エピソード31~エピソード36.5

###エピソード31



 ARゲームのジャンルにも様々なジャンルがあり、草加市でも1つのジャンルだけではなく、多数のジャンルでARゲームが稼働していた。

複数ジャンルが稼働しているのは秋葉原や竹ノ塚等の事例と同じである。

その一方で、草加市だけでしかプレイできないARゲームはいくつか存在しており、その一つがアーケードリバースというFPSなのは――あまり知られていない。

実はアーケードリバースはふるさと納税や町おこしとしての目的で運営されている事実、そちらの方が周知されていないのだ。

草加市としてもARゲームで町おこしをしている事は様々な媒体で告知をしており、こちらはユーザーの認知度も7割を超えている。

「一体、これだけの認知がされているのに――」

「一時期はふるさと納税に関しても疑問視する意見もありましたが、これは成功例なのでは?」

「確かに納税に関しては上がっているが、今のままでは詐欺とも思われてしまう」

「ARゲームの方は既に完成していますが?」

「あれを完成と言うには、様々な問題点が残っている!」

「ロケテストでの問題点は解消している一方で、新たな問題も浮上している」

「しかし、神運営が絶対的理想と言うような事は――」

 草加市役所の会議室、そこでは様々な報告等をまとめる会議が行われていた。

今年のゴールデンウィークや4月には様々なイベントで宣伝を行い、ネット上での反応は上々である。

その一方で、ふるさと納税と言う部分にこだわり過ぎた結果として――別の問題が浮上する事になった。

「高級食材セット等の様なケースは、数カ月待ちのケースもあるでしょう。こちらとは事情が違います」

「完成品にこだわり過ぎれば、デバッグ作業なども手抜きになってしまう危険性がある」

「ARゲームはVRゲームとは違います。一歩間違えれば、怪我人が出る可能性だって――」

 その問題とは、完成度という問題だった。確かに映像面やシステム面では完成しているようにも見える。

しかし、ゲームバランスはチートアプリ等の存在もあって――本来のバランスでプレイ出来るかどうかは疑問と言われていた。



 4月の幕張で行われた動画サイト主催のイベント、そこでの反応は驚きの声があった一方で、掴みと言う部分では反応が良かった。

「ある意味でリアルなゲームだな」

「これが本当にゲームと言えるのか?」

「まるで、アニメや特撮の世界だ。それが実現したと言うのか――」

 展示されていたのは、会場全体を利用した物と言う訳ではなく、限られたスペースでの映像展示とフィールドの一部を体験できるARガジェットのみ。

それでもガジェットを手に取ったプレイヤーからは驚きの声があったのは間違いない。

ARゲームは秋葉原や北千住と言ったエリアで稼働しており、その技術は1年単位で変わるとも言われている程。

その技術以上の物を草加市が発表したARガジェットには存在していたのである。

「あのブースは確か――」

 当時、マラソン選手としてイベントに呼ばれていた橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は、その内容を特にチェックする事はなかった。

該当のブースが混雑していたのも理由の一つだが、それ以上に『草加市』とブースの看板に書かれていた事も理由の一つだろう。

この時の彼は、草加市がARゲームを町おこしに利用し、更には独自で展開しようとは夢にも思わなかったからだ。

ARゲームの事実を知ったのは、潜入調査を行う数週間前位なので――草加市が産業スパイを警戒していたのも、分かるような話かもしれない。




###エピソード31-2



 動画サイト主催イベント、そこで草加市が展示したのがアーケードリバースだった事はあまり知られていなかった。

実はアンテナショップのスタッフにも知らされておらず、この事実を知っていたのが一握りのスタッフだけだったのは展示後だったと言う。

これは情報が外部に流出し、それが雑誌のフラゲ等のようにまとめサイトで取り上げられる可能性を懸念した物だろうか。

「今を思うと、我々さえも草加市の出方を見極めなければいけなかった――と言う事か」

 武者道のデータルーム、そこに置かれたパソコンでイベントのレポート記事を見ていたのは山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)である。

彼も幕張のイベントは午前中に敵地への視察と言う形で見学をしていたのだが、ARゲームのコーナーはスルーに近かった。

この時に訪れたのが、カードゲームのブース、アナログゲームのコーナー、実況者コーナーと言った物で、ARゲームのスペースは企業系しか訪れていない。

 企業系ブースでもかなりの技術が発表されており、その進化は日進月歩と言える位のクオリティだったと言う。

町おこしと言う意味で一部の都道府県が展示を出していたという話を聞いたのは、午後に訪れた同じ会社のスタッフ経由である。

『――妙な物を発見したのですが』

 電話の際、カードゲームブースの噺以外にも発見したような口ぶりをしていたが、最初は全く気にもしていなかった。

だからだろうか? 実際に聞いた時に衝撃を受けたのは――。



 午後からは仕事で別の場所へ向かう必要があり、山口は北千住へ向かう電車の中、タブレット端末でイベントレポートを見ていた。

そこには実況者ブースが人気であった事、スポーツコーナーで有名選手のパフォーマンスが行われた事も報告されている。

しばらくして、北千住に到着した辺りで電車を乗り換える必要があったので――竹ノ塚方面へ歩き始めた所だった。

その時にスマホから着信があったのである。スタッフからの着信と分かったが――この時間に連絡をする予定はなかったはず。

「妙な物?」

『企業ブースのARゲームに関しては情報をまとめているのですが、実は別のブースでもARゲームを――』

「別のブース? 実況者や同人コーナーにはなかったが」

『違い9ます。市町村の観光ブースですよ。こっちも、意外な所に置かれていたので気づかなかったのですが』

「観光ブース?」

 山口は観光ブースと聞き、そこは特に見回っていない事を報告する。

そして、男性スタッフの方は若干慌てているような様子で報告をしようとしていた。しかし、落ち着くように山口は指示した。

『――自分も驚きました。まるで、ラノベですよ! ARゲームでサバゲを展開するなんて』

「サバゲ位であれば、聖地巡礼のような形でフィールドを解放している自治体もある。驚くような事では――」

『違います。リアルのサバゲではなく、FPSをリアルフィールドで行うのですよー―』

「FPS!? それは、どういう事だ?」

 山口が驚くのも無理はない。FPS、それは一人称視点で展開されるシューティングゲームであり、海外では人気ジャンルのひとつとなっている。

どれほどの人気かと言うと、イースポーツの種目に選ばれるほどだ。

日本では決して絶大な人気があると言う訳ではないが、近年では海外ゲームに負けないような作品もリリースされ、日本独自のコミュニケーションも出来つつある。

『自分も目を疑いましたよ。地域振興と言う意味でFPSを展開する事には』

「地域住民の理解を得るのには、時間がかかるようなジャンルだからな」

『それをクリアしての発表らしい事にも、正直言って驚きました』

「クリア? それは、どういう事だ? ARゲームの様な特殊ジャンルで周辺住民の理解を得るなんて――」

 この後もスタッフから話を聞いたのだが、色々と話が重複するような物もあって、突然の発表に近い物があったのかもしれない。

それを展示していたのが草加市のスペースだった事も、スタッフが会社に戻ってから聞いたような物である。






###エピソード31-3



 山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)が向かっていた場所、それは竹ノ塚だった。

本来であれば、北千住からでも乗り換えなしで西新井までは――という電車もあるのだが、山口が乗っていたのはSRという電車だったのである。

SRは竹ノ塚に路線を持っていないので、北千住で強制乗り換えに近い。

それ以外でも別の交通手段がない訳ではないが――タクシーでは料金がかかりすぎる、バスは時間帯的な事情で混雑は避けられないだろう。

「SRが竹ノ塚を通れば――と言うのは無理な話か」

 山口は愚痴にも近いような発言をするが、周辺の客には聞こえていない。

竹ノ塚にSRの電車を通す事自体、ある意味でも無茶な話ではある。駅の構造だったり、土地の事情などもあるのだが――。



 北千住から西新井で乗り換え、そこから何とか各駅停車に乗りかえられた山口は――竹ノ塚駅に到着した。

駅のポスターにはARゲームのPRやイベント告知ポスターが多い。ある意味でも他の地域が驚くような光景である。

【絶賛ロケテスト実施中】

【6フィールドで稼働中】

【プレイを待たせません】

 こうした煽り分がポップで追加されているポスターなのが特徴だった。

パチンコだったり、ゲーセンで見かけるような立て看板に近い雰囲気だろうか?

