エピソード9~エピソード15

###エピソード9



 午後1時30分頃、山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)はアンテナショップの前で足止めを食らっていた。

不審者と言う訳ではないのだが、グレーのコートにARメットを装備した状態と言う事もあって不審者扱いされている。

アンテナショップではARメットやARバイザーを装着したままの入店は可能なはずであり、不審人物扱いされるのはクレーマーであれば人格権侵害と訴えそうな気配だ。

山口の場合、そこまでの対応には発展しないが――。店側の対応はアンテナショップ側で新人バイトに周知徹底していないのが理由だろうか?

「これは大変失礼しました。まさか、あの山口社長がお忍びで来るとは――」

 別の裏口経由で男性スタッフに誘導される形で、店内へと入店は出来た。

そこまで優遇されるような事をしたのかは、別として。

山口の方も心境は複雑であり、こうまでされると逆に何か悪い事をしたかのような感じさえする。

「こちらとしても、別に大事になるような事はしていないのだが――」

 山口は自分がやった事に関して、大事と言われるようなことと言われると複雑だ。

あくまでもARゲームに関するノウハウを保護する為に動きまわっていたにすぎないから。

これは後に草加市とふるさと納税の関係や町おこしにも影響するのだが――それは後ほど。



 山口は別の青色のユニフォームを着た新人男性スタッフの誘導を受ける形で、アンテナショップの店内を案内された。

先ほどのスタッフはショップ責任者であり、別の対応をする為に席を外したのである。

「入り口では、申し訳ない事を――」

 男性スタッフの方は、すっかり弱気ではないのだが――入り口での対応をやり過ぎたと反省していた。

山口の方は「そんな大げさな事は――」と言わんばかりの困惑をしている。さすがに表情を見る事は出来ないが。

「君はARゲームに興味は?」

「ゲームに興味がある訳では――」

「ARゲームのアンテナショップは、基本的にARゲームがメインの仕事になる。興味がないというのはおかしいのでは?」

「時給で1500円という短期バイトが、これ位だったので」

 男性スタッフはお金がどうしても必要であり、興味は別としてARゲームのアンテナショップでバイトをする事に決めたらしい。

何にお金が必要なのかは、敢えて聞かない事にしたが――何かを買う為にお金が必要そうな顔はしている。

山口も彼の気持ちは若干理解できる。興味のない分野でもお金が必要であれば、やむ得ずにバイトをする事だって――と。

さすがに犯罪行為に手を出すのは論外だが――。

 しばらく案内してもらっていると、ARゲームのフィールドに到着した。

ここでは、ARゲームでも人気機種である『アーケード・リバース』が展開されている。

山口は観戦が目的ではないが、近くにあったベンチに腰をかけて男性スタッフにも座るように――。



 対戦カードは6人対6人、輸送トラックの指定エリアまでの護衛が勝利条件となるシンプルな物だった。

赤チームが6人でトラックを護衛するのに対し、青チームは3人がトラック、3人がゴール地点で待ち伏せと言う作戦の様である。

「君は――ARゲームをどう思う?」

 山口は男性スタッフに質問をした。ゲームを薦める訳ではないが、ある程度の理由は聞きたいと考えているようである。

「テーブルゲームであれば、少しは興味ありますが――」

 男性スタッフはカードゲームであればプレイした事はあると言うか、おそらくはそちらがメインなのだろう。

お金に関してもカードを買う為の物かもしれない。

「ARゲームにもテーブルゲームを扱った物がある。麻雀やチェス、囲碁、将棋と言った物もオンラインゲーム化された時代だ――」

「それは分かって――います。カードゲームでもデジタルカードを使う物があると言うのも、ネットで知りましたが」

「ARゲームを毛嫌いする人間には、VRゲームとARゲームを混同するケースがあるらしい」

「VRゲームでチートを使って無双するプレイヤーを題材にした小説がある事も――理由の一つと言うのは、自分もネットで知りました」

「そこまで分かっているなら、どうして――ARゲームを?」

 山口は何となく男性スタッフの言う事にも一理あると思った。

ARゲームとVRゲームは一見すると類似ジャンルかもしれないが、実際は異なる物を使用している。

それが区別できない――むしろ、同一と見てネット炎上させようと言う勢力がいる事も――彼は把握していた。

「――非常警戒? どういう事だ」

 山口は唐突にARメットに表示された非常警戒の警告表示に驚いていた。

そして、山口の目の前に赤チームのプレイヤーの一人が飛ばされて来たのである。

飛ばされても、特殊フィールドで防御されるのでギャラリーに被害が出ない。本来ならば、そのはずだった――。



###エピソード10



 それは唐突な出来事と言っても差し支えのない物だった。

一瞬にして、平和とも言えるような光景は地獄絵図へと――変わったのだから。

「――非常警戒? どういう事だ」

 山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)は唐突にARメットに表示された非常警戒の警告表示に驚く。

