エピソード6~エピソード8
###エピソード6
午後1時、デンドロビウムのアウトロー狩りとも言えるバトルが始まった。
味方のプレイヤーが5人いるが、彼らと協力をする気はない。最初に『こちらは任せて欲しい』とチャットメッセージを送った位で。
ミッションはコンテナ争奪戦になっていた。指定位置にあるコンテナを回収し、お互いのゴール地点へ運べば勝利という分かりやすいルールでもあった。
しかし、このルールには大きな落とし穴がある。コンテナの中身が入っている状態でコンテナが破壊される、あるいはコンテナの中身が破壊された場合は無効試合となってしまう。
そうならない為にも連携でコンテナを先に確保し、ゴールまでのルートを確保するのが重要となってくるだろうか。
中にはコンテナを盾にして敵の攻撃を回避するような手段も存在する。これは戦術なので反則にはならないのだが――あまり推奨される手段ではないのは明らかだ。
最初にコンテナへ到着したのは敵プレイヤー側の軽装アーマーのプレイヤーだった。1人はロングソード、もう1人は鞭を装備している。
ゲームの雰囲気としてはSF等が想定されていそうだが、彼らの装備はファンタジー系のソレだったが――これも反則ではない。
環境に応じて適材適所の装備を選ぶのも、プレイヤーには必要となるスキルだからだ。
世界観の空気に合わせて使いづらい装備を使う位ならば、他のゲームで慣れている装備を使うのが一番と言うのもネット上で広まっていた有効的戦略と言える。
「コンテナは問題ないな」
「全くだ。しかし、相手がリモコン爆弾を仕掛けている可能性もある。警戒を怠るな」
相手側のプレイヤーは既に別のプレイヤーが到着し、トラップを仕掛けていると考えていた。
その為か、周囲の警戒を重視している。ARガジェットのレーダーなどもフル活用するのだが、反応に引っ掛かるプレイヤーがいない。
どうやら自分達が一番手らしい――そう安心した矢先、突如として上空に現れたのは、予想外の人物だった。
その人物は、このゲームに合わせたかのようなデザインのスニーキングスーツを身にまとい、右腕には警備隊で使う様なシールドの小型版が固定されている。
それに――ARメットを装着している一方で、金髪がちらりと見えるようだが――ロングヘアーなのだろうか?
「こいつ! 何処から!?」
ロングソードの使い手は、そのまま彼女に突撃をするのだが――何かで蜂の巣にされたかのような倒れ方をする。
その後、彼はスタート地点へと転送されてしまった。一瞬の油断が、こうした所で命取りになると言う証拠だ。
「スニーキングスーツで油断していたが――!」
鞭の使い手は、スーツを着た人物のスタイルを見て女性だと分かっていた。しかし、女性プレイヤーだからと言って初心者とは限らない。
つまり、ロングソードの使い手が瞬殺されたのは――彼女を外見で油断したからである。
ARゲームでは女性プレイヤーでプロゲーマークラスのプレイヤーは指折り数える以上に存在していた。ネット上の情報を調べれば、そんな事は常識のはずなのに。
「そんな奇襲で――こちらを油断させたと思うなよ!」
鞭の使い手は、まるでアクションゲームの主人公を思わせるかのようなナイフの連続投げと鞭のコンビネーションを披露した。
スニーキングスーツの人物も、ナイフの動きを見切って左足に固定していたハンドガンのロックを解除し、早撃ちでナイフの全てを叩き落とす。
叩き落とすというよりは、ナイフが銃弾と当たって相殺したと言うべきか。まるで、パズルゲームである。
「――気に入らない」
彼女がふとつぶやいた一言。それを聞いた鞭の使い手は激怒する。その直後、冷静さを失ったかのように鞭を振るい始め、先ほどまでの判断力を失っていた。
しかし、その鞭はでたらめに振り下ろしたのではなく――彼女のハンドガンを弾き飛ばしたのである。
丸越しとなった彼女を、このまま倒そうとしてブーメランを投げるのだが、今度は彼の方が致命的な部分を見落とす事になった。
「馬鹿な――こんな事が!?」
鞭の使い手は、ハンドガンを弾き飛ばした後――彼女が自分に向けて投げたナイフを全く警戒していなかったのだ。
それを鞭で振り落とせば――簡単に消滅するだろう、と彼は考えていたのである。
しかし、その考えは甘かった。ナイフは消滅することなく、鞭で叩き落としたと同時にナイフ部分が分離――ビーム刃の部分が直撃する。
「この構造は――スペツナズナイフか!?」
彼女が投げたナイフ、それは単なるナイフではなく刀身の射出が可能となっているスペツナズナイフだった。
ある意味でも入手が困難と言われるようなナイフを、彼女はどうやって手に入れたのか?
