ARゲームに挑む我侭姫とプレイヤーたち

アーカーシャチャンネル

エピソード1(加筆調整版)

 目の前に広がっていたのは、荒廃したビル街という訳ではない。ビルと言ってもごく普通の高層ビル街にも見えるだろうか。

周囲の光景は電子的なオブジェクトの様なバリアが展開されている事以外は、変わった様子が見られない。

その為に普通のビル街や市街地と認識する人物もいるのだろう――CGの完成度が低ければ、すぐに架空の都市とばれてしまうかもしれないが。

 唯一の違和感があると言えば、人が誰もいない殺風景な所だけである。一般住民の避難が完了しているのか――と言われるとそうではない。

それを踏まえて――現実と分離した戦場と言われても違和感は持たないだろうか? もしくは、この都市自体がゲーム空間である、と。

 ネット上では、この戦争を【代理戦争】等の様な単語で片づける事はなかった。

むしろ、これを【進化した特撮】と認識して視聴している人間が多い現状がある。信者化したユーザーの発言と言われれば、それまでだが。

 しかし、周囲の光景は誰もが目を疑う程に完成度が高い――分かっているかもしれないが、これはCGなのだ。

CGと言うよりは、拡張現実ことARで生み出されたフィールドと言ってもいい。

 他人に妨害されるような事もないフィールドで、起ころうとしていた物――それは、誰もが目を疑う物である。

ここは埼玉県草加市――そこに存在するARゲームのフィールドの一つ。全ては、ここから始まると言ってもいいだろう。



 自分は既に慣れているのだが――初見では驚くのは間違いないだろう。

それ位に――このフィールドは初見で誤認識をしかねない。現実とゲームの区別がつかずに――と言うのはニュースでもよく言及される。

このフィールドで決定的にリアルと違うのは、においと言う概念がない事だろうか。

『上を見ろ――』

 SFやFPSゲームで聞くような着信音の後に、無線が繋がる。その第一声が、無愛想というか機械的な対応の声でこれだ。

自分も上を見上げると、そこには大型の輸送機が見える――そう言っていた。あの輸送機は低空を飛んでいる訳ではないのだが、この場所で飛んでいたら大参事だろう。

『そこに輸送機が見えるだろう。あの輸送機を無事に目的地まで誘導して欲しい』

 輸送機と言われても飛んでいる訳がない、そう思ったのだが――ARバイザーの電源を入れて、ようやく気付く。

先ほどの無線も電源を入れて、ようやく気付いた物だからである。

『輸送機のルートには、既に敵勢力が近付いている。何としても、輸送機を墜落させてはいけないのだ――』

 毎度恒例というか、他のジャンルで慣れているような物でも周囲を見回すとギャラリーと言えるような観客はいない。

強いて言えば、観客と言うよりはモニターや中継動画等で視聴している人間は存在する――と言う事である。

「さて――と」

 既に何人かの兵士が自分の目の前に接近しつつあるのを、右腕に装備されているコンピュータ端末で確認していた。

毎度恒例と言うべきか、ジャンルが変わったとしても連中のやる事は変わらないのか?