次の瞬間には山口の目の前に赤チームのプレイヤーの一人が飛ばされて来たのである。

飛ばされても、特殊フィールドで防御されるのでギャラリーに被害が出ない――と周囲のシステムを知っているプレイヤーは誰もが思っていた。

「まさか――システムのハッキングか?」

 即座に男性スタッフも離れた事もあり、被害はベンチの損傷だけで何とかなったのだが――明らかに何かがおかしい。

本来であれば起動しているはずの特殊フィールドが一部分だけ展開されていなかったのだ。

しかも、ご丁寧にバリアが展開されているように偽装した上で――。

ARバイザーで見ればすぐに見破れる系統のトラップだが、ARバイザーを持っていない一般市民にとっては致命的である。

「ハッキングとは――穏やかではない」

 今回の一件をフィールド内から見ていたのは、ガーディアンのプレイヤーである。

彼は赤チームに所属しているのだが、目的はチートプレイヤーの発見等ではない。

今回に限って言えば、ARゲームの初心者講習をアンテナショップと共同で行っていた。

一連の事件を起こしたのはアイドル投資家や悪乗りでネットを炎上させるような勢力とも違う。どう考えても、計画性があったのである。



 ハッキングを行った人物は、今回の事件とは関連性がないと分かったのは犯人を捕まえてからだったと言う。

「興ざめだ。あのチート連中は――どう考えても、狙いが自分にあると言えるだろう」

 この光景をフィールド外から見ていたのは、私服姿のデンドロビウムだった。

ARメットを装着していないので、その素顔は目撃できるような物だが――誰も見向きさえしない。

どうやら、デンドロビウムどころの話ではないようだ。逆に、それが彼女にとっても許せないと言う事だったのだろうか?

「自分達だけにスポットライトが当たるように細工しているような連中は、いつしか自分達の行動がブーメランとなるだろうな」

 そして、彼女は足早に別のアンテナショップへと向かった。

一方で、その姿を見てストーカーのように追跡しようと考えた人物もいたと言う。

それがガーディアンなのかは、周囲も確認していなかったのだが――。



 男性スタッフは、この状況を見て手が震えていた。まるで、自分の見ている光景が――。

「街が燃えている――平和だった街が!」

 彼は手が震えているのだが、この怒りを何処にぶつけるべきなのか――そう考えていた。

目の前の光景は、まるでカードゲームアニメで見たような燃える街、その物だったのである。

「目に見えている街はAR映像――作り物の街だ。リアルとゲームを一緒にするな――!」

 山口は男性スタッフを正気に戻そうと肩をたたくのだが、その程度で彼の震えは収まらない。

さすがに周囲の一般市民のように動揺して逃げまどう様な行動はしないのだが――。

彼以外の別スタッフが一般市民を安全な場所へと誘導し、ガーディアンへと緊急連絡を行おうとするのだが、ジャミングの影響でスマホは使えなかった。

「あのスタッフ――ARゲームフィールドやアンテナショップではスマホの電波が圏外になる事も知らないのか?」

 山口は避難誘導をしているスタッフ以外が新人で、このような状況に適応していないと言う現実を目の当たりにする。

やはり、桶は桶屋という事なのだろうか? 自分の様な人物が踏み込むべき場所ではなかったのか?