本物のナイフを手に入れるのは不可能なので、おそらくは何かしらのデータを入手したに違いない。
それでも、ここまで実用性を無視したような武器を好き好んで使うだろうか?
おそらくは、こうした一般的な思考や攻略本や攻略サイト通りの戦略を取ろうとした彼に――慢心があったのだろう。
「大正解よ――」
記憶が薄れていく鞭の使い手は、その先の言葉を聞く事はなかった。その頃には、スタート地点で目を覚ましていたからである。
そして、彼女はいわゆるチート使いと言う訳ではない。ただのプロゲーマーだった。
《ヴィスマルク》
彼女のネームを確認していたデンドロビウムは、何かの違和感を感じていた。
本来であれば、彼女は《ビスマルク》と入力したかったのだろう。戦艦ビスマルクと言えば、映画の題材になる程の有名な戦艦だ。
デンドロビウムが感じた違和感、それは別のショートメッセージを偶然目撃した事で解決する事になる。
###エピソード7
ゲーム開始からわずか2分、コンテナエリアへ突入した部隊の連絡が途絶えた事で、事の重要性に気付き始めていた。
「コンテナへ向かった部隊がやられた」
マシンガンで武装した重奏兵プレイヤーが現状を報告する。その様子は他のメンバーも把握済み。
バトルゲージも2人が倒された事で減少し、こちらは不利としか言いようがない。
しかし、ソレとは別にコンテナへ向かおうとしたプレイヤーを撃破したので、五分五分かもしれないが。
「既に2人はスタート地点に戻っているはずだ。2人は別の部隊に当たらせろ!」
リーダーと思わしき重奏兵プレイヤーは、ARゲームでもそこそこの実力者でもあった。
しかし、彼は部隊に所属しているプレイヤーの全てがチートガジェットを使っている事に気づかない。
実は、リーダーがチートプレイヤーの存在に気付かないのには別の理由があった。ARガジェットのチェック的な意味ではなく――。
「何としても勝たなければ――後がないのだ」
彼にとって、今回の敗北は降格的な意味でも後がないという状況だったのである。
チートを使っているプレイヤーでも、使っていない強豪プレイヤーでも――同じ反応をしたのだろう。
それが、彼にとっては降格よりも後悔するような事態に遭遇するとは、予想出来ていなかったのかもしれない。
2人のプレイヤーが撃破されたコンテナ付近、そこにはスニーキングスーツ姿の女性が立っていた。
スーツの方がぴっちりと言う感じなので、女性だと言うのは相当鈍い感覚を持っていない限りは見た目で分かる。
「大正解よ――って、聞いていないかもね」
チートプレイヤーを撃退したヴィスマルクは、周囲を再び警戒していた。
ARバイザーに表示されているレーダーには反応らしき物は出ていない。
レーダーに対するステルスがあったとしても、それを使えるのは数秒間のみ。それも、特殊スキルとしてだ。
「コンテナは他のプレイヤーに任せるか」
ヴィスマルクはコンテナに興味を示す事無く、別のエリアへと向かう。その表情には――複雑な思いがあるようだ。
そして、ヴィスマルクが離れたのと同時位に他の味方プレイヤーがコンテナを確保する事に。
デンドロビウムも周囲のチートプレイヤーを撃破していく内に――相手側のゲージは既に割れていた。
気づいた頃には自分達のチームが勝利していたのだが、それに気づいたのはゲーム終了のメッセージが表示されてからである。
「そう言う事か――」
デンドロビウムとしては消化不良な気配もする展開だったが、勝利出来たことには変わりないだろう。
相手はチートプレイヤーと言う事もあって、情け無用に撃破したような気配なのだが。
【速報:ビスマルクがAクラスに昇格】
ゲーム終了後、バトル速報の表示をONにしていた事もあった為、メッセージが流れてきたのだが――そこである事に気付いた。
先ほどのヴィスマルクと言う人物、実はビスマルクと入れる事が出来なかった可能性があったのである。
早いもの勝ちと言う訳ではないのだが、ネーム入力に関しては下ネタや不謹慎な名前でエントリーは出来ない。
それ以外にも特定の商品名等は使う事が出来ない。戦艦ビスマルクや戦艦大和であれば、特に問題視されるようなネームではないので、大丈夫だろう。
それでも――ビスマルクに関しては、プロゲーマーで既にビスマルクが存在する。それを踏まえると――。
###エピソード8
このゲーム終了後、既にログアウトをしていた人物がいた。デンドロビウムではなく、ヴィスマルクの方だった。
デンドロビウムが、その事実に気付いたのは――周囲のプレイヤーがログアウトをし始めた辺りである。
ログアウトに関しては一斉にログアウトする訳ではなく、ゲーム終了後から任意のタイミングでログアウトが可能だ。
ただし、ゲーム中のログアウトは不正の観点から出来ないようになっている。その一方で、災害等が近辺で起きた際は運営側で強制ログアウトがされる仕様だ。