竹ノ塚駅で降りる客は100人単位まではいかないが、数十人以上だった。朝の通勤ラッシュ程ではないが、乗降客が多い気配もする。

竹ノ塚も周辺にARゲームのアンテナショップや複合施設を抱えており、そうした事もあって観光地のようになっているだろう。

「まさか――草加市も同じような事を――?」

 竹ノ塚の周囲を見回す山口は――草加市も同じような事を行っているのではないか、そう考えていた。

駅から出てくるのはコスプレイヤーのような人物もいれば、既にARバイザーを被っている人物もいる。

ただし、ARバイザーを装着したまま電車に乗る事は出来ない為、バイザーの機能をオフにするかメットを脱ぐ必要性があった。

この辺りは、不審車だと思われるのを防ぐ意味合いがあるのだろう。さすがに――銀行強盗などと勘違いされては、風評被害も計り知れないから。



 それから数カ月後、山口は草加市へ訪れる機会が出来た。それも、ARゲームに関する話で――。

その待ち合わせ場所は、何と草加市役所である。山口の方も驚きのあまりに言葉も出ない。

「山口様ですね。お待ちしておりました――」

 この時に姿を見せた男性は市役所の職員ではなく、今回のARゲームに関するプロジェクトリーダーと言う話を聞いている。

彼が実はふるさと納税にARゲームを提言した人物だと知ったのは、資料を調べてからだった。

 この時の会話に関しては、ネット上で炎上する事を防ぐ意味合いとして機密事項扱いとされている。

ARゲームに関する提携等の噺は大抵が密室で行われるケースが多く、オープンで行われる事例は非常に少ない。

ネットでの炎上を懸念しているのは誰でも同じかもしれない――と思う。自分もネットで炎上し、風評被害が生まれるのは好ましく思っていない。

しかし、これでは建設系の企業で過去に事例があった談合ではないのか?

 こうした疑問をプロジェクトリーダーは、こう答えた。

「ARゲームの技術自体、産業スパイに狙われるほどに喉から手が出る程のシロモノ――それこそ、軍事転用も可能でしょう」

 ほぼ直球発言と言ってもよかったのである。これがつぶやきサイト等で流れれば、炎上間違いなしだろう。

それに――アフィリエイト系のまとめブログがアフィリエイト利益狙いで炎上記事として拡散する事も容易に想像できる。



###エピソード31-4



 様々な情報が判明していく中、意図的な記述ミスが原因でネットが炎上する事も稀に存在する。

こうした記述は炎上を目的としている部分は半数を占めており、アフィリエイト収入を得る為の手段として用いられた。

さすがに今日の天気は晴れなのに、それを『今日の天気は雨』と書くと明らかに仕込みと言う疑惑があり、あまり注目されない。

しかし、ある程度の知名度があるようなまとめサイトが同じような事を書いたとしたら――。

 こうした悲劇は、何度も超有名アイドルの芸能事務所が日本支配する為のシナリオ――という書かれ方が半数だった。

過去の事件も芸能事務所やアイドル投資家と呼ばれるファンと言うよりはFX投資や競馬投資のような方法で投資する人間――。

そうした人間を芸能事務所が囲い込むことで、それこそ無限と言う様なループで日本政府に貢献してきたという。

しかし、これが真実を語っているかと言われると芸能事務所は否定し、政府も関与を否定する。

結局は――火のない所に煙はたたない、のだ。

 ネット上では炎上させる事でストレスを解消するような人種も存在する。

中には、明らかにフィクションに見えるような案件も――まとめサイトの発言力によって、ノンフィクションのように見えてしまう。

更に言えば、明らかに二次創作と言われるような出来事も――。

こうしたネット炎上を恐れ、ARゲームでは特定のつぶやきサイト等を閲覧禁止としている。

極めつけは、まとめサイトを運営する事は――ジャパニーズマフィアと認識されかねないのだ。



 時間は西暦2019年7月20日まで戻す。そうしたまとめサイトを調査目的で見ていたのは、アルストロメリアだった。

「こうした一連の動きがネット上で炎上騒動を生み出し、最終的にはコンテンツ業界は火の海と化した――それこそ世紀末コンテンツ――と言うのは言い過ぎか」

 彼女もコンテンツ業界の現状を懸念していたのは事実である。

だからこそ――今回の草加市のふるさと納税に興味を持ち、現在に至っていた。

 その後のアーケードリバースは、ゲーム運営のノウハウを武者道の山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)から教わったと言う。

彼はふるさと納税の事情を知らない為、最初は戸惑ったという逸話があるらしいが――。



 午後1時30分、衝撃的な動画が拡散されていた話は――草加市内であってもあまり知られていなかった。

それは別の意味でも局地的な拡散に過ぎなかった事、これを取り上げようとしたまとめサイトが警察に摘発された事にも由来する。

まとめサイトの方は、これとは違う動画の著作権侵害で摘発されたのだが――どちらにしても摘発されるのは時間の問題だった。

【これは、やり過ぎだな】

【明らかに――悪意ある妨害行為に該当するだろう】

【デスゲームではないが、デスゲームに近いとはこの事か?】

【信じがたい】

【これがチートプレイヤーに対しての制裁なのか?】

 様々な意見がネット上で拡散しているのだが、倒されている人物は青騎士だった。

しかも、それが複数人いる段階で何か様子がおかしいのはネット上でも分かっていたらしい。

問題は――その青騎士がチートガジェットを使っていた事。

しかし、それは明らかに不正と言う意味での反則行為だが、それ以上に衝撃だったのが――。

『お前達がやっていた事は、ゲームバランスを大きく揺るがす――バランスブレイカーだ』

 その人物が気絶しているであろう青騎士に対し、手持ちのサブマシンガンで発砲を続ける。

『チートの存在がゲームをつまらなくし――更には、他のゲームでも同じようなチートを生み出す!』

 サブマシンガンの弾丸が切れたのを確認し、次は手持ちの鞭で別の青騎士に対し滅多打ち――相手のライフは0であるのに、である。

この人物が行っている事は、一種のオーバーキルと言ってもいいだろう。

この動画は別のプレイヤーがアップしていた物だが、オリジナルの動画は削除されている為、現在拡散しているのはコピーと断言出来る。

 この人物が北条高雄(ほうじょう・たかお)だと気付いたのは、彼女の装備しているARガジェットに見覚えがあったプレイヤーのみだ。

ネットで動画を見ただけの人物は、これが高雄だと言う事を伏せた状態でARゲームプレイヤー全てがこうであると拡散するだろう。

それこそ、アイドル投資家や芸能事務所の狙いであり――芸能事務所の所属超有名アイドルを神にする為の作戦とも言えた。

その証拠に、ARゲームを根絶に追い込んだプレイヤーに賞金を出すと芸能事務所が堂々と――?



 このデジャブを何かの罠と考えていたのは、デンドロビウムだった。

高雄の動画に反応する事はあっても、その率直な感想をネットにアップしようとは思わない。

「これこそ、一部勢力がネット炎上を利用しようとした事案だと――何故気付かない?」

 芸能事務所が炎上マーケティングを利用しているのは周知の事実だが、それを他の芸能事務所や一部コンテンツの勢力が利用しないとは誰が決めたのか?

ある種の同族嫌悪を――彼女は感じていた。




###エピソード31-5



 午後2時、例の動画の拡散はまとめサイト経由以外でもかなりの物となっていた。

その一方である組織の助力もあって、最悪のケースになる事が回避されている。草加市内でも動画の事を知らない人間がいたのは、その為だ。

この辺りは時間差で動画が視聴できなくったと考えるべきだろう。

 北条高雄(ほうじょう・たかお)の動画は、別の意味でも衝撃を受けている。

炎上を呼ぶような批判的な意見のみを拾い、アフィリエイト系まとめサイトの記事にするのは――言わずと知れた常套手段だ。

こうした炎上商法が色々な分野展開されているのを、デンドロビウムは分かっている。

だからこそ、こうしたやり方に関して『チート』と切り捨てているのかもしれないが――本当にそう思っているのかは分からない。

 高雄は、こうも言っていた。

『この世界は最強の力があれば強いという感違いが――ネットの炎上や様々な諸問題を生み出した。チートだってそう思わないのか?』

 言っている先で、倒れている青騎士と思わしき人物に対してサッカーボールキックを決める。しかも、クリティカルだ。

その後も別の青騎士に対してマウントからのパンチ連打、別のハンマーウェポンを召喚しての滅多打ち――思わず目を背けたくなる物ばかりである。

これでも青騎士が倒れたままで動きを見せない事から、一時はやり過ぎや殺人事件か――という声もあった。

しかし、ARゲームはデスゲーム化を禁止しており、高雄の攻撃も分かりづらい所ではあるが手加減がされているのを周囲は知らない。

『チートを使えば、チートプレイヤーばかりがゲームにあふれかえる懸念だってある。そして、それを悪用してRMTや詐欺ビジネスを展開しないとも言い切れない――』

 高雄は最後の一人に対し、止めを刺そうとばかりにビームサーベルを展開した。そして――。

『こっちとしては、悪質な商法やビジネスのノウハウが海外に輸出され、それが10倍、100倍で帰ってくる事が怖い――それこそ、デスゲーム化されて戻ってくる事に――』

 ここから先の発言は録画していたプレイヤーがログアウトしたのか、それともタイムオーバーなのかは不明だが途切れている。

しかし、高雄の言う事にも一理あると同意するような人間はいないだろう。あまりにも飛躍した発言は、まるでWEB小説のようだ――と冷めた反応が圧倒的に多い。

【まさか、ジャパニーズマフィアの再来か?】

【芸能事務所がテロ組織になるなんてあり得ないだろう】

【それこそラノベの世界じゃないのか?】

【ARゲームを政治の道具にするなんて、ガイドライン違反じゃないのか】

【国際スポーツ大会でイースポーツを公式協議にする話があった。それに腹を立てているのか――】

【どちらにしても、奴の考えている事が見えない】

【他のチートキラーのプレイヤーも同じ思考なのか?】

【仮にそうだとしても――】

 ネット上でも案の定というか、炎上を招くような発言をしている人間が多かった。

これを都合のよい状況として、アイドル投資家等は芸能事務所の指示を受けてARゲームの炎上記事を書き、超有名アイドルの方が安全である、神コンテンツであると――拡散させる。

