エピソード37~エピソード39.5
###エピソード37
2人がいたアーケードリバースの専用フィールドは、2人以外の人がいないのでは――という空気だった。
フィールドが廃墟の様な物ではなく、普通のビル街と言うのも理由かもしれないが。
マッチングに関しても2人以外のプレイヤーが登録されている気配はなく、まるでロケテストの様な雰囲気を感じるだろう。
既にジャック・ザ・リッパーは本来の装備に戻り、デンドロビウムも各種装備を準備中だ。
「ARゲームでも、悪意を持って炎上させるような人間は存在する――超有名アイドル商法を抜きにしても」
デンドロビウムは――ジャックの言った事に対し、こうつぶやいた。
「それに――どの世の中にも、平和を破壊して災いを呼び込もうとする連中は現れる」
『何を言いたい?』
「そのままの意味だ。ネット炎上を戦争に見立てて、それで儲けようとするアイドル投資家や芸能事務所がいる限り――」
『ARゲームは、あくまでもARゲームである。それを戦争に例えるなど――』
「世界は繰り返される――やがて、人間は血を流さなくても――人の命を犠牲にしなくても――人の感情を恐怖で満たすことで、芸能事務所は――ソレを操る政治家は――」
『それ以上は言うな! ARゲームを政治利用しようと考えるならば――私は、お前を全力で潰す!』
ジャックは、遂にビームだが―を構えてデンドロビウムに投げつける寸前の様な構えをする。
どうやら、デンドロビウムの発言がジャックにとっても地雷だったようだ。
「貴様も分かっているだろう? チート勢力の事は――連中は、まとめサイトや芸能事務所に踊らされるだけ――タダ乗りビジネスに利用されているのだ」
『それ以上は――言うなっ!』
遂にジャックはビームダガーを投げつけた。しかし、ダガーが命中する事はない。そのまま、デンドロビウムの身体をすり抜けたのである。
何故すり抜けたのかと言うと、まだゲームスタートをしていなかったのだ。
「やはり、例の人種と同じと言う事か――ジャック・ザ・リッパー!」
ゲームスタートと同時に両手に持ったハンドガンの引き金を引いたのはデンドロビウムだった。
しかし――ゲームは始まったはずなのに、ジャックのライフゲージが減る事はない。
どう考えても――この状況はおかしかった。
バトル開始から30秒が経過してもお互いのライフゲージが減る事はない。ゲームは既に始まっていると言うのに。
練習モードであれば、体力が減ったとしてもすぐに回復するような仕様にする事も可能だが――。
『デンドロビウム、まさかと思うが――』
ジャックはダガーがすり抜けた段階で、何かがおかしい事には薄々分かっていたのだが――証拠がない。
それに加えて、仮にチートによるエラーがあるとすれば、それはゲーム開始前に警告が出るはず。
仮にチートをゲーム中に使ったとしても、警告メッセージは自分のメットに表示されていない。
「こっちとしても、カラクリがばれるのは――何っ!?」
次の瞬間にはデンドロビウムは背後を振り向き――先ほどのダガーが直撃した相手をみて、驚きの声を上げた。
そこにいた人物、それは青騎士(ブルーナイト)だったのである。
青騎士のアーマーにダガーが刺さっており、こちらに命中した事になるのだが――。
「システムは独立しているはずなのに――どういう事だ?」
実はここのシステムはロケテストしようと言う事もあって、本来のアーケードリバースからは独立している事になっている。
しかし、これが仮に特定人物をおびき寄せる為だけの罠だとしたら――。
『独立システムと見せかけた、罠と言う事か――』
