動き続ける】
【こちらとしては、青騎士残党を叩くのに協力して欲しいのではない。運営としては、これを黙認して欲しいという事だ】
【おそらく、アキバガーディアンは動く。彼らはコンテンツ流通に関して――】
メッセージの途中は――全く書かれていない。残りの内容は添付ファイル参照と言う事なのだろう。
運営責任者はウイルスチェックを指示したが、特に危険なウイルスは確認されなかった。
「ウイルスの問題はありません。ファイル開きます」
男性スタッフがファイルを開くと、そこにはある人物の顔写真が添付されていた。
それに加えて――文章の続きである。
「彼女は確か――!?」
男性スタッフも彼女の事はネットで知っていた。
かつて、ビスマルクに大敗して姿を消したと思われた――あの人物である。
【保護主義と炎上防止は別問題だ。炎上を防ぐ為にガイドラインを細かく設定しても――無視される可能性は高い】
【炎上をしないゲームを作りたいのであれば、まずはオープンの環境を作ることだ】
続きの文章は画像に書かれていた物であり――その人物の正体とは、北条高雄(ほうじょう・たかお)だった。
何故――彼女は、あえて運営側に自分のこれからの行動をネタバレするような事をしたのか。
全ては、レイドバトルが妨害されるのを何とか阻止したいと言う気持ちがあったのかもしれない。
自分の行動がきっかけでレイドバトルが中断するのは面白くない――という考えが、今回の行動になったのだろう。
###エピソード56-5
他のエリアでの話になるが、ARゲームでも怪我が切っても切れない状態になっている。
身体を動かす体感ゲームに該当する以上は、どんなに気を付けても不注意で怪我をするかもしれない。
いくらARインナースーツには事故防止機能等が付いていても――避ける事は出来ない宿命だろう。
だからと言って、プレイ前にライバルを減らす為に怪我をさせる、プレイ中のアクシデントと偽装しての妨害行為が認められる訳ではない。
そんな事をすれば――大参事になる可能性だって高いだろう。
【そう言えば、ARゲームの中には乗物に乗るような物もあったが――】
【そちらはシートベルトを初めとした安全装置に加え、様々なシステムもある。シートベルトをしていないだけでもプレイ不能になる程のレベルだ】
【それ程の安全対策を、何故自動車等では導入をためらうのか? エアバッグのリコール問題なども影響しているのか?】
【それとこれとは別問題だろうな。ARゲームが安全性を極限までにも止めるのは、ゲームで怪我人が出る事でネットが炎上する――風評被害を警戒しているからだ】
【ネット炎上で、何故おびえるのか? それがいまだに分からない】
【こっちだってそうだ。しかし、芸能人のスキャンダル記事等でネットが炎上し、芸能活動に支障が出る事もあるだろう? 歌い手や実況者の夢小説問題も――似たような物と思うが】
【歌い手や実況者の夢小説等に関して、人権保護を目的とした二次創作禁止法案か――それこそ芸能事務所AとJの勢力がでっち上げているネタじゃないのか?】
一部のつぶやきで、明らかにアフィリエイト狙いのネット炎上つぶやきもあるのだが、そうしたつぶやきはシャットアウト出来る機能も追加され、最近は大きな炎上は確認されていない。
しかし、シャットアウトのシステムを解除するようなチートツールも出回っており、結局は繰り返しになってしまうのが――。
「どちらにしても――炎上勢力の狙いは、レイドバトルを利用してアイドルの便乗宣伝をする事――だろうな」
ある物を片手に、あるアンテナショップにいた山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)はニュースサイトを色々とチェックしている。
チェックに使用していたのはタブレット端末なので、テーブルに置いていても問題はない。
彼が片手に持っていたのは、あるアイドルのCD宣伝用のポスターである。
ミニサイズなので、何処かに貼る事を目的に大量生産した可能性も高いが、何故に山口が手に入れられたのかは不明だ。
午前12時20分、もうすぐ開始と言う事もあってガジェットを準備するプレイヤーも多くなった。
現在準備をしている1000人近くが一斉にログインでもしようと言うのであれば、ARゲームは即座にフリーズする可能性も高い。
ARゲームで使用しているサーバーは、オンラインゲームやブラウザゲーム等で使用している物とは技術的にも桁が違う物だ。
