アーリーラックと呼ばれる街
963special
第1話ありがちなパターン
アーリーラックと呼ばれる街の中心部を走る大通り
どこにでもある街並みを娼婦達が彩り
笑顔で寄り付くハッピーなヤツらが
多種多様な幸福の種を売り捌く
金さえあればアイスクリームを注文するような気軽さで極上の快楽を味わえる
それを警官が取り締まったりはしない
珍しく真面目に働いたとしても
そいつのポケットに寄付をしてやれば
何もなかった事にしてくれる
法律だろうと何だろうと街に存在する
独自のルールを破る馬鹿や
見ているだけで気分の悪くなる阿呆は
街から姿を消して忘れ去られる
アーリーラックは
誰にでも分かりやすい街で
誰が見ても安い街
勿論そこで生きる人々も大した価値は無い
それがこの街の当たり前
大通りの名前はリップローズ
ここに立つ娼婦は飛び抜けて美しく
夢のような時間の為なら
客は惜しむこともなく大金を払う
自分に自信のある女だけが大通りに立ち
客はその場で一番魅力的な女に声をかける
稼いだ額が自分の価値
大金を手に出来る一握りの娼婦は
街の人々から「リップローズの女」と呼ばれ
美貌と金を兼ね備えた彼女達は
街中に愛され敬われるプリンセス
そして愛されなかった女には
残酷な現実がやってくる
客に選ばれなければ稼ぎはゼロ
違う場所に移り娼婦を続けるか
他の職を探すしかない
分が悪い状況でのプライドは足枷でしかなく
さっさと捨てて逃げ出さないと
道端で餓死する未来がやってくる
そんなどこにでもあるしょっぱいシステムの中に
ジェリーと呼ばれる女がいた
「この時間ならもう一人いける」
リップローズの女たちにとって日付が代わる少し前あたりが引き合いが多く稼げる時間
そして今日は早い時間から客が途切れず
彼女はすでに充分な額を手にしていたが
稼げるときに稼ぐのは当たり前
嬉しくて満面の笑顔になってしまう顔を抑えつつ
ピンヒールを鳴らし早足で歩く
大通りに出るといつもの場所へ
ショーウィンドウに高級なブランド品が並ぶ店の前で彼女はいつも通り客を待つ
スプーンのような湾曲が美しい街灯は白く薄い光を放ち何故か幼い頃に見た映画を思い出させる
そこに彼女が溶け込む瞬間を狙い
現実は精密な行動を開始していた
ジェリーの目の前で黒いアルファロメオが
勢い良く派手にタイヤを鳴らして歩道に突っ込むと
後ろからはパッシングを繰り返す同じ型の車が歩道を走り距離を詰める
計算された2台の動きに気が動転している合間に
黒いキャデラックは音も無く彼女のすぐ目と鼻の先にすべり込んだ
!?
何が起きたのか考える事も出来ずにいる僅かな隙に3台はヘッドライトを消し
前後の車から降りた男達は開いたドアを手で支え即席の壁として隙間を埋める
パッシングの光で眩んだジェリーの視界が戻る頃には完全に逃げ道を塞がれていた
「ヤバイ!何これ!意味わかんない!?」
動揺してキョロキョロする彼女を
無駄に刺激しないかのようにキャデラックの後部座席が開くとゆっくり男が降り
優しく落ち着いた口調で語りかける
「久しぶりだなジェリー
とりあえず元気そうでなによりだ」
彼女は男の顔を見た瞬間
呆気にとられポカーンと口を開けると
すぐに眉間にシワを寄せて声を荒げた
「ハット!
なにこれ?何の冗談?