「あの暴れているプレイヤーを止めればいいのか?」

 男性スタッフは気が動転しているのかは不明だが、先ほどの口調とは全く別の表情を見せた。

まるで、何かが憑依したかのような展開である。これもガードゲームではよくある事なのか――。

《ARシステム――チェック》

 彼が右腕に装着しているのはARガジェットではなく、カードゲームで使用するガジェットと言うべきか。

そのガジェットが変形し、カードゲームのフィールドを形成すると言う訳ではない。

次の瞬間にはARガジェットから光が展開され――男性スタッフには西洋の甲冑を思わせる鎧が装着された。

《ARガジェット――システム正常。アーケードリバース――乱入許可、承認しました》

 まさかの乱入である。男性スタッフは、メンバーの欠けていた赤チームの助っ人としてフィールド内へ突入したのだ。

「馬鹿な――このタイミングで乱入だと!?」

 青チームのトラックを襲撃していたプレイヤーは、乱入プレイヤーの出現に驚いていた。

しかし、プレイヤーネームがデンドロビウムでもネット上で話題のアルストロメリアデモなかった事には、青チーム内でも一安心をしている。

「こっちとしては、お前達の様な力で訴えるような人間には愛想が尽きている――」

 男性スタッフはロングソードと思われる剣を展開するのだが、そのデザインを見て一部のプレイヤーはログアウトをしようとサレンダーボタンに手を――。

「サレンダーなど、させるものか!」

 彼は何をされたのか分からないような状態で、スタート地点に戻されていた。

まさか、ロングソードの一撃だけで倒されるなんて――それこそチートと言われても仕方のない事である。

しかし――彼の武器はチートが使用されている訳ではない。

「ペンドラゴン――そう言う事か」

 男性スタッフは、自分が呼び出した剣の名前を見て若干驚いていたが――すぐに気持ちを切り替えた。

ペンドラゴン――プレイヤーネームを入れる暇もなかった彼は、ネームエントリーを求められた際――頭に浮かんだ名前を入力していたのである。

手に持っているロングソード、それがエクスカリバーであると自覚したのは――勢いに任せて青チームのプレイヤーを倒し、ゲージを割ってからの事だった。




###エピソード11



 ペンドラゴンの一件は、ネット上でも話題になった。

彼の活躍をメインにした記事が大半であり、超有名アイドルの株を上げる為の炎上狙い記事やまとめサイトは――何処にもないのである。

厳密には、あるかもしれないが検索避けを施しているのがほとんどだろうか。取り上げていたとしても、アフィリエイト収入狙いなのは明白だが。

「色々と――この状況に突っ込みたい自分がいるが、今はよそう」

 アンテナショップのフードコート、そこでコーヒーを飲んでいたのは一人の女性だった。

彼女に声を賭けようと言う人物はいないと言うよりも、アンテナショップでナンパ行為は禁止されている。

しかし、身長180に近いような長身――それに、アマゾネスの様な肉体を持つ女性に声をかける勇気ある人物がいるかどうか、だろう。

彼女はARバイザーを装着していないが、コーヒーを飲むのにバイザーを装着するのも不便である。

覆面レスラーのように口がオープンになっていれば話は別だが、そう言ったタイプの形状は市販品では入手困難だ。

「この辺りに突っ込むと言う事は、ネット炎上勢と同類に見られるだろう。つぶやきサイトのアカウントを持つのも、危険すぎる」

 彼女の名はアルストロメリア、ふるさと納税の納税者でもあるのだが、それ以上に彼女は――。



 7月11日、ネット上では朝のニュースで報道されたアイドルファンのネット炎上行為が話題となっている。

この話題を見たとき、ARゲーマーが感じたのは一連の事件がこちらへ飛び火しない事。

しかし、チートプレイヤーの事件やデンドロビウムの存在を踏まえると、それも無理な話と言えるかもしれない。

「これは、どうした物か――」

 ARガジェットで一連のまとめサイトの話題を見ていたのは、デンドロビウムである。

彼女が今回のアイドルファンに関するニュースに関心を持つ訳ではないのだが、そこからチートプレイヤーが何かの理由を付けてARゲームを潰してくるのかもしれない。

そうした環境になって行くのは、ARゲームの誕生した理由等を踏まえると――関心出来るものではない。

「ARゲームはコンテンツ市場の活性化を目的として誕生した。聖地巡礼や町おこし等では限界があると考えたメーカー側が、短命化するコンテンツに対して――」

 デンドロビウムはふと何かを考えるのだが、そうやっても一連の事件がすぐに解決するわけではない。

それに、超有名アイドルファンは自分達の推しアイドル以外はすべて排除しようと動くだろう。

さすがに、推しアイドルの為に同時多発テロ等を起こすような事をすれば――日本のコンテンツ市場は確実に終焉を迎えるのは百も承知である。

「何をばかな事を考えるのか――チートプレイヤーと言い、モラルを失ったアイドルファンと言い」

 デンドロビウムは皮肉を愚痴る。こんな事を言っても、自分には何の得にもならない。

せいぜい、自分がチートプレイヤーを狩り続ける理由を正当化するには――役に立つだろうが。

彼女は、それでも昨日の連中が起こした行為には許し難い物がある。

「ペンドラゴン――彼のガジェットも分からない事があるが、あの時の連中はARゲームの基本すら無視した――」

 そして、デンドロビウムはARガジェットを肩にかけているポーチにしまい、ARゲームフィールドへと向かう。

「ARゲームの基本に従った上でのチートプレイヤーであれば、まだ分かるが――あの連中はネット炎上を意図的に起こそうとしている」

