エピソード22~25

###エピソード22



 午後2時30分、谷塚駅近くのアンテナショップに辿り着いた人物――それがアルストロメリアである。

スポーツブラに下も水着に近いというか――よく不審人物扱いされずにここまで来られたと言えるかもしれない。

「ご注文のガジェットは届いております。後は、こちらに――」

 男性スタッフが小型アタッシュケースに収納された物を、カウンターに置く。

そして、彼がケースのロックを解除すると、そこに姿を見せたのはタブレット端末とはほど遠いデザインのARガジェットだった。

そのデザインは、まるで変身ヒーローのブレスレットに近いと言えるシロモノである。デザインが特注と言う訳ではないのだが――。

「これが、アーケードリバースの――」

「他にもガジェットはありますが、ご希望のモデルだと――こちらになりますね」

「一部モデルだけが品切れだと?」

「そうではありません。一部のプロゲーマー等が使うのは試作型と言うか初期ロットですね」

 アルストロメリアはもっと別なデザインを想像していたのだが、さすがにデンドロビウム等が使用するようなモデルとは違うようだ。

初期ロットと言うと、あまりいい話を聞くような物ではないと聞く。ある意味でも運用試験をしているかのような感じを受ける。

ロケテストでもデータが不十分な場合、ARガジェットやアプリソフトの段階でデータ収集を行うケースがあるらしい。

それが、デンドロビウム等の使用しているガジェットタイプ――との事である。



 アルストロメリアは、ふと活動報告書に書かれていたある項目を思い出した。

アーケードリバースで運用するARガジェットは、他のARガジェットやARゲームでは味わえないようなリアルを求める――と。

【デスゲームでリアルを求める場合は、創作作品でもよくつかわれる手法だが――】

【ARゲームは軍事利用を禁止し、デスゲーム的要素も搭載禁止――それを踏まえれば、自然とこうなる】

【VRとは違った別次元体験――それを可能としたのがARゲームと言う事か】

【これをふるさと納税で実行した事こそが、ある意味で役所が病気かもしれない】

【ソーシャルゲームではないにしても、もう少し別の物には出来なかったのか?】

【家庭用ゲームにすれば、転売屋等の懸念もあるだろう】

【ARガジェット類の転売禁止は、そこから来ているのか】

【未だに、これをコンテンツの一つとかたくなに認めない人物がいるが――時代遅れと気付くべきだ】

 つぶやきサイトのタイムライン上では、このようなやり取りも存在していた。

ARゲームが求める物に対し、賛否両論があったのはこのためである。

『しかし、ARゲームはある時期に起こした失敗が原因で、致命的なダメージを受けた――』

『だからこそ、ARゲームはコンテンツとして終了させるのではなく――再生させる事を選んだ』

『この世界は未知の娯楽を求めており、その一つがライトノベルやアニメなどでしか存在しなかったようなARゲームと言えるだろう』

『――賽は投げられた。後は超有名アイドルの様な唯一神コンテンツ理論を掲げるような勢力を――対処するだけか』

『一般市民への認知は、一定以上のネット炎上要素などを排除してからでも遅くはない』

 活動報告書には、こんな事が書かれていたのである。

アーケードリバースのスタッフは、フィクションの世界でしか存在しないようなゲーム体験を現実化させる事に成功したのだ。

太陽光システムや様々なコンテンツ流通のパイプライン、その他にも別のコンテンツで流用できるような技術もセットで開発する事で――。

 そして、様々なシステムのデータを収集していく内にARゲームのデータが拡散していき、現在のARゲーム市場が生まれたのかもしれない。

それでも――数年前には色々な事件が起きており、これが炎上の原因として未だに語られている。



 アルストロメリアはブレスレットを試着し、感触を確かめていた。ガジェットの電源は入っていないので、何かが起動する訳ではない。

「カードに関しては確認済みですので――」

 ARゲームでは複数アカウントの所持が禁止されているので、1人に付き1アカウントと決まっている。

しかし、一度アカウントを取得すれば他のARゲームへ登録するのもスムーズになるので、別の簡単なARゲームで登録するユーザーも存在していた。

「あとは、アーマーカスタマイズ等の部分ね」

 アーケードリバースをプレイする気でいるアルストロメリアだったが、男性スタッフの方は何か言いたそうな雰囲気である。

「実はですね――」

 彼の口から出てきた言葉、それはアルストロメリアにとっては衝撃的な一言でもあった。