それこそ、その速度はスーパーコンピュータもビックリするような速度で。

 これらの大きな騒動も、芸能事務所の思惑どおりには進まず――水際で止められる事にはなったのだが。

しかし、有名芸能事務所はマイナー事務所等に責任を押し付ける事で、自分達は無実であるとネット上で大々的に発表をしていたのである。

こうしたニュースが草加市内で報道されないのは、別の理由があってのことだが――それを『ご都合主義』や『デウス・エクス・マキナ』と言う様な人間はいなかった。

それこそ、超有名アイドルの芸能事務所が使う手段である――と反論するユーザーが多いのも、草加市の特徴だったからである。



 一連の動画に関する騒動は、大きくは発展していない様子だったのは――ネットが炎上する前の対処だった事も大きい。

対処したのはガーディアンに代表される組織もそうだが、個人のネット情報を見極める目もあった。

そうでなければ、それこそ有名まとめサイトが数時間で100億のアフィリエイト収入を出すようなレベルの案件だった――と言うのもある。

 しかし、一般市民は今回の騒動で動揺するような流れを持っていなかった。持っていないというよりは、諦めムードとも取れなくもないのだが。

下手に騒動を大きくすれば、草加市へのふるさと納税も減るだろう――という考えが浮かんでいるのも理由の一つか?

そうであって欲しいと考えるのは一部のネット住民かもしれないが、それでも今回の件は大きくしたくない理由が他にもある。

「結局、あの青騎士は偽者――青騎士人気に便乗した勢力だったか」

 別の案件を調べていた橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)は、今回の青騎士騒動を他人事とは見ていなかった。

過去に同じような事件で炎上を体験した自分として――青騎士騒動は以前のデジャブを見ているようでもあったのである。

秋葉原だとこうした事件は日常茶飯事と言うか、思い当たる部分が多すぎるのも理由かもしれないが。

「同じような案件が日本中で起きれば、それこそカタストロフに発展する可能性も高い――」

 草加市の件が大きくなれば、それこそ観光資源的な意味でも風前のともしびとなる。

だからこそ、萌えコンテンツに代表されるようなコンテンツをふるさと納税に利用しようと言う自治体がなかったのだろう。

過去には一部の都道府県で実験的に利用されたケースがあるのだが、それはあくまでも単発や継続したとしても長い期間ではない。

むしろ、草加市のARゲームを利用した一例は1年以上は続いているだろう。

別の自治体は、草加市のやり方をミニ独立国を思わせるような――と考えている。乱立すれば、それこそ――と。




###エピソード32



 7月22日、北条高雄(ほうじょう・たかお)の行動が本格化してきたのは、このタイミングである。

あの動画が拡散した事が彼女をエスカレートさせた――と言う訳ではないのは事実だが、その真相は分からない。

彼女の行動は、チートキラーをも凌駕していた事は非を見るよりも明らかであり、ネット炎上の対象となっている。

 その一方で高雄の行動を単純なネット荒らしと変わらないと切り捨てる人間もいた。それがアイドル投資家と言う段階で――お察しなのだが。

一連のやり取りは前日に当たる21日にまとめ記事が発見されている。しかし、それを摘発しようと言うガーディアンはいなかった。

その理由として、このまとめサイトを発信している場所を特定できなかった事が理由に挙げられるのだが――。

「やはり、そう言う事か――」

 この一件に関して嫌悪していたのは、ジャック・ザ・リッパーだった。普通であればビジネス側の人間がクレームを出しそうな案件だけに。

何故にジャックだけが、このような反応をしたのか――それには理由があった。



 前日の21日、ジャックは別のARゲームアンテナショップでアーケードリバースをプレイしていた。

このゲームに関してはシステム的にもソロプレイが不可能な為、他のプレイヤーとのマッチングか練習の為にフィールドをクローズするかの選択しかない。

練習用フィールドは対戦格闘ゲームに関して必須となっているが、FPSやTPSは任意であり――設置されているかどうかはアンテナショップで調べる必要があった。

「練習用フィールドがない以上、条件を絞ってのマッチングしかないか――?」

 レベルを自分と同じプレイヤーに合わせようとジャックはセンター端末に必要情報を設定しようとしたが、まさかの乱入者が現れた。

空白のフィールドを発見し、即座に確保しようと言うような滑り込みマッチングはアーケードリバースでは不可能なので――おそらくは滑り込みから漏れたプレイヤーかもしれない。