 彼女は左手で自分の銀髪を軽いデコピンでいじりながら、端末のマップを確認していた。

不幸中の幸いなのは、自分の味方は既に輸送機の護衛へ向かっている事である。

そこへ向かう兵士もいるが、こちらへ来る数に比べると指折り数える程度でしかなく、自分を倒せばこちらを崩せると勘違いしているのだろう。

『あのプレイヤーは――』

『放置しても構わない。我々は――』

『了解した。丁度、敵も向こうに――』

『そうだな。囮としては使えるかもしれないな』

 彼女の仲間と思わしき無線の会話も聞こえるのだが、それに応じる事はない。

既に最初のログインした段階でチャットメッセージにも対応していないのである。無愛想とも判断されているようだが――。



「どのジャンルでも――強いプレイヤーを倒せば英雄になれる。そんなジャイアントキリングを夢見るとは――」

 彼女は呆れてものが言えないような表情で、自分に迫ってくる相手に対して憐みの様な言葉を投げていたのだ。

彼女が兵士に向けて憐みの言葉を投げているのは、負けフラグが確定していたりする為ではない。

 仮に向こう側に勝利フラグがあるとすれば、彼女とのバトルには使ってはいけない物がある。

しかし、既に使っている兆候がある為――彼女の勝利は確約されたも同然だ。

「お前達が私に挑んだ事こそが――」

 彼女が左腕に転送した武器、それは細身のロングソードなのだが――その刃はビームで出来ていた。

実体剣の類は不正武器ではなく、単純に危険と言う意味で使用が禁止されている。ここで言う実体剣とは、リアルの刀剣類を指す。

さすがに――そんな剣を使えばテロリストと勘違いされても文句は言えないだろうが。むしろ、銃刀法違反で捕まる。

「その武器を持っている段階で――お前達は致命的な失敗をしているのだ!」

 彼女の剣は瞬時にして鞭のようにしなり、ターゲットを逃さないような追尾能力を発揮し、ターゲットを確実に仕留める。

その威力は――相手を一撃で沈黙させるほどのレベルだ。明らかに初心者プレイヤーがすぐに使いこなせる物ではない。

 その後、他のプレイヤーは彼女の無双とも言える光景を目撃する事無く――無事に輸送機を目的の場所へ誘導に成功する。

相手チームの敗因はチートを使用した事だけではなく、チートプレイを嫌うプレイヤーに目を付けられた事、戦力配分を間違えた事かもしれない。

《ミッション終了》

 自分達の勢力が勝利した事をガジェットの画面で確認した彼女は、他のプレイヤーにチャットメッセージ等を送る事無く姿を消した。

すぐにログアウトが出来る訳ではないので、他のプレイヤーが彼女の存在を確認していなかった可能性もあるが――。



 西暦二〇一九年、埼玉県以外でもARゲームが市町村の町おこしなどで行われている中で――ある事件は起こった。

事件と言えるかどうか不明なそれは、ネット上でも都市伝説の類として拡散されていく。

ネット上では【青騎士】と呼称されて拡散されていたその人物の正体は――未だに誰も知らない。

次第にARゲームで様々な事件がピックアップされていき、再び【青騎士】の名を聞く事になった時には――今回の事件は解決していたのである。

ネット上でも【青騎士】の話題がトレンドになっていた中での事件だった為、詳細をリアルタイムで目撃する事はなったと言う。

この事件が表面化したのは――一週間強はかかったという話だ。

「なるほど――これは表面化すれば、事件になるか」

 草加市近くのコンビニ入口、その近くに置かれていたセンターモニターと呼ばれる端末の前に立っていたのは――。

「何だあいつ?」

「新手のテロリストか?」

「だが、ここのコンビニは俺たちの縄張りだ! すぐに出て行け!」

 いかにもヤンキーを思わせるような不良男性グループが、この人物に因縁をつけようとしていた。

元々、このコンビニ周辺に屯(たむろ)しているグループらしいのだが、この人物にはお構いなしのようにスルーをしている。

「この姿が見えないと言うのか――それこそ、身の程をわきまえるべきだ」

 不良グループには、この人物が黒いインナースーツとライダーメットを思わせるメットを被ったバイクのライダーと言う認識だった。

その為、襲撃をして黙らせれば自分達が優位に立てると考えたのだろう。実際、不良グループの中にはアナログな武器を持った人間もいた。

しかし、一部のギャラリーにとっては不良グループの行動を一種の『負けフラグ』と断言している。

「姿ァ? そのライダースーツと武器を持たないような素手の人間に何が出来ると――」

 何かを言いかけた不良の一人が、強力な一撃を受けたかのような表情で倒れる。しかも、この人物は今の一撃で気絶しているのだ。

それを見た周囲の不良も震えるのだが――それでも逃げれば、なめられると思ってこの人物に向かって手持ちの武器をふるう。

だが、この人物には手持ちの武器は何の役にも立たない。既にコンビニの周囲がCGのような空間になっている段階で。

