エピソード3~エピソード5

###エピソード3



 7月10日、動画が話題になってしばらくした頃だろうか。

デンドロビウムの動画を見て、何かの違和感を持つ人物が現れる事になった。

「これをチートと言う人間は――どうかしている」

 目の前にあるコーヒーの入ったタンブラーを片手に、この人物はモニターの近くにあるイートインスペースで動画を視聴していた。

高身長で30代位の若者は、いかにもファンタジーの様な装備をしているのだが――これはAR技術ではなく、コスプレである。

しかし、その下に着ているのはグレーのARゲーム用インナースーツであり、それを隠す為の服なのかもしれない。

「あの動きでチートとか言われたら、プロゲーマーとかどうするよ?」

 彼はコーヒーで酔っ払っている訳ではないのだが、ひとりごとに近いような愚痴をこぼす。

実際には酒を飲んで酔っている状態ではなく、単純に酔っ払いの真似と言うべきだろう。

彼はプロと言う訳ではなく、純粋にARゲームが好きなプレイヤーの一人だ。

しかし、ここ最近のプレイスタイルはチートプレイヤーには情け無用と言うデンドロビウムに近いと思わせるスタイルに変化している。

そう変えてしまったのは、チートプレイヤーが増え続ける無法地帯と化したARゲームに対する抵抗――なのかは分かりかねるが。

「プロゲーマーでも、アレだけの反応速度を出せる人間は存在しない――とは言い切れない」

 そんな彼の隣に姿を見せたのは、身長が190はあると思われる女性である。黒髪のロングヘアーに、眼鏡をかけているようだが――彼の方は目を合わせる気配がない。

服装はカジュアルなもので、周囲にいる人間と比べると若干の場違いな気配があるかもしれないが――それにツッコミを入れる余裕はないのだろう。

実際、彼を含めて周囲の人物の服装は狩りゲーと呼ばれるジャンルのコスプレイヤーが多いようにも見えるだろうか?

逆に言えば、彼女の服装の方がイレギュラーと言う可能性が高いのかもしれない。

「リアルチートでもいると――言うのか? 現実味があるとは言い難いな」

 男性の方は彼女の方を振り向く。そして――リアルチートの単語に関しては否定的な反応を見せる。

もしかすると、リアルチートという言葉を使う事が不適切と言う様な空気が周囲にあるのかもしれない。

実際、一部のギャラリーがリアルチートと言う単語に反応して視線を長身の女性へと向けていた。

「まるで、チートと言う単語を犯罪者と言う様な意味で使っているようにも――」

 女性の方は、これ以上の言及を避けた。迂闊に周囲を敵に回せば、生きて帰る事は出来ないだろう。

デスゲームの類がARゲームでは厳しく禁止されており、それに違反すればライセンスの永久凍結される可能性が高い。

彼女の方も、それに関しては得策でないと考えている為か――周囲の出方をうかがう。

「そう言った用途でチートと言う単語を使っているのは――あいつだ」

 男性は右手の人差指で、現在視聴している動画の人物を指差した。

その人物がデンドロビウムなのは周囲の人間は理解しているようだが――?

「馬鹿馬鹿しい。チートとバランスブレイカーを同列に語るような人物と一緒にしては困る」

 顔では冷静さを保っているようだが、男性の行動に対して不快感を持った可能性は高い。

それ程に彼女はデンドロビウムに対して同族嫌悪でも抱いたのだろうか?