「このデータは、まさか――?」

 ジャックは疑問に思った。滑り込みマッチングから漏れたプレイヤーにしては、使用している武器の攻撃力等がおかしいのである。

パラメータのバグでもなく――どちらかと言うと、チートを使っている疑惑があるだろう。

「高雄の動画の影響が、こっちにも飛び火し始めているのか? 違う。たった一人のプレイヤーがゲーム全体を動かす等――」

 ARメットを装着している関係で、周囲に表情が見える事はないのだが――ジャックは明らかに焦っていた。

1人のプレイヤーの行動がARゲーム全体を揺るがす事は不可能であるのは、各種ガイドラインを踏まえると不可能である。

そんなプレイヤーがいれば、運営側もプレイに不審な個所があればチートとしてマークをするはずだ。

『ジャックのバトルが始まるようだな』

『しかし、相手プレイヤーのレベルがおかしい』

『レベル1で武装が列強というのは、データ交換などで可能なはず』

『しかし――この数値の武装はアーケードリバースにはない。チートじゃないのか?』

『既にプレイヤー側で通報はされているようだ』

『通報と言っても、実際にプレイしないと無効じゃないのか?』

『プレイをしなくても明らかなバグと思わしき物は、審議対象になる』

 中継映像を見ていた視聴者も、このバトルには注目している事がうかがえる程のコメント数を記録する。

既にバトル開始前の段階で100コメを超えているのは、異例とも言えるだろう。




###エピソード32-2



 ジャック・ザ・リッパーのバトルは特に面白みがある訳ではなく、あっさりと決着した。

開始前には盛り上がったのだが、蓋を開けて見ると――あっけない幕切れだったのである。

 バトルは1分強で決着した。確かに決着はしたのであるが――審議の末に相手側の不正手段使用で失格と言う何時も通りの決着。

『確かにジャックのバトル自体は久々だが――』

『この決着では、盛り上がりに欠けるな』

『白けると言うよりは――』

『やはり、チートプレイヤーが参加するのを禁止にするべきか?』

『何でもかんでも禁止にした方が、逆に興ざめだ。限られたルールの下でプレイを楽しむと言う方針は同意するが』

 中継が終了した辺りでは、様々な声があった。ある意味でも反応が様々と言う証明だろう。

今回のバトルをこれからの運営に関しての転換点になるのかどうかは分からない。

しかし、これ以上チートプレイヤーが増えていけば――その末路は容易に分かるだろう。



 改めて7月22日、ジャックはあの時のバトルを――特定プレイヤーの排除を目的にした見せもの――と、思っていた。

まとめサイトの記事は二の次、最も重要なのは発言力の高いプレイヤーを排除しようと芸能事務所が動いている事である。

だとすれば、他のプレイヤーも対象となるはずだ。自分は有名プレイヤーとしても、チート狩りがメインではない。

チートキラー色が濃いのは、デンドロビウム、北条高雄(ほうじょう・たかお)と言ったメンバーなのは言うまでもないはず。

「こうなったら――」

 ジャックは、ふと最終手段を思いついたのだが――実行すれば、それこそARゲームへの風当たりが最悪なものになるだろう。

それに加えて――ARゲームプレイヤーの情報レベルが弱い事を露呈しかねない。

 結局、それを口に出したり実行しようと考える事はなかった。あくまでも自分の脳内で想定しただけ、である。

しかし、それを思いついて実行した人物が別に現れる事になるとは――この段階のジャックでは想像できなかった。



 7月23日午前8時、大手のつぶやきサイトを初めとしたSNSで緊急メンテナンスが行われた。

ブログ等の1世代前辺りのSNSは特に緊急メンテが行われる事はなく、正常にサービスされている。

しかし、これはほんの序章でしかなかったのだ。これから起こるであろう大事件の前には――。

 午前8時30分からつぶやきサイトや無料通話アプリ等のメンテが終了し、順次サービスを再開した。

午前10時までには緊急メンテを行った9割のSNSでサービスが再開した事になる。

「何だ? 圏外になってる――」

 ある男性がつぶやきサイトのタイムラインをチェックしようとしたのだが、突如としてスマホその物が圏外になったのである。

なお、通話に関しては可能だったのだが――つぶやきサイトや無料通話アプリ、チャット系のSNSは全滅と言ってもいい状態だった。

その現象が確認されたのは――草加市内のみと言うのも気になる所だが、草加市以外ではネットが使えるので通報する事はなかったと言う。

ARゲームの電波に干渉すると言う理由でスマホが強制切断されるような場所もある位なので、ARゲームのシステムを改善した結果で納得する人間が多かった。

 しかし、ごく一部では一斉に草加市で大規模テロが起こったという様な――まとめサイトが取り上げそうな話が拡散されている。

まるで、つぶやきサイトを使うユーザーの方が偽の情報に釣られやすい事を全世界に拡散したのも同然だ。



 今回のシステム変更を行ったのは――誰なのか明らかにはなっていない。

このレベルのジャミングは、ARガジェットのシステムを書きかえるレベルの為、どう考えても素人では不可能である。

「つぶやきサイトを使用不能にすれば、コンテンツ炎上を防げるというゴリ押しに出たか――」

 この行動に関して、不快に思ったのはデンドロビウムである。彼女はつぶやきサイトに関して、賛否両論はある物の――完全排除はするべきでないと思う部分はあった。

しかし、今回のシステム変更は明らかにつぶやきサイトが出来る前のインターネット時代に戻そうと言う意図さえ読める。

あるいは、つぶやきサイトよりも高性能なSNSへの強制乗換だろうか? どちらにしても――この人物がやろうとしているのは芸能事務所と同じと言ってもいい。

 アンテナショップに到着したデンドロビウムは、店内を見ても大きなトラブルがない事に関して不思議に思った。

まるで、つぶやきサイトの話題を周囲が知らないような――浦島太郎状態とでもいうべきか? あるいは、自分だけが未来の情報を知ってしまったのか?





###エピソード32-3



 午前11時、ある勢力が予想外の行動に出た。何と青騎士のダミーを複数展開し、ARゲームを荒らしまわるという行動――強行手段である。

彼らはARゲームならば何でも――と言う訳ではない。ARFPSやARTPS、AR対戦格闘等の不正等が比較的に分かりづらい物を優先していた。

何故、この勢力が慌ててボロを出すような行動を取る事になったのか――それはコミュニケーションツールを封じられた事が理由である。

つまり、つぶやきサイトを初めとしたSNSが草加市内だけで切断状態になったのは、この勢力を一斉排除する事が目的らしい。

ARリズムゲームやテーブルゲーム等を狙わなかったのは、そこだけSNSを利用した不正が禁止されていたのが理由だろう。

FPSやTPS等のようなジャンルであれば、チャットツール等を使うのはごく当たり前であり――相当なボロを出さない限りは不正と言われる事はない。

「一体誰が――このような真似をしたのか」

 アンテナショップの店内にいても有力情報が得られない事を悟ったデンドロビウムは、アーケードリバースの展開されているフィールドへと向かう。

「しかし、正規品の特定ガジェットで挙動が――という放送が流れていたのは、関連性があるのか?」

 デンドロビウムは放送の内容が気になりつつも、バトルが行われているとセンターモニターで確認出来た場所へと急ぐ。

その対戦カードは、明らかに――誰かが仕組んだという物に見えたのだろう。 



 午前11時15分、デンドロビウムが該当フィールドへ向かっている中で――ある人物がそれに便乗して次々と青騎士を倒していたのである。

それが言わずと知れた北条高雄(ほうじょう・たかお)だったのは――不幸中の幸いと言うべきなのか、それとも最悪の展開と言うべきか?

「よりによって、高雄が来たのか」

「これは最悪の展開だ――」

「こちらの武装で、奴に勝てるわけが――」

 ある発言を聞き、無言で急接近してきた高雄もさすがに――呆れていた。

青騎士が使用している武器、それは一種のチートと言われても文句のいえないような不正ガジェット群である。

彼らがどういった理由で高雄に勝てないと言ったのは不明だが――慢心だとしたら、ある意味でも『負けフラグ』と明言出来るだろう。

「チートガジェットを持ち込んでおいて、余裕の発言を――!」

 北条がハンドガンで次々と青騎士を無力化していくのだが、途中でガジェットの挙動に違和感を感じ始めた。

一体、何が起ころうとしているのか――。

「誰がチートだと言うのか? ゲームでは強いプレイヤーが勝つのは当然の摂理だ」

「それを不正している貴様たちが言うのか!?」

「どんな手段を使おうと、ゲームに弱者は不要だろう? 違うのか――北条高雄」

「言う事を欠いて、お前達がゲームの何たるかを語るのか!」

 青騎士のひとりと高雄の対立は続く。青騎士の狙いは高雄だと言う事が、これで明らかになったと言ってもいい。

その一方で、別のプレイヤーが目的を達成した事で青騎士側が敗北をする。

これには連携が取れていないという原因があるのだろう。車両の輸送が目的のバトルでも、連携はバラバラと言ってもいい。

その為か――青騎士と他のプレイヤーは全く関係ない、そう高雄は判断している。

「このバトルでは、こちらが圧倒的に不利か。若干の予定を変えるしか方法はないのか――」

 青騎士のひとりは、この捨て台詞と共に撤退した。厳密にはログアウトしたのだが――そんな事は高雄にはどうでもよかったのだろう。

何とかゲームバランスを揺るがしかねないような人間を排除できたのは、彼女にとっても大きかったからだ。

「チートはバランスブレイカーとは違う――あれは、悪魔の力だ」

 何かのワードを言おうとするのだが、その例えがネット炎上を生み出すと脳内で判断した高雄が別の言葉でつぶやく。

彼女は一定のバランスブレイカーであれば許容するような姿勢を取っていた。

全てのゲームが神運営だとすれば、明らかに何かの異変を感じるレベル――そう考えていたのである。



 3度程のバトルが終わり、何とか高雄の勝利で進んでいた中で――その事件は起きた。

5度目のバトルを始めようとした矢先、相手は青騎士だったのだが――。

「ガジェットの機能が――止まったのか?」

 高雄のARアーマーは機能を停止していないが、ARウェポンの方は完全に機能が停止していた。

その原因は分からないのだが、周囲のフィールドがおかしくなっていることと関連性があるのだろうか?

しかし、青騎士のガジェットは機能を停止していない。チートガジェットの方が機能停止になるのが挙動としては正しいはずなのに――。

「北条高雄――今度こそ、終わりだ!」

 青騎士がロングソードを高雄に対して振り下ろし、高雄も回避をしようにも防ぐ手段がない状況だった。

その時、別の青騎士が後ろの方で倒れるような音がしたのである。一体、これはどういう事か?

「なん――だと――!?」

 ロングソードを振りおろそうとした青騎士の一人は、音に反応するかのように背後を振り向いた。

そこにいたのは――どう転んでも青騎士と同じカラーリングのARアーマーを装着した人物である。

「どうやら、マッチング相手を確認しなかったのが裏目に出たようだな!」

 しばらくすると、そこにいた青騎士のカラーリングは全く別の色へと変化した。

彼の持っている剣を踏まえると、その人物が青騎士のメンバーでないのは明らかだったのである。

「貴様は――ペンドラゴン!」

 ロングソードの青騎士は、すぐさまにペンドラゴンのいる方へと走り出した。

まるで、高雄の方は眼中にないような――と言うよりも、ターゲットを変えたと言うべきか?

青騎士がロングソードをやり投げのように――高速で飛ばす。その速度は投げナイフと互角と言うべきかもしれない。

「お前達のようなプレイヤーを――許しておくような状況じゃなくなった。チートプレイヤーは、ゲームバランスを大きく崩す」

 ロングソードをあっさりと弾き飛ばし、両手でエクスカリバーを構えるペンドラゴンの目には――迷いはなかった。

「ゲームバランスなど――勝つ為に必要なものではないだろう? ゲームには勝者と敗者だけがいればいい。その為にルールが必要なのか?」

 青騎士の方はペンドラゴンを揺さぶろうと精神攻撃を仕掛ける。カードゲームアニメではよくつかわれるような精神攻撃を――彼は平然と使ってきた。

「どんな競技にでもルールが存在する。そして、それが守られることを前提としたバランスが存在し――名場面が生まれる!」

 ペンドラゴンの方はエクスカリバーを下す事はしない。

こちらへと向かってくる青騎士を真っ二つにしようと言う勢いで、タイミングを待っていたのである。

「戦争やデスゲームにルールなんてものはない! 要するに――勝てば全ての栄光を得られるのだ!」

 ペンドラゴンの背後から、ステルス迷彩で隠れていたと思われる青騎士がビームサーベルでペンドラゴンを切りつける。

これには対応する事が出来ず、ペンドラゴンは大きくバランスを崩すこととなった。

「チートこそがゲームを勝利に導き、ARゲームは超有名アイドルという神コンテンツを生み出す為のかませ犬となれ!」

 ペンドラゴンに向かってくる青騎士は、黒い刃のロングソードを何もない空間から呼び出し、それで止めを刺そうとしていた。



 しかし、彼らの都合よく全てが進む訳ではなかった。

『デウス・エクス・マキナ――アカシックレコードに記された、ある事件を連想させるな』

 乱入してきた人物、それは青騎士に類似したアーマーと青い刃のロングソードと言う武装のプレイヤーだった。

この人物が持つロングソードは、背中のバックパックからエネルギーを供給するタイプのようにも見える。

ARゲームでも太陽光システムがメジャーとなっている中、あのエネルギー発生装置は何なのか?