スーパーコンピュータ並の能力を持つと言っても過言ではなく、このコンピュータがクラッカーやマフィア等を初めとした勢力の手に落ちれば、地球上にあるコンピュータが機能を停止する。
これは冗談ではなく――ARゲーム課がある調査をする為に発見したデータで明らかになったもので、草加市が発表した物なのだ。
その一方で、高価なコンピュータをゲームで使用する事に関しては否定的な意見が当初は多かった――らしい。
今でこそ、ゲームで使用されているのであれば犯罪に悪用される可能性はないという意見もあるのだが、この事実が判明した初期はひどい物だったと言う。
【何故、ゲームで一兆円クラスのコンピュータが必要なのか?】
【税金で作られたコンピュータよりは、まだマシとでも言いたいのか――】
【技術的には海外のスーパーコンピュータよりも上かもしれないが、それをゲームの為だけに使うと言う神経を疑う】
【この技術がクラッカーに知られたらまずい】
【こうして発表している段階で、狙っているのは明らかだろう】
【税金の無駄遣いではないが――それだけのお金があるなら、超有名アイドルAに投資をするべきだ】
他にも色々とひどい事が言われ、ネットが炎上したと言っても過言ではない。
しかし、数年後にはこのコンピュータも時代遅れになるとは――誰も予想していなかった。
それ程にARゲームの進化は目を疑う物だったのである。
「あれだけの技術を使用したコンピュータが、アカシックレコードの技術を使用した物とは――誰も思わなかっただろうな」
ARゲーム用のインナースーツに着替え終わり、ゲーム開始待ちをしていたのはジャック・ザ・リッパーだった。
ARメットを被っている関係で、素顔を見る事が出来ないのは――今までと変わらない。
今回に限れば、ボイスチェンジャーもチートと誤認識される可能性があるので、チェンジャーをカットしていることである。
女性でARメットを被り、素顔を隠すプレイヤーは他にもいるので、ピンポイントで彼女をジャックだと見破れる人間は少ない。
「それに――あの時の前世代で使用されていたコンピュータが、今のVRゲームで使用されている機種と互角とも――気づかないかもしれないが」
ARゲームがゲーム業界に影響を与えた物は非常に大きく、ある意味でも技術革新が起きていた。
光ケーブル技術、小型で多機能なゲームサーバー、オンライン技術――色々な物が、ARゲームから輸入されたと言ってもいい。
それでも――ARゲームの技術で大きくゲーム業界が変わった事に関して、反対する声があったのも事実だ。
おそらくはライバル会社が技術を盗んだ等と主張するケースがほとんど――だったらしいが、真相は闇の中である。
「とにかく、今回のレイドバトルは――何かが起きる」
ジャックは思う。今回のレイドバトルは、アーケードリバースでは初の公式イベントでもある。
これを利用して便乗宣伝等を行う勢力が出るのは明らかであり、何も起きずにイベントが無事に終わる事も――保障されていない。
###エピソード57
午前12時30分、遂にレイドバトルの幕は上がった。
《レイドバトルはターゲットボスを撃破する方式》
《6対6のバトル形式をベースとしているが、基本的には12人で協力していく形式》
《作戦は自由だが、FF(フレンドリーファイア)行為はペナルティの対象。不正ガジェットを使用したチートプレイヤーに関する制裁は不問》
《レイドボスを撃破すると、ポイントが得られる。ただし、このポイントはイベント限定であり、ARゲームで使用する電子マネーとしては使えない》
《ボスの撃破には時間制限あり。ただし、時間切れになっても次のプレイにはHPが回復してボスが登場する訳ではない》
《その為、連続プレイでボスを倒す事は理論的に可能。しかし、連コインに関しては店舗のルールに従う事》
《最終的に集計期間までにハイスコアを獲得出来たプレイヤーが優勝となる。しかし、不正行為やマナーが守れていないと判断される行為は失格の対象となる》
他にも細かいガイドラインは設定されているが、ルール的な部分ではこの辺りだろうか。
RMT等も禁止、マッチポンプ行為もペナルティに該当、意図的なプレイの遅延行為も悪質な物は減点となるらしい。
それ以上に重要な項目――それは一番最後に書かれていた。
《ルールを守って、正しくプレイしましょう》
この一文に全てが集約されているのは言うまでもない。
一番重要なのは、ゲームを純粋に楽しむと言う事。
他のプレイヤーが楽しめず、個人だけが楽しむと言うのもマナーに反すると言う事かもしれないが。
【やはり、そこだけは変更なしか】