 デンドロビウムが一番関わりたくない勢力、それがネット炎上を意図的に起こして炎上行為を楽しみとして行う連中である。

そうした勢力を取り締まる法律がない以上、デンドロビウムでも手の打ちようはなかったのだ。



###エピソード12



 アーケードリバース以外の話題だが、ある動画が話題になっている。

【ヒールレスラーのソレとは比べ物にならないだろ】

【相手側もチートを使っていたという事を差し引いても、これはひどい】

【一体、奴はチートに何の恨みがあるのか?】

【冗談じゃないぞ!】

【アレがリアルチートとでもいうのか?】

 ネット上のつぶやきでも、この人物に対しての批判的な意見が拡散している。

実際、ネット炎上目的で炎上させているような人物の膨張や捏造による発言ではなく、膨張も捏造も何もないのだ。

それ程に、この人物の存在はARゲーム運営でも危険視するようになったのである。

いくらなんでも、チートプレイyた―に対する制裁レベルが低い運営もいるのだが――。



 その人物は、身長190以上の長身女性――黒髪のロングヘアーにメガネをかけている。

メガネがARバイザーの役割をしている訳ではなく、ARガジェットは別に所有している可能性が高いだろう。

対戦相手は、身長2メートル以上のパワードスーツである。装備的にも、女性の方が圧倒的に不利と言える。

このバトルはアーケードリバースに代表されるFPSやTPSではない。いわゆる、対戦格闘ゲームと呼ばれるジャンルだ。

1ラウンド3分、3ラウンド勝負という格ゲーではなく格闘技に近いルールで行われているのだが――。

【アレは圧倒的に不利だな】

【相手は男性だと聞く。ハンデがあり過ぎないか?】

【格闘技ベースなのは勝利条件のみ。基本的に、AR格闘は何でもアリだ】

 このゲームは、あくまでもARゲームである。実際の格闘技のルールがコピペレベルで導入されているはずもない。

中には柔道や相撲と言ったスポーツであれば、そちらはルールも同じかもしれないが、これは総合格闘技と言うよりもストリートファイトである。

「これで、貴様も終わりだな! アイドルグループを馬鹿にした事を――」

 パワードスーツの人物が女性の方に間合いを詰めるかのように接近するのだが、その最中に迂闊な事を発言してしまった。

これを聞いた女性の方は、目の前から姿を消す。そのスピードに、パワードスーツの方も反応するのだが――。

「ARゲームで超有名アイドルのグループ名を具体的に出す行為は、宣伝行為として禁止されている。そして、それは――負けフラグに直結する」

 彼女の方は、左腕のトンファーらしき武器で相手を気絶させる。そこで、勝負は決していた。

しかし、彼女のターンは終わっていなかった――厳密には、彼女なりの制裁が始まったと言ってもいい。

「そして――チートプレイヤーは、その多くが芸能事務所から賄賂を受け取って、特定コンテンツを炎上させようとする!」

 無表情とも言える状態で、彼女はダウンしているパワードスーツの人物に対し、トンファー~変形させたパイルバンカーと呼ばれる武器で頭部に集中攻撃を仕掛ける。

これに関してはジャッジの方も止めようとするのだが、そのジャッジが止められない状態にあった。

それもそのはず――相手はジャッジが介入できないように不正アプリをガジェットにインストールしていたのである。

「話すのよ! 何処の芸能事務所の差し金か! そして、何処からチートアプリを手に入れたか!」

 彼女の容赦のないとも言える攻撃は続く。次第にパワードスーツには亀裂が入り、最終的にはパワードスーツが割れた。

これによって勝負は彼女の勝利――となるはずだったが、それでも彼女の怒りは収まらない。



 動画に関しては、ここで終了していた。勝者は、女性の方である。相手はチートアプリの使用で反則負けの判定を受けた。

しかし、彼女のやり方が正しいと言われると――やり過ぎと言って間違いはない。

【デンドロビウムでも、ここまではやらないだろう】

【なんて奴だ!】

【チートプレイヤーは人間じゃないとでも言う様な――】

【これは明らかにネット炎上勢の格好の餌だ】

【訴訟が来てもおかしくないぞ! これは――】

 動画のコメントでも過激な発言が動画内に流れている。

これでも下ネタ等を含むような物等は削除されているので、これでも――ある程度は抑えられている程度だ。

彼女の名は北条高雄(ほうじょう・たかお)、不正破壊者(チートキラー)を自称する彼女のやり方は――明らかに常人ではなかったのである。



###エピソード13



 北条高雄(ほうじょう・たかお)、彼女の動画の件は様々な場所へ影響を及ぼす事になった。

しかし、一般のプレイヤーには何も問題はない。チートに触れなければ、襲撃される恐れもないからである。

そうした事から――ごく一部のプレイヤーに恐れられる存在としてネット上では拡散された。

「まぁ、そうなるだろうな」

 アルストロメリアは高雄のまとめサイト上の記事を見て、大体の事情を察した。

明らかに悪乗り勢力が超有名アイドルを神コンテンツにしようというアカシックレコードに書かれているような――とまでは行かないが、ニュースの内容が誤解を生むのは目に見えている。

「この記事が、投資家連中にどう見えるのか? 株式市場が変動するのか、それとも――ふるさと納税が破たんするのか?」

 彼女はさりげなくメタな発言をしたようにも――それ程の感情をこめて、響くを言ったのだろうか?

アルストロメリア、その花言葉には『未来へのあこがれ』と言う物があるらしい。

彼女はARゲームで使用するネームに、この花の名前を付けた理由は――?