あるいは、デンドロビウムとは違うプレイヤーを指差して、そちらと同じレベルと言う例えをされた事に腹を立てたのかもしれない。

彼女の名は北条高雄(ほうじょう・たかお)、仮にもプロゲーマーと呼ばれる部類の人間である。



 同日午前11時35分、草加駅近くのアンテナショップで装備のカスタマイズを行っていたのは、スパッツにタンクトップと言う姿の女性だった。

彼女がデンドロビウムと気付く人間はいない。低身長という特徴は共通するのだが、髪の色が黒と言う事でスルーされているのだろう。

「ここのプレイヤーは、まだ分かる人種だ――」

 彼女が分かる人種と言ったのは、チートに関する考え方である。

ロビーで待機していた男性は「チートこそがい悪であり、排除すべき」と彼女に語り、肩を叩いていた。

この人物がどのような理由で接触したのかは分からない。多分、仲間を集めたいと言う考えがあるのだろう。

「しかし、自分の様な天の邪鬼は一人で十分だ――これ以上、タダ乗り便乗で悪目立ちする人間が現れてたまるか」

 デンドロビウムは自分のような役割の人間は1人だけで十分とも考えていた。

迂闊に何人も同じような人間が現れれば、トータルバランスが崩れる可能性があると考えているのかもしれない。

それに――自分が使用しているガジェットは独自カスタマイズ過ぎて、他人が使えるとも思えないシロモノだ。

量産されたとしても、それを実際に扱える人間はすぐに出てくる事はないだろう――と断言する程。

自分は英雄になろうとも思わないし、WEB小説であるようなチートで無双するような主人公でもないと。

彼女の真意を探るのは非常に難しい。周囲は何となくだが、彼女の心の闇に触れるべきではないとも考えていた。

やがて、青騎士騒動が大きくなっていくにつれて――彼女の心の闇は表面化していく事になる。

「とにかく、こっちはアーケードリバースのルールに外れたアウトローを狩るだけだ」

 デンドロビウムの表情は、まさに狩りの時間に入ったようなハンターと同じような目つきをしていたのである。

その表情を見た周囲の待機プレイヤーは目を合わせるのを意図的に避けていた。




###エピソード4



 あるアンテナショップ、そこには先ほどのコーヒーを飲んでいた青年がセンターモニターの中継を見ている。

他にも数人のギャラリーがパイプ椅子を自分で用意したり、茣蓙を敷くなりしてスペースを確保して視聴していた。

茣蓙を敷いてスペースを独占するのは本来であればNG行為に該当し、ネット炎上案件になりかねないだろう。

しかし、このアンテナショップでは特定のNG行為には目を光らせる一方で、一部の行為は免除をしていたのである。

「チートはチートであり、それ以上でもそれ以下でもないのは――分かっているだろう」

 先ほどの青年は北条高雄(ほうじょう・たかお)の発言を気にしていた。

彼女はチートとバランスブレイカーを同列に語られる事に対し、不快感をあらわにしていたのだろう。

しかし、何故に同列で語ってはいけないのか? バランスブレイカーが壊れ性能であるという事でチートと同列にされる事は今に始まった事ではない。

それなのに――である。彼女の思考が若干古いのか、それとも家庭用ゲーム機のゲームと同列でARゲームを買っているのか?