【変更箇所は多いが――それだけ、あの時のアレは仮だったという事だな】
【仮の物でもある程度は発表し、準備を促していたとも言える】
【特にチート禁止は必須だが――】
【FF禁止とは――確かに、自分の思うようにいかないで相手プレイヤーを攻撃する行為はあり得そうだが】
【対戦相手に八つ当たりするのもマナー違反だな。ある意味でも――正しい判断かもしれないが】
つぶやきサイトでも、様々な声があった。チート禁止は当然でも、まさかの禁止項目追加には驚いているようだったようである。
特に今回のレイドバトルは12人で協力して撃破するという要素が強いらしく、何時もの対戦ルールを適用する訳にも――と言う事情があるのかもしれない。
ルールを把握しても――それを即座に覚えきれるかと言うと、そうではない。
何時もとは違うルールも存在する為か、最初は誤爆や同士討ちのようなケースもあった。
特に広範囲攻撃武器を使用している場合は――顕著と言える。
【ボスの当たり判定は小さい訳ではないのに――】
【どうしてこうなった、としか言えない】
早速アップされた動画のコメントには、慣れないルールに苦戦するプレイヤーに対して厳しいコメントも飛ぶ。
この辺りは仕方がないというのもあるが――RTAを狙ってプレイしていた勢力の動画と言う事もあり、ある意味でも自業自得なのだろう。
初見プレイで苦戦するのは避けられないが、ある程度は――。
「レイドボスの行動パターンは一定と言うべきか。しかし、ARゲーム初心者でレイドバトルはハードルが高すぎる」
ARメットで関連動画を見ていたのは、ジャック・ザ・リッパーである。
自分の順番は――もう少し後との事なので、先にアップされた動画を見ていた。
しかし、ボスの行動パターンが一定である事以外の収穫がない。それ程、アップされた動画は少ないのだ。
ボスレイドの動画がネタバレを配慮してのアップ禁止と言う訳ではないのだが――何故、意図的に少ないのか?
「アップされる動画の質がRTAを狙った物しか投稿されていないのも――若干気になる」
時間的な事情もあるのかもしれないが、RTAの動画しかないのは何かを狙っているとしか思えない――とジャックは考える。
しかし、その懸念はしばらくしてある人物のプレイ動画がアップされる事で変化する事になるのだが――。
その一方で、レイドバトル前に事前情報をシャットアウトして昼食を食べる人間もいる。
彼女のテーブルに置かれているのは、とんかつソースたっぷりなカツサンドと麦茶なのだが――。
「ARメットで情報をミュートしても、キーワードを変えて投稿されている以上――ネタバレは避けられないか」
カツサンドを食べながら、情報をチェックしていたのはハンゾウである。
彼女は初日に参加するのは回避しようとも考えていたのだが、別のARゲームでもイベントがあるらしいので先にチェックしようと方針転換したのだ。
ARスーツにとんかつソースが――と言う事はなく、その辺りはハンゾウも分かっているようだ。
実は、ARスーツに水分は大敵とも言える物だった。濡れるとARアーマーが認識出来ないだけでなく、ゲームの進行に不具合が出る。
防水ARスーツも存在し、それを前提としたゲームがあるのも事実だが――基本的にARゲーム用のインナースーツは水が弱点だった。
水と言っても多少は問題ないだろうが――ゲリラ豪雨クラスや大雪等では、さすがに危険だろう。
「どちらにしても、重要なのは――ARゲームを楽しめるようなプレイヤーが増える事。それが、向こうの目的なのかもしれない」
ハンゾウの言う向こうの目的とは、ある人物の目的かもしれないが――憶測を拡散すれば、ネット炎上を招くのは何度も経験済みだ。
今は――レイドバトルが第3者に妨害される事がないのを祈るしかないだろう。
###エピソード57-2
案の定というか、午後2時位になってもトップランカー等の動画はアップされていない。
動画の投稿制限がある訳ではなく、単純にプレイヤーがアップしていない説も高いのだが――こればかりは本人しか分からないだろう。
【動画の半数以上がRTA(リアルタイムアタック)勢力ばかりで、あまり参考にならない】
【しかし、全くの初心者がアップしている動画であれば価値も0かもしれないが――】
【プレイヤーの質が逆に上がっている気配もするな。運営側がスパムと判断できる動画を削除しているのか?】
【スパム? どういう事だ】
【ARアーマーのペイントやマーキングを見れば分かる――】
動画のコメントでも炎上している件があったが、それに関してはつぶやきサイト上でも一緒だった。
RTA勢力ばかりが動画をアップしているように見えて、実は思わぬ落とし穴があったと言う言及があったのである。
その内容とは、プレイヤーのARアーマーに表示されているマーキングにあった。
【そう言う事か】
【これはひどい】
【やはりというか、RTA勢に責任をなすりつけようと言うアイドル投資家やアイドルファンの仕業だったのか】
【これでは、アイドルにタダで宣伝場所を提供しているのと同じだ!】
【CDの発売日等を調べておくべきだったのか――運営側の見通しが甘かったのか】
【これは、さすがにアイドル投資家側の営業妨害に該当するだろう。運営に責任があるとも思えないが】
この件はレイドバトル前にも報告例がいくつかあったのだが――改めて浮き彫りになるという結果になった。
アイドルのCDジャケットをエンブレムやマーキング等に使用し、CDの宣伝を行うと言うケースである。
痛車や痛バイク等のARアーマー版と言えば、それまでだが――特に運営側では禁止していない。
ただし、それは芸能事務所AとJが絡む物以外の話である。実際、芸能事務所AとJはガイドラインでも名指しで宣伝行為を禁止しているのだ。
これらの事務所は権利関係が複雑で、一歩間違えれば1兆円クラスの訴訟を起こすのも日常茶飯事であり、売り上げの3割は裁判での――と言う話もまとめサイトには書かれている。
「芸能事務所AとJだけ封じても、他の事務所が便乗しないとは限らない――と言う事か」
発想の勝利――そう捉えられても仕方のない事を、ガングードは該当する動画を見ながら悔しがる。
初日は色々と様子を見る為に有名プレイヤーは静観しているのだが――その流れに乗ったのが失敗だったのか?
その悔しさは、彼女が動画を見ている目が真剣なのを見れば、察する事が出来るだろう。
「これでは、以前と変わらないではないのか――」
過去の自分が起こした事――それも大きく報道される事にはなったが、今は歴史からも抹消されている。
それを踏まえると、一部の悪目立ち勢力が大きく事件を起こせば、過去の自分と同じ末路をたどる――そう思っていた。
『次のニュースです――』
ガングートは別のセンターモニターで流れたニュースを見て声が出なくなった。
その内容とは、ARゲームとは無関係のジャンルで起きた事件なのだが――複数の怪我人が出ている事も報道されている。
『警察では、今回の事件に関係したとして少年グループを逮捕しており――』
逮捕された少年グループの顔が出る訳はないのだが、押収された物の中に芸能事務所Jのアイドルを応援する為と思われるうちわが映り込んでいた。
つまり、彼らは芸能事務所Aのファンである事を押収品でばらしてしまったと同然なのである。
芸能事務所AとJの争いは、まさにリアルウォー勃発の一歩手前まで来ているのかもしれない。
そのガス抜きとして、アーケードリバースを選んだというのであれば――笑えない冗談とも言える。
午後2時30分、あるテレビ局が竹ノ塚から中継を行っている映像がネット上で話題になっていた。
草加市は厳戒態勢が敷かれており、運営側が認めたARゲーム専門チャンネル等の取材以外をNGとしたからである。
その為、テレビ局やマスコミは竹ノ塚から越谷までのレイドバトル対象エリア外で取材を行うしかなかった。
【テレビ局は締め出しか】
【まるで、有明のイベントみたいだ】
【アーケードリバースの技術は、下手をすればリアルウォーを起こせるレベルだ。取材規制はやむ得ないだろう】
【ここまで締め出す必要性が本当にあったのか?】
【そうでもしないとネット炎上を起こして宣伝を行おうとする芸能事務所AとJが――】
様々なつぶやきが飛ぶのだが、感想としては今までの事例でも拡散したようなテンプレしか飛んでこない。
個別に感想を持つ人間もいるだろうが、下手にまとめサイトに転載される事を恐れているのだろう。
彼らとしては芸能事務所AとJの宣伝材料になるのを望んでいない。
「なるほど――この展開になるのを、彼女は望んでいたのか」
既にレイドバトル以外でアーケードリバースをプレイしていたデンドロビウムがネット上の反応を見る。
この展開は例のARパルクールを題材としたアニメでも起こった物であり、それを再現しようと言うのであれば――別の意味でもマッチポンプと疑われるが。
「先ほどのニュース、ARゲームに風評被害を起こして炎上させようという行為――何もかもが再現と言えるか」
デンドロビウムはコーラを飲みながら、色々と考えていた。