「アーケードリバースのエントリーですが、定員オーバーでエントリーを一時停止しているのです」

 その言葉を聞き、彼女はショックを受けた。下手をすればスポーツブラの紐が切れそうな勢いで。

しかし、定員オーバーが意味するのは、人気がいまいちなコンテンツと言う訳ではなく、それだけプレイヤーがいる事を意味していた。

「しかし、このカードは――」

 彼女がスタッフに見せたカード、それは『ふるさと納税』の返礼品として同封されていたカードである。

これが何のカードなのかは届いた段階では分からなかったのだが、ここで正体が判明するとは――。

「これは――失礼しました。少々、お待ちください」

 カードを一時的にスタッフに預け、少し待つ事にした。

あの慌て具合からすると、重要な書類を見落としていた可能性も否定できないが――。



###エピソード23



 あの時の動画――デンドロビウムの初参戦バトル、それは気がつかない間に100万再生クラスの動画となっていた。

それ程に衝撃度合いが大きいのは事実だが、それ以上に――この動画が再生数を伸ばしているのには理由がある。

【ワンサイドマッチ――そう思っていた時期もあったが、明らかに戦い方が違う】

【一方的に倒されるような展開と思ったが、相手の方が強かったのか】

【相手が強いのは数値だけ。アーケードリバースは数値が高い方が勝つというゲームではない】

【相手プレイヤーは不正プレイで失格のはず。その動画が残っているとは――】

【無効試合の動画は削除されるケースが多いが――】

 ネット上では、様々な声があった。

デンドロビウムの強さ――それは単純な数値では弾き出せないと言う事なのだろう。

彼女の使用するギャラホルンという大型ガジェットも、バトルに応じて武装を変えている傾向がある。

パワーアームの様な物が装備されている時、大型ビームサーベルが装備されている時――。単純に数値だけのプレイをしていないとは、こういうことだ。

 この動画を分析しているのはプレイヤーだけではなかった――当然と言えば当然だが。

まとめサイトの管理人はデンドロビウム攻略には、チート判定されないようなアプリやチップの使用を呼び掛けている。

しかし、該当のリンクを経由しても該当のサイトを見つける事が出来ず、まとめサイトの管理人にアフィリエイト収入が入るトラップは――よくある事だ。

 ARゲームのプレイヤーも独自分析を考える人物がいるのだが、勝つためにはチートを使用する事も必要と言う結論しか出ない。

そんな事をすれば、ライセンスはく奪へ一直線なのは事実。それに加えて、他のチートキラー等も相手にする必要性が出てくるだろう。

それらを相手にせず、デンドロビウムを倒すという手段は――存在しないと言ってもよかった。



 アルストロメリアがアンテナショップへ到着していたころ、谷塚駅に併設されたARゲーム専用モニターを見ていたのは、ジークフリートである。

素顔を隠しているのだが、彼のアーマーは特徴があり過ぎる為か即バレしてしまう欠点があるのだが――有名プレイヤーの宿命かもしれない。

「続々と新規プレイヤーが増えているが、審査の方は何をやっているのか?」

 彼の言う審査とは、アーケードリバースはARゲームの共通アカウントを取得しただけではプレイは出来ない。

チートや不正と言った行為に関しての簡単な研修、俗にチュートリアルと呼ばれるモードのプレイ、電子マネーのストック確認――。

他のARゲームがチュートリアルのプレイ後にプレイ可能な事に対し、ある程度の手順が必要なのがアーケードリバースだった。

単純にプレイヤー数の水増しをしている――と言う事は考えられない事ではないが、それをやればARゲームの運営にも悪影響が出かねない。

その為、新規プレイヤーが増えているのは一部プレイヤーの影響力が高くなっている――そう考えた。

「まさか、デンドロビウムと言う事は――」

 彼としては、その路線を考えたくはなかった。

彼女の性格はARゲームのゲーマーとしてのお手本とは到底認められる物ではない。

ゲーマーのお手本と言う意味では、プロゲーマーが単純にお手本となるかと言われると――ネット上では、それも否定される。

結局、お手本となるような事例は未だに存在していない――と言うのが、現状では正しいのだろう。




###エピソード24



 動画サイトに投稿された動画を見て、何かの違和感を感じていたのはスレイプニルというHN(ハンドルネーム)を名乗る人物だった。

このHNは、身に付けているARガジェットからネット上のまとめサイト管理人が命名した物だが――本人は気に入ったらしく、そのまま使っている。