昔からの知り合いを囲むっておかしくない?」
男の名はハット
ジェリーとはガキの頃よくツルんで悪いことを沢山してきた仲間の一人で
帽子を好みいつも被っているからハットと呼ばれる男
「悪いな俺もこんなやり方はしたくないんだが
今日はリカファミリーとして会いに来てるんだ
言ってる意味わかるか?ジェリー」
あくまで優しい口調で聞かれ
彼女の脳は高速で回転する
リカファミリーはアーリーラックで
最も力を持った一番ヤバい組織
ハットは古い仲間であり
ファミリーに入りケタ違いの悪党っぷりを発揮して
気付けば幹部になっていたヤツ
そして今日はリカファミリーとして来た
リカファミリーに私は囲まれている
ほんの少しの時間で冷静さを取り戻し
「ok 意味はわかった
でも私は何もしてない」
そう堂々と彼女が答えると
男は2人の間合いを瞬時に詰めてきた
「何もしてないのは知ってる
そして俺はお前に聞きたい事があって来た」
その言葉をきっかけに
何かのスイッチがパチンと切り替わった
男の穏やかで優しい雰囲気は
急激に冷たく鋭くなり今まで感じたことのない
感覚がジェリーを包む
氷みたいな生易しいモノじゃない
触れたら皮膚に貼り付くほどキンキンに凍った数本の刃物が肌に触れないギリギリの距離でゆっくり動く
それがジェリーの感じている「恐怖」のイメージ
ひっ、、、、、ひゅっ、、、、、、
その恐怖から声にならない声が漏れ
呼吸の度に空気が肺の中に入り込む
冷たい恐怖がたっぷり混ざった空気
肺に溜まる恐怖はどんどん呼吸を浅くさせ
すぐにマトモな呼吸すら困難になっていく
肺で吸収された恐怖は血流に乗り
頭のてっぺんからつま先まで行き渡る
カクンとしゃがみ込みそうなほど
膝から力は抜けてしまい
震える肩には力が入り
上にあがって首の周りを痺れさせる
そしてなぜか頭は
引っ張られていくように後ろへゆっくり傾いていく
首を締められてる感覚がたぶん
もっとも似た苦しさだろう
ハットが作り出す異常な恐怖に
ジェリーは完全に飲まれていた
さっきまでとはまるで別人
凍りつくような「恐怖」が
リカファミリーの幹部として話し始める
「簡単な質問に答えろ
ロベリーと最近会ったのはいつどこでだ?
連絡はいつだ?」
ガチガチと歯が音をたてながら
彼女は答える
「あっ、、、、
会ったのは1ヶ月くらい前、、
すぐ、そこのパクティーズカフェで
連絡、、あっ、、
その次の、日、また近くに来たら会おうねって、、、」
男の目は答えを聞いても瞬き一つせずに
彼女の目を見たまま
口だけが動き次の質問に移る
「今の質問で何か少しでも
思い浮かんだことがあれば全て話せ」
その質問にジェリーは何も思い浮かんでいなかった
この圧倒的な恐怖から逃げる為には
なんでも話して許して欲しいのに
彼女は何故ロベリーの事を聞かれているのかも
全く思い当たることがない
ガチガチ鳴っていた歯は
思いきり食い縛ってしまい音は止まった
聞こえるのは心臓の音
ドックドックと大きく強く脈打っている
ひふっ、、
ひゅっ、、、
ただ涙目でプルプル震えるジェリーを見ながら
男が話す
「全部読めるんだよ
お前の考えてる事くらいな
そして嘘は言っていない
仕事の邪魔をして悪かったな」
そう言ってハットは財布から
札をまとめて抜き出しジェリーの手にムリヤリ握らせる
「時間を使わせて働けなかった分とファミリーからのお礼
あと俺からも少し足しといたからパクティーズあたりに寄って帰るといい
温かい飲み物は少し気分が落ち着くもんだ」
そう話す男からはいつの間にかあの凍りつくような恐怖は無くなり彼女のよく知る優しく落ち着いたハットそのものだった
少しだけ
ほんの少しだけ
落ち着きを取り戻しはじめたジェリーに
男は帽子を右手で脱ぎ最後の挨拶を伝える
「今日はごめん
また次に会うときは昔の仲間として会えたら嬉しいな」
そんな言葉と車に向かうハットの姿に
現状から開放される事を感じ取る
何も出来ない考えられない
ただ呆然と立っていることしか出来ない
でも今は座ることもしちゃダメな気がする
たぶん立ってなきゃダメ
ハットが帰るまでは
そう強く自分に言い聞かせ
あまりに長く重い数秒を耐えている彼女に
ハットの冷たい言葉が聞こえる
「ロベリーに関して何かあればすぐ俺に言え」
振り向くこともなく放ったありがちな言葉は
彼女のピアスだらけの耳に入ると
恐怖を全身に突き刺された感触を一瞬で再現する
怖い、、、怖い、、、怖い、、、、、
ハットは恐怖への強いトラウマを
ジェリーに埋め込むことで
思い通りに使える人間に作り変えていた
ジェリーがその場にしゃがみ込み崩れ落ちる姿は
指先をすり抜けた卵が床で潰れる瞬間に似ていた
飛び散った嗚咽と涙は
どちらが黄身で白身かはわからない
車が去ったあとも彼女はその場から動けず
ただへたり込みグチャグチャになるまで泣いていた
アーリーラックと呼ばれる街 963special @motel
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