 高雄の動画は、注目される事になった11日以前にも存在した。それこそ、ジャンルは様々なARゲームで。

ただし、リズムゲームの様な筺体を破壊するような行為が禁止されている物、挑発行為の禁止等が設定されている麻雀やパズルなどのテーブル系では見かけない。

対戦格闘やアクションシューティング等で見かけるケースが多いようだ。

「彼女だけには来て欲しくない――そう思うのは必然だ」

 アンテナショップで商品整理を行い、休憩中だったペンドラゴンは高雄のプレイ動画を見て率直な感想を述べる。

ペンドラゴンの隣にいるバイトも同意見なので、そう言う事なのだろう。運営側もブラックリスト一歩手前なのは納得の一言か。

「あれだけのプレイヤーだと、レースゲームに参戦すると交通事故は不可避――」

 バイトの男性は、高雄のプレイスタイルを見て何かを感じていた。

あれだけの暴走を繰り返す以上、チートプレイヤーを見かけたら何をするか分からない。

レースゲームであれば、相手プレイヤーがチートを使っていた場合――意図的な事故を起こす可能性だってある。

「ARゲームで意図的な事故を起こす事は禁止されているはず。その為の安全装置も――!?」

 ペンドラゴンは、あの時に自分が目撃した事を思い出した。

それは、ペンドラゴンのデビュー戦となった――あの時のアクシデントである。



 午後1時30分、ある人物が草加市へとやって来た。ご丁寧に私鉄を使って――草加駅から出てくる姿が目撃されている。

電車内は混雑している様子はない。各駅停車で谷塚方面から来た電車だが――平日と言うのもあるだろう。

しかし、混雑はしていないのに草加駅で降りる乗車客は多かった。谷塚駅についたときにも、数十人規模で降りる客がいたのである。

彼は秋葉原から電車に乗ってやって来た――ガーディアンの一人だった。

「北千住から西新井、各駅に乗り換えて――草加か」

 腕時計ではなく、スマホの時計を確認する辺り――この街の事情を知らないと思える。

次の瞬間、スマホの電波が圏外になっている事に気付いたからだ。この状況には、頭をかきながら考えたのだが――対策が思いつかない。

「スマホが圏外? ガーディアンの話には聞いていたが――対策を――?」

 そして、ようやく圏外だった正体を目の前を通り過ぎたパワードスーツのプレイヤーを見て気づいたのである。

「ARゲーム――そう言う事か」

 ガーディアンに所属していながら、何故かARゲームには精通していないと言うよりも――情報が乏しいような彼は、これでもガーディアンの生みの親である。

アキバガーディアンの創設者としてもネット上で有名だが、それよりも彼の場合は別の分野で有名だった。

「駅伝の橿原だと?」

「日曜に何かあったか?」

「日曜に草加市内でマラソンと言う話は聞かない。じゃあ、どうして?」

「スポーツのマスコミも周囲にいる様子がないという事は――」

 ある2人組の野次馬が彼の姿を遠目で目撃し、誰かなのか分かっている様子でスマホをかかげる。

しかし、ARゲーム用フィールドが展開されている以上はスマホが使えないのは――草加市内では常識だった。

「どうやら、ここでも有名らしいね。オレは――」

 彼の名は橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)、過去には箱根の駅伝にも出ていた有名選手でもある。