スレイプニルが動画を見ていた場所、それはアンテナショップ内に併設されているチャージエリアと呼ばれるエリアだ。

現実にある施設で例えると、バッテリー充電施設と言うよりもガソリンスタンドだろうか。

ARガジェットはARアーマーの実体化に莫大な電力を消耗すると言う噂が存在する。

それをまかなうため、太陽光パネルを大量に設置しているらしいが――その真相はネット上の噂や都市伝説として否定されていた。

太陽光発電で草加市全体の電力を100%賄っているという話が拡散すれば、それこそ都道府県や政府単位でヒミツを探ろうとするだろう。

既に産業スパイや海外からの工作員が草加市に入っている噂もあるらしく、それ程にARガジェットの秘密は企業秘密にも匹敵する物とされていた。

「産業スパイも寄ってくるほどの技術――それをゲームとして発表した理由は何だ?」

 スレイプニルが懸念しているのは、ネット上でも疑問を持っている人物が出ている――ARガジェットに関しての事だ。

使用されているAR技術は、魔法と言っても差し支えないような異常な技術力を持っており、SF等では説明できないのである。

この技術があれば、ガイドラインで禁止されている大量破壊兵器や軍事転用――世界のトータルバランスを揺るがしかねない。

当然のことだが、この技術は日本政府も掴んでいないと言うよりも――この真相を知っているのが一握りの人物である。

「ゲームとして発表する事で、軍事マーケットへ売り込む為のデータを集めるつもりなのか?」

 動画の内容とは、俗に言うバトルシーンのみを集めてMAD動画にした物である。

その動画では、地球滅亡を思わせるような演出が存在するのだが――あくまでもネタと言う事で片づけていた。

当たり前なのだが実際にARゲームでそこまでの物が存在するわけがない。

草加市が協力しているアーケードリバースで行われていたとしたら、それこそ――国家転覆と言われる可能性が高いだろう。

「本当に、これをARゲームとした理由は――」

 色々と考えているうちにバッテリーの充電が完了し、別のエリアへ向かう事にした。



 午後3時50分、アルストロメリアが来店していたアンテナショップでは、ARアーマーのカスタマイズをしている彼女の姿があった。

「アーケードリバースでは、武器の使用は自由ですが――あまり動きが鈍くなりそうな武装は、敬遠されていますね」

 男性スタッフのアドバイスを受けながらも、アーマーのカスタマイズを続けていく。

最終的にはARメットはフルフェイス型という頭部を保護するようなタイプを選んでいた。

ARメットはフルフェイス型以外にもサングラス型や帽子タイプと言うのも存在するのだが、安全性が優先されるジャンルではフルフェイス型が人気である。

「メットはフルフェイスでないと、ダメなのですか?」

「フルフェイス以外でも問題はないでしょうが、安全を優先するという観点でフルフェイスを推奨しております」

「安全?」

「ARゲームは一種の体感ゲームに該当するのですが、振動などを含めてリアリティを求めるあまりに――」

「リアリティ等と引き換えに、危険が増した?」

「ジェットコースターでも事故が年に何回かあるように、ARゲームでも事故は起きています」

「事故って、報告書にあった?」

「あれで全てではないでしょう」

 2人の噺は続く。スタッフは、時に身振りで表現したりする一幕もあるのだが――。

そして、アルストロメリアは以前に予定されていたARゲーム保険に関して尋ねる。

「ARゲームには、安全にプレイ出来るように保険を予定しているという話が――」

 しかし、その噺を切りだした時にはスタッフの表情が深刻そうになった。

まさか――保険は没になったのか? しかし、没にはなっていないという事は説明した上で――。

「アーケードリバース以外では、実装を見送りしたようなのです。こちらは草加市の肝いりと言う話ですが」

「任意保険も?」

「プレイ料金に含めるにしても、保険を課金サービスの一種と考えてしまう様なユーザーがいるのも事実で、それをきっかけにネット炎上が――」

 予想外過ぎるスタッフの回答に対し、アルストロメリアは頭を抱える。

「安全性は金で買えない――それは誰もが分かっているのに。それに、ARゲームはデスゲームではない。それを否定するような――」

 アルストロメリアもヒートアップして、スタッフに言うのだが――スタッフに言ったとしても運営に伝わるかは不透明である。

結局、忘れて欲しいという事でスタッフに謝る事になった。

 


###エピソード25



 午後4時30分、気が付くとそんな時間になってしまっていた。アーマーのカスタマイズや他の手続きや作業で時間がかかった結果である。

「もうこんな時間か――今日は帰って、作戦の練り直しかな?」

 ARガジェットの時計アプリを見たアルストロメリアは潮時と考えていた。

ARゲームに関しては午後6時になると夜間プレイ扱いとなり、夜間料金が発生するジャンルも一部ある。

レースゲーム系や対戦格闘となると、夜間料金以外でもコースやリングの関係で予約が必要となるのだが。

ゲーセンのゲームでは深夜で料金が高くなるような機種はないだろう。しかし、ARゲームの場合は電力的な事情で夜間料金が発生するのだ。

料金と言っても、昼間で1プレイ100円が200円になるだけである。一部ジャンルでは300円でサービスプレイの様な料金設定もされているが。

それでも夜間でなければ対戦相手が集まりにくい対戦格闘、夜間フィールドを楽しむサバゲのようなジャンルでは――逆に夜の方が楽しみが増えると言う話もある。

昼まではモラルの欠けたプレイヤーの影響で、ネット炎上する案件が――と言う事があるらしい。

「帰りはスーパーにでも寄るか――」

 結局、アルストロメリアはデータ各種の整備を完了し、そのままアンテナショップを後にする。

アーケードリバースは人気機種でもある為、混雑するのは目に見えていたからだ。



 午後5時、スーパーの惣菜売り場にARゲーム用のインナースーツ姿で姿を見せたのは、デンドロビウムだった。

彼女も一通りのプレイを終えたので、アンテナショップからは引き返している。チートプレイヤーが夜間に姿を見せないのも理由だが。

何故、チートプレイヤーは昼間を狙うのかは不明だが、1プレイ100円である事と夕方のニュース等で取り上げる可能性を考えているのかもしれない。

「どれも値段としては――」

 デンドロビウムが見比べているのは、惣菜コーナーに並んでいた揚げ物の数々だ。

鶏の唐揚げ、コロッケ、竹輪の天ぷら以外にも色々と並んでいるのだが、その値段プレートを確認していたのである。

ARゲーム用のインナースーツでの入店も可能なスーパーとはいえ、一般客からすればARゲーマーに向けられる視線は相当な物だろう。

「仕方がない。別の――」

 彼女が惣菜売り場を離れようとした矢先、スーパーの店員らしき人物が何やらシールを貼っている光景を発見した。

シールを貼っていたのは、パンコーナーだろうか。既に複数の一般客がパンコーナーに集まっている。

買い物かごを見て見ると――そこに入っていたのは消費期限が明日までのパン、それも半額シールが貼られている物だ。

何処かのアレではあるまいし、それを狙ってくる人間がいるとは――と若干探りをいれたデンドロビウムだったが、気が付くと彼女も一般客と同じ状態になっていた。

彼女の買い物かごには、カレーパンとチョコクリームのコッペパンが入っていたのである。



 そんなそれぞれの日常がありつつも、ARゲームは草加市において重要なポジションに位置していた。

周辺の都道府県からすれば、ARゲームで町おこしと言うのは夢物語と考えている市町村があったのは事実である。

ネット上でも馬鹿にされた事があった。それに加えてネット炎上も――。

【ARゲームって知ってるかい? 昔、ネットでも有名だったコンテンツだったっていうぜ?

【しかし、今やネットは炎上し放題――油断をしていると、芸能事務所関係者に通報されてバッサリだ】

 有名なネットのテンプレでも、ARゲームは決して最強のコンテンツではないと明言され――ネット炎上は数カ月続いたとも書かれていた。

それだけARゲームはチートコンテンツではなかった事の証明だろう。

芸能事務所が裏でコンテンツ流通を掌握しようとした超有名アイドルとはけた違いである。

【それでも、ARゲームを信じて戦うゲーマーが――ガーディアンだって噂だ】

 ARガーディアン、彼らは何処へ向かうのか?

ARゲームに関わる人間は、誰もがネット炎上に加担してしまうのか?

全ては、草加市が――アーケードリバースに関わるゲーマーが明らかにしてくれるだろう。

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