エピソード1(その2)
西暦二〇一九年七月――青騎士の事件がネット上でも話題になるようになった頃、ある人物が注目されるようになった。
その人物こそが、後に我侭姫とも呼ばれる事となったデンドロビウムである。
『チートプレイヤーは、誰であろうと情け無用――!』
この一言と共に、彼女はチートプレイヤーを撃破していった。まるで、チートプレイヤーはいずれこうなる――と言わんばかりだろう。
堂々と威力の高い武器を使う様なケースもあれば、他のプレイヤーを妨害するようなトラップ系、ハッキング系等とピンからキリまである。
彼女の場合はどのようなチートでも――まるで、何処かの時代劇辺りを思わせるような展開で切り捨てていく。
まるで、チートをルール違反と認識して問答無用に違反者を取り締まるかのような勢いだろう。ネット上でよくあるようなチート警察と言われるほどに――。
「ここまでの人物が出てくるとは――ARゲームのガイドラインを緩和し過ぎたのが裏目に出たのかもしれません」
男性スタッフの一人がデンドロビウムの資料を社長室に持ち込み、説明を行っていた。
ゲーム会社の社長室と言っても、周囲には資料となるような本棚が多く、ここを資料室と言っても問題はない――。
本来であればここは社長室とは違うかもしれないが、会社が出来たばかりかのように部屋割りなどが出来ていないのだろう。
「保護主義的なガイドラインが――芸能事務所側の賢者の石と呼ばれる商法を別のコンテンツで行い、それこそコンテンツ市場その物がアウトロー化した」
社長席ではないが、部屋の中央に置かれたテーブル、そこにはパイプ椅子に座る男性の姿があった。
スタッフは立った状態で説明している一方で、この男性はパイプ椅子に座っている。パイプ椅子なのは予算の問題と言う訳ではないらしい。
もしかすると、この会社の入っているビル自体が――と言う事かもしれないが。
「それは分かっています。芸能事務所のゴリ押しで潰されたコンテンツも数多くあり、それに対して救済を行ったのが――」
「その通りだ。芸能事務所は政治家の協力を得て、あそこまでのゴリ押し商法を展開できた。しかも、税制優遇なども受けていたという話だ」
「そこまでやっても、結局はこういった自称ガーディアンのような勢力を生み出し、ネット炎上を助長する――」
「ネット炎上は防止対策を行っても、ルールを定めたとしても起きる物。ARゲームでもガイドライン違反をしたプレイヤーは報告されているのは知っているな?」
二人の所属する会社、それは高層ビルにある訳ではない。草加市内の店舗の二階に店舗兼事務所があるような状態である。
大手会社では考えられないような光景だが、この会社は大手と言う部類はない。会社の名前は武者道(むしゃどう)と言い、コンテンツ業界では名の知れた会社なのだが――。
「しかし、現状のコンテンツ流通は決して海外に対抗できるレベルとは――」
男性スタッフの声を聞き、椅子に座っていた人物は唐突に立ちあがった。
その人物は社長なのだが――顔はARバイザーで隠しており、素顔は不明と言う人物なのである。
このような怪しい人物を信用できるのか、という問題もあるかもしれないが――優秀なスキルを持っている為に、こう言う立ち位置なのだろう。
実際、山口飛龍(やまぐちひりゅう)の手腕は本物である事は、会社スタッフの誰もが知っていた。
「日本のコンテンツが全て海外に通じないと言う訳ではない。こちらとしては、対抗できるコンテンツを増やす必要性がある――と言う事だ」
山口は断言する。日本のコンテンツは失敗例ばかりが注目されがちだが――成功例も一部で存在していた。
だからこそ、コンテンツ流通で立て直しを図る必要性があったのである。
その場所としても都合がよかったのは、アニメ・ゲームコンテンツを町おこしにしている割合が多い埼玉県だった。
春日部市、秩父市、鷲宮――成功例は探せばいくらでもあるだろう。だからこそ、山口は埼玉県でコンテンツ流通を――と考えていたのである。
実際、その土台となる場所が狙い澄ましたかのように存在していた。
それが、草加市の計画していたARゲーム都市――ふるさと納税もフル活用した新たな町おこし計画だったのである。
「我々は――芸能事務所のゴリ押しコンテンツ流通を認める訳にはいかない! だからこそ――」
山口は力強く宣言する。一部の特定芸能事務所のようなゴリ押しは――海外で通じるような手段ではない。
それこそ、チートと言われてもそん色ないだろう。ゴリ押し商法が賢者の石と例えられたように。
七月の上旬にもなり、ある動画が注目を浴びる事になった。その動画とは、六月下旬と思わしき時期に投稿された動画である。
その動画の主役は――デンドロビウムだった。彼女の名前が知名度を上げる結果になったのだが、この動画と言う事らしい。
「お前達が私に挑んだ事こそが――」
彼女が左腕に転送した武器、それはビームサーベルと言っても過言ではない形状の武器である。