「この姿が見えないのであれば、言ってやろうか?」

 容赦なくパンチを加え、次々と不良を吹き飛ばしていくのだが――どう考えても拳は全く届いていない。

気功の類なのか、それとも魔法なのか――倒れていない不良も恐怖で逃げ出し、武器を投げ捨てる者も出ていた。

しかし、それでも逃げ場など存在しない。周囲のフィールドから脱出するには、目の前の人物に勝つしかないのである。

「まさか――これか? これが原因なのか?」

 不良の一人が、タブレットのような端末を起動した事、それがフィールドの発生した原因だったのである。

今更気づいたとしても、彼らにとってはご愁傷様としか言いようがない。

彼らが、どうやってARガジェットを手に入れたのかはどうでもいいが――起動しているガジェット、それが不正な端末であるのは疑いの余地もないだろう。

 実際、彼らの武器は本物と言う訳ではなく――限りなく本物に見えるようなARウェポンだったからだ。

それを本物の武器と勘違いし、不良達が無双をしていたというわけである。

「そのガジェットは不正な端末――チートと呼ばれる物。それは――」

 次の瞬間、不良グループのガジェットは機能を停止し――フィールドも解除された。

一体、不良グループがどうやってARゲームのガジェットを手に入れたのか? しかし、そんな事はどうでもよくなっている。

「人類にとって、過ぎたるもの。誰かが独占して使用するべきではない」

 この人物の名前はネット上で【ジャック・ザ・リッパー】と呼ばれていた。

切り裂きジャックと言う異名もあるのだが、この人物はジャックの名前を使う事に対して抵抗感があるようにも見える。

「チートプレイヤーが無双し、不正な利益を得ようとするような現実は――あってはならないのだ」

 ジャックは周囲を見回して何かの存在が確認出来ないのを踏まえた上で、再びセンターモニターの映像に集中するのだが――。

既に自分が見ていた試合は終了していた。他のプレイヤーは見ていたようだが、ジャックだけが不良グループのゲーム空間に入ってしまったようである。



 ジャックの外見、それは不良グループにはライダースーツを着たライダーと言う認識だったが、周囲のギャラリーにとっては違う姿で見えていた。

丁度、その時のバトルがジャックのいるコンビニとは別の場所――草加駅に設置されたモニターで放送されようとしていた。

『アーケードリバースを見るときはアニメ的演出等の都合上、部屋を明るくして、画面から離れてからご覧ください』

『アーケードリバースはルールを守って、正しくプレイしましょう。違法プレイなどの不正行為はランカーにあこがれる子供達も見ています』

 放送前、このテロップが表示されている。このテロップの意味は特に深い物はないのだろう。

しかし、ARゲームの一部ジャンルにとっては死活問題と言えるものかもしれない。それ程、チートプレイヤーが与えている影響は予想をはるかに超えているのだから。

「一人に対し、二〇人とは――多数に無勢だな」

「これでゲームが成立するのか?」

「似たようなマッチングなら、数日前からあったな」

「コンビニに屯している不漁が――という住民の苦情もあったが」

「まさか、不良グループがARゲームを?」

 周囲のギャラリーは今回のバトルに覚えがあるような雰囲気である。

実際、ARゲームを扱っているニュースサイトでも不良グループの話は伝わっていた。

彼らがどのようなガジェットを使い、他の不良グループを潰していたのか――容易に予想は出来ていた。

「チートガジェットか――ネット上で悪目立ちをしたいような連中の考えてる事だな」

 ギャラリーの一人は、不良グループの使用しているのがチートであると分かっていた。

それもそのはず。彼女は既に別のチートプレイヤーを倒したばかりなのだから。

「こうした連中がチートを使い続ける限り、ARゲームはゲームとは呼ばれなくなる。それこそ無法地帯だ」

 身長一六八センチ、体格はスマートだが――腕の筋肉は見せかけと言う訳ではないように見える。

それに加え、幼女を思わせるような顔に銀髪なのだが――彼女をゴスロリ等で例えるようなギャラリーは、この場にいない。

「不正行為に手を染めるような人間は――悪目立ちをして構って欲しいという考えばかりだ。そんな人物にはつぶやきサイト等のSNSを持たせるべきではない」

 彼女の極論に対し、一部のギャラリーは言いすぎだと猛反発する。それに加えて、発言を取り消すように言う人物も何人か――。

しかし、それでも彼女が発言を撤回する気がないのはある男性をにらみつける目を見ても明らかだ。

その眼光は蛇の化け物であるメデューサが石化のにらみをするような――言動を曲げる気がないという物である。

「今は黙っていろ。バトルを普通に視聴しているギャラリーにも迷惑だ」

 発言を取り消すように怒鳴りつけた男性に対し、彼女は黙るように注意する。