ログアウトの仕様に関しては、ガジェットの取扱説明書にもちゃんと書かれており、それを無視してログアウトしたとは――到底思えない。
ヴィスマルクがログアウトした際、こんな会話がある場所で聞こえたと言う。
既に一部のプレイヤーもログアウトしていたのだが――子のプレイヤーはログアウトせず、フィールドにとどまっていた。
「まさか、ビスマルクか?」
「サブアカウントは禁止されているはず。名前が似ているだけの別プレイヤーだ」
これは相手側のプレイヤー、今回敗北した側のプレイヤーの会話である。
表情としては深刻そうな物で――何かを恐れているようにも見えるのだが、遠目から――と言うのもあって、顔は見えない。
「別プレイヤーだとしても、あのビスマルクだ――便乗じゃないのか?」
「こっちだって、そう思った。しかし、便乗だとしたら――あの強さの説明が出来ない」
「便乗の場合、動画サイトにアップされた動画の動作をトレスしようとする傾向がある。それはARゲームでも一緒だ」
「それは無理があるだろう。ARゲームが攻略本を片手にクリアできるような作品ではないのは、分かっているはず――」
「便乗と言えば、最近になって青騎士が増えている気配がする」
「まさか、あのヴィスマルクが青騎士の便乗?」
青騎士と言う単語が出たと同時に、もう一人の人物が否定をする。
ネット上では色々な炎上案件や都市伝説と言った物に青騎士が関係すると言う話があった。
それを踏まえると、彼が否定したがるのも分かるだろうか。何でもかんでも青騎士の仕業にするというのは――。
その後、この2人の人物はチートを使った事によってガーディアンに確保されることとなる。
それ以外にも、チームメンバーの1名以外が全員チート及び不正アプリの使用を疑われる事になった。
実際にプレイログを解析した結果、見事にチートが使われていたことが判明する。
しかも、チェックをすり抜けられるようなチップまで取り付けられていた事も判明し――不正ガジェットを締め出すべきと言う声が強くなる事になった。
一連のチート問題に頭を抱えているのは、運営やプレイヤーだけではない。
これによってイメージがダウンする事を恐れた草加市やガーディアン等も同じである。
草加市役所では、一連の事件を踏まえた緊急会議が行われていた。そこに集まったのは市議会議員を含め、様々な外部関係者――。
そう言った面々が会議室に集まっていたのだが、議題とは別の話題が出てきた事で会議は混乱を極めていた。
「特定芸能事務所から裏金を受け取っていたのは、そちらではないのですか!?」
「我々は芸能事務所などとパイプは持っていない。そう言った発言は名誉棄損に当たる」
「こちらも芸能事務所と言っただけで、有名なあの事務所を名指しした訳ではない。芸能事務所と言えば、あの事務所がすぐ出てくる方が――」
ある男性議員が超有名アイドルの宣伝が草加市内で露骨に行われている件に対し、裏金を受け取っているのではないか――と発言した。
それが、まさかの会議を中断させるに値する論戦を生み出すとは――誰が予想したのだろうか?
詳細な内容が流出しない理由の一つとして、この会議室にジャミング電波が展開されており、これによってスマホの電波を遮断している事にある。
ARガジェットであれば、このジャミングは効果がない物かもしれないが――ARフィールド以外でARガジェットは本来の力を発揮しない。
つまり、市役所内でARガジェットの通信機能を含めたARゲームのシステムは使えないのだ。
会議終了後、マスコミが市役所に詰めかけるような状況にはならなかったと言う。
それよりも別の話題があって、マスコミやテレビ局が足立区へ向かったのも不幸中の幸いだろうか?
「ここまで都合よくマスコミを動かすとは――よっぽど、話題を取られるのが怖いと言える」
コンビニの帰りに草加市役所の近くを通り過ぎた山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)は、市役所にテレビ局の車さえも姿がない事に疑問を持つ。
しかし、それからしばらくしてネット上で超有名アイドルの新作CD告知を兼ねたゲリラライブが足立区内で行われているという情報が入り、そこへ向かったと判断した。
「しかし、このような手法を使ってまで超有名アイドルは話題を提供し続けなくてはいけないのか――WEB小説を毎日更新するケースのように」
市役所には特に用事もなかったので、大きな変化がないと確認後――アンテナショップの方へと様子を見る為に向かった。
一体、彼は何をする為にアンテナショップへ向かおうと言うのか? 山口の姿を見て、プレイヤーが指をさしたりしないのが――その証拠かもしれない。
山口の知名度は決して低い物ではない一方で、彼自身は悪目立ち勢力と一緒にされて欲しくないという考えがある可能性が高いだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます