エピソード40~エピソード48

###エピソード40



 8月10日の土曜、例のマラソンに関して『動画サイトが仕組んだ物』と言う虚構情報が拡散する事になった。

こうした情報を拡散しているまとめサイト等は――ガーディアンによって特定され、次々と閉鎖していくのだが――。

「次々とコピーサイトが現れる!」

「何としても、サイトを次々と生み出している元凶を特定するんだ」

「駄目です! 何らかのプログラムの影響でこちらからは発見できません」

 秋葉原にあるアキバガーディアン本部、その地下にはスーパーコンピュータを初めとした危機を揃えた秘密基地が存在している。

こうした技術を使っても――次々と作られるまとめサイトのコピーを止める事は出来ない。

ガーディアンのメンバーは何としても増殖を止めたいのだが、仮に止める事は出来たとしても、それは一部のエリアに限定されてしまう。

芸能事務所の動向を大幅規制している草加市内や、一部の海外メディアにも知られる事となり――。

「まさか――こういう展開になるとは」

 大会後に緊急会議を開き、対策は取ったのだが――それでも芸能事務所やまとめサイト等の動きは止められなかった。

これに関して、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は怒り心頭――と言う状態に近い。

さすがに、ここで八つ当たりをしても連中の思う壺であり、手のひらの上で踊らされているのと同義だろう。



 この状況を見かねて、動きだした人間は他にもいる。

一部の夢小説勢や便乗勢力もうごいているのだが、ネット上では――それよりも取り上げられるようなビッグネームが動いていたのだ。

芸能事務所の操り人形にはならないと否定し続けている――北条高雄(ほうじょう・たかお)である。

 彼女はいつもとは違う重装備型のARガジェットでチートプレイヤーを次々と狩り倒していく。

その様子はチート狩りと見せかけた八つ当たり、あるいは初心者狩りをやっているかのような展開である。

これに関しては一部メンバーもさすがに手が出せず、デンドロビウムでさえも静観の姿勢を崩さない。

 こうした状態になるのには、理由がちゃんと存在する。

数日前から芸能事務所の動きが活発化し、その一部が暴走をしているのだ。

この兆候は高雄も掴んでいたのだが、彼女は自滅を待つのではなく向こうから攻めてくるのを狙っていた。

「あーあ、これこそ芸能事務所側の思う壺――炎上マーケティングに加担していると言うのに」

 アーケードリバースのフィールドに乱入してきた人物、それはビスマルクだった。

彼女の装備は戦艦ビスマルクを連想するような装備ではなく、SFラノベ系をベースにしたようなARアーマーを使用している。

さすがに大型ガジェットは場所の都合上で使えない為、ARアーマーとオプション装備をバックパック等に接続していた。

彼女のARメットは口元が見えるタイプのメットバイザータイプなのだが、高雄は彼女の素顔には興味がなかった――と言うよりも。

『炎上マーケティングだと? それこそ、芸能事務所側のバランスブレイカーを超えるチートではないのか』

 高雄はビスマルクに向けて、両腰に固定されたブーメランを投げるのだが――それがビスマルクには命中しない。

命中はしたのだが――彼女の体をすり抜けたのである。この現象は自分プレイヤーがチートを使用している際に発生する症状なのだが――。

「こっちだって、ARゲームで炎上マーケティングとか特定芸能事務所の売り上げ工作とか――そう言うのをやられるのは、正直困るのよ!」

 ビスマルクは高雄に向かって、両肩に固定したリニアレールガンを放つ。

その弾丸は10秒もたたないスピードで照準等が行われ、そのまま高雄に直撃し――クリティカルヒットによるバーストで高雄のガジェットは使用不能になった。

「馬鹿な――たった一撃で、ゲームをひっくり返したのか?」

 高雄のARアーマーが解除され、インナースーツ姿が他のプレイヤーにも晒される。

既にゲージは割れていたので、ビスマルクの勝利は――と言うよりもビスマルクのチームが勝利したと言えるだろうか。

『たった一撃でひっくり返した訳ではない。君は自覚していなかった。残存ゲージに気を配らなかった結果とも言える』

「ゲージだと?」

『アーケードリバースがチームごとにゲージを持っているのは知っているだろう? そのゲージはプレイヤーの装備コスト等で消費量が変化――』

「まさか――!?」

『君の重装備は1回撃破されればゲージを大量に消費する。その計算をした上で、こちらは別のプレイヤーを撃破して回った結果――そう言う事だ』

 高雄はビスマルクの言う事に関して、錯乱状態で確認出来ない箇所もあったが――自分のプレイにミスがあった事が敗因だったのは分かった。

ビスマルクも当初は別プレイヤーがチートを使っている可能性もあり、こうした作戦を提案したくはなかった。

しかし――高雄のやっている事はネット炎上を広げているだけ、と言う事もあって一時的な協力をしていたのである。

本来であれば、ビスマルクも不正ツールを使う様な連中には協力をしたくない。それこそ炎上する可能性も否定できなかったから。

しかし、実際は若干のバランスブレイカー疑惑のあった調整されていないARガジェットを、高雄がチートと勝手に言及した事が今回の戦闘の理由でもあった。




###エピソード40.5



 あの時、ビスマルクのチームにいたプレイヤーは攻撃力等は高いものの、チートと言えるような武装ではなかった。

最近になってバランス調整が行われ、若干弱体化したという経緯を持つガジェットだが――。

それでも北条高雄(ほうじょう・たかお)はチートと切り捨て、今回の乱入を行ったらしい。

事前に情報を仕入れなかった結果が、今回のビスマルクの逆鱗に触れた可能性も高いのだろう。

 しかし、本当に今回の一件は高雄の独断行動だったのか?

一部の勢力が高雄の動きに便乗するかのように行動していた事は、つぶやきサイト等で確認されている。

これが、タダ乗り便乗だったのか――本当に高雄が単独で行動を実行し、それをネットで便乗したのが正しいのか?

残念ながら、それを議論しようと言う人物は全くいなかった。

ある意味で高雄が自滅行為を行った――という考えが半数をしていたのが理由だったのだろう。

「結局――高雄は自滅と言うよりも――」

 事務所でビスマルクの動画を視聴している人物――それは別所から戻って来たばかりの山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だった。

彼が向かっていた別所とは、秋葉原である。午前中に別目的があって秋葉原へ向かい、先ほど草加の方へ戻ってきた。

動画を見て彼が思ったのは――高雄がビスマルクに負けたのは焦りで自滅したのではないと言う事である。

 仮に自滅だけが理由だとしたら、この動画にコメントが付けられている内容が――。

【芸能事務所側の陰謀だな】

【あの芸能事務所は、政治家を味方に付けたのか?】

【超有名アイドルは絶対的な神であると――マインドコントロールでもする気か】

 どう考えてもタダ乗り便乗の炎上コメントで独占されるはずがない。

まとめサイトでも、超有名アイドルの宣伝をするかのような誘導記事となっており――その後は言うまでもないだろう。

単純に高雄が今回の釣り勢力等に利用されるような事を無警戒で行うのか――それも何か違うと彼は感じていたのだ。

「超有名アイドル側でも、転売屋からのチケットでライブへ行こうとした人間が逮捕されたというニュースが――」

 山口はスポーツ新聞の記事に目が行くのだが――その記事は一面ではなく、三面程度の小さい物だった。

しかし、こうした超有名アイドル商法を批判するような記事は一面では書けない事情でもあるのだろうか?

その真相を知ろうとした人物は物理的に消されるとも言われているが、その真相は定かではない。



 午後1時、草加市内では複数機種でロケテストが行われているという光景が目撃された。

これらはSNSでの拡散が推奨されている機種だった為、またたく間に話題がロケテストに関する物で独占される。

しかし、こうした宣伝に関してはネット上で疑問視されているのだが――それは、超有名アイドルに関する話題から目をそらさせる為、かもしれない。

『これが限界とは――どうした物か』

 一連のネット炎上は鎮火しているのだが、どれも方法がお粗末すぎる。そう考えていたのはヴィザールと呼ばれている人物だ。

この人物の装備は青騎士のソレと似ていると言われるような気配がするが、デザインや細部はがらりと違う。

それに、以前にアーケードリバースで姿を見せたであろう青騎士とも装備が違うので、もしかすると向こうも便乗勢力な気配がしないでもない。

 この人物の声は加工されており、男性声で変換されている。もしかすると、この人物の正体は女性かもしれない。

声のトーンとしてはそこそこ有名な声優と言う訳ではなく、ボイスソフトで利用されている機械的な声と言える。

『まとめサイトを作成すればバイト代が出るとも――スパムメールに書かれているのだろうか』

 闇のバイトで芸能事務所が自分達のアイドルを売る為、様々な手段を使うと言う話がネット上では都市伝説として広まっていた。

普通に裏のバイトと言うと、それこそ犯罪行為に等しいのだが――ここで言われている闇のバイトは、麻薬や銃火器に代表される密輸や暗殺と言った物ではない。

【CDを10000枚購入し、CDランキングの水増しにご協力ください。CDの購入費用は負担します】

【○○と言う作品に対する炎上記事をまとめサイトとして作成できる方募集。詳しくは大手芸能事務所Aまで】

【超有名アイドルグループAに関して、神コンテンツとして売り込んでくれる書き込みをしてくれる方を募集】

【特定アイドルグループの夢小説を募集】

【ARゲームのプレイヤーのBL小説を――】

 大規模な破壊行為等は日本の法律や様々な事情から踏まえると、速攻で逮捕される。

それに、アイドルのファンがそうした事件を起こしたとなれば風評被害も計り知れない。

そうした事情もあって、こういう風な書き方で犯罪ではないと強調しているのだろう。

『どちらにしてもグレーゾーンであるのは明らかだろう。何故、炎上マーケティングをしてまで芸能事務所は自分達のアイドルを――』

 ヴィザールはそれが明らかに犯罪行為である事が分かっており、芸能事務所からお金が出るからと言っても――こうした行為に手を貸すのは違法である。

一連の超有名アイドル商法に関わる事件は、アカシックレコードにも書かれており――忠告もされていた。

それでも犯罪に手を貸すような事をする人間がいる事に、ヴィザールは――。




###エピソード41



 8月11日、日曜と言う事もあって草加市内は大盛況だった。天気も雨が懸念されていた週だっただけに。

雨ではARゲームの一部がプレイ不能と言う事もあり、観光客の数も変わってくる事が草加市の調査で判明している。

過去に別のARゲームで調査した結果なので、この辺りのデータがある事にも驚きだが――。

 草加市役所はゲーム課というARゲーム専門の部署以外は業務を行っていない。

厳密には、ゲーム課以外の部門でも休日出勤をしている部署はあるだろうが――あまりゲーム課と一緒に仕事をしたくないと言う可能性もある。

そこの部署には珍しい外見の人物がいるのだが――彼に関して話したがるような人物はいない。

ARメットを被っており彼の素顔を見る事が不可能、黒い背広と言う事で男性なのは分かるが――。

【あの人物には、かなりの権限が与えられていると聞くが――】

【芸能事務所とのつながりがあると言う週刊誌報道には否定をしているが――】

【名前も不明なのが気になるが、どういう事だ?】

 ARゲームを知っているような人物でも彼の名前は分かっておらず、週刊誌報道でも市議会議員Aみたいな扱いだった。

それ程に彼は周囲に名前を言う事がなかったのかと言うと――実は、そうではないと言う。

一説によると、週刊誌が都合のよい報道が出来るように意図的に名前を伏せているのだ。

残念だが、今のタイミングで彼の本名を知るのは――実際にゲーム課その物に消されかねない危険性もあるだろう。



 同日の昼ごろ、様々なARゲームが盛り上がっている中でアーケードリバースも盛り上がっていると思われたのだが、こちらは事情が異なっていた。

【ビスマルクが別ゲームのイベントで不在、それに――】

【新規プレイヤーでランカーに迫るスキルを持つプレイヤーは、なかなか出てこないな】

【デンドロビウムも参戦しているのを見るが、最近は――】

【アルストロメリアは?】

【そっちは試行錯誤の連続に見える】

【やはり、色々とシステムの調整で不利になっているプレイヤーが多いだろうな】

 ネット上のつぶやきでは、一連のチートプレイヤーが目撃された事件やビスマルク対北条高雄(ほうじょう・たかお)の一件を引きずっているとも――。

そうした事情もあってか、アーケードリバースには新規プレイヤーが流れてきたとしても、以前のように盛り上がるのかは別問題だったと言う。

 しかし、悲観的な話題ばかりではない。それらの話題をまとめサイトや芸能事務所の陰謀と掃いて捨てるような――とまではいかないが。

さすがに悪いニュースばかりが続き、サービスが終了するようなソーシャルゲームは山ほど――という事例になっては困るのが草加市の本音と言える可能性が高い。

せっかくのふるさと納税を投入してのアーケードリバースを、ネット炎上や悪質なクレーマーと言う名の芸能事務所関係者の鶴の一声で終了したとなっては、それこそ週刊誌で叩かれかねないだろう。

「コレガ――ARゲームですか?」

 各駅停車の電車から降り、草加駅に降り立ったのは――長身の金髪モデルらしき女性だった。

しかし、彼女が最初に駅から出て向かった先にあったのは、アンテナショップに置かれているアーケードリバースのセンターモニターである。

彼女自体はカタゴトの日本語を話すように聞こえるのだが――どう考えても日本語はマスターしていそうな雰囲気がしていた。

「ナルホド――これは、海外でもブレイクしそうな予感がしますね」

 彼女の目が光ったように見えた――のだろうか?

バスト100センチに近い巨乳と言う部分でモデルとしてはデビュー不可の烙印を押されたが、コスプレイヤーとしてなら――と単純に行く話ではない。

実は、彼女はコスプレイヤーでもなければ、コスプレ専門のAV女優でもない。

 彼女の本当の職業はプロゲーマーである。しかも、FPSではガチとも言えるレベルで――。

ジャンルによっては、あのビスマルク以上の知名度を誇るのだが、彼女の本名を含めてプライベートは全て謎である。

だからこそ、AV女優説等がネット上で独り歩きし、炎上してしまうと言う事なのかもしれない。

「しかし、チートはいけませんね。魔女狩りのように締め出すのも――不適切だが」

 彼女の名はガングート、国籍は日本ではなく海外だが――どの国も彼女を否定する程である。

仮の国籍は、信じがたいのだが異世界とパスポートに書かれていた。

そんなデタラメが通じるのかと言われると――それには別の深い理由が存在している。

【日本政府が日本出身と否定しているレベルだ】

 何処の格ゲーに登場する格闘家なのか――とツッコミが入りそうだが、ガングートを日本人だと政府が否定しているのだ。

この状態になった理由には色々とネット上でも説が拡散しており、真相が不明になるほどである。

週刊誌も下手に虚偽の記事を書けば謝罪に追い込まれるので、ガングートの話題はタブーとされていた。そのレベルである。




###エピソード41.5




 草加駅に唐突とも言える登場で驚かせたガングート、彼女はプロゲーマーとしては知名度が非常に高い存在にあった。

それは、別のゲームで有名な比叡やグラーフ等に匹敵するレベルと言えるだろう。

ネームバリューは、ビスマルク程ではないのだが――プロゲーマーで有名なプレイヤーの名前を5人挙げてもらうと、その5人の中には入る程。

その一方で、プロゲーマー以外にもバスト100センチ近くという巨乳であるという部分で――有名なのは言うまでもない。

 しかし、彼女の国籍は何と異世界と記載されている。具体的に何処かは明言されていない。

何故に異世界と書かれているのかには理由がある。日本政府が日本人であるとはっきり否定したからだ。

確かに金髪に巨乳、それ以外の外見にも日本人と言われると疑問を持つ箇所はいくらでもある。

それに――彼女のプロフィールは大半が黒塗り状態と言う異例尽くし。一体、彼女に何があったのかと疑うレベルだ。

 ガングートもゲーマーとしての名前なので本名ではない。それはビスマルクも一緒なので、他人の事は言えないが――。

【まさか、草加市にガングートが現れるとは】

【ARゲームのプレイヤー出現情報掲示板に書かれていたのは、ガセと思っていたのだが】

【海外プロゲーマーもARゲームには興味を持っているという話もある】

【まさか? ARゲームは海外に設置されている情報がない。VRの類似ゲームならば、いくつかあるらしいが――】

【ガングートは日本人と言う噂がある。海外出身というのが嘘らしいぞ】

 ネット上でもガングートの目撃情報を見て、驚いている状態なのだが――。

それ以上にガングートの日本人説、それは別の意味でも衝撃を生み出す事になる。



 ガングートがそもそも日本政府から日本人だと否定されている話――それ自体がねつ造とネット上で言及されているのだ。

彼女の場合は、特に政治的な部分で不利になるような発言が連続している訳ではない。

だからと言って、テロリスト等の様な犯罪歴もない――それを考えれば、日本政府が彼女を日本人と否定する理由が見当たらないと言うべきか。

《ガングートを日本人だと否定する日本政府の語らない真の理由とは?》

 このタイトルで海外のサイトで取り上げられる位には、彼女が有名人と言えるのだろう。

しかし、プロゲーマーと言う事で日本政府が否定すると言うのは――コンテンツ流通的な意味でも逆効果かもしれない。

それは――海外でも言われている事であり、そこが理由ではないともサイトでは言及されている。

《彼女は日本人でありながら、超有名アイドルの存在を否定し続けた》

 海外では超有名アイドルと言われても、ピンとこないのが半数以上を占めていた。

有名な日本人と言えば某映画賞を獲得した映画監督、ハリウッドでも話題の俳優、海外でも爆発的人気のあるアニソンアーティストを挙げるブロガーが多いだろう。

超有名アイドルと言われて、グループ名を言われると『ゴリ押しや炎上マーケティングを広めようした』と言う批判が多い。

 こうした事情もあってか――大手芸能事務所のAとJに関しては海外進出はせず、日本国内だけで拝金主義とも取れるような炎上マーケティングを繰り返している。

このやり方に異論を唱え、芸能事務所を壊滅寸前まで追い込んだのがガングートだと言うのだ。

その当時にはガングートとは名乗っておらず、おそらくはデンドロビウムのように別の前で活動していた可能性が高い。



 海外のサイトを見て、ガングートに警戒感をむき出しにしていたのが――実はアルストロメリアだったのである。

ふるさと納税のシステムを利用して生み出されたアーケードリバースにとって、黒船とも言えるガングートの存在は――脅威なのだろうか。

「ガングートが――草加市に? 一体、どういう事なの」

 アルストロメリアは、自宅のキッチンでそばめしを作っていた。丁度、お昼を食べようと言う事なのかもしれない。

テレビのニュースでガングートの事を言っていたのではなく、テーブルに置いたARガジェットから流れてきたARゲームニュースで特集されていた物だ。

ニュースでもガングートの存在は注目しており、彼女のプロゲーマーとしてのスキルがARゲームでも発揮されるのではないか――と期待している。

 彼女はガングート本人に興味がある訳ではない。彼女の様なプロゲーマーがARゲームに来る事で環境が荒らされる可能性を懸念していた。

ARゲームでも多くのプレイヤーを呼び込もうと、様々なコラボや企画などを出しているのだが、それらが運営の想定通りに上手くいくとは限らない。

稀にネット炎上を招き、それがサービス終了の引き金になる事は分かり切っているのに。

 さすがに、アニメ系のソシャゲで実写アイドルを投入すれば――ファン以外にとっては誰特だろう。

アイドル投資家を呼び込もうとしても、コンテンツ消費者におけるアイドル投資家は1%未満――その原因を生み出したのが、ガングートなのだ。

芸能事務所にとっては悪魔の存在、その法人税で国家予算の80%を――。

「芸能事務所のアイドルだけが売れても、大多数の人間が得する訳ではない。それは――政府も分かっていたはずなのに」

 ガングートが超有名アイドルの芸能事務所をチートと認定し、環境をとことん荒らしたのは言うまでもない。

それが超有名アイドル事変とアカシックレコード内でもWEB小説の題材で扱われる――大事件の始まりだった。



 