ARゲームで使用する武器をARウェポンと呼び、それを呼び出す為の端末をARガジェットと呼んだ。
「その武器を持っている段階で――お前達は致命的な失敗をしているのだ!」
彼女の剣は瞬時にして鞭のようにしなり、高性能とも言える追尾能力でターゲットを確実に仕留める。
一振りするだけで相手を一撃で沈黙、倒された相手は自動的に転送されるのだが――その様子はゲームセンターで稼働しているアクションシューティングを連想させた。
その威力――相手を一撃で沈黙させるほどの威力はチートと言われても過言ではないのだが、動画を視聴しているユーザーはデンドロビウムをチートとは思わなかったという。
デンドロビウムは他にもハンドガンを持っており、そちらの方は火力が剣よりも低いだろう。数発命中しても相手が沈む気配がない。
「我々の武器の威力に恐れ、そんな強がりを言うのか!」
別の男性プレイヤーがミサイルランチャーを発射するが、そのミサイルが爆発する事はなく、ハンドガンの弾丸が命中しただけでミサイルが消滅する。
この光景を見た別のプレイヤーはデンドロビウムがチート使いだと考えた。
「チートや不正ツールを使って、恥ずかしくないのか?」
別のプレイヤーが発言した、これが自分の首を絞めるような自爆発言だった事は――後になって気付いたのだと言う。
後にネット上で拡散し、チートプレイヤーに対するネット炎上が拡大している段階でお察しだろうか。
「この私をチートだと? 貴様は自分がやってきた事を棚に上げて――どの口が言う?」
デンドロビウムに地雷発言をしたプレイヤーは、彼女が展開していたビーム蛇腹剣で串刺しにされたという。
串刺しと言っても大量出血するような物ではないのだが、命中したプレイヤーは絶叫の末にスタート地点へ強制リスポーンされた。
どうやら、出撃コスト的な問題でも発生したのかもしれないが――詳細は相手プレイヤー側のみが知る。
何かされたのに気付かない相手は、リスポーン地点に転送された段階で何が起こったのかに気付く。
「まさか――瞬間的に決着したのか?」
プレイヤーの一人は、ここに転送された段階でフルになっている事に気付き、ガジェットを使って輸送機の場所を探っていた。
それ以外のプレイヤーはデンドロビウムに一太刀でも浴びせようと、発見地点へ急行する者もいる。
「待て! それ以上の人数が向かったら、輸送機が目的地に――」
輸送機の位置を調べていたプレイヤーが他のプレイヤーに指示を出し、デンドロビウムのいた場所へ向かうプレイヤーを止めようとする。
しかし、その声を聞き入れようと言う人物は誰もいなかったと言う。
その後、他の味方プレイヤーはデンドロビウムの無双とも言える光景を目撃する事無く――無事に輸送機を目的の場所へ誘導に成功する。
それに気づいて駆けつけた相手側プレイヤーも目的地寸前までたどり着いた段階で阻止行動に出るのだが、駆けつけたのが三人程度では結果が分かっていた。
明らかな戦術ミスが、今回の敗北に直結したと相手プレイヤー側は思うだろう。
この動画を発見した人物は複数存在し、まとめサイト等にリンクを載せていたと言う。
しかし、アップされた動画サイトで発見し――そこで見ていた人物の方が多かったのは言うまでもないだろうか。
その理由はまとめサイトがアフィリエイト目的や超有名アイドルグッズを購入する為の資金稼ぎ用のクローンサイトだったというのもある。
「彼女が噂の――デンドロビウム」
様々な武器関係の本が並んでいた本棚、いわゆるロマン武器のレプリカ、ロマン武器を装備したロボットやキャラのフィギュア――。
そうした物があふれているような部屋でタブレット端末を片手に動画を見ていた女性がいた。
服装はタンクトップにスパッツ、腕にはリストバンドもしている。体格の方は明らかに筋肉質と言うか、現代版アマゾネスと言えるだろう。
「でもなぁ――彼女も、このゲームの本質を理解していない」
タブレットを持っていない方の左手の人差し指で画面を操作しつつ、彼女は周囲を見回して何かのカタログを発見した。
カタログを発見してからは、タブレット端末はテーブルに置き、カタログの方をパラパラとめくっている。
彼女がデンドロビウムの行動等に違和感を持っていたのは、彼女がめくっているカタログの表紙に答えがあった。
【ふるさと納税】
他にも色々と書いてありそうなカタログだが――彼女はデンドロビウムが何を理解していないと言うのか?
困惑しているような表情は、間違いなく理解していないと判断している証拠と言えるが。
「アーケードリバースは、ただのARゲームじゃない。それを理解しないで、プレイしているような人間に――」
他にも彼女は何かをデンドロビウムに言いたそうな表情をしていた。
しかし、動画の中のデンドロビウムが彼女の話を聞ける訳もない。
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