ジャックの方はデンドロビウムが罠を仕掛けるような事はないと考えている。
その一方で、青騎士が襲撃してきた事に関しては疑問があった。つまり――何処かの段階で罠を仕掛けられた事になるだろう。
「青騎士――あの勢力が壊滅したはずなのに、それを騙るまとめサイト勢が利用しているのか?」
『まとめサイト勢――?』
「勝負は預けるぞ――ジャック・ザ・リッパー」
デンドロビウムも当初の1対1と言う対決を潰された事に関しては激怒していた。
しかし、未だに青騎士というバリューネームを利用しようと言う連中がいた事には――戸惑いを感じているのも事実だろう。
最終的には青騎士の目的も分からない以上、このバトルを続行する意味はなくなってしまった。
不意打ちまがいなシチュエーションをネット上で拡散され、そこからまとめサイトやつぶやきサイト経由で拡散されれば――超有名アイドル商法時代の繰り返しになる。
###エピソード37.5
デンドロビウムとジャック・ザ・リッパーを妨害する為に姿を見せた青騎士(ブルーナイト)、それは――別の目的で姿を見せた人物だった。
しかし、その人物は本来のターゲットを見失い、偶然のタイミングで2人を見つけたらしい。
そうでなければ、若干の説明がつかない部分は多いのだ。実際、アーケードリバースでのARウェポンでダメージを与えられた事も――その証明かもしれないが。
戦術的撤退をするデンドロビウム――彼女にとって、今回の青騎士乱入は想定外だったのは事実だ。
その一方で、あのタイミングで現れた事に関しては想定外だったらしい。
「あの時――練習モードに設定していたのに加え、向こうの出方をみるはずだった。それなのに――」
彼女は改めて妨害に現れた青騎士の事を思い出し、表情を変えていた。
その表情は怒っているような気配もするのだが――既に起きてしまった事なので、仕方がないと開き直っているようでもある。
今回姿を見せた青騎士は、どのような目的があったのか?
谷塚駅の方で超有名アイドルの宣伝を行っている青騎士を発見したという情報があり、その一部が手分けして宣伝を行った結果――とも言われている。
しかし、その一部の青騎士は別勢力のスパイだった説も高い。
【青騎士は衰退したのか?】
【まだ、ネームバリューがあるのだろうな。未だに一部勢力がネット炎上に利用している節がある】
【おそらく、利用価値が続くまでは――】
【芸能事務所が利用しているのか、それとも――】
【そこまではないだろう。芸能事務所が自分達の自滅を招くような事をするのか?】
【しかし、地下アイドルの事務所が警察の強制捜査を受けている噂だ】
【そんな事があり得るのか?】
【まとめサイトでARゲームに関する炎上狙いの記事があれば、ガーディアンに通報されたら――だからな】
ネット上では様々な意見が飛び交う。
しかし、青騎士と言う名前に利用価値があれば――どの勢力でも使うのは間違いないだろうが。
それこそ『青騎士の仕業』と言う事で処理し、自分達の保身等に利用されるオチは見えているのかもしれない。
「おおよそ――そう言う路線なのは分かっていたが、あからさまに分かるような手段を使うのか?」
タブレット端末で一連のタイムラインを見ていたのは、ARスーツに着替えていたビスマルクだった。
今回は別のロケテストを開催しているアンテナショップではなく、谷塚駅近くの電機店前で待機している。
アンテナショップに入場制限がかけられている訳ではなく、電機店の近くにARゲーム用のセンターモニターが設置されているのだ。
ここで受付を行った関係で、待機しているという事らしい。