###エピソード42



 ガングートの草加市上陸は別の意味でも話題となった。彼女のプロゲーマーになる前の経歴を知れば――それは文句なしである。

しかし、ガングートのプロゲーマー以前の経歴は抹消済なのに加え、日本政府も彼女の過去を拡散する事は禁止していた。

何故に日本政府はガングートを恐れるのか? それはネット上でなくても分かる人間には分かっているだろう。

下手に彼女を刺激するような事をすれば――芸能事務所の一つや二つは余裕で消滅するだろうか。

「草加市は、遂にガングートまで呼び寄せたのか。アーケードリバースで――」

 山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)は、会社の会議室で緊急の議題について議論をしていたのだが、ガングートの出現でひっくり返ってしまっている。

それ程に彼女がアーケードリバースに来る事はリアルチートを引きずり出したと言っても過言ではない。

「ガングートか――彼女がプロゲーマーと言うのは断言出来る。しかし、過去の経歴に問題がある」

「それを言えば、ARゲームのランカーやゲーマーは過去に色々と抱えた問題児が多い――」

「彼女を参戦させても何を今更と言いたいのか?」

「そう言う事だ。ビスマルクや大和、三笠と言ったゲーマーも――」

「ARゲームのイメージアップを図ろうと、芸能事務所が裏で何か行動をしていると聞く。どう考えても、フラグだがな」

 会議室でも議論がぶつかり合っている状況だ。それほど、ガングートのネームバリューが大きい事を意味しているが。

山口の方も彼女が参戦するならば、それはそれで拒否はしない姿勢を見せている。

下手に排除すれば、そこを芸能事務所にネット炎上のネタにされかねない事情があった。

「ガングートに関しては、彼女が本格参戦してから様子を見る事にする。今は、夢小説勢やアイドル投資家の暴走を止める方が先だ」

 ガングートがエントリーをしていない以上、今は彼女に関する対策をしても意味がないと山口は断言する。

それよりも――夢小説勢やアイドル投資家等による不正チートを使った暴走事件――そちらの方が最優先だった。

「そちらはジャック・ザ・リッパーやデンドロビウムが何とかしているのでは?」

 会議の参加者の一人は、夢小説勢の暴走は無視しても問題がないと考えているようだ。

一部の参加者もジャック・ザ・リッパーやデンドロビウム、ビスマルク等に任せても――と考えているらしい。

武者道がARゲームですべき事は、更なるプレイ人口を増やしてコンテンツとして安定した収益を出せるシステムを確立させる事――。



 午後1時10分、アーケードリバースのフィールドではアルストロメリアがプレイをしていた。

彼女の装備は――通常時のガジェットとは異なり、今回は重装甲アーマーは脚部と肩に限定されているが。

重装甲ではスピードが犠牲になるのはARゲームでも常識であり、初心者が重装甲をいきなり使う事はないと言う。

ネット上での話なので、個人差はあるのかもしれないが――4割ほどのプレイヤーは忠告に従うようだ。

「あの装備で――近接武器は無茶だ」

「一体、彼女は何を試そうと言うのか」

 ギャラリーの一部は、アルストロメリアの使用している武器を見て、あのアーマーで大丈夫なのかと不安になっていた。

刀のような武器であれば一撃離脱戦法等の立ち回り関係で、軽量化↓アーマーを使うのが半数だろう。

しかし、彼女の武器はパイルバンカーである。確かに一撃必殺とも言える攻撃力を持っているので、ヒットアンドウェイ戦法は有効だ。

それでも――命中率を刀やナイフ等の武器と同じ位にするのは、パイルバンカーの重さを考えると非常に難しい。

 むしろ、あのスピードでパイルバンカーを放たれると対策の仕様がない。プレイヤーによっては『チートだ!』と言うに違いないだろう。

「あの動きは――」

「忍者とは言わないが、かなり素早いぞ」

「ブースターユニットを装備している訳でもないのに――」

「歩行でパイルバンカーは無茶苦茶だ」

「あれは、ブースターユニットではない――」

 周囲のギャラリーもデンドロビウムの様な立ち回りを披露している彼女に対し、リアルチート疑惑を向け始める。

しかし、彼女の脚部を良く見て見ると――ブースターが装着されている訳ではなく、キャタピラの様な物が見えた。

「ブーツ部分にキャタピラが内蔵しているアーマーかもしれない。キャタピラ足もあるが――」

 それでも高速で動くのは――ゲームバランス的にも無理な話だ。おそらく、彼女なりにテクニックと言う物があるのだろう。

しかし、それをプレイ動画などで再確認しようとしても、あまりにも反応が超人過ぎて真似出来ないオチが付いたのだが。



 午後1時15分頃、ガングートはコンビニでペットボトルのスポーツドリンクを購入し、それを飲んでいた。

喉が渇いたというのもあるだろうが――周囲の熱気に少しやられたのかもしれない。

その後、近くのアンテナショップへと入り、ARゲームをいくつか見て回る事になった。

様々なジャンルがある事を彼女は知ったのだが、彼女の食指が動くようなジャンルがあまり見当たらない。

「ジャンルが多すぎて、どれを始めれば――?」

 タブレット端末のカタログをチェックしていた彼女は、ある作品の紹介ページに辿り着いた。

その作品とは、アーケードリバースだったのである。先ほど映像を見ていた作品も――実はアーケードリバースのプレイ動画だった。

 ジャンルはFPSと言う事もあり、自分の得意ジャンルとも言えるだろう。

ARゲームもVRゲームと同義と見るようなプレイヤーもいる為、得意ジャンルならばいきなり活躍してしまうプレイヤーも一部でいる位だ。

「ARゲームでもVRゲームとは勝手が違うので――」

 彼女の反応を見て声をかけたのは、怪我の方も治ったペンドラゴンである。

現在はスタッフとしての活動がメインであって、ARゲームのプレイは滅多にしない。

ARゲームにトラウマが――と言う訳ではなく、単純に忙しくなっただけと言う可能性も高いが。

「ARゲームが拡張現実を利用した物、VRゲームは仮想現実空間で――と言う位は知っている」

 彼女の方も知識が皆無という訳ではなく、ある程度の前提知識位は覚えている。そうでもないと――。

ペンドラゴンの方もおせっかいになってしまったか――と言わんばかりにその場を去っていくのだが。



###エピソード42.5



 ガングートはアンテナショップでアーケードリバースを発見した。

そのゲーム内容を見ると、動画で見た時と印象が少し異なると言うか――。

「VRがバーチャル空間を使うのに対し、ARゲームは現実のフィールドを使うとは聞いていたが――」

 ガングートが気にしていたのは、フィールドの広さである。

バーチャル空間を使うVRの場合は筺体とある程度のスペースで足りるのだが、ARゲームはジャンルによって使用するスペースが大変な事に。

実際、レースゲームやサバゲ―ではかなりのスペースを使っているらしく、カーショップ位の広さが必要になってくる事もある。

 ジャンルとしてはアーケードリバースはFPSと言うカテゴリーに属するのだが、サバゲ―のように森林や廃ビルと言ったエリアを使う訳ではない。

使われるフィールドは市街地やビル街――それこそ、草加駅付近等は持ってこいとも言える場所かもしれないだろう。

アーケードゲームの中には、名古屋や大阪の様な関西エリアが登場するゲームもあるのだが――さすがに、そこまでは出来ないようだ。

「フィールドに制約のあるFPSと言うべきか――関西でもARゲームが設置されテイル話は聞いているが、関東程の人気は――」

 色々と考えつつも、彼女はプレイに必要な物やガイドライン、操作説明等をチェックしていた。

実際にプレイしてみないと――面白さは分からないとガングートは考えている。二次創作の夢小説にあるようなエアプレイなんてもってのほかだ。

そんな事をすればネット上で炎上するのは、火を見るよりも明らかだと――彼女は理解していた。

「しかし、TPSもFPSも似たような物に見えるが――」

 ARゲームでは、自身がプレイヤーになると言う事ではFPSもTPSも同じように見える。

ゲーム画面で見れば明らかな違いが出るのだが、プレイヤーの視点とゲーム画面が一致するようなARゲームでは――。



 TPSと言うと、題材が戦争物が多い――特に架空戦記と言った題材が多く使われているだろう。

しかし、そう言った題材は草加市内のARゲームでは皆無と言ってもいい。

インターネットカフェ等でプレイ出来るVRゲームだと存在するかもしれないが、マインドコントロール等の要素が強い題材等はARゲームでは敬遠されがちだ。

あくまでもARゲームで禁止されているのはARガジェットを戦争などの軍事関係に転用する事であり、戦争を題材としたARゲームまで禁止するのはお門違いと思っているらしい。

 主に使われている題材は宇宙人から地球を守ると言う地球防衛物、異世界ファンタジーを舞台とした狩りゲーに似たようなテイスト、現代の超能力バトル等を題材にした物――それらがメインだった。

パズル要素が入ったり、リズムゲーム要素が入ったり、中にはセクシーコスチュームの女性プレイヤーが多い若干アダルト系なゲームも存在する。

アダルトゲームは、表向きは禁止表現としてARゲームには存在しない。しかし、18歳以上のプレイヤーがプレイするようなARゲームでは、そう言ったジャンルもゼロではない。

ただ、草加市内では表向きに宣伝していないだけなのでである。探そうと思えばネット上に情報はあるのかもしれない。

 ガングートの探していたゲームは『自分でも楽しめるようなゲーム』に絞り込んでいる。そこで発見したのが、アーケードリバースだった。

ある意味でもFPSだったのは運命と言うべきなのか――。

「今の時代で戦争が起きれば――間違いなく、世界は滅亡するのが目に見えている。あの芸能事務所2社は――」

 ガングートは、過去に自分が起こした事がフラッシュバックする中で――同じ事を繰り返そうとしている芸能事務所を非難した。

しかし、それを悔やんでも今の状況が変わる訳でもなければ、青騎士騒動がなかった事になる訳ではない。

青騎士の正体にも若干の目星がついている彼女だが――それを探るよりも、まずはアーケードリバースへの参戦を優先する事にした。 



 アーケードリバースにガングートの参戦に関するニュースが拡散したのは、午後2時である。

ニュース番組が別のヴィジュアルバンドの不祥事を報道する中、地方ニュース等はガングートの話題で持ちきりだった。

何故、ここまでの温度差が出たのか? それがガングートが過去に起こした事件を踏まえれば、火を見るより明らかであり――。

「ようやく、ニュースとして取り上げられたのか――ガングートが」

 ARゲームのセンターモニターにニュース速報が流れたのを確認したデンドロビウムは、別のフィールドへと向かった。

その方向は偶然にも草加駅近く――ガングートの参戦が確認されたアンテナショップの方向である。



###エピソード43



 午後2時、アーケードリバースにガングートがエントリーしたという速報が拡散、詳細が流れだしたのが5分を過ぎた辺りである。

「この装備は本当なのか?」

「自分も目を疑ったが、あの動画を見た後では――」

「本当にチュートリアルをプレイして、ある程度慣らしただけなのか?」

「アーケードリバースは、あのレベルのプロゲーマーまで呼び寄せてしまったのか?」

 モニターで例の映像を見たギャラリーは、その人物の装備を見て目を疑った。

フルバースト前提の連装砲、バックパックのロングレンジレールガン、ホバーブーツユニット、それに白銀のARメットはデュアルアイ仕様だ。

ARメットの場合、バイクのメットのようなタイプ、ツインアイ型のメット、メット機能をARガジェットに集中させたタイプ等がある。

ワンオフでも、デュアルアイはめったに見ない。モノアイタイプも存在はするのだが――モノアイはアーケードリバースでは禁止装備扱いになっていた。

モノアイはARゲームでもマニアックな装備だが、ジャンルによっては機能的な部分でチートと間違う程の性能が出ると言う話がネット上にアップされている。

 ただし、モノアイが禁止されているのはリズムゲームやパズル、マージャン、カードゲーム系のようなジャンルであり、サバゲ―やFPSは問題ない。

それでも――FPSでもチートとして禁止されているとネット上でデマを流す人間は存在していた。

その勢力が、俗に言う夢小説勢やアイドル投資家等と言った『超有名アイドルを神コンテンツにする為』動いている勢力であり――ガングートにとってはトラウマでもある。



 ガングートのプレイスタイルを見て、何かの疑問を持ったのはヴィスマルクだった。

ヴィスマルクは最近のアーケードリバースよりも別のARゲームをプレイしようとジャンル開拓を行っているのだが――その途中で、ガングートのプレイしている様子を直接見ていたのである。

 彼女の装備はARインナースーツにARメットを装備しており、周囲の人物に素顔が見える事はない。

これはARメットを装備しているプレイヤーには共通だが、これによってアンテナショップ周辺に特撮ヒーローの様なARゲーム装備のプレイヤーがあふれる状況にもなっている。

「プレイスタイルを模索するのは分かるが――」

 ヴィスマルクはガングートのFPS時代のプレイスタイルもある程度知っていた。

それを踏まえると――ガングートはARゲームで自分のフィールドでのプレイスタイルが通じるか試しているのかもしれない。

 今回披露したのは、他の味方プレイヤーとの共闘とも言える物であり、本来の彼女が取らないようなスタイルだ。

FPSでもパーティープレイが必要になるようなタイプ、狩りゲー等では連携が必要となる場面が多い。

しかし、ガングートは連携を苦手としているプレイヤーであり、プロゲーマーとしても何処かのチームに入る事はしていなかった。

それはプロゲーマー界では有名なエピソードであるのだが――。

「アーケードリバースが一定の連係プレイを必須としているのは分かる。しかし、それをガングートが実践すると違和感があるのはどうしてだ」

 ヴィスマルク以外でも似たような意見を持つ人物は存在する。実際にゲームを選んでいる現場に居合わせたペンドラゴンも同じ考えを持っていたし――。

『ソロゲーマーとしては実力のあるガングートがパーティープレイを強いられるとは――それ程にARゲームという環境では苦戦すると言う事か』

 別のエリアで観戦をしていたヴィザールは、ガングートのプレイスタイルがソロプレイである事を把握した上で――ARゲームはVRゲームや従来のゲームとは勝手が違うと思っていた。

【ガングートのプレイスタイルとは違っていたな】

【相手プレイヤーを倒していく時のソレは――プロゲーマーの時のソレと同じだろう】

【違ったのは、あくまでも序盤のプレイだけだ】

【プロゲーマーでも、ARゲームでは勝手が違う。慣れるまでには時間がかかるだろう】

【時間がかからないで強豪入りしたようなプレイヤーもいるが、ああいう人種が量産されても困るが】

【プロゲーマーと言っても、ビスマルクの様なプレイスタイルもいれば、アイオワの様なスタイルもある。それこそ十人十色だ】

【えっ? アイオワってプロゲーマーだったのか?】

【名前が同じだけの別人かもしれない。ビスマルクは有名過ぎて重複登録が出来ないが、アイオワは数人いたな】

 ネット上では、さりげなく大きなネタバレと言うか――偶然の発言がネット炎上を招きそうな物も存在していた。

しかし、こうしたネット炎上を気にし過ぎても、ARゲームを純粋に楽しむ事は出来ないと思われる。



 その噂となっているアイオワは、ARガジェットのメンテナンスを依頼していた。

「既にコンテナへは収納済みだから、回収お願いね」

 アイオワがコンテナへ修理が必要なARガジェットを収納し、そのコンテナは地下通路を経由してアンテナショップへと届けられた。

コンテナに入れて瞬間移動で届けられるような技術は存在しないし、ドローンで運ぶには重量オーバーとも言える。

それを踏まえると、地下通路のパイプラインでアンテナショップへ届けるのが手っ取り早いだろう。

この地下レールとも言えるパイプラインのおかげで、河川の洪水対策になっている事 下水道のヘドロ問題なども浄水施設を作る事で解決している。

こうした施設等もふるさと納税で集められた税金を使っているが――草加市民でも未だに信じられない人間がいるので、これに関しては半信半疑という状態は変わっていない。

様々な環境変化によって、草加市を市民が住みやすい都市に変える為のアーケードリバースなのだが――浸透するには時間がかかっているのが現実である。

「こうしたパイプラインまでふるさと納税で――未だに信じがたい話だけど」

 インナースーツ姿のアイオワも、ふるさと納税の一件をアルストロメリアから聞いたのだが、それでも信じがたいのが第一印象だ。

更に自力で調べても、草加市役所で話を聞いても――SF小説の世界やキッズアニメにあるような次元の設定に、頭が痛いのだが。

 