さすがに殴るような行動には出なかったが、下手をすると実行しかねないような雰囲気だったので男性の方も引く事にした。



 ジャックの装備、それはスナイパーライフルに何かの装備を付けたような武器、黒マント、デュアルアイのARメットが特徴だった。

不良グループはARメットのような装備をしていない。つまり、拡張現実で作られたジャックの装備は確認出来なかったと言える。

あるいはチートガジェットを使っていた関係でジャックの装備を見る事が出来なかった可能性も高い。

その後、ジャックはスナイパーライフルを使う事無く、近接武器で次々と不良グループを沈黙させていった。

そのスピードは想像以上で、忍者と言える位の早さだ。反応速度もそれに近い可能性が高いのは言うまでもない。

『貴様たちには――分からないだろう!』

 ジャックは不良グループの一人を道路に叩きつけ、そこからスナイパーライフルに装備されていた別の武器を展開、それを腹に――。

『これが――ARゲームの痛みだ!』

 攻撃を受けた不良は腹を抑えるような仕草を取ろうとしたのだが、その直後に気絶した。

その威力は異常と言えるような物なのだが――不良グループ側もジャックの装備を考えないで戦闘を行った為、ある意味でも自爆と言えるだろうか。

「パイルバンカーか。スナイパーライフルを使用する遠距離型のプレイヤーと思ったが、メインは近接と言えるかもしれない」

 彼女にはジャックのメイン武装が分かっていた。不良の腹に固定した武器、それはパイルバンカーと呼ばれるロマン武器だった。

何故、ジャックがロマン武器を愛用するのかは――この際どうでもいい。

今はジャックがどのような戦術で不良を駆逐したのかを知るべきだったから――。



 バトルを視聴後、ギャラリーの一人が彼女に襲いかかろうとした。

周囲のギャラリーも気づいているかもしれないが、下手に関わり合いを避けたいと考えて通報しなかったのだろう。

「――デンドロビウムめ!」

 どのような理由があるのかは不明だが、彼女の事をデンドロビウムと叫び、ナイフを刺そうとするのだが――その行動は無駄だった。

そのナイフの刃は――彼女の顔をかすめる事もなく、消えてしまったのである。どうやら、持っていたナイフはARウェポンだったらしい。

「何の恨みがあるのかは知らないが――君の様な人間に覚えはない」

「覚えがないだと! 超有名アイドルのテレビ番組を知り合いに見せる目的でアップロードしたのを――」

 男性の発言に反応したのか不明だが、デンドロビウムは血相を変えて何かを即座に呼び出し、それを男性の首元20センチ辺りまで近付けた。

最初の冷静な一言とは違い、明らかに感情的になっていそうな――反応速度でもある。

 デンドロビウムが持っている武器、それがチェーンソーである事は周囲のギャラリーも分かっていたのだが、警察に通報しても無視されるのは目に見えていた。

それに――チェーンソーの重さは相当なもののはずなのに、デンドロビウムはまるで木刀を振り回す感覚で持っている。

それでは明らかに、これがARゲームと言っているような物――。

 ARゲームの事件は警察の方でも捜査権限がないと言うよりも、馬鹿馬鹿しくて介入したがらないというのが見解だからだ。

実際、警察が過去数年の間にARゲーム関係の事件へ介入した事は一度もない。

「テレビ番組の違法アップロードは犯罪だと、CMで教わらなかったのか?」

 デンドロビウムは抵抗を続けようとする男性に対し、チェーンソーを近づける。

その距離は、首元まで五センチ――チェーンソーのチェーンは動いているように見えるが――。

「犯罪者と言う言葉でまとめるのも――警察に迷惑だな。風評被害になるかもしれない」

 デンドロビウムは、最終的にチェーンソーの刃は首元2センチ位までで止めた。

実際はチェーンソーと言ってもARウェポンなので、人間に害がある訳ではない。

ARウェポンは凶器にはならないのである。実際に凶器や大量破壊兵器として使えたら――それこそ事件になるのは間違いないだろう。

「チートプレイヤーは、誰であろうと情け無用――!」

 そして、デンドロビウムはチェーンソーを解除し、そのまま何処かへと姿を消した。

チートプレイヤーを犯罪者と言うカテゴリーにする事も――風評被害かもしれないが、ある程度はマシと言う結論だろうか?



 そして、彼女は後に【不正破壊者(チートブレイカー)の我侭姫(デンドロビウム)】と呼ばれる程の実力者となる。

西暦二〇一九年、ARゲームが様々な事件で風評被害を受けた。それに対し、これを芸能事務所の仕業と言う者もいるだろう。

あるいはアカシックレコードに書かれた予言が現実化したという人物もいるだろう。

 しかし、彼女はそんな事はどうでもよかった可能性が高い。

全ては――チートと言う名の犯罪を根絶する為に、彼女は戦い続けるのだから。

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