趣味のアニメが――と言う訳ではないのだが、趣味のあった数人とアキバガーディアンの基礎となる組織を立ち上げた事もネット上では有名エピソードだ。



 ペンドラゴンの動画を見て、心境複雑な表情をしていたのは運営サイドもだった。アンテナショップのスタッフが介入するのは、あまり良い事とは思っていないらしい。

それも一部の機種に限られる事だが、内部情報を知った上でプレイしていると感じられるのが運営としてはネット炎上のネタにされると考えているのだろう。

「彼の介入は、特に大きな問題にするほどではありません。むしろ、スタッフでもARゲームに興味を持たない人物がいると言う事例を示すケースになるかと」

 ダブルアイが光るARメットを被り、その素顔を隠すのは――北欧神話を思わせるデザインの重装甲ARアーマーを装備した人物だった。

カラーリングは白銀であり、ネット上で話題の青騎士と一部アーマーで共通部分はあるのだが、そう思わせないカスタマイズがされている。

それに、重装甲アーマーはARメットで見る際に表示される物であり、一般人にはバイクのメットを被ったぽっちゃり体型の女性が――という光景に見えた。

かなりシュールであるのだが、これはARゲームとVRゲームの決定的な違いと言える。

あくまでも拡張現実を売りとしている為、ARフィールド外ではARバイザーとインナースーツ以外は具現化できない。

「我々としては、ARゲームの技術が悪質な権利売買を目的とした転売屋、芸能事務所の様な自分達のアイドルを売り出す為の踏み台にするような連中に渡らなければ――」

 この人物のARガジェットには『スレイプニル』と書かれていた。あくまでもカタカナではなく、英語だが――。



###エピソード14



 橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)、彼は過去に駅伝で箱根山を走った事があった。

その際、スポーツ記者等から『山の神』とも恐れられていたという逸話もある。

その際は橿原ではなく、柏原(かしわばら)だったという話もあるのだが――近年は橿原でエントリーしているケースもあって、橿原で通じるという。

この時の映像を見た陸上選手達は揃って「これが駅伝のランナーなのか?」とか「人間技じゃない」等と言われたという話も。

 彼がガーディアン組織を立ち上げたのは、出雲(いずも)と言う女性に遭遇した事が始まりと言われている。

大学を卒業後の話なので、駅伝で活躍していた裏でガーディアンとして動いていた訳ではない。

その時の話はネット上でも諸説あるようだが、真相は不明として扱われている。

「橿原の行動は意図的に秘匿されている訳では――ないようだな」

 タブレット端末で本のページをめくるようなスライドでサイトを見ていたのは、アルストロメリアだった。

彼女も橿原を偶然発見したのだが、ギャラリーとはもっと違う場所で発見する。

 その場所とは――ARゲームを扱っている駅前のアンテナショップ。入口を入った所にあるモニターの前だった。

そこで、彼はARゲームのプレイ動画の下に流れるニュース速報をチェックしている。

【ARパルクール、ロケテスト実施中】

【ARTPSで賞金付き大会を開催】

【ARゲームの新型ガジェット発売開始】

 他のプレイヤーであれば飛ばすような見出しのニュースも、彼は注視しているように見えた。

まるで、未知のジャンルへ飛び込むような――そんな感覚なのかもしれない。



 センターモニターの近くには無人レジが配置されており、そこでARガジェットのパーツを購入する際にバーコードを通す物らしい。

セルフレジであれば試験導入している場所があるのは知っているのだが、無人レジは始めて見る。

万引き等の問題点を解消できなければ、レジの無人化は難しいと言われているが、それを草加市は実現して見せた。

商品に付けられているバーコード、これはICチップの様な物ではなく、特殊なインクでプリントされたバーコードである。

インクに混ぜられているのは、万引き防止のタグで使われているような装置と同じ役割をしている物らしい。

「秋葉原でも試験導入しているシステムだが――ここまで完成度の高いのは初めて見る」

 そのシステムを見た橿原は関心しているような表情で、レジの前でタブレット端末を起動し、写真を取ろうと考えている。

こうした店舗は大抵が撮影禁止となっているのが当たり前、タブレット端末のカメラ機能は動作しなかった。

仕方がないので、隣に置かれている整理番号を発行するような端末を発見し、その端末を興味深そうに操作し始める。

 この端末は、ARガジェット用のアプリや情報誌のダウンロードが可能な物で、ARガジェットであればアプリのダウンロードが可能だ。

アプリはARガジェット以外ではダウンロード吹かだが、情報誌やチラシの類はタブレット端末やパソコンでもダウンロードできる。

アプリ類は有料な物もあれば、無料の物もある。情報誌に関しても、それは同じだ。

 橿原は少し悩みつつも、気になるタイトルの情報誌を端末で発見する。

【アーケードリバース報告書】

 報告書と言うタイトルだが、説明には「ふるさと納税」や「ボランティア活動」のようなゲームとは無縁そうな単語もあった。

橿原としては異様な光景と考えている。草加市独自のふるさと納税と言う訳ではなく、類似案件は他の市町村でも行われているようでもあった。

秋葉原でふるさと納税と言う物はないが、ARゲームの利益の一部でガーディアンの活動が行われているのは有名な話。

それを踏まえても、これは異様な光景と橿原は感じている。一歩間違えると「税金泥棒」と非難され、ネットが炎上しかねない。

 目的物を簡単に入手できたことには肩すかしだが――目標を達成できたことには違いないだろう。

「これ以上の長居は――?」

 橿原は何やら後ろの方で騒ぎの声がしたので、そちらへと向かった。場所としては、先ほどまでニュースを見ていた場所である。

センターモニターの前には既に数十人のギャラリーが出来ていた。

まるで、サッカーのパブリックビューイングを思わせるような規模とまでは言わないが――盛り上がっていることには違いない。

「あれは――ARFPSか」

 モニターを見ると、2メートル位のロボットや布面積が少なそうなセクシーガンナー、更には海賊を思わせる剣士の姿もある。

どう控え目に考えても、これは自分でも見覚えのある光景なのは間違いない。秋葉原でも展開されているARFPSのソレだったからだ。



 橿原の姿を見て、周囲がドン引きするような気配は全くない。

ARゲーム用のインナースーツだけの人物もいれば、女性プレイヤーでも肌色が若干多い水着姿と言う人物もいる。

それを考えれば、彼の改造型のコートに文句を言う様な人物はいないと同然だ。

彼がガーディアンの正装を着ないのには、色々と理由があるのだが――詳細は省く。

「ARFPSにしては、プレイヤーの人数が少ない。元々、FPSはそんな感じか」

 FPSとTPSの違いと言われると、視点の違いになるかもしれないが――この場合はFPSと言った方がよいだろうか。

「それに――味方によっては、対戦シューティングと言える可能性もある」

 周囲に配慮する形で、橿原は遠目から観戦する事にする。

どちらにしても、通行の邪魔になるような陣取りは禁止されているので――それに配慮する形で遠くで見る事にしていた。




###エピソード15



 7月12日、その日は雨が降りそうな気配がする空模様だった。しかし、何とか雨が降る事はなく――持ちこたえている。

雨は千葉や神奈川などで小雨気味であり、埼玉では午前中の段階で日差しもあった事もあり、野外を対象としたARゲームが中止になる事はなかったと言う。

ARゲームのジャンルによっては雨によって環境が激変し、スリップなどの危険性が出てくるジャンルもある程。

さすがに大雪や大雨では中止になるジャンルも存在するが――こうしたジャンルは安全性を重視しての判断で中止を判断している。

交通渋滞や電車の運転見合わせ等では、さすがにアンテナショップもやむ得ずに中止となるケースもあるが、あくまでも店舗判断に任せられていた。

「ホームページでは中止と言う告知はなかったようだが――屋内系は中止とは無縁か」

 インナースーツにライダーメットを思わせるようなARバイザーを装備し、アンテナショップ前のモニターを見つめているのは――ジャック・ザ・リッパーである。

ARゲームフィールド内ではないので、アーマーは装備していない。あくまでも、あのアーマーや武装はARゲーム内に限定されるようだ。

この人物はバイザーをオープンして素顔を見せるような気配は感じられない。正体を見せたくないという事情があるのだろうか?