###エピソード43.5



 午後2時10分、ガングートのプレイ動画を見て反応した人物が他にもいたのだが――。

「彼女って、もしかして――」

 身長170位、いかにもビジネスウーマンと言った服装でアンテナショップにいたのは、ハンゾウである。

彼女の服装は、明らかに周囲のギャラリーと比べると浮いているようにも見えるのだが――稀にゲームメーカーのスタッフが背広で来店する事もあるので、部外者な扱いはされていない。

 その一方で、ハンゾウ以上に浮くだろうと言うコスプレイヤーも数名がセンターモニターを見ているが、こちらも全く指摘されていないので、そう言う事だろう。

「プロゲーマー? 彼女が――」

 ハンゾウは口には出さないのだが、ガングートを見て別の人物が連想された。

その人物とは、過去に地下アイドルとしてデビューしていたボーカルの女性である。

 その地下アイドルとは、数年前に生放送の歌番組を直前で出演キャンセルし、ネットが大炎上したした事でも記憶に残っていた。

それ以上に彼女がやった大事件と言うのが、自分達は芸能事務所Aと芸能事務所Jのかませ犬ではない――という趣旨の発言を行い、SNSで堂々と拡散した事にある。

結果としてアイドルグループは解散まではいかなかったが、これが原因で彼女はグループを脱退する事になった。

事務所のホームページでは卒業扱いだが、彼女に言わせると強制脱退が正しい様である。

さすがに――ここまでの泥沼劇を公表したら、事務所その物が消滅するのは目に見えているだろう。

実際、彼女の発言は2つの芸能事務所が日本だけでなく世界さえも動かし、それこそデウス・エクス・マキナを人為的に生み出す存在が、あの芸能事務所であると断言した位だ。

 政治家を裏で操っているのは、2つの芸能事務所とも言及し――。

『彼女はプロゲーマーだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない』

 ハンゾウの隣を通り過ぎた人物、それはヴィザールにも見えたのだが――彼女がそれを確認する事は出来なかった。

仮にハンゾウがヴィザールと分かったとしても、警告をしてきた理由が分からないので反論できないと言うのがある。



 午後2時20分、ガングートが次に到着した場所――それは谷塚駅と草加駅の中間にあるアンテナショップである。

その広さは最初に立ち寄ってショップとは違って、若干広い程度。この違いはガングートには分からずじまい。

アンテナショップは設置している機種によっては広さが異なるのだが、スタッフであっても違いを把握できない人間もいるので、トリビアになるクラスの知識だろうか。

「アーケードリバースはあるようだが――」

 そのアンテナショップではアーケードリバースと狩りゲーにも似たようなリズムゲームの2機種のみ。

取り扱い機種が少ない事にはすぐに気付くのだが、それに気付かせないような周囲のライバル店舗事情もあるのだろう。

アンテナショップの周囲には、ゲーセンが1店舗、別のARゲームを扱うアンテナショップが3店舗存在する。

3店舗で扱っていないARゲームを選んだ結果、アーケードリバースが選ばれたのかもしれない。

 なお、狩りゲーリズムゲームは別名であり、正式名称ではないのだが――。

「2種類しかないのは、どういう事なのか」

 ガングートが近くにいた男性スタッフを呼び寄せ、事情を聞こうとする。

男性スタッフの方は少し思考したかのように見えたが、ガングートにはその表情を感じ取れなかった。

スタッフがARメットをしている訳ではないのだが――。

「店舗の広さ的に、これが限界なので。アーケードリバースも導入予定はなかったのですが、この辺りは店長の決断でしょうか」

 ある程度の言葉を選んでいたのは――ガングートに気付かれる事はなかった。

仮に言葉を選ばずに直球発言をしてしまったら、それこそネット炎上のネタにされる事は目に見えている。



###エピソード44



 午後2時30分、ハンゾウが色々なアンテナショップを巡って行く内に到着したのは、ガングードが立ち寄っているショップの隣にあるライバル店だった。

こちらは店舗的な広さは野球場並ではないが、ゲームフィールドとしてはそこそこの広さを持つ。

2階建てになっているのだが、駐車場や搬入口等を踏まえると――ゲームフィールドとしては同じ位なのかもしれない。

扱っている機種はARガンシューティングとARFPS系、狩りゲー等であり、アーケードリバースは扱っていなかった。

「我侭姫(デンドロビウム)って知ってるかい? 最近になってARゲームで暴れまわってるって話だぜ――」

 ハンゾウがふと目に入ったのは、いかにも狩りゲーのハンターを思わせる衣装の男性である。

外見からすると、ジークフリートと言う人物に酷似している。ネット上では画像を見た事があるが、本人と会った事はない。

「今も古今東西のゲームはチートプレイヤーが荒らし放題。迂闊な事をしようとすれば――ガーディアンにバッサリだ」

 彼が誰に向けて喋っているのかは分からないが、アバターの様なCGではないのは確かだった。

それは自分にも覚えがある――と言うよりも、草加市内で過去に起こった雑コラを使用した炎上マーケティング事件――それが思い浮かぶ。

「どっちもどっちも――」

 彼が全てを喋ろうとした矢先、ある人物が投げたスペツナズナイフが彼の腕を直撃――そこでカラクリが判明する事となった。

ジークフリートを騙っていたのは裏サイトの関係者だったのである。普通、アイドル投資家等がネット炎上を行う為に利用する為、意外な展開と言えるだろう。

利益の高いバイトを探した結果、今回の裏サイトに載っていた仕事――これを行ったらしい。

「挙句の果てには一般人を利用するとは――何処まで堕ちるのか、芸能事務所AとJは――」

 ナイフを投げた人物、それはジャック・ザ・リッパーだったのである。本人に出会うのは、ハンゾウにとっては初めてだったが。

ジャックはチートプレイヤーがジークフリートを騙る手口でまとめサイトやつぶやきサイトを利用し、ネット炎上を行っている手法――それだと考えていた。

しかし、蓋を開けてみるとジークフリートを騙る手口は一緒だが、それを実行していたのはチートプレイヤーでもアイドル投資家でもなかった。

遂には自分達の手を汚さずに炎上マーケティングを行う手段を確立した――それに対し、ジャックは怒りの形相で偽者のジークフリートにナイフを投げつけたのである。

なお、その表情はハンゾウにも見えないのだが――今回の手口を踏まえると、よほどの事だろう。



 同時刻、ガングートはアーケードリバースをプレイしていた。

既にプレイ回数は別店舗の分を加えると、その回数は20回――1クレジットが100円計算の為、ガジェットの費用を差し引くと2000円である。

ARゲームの場合はARガジェットの初期投資で10000円かかる作品もあるのだが、それさえ何とかなれば1クレジット100円で全ジャンルのゲームがプレイ出来る魅力があった。

一部で対戦格闘等で1プレイ200円と言うケースもあるが、基本は1クレジット100円なので――アイテム課金のソーシャルゲームよりも元が取れる場合だってある。

ARゲームでは健康上の理由でジャンルによってはプレイ拒否されてしまうケースもあるのだが、それ以外では基本的に問題はないだろう。

プレイマナーは――ネット上でもかなり厳しい印象を受けるのだが、それはある勢力をARゲームへ入れない為の対策だったのかもしれない。

「どちらにしても、ARゲームとVRゲームでは感覚も違う――まずは、それを覚える事が重要か」

 ガングートは先ほどまでのプレイスタイルを若干修正しつつ、自分のスタイルを披露しつつある。

デンドロビウムも試行錯誤あったとはいえ、現在では上位ランカーに匹敵する実力を持つまでに至った。

それを踏まえれば、ガングートもランカーに加われる可能性は高いだろうか。



###エピソード44-2



 午後2時40分、ガングートのプレイ終了後に別のプレイヤーが同じアンテナショップへ姿を見せた。

先ほどまで隣の店舗にいたジャック・ザ・リッパーが、まさかの来店をしていたのである。殴りこみと言う様な物騒なものではないのだが。

「あれは、ジャック・ザ・リッパーじゃないのか?」

「まさかの展開だ。ガングートだけでなく、上位プレイヤーのジャックまで姿を見せるとは」

「これはラッキーと言うべきか?」

「しかし、ガングートのレベルではジャックには勝てないだろうな。まぐれでもない限り――」

「プレイヤーのレベル差があると対戦が成立しないジャンルもあったはず」

 ギャラリーもジャックの出現には驚きを感じているようだ。

その一方でガングートもいると言う事で、対戦を望む声もあったのだが――。

『貴様が噂のガングートか――』

 話を切りだしたのは、意外な事にジャックの方からだった。

遭遇したのは、ガングートの方が先でジャックの方は通りかかったというレベルであり――。

「ジャック・ザ・リッパーか。都市伝説の殺人鬼をプレイヤーネームにするとは――こちらも人の事は言えないが」

 ガングートはジャックの名前に関してツッコミを入れようとしたのだが、それを言ってしまうと自分も同じなのであえて言及を避ける。

『それは貴様の方も同じだろう。ロシアの実在戦艦を名前に使うとは――』

「これは、あくまでもハンドルネームと言うよりも――芸名が近いか」

『本名は語らないと言う事か? それもよかろう。ARゲームでは本名を詮索しないのが一種のマナーだからな』

「自分の場合は、ほぼ本名と言っても差し支えのない――そう言う事だ」

 ジャックはガングートの『本名と言っても――』と聞いた時に驚いたような表情をするが、それがガングートに見える訳ではない。

ジャックのARバイザーは透明度的な意味でも素顔が見えないのだ。ガングートはARメットを被っていないので、素顔が丸見えなのだが。

『――それ以上の詮索は避けるが、何のために自分と接触しようと思った?』

 ジャックはガングートが接触してきた理由を聞こうとした。

しかし、ガングートはジャックをにらみつけることはせず――逆に、何かのモニターを見ているようでもある。

まるで――そっちを見ろと言わんばかりに。



 ガングートが見つめていたモニター、それはARゲーム用の専用モニターである。

アーケードリバース専用と言う訳ではなく他のARゲームにも対応しており、そちらの動画を視聴する事も可能だ。

『モニターに何が映って――』

 ジャックがモニターを見ると、そこにはまさかの光景が映し出されていたのである。

あまりにも予想外過ぎて、言葉を失う程の下剋上だった。

 倒されていたプレイヤーはチートを使用していたプレイヤーではなく、何とアイオワである。

彼女もプロゲーマーとまではいかない物の、実力者と言う事でネット上では有名なのだが――想定外のジャイアントキリングにギャラリーも言葉を失っていた。

「おいおい、まさか過ぎるだろ?」

「チートプレイヤーを倒した程度では自慢にならないが、これはどういう事だ?」

「倒した人物は? アルストロメリアか? それともデンドロビウムか?」

「ジャックが言葉を失っているという事は、よほどの新人プレイヤーによる下剋上かもしれない」

 周囲のギャラリーも数秒の沈黙ののちに動揺し始めていた。

それほどに衝撃的な映像だったのだろう。プレイ動画の方は終盤まで進んでおり、残りは雑魚プレイヤーだったのか――あっという間に撃破される。

【ウイナー】

 ウイナーのメッセージと共に画面上に姿を見せていた人物こそ、ジャックの目の前にいた人物でもあるガングートだった。

まぐれでアイオワを倒した訳ではないのは、先ほどまでプレイの様子を見ていた人間ならば誰もが認めている。

この動画を見て驚いたのは、ジャックが来た辺りで集まったギャラリーなのだ。

『プロゲーマーのガングートも、名前だけではないと言う事か』

 ジャックは改めてガングートに尋ねようとしていた。

ただ、自分の顔をみたいだけではない――のは明らかだろう。その目的を――。

「ARゲームを町おこしで使う事に、何の意味がある? ARゲームはイースポーツと同じく一種のビジネスと似たような物――違うのか」

 ジャックの方も閉口するような質問に、ただ驚くしかなかった。

ジャックもふるさと納税や町おこしに関しての話はネット上で聞く程度の知識しかない。

それをガングートが訪ねてきたのだ。彼女はチートプレイヤーには興味がないのか? それとも――。



###エピソード44-3



 ジャック・ザ・リッパーがモニターを見て驚いたのは、あのアイオワを倒した事もある。

それ以外で驚くべき展開が起きたのは、ガングートの一言を聞いてからだった。

「ARゲームを町おこしで使う事に、何の意味がある? ARゲームはイースポーツと同じく一種のビジネスと似たような物――違うのか」

 ジャックの方も閉口するような質問に、ただ驚くしかなかった。

『ARゲームをイースポーツとして考えているジャンルも存在するが、ひとくくりでビジネスと言うのは――』

 ジャックも一部の言葉に関して取捨選択をするしかない。

ガングートはプロゲーマーでもあるのだが、それ以前の過去はブラックボックスも同然である。

「では、分かりやすい言い方に変えよう。VRゲームとARゲーム、どちらもビジネスではないのか?」

『身も蓋もない言い方だな。確かにイースポーツ化を反対していたARゲームはビジネス寄りではないだろうが』

「ARゲームは大手メーカーが参入していないような印象を持った。どちらにしても、様々な所でザルの部分が見受けられる」

『欠陥や不具合とは――直球に言わないのだな』

「それこそネット炎上の標的になるようなワードだ。それに、こちらとて――エアプレイでゲームを語ろうなんて思っていない」

『エアプレイで二次創作をするような連中がいる以上――実際にプレイの機会を奪われるような機種も存在するのは事実だ。それに、ロケテ最終日にしてARゲーム化を断念した機種もある』

「こちらとしてもプロゲーマーだ。苦手なジャンルはあれど、それをプレイしないで語るほど愚かではない」

『エアプレイではない事は評価するが――超有名アイドルの様なゴリ押し炎上マーケティングを扱う様なビジネスと比べるのは、いかがなものか』

 お互いに何かボロを出すのを狙っているような発言が続く。

その中には、周囲からすれば何を言っているのか理解不能なワードも飛び交っている。それに――。



 その2人が議論をしている中で姿を見せた人物――その人物は、何とデンドロビウムだった。

ARインナースーツを装着しているのだが、アーマーは実体化していない。おそらく、これからプレイする為に準備をしていたのだろうか。

「議論をするのは大いに結構だが――時と場所位はわきまえて欲しい物だな」

 2人が議論していた場所が、モニター近くと言う事もあって――観戦していたギャラリーにとっては、迷惑とは言わないが邪魔だと感じるだろうか。

試合の音声はARガジェット経由でヘッドフォン等で聞く事も可能なので、騒音とは感じていなかった。

それをリズムゲームでやられると、かなりの割合でクレームが飛ぶかもしれないのだが。

『デンドロビウムか――貴様とは目的名同じチートキラーとして、敵としては相手したくないのだが――』

 ジャックの一言を聞き、デンドロビウムの表情が劇的に変化した。

その表情は今まで見せていなかったような――サイコパスとも判別されそうな物である。

さすがに、彼女をサイコパスと言うのはお門違いだが――そこまでヤンデレと言う訳でもなければ、犯罪者予備軍でもない。



 しかし、ジャックの発言はデンドロビウムにとって――ある種のスイッチを入れてしまったのである。

「言っておくぞ、ジャック・ザ・リッパー! ARゲームは、あくまでもゲームであり――人の命を奪っていいような物ではない」

 デンドロビウムも、我慢の限界だったと言うべきなのか――ある意味で不満が爆発寸前だったのを、ジャックが地雷を踏んで爆発させたと言うべきか。

ARゲームがデスゲームを禁止しているのは、誰もが認知していることだ。それをデスゲームとして題材にしているのは、WEB小説かフィクションのアニメ等だろう。

『ARゲームを戦争の道具にする事を禁止しているのは、こちらも理解している――』

「それは初歩中の初歩だ。人の命は宝であり、人命を奪う様な行為を推奨してはならない――と言うのはARゲームでは常識中の常識だろう」

『その環境を荒らしているのはチートや不正アプリを扱うプレイヤーだろう。彼らはジャンキーとも――』

「そう言う例え方をするから、まとめサイトやマスコミが炎上させ――芸能事務所の超有名アイドルを神として――」

 デンドロビウムの発言を聞き、我慢が出来なかったガングートは現実化させたスペツナズナイフをデンドロビウムの方へと向けた。

その目は明らかにデンドロビウムを物理的に消そうとしているような――怒りとも言うべき目だ。

「それ以上、超有名アイドルの存在を完全否定するようであれば――」

 ガングートの手は震えており、その手でナイフを投げてもデンドロビウムには命中しないだろう。

しかし、デンドロビウムはガングートにとって踏み入れてはいけない領域に――足を踏み入れてしまったのだ。

「誰も二次元アイドルアニメやゲーム等を否定しようと言う訳ではない。3次元アイドルは炎上マーケティングやタダ乗り便乗ビジネスを利用し、自分達だけが売れればいいという存在を目指していることだ」

 デンドロビウムの言葉を聞いても、まだガングートがナイフを下す事はない。

ジャックの方は下手にゲームフィールド外でARウェポンを出せばどうなるのか――それを知っているので、敢えて静観している。

「その考え方が――ある人間の存在を日本から抹消し、全ての物を奪ったと分からないのか!」

「遂にボロを出したな――ガングート。有名アイドルの芸能事務所を壊滅させた元凶を作った――張本人!」

 デンドロビウムは名前こそ出さなかったが、ガングートの正体を言い当てたのだ。

これに関してはジャックの方も理解に苦しんだのだが――ビスマルクやアルストロメリアであれば、衝撃を受けるのは間違いない。

「確かに、私は日本人だった。しかし、国籍は一連の事件を隠す為にも抹消され――異世界とされた。異世界転生や異世界転移作品のコスプレイヤーとすれば、隠せると思ったのだからな」

「そこまで行動した人間が、チートキラーを否定するのか?」 

「自分にとって、チートプレイ等些細なものだ。ネタプレイや一人用ゲームでの自己責任による使用まで狩るつもりか?」

「ARゲームに転用され、悪用されるような可能性があればチートは全て除去するまでだ。チートプレイで全クリアしたとしても面白くはない」

「チートプレイを嫌うと言う事は、お前は元々リズムゲーム勢――」

 ガングートの一言に反応したのは、デンドロビウムも同じだった。

しかし、彼女はARウェポンは展開せずに――ARガジェットのモニター画面をガングートに見せつける。

「ファンの暴動やアイドル投資家等が取った行動――それが、最大の悲劇を生み出す事になったのを――まだ自覚しないのか!?」

 デンドロビウムが見せたのは、アカシックレコードに書かれていたある記述だった。

その記述は、ガングートの発言がアイドルファンの分裂を生み出し、更には様々な不祥事等をマスコミに流し、遂には某アニメ専門テレビ局以外で特番編成にさせた――。

「そこまで言うのであれば、ARゲームで勝負しようじゃないか――デンドロビウム!」

 ガングートの目が明らかに動揺しているような気配だが、それをデンドロビウムはあえて無視する。

これでは単純に二次創作などであるような――ある種の特定ジャンルで使われるパターンだったからだ。

「不正ツールやチート、ARゲームのドラッグアプリや廃課金装備――どれを使っても無駄に終わる。使わない方が身のためだぞ」

 不正ツールを使っても、自分に勝てるはずがない――デンドロビウムの警告である。

彼女の実力は、現状でトップランカーに迫る程の実力を持ち、その実力はビスマルクに迫るだろう。

「そんな物を使うと思うか? こちらは、仮にもプロゲーマーだぞ」

 ガングートの方も若干の調子を取り戻したようにも見える。

ジャックと違って、表情を確認出来るのが別の意味でも救いなのか?

このタイミングでガングートは、先ほどまで展開していたスペツナズナイフを消滅させた。デンドロビウムの発言を受けた物なのだろうか――?



###エピソード44-4



 デンドロビウムは明らかにガングートへバトルを挑もうとしていたのだろうか?

単純にバトルを挑もうと言うのであれば、言う事は『バトルを挑みたい』だけで事が足りるかもしれない。

しかし、彼女はARアーマーを実体化していない状態で姿を見せた。

一連の会話はジャック・ザ・リッパーが地雷を踏んだ事による物として――。

「そんな物を使うと思うか? こちらは、仮にもプロゲーマーだぞ」

 ガングートの方は展開していたスペツナズナイフを消滅させた。

消滅させた理由は色々とあるのかもしれないが――運営スタッフに見つかるのがまずいと考えたのだろうか。

「安易な挑発に乗せられるのが――プロゲーマーとは思えんが、まぁいい」

 先ほどまでのタブレット端末をバックパックへしまい、別のARガジェットをデンドロビウムは用意した。

まさかのソード型ガジェットである。どうやら、先ほどまで使用していたのはアーケードリバース用ではなかったらしい。

「手の内を隠したと言うのか?」

「こちらは別のARゲームもプレイしている関係で、複数のガジェットを使っているに過ぎない。そう言う判断は炎上マーケティングに利用されるのが目に見えているぞ」

「ARゲームで使用出来るガジェットは1つだけ――と聞いている」

「1個だけしか使えないのは、特定ジャンルのみ。それに、アカウントが1つまでしか持てないの間違いではないのか?」

「複数アカウントがどのゲームでも禁止やそれに類するペナルティを受けるのは――こちらでも把握している」

 ガングートの方は、デンドロビウムと戦う気でいるようだが――デンドロビウムの方は、乗り気ではないように思える。

『まもなく、アーケードリバースのマッチングが始まります。該当プレイヤーは――』

 ARメットにアナウンスが表示され、それを確認したプレイヤーがプレイフィールドへと向かう。

そのプレイヤーの中には、デンドロビウムも含まれていたのである。つまり、そう言う事だ。

「どうしても戦いたいと言う事であれば、個人プレイ以外の部分を磨くことだ。そうすれば、いずれはマッチングする機会もあるだろう」

 そう言い残すと、デンドロビウムはガングートの目の前からは姿を消した。

ガングートはデンドロビウムと戦えるチャンスが――と考えていたが、とんだ思い違いだったようである。

 この段階では、アーケードリバースにおけるマッチングシステムは把握しておらず、デンドロビウムとは対戦できない事は分からなかった。

対戦格闘ゲームであればレベル差が離れているような対戦も出来るのだが、アーケードリバースではこうした事例は『初心者狩り』を生み出すとしてシステムで出来ないようにしている。

アーケードリバースでも、このシステムにしたのはごく最近――青騎士騒動の後と言われており、ネット上ではこの仕様変更を歓迎する動きもあった。



 デンドロビウムのプレイが始まる頃、悔しそうな表情でガングートはセンターモニターを見ていた。

「ジャイアントキリング――それが起こる状況は様々だが、逆に盛り上がらないゲームもある」

 ガングートの隣に姿を見せたのは、ハンゾウだった。彼女も似たような光景を経験した事があるので、経験談なのかもしれない。

「世の中には廃課金も一種のチートとして叩かれるようなゲームもある位だ。だからこそ、時代が求めるのはパッケージタイプなのだろう」

 ハンゾウの話を聞いても、ガングートにはピンとこない。

過去に実写アイドルやAV女優等を題材にしたようなソシャゲがあり、そちらのイベントが無課金よりも廃課金の方がクリアしやすいと言われ、ネットで炎上した事があった。

ハンゾウの例えは分かりづらいのだが――周囲で聞いていたギャラリーの中には、納得をしている人物も存在している。

「パッケージ? 格ゲーの様なタイプと言う事か」

「格ゲーでもバランス調整が入るのは知っているだろう。その辺りまでならば許容範囲内だが、ダウンロードコンテンツやアイテム課金がチートだと言いだす人間も世の中にはいる――そう言う事だ」

「馬鹿馬鹿しい。お金を払ってプレイする以上、プレイスタイルが十人十色なのは暗黙の了解だろう? そこまでプレイスタイルを縛ると言うのか――ARゲームは」

「そう言う訳ではない。プレイスタイルを強要する事は出来ないはずなのに、運営側が拝金主義に走り、廃課金を強要するような運営をした結果――」

「それこそプレイヤーがどうこう言えるものではないのか?」

「あくまでもプレイヤーは神様――そう考えた運営もいた。予算がなければゲームの運営は不可能だ。彼らも慈善事業でやっている訳ではないのは――分かるだろう?」

 何かを遠回しに言っているような気配がする――そうガングートはハンゾウの話から感じた。 




###エピソード44-5



 午後3時、ガングートが他のプレイヤーの様子を見ている頃には、ハンゾウの姿はなかった。

『彼らも慈善事業でやっている訳ではないのは――分かるだろう?』

 ハンゾウがあの時に言っていた事は自分でも痛いほど分かる。

自分が過去にアイドル活動をしていた時が、まさにソレだったからだ。

「過去は――もう振り返らない。復讐が何も生み出さないのは――」

 デンドロビウムが言った事も図星だった、ハンゾウの言った事も当たっている。

それに加えて、復讐を行動原理にしても――それは悲しみを生み出すだけ。

一時的な目標にはなるかもしれないが、その後に残る物は――既に分かっている。



 8月11日、デンドロビウムは別のアンテナショップでチートプレイヤー討伐をしていたと言う。

「この世界に神と言う概念は存在しない。そして、チートプレイを神の力と自称するような連中も――認める訳にはいかない!」

 相変わらずのスタイリッシュなプレイには、周囲のギャラリーも驚きを感じるのだが――。

彼女のプレイスタイルはガジェットをフルに使用したタイプであり、チートのような類に頼るタイプではない。

その彼女に喧嘩を売るチートプレイヤーも気の毒としか言いようがないのだが、チートプレイを更に厳しく取り締まるようになったのは、青騎士騒動からである。

つまり、あの事件がなければ偶然に持ち込まれたようなチートは本人が言わない限りは――と言うジャンルもあったのだ。

「チートの存在は、普通にゲームをプレイしているユーザーからは悪意しか感じないだろう。それに、スコアアタックでも悪影響を及ぼす」

 デンドロビウムの言う事には一理ある。そんな言葉を語りながら、ビット兵器やレールガンなどで次々とチートプレイヤーを叩き潰す。

マッチングではチートプレイヤーではないプレイヤーも混ざっているので、こうしたプレイヤーは一切無視し、デンドロビウムはチートプレイヤーだけをピンポイントで刈り取る。

 チートプレイヤーに手を貸すのであれば同罪と言う勢いで全てをせん滅するチートキラーもいるので、デンドロビウムのこのやり方に関しては――疑問を持つプレイヤーが多い。

【チート狩りはどれも一緒じゃないのか?】

【高雄の事例は特殊すぎた。しかし、アルストロメリアのように通報形式と言うのも――】

【結局、個別で自衛していくしか方法がないのか?】

【結局は――過去の事例を繰り返すのか】

【しかし、チートは違法な技術――取り締まるのは当然じゃないのか?】

 つぶやきサイトでもデンドロビウムのやり方を疑問に思う人物は存在し、それに加えて過去の事例を挙げる人物もいた。

中でもアルストロメリアの様な運営へ通報するタイプを姑息と言う人物もいる一方で、どっちもどっちと言う人物もいる。

結局は五十歩百歩の言い争いなのは言うまでもないが。



 様々な所で橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)の市民マラソンの件が取り上げられていた。

一連の事件をARゲームの宣伝に利用されたという風に捉えるユーザーは少ない。

むしろ、芸能事務所側の炎上マーケティングに利用されたというのが大多数なのは変わりがないのである。

「これを、どういう風に考えるべきなのか。都市伝説が拡散していく状況を」

 ビスマルクがコンビニ近くでタブレット端末を片手に、何かを調べている。

そのサイトには都市伝説が色々と書かれているのだが、そこには見覚えのあるような名前があった。

【デンドロビウム、様々なゲームでサービス閉鎖へ追い込む?】

 この都市伝説は最初のうちは超有名アイドルの芸能事務所によるデマ拡散の類と思われていたのだが――。



###エピソード44-6



 8月11日午前11時、ニュースサイトでは各種イベントのレポートが報告されている。

しかし、その中にはアーケードリバースに関しての記述がない。イベントを開催していないのも理由かもしれないが。

アーケードリバースでは特にイベントを開催はしていないのは、別の理由もあった。青騎士騒動は関係ないというのだが――。

「アーケードリバースは手探り過ぎる――と言う事か」

 草加市まで足を運んだ橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は、他のARゲームでイベントが行われている光景を見て、何かの違和感を感じた。

ネット上ではイベントを行わない理由は炎上防止という間違った理由が拡散しており、これが別のネット炎上を起こすという悪循環になっている。

 どのような対策をすればネット炎上を防げるのか――それが分かれば苦労はしないし、これが絶対に正しいという方法もないだろう。

必ず、何処かの部分で不利益となる人物が出てくるのは間違いないし――誰もが損をしない方法があれば、ここまでネット炎上がする事もない。

同じような事を考えているのは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)も一緒だろう。

彼の場合は橿原と違って、悪質なタダ乗り便乗に例えられるようなネット炎上は水際で止めるタイプかもしれない。



 午前12時、お昼のニュースでは様々なジャンルのニュースが報道される中、異質と言える内容のニュースが報道された。

民放のニュースではなく、国営のニュースでトップを飾った事には驚きだが――。男性キャスターも淡々とニュース記事を読み始める。

『先日、覚せい剤所持で逮捕されたアイドルグループの元メンバーである――』

 先日とは青騎士騒動から少し開けた位だろうか。その時はワイドショー等が同じニュースで横並びしていたのが記憶に新しい。

その際は覚せい剤所持容疑でアイドルグループの元メンバーが逮捕された事が報じられ、実名報道もされた。

これに関してはつぶやきサイト上でショックを隠せないコメントが多く拡散し、中には心中等と言う物騒な書き込みもあった位である。

この一件を事務所側も否定をしたのだが、それでもネット上の炎上を抑えられなかったという話だ。

さすがに心中に関しては愉快犯によるまとめサイト誘導を目的とした、悪目立ちによる炎上だったが――。

『その後、新たな証拠が発見できなかったとして――証拠不十分で釈放されました』

 まさかの展開としか言えないだろう。何と、証拠不十分で逮捕されたはずの元メンバーが釈放されたのである。

これに関しては他局も報道するのだが――その内容は、政治家による買収や芸能事務所からのもみ消し等と現実味がないものばかりだった。

まるで、過去に超有名アイドル商法でネットが炎上した際、ガングートに罪を全てなすりつけたかのような――そのデジャブを見ているようでもある。

 このニュースに関しては、ネット上でも話題となったのだが――特定芸能事務所によって摘発される等を恐れ、誰も情報を配信する事はなかったのだと言う。

アイドルグループの元メンバーとは、特定芸能事務所のA及びJが関係するグループなのかと言われると――そうかもしれないが、ニュースでも言及される事はなかった。

つまり――元アイドルの人物が覚せい剤の所持で逮捕されたが、証拠不十分で釈放された――という部分しか分からないのである。

「実名報道はされたが、芸名で活動していた可能性もある。詳細な映像がない以上、この件は下手に触れれば――」

 のり弁当を食べながら、自宅でニュースを見ていたのはデンドロビウムである。私服というラフな姿は――草加市内でも見る事はないのかもしれない。

それ程に、ARインナースーツに慣れてしまっているの可能性は高いだろう。

「それに、今回の該当者が証拠不十分で釈放されたのは――別の目的があるのかもしれない」

 テーブルに置かれているタンブラーにはホットコーヒー、のり弁当以外にはカップラーメンも置かれている。

これでカロリーなどは大丈夫なのか――と若干不安を持つかもしれないが、彼女としては問題がないようだ。

お昼と言っても仮に食事を取るのみで、ARゲームプレイ後には間食を取ることだってある。

スポーツと同じ位に汗をかく、ダイエット効果は不明だがダイエットグッズを買うよりは安上がりと言う噂もネット上に拡散しているほどだ。



 谷塚駅近くのファストフード店、焼きそばパンとカレーパン、それにいくつかの菓子パンがトレーに置かれている。

飲み物はドリンクバーのサイダーを口にしていたのは――意外な事にアルストロメリアだった。

既に軽い食事は終わっており、これはいわゆる一つの間食と言える。本当にARゲームをプレイすると腹が減るのか?

【デンドロビウム、様々なゲームでサービス閉鎖へ追い込む?】

 彼女が見ていた記事は、ある都市伝説を言及していた記事である。

それはデンドロビウムがブラウザゲーム等を閉鎖に追い込む存在なのでは――と言う記事。

この内容を見て、アルストロメリアはネット炎上目的等を疑った。しかし、単純に炎上目的と言うには記事内容が詳細過ぎたのである。

逆に捏造記事だったとしても、それを見破るにはそれ相応の理由を発見する事が必要な程。

「一体、これが何を意味しているのか――」

 カレーパンをかじりつつ、アルストロメリアはカレーパンを持っていない右手でテーブルに置いたタブレット端末を着様に動かしている。

そして、勢いよくページをタップしてしまった事で、あるサイトにつながってしまったのだが――。

「これって、まさか――」

 アルストロメリアが発見した記事、それはアガートラームに関する記事だったのだが――設計図を含めて詳細過ぎる内容に驚いた。

さすがにカレーパンを落とすような驚きではないが――内容を読み進めていくにつれ、何か別の意味でも――。

「アガートラーム――この正体って――」

 チートアプリ等を無効化するARガジェット、そう解説されていたのである。

このガジェットに関しては使用しているプレイヤーが非常に少ない。

その原因はチートアプリ等を使っているプレイヤーと対戦しないと、アガートラームの効果が発揮されない事にあった。




###エピソード44-7



 青騎士に便乗したネット炎上勢力は減りつつあるのだが――その一方で、怪しげな動きをする勢力はいくらでもある。

つまり――ネット炎上や炎上マーケティングその物を禁止しなければ、この状況が改善する事はないのだ。

炎上マーケティングを形を変えた世界大戦と揶揄するアカウントまである位に――。

結局は、日本で起きる事件は超有名アイドルの芸能事務所A及びJにとってはタダで宣伝出来るネタでしか過ぎないのだ。

今こそ我々は、コンテンツ流通の1%にも満たないような芸能事務所A及びJのファンに反旗を翻す時が来たのである。

全ての世界を芸能事務所A及びJのアイドルファンで染め上げて、地球上から紛争をなくそうと言うような発想は――WEB小説等のフィクションにすぎない。

それこそ、特定アイドルファンの作りだした妄想にすぎないのだ――そうした実在アイドルを題材にした夢小説でランキングを独占するような存在こそ、我々が打倒さなくてはいけない存在であり――。

コンテンツ流通その物を――芸能事務所は国会をも掌握して自在に操ろうとしているのだ。それこそ、自分達の都合のよい存在に――。

超有名アイドルコンテンツだけで日本の国債を償却し、国家予算を確保出来る税収を確保出来る世界――それこそが、日本にとっての楽園であり、理想郷であるのだ。

「馬鹿馬鹿しい――特定芸能事務所を陥れようと虚偽記事で超有名アイドルファンを釣ったとして、誰が得をするというのか。1%にも満たないような少数派の勢力に」

 まとめサイトの記事をチェックしていたのは、ビスマルクだった。

彼女は別の用事で秋葉原へ向かう予定だったのだが、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)が草加市で目撃されたという情報をネット上で発見し、予定を変更したのである。

それに加え、この記述がアカシックレコードに存在する警告文書の類とは違う事も知っていた。

 しかし、ビスマルクは警告文書のオリジナルを知らないのに加え、この件に関わっているであろう人物も警告文書のオリジナルは――。

それ程にまとめサイトのコピーや炎上勢力のアフィリエイト系サイトの一部個所だけを抜き出したコピーペーストのテンプレばかりが出回っている――と言っても過言ではない。



 アルストロメリアは、ある人物の正体に関して探るようになっていた――その人物とは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)である。

彼の会社である武者道も聞き覚えのある会社名だが、それ以上に山口の名前は別の何処かで聞き覚えがあるのだ。

同姓同名の別人と言うのは、探せばいくらでもいるのだが――。

「誰もが言及を避ける存在――アカシックレコードの警告文書。その原文を見た物は誰もいないと言う話だが――」

 ファストフード店出の間食が終わり、彼女はARインナースーツを装着してアンテナショップへと足を運んでいた。

そこで彼女が遭遇した人物、それはジャック・ザ・リッパーである。

『アカシックレコードを探るのは、貴様だな』

 ジャックの方は、黒マントにARメットと言う何時もの装備をしている。

黒マント自体、ここ最近は見ていなかったのだが――あの装備では不審者扱いされる為に使う場所を考えていたのだろう。

「ジャック・ザ・リッパーね。あなたもチートプレイヤーを狩るサイドと聞く」

 アルストロメリアが何かを聞こうとしていた瞬間、ジャックは右腕に装着していたロングソード型ガジェットをアルストロメリアに突きつける。

しかし、ARガジェットを殺傷に使用するのは禁止されているので、あくまでも威嚇としてだが。

『お前のやり方は姑息過ぎる――何故、正々堂々とチートプレイヤーを倒そうとしない?』

「チートプレイ自体はARゲームでも禁止されている。それを力で持って理解させる事自体――あの人物と同じだと気づかないの?」

『あの人物――北条高雄の事か』

「――っ!」

 アルストロメリアの表情は、北条高雄(ほうじょう・たかお)の名前を出されたと同時に怒りの表情を見せ始める。

しかし、ここで騒ぎを起こせば――それこそ出入り禁止になるのも目に見えているので、怒りを抑えているのだが。

『超有名アイドルのAとJが――ありとあらゆるモノを自在に操る――』

「それこそ――アイドル投資家の一部が地球上のありとあらゆる事件を、自由自在に起こせる――そう言う事よ」

 アルストロメリアの方も、ARガジェットのパイルバンカーを展開し、ジャックに取りつこうとするのだが、それをジャックは瞬時に弾き飛ばす。

単純な行動パターンであれば、簡単に攻略は可能だとジャックは行動で説明しようと言うのだろうか?

『邪魔なコンテンツ――それも超有名アイドルAとJのライバルになりそうな物は、影の圧力で潰す――それもネット炎上と言う形で』

「そこまで知っているならば、アーケードリバースが生まれた理由を――本当の目的を――」

 ジャックに対し、アルストロメリアは本当の目的を言おうとするのだが、これに関しては口外禁止と明記されているのを思い出す。

下手に発言し、ネットが炎上してしまえば――それこそ芸能事務所側の――特定メディアの思う壺だからである。

『アーケードリバースだけが特殊だとは思わない。単純に資金の差と言うのであれば、それこそ芸能事務所のやっている事と変わらない』

 ジャックの発言に対し、否定をしたい事は山ほどある。

しかし、それらを反論する事は――真の目的をネット上に拡散してしまう事を意味していた。

時が来れば公開はするが、タイミングが――今ではないのである。



###エピソード45



 ARゲームの運営サイドもチート対策に関しては無策と言う訳ではない。

一連の青騎士騒動後、様々な干渉すると思われるガジェットを持ち込み禁止にしたほどだ。

それこそ、チートプレイヤーがARゲームでリアルマネーを稼ぎ出すような行為を水際で止めようと言う――。

「我々としては、巷で騒がれている不正プレイヤーを排除しようと言う意味でチートを規制しているのですが」

 運営本部の会議室では、様々なARゲームスタッフが集結していたのである。

ただし、この会議は8月1日に行われた物なのだが――ネット上に詳細が拡散する事はなかった。

正式発表でチートの大幅規制をしたとしても、新たなチートアプリ等が作られるのは目に見えている。

結局は負の連鎖の繰り返しなのだ――と。

「しかし、不正プレイヤー以外にも隠れチートガジェットが拡散している噂もある」

「それらが及ぼすであろう被害は想像を絶する。それこそ、大事故や大規模テロが起きてからでは遅い」

「ゲームバランスに関しては、それぞれのジャンルで違うでしょうが――最低でも、複数ジャンルでバランスブレイカーが出始めているのは――」

「バランスブレイカーと言っても、ジャンルによって扱い方が異なる。同等に扱うのも他のプレイヤーから反感を買うだろう」

「チートアプリと言うのを拡散したアイドル投資家を取り締まるべきなのでは?」

「それに、特定の芸能事務所が原因だとすれば――彼らのやっている事はジャパニーズマフィアのそれと――」

 会議の方は色々な意見は出ているのだが、話が進むような事はない。

まるで、何処かの段階でエンドレス化しているような感覚があるような――気配さえ感じる。



 一連の会議に関して、レポートをチェックしていたのは橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)である。

レポートを受け取ったのは、マラソン大会の後であるのだが――。

「秋葉原でも同じようなチート撲滅会議を行った記録がある。しかし、それは失敗に終わっている。何故だと思う?」

 橿原はレポートを提出したスタッフに対し、何かを言いたそうな表情をしていた。

「チートアプリ等が出回れば、それだけアフィリエイトでの利益等で儲ける人物がいる――と言う事だ」

「アプリを流通させているサイトがスペース料を受け取っているという話は秋葉原の会議でも――」

「そういう次元の話ではなくなっている――そう言う事だ」

「超有名アイドル商法再び――ですか?」

「そのレベルで済めば、一部のガーディアンがネット炎上と言う名のマッチポンプを行う事はないだろう」

「まさか――大規模テロですか?」

 橿原とスタッフのやり取りは続くのだが、ネット炎上以上に何やら物騒なキーワードも出てくる。

一体、彼らは何を話していると言うのか?

「草加市が行おうとしているのは――ディストピア的な何か、と言うのは暴力的過ぎるし、分かりにくいかもしれない」

 レポートを見て、ため息を漏らす橿原は秋葉原が起こしたミスを繰り返して欲しくないと思っている。

特定の芸能事務所だけが過剰な利益を求めて暴走し、遂には――地球上のありとあらゆる金になる物を芸能事務所AとJが独占する事――。

それが超有名アイドル商法を巡る炎上事件の原因となった考えであり、ガングートが訴えた事でもある。

「分かりやすく説明すると、どうなるのでしょうか?」

 男性スタッフが尋ねると、橿原はテーブルに置かれたDVDのパッケージをスタッフに見せた。

そのパッケージは、あるゲームを題材としたアニメ作品のDVD1巻である。何故、彼はこのDVDを見せたのか?

「この作品は、対戦バトルを題材としたアニメだが――その内容が超有名アイドルグループを皮肉ッているとして、ネット上で話題となった」

「おっしゃっている事が良く分かりませんが――どういう事でしょうか?」

 橿原のいう事に対し、スタッフは更に困惑する。そして、DVDの裏パッケージをチェックするのだが――。

「分かっただろう。この作品で題材となったのは足立区と言われている」

「草加市と足立区では違うでしょう。足立区ならば聖地巡礼になると――まさか!?」

 スタッフも、裏のパッケージを見て要約り対した。そこに書かれたあらすじを――。

「草加市がやろうとしているのは、リアルで同じ事を――と言う可能性が高い。どちらにしても、直接乗り込む可能性もあるかもしれないが」

 そして、橿原は直接乗り込む事にしたのである。これが一連の事件や青騎士騒動にも関係があると踏み込んで――。



###エピソード45-2



 8月11日午後1時、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)が向かった場所――それは予想外の場所だったのである。

そこはARゲームとは無縁とも言えるようなビルであり、ビル以外では周囲に太陽光発電パネルや水力発電の装置なども――。

ここの正体に関して、橿原は何となくだが知っている。過去に訪れた事はないのだが、施設の外見を見る限りでは類似案件を知っていた。

「太陽光発電に風力発電――更には水力発電まであるのか」

 橿原は周囲の設備を見て驚きの声を上げるのだが、これらの発電で得られた電力が草加市の9割強を賄えるレベルなのは気づいていない。

秋葉原でもARゲーム用にサーバーの電力等を太陽光や風力発電で何とかしようという計画があり、一部で試験運用されている。

しかし、草加市の様な大規模な物は実用化できていないのだ。

「果たして、内部には何があると言うのか――」

 橿原の目の前にある施設、そこには【ARゲームメインセンター】と書かれていた。

この施設こそ、ARゲームの総本山なのである。厳密には草加市内のARゲームの運営本部と言うべきか。

秋葉原にも支部がいくつかあるのだが、ここが秋葉原や北千住にある支部の本部ではない。

あくまでも、草加市内のARゲームのアンテナショップ等を管理していると言うべき場所なのである。

 この施設に関しては、関係者以外立ち入り禁止の類ではない。ARゲームのプレイヤーであれば、施設を使う事も可能なのだ。

温泉施設、着替え専用ルーム、ガジェット修理施設、テストプレイ専用フィールド、更にはゲームの歴史資料等――様々なゲームを集めた施設と言える。

ただし、ゲームセンターと違って、フードコートはエリア外に併設された施設と若干隔離されている印象だ。

それに――施設内では禁酒禁煙、更にはARゲームプレイヤー以外は入る事が出来ないという徹底っぷりである。

フードコートは誰でも利用できるが、それ以外は別のアンテナショップでARゲームのアカウントを取る必要性があるのだ。

そこが若干の手間である一方で、マナーの悪いプレイヤー等がいないと言う事で歓迎されている部分もあるようである。



 橿原が入って行った施設は、本来であれば関係者以外が入る事の出来ないサーバールームへと続くエリアに該当していた。

普通であれば、警備員に止められるのは確実である。しかも、このエリアの警備員はARガーディアン並の重武装――。

実際、一般人やアイドル投資家等が該当エリアへの侵入を行おうとした所、逮捕されたという話もある。

そうした話が拡散しないのには、別の理由があるのかもしれないが――口止めの類ではないのは確実らしい。

「ARガーディアンが配備されているのは聞いていたが、アキバガーディアンよりも武装が凄い事になっている――」

 橿原は彼らの装備に驚きつつも、呼び止められる事がない事には逆に驚いていた。

普通であれば不審者はガーディアンが即反応するような気配もするのだが、橿原が呼び止められる事は全くない。

まるで、彼をここへ招待しているかのように――。




###エピソード45-3



 施設の奥に関しては周囲が壁だらけで何も見られないと言う訳ではなく、特殊なプレートで守られていた。

ガラス的なものではなく、文字通りのバリアと言うべきか。ある意味でも地震対策等を考慮しているようにも見えた。

しかし、洪水や地震の時にもARゲームをプレイするような不謹慎な人間がいるかと言われると――否定はしたいが、全くいないとは言い切れない。

その一方で、ARゲームの技術に関して災害や事故を未然に防ぐ為の訓練等に使用する等のケースは存在するらしい。

つい最近では、災害現場を想定した訓練で大型ARアーマーが使用されていたケースが取り上げられた事もある。

大型ARアーマーに関しては、重機クラスの巨大な物も存在するので――例外中の例外なのかもしれないが。

「殺風景と言うには――若干違うのだろうが」

 橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は壁の矢印に案内されるかのように進むのだが、特殊プレートで隠された部分は見る事が出来ない。

おそらくは、ボタンひとつで換気が出来るようなシステムかもしれないが、下手にサーバーを見せるとセキュリティ的な問題があるのだろう。

秋葉原のサーバーも非公開の部分が多いので、この辺りはお互い様か?

「それにしても、何処まで歩くつもりなのか?」

 5分は歩いただろうか? しばらくすると、目の前には自動ドアらしき物があったので、ここが目的地なのだろう。

そのドアは自動ドアだった為、ドアに手を触れる事無く――扉は開いた。



 橿原の目の前には、複数のサーバーが置かれており、それら全てがARゲームで使用されていると思うと驚きである。

もっとサーバーの数は少ないと思っていただけに――自分の考えが別の意味でも無駄だったような気分だ。

『まるで、ソーシャルゲームのサーバールームと同じと思っているだろう?』

 橿原の前に姿を見せた人物、それはARメットで素顔を隠しているのだが――ARスーツを着ている訳ではないので、誰なのかはバレバレである。

その人物とは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)であり――この場所の正体は武者道(むしゃみち)のARゲーム支部とも言うべきサーバールームだったのだ。

他のメーカーもサーバールームを松原団地等に持っているのだが、草加駅にも近いような位置にサーバーを持っていたのは武者道と一部のみ。

ARゲームの運営本部と同じ場所に――と言うのが色々とアレなのだろうか? 諸説ありそうだが、橿原はあえて言及しない事にした。

下手に言及すれば、こちらの企業機密を離さなければいけなくなる可能性もあったからである。

「ここを見せた理由は、単純に言えば情報交換と言う訳ではないのだろう?」

『ARゲームの技術自体、開かれた状態での公開が前提となっている以上――交換条件ではない』

「情報交換でないと分かっているのならば、話が早い――」

『アーケードリバースの誕生経緯を知りたいのであれば、無駄な話だ。あれは――まだ真相を公開するタイミングではない』

「つまり、こちらが何を言っても答える事はないと?」

『そう思っていただければ助かる。こちらとしても――あの情報を知られる訳にはいかないのでな』

 あの情報と言われて、橿原は察した。やはりというか、アーケードリバースに関係したスタッフは芸能事務所AとJに対して――。

しかし、橿原としても土産話もなしに変えるわけにもいかない事情がある。

「過去に秋葉原で起きた事件――超有名アイドル事変は知っているか?」

 一か八か――橿原は賭けに出た。これで何も出てこないようであれば――手がかりなしと言うべきかもしれない。

『超有名アイドル事変か。それこそ芸能事務所がネット上で宣伝に利用しているだけのマッチポンプではないのか?』

「マッチポンプ――?」

『こちらも後に分かった事だが、これに関係した人物が草加市に現れたらしい』

「関係者――だと?」

 まさかの展開には橿原も驚く。山口の方は表情を変えるような気配がなく――と言うよりは、素顔が見えないので表情不明とか言ってはいけない。

『ガングートと言う人物は知っているか?』

 山口の言うガングートと言う単語に、橿原の反応は薄い。

むしろ、ガングートと言う名前を、このタイミングで聞く事になると言う事に――。


 

###エピソード45-4



 目の前の山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)と名乗る人物に疑いを持たない橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は、ある衝撃的な事実を知る事になった。

『ガングートと言う人物は知っているか?』

 彼はガングートと言う名前を出すのだが――ネット上でガングートと調べると、違う人物がヒットする。

一体、これはどういう事なのか?

橿原はガングートと言う名前は聞いた事があるのだが、この場で聞く事になるとは予想外だった。

『――では、この人物を知っているか?』

 山口が持っているタブレット端末に表示されていたのは、一人の女性だったのだが――。

「何故、その人物を知っている?」

 端末に表示されていたのは、地下アイドルグループの会場で歌を披露している女性の姿だが――。

何故、山口は彼女をガングートと言及したのか?

橿原は彼女の所属グループ名を知っているような気配だったが、何故か思い出せないでいた。

『この人物の過去は抹消されている。数少ない写真と動画が残っているだけで、彼女の本名及び経歴等は――』

「それこそ、怪しいとしか言いようがない。芸能事務所の情報戦なのか?」

『情報戦であれば、このような手は使わない。直接的にネットを炎上させ、該当グループを黒歴史化するのもたやすい』

「直接的に行う事も不可能ではないが――芸能事務所が実行したという形跡があれば、それをネット上に晒されるのが落ちだろう」

『そうだ。これに関しては情報戦ではない。だからと言って、晒し上げの類でもないだろう』

「では、どういう事だ?」

『それは――』

 山口が何かを話そうとした矢先、山口のARメットにインフォメーションメッセージが表示された。

【該当セキュリティアカウントを持ち合わせていません】

 このメッセージが出た時、山口は思わずチッと一言――。

この声は橿原には聞こえていないのだが、彼のリアクションを見て偽者ではないか――とも考える。

『ここは撤退をするしか、方法がないのか――これ以上、正体を悟らせない為にも』

 このボイスはカット機能により出力されていない為、周囲のスタッフや橿原には聞こえていない。

そして、次の瞬間にはステルス迷彩を使ったかのように姿を消したのである。

ARゲームにおけるステルス迷彩は、ARゲームプレイヤーには見えていないが、ARゲーム関連のバイザーを使っていないギャラリーにはバレバレと言う物だ。

しかし、彼の使ったステルス迷彩は――実用レベルに到達しているような物であり、ARバイザーのシステムをカットした橿原でも姿を確認出来なかったのである。

「あの人物には覚えがあった――だが――どういう事なのか」

 橿原は山口らしき人物が見せた画像――それに覚えがあった。

あの場所は、秋葉原の某劇場で正解かもしれないが、それを裏付け出来るような時間はないだろう。

そうしている間にも山口と思わしき人物は何処かへと逃げてしまうからだ。

「あの人物が仮にガングートだとすれば、草加市に現れたガングートと同一人物なのか?」

 別の問題も浮上している。草加市に姿を見せたガングートは、画像の人物とは外見が異なっている。

整形手術をしているような形跡はネット上のプロゲーマーであるガングートにはなかったし、便乗して名乗っているなりすましとも思えない。

だからこそ――この目でガングート本人を目撃しなければ、この問題は解決しないと感じていた。



 橿原はサーバールームから出て、施設の入り口まで戻る。

その時にはガーディアンの警備がいなくなっており、ある種の異変が起きたのかと感じていた。

「――案の定か」

 嫌な予感が的中した。外へ出ようとした所で、気絶した警備員の姿が見えたのである。

気絶と言っても、あのARアーマーを一気に貫通して物理ダメージを与えられるような手段があるのか?

このビルでは銃刀法違反に該当しそうな物を持ち込む事は不可能、それに爆発物も厳重に警戒されており――持ち込めるはずがない。

ここまでして彼らは大規模なテロが草加市で起こる事を恐れ、厳重な警備やセキュリティ強化をした結果――わずかなネット炎上でも通報可能なディストピアを生み出したと言える。

「一体、ここまでのテンプレ展開を起こして――!?」

 橿原が警備員の一人と戦闘をしている人物を発見した。

警備員が戦っているのは、人物と言うよりはパワードスーツに近いだろうか? 厳密には――。

「青騎士――ここにまで現れるのか?」

 警備員と戦っていたのは、何と青騎士(ブルーナイト)だったのである。

既に壊滅寸前であり、都市伝説としての青騎士も衰退しつつあるような状況で――彼のネームバリューに価値観を持っている勢力が残っているのか?

橿原は様々な疑問を持ちつつも、何とかして警備員を助けようと動くのだが――。



###エピソード45-5



 施設の入り口まで戻ってきた橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)の目の前には、彼にとって衝撃的な光景があった。

倒れている複数の警備員、それを倒したのはパワードスーツに近いガジェットを装備した青騎士(ブルーナイト)と思わしき存在――。

ある意味で、アレをリアルで見せつけられているのと同義であり――。

「何とかして、あの青騎士を――」

 橿原はある意味でも切り札である巻物型の特殊ガジェットを懐から取り出し、式神を召喚しようと考える。

しかし、召喚をしようとシステムを立ち上げ、呼ぶ直前で――。

【対応機種エラー。このガジェットは、この機種では使用できません】

 まさかと言えるエラーメッセージだった。このメッセージには橿原も想定外と――。

基本的にARゲームで、チートであればチート判定後にアカウントの強制凍結か切り離し、最悪の場合には削除される事がある。

しかし、対応機種エラーと言うのは稀に発生する程度の細かいメッセージだ。このフィールドが自分のガジェットでは使えないと言う事も意味している。

「事前に使用可能ガジェットを調べるべきだったか――」

 本来の目的ばかりを考えていたばかりに、他の事が見えなかったのか――それとも、完全に初歩的なミスだったのか。

今の橿原には目の前の青騎士を止める手段がなかった。



 もはや打つ手なしと思われたが――まるで、橿原に追い打ちをかけるような光景が、更に展開される事になる。

「なんだ――これは!?」

 直後に姿を見せた人物、それが瞬時にして青騎士を撃破した。しかも、ガジェットも無力化した上で――。

今回に限って言えばチートを使用した不正プレイではないのだが――所定フィールド外でのプレイと言う事で、ペナルティは避けられないだろう。

その際に瞬時というか――橿原に考える時間を与える事無く青騎士を撃破したのは――彼にも見覚えがある人物だった。

アーマーの形状は、明らかに見覚えがない物だが――プレイスタイルを見れば、その正体は動画を見ている人物であれば分かるだろう。

向こうも正体を隠すつもりはないのかもしれない一方で、橿原はこの人物が何故に今回の行動を起こしたのか――疑問に思う部分はある。

「あの人物は――」

 その人物が橿原の方を振り向く。そして、何を思ったのか――。

『人の命をもてあそぶような――それこそ、ARゲームをデスゲームにしようと言う人物がいるのならば――』

 話の途中で、目の前の人物がARメットのシステムを解除した。

『人の命は宝であり、それを拝金主義の勢力が奪う様な事は――あってはいけないのだ』

 微妙に涙が――という気配のする言葉だが、その言葉には何かの強い思いがある。

そして、その言葉には何かの覚悟が込められているのだろう。

「そうした勢力は、例え芸能事務所AとJ、その上にいるであろう神であっても認める訳にはいかない!」

 彼女の正体――メガネをかけた美少女が、目の前に現れたのだ。

体格はアスリートだが、それでも巨乳は明らかに目立つ。それを見れば、動画を見ているようなヘビーユーザーには特定されても当たり前――。

彼女の正体とは、何とアルストロメリアだったのである。何故、彼女がここに現れたのかは分からない。

【アルストロメリアだと? 騙りじゃないのか】

【あのメガネは――明らかに本物だ。偽者だったら、あそこまでの肉体は持っていない】

【何故、この場所に彼女が姿を見せたのか?】

【噂によればアイオワも向かっているとか――】

【青騎士狩りが本格化するのか? それとも、別の何かが起こるのか】

 ネット上でも、今回の中継を見ていたユーザーが驚いている。

つぶやきサイトでも、ホットワードにアルストロメリアが浮上する程のレベルで。



 騒動から5分後、橿原の思考は止まっているに近い状態だった。

超有名アイドル商法を巡るリアル炎上、ガングートの一件、青騎士騒動――これらにはまとめサイトや一部の炎上勢力が共通していると思っている――。

しかし、それさえも覆すような状況をアルストロメリアはやってしまった。

「お前は――ARゲームに止めを刺す気か!?」

 橿原は本気で叫ぶ。

それこそ、今まで何度も終了危機がささやかれ、ネットでも炎上マーケティングと言われていた――ARゲームを、アルストロメリアは終わらせようと言うのか?

「日本のコンテンツ流通は、一度リセットする必要性が出ている。だからこそ、芸能事務所AとJがやっている事を――世界中に拡散する必要があるのだ」

 アルストロメリアの言葉に揺らぎはない。何を言っているのか理解できない可能性もあるが、彼女の目は真剣そのものである。

彼女の言葉に橿原の方が逆に動揺を隠せないのだが――それこそ、あの時のアニメ作品と同じ事をアルストロメリアがリアルで行おうとしている可能性が高い。

「フィクションを――現実にする気か?」

 橿原の質問にアルストロメリアが答える事はなく、そのまま姿を消した。

一体、彼女は何を見極めようとしているのか。疑問は深まるばかりである。



###エピソード45-6



 午後2時、草加駅に到着した橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は疑問を持っていた。

アルストロメリアが起こした今回の行動は、あの時にスタッフへ見せたDVDのパッケージ――その作品と同じである。

確か、超有名アイドル商法や特定芸能事務所に支配された世界を救う為にゲーマーが立ちあがると言う物であり――。

「あれを再現させて、何をしようと言うのか――まだ分からない」

 橿原は彼女の行動が未だに分からないでいる。

芸能事務所AとJの行ってきた事を公表すると言う箇所は他の勢力も行っていた事であり、特に目新しいものではない。

しかし、アルストロメリアの行っていた事は――それとは比べ物にならない規模であるのだけは間違いないと思った。

「どちらにしても、事の重要性は――」

 橿原がICカードを手に駅の改札口を通過しようとしたが、何かが通り過ぎたような錯覚を感じた。

一体、何が通り過ぎたのは――橿原には感じ取れない。ARガジェットでもデータエラーの類として処理されるノイズやデータと言うのもある為である。

駅構内ではARゲームフィールドの展開許可が出ない限り、安全であるのは確約されているからだ。



 同刻、テレビのニュース番組でアルストロメリアの出現した襲撃事件が取り上げられているか調べる人物もいたが、該当ニュースは報道されていなかった。

『次のニュースは、芸能事務所のアイドルが薬物所持の現行犯で――』

 取り上げられるニュースは、芸能事務所A及びJからすればライバルとなるアイドルの不祥事等ばかり――。

この状況には、あるテレビ局が映画を放送している事に対して、神対応と言うような反応もネット上であったのだが。

【アルストロメリアの一件、ニュースでは取り上げていないようだ】

【それは民放や国営のテレビ局だけの話だ。ARゲームのモニターでは簡単にだが触れられている】

【それでも、センターに襲撃者が現れた事、青騎士を逮捕した事だけだ】

【このニュース、運営側が触れて欲しくないと言うメッセージなのか?】

【ふるさと納税やその他のシステムで、色々と都合の悪い出来事を――青騎士が訴えようとしたとか?】

【そう言ったレベルではない。多分――もっと大きな何かが影響しているのだろう】

【一体、何を隠そうと言うのか? あのニュースで報道していない事とは――】

 ネット上にも、今回の民放が動かない事等に疑問の声を持つ声がある。

その声があるのは間違いではないのだが――あくまでも草加市という限られたフィールドの事件を大きく取り上げる事に、何か不利益があると考えているのか?

『やはり、そうなるか――』

 一連のネット上のつぶやきを見ていたのは、ARメットにインナースーツ姿のヴィザールだった。

ヴィザールとしても今回の事件に関しては取り上げない事に違和感を持っている。

確実に隠し通せるような規模の些細な事件ではないのは――誰の目から見ても明らかであり――。

『どちらにしても、動く必要性が再び出てくるのか』

 青騎士騒動の事例もあるので、自分が下手に表舞台に出るのは棄権と考えている。

しかし、ネット上で注目されているのはガングートの方が話題のレベルとしては大きいだろう。

それを踏まえれば、自分が今動いたとしても目的が悟られる危険性は少ないと踏んだ。



 午後2時10分、そんなヴィザールの行動を見て何か不審に思ったのはビスマルクだった。

「青騎士に類似した存在とも言えるヴィザールが、今のタイミングで動く理由――」

 色々と思う部分はあるのだが、今はそちらよりもスコアアタックの方が優先される。

上位メンバーには有名なプレイヤーが並ぶ中、プロゲーマーと思わしき人物もランキング上位には存在していた。

自分の順位は1位を維持しているのだが、1回のプレイだけでひっくり返される危険性がある。

シューティングゲームの場合、わずかな操作ミスが命取りになるのは誰の目から見ても明らかだろう。

そこまで集中力を削ってトライするような事でもないのだが――。

「どちらにしても、アルストロメリアの動向を探る方が優先するべき――」

 ビスマルクも何となくだが、アルストロメリアに関しての危険性を感じている。

彼女はアーケードリバースの運営を見届けるような――狂言回し的な立ち位置なのかもしれないが、それでも稀に起こす行動は見過ごせない。




###エピソード45-7


 午後2時15分、草加駅から電車で移動を考えていた橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は移動を断念し、アンテナショップを巡っていた。

そして、ある物を探しまわっていたのである。その探している物こそ、あの時にスタッフの一人に見せた――。

【新日常系拡張現実シリーズ】

 厳密には、該当シリーズの一つと言う事なのだが――その作品名が書かれている部分は橿原が手でジャケットを持っている為か、タイトルは確認出来ない。

「このシリーズで間違いはないのだが、別の作品――なのだろうか」

 橿原はDVDだけではなく、小説の方も探している。WEB小説であれば、該当サイトで探せば済む話なのだが――。

彼の表情は若干の焦りを見せているような印象であり――発見できないと手遅れになると言う様な印象を周囲にも抱かせる位だ。

 ヴィザールが動きだした事はネット上でも拡散されたのだが、そちらよりもガングートの方がトレンドらしく――あまり見向きはされていない。

逆に、それが彼にとって都合のよい事なのかもしれないのは――あまり知られていないだろう。

「今はアルストロメリアの行動を探る方が優先か――真相は別として」

 アンテナショップで休憩をしていたデンドロビウムも、今回のアルストロメリアの行動は急ぎ過ぎと感じている。

チートでもないようなプレイヤーまでチートと称して狩る事は――明らかに魔女狩りのそれと同じだ。

まるで、夢小説を書いている勢力であれば題材がどうであれ問答無用に刈り取り、後から全部を芸能事務所Jの夢小説を書いたというレッテル貼りをすれば――。

そう言った事が起きたのが、あの時の超有名アイドル商法を巡る炎上マーケティングであり、芸能事務所AとJのやり方である。

その勢力の商法を別の形で訴えようとしていたのが――あの作品だった。

「まさか、アカシックレコードとは違う場所から発見出来るとは予定外だが――」

 デンドロビウムが見ていた小説サイト、そこには様々なジャンルの小説が投稿されている。

一次創作オンリーと言う事で、超有名アイドルファン等が来ない事もあって――あまり荒らされているような様子はない。

しかし、ランキングには二次創作と思わしき作品もランクインしており、別の意味でも無法地帯と言われる可能性は否定できないだろう。



 同時刻、草加市役所に一人の男性が姿を見せる。ARメットを被っており、素顔は見えないのだが――。

本来であれば市役所や銀行の様な施設ではARメットはガードマンに止められるだろう。

しかし、彼は入口にいた警備員にある物を見せる事で、自分の身分を証明した。

「失礼しました。ゲーム課の方ですね――」

 疑っていた警備員の一人が、自分の非礼を謝っている。

どうやら、彼はこの人物が不審人物と思っていたらしい。身長が180位の高身長の為か、そう思うのは不思議ではないだろう。

ARメットも考えようによってはフルフェイスと同じなので、この判断は間違いではないが。

『君の様な判断をするのは正しい。下手をすれば、強盗犯を市役所に入れるような事もあり得ただろう』

 非礼を謝っていた人物に対し、彼の方は落ち着いて対応している。

確かに特例としてARメットの着用は認められているのだが、あくまでも身分証明書の提示が必要なのは間違いない。

その証明書も偽造されてしまえば、大参事も――。

『私が来た以上は、不正プレイヤー問題を無視する事は出来ないだろう。それに、炎上マーケティングやタダ乗り便乗も許せるものではない』

 彼の名は――鹿沼零(かぬま・れい)、別のARゲームに関しても企画をしていたのだが――ロケテストが思わぬトラブルで打ち切りとなり、草加市役所へと戻って来たのである。

しかし、彼がロケテストの会場にいたのは数日前の話であり、今日の話ではない。それに――。

『あの時のエラーメッセージは――どういう事なのだ』

 鹿沼は武者道の関係者と会う為に、とある場所へ向かったのだが――そこに彼はいなかった。

そして、あの場所で――。




###エピソード46



 午後3時、草加市役所のゲーム課の部屋に入る一人の男性がいた。

『芸能事務所AとJが行っていた炎上マーケティング、その真相を掴まなければ――』

 鹿沼零(かぬま・れい)、ARメットを装着したままだが役所の職員等に呼び止められる事はない。

彼が特殊な権限を持ち合わせている事の証拠なのかもしれないが――。

 周辺の通りかかる人物が、鹿沼に声をかける様子はない。

余計な事に首を突っ込むべきではないと考えている可能性もあるのだが――彼を怪しんでいる人物も何人かいると言う証拠だろう。

『その判断は正しい。ゲーム課に所属する人物に対する反応は、大抵がそうなる』

 鹿沼の方もゲーム課の風当たりが悪い事は分かっており、ふるさと納税に関しても強行決定や鶴の一声系で決まった訳ではないのだが――。

それ以外でも今まで起きていた事件を踏まえると、ゲーム課が関与していると思わしき事件も少なくない。

事件が大規模テロ等に該当しない物だけでもマシと考える位の思考であれば、分かりやすいと思うかもしれないが――そうは問屋がおろさないだろう。

『一連の破壊行為や妨害工作――そう言った物の元凶は、超有名アイドルのライブ等を炎上マーケティングと認定し、排除した草加市にも責任がある』

 鹿沼はARメットで様々な情報を調べている。ARメットにはインターネットとは別の特殊なネットへアクセスする事も可能なシステムも持っているのだが――。

一方で、有力情報を簡単に手に入れられるほど、難易度の低い情報は彼が求めていない。

 草加市役所のゲーム課、彼らの仕事は市民等からの情報で不正プレイやチート、様々なARゲームのガイドライン違反をゲーム運営とは別に取り締まる部署である。

ARゲーム運営からすれば、彼らの存在は第3者機関と言われているのだが――そこまで簡単な組織であれば、彼らが市役所内部からも邪魔物にはされないだろう。

彼らが邪魔者扱いされるのは、芸能事務所A及びJの炎上マーケティングに関する情報を集め、海外を含めてコンテンツ流通の闇を暴こうと言う噂があったからである。

これが真実なのか、ネット上の噂なのかは――鹿島も沈黙を続けている為に不明のままだ。

 超有名アイドルのライブ禁止等に関しては、草加市も一部勢力が起こした大規模テロなどを踏まえての禁止処置と公式発表はしているのだが――それをファンが認めるのか?

残念ながら、その答えはNOと言わざるを得ないだろう。彼らが一連のライブ禁止を解除させる為に、強行手段やコンテンツ流通妨害を続けていたりするのは――。

『チートと言う技術自体、スポーツにおけるドーピング問題と同じレベルだ。チートは何としても排除しなくてはならない』

 鹿沼の考え自体、デンドロビウムに類似しているようなチートに関する対応だが――?



 谷塚駅から1キロほど離れた場所にあるARゲームエリア、そこではあるプレイヤーがアーケードリバースをプレイしていた。

フィールドは廃墟、そのプレイスタイルは一般人のようなプレイスタイルとは全く違う物である。

だからと言って、この人物がチートを使っているかと言うと――そうではない。

身長180センチほど、狩りゲーに見られるようなコートを着ており、ARアーマーの様な物も使用していないような気配もする。

ARメットは必須なので、メットだけはしているようだが――。

『ガングートか――』

 大剣を構えるのは、ジークフリートである。ハンドルネームを見て、久々に見たというプレイヤーもいるほど、プレイ率は減っているのだろうか?

そのジークフリートの目の前にいたのは、何とガングートである。しかも、白銀のARメットを被っている為に素顔は見えない。

アーケードリバースではモードによってARメットが必須の為か、それに従っているのだろう。

『ジークフリートとやら、お前に聞きたい事がある』

『聞きたい事があれば、ゲーム外で――』

『ゲーム外では困るのだ。あくまでもゲーム内で聞きたい』

 ジークフリートも、まさかの反応には驚くしかなかった。

彼女はゲーム内で聞きたい事があると言いだしたのである。内容によっては、答えようがないのだが――。

『貴様は、チートプレイに関しては寛容な方か?』

 ガングートの質問を聞き、思わずジークフリートも真顔になる。一部プレイヤーからはブーイングも飛ぶ。

それ程に、彼女の質問は衝撃的だったのだろうか。

『チートプレイや不正ガジェットが取り締まりを受けているのは、知らない訳ではないだろう?』

 ジークフリートの方も若干のやる気をそがれた様子で話すのだが――ガングートの方は本気である。

チートに関する認識がジークフリートとガングートでは違うのだろうか?



###エピソード46-2



 廃墟フィールドでアーケードリバースをプレイしていたジークフリート、そこに姿を見せたのがガングートだった。

彼女としては、ある事に関して疑問を持っていた事に関して――情報屋に尋ねようとしたのである。

しかし、ジークフリートとしても何を答えるべきなのか――悩む内容だったのは事実なのだろう。

『貴様は、チートプレイに関しては寛容な方か?』

 ガングートの質問を聞き、思わずジークフリートも真顔になる程の内容だったのは間違いない。

『チートプレイや不正ガジェットが取り締まりを受けているのは、知らない訳ではないだろう?』

 ジークフリートの方も若干のやる気をそがれた様子で話すのだが――それで引き下がるわけではない。

認識の違いはゲームジャンルによって様々なのだが、チートプレイを寛容としているARゲームが存在するのだろうか?

『ソレはこちらも把握している。しかし、彼らのやっている事は魔女狩り――あるいは言葉狩りの類だろう?』

『言葉狩りとは――まるで、まとめサイトや炎上マーケティングの片棒を担ぐような言い方だな』

 ジークフリートは直球でガングートに問いただす。

チートプレイは正規プレイで楽しんでいるゲームプレイヤーを減らすだけでなく、下手をすればゲームの運営終了を加速させる事を意味している。

だからこそ――チートキラーに代表されるプレイヤーがチートプレイヤーや不正アプリの根絶をする為に動いていると言うのに。

 これ以上の対話は不可能だろうとジークフリートはグレートソードでガングートにダメージを与えようとするのだが、なかなか攻撃が当たらない。

これに関してはガングートの動きが素早いという話もあるのだが、それだけで片づけられるのか?

彼女の方が気づかない間にチートガジェットを手にしていたのでは――というギャラリーの声もある。

【ジークフリートが不利だな】

【ここまで苦戦したシーンは滅多にない。チートプレイヤーでもない限り】

【相手はプロゲーマーのガングートだ。海外プロゲーマーの力量を測るのにミスがあったのだろう】

【国内のARゲームをメインとするプロゲーマーもいるのは知っているが、海外ゲーマーも注目するのか?】

【海外のFPSやTPSが日本でブレイクした一例もある。それと同じだろう】

 つぶやきの実況が流れる間にも、ガングートはスペツナズナイフを複数投げるが――ジークフリートはグレートソードでナイフを弾き飛ばす。

しかし、ジークフリートとしては速攻で片づけなければいけない理由があった。

それは――ゲージ差にもあったのである。ジークフリートが赤チーム、ガングートが青チーム扱いなのだが――そのゲージ差は一目瞭然だった。

「ゲージが1割?」

「ジークフリートが倒れれば、チームとしても負けが決まる」

「しかし、他のプレイヤーはいないはずでは?」

「アーケードリバースはチーム戦が前提だ。ソロプレイが出来るエリアは限られている。それに――」

「何時の間にモードが代わっていたのか?」

 周囲のギャラリーもモードが代わっていた事実には気づいていなかった。ガングートが乱入した段階でモードが変わったのか?

しかし、実際にはジークフリートはフィールドの親プレイヤーであり、乱入してきたガングートや他のプレイヤーはマッチング待機――と言う事らしい。



 結果として、バトルの方はジークフリートのチームが敗北をした。

ガングートの方もチームとしては勝利したが、浮かない表情をガングートがしている事からして――。

『私は――チートプレイヤーがこちらのプレイに迷惑をかけなければ、ある程度は許容するつもりでいる』

 そのガングートの言葉には、今までの様な言葉の強さ――カリスマ性は感じられない。

まるで、ジークフリートの言葉に動揺を受けているような気配さえ感じるだろうか。

『だが――貴様達は、私の目的に水を差した! その罰は――』

 次の瞬間、ガングートは複数のシールドビットを展開していた。

このビットは他のプレイヤーも使用するような汎用ARウェポンであるのだが、アーケードリバースでは滅多に見かけない。

 そして、ビットを飛ばした瞬間に自分のチームに所属していたはずのプレイヤーめがけてビットを飛ばしたのである。

まさかの展開にジークフリートは言葉を失う――ある意味で、悪い意味でのチートブレイカーを見たのかもしれない、と。

周囲のギャラリーも閉口、一部の悪目立ちしようという人間は動画にしてテレビ局に売り込もうとさえしている。

「この動画を、あのテレビ局に投稿すれば――昼の情報バラエティーで――」

 動画を投稿しようとしたギャラリーは、瞬時にして動画を録画していたスマホの電源が切れた事に違和感を持つ。

そして、背後を振り向くと、そこにはデンドロビウムの姿があったのである。

彼女の右手には、スマホのジャミングに使用されるジャミングアプリがインストールされたARガジェットが――。

「やはりと思って場所を移動してみたら、ビンゴだったとは――」

 デンドロビウムの表情は――善人と呼べるのかどうか不明の笑みを浮かべている。

まるで、今回のネット炎上勢の行動が芸能事務所Aの差し金である事が100%だと言うのを証明するかのような――。




###エピソード46-3



 突如として姿を見せたデンドロビウム――その出現には驚きの声もある一方で、驚きすらしなかった人物もいた。

「やはりと思って場所を移動してみたら、ビンゴだったとは――」

 デンドロビウムの表情は――善人と呼べるのかどうか不明の笑みを浮かべる。

これに関しては周囲がドン引きする気配はなく、動画を投稿しようとした人物に同情する方が多いかもしれない。

「馬鹿な――お前は、別のアンテナショップにいる筈では?」

 彼の言う事も一理ある。実際、センターモニターのプレイ動画にはデンドロビウムも映し出されている。

どうやら、このプレイ動画が録画とは気づかず、別のフィールドにいると勘違いしたのかもしれない。

デンドロビウムは、動画を録画していた人物に対し――特に制裁を加えるような事はなかった。

その一方で、彼女はガーディアンに通報して該当の人物は逮捕される事になる。



 デンドロビウムの出現に驚きもしなかった人物、それは遠方で様子を見ていたヴィスマルクだった。

有名プレイヤーが唐突に集まりだした事がSNSで話題となって拡散されたのが、駆けつけた理由なのだが――。

「チートを単純に排除して、それが正常なゲーム運営につながるのか――」

 ヴィスマルクはデンドロビウムと何回か遭遇した事があり、そこでチートを排除する理由を聞いた。

しかし、それでも彼女がチートプレイがテロ事件等と直結するような事になるのか――と疑問に思う事はある。

デンドロビウムがチートプレイをゲーム環境荒らしと同一視する事自体、間違っているのではないか、とも考えていた。

 カードゲームでは明らかにゲームバランス無視なカードやバランスブレイカーのコンボが生まれる事もある。

ゲームバランスに関してはメーカー側の見落としもあり、プレイヤーだけが悪い訳ではないのだが。

しかし、ARゲームにおけるチートプレイは運営側が想定していないプレイ方法であり、ある意味でも営業妨害と判断されるような物だ。

『ゲームバランス無視なプレイスタイルやアイテムが存在しても、それを使うかどうかはプレイヤーにゆだねられる。ただし、チートは例外だ』

 デンドロビウムは、いつかの時にこう答えていた。彼女がチートを嫌う理由がゲーム運営の妨害なのは、何となく分かるのだが――。

『チートは、簡単に表現すればスポーツ競技におけるドーピングと同じ――。一度使えば、それで人生が終了しかねない危険なものと言える』

 彼女にもチートを使った事があるのか――それに答える事はないだろう。

そして、彼女がチートを嫌う理由は何となくだが分かる気配がする。

確かに――不正な新記録ばかりが目立ち、その記録を破ろうとドーピングが横行するのは――本末転倒だ。



 デンドロビウムは、フィールドの方を見つめる。そこには、ジークフリートを撃破したガングートの姿があった。

厳密には、ジークフリートのチームがガングートのチームに敗北したのだが。

その後に起きた出来事に関しては、デンドロビウム自身が見ていない事もあり――そこを問いただす事はしないだろう。

しかし、チートプレイヤーを倒した事に関しては――出番を取られたと思っているようだ。

「これをご都合主義などと批判するようであれば、それこそ芸能事務所AとJに踊らされている――と言うべきか」

 倒れているチートプレイヤーは、良く見るとアイドル投資家やアイドルファン、コンテンツ炎上勢の様な人間ではない。

おそらくは、バイト感覚で何かの実験に付き合わされたような類の可能性――そちらをデンドロビウムは懸念していた。

あるいは今回のバトルに関しては、何者かの作った筋書きだったという路線さえある。

「これだけは言っておく。芸能事務所AとJ、それと組んでいる政治家や広告会社――そうした勢力の密かに出すようなバイトには、手を出さない方がいい」

 チートプレイヤーが倒された事は、彼女にとっても出番が宇和場割れたと言っても等しい。

そんな感情を彼女は抱いている――のかもしれないだろう。

そして、周囲のプレイヤーに芸能事務所AとJに関係すると思われる企業等には関わるな――そう警告した。



 デンドロビウムは、結局ゲームをプレイする事無く姿を消した事になる。

その後、他の有名プレイヤーも姿を消した――訳ではなく、しばらくはガングートのプレイを観戦したと言う。

「海外ゲーマーと言う事だが、アメリカ等でARゲームが稼働している話は聞かない」

「VRゲームじゃないのか? その技術をARゲームで応用しているとか」

「それでは、あのプレイスタイルに理由を付けられない。確かにFPS辺りの技術を使っているのは間違いないが」

「サバゲの経験者じゃないのか? FPSの場合は、そちらの技術が役立つ可能性があるだろう」

「それで、本当に問題ないのか?」

 周囲のギャラリーもガングートのプレイスタイルには――色々と疑問を持つ部分も多い。

海外ではARゲームが稼働していないのだ。類似機種があったとしても、ARゲームの様な動作システムが導入されているとは考えられない。

動画サイトでは、自作した人間の投稿動画もあるのだが――クオリティは到底日本のARゲームには及ばない。

それを踏まえると、プレイして数回というようなレベルで上位に入るような技術を得られるのか?



###エピソード46-4



 午後3時30分、ガングートがARアーマーを解除して小休止をしている。

そこで食べていたのは、焼きそばパン――ではなく、紛らわしいようだが焼きうどんパンだった。

飲み物はウーロン茶であり、どう考えても外国人が食べるようなメニューではないだろう。

『だが――貴様達は、私の目的に水を差した! その罰は――』

 あの時の言葉が再びフラッシュバックする。その時の事は、本人もあまり覚えていない。

しかし、チートプレイヤーを倒した事に関してだけは覚えていた。

「あのプレイヤーは、他のプレイヤーに迷惑をかけていたと言うのか」

 思う所はありつつも、ガングートは自分のやった事に関して――反省をしているようである。

あのプレイヤーがやった事がマナー違反だとしても、それをルールに反する方法で裁いていい訳がない。

デンドロビウムもゲームルールに従う形で行動しており、チートキラーと呼ばれる勢力も共通である。



 ガングートが小休止をしている頃、様々なアイドルファンがARゲームのフィールドを荒らしまわっていた。

それこそ、無法地帯にしようと感じ取れるほどに――。

【これが、過去に起きた超有名アイドル商法に関する騒動――?】

【そっちとは違うな。第一、規模が違う。アレは動いた金を含めて、桁が違いすぎる】

【敢えて言えば、過去に起こった青騎士騒動に近いな】

【なぜ、彼らはARゲームを炎上させようとする?】

【炎上マーケティングは、芸能事務所AとJの得意技だろ? 何故、他の芸能事務所アイドルが――】

【他の芸能事務所が指示したとは決まっていない。青騎士に便乗する勢力は、芸能事務所以外にもいる】

【芸能事務所以外? それこそ実況者とか歌い手の夢小説を書くような勢力しか――】

【これを止めないARゲーム運営は無能なのか?】

 既にネット上では炎上マーケティングが展開されているような状況であり、これこそ芸能事務所AとJの狙いであれば――間違いなく、一大事なのだろう。

しかし、逆に炎上させているのが愉快犯や一部勢力を排除しようと動く別勢力と言う可能性は否定できず、チートキラー等は様子見を決めている。

ガングートも様子見なのだが、少し様子が他のプレイヤーとは異なるようで――。

「ネット炎上、超有名アイドル商法――」

 ガングートは一部勢力の暴走やネット炎上は、根絶する事が困難だと過去の出来事で学んでいた。

だからこそ、他のプレイヤーよりも冷静に物事を見る事が出来るのだろう。

しかし、ガングートはどちらかと言うと一連のネット炎上を起こす原因となった人物に該当する。

逆に起こす側の人間だったからこそ、分かる部分もあるのかもしれない。

「コンテンツが芸能事務所AとJのアイドル以外は違法と認識される世界――」

 自分が過去に起こした事件が、どのような結末を迎えたのか彼女は知っている。

だからこそ、一連の事件は放置しておけば大変な事になるのは――。



 一方で、デンドロビウムは様々なチートプレイヤーを撃破していく。

チートプレイヤーにも『あのプレイヤーに勝ちたい』や『目立ちたい』と言った理由でチートに手を出したのだろうが――。

どんな理由であれ、デンドロビウムは正規プレイヤーに恐怖を与える存在でしかないチートプレイヤーは悪と認識している。

一部プレイヤーはソシャゲにおける廃課金等の一見するとチートとは認識できないような物も、チートとして叩いてネットを炎上させるのだ。

チートブレイカーとは、本来の意味で言えばゲームバランスを揺るがすようなチートプレイヤーを裁く様な意味合いで使われる事が多い。

しかし、中には芸能事務所AとJの人気を稼ぐ為『だけ】にチートプレイヤーを叩き、コンテンツの炎上を意図的に起こす勢力だっている。

それはアカシックレコードと呼ばれる物に書かれているのだが――その真実に近づけたのは、今の段階で誰もいないと言う。

「チートプレイは、ARゲームの様なオンラインゲームでは営業妨害その物――」

 バトル中に口癖でつぶやくようなチートキラーもいるほど、オンラインゲームのチートプレイには賛否両論がある。

オフラインであれば、チートツールを使うのは自己責任になろうだろうが――オンラインゲームでは過去に逮捕者が出た事もあった。

オンラインゲームにおけるチートツールの使用は犯罪行為とネット上で認識されている。

 ARゲーム運営だけでチートツールのプレイヤーを探すのは、労力をそちらに割いてしまい――ゲームバランス以前に運営が正常化するとは思えない。

チートキラーは、個人的に運営の負担を減らす為に動いている勢力と言ってもいいのだが、出来た当時は力不足である事が多かったという。

過去にもチートプレイに関しては厳重注意などをしてきた。しかし、それらもいたちぼっこと言っていいほどにチートを使う側とチートを駆逐する側の争いが続いている。

 その状況を一変させたのが――ネット上でも噂になっていたデンドロビウムの出現。

つまり、我侭姫の出現こそが――ARゲームとチートプレイヤーの戦いが表面化した始まりでもあった。



###エピソード46-5



 午後4時にもなると、一部ARゲームでは夜間プレイに対応する為に準備を行うジャンルもある。

しかし、アーケードリバースは特に夜間プレイでも準備を行う必要がなく、中断をはさむ事はない。

「我々としては、あまり24時間プレイと言うのは推奨したくないが――これもニーズ故か」

 午後になっても混雑が緩和する事はない――と言うよりも、人気ジャンルの宿命と言うべきなのか。

順番待ちのプレイヤーからは、このような意見も出ている。

「ARゲームだけが午後6時までで終了では、他のアーケードゲームにユーザーが流れると考えているのか?」

「そこまではないだろう。アトラクション施設でも深夜では稼働していないアトラクションだってあるはずだ」

「ARゲームの中には、深夜でこそ真価を発揮するようなジャンルもあるが――」

「騒音などの近所迷惑を配慮して、あそこまでの箱物施設にしているのかもしれない」

 他のプレイヤーからは、このような意見も出ている。実際、夜間に遊園地が営業するのはレアケースに限定されていた。

それさえも覆すようなARゲームのアンテナショップやARフィールドの運営スタイルは、一見するとブラック企業を思わせるのかもしれない。

しかし、実際はブラックと言えるような箇所は存在しなかった――と言うのが草加市の見解の様である。

それさえも炎上のネタとして利用し、自分達のアイドルを売り込もうとした芸能事務所は――廃業に追い込まれると言う末路をたどった。



 午後5時、一部の有名プレイヤーは既に帰路についているのだが――ここからが本番だと言うプレイヤーも存在する。

デンドロビウム、ビスマルク、ヴィスマルク、アイオワは既にログアウトしていた。

「大方のチートキラーと呼ばれるプレイヤーは、チートプレイヤーが出にくい時間帯を避けるか」

あるプレイヤーの一人は、こうつぶやいた。時間帯が合わないので、ARゲームをプレイ出来るタイミングが、この時間帯だけ。

この手のパターンはソーシャルゲームの時間帯限定イベント等ではよくある光景だ。

ARゲームは、時間帯限定イベントと言う概念はないのだが――対人戦は時間帯が合わないと、こういう事もある。

マッチングが非常に困難と言われるレアプレイヤーもいるのは、この為なのかもしれない。

レアプレイヤーと言っても、彼の言うレアプレイヤーとはチートキラーと呼ばれる人間ではないのだが――。

『チートプレイヤーは、大抵が芸能事務所A及びJのファンに限定される話を聞く――』

 あるプレイヤーの隣に現れたのは、何と鹿沼零(かぬま・れい)だったのである。

興味のある話を――と言う訳ではなく、単純に様子見としてアンテナショップに現れたらしい。

「芸能事務所か。そのような話を週刊誌が聞きつけたら、スキャンダルどころでは――」

 彼の方も若干の興味を示したようだ。週刊誌が一連のスキャンダルをスクープ出来れば、芸能事務所は――。

しかし、その話を聞いた鹿沼はため息をもらす。

『それは無駄と言う物だ。週刊誌は政治家や芸能人の不祥事に注目をしている。芸能事務所AとJの話題は避けるだろう』

「何故!? 芸能事務所のスキャンダルは――下手をすれば週刊誌の売り上げを上げるチャンスなのでは?」

『そちらの話題はもみ消される――あの2大芸能事務所には、一種のご都合主義が発動すると言う話だ』

「ご都合主義って、まるで芸能事務所AとJがコンテンツ流通における主人公みたいな――」

 あるプレイヤーは週刊誌が芸能事務所AとJを取り上げない理由を聞き、驚きの声を上げる。

それは周囲のギャラリーが数秒振り向く程の声だったのだが――彼も周囲の迷惑であると考え、軽くだが謝罪の姿勢を見せた。

『超有名アイドル商法を巡る炎上マーケティング――ガングートの事件は知っているだろう? そちらも、芸能事務所側の刺客が向けられたという話だ』

 鹿沼は、どうやって情報を手に入れたのか不明な情報をこのプレイヤーに話す。

下手に無関係な人間や第3勢力等に話せば、ネット炎上は決定的だろう。しかし、それでも鹿沼は情報を話続けていた。

『一連の我侭姫(デンドロビウム)を巡る事件は――芸能事務所が、何かの宣伝で利用していた節がある。それを潰さなければ――アーケードリバースは炎上マーケティングに利用される』