「ARゲームもイースポーツ化や大手ゲームメーカーの参入、町おこしとしてのゲームタイトル立ち上げ――何が変わったというのだろうか」

 彼は超有名アイドルの芸能事務所がゴリ押しのコンテンツ流通を仕掛けようとしていた時代と、今のARゲームの現状で何が違うのかが分からなかった。

一体、何処に違いがあるのか? 決定的な違いとは――。



 7月10日――お昼頃には次々と動画がアップされていったのだが、その動画の中身はある共通点が存在していたのである。

それは、デンドロビウムが参戦していたことだ。別視点の動画と言う事だが、数十単位で動画がアップロードされるのも妙だった。

同じバトルの動画が数十個も――と言う事であれば、一部の動画に権利侵害やまとめサイトのリンクが貼られたダミーと言う路線もあるのだが、今回は別だったのである。

「これは、どう考えても――」

 この光景を見ていたジャック・ザ・リッパーは、別の意味でも戦慄する。その表情はARメットを被っている為に確認出来ないのだが。

動画自体はデンドロビウムのプレイ動画オリジナルもあるのだが、それをベースにした俗に言うMAD動画も存在していたのである。

権利侵害で削除されるのはテレビ番組の違法アップロードやアドベンチャー系のゲームの実況動画に代表される売り上げに支障が出るケースと言った部類に限られていた。

つまり、今回のデンドロビウム関係の動画はARゲーム側が悪質と判断せずに放置しているのが正しいかもしれない。

ARゲームの運営サイドとしては、作品を意図的に貶める目的、政治的思想を含む物、特定芸能事務所を神格化するような物はアウトと考えている。

実際、アーケードリバースの劇中曲ではなく超有名アイドルグループの楽曲に差し替えた動画は既に削除されていたが、対応したのはこれ位だ。

「特定プロゲーマーを勇者に仕立て上げ、芸能事務所を潰そうと言う計画でも――動いているのか」

 この動きをジャックは警戒する。一部のゲーマーを神格化すれば、他のゲーマーを集中的に叩くような状態もあり得るだろう。

それに、このような一部の人物を神格化するような行為は超有名アイドル事件でも繰り返されており――いわゆるテンプレ芸とも言える。

「しかし、ここまでの情報戦を展開する事に意味があるのか? ARゲームが他の作品よりも人気がない、知名度が低いのであれば――!?」

 ジャックは何かに気付いた。ARゲームの人気は、ソシャゲやVRゲーム等と並ぶクラスで人気となっている作品もある。

しかし、海外への進出と言う可能性もニュースで取り上げられる事があるのだが、その手の話は株式市場の操作などと一蹴されてしまう。

ARゲームは日本国内限定とも言うべき存在――ある意味でも神格化されている可能性は高いだろうか。

情報戦をすれば、逆に芸能事務所やマスコミなどに悪用され、風評被害などでARゲームが運営終了になる可能性が高い。

ある意味でも情報戦はもろ刃の剣と言える物だった。それを覚悟の上で行う意味――ジャックは何となくだが予測できる。




###エピソード5



 次々と動画アップされていく光景は、デンドロビウム本人も把握していた。

自分のプレイ動画をデータ収集用や格ゲーにおける対戦動画のような形でアップしているようなケースもある中で――異様な光景にも思える。

「まぁ、芸能事務所の連中が自分への批判目的でアップしている訳ではない以上――こちらからは何を言っても無駄だな」

 動画に違法性が感じられないものであれば、運営サイドは動画削除を行わないスタンスを取っている。

それは特定プレイヤーからの削除要請があっても同じだ。一時期、有名プレイヤーが個人的都合で削除を要請した事がネット上で話題になった事もあるのだが。

『どうしても動画削除を要請するのであれば、それ相応の理由を付けて欲しい』

 この時はネットストーカーや特定芸能事務所からの誹謗中傷を受けているという理由だったらしいが、運営としては拒否したという。

運営の言う相応の理由とは、プライバシー侵害や無差別テロ等の事件性が高い物、第3者の著作権侵害――もしくは人格権侵害が確認出来る夢小説等であれば即時対応するのだが、それ以外はスルーされるだろう。