アーマーを装着していないと周囲はジャックと認識できないらしく、この人物に近づこうと言うギャラリーはいない。

体格も何かの疑惑を抱かせるような気配がするのだが、周囲は空気を読んで振り向こうとはしなかったと言う。

 ARメット及びインナースーツは、谷塚駅から松原団地駅の範囲であれば装着したままでも電車に乗る事は出来るし、アンテナショップにも入店は可能だ。

さすがに銀行などの警備が厳重な場所、ARゲームとは無関係と明言している個人経営の居酒屋やレストラン等は入店を拒否される。

この場合はARメットを脱げば問題なく入る事が出来るのだが、さすがにコスプレイヤーがコスプレしたまま等は――拒否されるだろうが。

草加市は、埼玉県がアニメやゲームの舞台になっている事が多いという事もあって、これを町おこしやふるさと納税に生かせないか考え、その結果が今回のARゲームとなる。



 ジャックがARゲームフィールドの対象となるアンテナショップ店内に足を踏み入れると、誰もが見覚えのあるマントが特徴なアーマーが装着される。

これに関してはAR映像を見る事が出来ない一般市民でも問題がないのは――設置されている機械が対応しているかどうかがカギとなる。

以前にジャックが不良グループを撃退した時のアレは、使用されているシステムのバージョンが古い事もあってシステムが火対応だったとも言えるかもしれない。

「あれが噂のジャック・ザ・リッパーか――」

 ARガーディアンの男性メンバーが、ジャックを発見して即座に通報しようと考えていた。

しかし、その通報を即座に無効化したのは――予想外の人物だった。

「ジャミング? 馬鹿な――アンテナショップ内はスマホではない限りは問題ないはずなのに」

 彼が通報に使おうとしたのはARガジェットである。スマホでは電波障害で圏外となってしまう為、こちらを利用しようと考えていた。

しかし、通報を考えていた数秒後にはガジェットの通話機能が使えなくなったと言う。このような不具合は通常あれば考えられない。

不良品を掴まされたとはガーディアンも考えていないので、背後を振り向いて何者かがいないか確認をしようとしていた矢先――。

「ARゲーマーを、騙し打ち同然で消すなんて――関心は出来ない行為だな。ゲームのルール以前の問題だ」

 ガーディアンの男性は目の前に姿を見せていた人物に驚きを隠せなかった。何故、彼女がここにいるのか?

「我侭姫――デンドロビウム?」

 そこにいた女性、身長168センチで外見こそは幼女と言えるのかもしれないが、オッドアイを初めとして不釣り合いな特徴が多すぎた。

その人物がデンドロビウムと気付いた時には、時すでに遅し――と言えるかもしれない。

「ゲーム中で決着を付けるならまだしも――不正プレイヤーでもない人間を通報し、評判を落とすという寸法か?」

 デンドロビウムはARガジェットをガーディアンに突きつけるような行為はせず、拳を握った状態の右手をガーディアンの顔面ギリギリまで――。

下手をすれば顔面パンチが決まるような状態である。ARガジェットを装備していれば、顔面に拳が当たらなくてもプレイヤーは吹き飛ぶだろう。

「ジャックは我々にとっても邪魔な存在。消さなければ――有名アイドルの夢小説を書けなく――」

 ガーディアンの一言を聞き、この人物は偽物のガーディアンであると自分で白状してしまったのだ。

恐怖のあまりに動揺したのが――彼にとっても裏目に出た。どうやら、実在する女性アイドルの夢小説を書いている勢力に所属していたらしい。

「そっちの話題は門外漢だが――コンテンツ流通を阻害するチートと言うのであれば、話は別だろう?」

 デンドロビウムは、この人物がアイドル投資家と呼ばれるチートガジェットを流通させているメンバーだと考えていた。

しかし、その人物は真相を言う事もなく――そのまま逃げてしまった。


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