「自分達が目立ちたい、人気になりたいと思う気持ちは分からないでもないが――悪目立ちで人気を取ったとしても、それはチートと認識される」
彼らの行う行動に若干の同情の余地はあるかもしれないが、コンテンツを炎上させていい理由にはならない。
最終的に、こうした炎上勢力を束ねているのは大手芸能事務所2社かもしれないが――ネット上では断定口調で批判する記事はあっても、証拠となるようなソースがないのだ。
一方で、青騎士の行動を予測し、一部の青騎士を水際で摘発している人物もいた。
「忍者? その格好で!?」
「クノイチと言う事だろう?」
「我々の邪魔をするのであれば、どのような存在でも容赦しない!」
複数の青騎士が一人の人物を取り囲む。
アーマーの形状は一般的にネット上で青騎士と呼ばれる物以外にも、手抜きにも見えるカラーリングの青騎士もいる。
おそらく、自分が使用しているARアーマーにブルーをカラーリングしたのだろうが――明らかに色の設定が手抜きと言われも文句は言えない。
このような青騎士を知っているようで知っていないようなエア勢力も加わった影響もあってか――ガーディアンも出動できない状態なのは、不幸中の幸いか。
『どのようなと言われて、名乗る馬鹿はいないわ!』
彼女が一言叫ぶと同時に、両肩のシールドが分離し、複数のビットが射出された。
忍者を思わせるような武器を使わず、まさかの無線兵器を使用する展開は――青騎士の方も読めていなかったのである。
その後、青騎士の集団は瞬時にしてビット兵器で倒された。ほぼ、バトル描写等必要がないような――負けフラグを立てた方が悪いのかもしれない。
『あっけないわね――』
周囲を見回すクノイチ、その外見はARメットで顔を隠しているのだが――肌の割合はARスーツを装備している割には多い。
それに加えて――ある意味でもSF忍者チックな装備をしており、日本古来の忍者や戦隊物とは違っていた。
彼女の名はハンゾウ――。しかし、メットのカラーから青騎士と誤認識される事になる。
###エピソード38
ハンゾウの一件は、数時間後に拡散――と思われたが、速度が鈍い状態だった。
何故に拡散速度が遅いのかは定かではない。拡散されると困る事案があるのかもしれないが、その理由が分からないのだ。
「草加近辺で事件が――何が起きているのか気になる所だが」
タイムラインで流れてくるニュースをチェックしながら、ビスマルクは独自で情報を集めようとも考える。
しかし、ハンゾウに関する情報は――ネット上でも発見する事が困難と言う状態だった。
何故、拡散されていない理由が分からない直近の事件以外でも、情報の発見が難しいのかと言うと――検索避けや検索妨害の可能性が高い。
何処までが検索妨害なのかは分からないのだが――ハンゾウと検索してもコスプレイヤーの画像ばかりだ。
もしかすると、コスプレイヤーでハンゾウという同名の人物がいるかもしれないが――それだけが理由とも思えない。
「ハンゾウ――名前の由来は服部半蔵であるのは明白だが、それでも情報が出てこないのはおかしい」
ビスマルクが思ったのは、ハンゾウの名前の由来が服部半蔵という忍者であることが明白なのに――情報が出てこない事である。
それが一種の検索妨害や検索避けにも影響しているのかは、分かっていない。
午後2時、ヴィスマルクがある噂を聞いてアンテナショップにやってきた。
何故に彼女が姿を見せたのか――それは分からない。ビスマルクに興味があって姿を見せた訳ではないのは事実だが。
現地に到着し、周囲を見回している頃には既に帰っていたらしいのだが――行き違いだろうか?