しかも、この人物の声は機械混じりではあるが男性の声だ。アーマーのデザインには何かを隠すような不審な個所もあるのだが。

「ある事件だと? それに、青騎士の真似とはふざけているのか!?」

 青騎士は目の前にいる自分の物真似をしているプレイヤーに対して、不快感を覚えた。

都市伝説としての青騎士を真似するプレイヤーは多いかもしれないが、ここまで真似されると――思わずパクリと言い返したくなる。

『青騎士(ブルーナイト)か――確かに、それはそちらの専売特許だろう』

「だとすれば、我々の物真似をする貴様は何者だ?」

『何者――? そうか、一連のシステム挙動が変わった事は――』

「挙動? 貴様がSNSのジャミングをしたのか?」

『SNS? ジャミング? 知らんな』

「言い逃れすると言うのか」

 青騎士と青騎士同士の剣劇が続く。青騎士(ブルーナイト)の方は、あくまでも目の前の人物が一連の元凶だと言う。

その一方で、もう片方の騎士は青騎士に対し――事件の元凶だと言う事を否定し続ける。

『貴様たちは――このシステム挙動の変化が、何者かが仕組んだ物と言うのか』

「そうでなければ、つぶやきサイト等のSNSがピンポイントで使用不能になる事はない!」

『SNSに関しては自分も知らないと言っている。お前達の勘違いではないのか?』

「勘違いだと? ならば、あの西雲と名乗る人物の脅迫は――」

 青騎士が何かを言おうとしていた矢先、瞬時にして青騎士のライフが0になった。

そして、次の瞬間――そのプレイヤーは強制的にスタート地点へとリスポーンする。

この結果として、青騎士のチームのゲージが割れ――ペンドラゴンと高雄は助かった。

『西雲――成程、アカシックレコードに書かれていたWEB小説が現実化したと言うべきなのか――』

 止めを刺したのは青騎士ではない。それとは別の人物だと言うのは、ある程度察しがついていた。

次の瞬間、青騎士の目の前には――ARガジェットとARアーマーを装着したデンドロビウムの姿があったのである。

「これ以上――あのフィールドは穢させはしない! 芸能事務所は、どれだけのコンテンツを終了させれば――気が済むのだ!」

 デンドロビウムのガンブレードを握る手が震えているのを見る限り、あの人物が倒されたのは彼女にとっての地雷を踏んだ事が原因に思える。

しかし、それを青騎士が言及する事はなかった。あえて口にしないという訳ではなく――自分も似た環境を知っていたから。

 



###エピソード33



 偽者の青騎士を撃退した人物、それはデンドロビウムだったのである。

彼女が青騎士を撃退した理由がチートプレイヤーである事だったのかは――定かではない。

『お前が噂の――』

 青騎士は特に武器を構える事はせず、デンドロビウムの方を見つめていた。

ただし、どんな目で見ているのかはARバイザーの影響で見えないのだが。

声の方もボイスチェンジャーで変えているような男性声であり――この人物の正体は未だに分からない。

「青騎士――と言っても青騎士(ブルーナイト)ではないか」

 皮肉だろうか? 青騎士の表情が見えない事が影響しているのかは不明だが――デンドロビウムは表情を変える事はなかった。

『ブルーナイトは、ネット上の都市伝説が本物であるかのように見せかけた――いわゆるマッチポンプだ』

「マッチポンプなど――既に分かりきっている」

『では、何を――?』

「今回の青騎士騒動自体が――ある勢力を根絶する為に用意されたフィールドと言う事だ」

 デンドロビウムはきっぱり言う。今回の騒動が――マッチポンプその物だと。

しかし、青騎士の方はマッチポンプと言う事には若干の同意をするのだが、全てを認める訳ではない。

それに加えて、一連の騒動を仕掛けたのが運営とは考えにくい理由もあったからだ。

『それだけだと――断言出来る証拠はない』

 青騎士は周囲を見回すのだが、肝心の偽青騎士はスタート地点に転送されているらしく、この場にはいなかった。

何とかして探しだそうとスタート地点へ向かおうとした青騎士を遮ったのは、何とデンドロビウムである。

「お前も青騎士の外見をしている以上――同類と否定された訳ではない」

『青いカラーリングであれば、誰でも青騎士だと思うのか?』

「そうではないが――デザインが似すぎている」

『デザインが似ているのは仕方がないだろう。これがオリジナルだからな』

 青騎士の衝撃的な発言に視聴者は驚きを隠せないのだが、デンドロビウムは無反応である。

この差は一体何なのか――。



 この中継を見ていた他の青騎士は、リーダーと思わしき人物が倒された事で降伏する者もいた。

事実上の便乗勢力は壊滅したと言ってもいいだろう。しかし、それでも倒された青騎士をリーダーとしていた勢力だけである。

SNSが草加市内で使用不能なのは――まだ戻っていない。

「青騎士がジャミングを仕掛けていた訳ではないとすると――状況はさらに複雑化するのか」

 ペットボトルのスポーツドリンクを飲みながらアンテナショップで中継を見ていたのは、インナースーツ姿のアイオワだった。

彼女もチートプレイヤーの何人かを撃退したのだが、そちらは青騎士とは無関係である事が判明している。

青騎士の便乗勢力を壊滅させたとしても――チートプレイヤーの数割を減らしただけで、全てを一掃した訳ではない。

「やはり、あの噂は本当だったと言うべきなのか」

 アイオワが聞いた噂とは、チートガジェットを生み出した人物の事だ。

ネット上ではアイドル投資家や芸能事務所がARゲームコンテンツを終わらせる為に拡散していると噂されている。

しかし、アイオワが手に入れた情報では違う理由が存在し――それは今までのネットで語られている常識を覆す物だった。

 彼女が手に入れた情報、それはアカシックレコードで書かれていたレベルの噂なのだが――チートガジェットも元々は人間が生み出したという物なのである。

チートガジェット自体が異世界から流れてきた物という認識がある訳でもないのだが、ARゲームを生み出したのも人間であるならば、チートガジェットを生み出したのも人間だろう。