今の状態でレイドバトルにエントリーしても芸能事務所側の宣伝になってしまうのでは――と。
「しかし、今は芸能事務所AとJが撤退したという発表を信じるしかないだろうな。どちらにしても――それ以上は発言をしていないのだから」
憶測で行動すれば、今度は週刊誌のネタにされかねない。今の自分は無名と言われていたような時期とは違う。
今は――アーケードリバース上でもネットでも有名となった我侭姫(デンドロビウム)――その人だから、と。
###エピソード57-3
結局、その後も9月1日には有名プレイヤーのログインは報告されなかったと言う。
数少ない報告では、ヴィスマルクをARリズムゲームの方で目撃した、アイオワをAR対戦格闘のフィールドで観戦していた等はあったのだが。
【結局はデンドロビウムを含めて、有名プレイヤーはいなかったな】
【アーケードリバースではアルストロメリアやハンゾウの目撃例もあったが、レイドバトルではなかった】
【情報を収集してから動くのか、それともチートプレイヤーやマナー違反のプレイヤーを避けたのか?】
【チートプレイヤーよりも、向こうが警戒したのはRTA(リアルタイムアタック)勢力だろう】
【あちらも――マナー違反が叫ばれている勢力の一つだからな】
【しかし、テレビではその辺りに触れていなかったが?】
【民放のワイドショーは、何処もネットを炎上させる議員とかアイドルとか――そっちの方が視聴率を取れるのだろう?】
【それに、視聴率の取れない話題を広告会社がOKを出すと思うか? 芸能事務所AとJが全権を握っているような広告会社が多い中で――】
【局地的過ぎる反応のARゲームは取り上げない、と?】
【そうではない。RTAに関しては2日目以降はスコア対象にしない事を公式で発表している】
【要するに、アカウントBANと言う事か。対応が早すぎて、何か不穏な空気を感じるな】
【どちらにしても――本番なのは2日からだ】
つぶやきサイト上では、テレビでレイドバトルだけでなくARゲームの話題も出なかった事に違和感を持った。
しかし、テレビ局として視聴率が取れそうな話題に時間を多く使うのが常識――と言える状態である。
それが更なるネット炎上を呼び、リアルウォーの引き金になるとは気づかずに。
ネット炎上のメカニズムは、過去も今も変わっていないだろう。
それを詳細に解説すれば――それこそリアルウォーの引き金になる可能性がある為、ここでは割愛する。
「相変わらずのまとめサイトか――」
自室の机で各種サイトを検索していたデンドロビウムは、右手の指で机を軽く叩いていた。
アフィリエイト目当てのまとめサイトがネットを炎上させて風評被害を生み出す――それはしつこいほどに言及されていたはずである。
書き方に関しては、テンプレ的な煽りタイプが淘汰されている一方で、役に立つ情報を載せていると見せかけて芸能事務所AとJのアイドルを持ち上げる物が増えていた。
そんな事をすれば――ガーディアン側から通報されるのは分かっているはずなのに、だ。
「しかし、芸能事務所の所属アイドルを引き合いに出すタイプはガーディアンが――」
サイトを調べていく内に、デンドロビウムは何か引っかかる部分がある事に気付く。
こうしたサイトは――ある作品では頻繁に見かけたタイプの書式だったのも、気づいた理由の一つだが。
「これでは、やっている事が――」
これをガーディアンへ通報するべきか考えたデンドロビウムだが、証拠不十分なので通報を止めた。
仮に犯人の狙いが芸能事務所を壊滅させる事ではなく、別の場所に理由があるとすれば――。
しかし、これもネット上では色々と言われていた説の一つだ。それを事実だと証明した人物は――誰もいない。
9月2日午前10時、前日のフィーバーに反して行列が出来ている事はなかった。
逆に言えば、このタイミングを有名プレイヤーは待っていたのかもしれない。
ARゲームはその性質上、大人数が行列を作る程のゲームと言う訳ではない事もあって――あまり行列とは無縁の方が良いのだ。
「行列が出来ると人気が出ると言うのは、昔の番組で使われた手法――今ではステマとも言われかねない。これ位の方が理想ね」
久々に帽子を深被りして姿を見せたのは、ヴィスマルクである。
ARスーツは白をメインにした者に変えているが、これはスーツのバージョンアップによる物だ。
俗に言うパワーアップとは違う物だが、似ていると言ってもいい。
スーツのバージョンアップは初日に起きた不具合に対応するもので、パッチ適用と言った方が早いだろう。