「しかし、特定の芸能事務所が――天狗のようになってコンテンツ市場を食い荒らしていくのも、良い話とは言えない」

 デンドロビウムはコンビニで購入したチョコをかじりながら、テーブルに置かれているコーヒーに手を付ける。

チョコの袋には《黒雷》と書かれていたのだが、このスティック型チョコはコンビニ等でも人気の部類だ。

何故、彼女がこうした人気のある菓子を複数購入しているのか? おそらくは鉱物の可能性が高いのかもしれない。

「運営が動きを見せないのは、証拠がないと言うよりも――犯人をおびき寄せているのか?」

 デンドロビウムは、運営が動画削除に積極的ではない理由に犯人をおびき寄せている説を考えた。

超有名アイドルの楽曲に差し替えた動画は問答無用で削除されているのは、動画投稿者が著作権に詳しくないからだろう。

しかし、超有名アイドルファンやアイドル投資家はその辺りの法律も詳しい可能性が高く――別の手段で潰しにかかるのは目に見えていた。

「とにかく――この件は様子を見るか」

 その後、デンドロビウムは黒雷を1袋食べ、ゴミは持ち歩いている袋の中に入れた。

ARゲームのアンテナショップに行けばゴミ箱もあるだろうが、今はゴミはひとまとめにして持ち帰った方が早いかもしれない――という判断なのだろう。



 デンドロビウムとは別の視点で今回の動画騒動を見ている人物がいた。彼は事務所の一角ではなく、入口付近でタブレット端末を見ている。

それは武者道の社長と言うポジションにいる山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)だった。

彼はARゲームの運営サイドにまでは介入しておらず、この辺りは運営に一任している。その理由は色々とあるようだが――。

「ネット炎上するような案件を放置するのも、非常に危険だとは言ったが――」

 タブレット端末で動画のいくつかをサムネイル画像の段階で判断し、この動画を再生するまでもないと動画のタグで判断する。

動画を再生する時間の無駄と言う訳ではなく、色々と彼なりの理由があるのかもしれない。

「しかし、運営の方針に口出しをしない事を約束している以上――今は様子を見る事にしよう」

 山口も運営側へ匿名で通報しようとも考えたが、運営の方針等には口出ししない事を約束していた為、今は様子を見るしかない。

事件が巨大化しては危険なのだが、それによって現れるガーディアンと見せかけた悪目立ち勢力の方に警戒すべきだ。

「この事件の真相を知っている人物は――」

 しかし、山口は一連のネット炎上を含めた事件には裏があるとも考えている。

それを踏まえると、下手に事件を早期解決させようとするのも危険かもしれない。


 

 デンドロビウムのプレイ動画では、相変わらずのチートじみた動きや攻撃をする相手プレイヤーが悪目立ちしている。

その一方で、デンドロビウムはロングビームライフルやビームサーベル、アンカーアームと言った武器で相手プレイヤーを次々と吹き飛ばしていく。

「飛行ユニットではないのに、なんて動きをする!」

 サブマシンガンで武装した重装備ガジェットを使うプレイヤーが、飛行能力を持たないデンドロビウムに驚いていた。

飛行ユニットが数人単位で空からデンドロビウムを攻撃しているのだが、それでも有効なダメージは与えられていないのである。

デンドロビウムは飛行能力を持たなくても、ビームライフルは半径50メートルであれば飛行ユニットを落とせるし、アンカーアームやシールドビットは無線が届く範囲ならば射程無制限と言ってもいい。

これだけの重装備ユニットを操っているのに、操作ラグや誤差は0.0005程度――絶対無敵ではないはずなのに気づかないプレイヤーが多いように思える。

その原因は、彼らが使用するARガジェットがチートガジェットと言う事もあり、チートの力でデンドロビウムに100%勝てると言う幻想をいだいていたからだろう。

その結果として、彼らは慢心した結果――デンドロビウムに圧倒的な力で叩き潰されるのである。

【あのプレイヤー、チートなのか?】

【1P側はチートではないだろうな。あのスピードを踏まえると、だが】

【2P側のプレイヤーは、ほとんどがチート使いじゃないのか? 下手にチート使いに関わると失格になると言う話もある】

【あくまでも反則を取られるのはチートを使ったプレイヤーだけだ。連帯責任と言う事はない】

【旧ガジェットのチートや不正チップであれば、マッチング前に判定されて参加不能になるはずだ。それが機能していないのはおかしいが――】

 チートに関しては、動画のコメントでも言及されているのだが――あまり深くは追求しない雰囲気なのは間違いないだろう。

深く関わり過ぎて、今度は自分が使うようになっては終わりだと言う事もあるからだ。

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