「既に姿がないのは――」
ヴィスマルクは既にアーマー各種を装備した後であり、アーケードリバースのエントリーも終えていた。
その関係もあって、1回はプレイする事に。一部で有名なプレイヤーも混ざっていたので、骨折り損と言う訳ではないオチも付いている。
「さすがに、プレイし始めの頃はチートプレイヤーの多さに閉口したが――」
ヴィスマルクはプレイ初期のマッチング率を踏まえ、あまりにも当たり過ぎたチートプレイヤーに対し、閉口するしかなかった。
アーケードリバースのゲームバランスとしては、チートの様な存在を使わなくても問題はない位なのだが――。
「今となっては、悪目立ちするようなチートは減っている。色々と運営が動いた結果か?」
ヴィスマルクも別プレイヤーのマッチングなどを見ていて、チートと具体的に分かるようなプレイヤーが減っている事には一定の評価をする。
しかし、それでも完全根絶となると色々と課題は多いだろう。他のゲームで使えるようなアプリやツールなどもARゲームではチート扱いになる。
こうしたアプリ等をどういう扱いにするか――課題は山積みだ。
それとは別に情報を集めていたのは多数いるのだが――その中でも変わった情報を集めていたのは、ハンゾウだった。
彼女は青騎士ハントをしている一方で、ARゲームのチートプレイがどれ位の規模なのかを調べていたのである。
「ゲームバランスが若干崩れるのは――許容範囲として、これだけのチートプレイヤーがいるのはどうしてなのか」
ARメットを脱ぎ、そこには若干の覚えがあるような外見をしている為か――彼女に近づこうとした人物がいた。
その人物は、以前にJKを思わせる外見で姿を見せた――あの人物に似ていたのである。
「あなた、何処かで見覚えが――」
声をかけたのは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)である。彼は過去に似たような外見の人物を見た事があり、その顔にも覚えがあった。
それを踏まえて何かを尋ねようとしたのだが――。
「あなた、武者道の山口飛龍ね――都合がいいわ」
彼女は山口の出現に対し、自分にとっても情報源になるだろうと考えていた。
逆に山口も、彼女の正体を探ろうとしていたので――この場合は利害の一致と言う可能性もある。
###エピソード38.5
山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)は、別の目的でARゲームのプレイを見学していた。
理由としては様々だが、自分の選択が本当に正しいのか――という意味で。
「様々なプレイスタイルが誕生しているジャンルもあるが、悪目立ちやネット炎上に利用されるケースも相次いでいるという――」
山口は、ふとネット上で色々と言われているケースの事を思い出していた。
悪意があって炎上させているのであれば、それは問答無用にガーディアンが動く案件だろう。
しかし、ガーディアンも今回の動きは様子見を決めている。青騎士騒動の余波を恐れているのか――?
一説には泳がせておくと言う説もあれば、芸能事務所が監視している等の噂もネット上には拡散している為――どれが正しいのかは分からない。
やはり、情報ソースの正確性が問われているのは間違いないだろうか。
そう言った事を考えながら、山口はアンテナショップ辺りを歩いていると――。
「あなた、何処かで見覚えが――」
ある女性に声をかける。過去に似たような外見の人物を見た事があり、その顔にも覚えがあった事が理由だ。
「あなた、武者道の山口飛龍ね――都合がいいわ」
ハンゾウは山口の出現に対し、情報源になるだろうと考えていたらしい。
そして、彼女は色々と情報を手に入れようとしていたのである。
5分後、2人はアンテナショップのロビーにあるテーブルスペースで情報の交換を行う。
ここはフードコートと言う訳ではないのだが、飲み物の持ち込みは問題ないようだ。それでも――特に2人が飲み物を飲む様子はない。
「私が聞きたいのは、武者道の――ARゲームに関する動きかな」
ハンゾウの一言に対し、山口は若干凍りついた。
さすがに株式に関係するような情報をリークする訳にも――と思ったが、そう言う理由で聞いた訳ではないだろう。
「こちらとしては、株式市場を混乱させる目的の情報は提供できないぞ」
それを聞いた半蔵は、クスリと笑う。どうやら、当てが外れたようだ。
そこまで警戒する必要がないとしたら、どの辺りの話を彼女が求めているのだろう?
「私は株式なんて興味がない――」
「では、どの辺りの話を聞きたいのか」
山口の方も株式関係の情報を聞きたい訳ではないと聞き、そこは一安心する。
そして――本格的に話を切りだそうとする。
「こっちが聞きたいのは、アーケードリバースのシステム周り――運営が組んだのは些細な部分と言うネット上の噂があるけど」
「ネットの噂――まとめサイトか。あのサイトは、あまり一般人が使用していいようなサイトではないのだが――」
「本当の所はどうなの? 7割? 8割? それとも――」
ハンゾウの聞きたい事は、アーケードリバースのシステムだった。
あのルールやガイドライン、それを含めた細部調整――何処までを聞こうとしているのか?
運営が手を出したのは1割にも満たない箇所なのだが、それを言ってもよい物か。
そこを言ってしまえば、今度はネット上が炎上しかねないだろう。
運営が無能の集まりと言う風評被害を芸能事務所側が拡散し――芸能事務所の所属アイドルが神コンテンツとでも言う様な時代を再来させる気か?
彼女は、超有名アイドルに関しては興味なさそうな表情をしていたので、そこまでの事はしないだろう。
むしろ、彼女であれば芸能事務所を物理で壊滅させかねないだろう。仮に――ネット上で噂が飛び交っているハンゾウであれば――だが。
「7割――と言っても、信じてもらえないか」
山口はどの辺りまで言うべきなのか悩んだ結果――少し言葉を選ぶ形で簡単に述べた。
彼の言う7割とは、システムを含めての7割だが。
「なるほど。そう言う事ね――」
「こちらも聞きたい事がある――答えていただけると助かるが」
山口の方も聞きたい事があったので、彼女が去らない内に聞きだそうとする。
彼女の方も立ち去る気配はなかったので――慌てる必要性もなかったのだが。
「君は――青騎士(ブルーナイト)なのか?」
山口の聞きたい事は色々とあったが、とりあえず一つだけ思い出した物を言う。
彼女の装備が若干見えた際、そこから連想されたのは彼女が青騎士なのではないか――という疑惑だった。
青騎士と言っても、ネット炎上に加担するようなタダ乗り便乗の方ではない。
かつて、ヴィザールと言う名前で呼ばれていた方――。
「残念ながら、その回答に関してはノーよ。ネット上ではひどい言われようだけど」
彼女はあっさりとノー、青騎士ではないと言う。
ただし、タダ乗り便乗勢力の青騎士に関して違うと彼女は答えたのだが――。
「違う。便乗勢力の青騎士であれば、あの時に青騎士を倒したりはしない。スパイ疑惑があれば別だが」
「青騎士と言うと、ネット上やまとめサイトだと――そっちの意味で使ってる風に見えたけど」
「では、はっきりと言う。ヴィザールの名前は知っているか?」
「えっ? その単語は――初耳よ」
山口は、便乗勢力の青騎士として否定したと考え、追記するかのようにヴィザールの方と質問をしたのだが――。
彼女はヴィザールの単語自体を初耳と言う。結局――彼が探している青騎士とは違うようだった。
「それならば――話は以上だ。手間をかけてすまなかったなー―」
山口の方は目当ての人物でなかった事で、その場を立ち去った。
彼女が青騎士ではないと言うのは事実だったが――では、ネット便乗勢力は何故に彼女をピンポイントで狙うのか?
「山口飛龍――彼も、アレは言わなかった。むしろ、言及を避けたのか」
彼女の方も何かを言わなかった事に対し、気になる部分が浮上した。
チートの話は彼もしていたのだが――肝心のアカシックレコードやアガートラームに関しては、何も言う事はなかったのである。
何故、彼はアカシックレコードの話題を避けたのか?
###エピソード39
それから数日後の7月末日、青騎士騒動が再燃するような展開を連想させる情報が拡散された。
【ある芸能事務所が秘密裏に募集を行っている】
この募集と言うのが青騎士を指すと言う流れになったのは、募集内容が――。
『芸能事務所が満を持してプロデュースするアイドルの応援団を募集』
満を持してと言うのが何を指すのかは不明だが、一連の青騎士騒動を踏まえると――応援団と言う名のネット炎上の協力者募集である。
一体、この募集には何の狙いがあるのだろうか? 詳細を確かめようとマスコミが動く頃には――芸能事務所が警察の強制捜査を受けていた。
その理由はいたって簡単である。この芸能事務所があった住所が――。
「どう考えても自滅オチね――何かの誘導を考えていたのか、それとも別の話題で本来のターゲットからマスコミの目をそらすか――」
芸能事務所の住所を見て、明らかに自滅だと断言したのはヴィスマルクだった。
その住所とは、草加市内だったのである。草加市では芸能事務所が堂々と炎上マーケティングに該当する商法を禁止していた。
これらの商法を不正流通やチートと草加市が判断した可能性も高いのだが――詳細は明らかになっていない。
【あの告知、ホームページからは消えていたな】
【不適切表現という問題ではなく、警察も動いた以上は――そう言う事だろう】
【芸能事務所とはいえ――何をやってもいい訳ではない】
【大手芸能事務所の存在がチートと言えるのかもしれないな。だからこそ――草加市のあの条例だからな】
【あの芸能事務所は、裏で何処かと組んでいるのは目に見えている】
【大手芸能事務所が言う事は、何であろうと――】
つぶやきサイトのタイムラインでは、一部の発言が削除されているような気配だった。
今回の削除に関してはつぶやきサイト側の削除基準ではなく、草加市側が通報をしたらしい。
おそらく――警察の強制捜査絡みで妨害工作と判断されたのだろう。
「大手芸能事務所は、過去の事件と同じように自分達が全てのシナリオを作っているかのように――」
思う所はあるのだが――今は、青騎士騒動の真相を確かめる方が先だとヴィスマルクは考えていた。
他のランカーも似たような事は考えているのかもしれない――。
8月某日の日曜、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)が松原団地で行われる市民マラソン大会に姿を見せた。
他にも多数の選手がいるのだが、そうした選手達は――橿原の事を知っているかと言うと、知らないと言うのが正解だろう。
ここでいう橿原の事とは、マラソンでエントリーしている柏原名義ではない。アキバガーディアンとしての彼と言う意味だ。
「ここまで例の話が伝わっているとは考えにくいだろうが――」
橿原の耳にも一連の炎上ニュースは伝わっているのだが、さすがにインタビューなどで答える訳にもいかないだろう。
さすがに、場違いなインタビューをするようなマスコミはいないだろう。
それは、映画の記者会見で週刊誌の話題を持ち出すような事と――全く同じだからだ。
今回のマラソンは全国中継される。何故、松原団地で行われるようなローカルマラソンで全国中継なのか?
ただし、全国と言ってもネットの動画サイトが主催するマラソン大会なので、動画サイトの番組プログラムとしての全国中継という仕掛けである。
『間もなく、スタート時間になろうとしています』
午前8時30分――マラソンの開始を告げる合図が鳴った。
マラソンランナーの数は招待選手を含め、500人以上――東京等で行われる市民マラソンほどではないが、そこそこの人数が10キロコースを走る。
マラソンと言うと42.195キロというイメージも多いが、今回のマラソンは別の角度から見る為にも20キロと設定されている。
普通の20キロコースで走るのはマラソンでの招待選手――柏原もここに該当するが――。
ソレとは別に用意されているのは、特殊10キロコースと言う物である。ここで走るのはごく限られた招待選手に限定され、それはマラソンランナーに告げられていない。
「スタートは午前9時か――何をするつもりなのか」
横乳が見えるような上着を着ていたのは、ビスマルクである。
今回、彼女はマラソンの招待選手と言う訳ではない。しかし、動画サイトの主催と言う事で姿を見せたのだ。
「招待選手には柏原の名前も――!?」
そして――彼女は、特殊10キロと言う走行距離が短くなっている事を――改めて知る事になる。
柏原がマラソン部門で参加している事の意味、そうしなければ都合の悪かった意味を――。
###エピソード39.5
松原団地で行われた市民マラソン大会、天気が晴天である段階で何かに気付くべきだった――と言うのは視聴者のコメントである。
ARゲームが雨天だと中止になるという傾向が多い――それを当てはめると、今回のマラソン大会が何かの実験に使われるのは目に見えていた。