それを発見したのは、皮肉にもRTA勢力のプレイだった。
レイドバトルのテストプレイは万全だったので――ある意味でも彼らが抜け穴を見つけたと言ってもいい。
【RTA勢が一掃されただけでなく、バグ修正もされたのか】
【チートガジェットは使っていなかったが、これはさすがに修正されるな】
【テストプレイの段階で何個かのバグを排除したのは言及されていたが――】
つぶやきサイトをタブレット端末で見ていたヴィスマルクは、鼻で笑う様な事はしなかったが――何故かドヤ顔っぽい。
自分もARリズムゲームで色々とあったので、そちらを先にプレイしていたのだが――こうなるとは予想外だったのだろう。
「どちらにしても、上位プレイヤーで残っているのは――!?」
タブレット端末でレイドバトルの中間結果を見ていたのだが、1位と2位のプレイヤーでは10万ポイント位の差がある。
こうなっているのは、RTA勢のアカウントを一斉にBANしたのもあるのだが――驚くのは更に別の箇所。
《1位:ハンゾウ》
まさかの名前を発見した。何と、あのハンゾウが1位を取っていたのである。
スコアは30万位だが、2位とのスコア差は10万以上と言う事もあり――単独トップと言ってもいいかもしれない。
ただし、RTA勢でトップだったのは500万と言う事を補足しておく。つまり、RTA勢以外ではトップだったのである。
「ハンゾウは廃課金でもチートと言う様なプレイヤーと聞いた事があるが――今回の事をどう思って――?」
ヴィスマルクも、目の前を通過した人物に視線を合わせ――。
ある意味でも自分の話を聞かれた、と感じるような場面が展開されたと言ってもいい。
「今回の事は、どうも思わないわ――悔しいという気持ちがないと言えば、嘘になるけど」
サイバー忍者を思わせるようなセクシーな衣装――と言うよりはARスーツを装着していたハンゾウが、自分の目の前で立ち止まったのだ。
これには、唐突な出来事にヴィスマルクも言葉を失った。
まるで、ネット上で炎上しているタレントの悪口を言っていたら、本人が通り過ぎたような――そんな展開である。
ドッキリ系のバラエティー番組もビックリな現実が、ヴィスマルクの目の前で起きていた。
「そう言えば、あなたはヴィスマルク――だったわね」
ハンゾウの方もヴィスマルクに何か聞きたそうな表情をしている。
ARメットのバイザーをオープンし、素顔を見せているので――表情の方はヴィスマルクにもはっきり分かった。
###エピソード57-4
ヴィスマルクにとって、その出会いは別の意味でも唐突だったと言えるかもしれない。
目の前に現れたのは――あのハンゾウだったからだ。
「そう言えば、あなたはヴィスマルク――だったわね」
ハンゾウの方もヴィスマルクに何か聞きたそうな表情が――はっきり分かった。
彼女の方は何を聞きだそうとしているのか? ヴィスマルクも身構えようとしている。
「ハンゾウ本人――なの?」
まさか、本当にハンゾウが姿を見せるとは思いもしなかったので声が若干震えていた。
だからと言って頭の中が真っ白で聞きたい事を忘れるような事は――。
「こっちも探している人物は何人かいたけど――」
さすがに誰を探していたのかは話さなかったが、彼女の反応を見る限りは想像が出来る。
「何を聞きだそうとしているの? 残念だけど、アカシックレコードやアルストロメリアに関しては分からないわよ」
自分でもこの辺りの情報は聞きだしたいので――前振りはする。
しかし、ハンゾウの方はブラフだとあっさり気付いた。
どうやら、向こうもアカシックレコードの事を聞きたい訳ではないようである。
「彼の事を知っていたら、聞きたいのだけど――」
ハンゾウは自分のスマホで何かを操作し、ブックマークしたニュースサイトの記事をヴィスマルクに見せた。
「橿原――隼鷹? 確かアキバガーディアンの創設者ともネット上で言われている――」
「橿原でもあっているけど、この場合は――苗字が違うわ」
ハンゾウが見せたのは、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)の映っているニュース記事なのだが――。
しかし、その姿はアキバガーディアンの制服やワンオフのスーツとは大きく異なる。
「柏原(かしわばら)――? それって、どういう事?」
ヴィスマルクは驚くしかない。彼女が見せたのは、箱根で行われている駅伝で山の神として知られていた頃の橿原だった。
これには驚きの声――と言うよりも、初耳である。一体、彼女は何を聞きたいと言うのか?