 あるプレイヤーには鹿沼の表情が見える事はない。彼がARメットを被っているのも理由の一つだが――。

「芸能事務所がやる事と言えば、CD等の売り上げを上げる為に――?」

 あるプレイヤーは何かに気付いた。そして、おもむろにタブレット端末でCDのリリース日を調べ始める。

『そう言う事だ。一説では山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)が演出として用意した物、あるアニメを再現しようと言う話もネット上にあるが――』

 そして、鹿沼は席を外した。あるプレイヤーは、去り際の発言を聞いていたかどうかは分からない。

最終的にあるプレイヤーは、芸能事務所Jの新人アイドルがニューシングルを出すという話に辿り着いた。

「そう言う事か――連中がアーケードリバースを炎上させようと言うのは、こういう事だったのか」

 あるプレイヤーの正体、それはジークフリートだった。

彼でも知らなかったような情報を鹿沼が掴んでいる事実は――ある意味でも衝撃的と言える。

しかし、今回の情報が更なるネット炎上の引き金となるのではないか――と言う部分は、ジークフリートも分からなかった。



###エピソード47



 翌日の8月12日、思わぬ所で大きな動きがあった。

それは――デンドロビウムの動向である。悪質なチートプレイヤーを狩る所は以前と変わらないのだが――。

【何かがおかしい】

【何が? チート狩りは変わらないだろう】

【特定芸能事務所が関係しているチートプレイヤーばかりを狩っていた人物が、何故に――】

【あのチートプレイヤーは運営側が数回の警告をしていたプレイヤーだろう? 誰かがやらなければ――の話じゃないのか?】

【確かに、運営が警告をして無視しているプレイヤーであれば、そうなると思うが】

 つぶやきサイト上では、デンドロビウムが本来は狙わないようなチートプレイヤーを狩っていた事に違和感を持った。

チートプレイヤーがプレイしていた機種はアーケードリバースであり、デンドロビウムが無関係な作品ではない。

しかし、この手のチートプレイヤーであれば他のチートキラーに任せそうな雰囲気なのが――。

「――タダ乗り便乗勢力は、容赦なく狩る!」

 その一言と共にハンドガンを連射し、チートプレイヤーを撃破する。

そのやり方には、別の何者かがレクチャーをしたかのような気配を感じるほどだ。



 このプレイ終了後、デンドロビウムはある人物とすれ違った。

それは、別のARゲームで行われているロケテストを見学していた鹿沼零(かぬま・れい)である。

彼の素顔はARメットで隠されている為、デンドロビウムには素顔は見えない。

『それが君自身の答え――と言う事か』

 鹿沼は途中からだがデンドロビウムのバトルを見ていた。

明らかに何かを悟ったような表情で、チートプレイヤーを的確に撃破する。

プレイを始めた頃に比べると、明らかに技術の進歩も見えていた上に――何かをARゲームから感じ始めていた。

「どのゲームでもチートプレイヤーが環境を荒らし、それが引き金でサービスが終了する。パッケージゲームであれば良かった――という意見が出るほどに」

 鹿沼に視線を合わせる事無く、デンドロビウムはつぶやく。

まるで、彼は自分の眼中にないかのように――。

『パッケージゲームでは開発資金を回収できないと判断し、ソシャゲ等にシフトしたのは今に始まった事ではないだろう』

「しかし、それでもパッケージゲームを求める声がある。まるで、ソシャゲ化がパチンコ化や実写映画化と同じような炎上案件で――」

『ネット炎上こそ、今に始まった事ではない。アナログな炎上商法がインターネットを利用する事で変化しただけにすぎないだろう』

「貴様――何が言いたい? ただ単純に炎上マーケティングを推し進めようと言うのであれば――」

 デンドロビウムは鹿沼に対して何かの敵意を持った。発言の一つ一つに裏があるような――。

しかし、鹿沼の方はデンドロビウムに敵意をむき出しにするような事は全くない事が、声のトーンからも分かる。

一体、彼は草加市で何を行おうと言うのか?

『君も知らない訳ではないだろう? コンテンツ市場が超有名アイドル商法で疲弊した事を』

「ガングートの一件を言っているのであれば、初耳だ。コンテンツ市場の疲弊は10年以上前から問題視されている」

 デンドロビウムも何かを察していた。鹿沼が危険な人物と言う訳ではないのだが――発言に裏があると言う事に。

『日本には、海外でも勝てるような既存の作品とは違ったコンテンツが必要だ。ARパルクール等の様な――複数分野に訴えるような物が』

 鹿沼は右手に握りこぶしを作り――こう断言をした。超有名アイドルの様な一握りのファンだけを狙ったような物では、衰退するだろう。

だからこそ――鹿沼はアーケードリバースを立ち上げたと言っても過言ではない。

「将来的には海外展開、更には――」

『現状でARゲームを設置し、その開発費を回収できるようなエリアは限定される』

「その手始めが、日本であり――秋葉原や北千住、足立区と言う事か」

『秋葉原等の実例は知っている。しかし、草加市は違う。ARゲームでゲームとは違う様々な分野にも貢献できる』

「それは市民が望んでいる物なのか?」

『市民の望む、望まないはネット上でも議論されているが――反対意見は超有名アイドルの宣伝を目的とした連中の遠吠えだ』

 鹿沼にはARゲームで新たなステージを生み出すというビジョンが見えていた。

だからこそ――彼は、何かを急いでいるのだろう。超有名アイドルの芸能事務所AとJが妨害を仕掛けてくる前に。

「最終的に到達するのは、永遠の利益を得るスタイル――賢者の石か」

 デンドロビウムは、鹿沼に向かってARガジェットを突きつける。しかし、それにも全く動じない。

ARガジェットを殺傷行為に使う事は――ご法度である事は、お互いに知っている為に威嚇と言う意味合いがある可能性は高いが。

『それこそ、芸能事務所AとJがやろうとしていた事。過剰な利益は――他の都道府県が真似をするような悪例を生むだろう』

「言葉だけで信用するような人間だと――本気で思っているのか?」

 デンドロビウムは、難しい言葉を並べて論破しようと考えている鹿沼に対して質問をする。

その一方で、鹿沼は首を横に振り――何かを否定するようなリアクションを取った。

論破と言う言葉に対して否定をしている可能性が高いのだが――。

『これだけは言っておこう。秋葉原や足立区も観光資源としてARゲームを利用している。そして、草加市はふるさと納税を使ってARゲームを運営している――その違いが分かるか?』

 その後、鹿沼は姿を消した。どうやら、別のロケテストが行われているアンテナショップへ向かったらしい。

鹿沼が去って数分後、デンドロビウムは――鹿沼とは別のアンテナショップへと向かう。

「こっちは正義の味方としてチートキラーをやっている訳ではない。そこは見抜いていないようだな」

 鹿沼にもデンドロビウムの真意までは見抜けていない。

彼女は慈善事業や正義の味方等の様な目的でチートキラーになった訳ではないのだ。

それに加えて、ネット上の都市伝説を再現しようとも思っていない。デンドロビウムには、別の理由でチートプレイヤーを狩っているのだが――。




###エピソード47.5



 8月13日、様々な所で謎の動画を見る事になった。この動画は表向きとしてデンドロビウムのプレイ動画――になっている。

しかし、その中身は別物となっていたのだ。一種のMAD動画が拡散したのは過去にも前例があるのだが――今回は違う。

【何だ、この動画は?】

【まとめサイトで取り上げている関係もあってか、既に100万再生を突破している】

【違法な種類の動画であれば、即削除されるのに――】

 つぶやきサイトでも動画が削除されない事に違和感を持つ人間もいる。

しかし、今回の動画はメッセージ性を持たせた動画である事は間違いないが、超有名アイドルの宣伝として作られていない為に削除されていない。

つまり――ARゲーム運営としてはシロと判断した動画と言える。

その一方で、まとめサイトで大量に引用された影響で100万再生を早いペースで突破した事には、問題視しているようだ。

「あのサイトを放置した理由、どういう事か聞かせてもらおう」

「まとめサイトは基本的に草加市では閲覧不能のはずだ。それが閲覧できるようになっている事も――」

「一部のまとめサイトや有名な匿名掲示板は閲覧不能処理が動いているようだが――」

「この状況、どう説明するつもりでしょうか?」

「ふるさと納税の方も、最近は一連の青騎士騒動があって別の返礼品を受け取る人が増えている。このままでは――」

 ゲーム課で行われた緊急会議でも、一連の動画に関しての議題が上がった。

一部のまとめサイトは草加市経由では閲覧不可になっているのだが、あるサイトだけは閲覧できる状態だったのである。

閲覧可能になっている理由は、プロテクトを意図的に解除している事なのだが――それが出来る人間は特殊な権限を持っていないといけない。

それに該当する人物は――草加市市長でもなければ、埼玉県の議員でもない――ゲーム課の人間である。

『他の皆様が言いたい事はごもっとも――』

 緊急会議でも特注のARメットを外す事はなく、ゲーム課にも素顔を見せない――会議室内でも異例の姿だったのは鹿沼零(かぬま・れい)だ。

彼には特殊な権限が与えられているのだが、その内容はゲーム課のメンバーですら知らない。

ARメットの着用以外で具体的に分かるような権限が、彼らには思いつかないのだ。

『しかし、あのシステムは海外の有名クラッカーでも破れない程のセキュリティを持つ物。それをあっさりと破るとは――』

 白々しいとは、この事を言うのだろうか? ゲーム課の人間も鹿沼を疑っているのは当然だろう。

彼の行動は色々と謎な物も多く、その中でも情報流出や特定勢力を壊滅させようと起こした行動も――グレーゾーンな物ばかりだ。

「誰も貴方を疑っている訳ではない――鹿沼零。しかし、我々としてもARゲームを政治に利用すると言うのが禁止されているのは分かっている」

『それは、こちらも承知しています。権利の独占、軍事転用、それにARゲームが不利益となる状態を起こす事――』

「芸能事務所AとJがARゲームを利用し、自分達のアイドルを海外へ売り出し、無限の利益を得ようとしている一件は――知らない訳ではないでしょう?」

『その事件は過去の話でしょう? あるいはフィクションの話ですか?』

「鹿沼! どこまでシラを切るつもりだ?」

 鹿沼の話し方に苛立ちを覚えたスタッフの一人は、遂に拳を作り――彼を殴ろうとしたのだが、直前で拳を止めた。

スタッフに止められた訳ではない。力で訴えたとしても、それは本当の意味で――。

『こちらとて、計画その物を潰そうだなんて考えてはいません』

 鹿沼は計画を台無しにするつもりはないと言うのだが、それを信用していいのか疑問もある。



 その日の午後、アルストロメリアはARゲームのインナースーツを着たまま、竹ノ塚駅近くまで姿を見せていた。

竹ノ塚でもARゲームは展開されており、インナースーツのまま歩きまわっても捕まる事はないだろう。

天気の方は若干曇り気味かもしれないが――徐々に晴れるという予報なので、ARゲーム的にも問題はない。

アマゾネスを思わせるようなマッチョな体系は、竹ノ塚内では目立つ存在かもしれないが――他にも様々なコスプレイヤーもいるので、そこも問題はないのだろう。

ARメットは既に着用しており、後は別のゲームをプレイする為の待機と言った感じである。

 アーケードリバースは草加市内限定の為、竹ノ塚では稼働していない。

その理由は明らかになっていないのだが、おそらくはシステム上の欠陥ではなく――草加市限定稼働にしている理由があるのだろう。

それがふるさと納税と言うのはネット上でも有名だが、仮にそうでないとしたら?

この秘密を理解しているのは、あの計画書を細かく確認した上でふるさと納税の返礼品としてアーケードリバースを選んだ彼女だけだ。

「竹ノ塚でも、ARゲームで聖地巡礼を計画していた事があった。それも、既に過去の話か――」

 アルストロメリアが駅の周囲を見回すと、そこにはジャック・ザ・リッパーの姿を発見出来た。

何故、彼女が竹ノ塚にいるのか? 単純にメインフィールドが草加市以外であれば、竹ノ塚にいてもおかしな話ではない。

『アルストロメリア――これだけは言っておこう』

 唐突に何かを断言された。ジャックはARメットをしている為に素顔は見えない。

それでも、アルストロメリアは冗談をジャックが言うはずがない――と察していた。

『アーケードリバースを操る黒幕がいる。芸能事務所ではない何かが――』

 それだけを言い残し、ジャックは別のARゲームのセンターモニターへと向かう。

どうやら、ジャックの順番が来たらしい。

「芸能事務所以外――と言っても、芸能事務所には関心がないけど」

 アルストロメリアは芸能事務所がネット上で言われている、あの2社なのは何となく察していた。

しかし、そこはどうでもいい。超有名アイドル商法が悪の手先的なポジションになる事件は、テンプレ化している為――使い古されていると考えていたからである。



###エピソード48



 8月14日、デンドロビウムはある動画を見ていた。プレイ動画の類ではない。とあるアニメの公式配信である。

第1話が永久無料なので、その1話だけを見ているという事になるのだが――。

「まさか――」

 デンドロビウムは、このアニメを見た事はある。

しかし、記憶が曖昧で――内容の方も断片的に忘れている部分があるようで、久々に見える1話に期待をしているようでもあった。



 アニメの内容は、現代で展開される新次元ゲームを巡り、様々な勢力と戦うと言う――考えて見れば、今の自分達に該当しそうな作品である。

ターゲットユーザーは男児向けと言うべきか。しかし、表向きの内容に反し――ストーリーの途中からは急展開を迎える事になった。

 今まで活躍していたゲーマー達は、スポンサーによって作られた偽者のゲーマーであり――本物と言う訳ではない。

そして、ある時を境に芸能事務所が送り込んだアイドルゲーマーと戦っていき、そこで一連のゲームが芸能事務所の野望の為だけに生み出された物だと気付く。

純粋にゲームを楽しむ者もいれば、ゲームを台無しにしようとする芸能事務所を打倒しようと動く者もいた。

 この作品の特徴として、海外へ売り込む事も考慮してか基本的に物理退場者がいないことだ。ハリウッドにでも売り込む可能性があったかもしれない。

つまり、この作品がメインにしているのはデスゲームではないという事なる。しかし、この作品ではARゲームと入っていない。

あくまでも新次元のゲームとしか言及されておらず、そのシステムや構造は色々と不明な個所が多い。

最低でも魔法的な何かという説明が登場人物から語られているので、現在のARゲームとは根本的に違う部分があるのだろう。

時としてSNSでの炎上マーケティングが展開されたり、超有名アイドルに対するバッシング、更にはARゲームを巡る駆け引きなども展開されているのだが――それは1話だけでは分からない。

あくまでも、第1話なのでゲームの内容や主人公の目的等が触れられている程度だろう。

 しかし、この作品以外でもデスゲーム物やゲームを題材にした作品はいくらでもある。

玩具も売り出すようなキッズ系アニメ、カードゲームアニメとは違い――関連グッズは出ているが、その多くはフィギュアやゲームだったと言う。

関連グッズ的な部分や商業展開から、このアニメはターゲット層を間違えたとも言われている。

実際、この作品の反省点を生かす形でターゲット層を変えた作品がヒットしたので、この考えは間違っていなかったという可能性が高い。

【やはり、この作品は早すぎた作品だ】

【設定等は今でも通じるのに、ターゲットを間違えたとしか思えない】

【この作品のフィギュア、再販されないのが痛い。転売屋から買わないといけないのか】

【そう言えば、この作品のコスプレイヤーって――】

【ARゲームでも似たような作品が出ないか――って、今だといくつかあるのか】

 つぶやきサイトでも、作られた時期が早すぎたアニメという評価が多く、後の同系統のアニメ等を踏まえると――。

それでも根強いファンが多いのも特徴で、未だに考察サイト等も稼働しているのが特徴となっていた。

しかし、このタイミングで青騎士騒動やアーケードリバースの一件との類似性を疑われるとは、夢にも追わなかっただろうが。



 しかし、このアニメが残した物は非常に大きかった。

後にパワードスーツ物のジャンルを生み出すきっかけになった事、ARゲームのベースを生み出すきっかけにもなったという話がある程である。

「このアニメが、何を語ろうととしていたのか――」

 自室で見ていたデンドロビウムだが、30分もあっという間である。

1話を見終わってからは、情報集めに様々なサイトを巡る事になるのだが――。

「この動画は、まさか――?」

 デンドロビウムが目撃した動画、それは例の話題になっていた動画だったのである。

その動画を見た彼女は自分が出ていた事にも驚くのだが、それ以上に動画の構成や演出、SEや流れているBGMも――。

「この内容は間違いない――あのアニメか」

 そして、彼女は先ほどの動画が今まで見ていたアニメをアーケードリバースのプレイ動画でつなぎ合わせたMAD動画と言う事が分かった。

しかし、それが分かったとしても、この動画が作られた経緯を彼女が見破る事は――今の段階では出来なかったという。

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