それを生み出した人間は誰なのか――と言う部分は、未だに様々な議論をされている中でも明確な答えは出ていない。



 デンドロビウムは、青騎士にショットガンを突きつけた。しかも、問答無用に――。

『分かりやすいリアクションだ――それでこそ、こちらも全力を出せる』

 何かが割れる音と同時に青騎士のアーマーが変化――その形状は、青騎士のソレとは全く違う物が下に隠されていたのだ。

「何処かの超人じゃあ――!」

 ショットガンの引き金を引いたデンドロビウムだったが、青騎士にダメージを与える事は出来なかった。

ショットガンが命中したと思っていたのは、上に装備していたアーマーの一部にすぎない。

 そして、真の姿を見せたアーマーは――北欧神話モチーフであり、今までの青騎士ともデザインが全く違うと言ってもよかった。

つまり――彼らが便乗して真似していたのは、不正確な青騎士だったのである。まるで、二次創作された作品を一次創作と勘違いするような――初歩的なミス。

『この姿を見せた以上は、こちらも加減はしない!』

 青騎士の装備、それはあるプレイヤーの装備とほぼ同じだったのだが――それをデンドロビウムが即座に思い出せるはずもない。

それ程に、彼女の思考は焦りもあって鈍くなっていたのだ。実際、それは彼女の動きにも表れている。

「まさか――スレイプニルがアーケードリバースにエントリーしていたのか」

 そのプレイヤーの名前はスレイプニル、有名プレイヤーと言う訳ではないので複数人が使用していた。

スレイプニール、ファフニール等の揺らぎもあるかもしれないが――それを即座に思い出せない状況が文字通りに追い詰められている証拠だろう。

『スレイプニル――確かに、その通りだ。しかし、プレイヤーネームが分かったとしても――!』

 スレイプニルが呼び出した装備、それは一種のクロスボウ型のビームライフルだった。それをデンドロビウムに向け、照準を定める。

それ程に向こうの方が落ち着いており、余裕もあるのだろう。今のデンドロビウムのメンタルで勝てるような相手ではない。



 しかし、次の瞬間にはプレイ終了を告げるアナウンスが流れだした。

『まもなく、フィールドを次のプレイヤー仕様に変更いたします。ゲームを終了したプレイヤーの皆様はログアウト準備をお願いします――』

 そのアナウンスを聞き、スレイプニルはビームライフルを構えるのを止めた。それと同時に――。

『デンドロビウム、今のお前では――真相に近づく事は出来ないだろう――過去の事件にこだわり続ける限り、は――』

 男性声が途中からは女性声に変化したように感じた。明らかに、女性声の方が地声である可能性も高い。

だが、スレイプニルの正体が女性と決まった訳ではないし――スレイプニルが事件の黒幕と関係があるのかも分からなかった。

 他のメンバーがログアウトしていく中、デンドロビウムは悔しさのあまりに言葉にならないような叫びをあげたのだが――それは誰にも聞こえていなかったのである。

この頃には中継も終了しており、エラーで接続できない状態だったSNS各種も回復していた。

「何故だ――何故、自分はあの時と同じ過ちを――」

 デンドロビウムの脳裏には――ある走馬灯が見えていた。

それは、数年前に同じような青騎士のプレイヤーと遭遇し、そこでボロ負けした事である。

どのような理由で負けたのかは分からない。相手の方も勝率が4割位と低かったのを油断していた事はあるだろうか。

他のプレイヤーもそれで敗北したので、そう感じても不思議ではない。

 しかし、デンドロビウムの場合は違っていた。他のプレイヤーは、実際にはチートを使っていたから負けたのである。

正規プレイの範囲では勝率8割に近いスレイプニルに勝つ事は――まだ初心者から抜け出せたばかりの彼女には、無理ゲーだったのかもしれない。



 その後、例の動画も拡散していたのだが――デンドロビウムを『西雲』と言った青騎士の言葉はカットされていた。

厳密にはカットと言うよりは録音トラブルと言う扱いになっていたのだが、SNSの方でエラーが相次いでいた事もあって、そこを追及する動きはなかったのである。

「あの青騎士は、何を知って消されたのか――気になる所だが、そこは別の問題と言う事か」

 ARアーマーをフル装備し、別のARゲームを始めようとしていたジャック・ザ・リッパーは、話題の動画として拡散していた例の動画を見ていた。

そこに映し出されていたデンドロビウムとスレイプニルを見ても、ジャックは無反応である。

ジャックの気になっていたのは、あくまでも青騎士の方だった。あの人物の正体が何者なのか――という意味で。

【大手芸能事務所のプロデューサー、一連のマッチポンプに関与か?】

 動画を視聴していた際、動画の上に表示された1行ニュースには衝撃とも言える文章が表示されていた。

何と、大手芸能事務所のプロデューサーが逮捕されたというのである。その原因は、マッチポンプとは書かれているが、何を示すのかは不明だ。

「まさか――あの人物が、プロデューサーだったのか?」

 ジャックは驚くのだが――その表情が周辺の人物に知られる事はない。

周囲の人物も有名男性アイドルグループを手掛ける、あの事務所と言う認識なのだが――そちらとは違うと分かると、周囲は各自解散していくような様子だった。

「超有名男性アイドルグループの、あの事務所じゃなかった。はい、解散!」

 その一言で周囲のギャラリーがバラバラになって行くような――そう思わせる状況だったのは間違いない。

実際には、該当するような発言は一切なかったのは間違いないと断言出来る。



###エピソード34



 7月24日、一連のSNSメンテナンスに関する詳細が明らかになると思われた矢先――。

【複数の芸能事務所でサイトの閲覧できない状態が続く】

 まさかのニュースが拡散することとなった。

昨日の事件に関係しているかは不明だが、芸能事務所のサイトがサーバーダウンで閲覧できないとの事らしい。

おそらく、一連の事件で逮捕された芸能事務所のプロデューサーが――と言う事らしいが、詳細は明らかになっていなかった。

その状況下でネットが炎上している為、どう考えても主導しているのはまとめサイトやネット炎上勢力と考えてもよいだろう。

このネット炎上勢力は、芸能事務所が手配した物――つまり、マッチポンプだと言う説が非常に大きい。

実際、数年前にも同じような事件は起き、WEB小説でも『予言者』と言われた作品が存在した事も――記憶に新しいからだ。

 今回の案件に関して、ネット上では悪質な釣りと言う意見が相次いだ。

それもそのはず――逮捕された芸能事務所のプロデューサーが、実は別の大手超有名アイドルの所属している事務所の社長とも言えるような大物だった事も理由の一つだろう。

その為、大手芸能事務所が金の力で自分達に邪魔なコンテンツを次々と終了させ、超有名アイドルが神コンテンツになるようにネット炎上を誘導する――。

ある意味でもネット社会になってから変化した現実とも言えるだろう。まさに非日常の世界その物であり、新日常系とも言われるような作品で小説化してもおかしくない状態だ。

事実は小説よりも――と言われるが、まさに現実化してしまった事件と言えるのかもしれない。



 一連のまとめ記事を調べていたのは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だった。

他にも調査しているガーディアンはいるのだが――表向きに調査しているのは彼一人と言ってもいいだろうか。

「芸能事務所が自分達のコンテンツで日本経済を復活させる事が出来ると言う慢心が――ネット炎上を生み出すような事件に発展した」

 山口はアンテナショップ内のフードコートでタンブラーに入ったコーヒーを片手にサイトの記事をチェックしている。

チェックしていると言っても、アンテナショップでアクセス不可に指定されているアフィリエイト系大手まとめサイトではなく――ARゲーム公式のニュースだ。

信用できないような煽りやネット炎上を呼ぶだけの記事は、ARゲームでも使用されている高性能AIによって排除されている。

何故に排除されたのかは不明だが――まとめサイトの記事を不要な記事と判断したのかもしれない。

「やはり、繰り返されるのか――」

 山口が思うのは、数年前の超有名アイドル商法や芸能事務所によるゴリ押し、その他多数の――。

思う所があったとしても、下手に口に出したとしたら炎上案件になるのは避けられないし、これを巡って大規模なテロに発展しかねないだろう。

過去にあったARゲームを巡る事件では、数万人規模の怪我人が出たという噂もあるとか――。

ただし、これらはアカシックレコード上のフィクションかもしれないが。

「どちらにしても――これがトリガーになって、新たな事件が発生するのは容易に想像できるだろう。それを防ぐ為には――」

 一連の超有名アイドルを巡る事件は、ある意味でも世紀末を連想させる物として――このニュースが表面化する事はなかった。

それこそ、一種の黒歴史として片づけられている案件と言えよう。

山口も直接目撃した訳ではないが、ワイドショーで何かを煽るようなニュースになっていたのは分かっていた。

つぶやきサイトでもフィクションをフィクションと判別できないような人間が、ネット炎上を誘発する。



 チートガジェットに関しても最新型の様なものでない限りは、データが更新されるようになり――持ち込み厳禁になるようなシステムが確立された。

こうした情報はデンドロビウムやチートハンターが集めてきたデータが貢献していると言ってもいい。

「ARゲームには多種多様なゲームがあるのは分かるのだが、それらをひとまとめに――」

「全ジャンルをフォローするのも難しい話だろう。数ジャンルに絞り込むべきだ」

「アーケードリバース以外に、新たなふるさと納税の対象を増やすべきでは?」

 ふるさと納税の話がARゲームの運営サイドから出る事も珍しいのだが、それ程に一連のシステムが認められつつある事だろうか。

その一方で、使途不明金が出た際にどういう対応を取るべきなのか――という議論もされていた。

 残念ながら、こうした会議は全て非公開で行われており、公式では公表される事はない。

しかし、このような企業機密の情報をネット上に公開し、まとめサイトとして炎上前提で取り上げる集団もいた。

だからこそ――こうしたチート勢力を根絶しなければ、コンテンツ流通は超有名アイドルの独占する世界となる――と断言する人物や過激派が出現し、負の連鎖が繰り返される事になるだろう。

 チートガジェットを狩る勢力は、こうした情報が外部に流出する事に危機感を募らせている。

下手に海外へ流れ、そこで軍事兵器に転用されたら――と言う話だ。こうした話はネット上でも滅多に目撃される事はなく、テレビでも触れられない。

軍事兵器にARガジェットやARゲームに使用されているノウハウが転用されれば、それこそ地球終了のお知らせである。




###エピソード35



 7月24日の午後、様々なARゲームでイベントの発表が相次いで行われた。

AR対戦格闘では、トーナメント開催の告知が行われたのが大きいだろう。

【まさか、リアルの格闘技でも大きなイベントがある中で――ARゲームの方でもトーナメントを行うのか!?】

【トーナメントのカードがなくても、有名プレイヤーは多い。これは期待してもいいだろうな】

【格闘ゲームなのに、リアル格闘技と同じ形式でも成立するのは珍しいな。カードは今後の発表待ちか?】

 格闘ゲームに関してはリアルの大会が盛り上がっている関係もあり、相乗効果と言う物があるようだ。

これによって、お互いのイベントが切磋琢磨しているのも――ある意味で予想外の効果を生み出しているのかもしれない。

【ARレースの方は、まだ調整中だが――ロケテストを行う機種があるらしい】

【ARリズムゲームも新曲や連動イベントもある。これは盛り上がるな】

【他にも色々と発表が多い1日だな――情報を追うだけでも一苦労だ】

 こういう時こそまとめサイトが役に立つ――という空気だが、一連の芸能事務所によるマッチポンプやネット炎上で敬遠されている。

それ以前にARゲーム公式のニュースサイト以外で、機能しているようなまとめ記事がないのもネックなのだが。



 あるロケテストが行われているアンテナショップ、そこではARデュエルと言う武器格闘ゲームのロケテストがゲリラ方式で始まっていた。

ギャラリーもそこそこ集まっており、順番の割り込み等のマナーの悪いプレイヤーもいない。しかし、プレイしている人間は少なかったのである。

決して、クソゲーのような類で集まっていない――という事ではないのだが、明らかにプレイヤーは少ない。

「これで何人目? いい加減、まともなプレイヤーに出てきて欲しいのだけど――」

 プレイヤーが少ない原因、それは偶然ロケテスト現場で不正プレイをしていたプレイヤーを倒したビスマルクだった。

彼女の装備は他のARゲームやアーケードリバースで使用している物ではなく、ナギナタに似たようなARガジェットである。

ロケテスト中の為に試作ガジェットが使用されているのだが、それでもビスマルクの強さは常識を疑う物だったと言う。

 彼女としては、ある程度のゲームシステムやルール、プレイの感覚を得られた。

これ以上は――疲労でプレイ感覚が鈍る可能性も高いだろう。普通の人間であれば、10回近い対戦がヘビーであるのは火を見るより明らかだ。

ARゲームで1プレイごとに小休止を推奨されているのは、この為なのかもしれない。

一方で、ARゲームでなくても身体を動かす系のゲームでは小休止が重要だと言う意見もある。リズムゲームは顕著な例だろうか?