「橿原隼鷹、彼の本当の名字は柏原。元々は駅伝の選手だった。それが、どうしてアキバガーディアンを立ち上げたのか?」
「何となく分かったけど――それを聞いてどうするの?」
「改めて確認しようと思っただけ。橿原がアキバガーディアンを立ち上げた理由よりも、彼があの組織にいる理由を聞きたかった」
「ソレは本人に聞いた方が早くない?」
ヴィスマルクの一言も正論である。確かに、橿原に会って聞けば済む話なのは間違いない。
しかし、それをハンゾウが出来ない事情と言うのがあった。それが――。
「本人に聞けない理由――それはレイドバトルにある」
「レイドバトル!?」
ヴィスマルクの声が若干裏返るのだが、その理由は衝撃的過ぎる物だった。
レイドバトルに理由があると言われても――ヴィスマルクには思い当たるようなルールが分からない。
「このルール。ピンポイントで何かを狙っているようなルールよ」
レイドバトルのページを開き、そのページをハンゾウがヴィスマルクに見せる。
《裏工作、自作自演等に該当するような行為はアカウント凍結の可能性があります》
《アキバガーディアンへの情報提供は禁止とします》
この項目にはヴィスマルクも驚くしかなかった。
それに加え、この項目が第3者によって付け加えられたものではない事も――見せたページが公式ホームページある事が物語る。
2人が話をしてから数分後、ARゲームのセンターモニターで有名プレイヤーの動画がアップされた事を知らせるメッセージが流れた。
《アルストロメリアのプレイ動画がアップされました》
まさかの人物名を見て、周囲もざわつき始めた。2日目にして――大物出現である。
アルストロメリア――ここ最近では有名プレイヤーになりつつある筆頭とも言える人物だ。
【まさか、アルストロメリアが先とは】
【タッチの差でビスマルクの動画もアップされたようだ】
【初日にアップされたのが――RTA(リアルタイムアタック)勢力の動画ばかりだったのが、嘘みたいな状況だ】
【それもそうだな。ARゲームのプレイ動画は宣伝する事で動画が注目されやすいというシステムがないはずなのに】
【確かに、それもそうだ。では、RTA勢の動画ばかりだった初日はどのようになっていたのか?】
つぶやきサイト上では、初日のRTA勢の動画しかアップされていなかった状況――それを疑う声が多かった。
色々と憶測は出るのだが――逆にネット炎上のネタになると言及しない傾向が強く、あまり有力な情報がつぶやきサイト上にある訳ではない。
こういう事もあるだろう、と考える人間もいる。
しかし、まとめサイトやつぶやきサイトからの脱却を訴える声はゼロではなく、規制法案が出るほどの過激発言さえあるほどだ。
『動画のアップが規制されていた訳ではなく、様子見と言うオチだったとは――』
草加市役所のARゲーム課に姿を見せた鹿沼零(かぬま・れい)も、動画がアップされていない状況を疑問に思った。
RTA勢力の動画しかアップされていなかったのは、そうした勢力の動画しかアップしないようにと圧力をかけていたとも考えていたからである。
『しかし、これは逆に都合がいいかもしれない。次のプランへと進めよう』
彼は不敵な笑みを浮かべながら、ARゲーム課に届いたメールをいくつかコピーして、市役所を後にした。
向かった場所は谷塚駅近くのアンテナショップと市役所には報告済みで、この辺りに何か含みがある可能性も高い。
###エピソード57-5
鹿沼零(かぬま・れい)が向かった場所、それは市役所から徒歩10分も見たない所にあるアンテナショップである。
ここでは複数のARゲームが展開されており、ある意味でも草加駅前や谷塚駅近くのショップよりは規模が大きい。
それなのに客足がアーケードリバースに向かない理由――それは、鹿沼がコピーしたメールの一部にあった。
【我々はゲームガーディアンだ。午後3時、アンテナショップ○○で超有名アイドルAの宣伝活動を行う】
見た目は脅迫や爆弾テロの犯行予告には見えないだろうが――アキバガーディアン等から見れば、れっきとした犯行予告となる。
その理由は、草加市ではARゲーム上での特定団体の宣伝等は禁止されており、それに引っかかると言う物だ。
このような犯行予告はネット上では、息をするようなレベルでゴロゴロと拡散しているので、ある意味でも性質が悪い。
他にも類似の犯行予告を鹿沼はコピーしていたのだが、そのほとんどが芸能事務所Aの所属アイドルを宣伝するメッセージばかりだ。
『これらを摘発するのも彼らの役目――とすると、この近くで待機すれば問題ないか』
鹿沼は先手を打って摘発しようと言う訳ではない。
彼の目的は、あくまでもARパルクールアニメ作品と同じシナリオを再現させようとする人物も割り出しだ。
『そんな事をしようと言う人物は――あの人物しかいないが、悪目立ちしようという人物は掃いて捨てるほどいる』