「何だアレは――?」
「こちらとは違うランナーなのか?」
「あのスピードは、こちらのスピードよりも速いぞ」
コースを走っているマラソンランナーからは、このような意見が飛び出す。
走っているランナーが妨害工作を受けたという報告はなく、あくまでも向こうは指定のコースを走っているという感覚なのだろう。
「完全に仕込みレースだったという事か――」
表情を一つ変えず、ひたすらに走り続ける橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)も――さすがに冷静ではいられなくなりそうだ。
さすがに走っている途中で冷静さを失えば、順位が大きく変わってしまう可能性がある。
それを踏まえると――ペース配分を間違えた段階で、先頭グループからの脱落もあるだろう。
午前9時、数人のランナーと思わしき人物が指定のコースから走り出した。
しかし、普通に走ると言うには――明らかに市民ランナー等とは比べ物にならない装備である。
そのランナーが装備していた物、それはARガジェットだった。
一般市民には何の事なのかは分からず、普通に走っているようにしか見えない――。
今回のマラソン、動画投稿サイトが主催している段階で何かある事が分かっていた人間もいたのだが――その真相にはたどり着けなかった。
仮にある目的に到達できたとしても、ネット上では虚構ニュースだと言われるのが落ちだろう。それに、芸能事務所の動きを踏まえれば――尚更だ。
「そう言う事か――あれでは、ある意味でもARガジェットがチート扱いではないか」
先ほどからマラソンの様子を見ていたビスマルクは、今の光景を見て衝撃を受ける。
モニターに表示されていた物、それはARガジェットのスピード特化型とも言えるタイプだ。
時速40キロとは言わないが――マラソンランナーをかなりの大差で引き離している。
それに、ARゲームのシステムは一般人にはガジェットの確認手段がない。
下手に国際スポーツ大会で使われでもすれば――世界新記録が大量に更新されるだろう。
しかも、ARゲームで大きくリードしている日本が。
「ドーピング検査にかからないようなARガジェットを開発し、スポーツ大会で使う気か? これが――政府のやる事なのか」
ビスマルクは言葉に出来ない怒りと悔しさがあった。
ARガジェットが軍事転用を禁止しているのは――向こうも承知の上で、今回の利用方法を思い浮かんだのだろう。
スポーツ大会ならば、軍事転用に該当しないと提案した可能性は高い。それがアイドル投資家やまとめサイト勢なのかは定かではないが。
その翌日、今回の件は大きく取り上げられる事になった。ネット上でもチートの限度を超えていると非難の嵐である。
しかし、動画サイト側はエキシビションの為にARガジェットによる記録は参考記録――と公表した。
参考記録と言われれば引き下がるしかないのだが――それにしては限度を超えている可能性が高い。
「動画サイト側は――芸能事務所に掌握された可能性もあるのか」
そのマラソンを走っていた橿原は緊急招集で、今回の一件をスタッフに話した。
アキバガーディアンとしても、コンテンツ流通を阻害するような今回の一件は放置できない、と。
その一方で、今回の一件を全ての始まりと考えている人物がいた。
『芸能事務所も既に万策が尽きた――と言えるような暴走をしている。この様子であれば自滅もするかもしれないが、そこまで待てる状況でもない』
草加市内のアンテナショップで、タイムライン上のニュースを見ていたのはARメットで顔を隠したジャック・ザ・リッパーである。
彼女はマラソンの方に正体はされていたのだが、諸事情で見送った経緯があった。
しかし、事件の真相を知って――辞退した事が正解だと改めて思う。
その頃、芸能事務所ではある計画を進めていたのである。
一連の青騎士のデータを揃え、形状を一定にする事で偽者や悪目立ちと言われずに――超有名アイドルが神コンテンツになれる方法だ。
青騎士と言う都市伝説を現実化し、それを超有名アイドルが倒す事で――。
これを誰もが自作自演と言って止める事は出来なかった。それ程に芸能事務所の力が強大なのと、その背後にいる存在が――。
そうしたニュースを集め、改めて状況を整理したのはデンドロビウムである。
彼女が今いる場所は、草加駅のデパートが見える場所にある――アンテナショップだ。
「ARゲームが本当の意味で正常運営可能な状況を――どうすればいいのか」
デンドロビウムは悩む。チート勢力を駆逐するだけでは、きりがないだろう。
それを何とか止める為にも――ガイドラインの強化が必要なのか、改めて考えていた。
しかし、保護主義に走るARゲームに未来はあるのだろうか――?
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