「こちらとしては十分なデータも取れました。それに――」

 男性スタッフは、別のプレイヤーが現れて欲しいと考えていたのだが――ギャラリーは、ビスマルクがゲームを独占しているように見ているとも考えている。

この辺りの反応の違い、それが周囲の空気を――と言う流れにしているのかもしれない。

「こっちも本来であれば――」

 ビスマルクが周囲を見回すのだが、プレイしようと言う人物は現れない。

このゲームが対人戦前提でロケテストをしていたのも――原因の一つかもしれないが。

格闘ゲームの場合は、CPU戦よりもプレイヤー同士の対戦の方がデータが取れるらしいという話もある。

こうした事情が、今回のロケテストで採用されているからこそ、CPU戦はオミットしているのかもしれない。

 その後、ビスマルクは別のプレイヤー2名が来るまでの間、対戦プレイをする羽目となった。

ゲームのスタッフ側もビスマルクの様なプロゲーマーが来る事は予想しておらず、対応が後手後手になったのも――。



 ロケテストが行われているアンテナショップとは別のアンテナショップ、そこは竹ノ塚と谷塚の間にあるような位置に存在している。

こちらでは様々なARゲームのガジェットやサプライグッズ等が販売されており、休日となれば100人規模の客がやってくる有名店だ。

ここでは聖地巡礼と言う訳ではないのだが、定期的に何人かの団体客がやってくる。

その理由は不明だが、アニメ等の影響ではないのはネット上のつぶやき等からでも分かっていた。

「なるほど――聖地巡礼される程の影響力があるのは、こういう事か」

 私服にサングラス、色々と正体バレをしないような服装でアンテナショップ内を見て回っていたのはアイオワだった。

彼女はARガジェットのパーツなどを探していたのだが、ネット上では非合法のパーツやチートガジェットも検索で引っ掛かる程に――検索しにくい状態である。

ピンポイントでメーカーを指定すれば何とか見つけられるが、それ以外だと非常に厳しい現実もあった。

ネット上の情報を全て鵜呑みにするべきではないのは、今に始まった事ではないのだが。

 そんなアイオワがパーツを探している際、背後を通り過ぎたのはメイド服姿の女性だった。

顔はアイオワも見ていないのだが――黒髪は微妙に見えたかもしれない。

しかし、正確な顔を確認しようとした時には彼女の姿は既にアンテナショップにはなかったと言う。



###エピソード35.5



 7月25日、会社の社長室でタブレット端末を片手にサイトを検索していたのは山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だった。

「ARデュエル――決して欠陥があった訳ではないのだが、対戦格闘も飽和状態なのだろうか」

 山口が見ていたのはARデュエルのロケテストを告知しているホームページだった。

当初はゲリラロケテだったのだが、本日からは正式のロケテストになっている。

ARゲームのゲリラロケテは禁止されている訳ではないのだが、客足的な意味で正式なロケテストを申請したのかもしれない。

「こちらもプロジェクトが断念した物もある以上――下手な鉄砲を撃つ事は不可能。さて、どう出るべきか」

 山口も過去に何個かのARゲーム関係の企画を立ち上げた事がある。

しかし、それらの計画は実行に移す段階で資金難や既存の作品との差別化等を出せなかった――と言う理由で計画は打ち切り。

その後も色々な計画を立案している中で、アーケードリバースの話を耳にした。

最終的には様々な条件があったものの、彼にとっては悪くない条件だった為に参加する事になる。

その一方で、彼はアーケードリバースがどのようなものか密かに調べ始めていたのだ。



 アーケードリバース、ジャンルとしてはFPSと言うカテゴリーに設定されているのだが、そのルールはFPSと異なるシステム等も含まれている。

6対6というチーム戦がメインで、特定の輸送機等を護衛、コンテナ内のアイテムを回収してゴール地点へ運ぶ、拠点防衛の3つが存在する。

それ以外のルールとして、スタート地点からマップの何処かにあるチェックポイントを通過してゴールへ向かうパルクールと言うシステムも確認された。

パルクールと言うシステムは未実装状態であり、将来的に実装する可能性は示唆されている。

ただし、山口が資料を見た際にはパルクールの文字は全くない。

つまり、このシステムを実装考慮し始めたのは山口が途中で会議に参加しなくなったタイミングか?

 大きなルールとしては、相手プレイヤー及びギャラリーの負傷及び事故を誘発する行動や意図的な妨害行為の禁止、チート及び不正アプリ禁止、八百長禁止だろう。

細かい規定に関しては、公営ギャンブルの様に扱う事、戦争の道具にする事、ネット炎上に悪用する、特定アイドルコンテンツとのコラボ等――大まかだが、細かい禁止項目があった。

露出の高いスーツは禁止していないのだが、あまりにもアレな衣装はプレイ前に警告を受けるらしい。

 しかし、こうしたルールを設定したのは自分である。

最初に運営側が禁止にしていたのはチートと八百長、プレイヤーやギャラリーに危害を加える行為の禁止だけ。

つまり、公営ギャンブル等の部分は運営側も設定する予定がなかったと言える。

山口は本来であればゲーセンでプレイ出来るようなゲームの延長線上としてのARゲームを想定していたのだが――。

その後、運営が想定している物は何か――それを山口が探った結果として、様々なルールが設定されていく。



 この様子を黙って見ている訳ではないのは、芸能事務所側も同じだった。

新たなコンテンツが生まれる状況――それは自分達のコンテンツが終了する事を意味している。

さすがに、そう言う考え方をするのは特定芸能事務所2社だけだろう。

それに加えて――2社がコンテンツ流通で暴走しているのは、過去の事例を見れば火を見るより明らかだ。

芸能事務所2社は、地球上全ての資産を自分達の手中に収めようと言うのか? あるいは地球上の絶望を希望に変えると言うマッチポンプを行う気なのか?





###エピソード36



 7月25日に大きな動きをしていたのは、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だけではなかった。

数日後にマラソンを控えていた橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)も本番を控えて荒川の堤防で簡単な走り込みを行う。

さすがに例のスーツや提督服で走る訳にはいかないので、駅伝で使用していた時のジャージを着ているのだが。

「ARゲームを巡る動向も気になるが、まずは――」

 橿原は秋葉原でのARゲームを巡る事件も調べていた為、草加市のアーケードリバースの方へ優先的に動く事が出来なかった事情もあった。

さすがにアキバガーディアンのリーダー格ともなると、ある程度は組織にマークされるので目立って行動は出来ないのだが。

 そんな事を考えても仕方がないので、まずは数日後のマラソンで一定の成績を――と言う事にする。

国際大会までは無理にしても、ある程度の評価が出れば――色々と言われている駅伝選手に対する風評被害も減るかもしれない。

 しばらく走り込んでいると、右腕に装着していたARガジェットから着信音が鳴る。着信メロディー的なものではなく、デフォルトの音なのだが。

そして、周囲を見回して適当なベンチを発見し、そこに座ってから画面に表示されているボタンを押す。

「橿原だ――」

『貴様が橿原隼鷹――あるいは、柏原と言うべきか?』

 声の主は女性だろうが、このような口調をする人物に心当たりはない。

それに、自分の名字が柏原なのはスポーツ新聞などで調べれば分かる情報だが――。

「こちらは君の冗談に付き合う様な時間はない。手短に願いたいが――」

『冷やかしであれば、ここではなく運営に直接殴り込みに行く』

 橿原は何となく誰なのかは察したが、その人物の名前を言う事はなかった。

おそらく、彼がいるであろう場所は――草加駅だろう。

『一連の不正ガジェットのパーツは知っているな? 最近になって秋葉原でも発見されているアレだ』

「!? どうして――それを知っている?」

 橿原も思わず反応をせざるを得なかった。

この人物が知っている不正ガジェットとは、アーケードリバースで問題視されているチートアプリやARガジェットとは比べ物にならない物である。

それが仮に逆輸入でもされたら――それこそチートプレイヤーが縦横無尽に暴れまわる世紀末環境になるだろう。

『向こうの運営も例のガジェットを探り始めた。芸能事務所が拡散しているという話は、ワイドショーでも流れ始めている』

「ワイドショー!? まさか、草加市以外でも――」

『詳細は不明だが、何者かが台規模のコンテンツ炎上を狙っているのは明白だろう』

「芸能事務所のプロデューサーが逮捕されたのは、誤報と言う話もあるのだが?」

『どの事務所によるだろう。事務所のプロデューサーが逮捕されたのは事実だ』

「何処の事務所か、誰なのか――そこを伏せているのか」

『そう言う事だ。それを踏まえて警告しておく――』

 忠告と聞いて橿原は表情を変えた。それに加えて、途中からボイスチェンジャーの不調かは不明だが――電話をかけた本人の声が変化していた。

『芸能事務所を本気で潰そうとしている別勢力がいる。それを止めなければ、間違いなくコンテンツ炎上は――』

 最後のメッセージだけ聞き取りにくい程のノイズが入っていて、内容が伝わってこない。

通話が切れていないだけ、まだマシと言う見方もできるかもしれないのだが――何が起こったのか?

「コンテンツ炎上が、どうなると言うのだ?」

 思わず橿原も冷静ではいられなくなる。それ程に大きな事件が起こる前触れを、この人物は警告している気配がしたからだ。

『夢小説勢――それも、自分達が――』

 その後、この人物の通話が切れた。襲撃されたような音は拾っていない為、おそらくは会話アプリ等の不調だろうか?

しかし、橿原は夢小説勢と聞いて過去にあったフジョシ勢等の暴走を思い出していた。

 橿原が秋葉原で戦っていた勢力、それはフジョシ勢や夢小説と言った勢力である。

この勢力は、ARゲームのプレイヤーや実況者等に関する二次創作を発表し、自分達の目的の為だけに――作品を発表していた。

本来であれば超有名アイドルグループを題材にしたいが、事務所からの通報等を恐れて、題材を変えているというのは過去にも起きたネット炎上でも言及されている。

「また繰り返すのか――」

 橿原は練習の方を切り上げ、北千住駅へと急ぐ。

まだ間に合えばいいのだが――。



 午後2時、ワイドショーで通話アプリのトラブルに関するニュースに触れていた。

どうやら、草加市限定ではなく――全国一斉と言う事らしい。これによって、500万人に影響が出たとも伝えられている。

『連中は――あそこまでハッキングを行っていると言うのか』

 先ほどまで橿原と連絡していた人物、それはジャック・ザ・リッパーだったのである。

ジャックがどのような経緯で橿原の通話アプリを特定したのかは――。

 ハッキングと言うか、ジャミングに関しては特定の通話アプリでのみ行われており、それ以外は問題がないらしい。

以前に起こったSNSの通信トラブル騒動の延長だろうか? それとも、そちらの方は今回の作戦の為の実験とか――。

『とにかく、犯人を見つけなければ――』

 ジャックが犯人を探す為に草加駅へ向かおうとした矢先、あるトラブルが発生した。

何と、ジャックのARバイザーを含めたガジェットがトラブルで昨日を呈したのである。

これによって、ジャックの素顔は周囲に晒される可能性もあった。

 しかし、これはARバイザーの予備システムを起動した事で回避する事には成功する。

その一方で、ARアーマーは発生出来ない状態になった為、ARバイザーとインナースーツ姿になってしまったが。

『ここまでピンポイントで狙われるとは――?』

 ジャックが背後を振り向いた先、そこに姿を見せていたのはデンドロビウムだった。

「ジャック・ザ・リッパーだな?」

『デンドロビウム――今はお前に関わっている暇はないのだ』

 ジャックはデンドロビウムに捕まる訳にはいかない。今回のジャミングを含めた犯人を見つけ出す必要があるからだ。

そして、一連の事件の真相を聞き出す――その必要性があったのである。

「こっちとしては、お前とバトルする必要性はない。それに、チートプレイヤーではない人間を足止めしても得がない」

 デンドロビウムは足止めをした理由はチートではないとも言う。

ならば、今の自分の邪魔はしないでほしいのがジャックの願いだが――言葉にでなかった。

「しかし、お前が追っている勢力――それには興味がある」

 デンドロビウムは、ジャックを足止めすれば別勢力をおびき出せると考えていたのである。

草加駅近辺はフィールドシステムが存在する為、アーケードリバースに対応していればバトルは可能だろう。

それに――電車が通過する近辺でのバトルは禁止されており、大事故に繋がるような展開にはならないだろう、と彼女は考える。

『不正破壊者(チートブレイカー)とは、言い得て妙と思ったが――』

 ジャックの方は、アーマーなしで戦うのは無理がある。近場にレンタルアーマーが確保できれば、問題はない――。

しかし、周囲を見回してもアーケードリバース対応の端末は――と思った、その矢先である。

『新品の設置端末――? あれならば――』

 ジャックの視線に入ったのは、設置されたばかりの新品同様のアーケードリバースのガジェット端末だ。

この端末でデータを入力し、希望するガジェットのコンテナを指定すれば――この場に転送される仕組みである。

「言い忘れていたが、この近辺のエリアは洪水対策の工事が完了していないと言う事で、再整備中だ――ガジェットが必要ならば、場所を変えてもいい」

 まさかの発言にジャックは言葉も出なかった。今の状態ならば、デンドロビウムも圧倒的有利なはずである。

おそらく、彼女は色々な意味でも我侭なのかもしれないが――ゲームのルールを破ってまで、自分の我侭を貫きたくないと言う事かもしれない。



###エピソード36.5



 5分後、デンドロビウムは別フィールドへとジャック・ザ・リッパーを案内する。

あのフィールドでもバトルは可能だろうが、武装等のハンデが予想以上についてしまう事を気にしていた。

【何故、フィールドを変える?】

【フィールドによって中継エリアが異なるケースもあるようだが――そこを気にするとは思えない】

【単純にゲームが火対応だったのだろう?】

【アーケードリバースであれば、草加駅前も対応しているはず】

【では、どうして場所を変えた?】

【それはデンドロビウム出ないと分からないだろう】

 ネット上では、デンドロビウムが場所を変えた理由が分からなかったらしく、様々な意見が飛ぶ。

その一方で、周囲のエリアでチートプレイヤーが騒動を起こしている事がニュースになっている情報も入る。

【チートプレイヤーが乱入すれば、明らかに1対1は不可能になる】

【1対1のバトルはアーケードリバースでも実装されていないはずだ】

【将来的に実装を予定はしているだろうな。チートプレイヤーとのマッチング回避や、練習プレイをする為に――】

 最終的にはデンドロビウムが、ある物を発見した事が移動の理由と結論付けられた。

その理由とは、工事中の立て看板だったのである。

【一部エリアで道路の舗装工事をしている話もあったが、そう言う事か?】

【ARガジェットは舗装されたような道路等でプレイするのが前提とされている。オフロードに近いような走路は不向きと言う事だ】

【そこまでARガジェットが頑丈ではない――と言う事の裏返しなのかもしれないな】

 工事中の立て看板には洪水対策の下水道整備と書かれていた。

下水道工事の工事費用も、実はARゲームのプレイ料金で成り立っている。

これには――東京や他のエリアでプレイしているプレイヤーには驚いていた。



 更に谷塚駅方面へ5分ほど移動し、到着したのはアーケードリバース専用のフィールドだった。

このフィールドは、元々が駐車場として利用されていた場所だが――ARゲーム専用のアンテナショップが設置された事で、人気スポットになっている。

ARゲームフィールドは、原則的にジャパニーズマフィアのアジトなどからは離れた位置に設立する事が決められていた。

 それを踏まえると――この距離を進んだのも納得か? 移動手段は、移動用のホバーボードである。

このボードはパワードアーマーにも変形するスグレモノだが、残念ながらアーケードリバースでは使用不能だった。

『場所を変えてくれたことには感謝するが――』

「だからと言って手加減をしろとは要求しない。こっちは本気だ」

『つまり、こちらの装備を整えるチャンスを与えたという事か』

「そう言う事だ。下手に八百長の疑いをかけられては――興ざめだ」

『まさか、チートキラーが八百長を嫌うとは――面白い事を言う』

「どの時代でも、八百長はゲームの面白さを奪い、誰からも見向きされなくなる」

『確かに――真剣勝負に八百長や不正は水を差す物だが――』

「それを完全に駆逐したとして――その先に何を見る? ジャック・ザ・リッパー」

 ジャックがアーマーの修復と武装の選択をしている間、デンドロビウムはジャックに何かを聞こうとしていた。

何を聞きたいのかは忘れたのだが、彼女にとっては何気ない会話も有意義に見える。

『どのゲームでも、いわゆるアンチという勢力は存在するだろう。だからと言って、芸能事務所側が自分達が唯一神になる為に行うそれは――ネット炎上に他ならない』

 ジャックは、自分でもあまり口にしないような単語を言葉にした。

これがネット上に拡散すれば、炎上する事が決定的な発言とも言える。それ程に、ジャックは今まで言葉を選んでいたのかもしれない。

何故、その単語に関して今まで避けて通っていたのか? デンドロビウムも、それに踏み込もうとはしなかった。

あくまで自分は自分――個人の意思を尊重するのかもしれない。


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