ARバイザーの関係上、表情は確認出来ないが――その発言からは、明らかに何かを企んでいるようなオーラを感じる。
それに、彼は次のプランを進めようとして密かに動いているのだ。それも――ピンポイントで。
午後2時55分、犯行予告の時間まで5分――。しかし、それらしいプレイヤーが参戦しているような様子もない。
あからさまにスーツのデザインやカラーリングで分かりやすい宣伝を行う者もいれば、チャットメッセージ等で宣伝する人物もいる。
それを踏まえると――特定するのも難しい状況かもしれない。
プレイヤーを魔女狩りで次々と捕まえていくのは簡単だが、そんな事をすればレイドバトルは中止になる。
アイドル投資家残党等の狙いは、レイドバトルの中止と見て間違いないのだが――さすがの鹿沼も我慢の限界が近い。
『いっそのこと、こちらもARゲーム課権限で参戦を――』
この音声は特殊なミュートシステムによって、外部には聞こえていない。
これが周囲に聞こえていたら、ある意味でも越権行為等の発言でネットが炎上するだろう。
《裏工作、自作自演等に該当するような行為はアカウント凍結の可能性があります》
鹿沼の行おうとしている行為は、もしかすると裏工作に該当するかもしれない。
警察の協力等は、ARゲームの性質上もあって期待は出来ないだろう。
しかし、運営とは別の勢力が圧力をかけるのも非常に危険なのは間違いない。
『やはり、あのルールさえなければ介入する手段があると言うのに』
鹿沼の言うあのルールとは裏工作の禁止以外にも別に存在する。
それは、9月2日から追加された項目の一部で――。
《アーケードリバースの性質上、草加市の市議会議員関係者やふるさと納税関係、ARゲーム課等の関係者が参加するのはご遠慮ください》
《なお、この禁止項目に関してはレイドバトルにのみ適用されます。通常モードでは問題ありません》
運営側が何を考えているのかは不明だが、草加市役所の関係者やARゲーム課等の介入を禁止している。
これでは鹿沼も迂闊にはレイドバトルへ参加する事は出来ない。こうした犯行予告があると言うのに、止める事も出来ないのには――こうした理由もあった。
該当項目が追加されたのには、RTA(リアルタイムアタック)勢力が無双した問題もあるだろうが――ふるさと納税的な部分もあるのかもしれない。
『ふるさと納税で高額商品関係が次々と終了している中、こちらも疑いがかけられるのを防ぐ為なのか――あの項目は』
こちらもミュートを使用して喋っているので、外部には聞こえない。
実際、ふるさと納税を巡る返礼品競争は――数年前にも加熱した事でガイドラインが変更されたばかりだ。
更に変わっては、こちらのARゲームも規制対象にされかねないと思っているのだろう。
『ソシャゲやクラウドファンディングで十分と言われないような――』
やる事もないので、別のエリアから警戒しようと今いる場所から離れようとした矢先、センターモニターで動きがあった。
どうやら、該当するプレイヤーが出現したという事らしいが――瞬時にして鎮圧したとも伝えられている。
『一体、どういう事――!?』
鹿沼はセンターモニターのライブ映像を見て、驚くしかなかった。
そこに映っていた人物、それはデンドロビウムだったのである。別の意味でも予想外の人物が現れた、と。
デンドロビウムは11人が該当するアイドルファンだったのに対し、単独でレイドボスを撃破したのだ。
レイドボスはパターンさえ分かれば、あっさりと撃破できる。アイドルファンはレイドボスは後回しにして、デンドロビウムに攻撃を仕掛けた。
その段階で、彼女は不審に思っていたのである。レイドバトルではプレイヤーに対しての攻撃が禁止されている事も、その証拠だ。
「チートプレイヤーのような存在であれば、こちらも都合がよかったのだが――」
チートプレイヤーであれば撃破可能と言う特例が存在するのだが、彼らはチートガジェット未所持である。
おそらく、チートを持っていなければ怪しまれない――と考えて普通のガジェットで登録、カラーカスタマイズ等で超有名アイドルファンだと言う事をアピールする狙いだったのだろう。
それでもデンドロビウムにはお見通しだったのだ。それ程に――超有名アイドルのタダ宣伝は拍車がかかっていたのだろう。
「しかし、こちらがレイドボスを速攻で倒したのが――別の意味でもよかったのかもしれないな」
レイドボスは出現から30秒も経過しないタイミングで撃破した。レイドボスのレベルが低レベルであればHPの関係で速攻も可能だろう。
しかし、彼女が倒したのはレベル3ケタのボスである。どう考えても重火力系の攻撃力が必要なレベルなのだが――。
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