好奇心の芽

昔お爺ちゃんからこんな話を聞いたことがある。


「世界のどこかに悪とよばれた神様が封印されているんだよ。」


本当に私が小さい頃、親が他界してしまった私を引き取ってくれた知らないお爺ちゃん。彼のそばにいると温かくて、柔らかくて、何だかほわほわした気分になる。だから私はいつも彼のそばにくっついていた。そしてそんな彼が話す話は全て面白くて、いつもいつも何か話をねだっていた。真面目で人の心を掴むのが上手だったお爺ちゃん。そんなお爺ちゃんが珍しくとてもとても低い声で話すものだから、そんなイレギュラー、特別記憶しなくても覚えてしまうものだ。


「なんで神様はふーいん?されちゃったのー?」

そうお爺ちゃんに聞くと「─が知らなくて良いことだよ、こんな話をして悪かったね。」と少し複雑そうな顔で頭を撫でてくれた。私はなんでそんな顔をしているのかわからずお爺ちゃんに質問を繰り返していたが最後には「もう今日は遅いから寝なさい」と言われ、結局そのまま聞けずに今まできてしまった。


お爺ちゃん、本当に温かかったなぁ。


……ああ、そうだ、こんな感じだったような…


───…あれ?

温かい微睡みを追い払うように瞼をパチパチとする。さぁっとふく風を頬に感じながら身体を起こすと多少の傷はあるものの特に大怪我もなく、痛みもない。


おかしい


記憶が確かなら私は怪物たちの争いに巻き込まれていたはずだ。その時飛んできた瓦礫や余波でかなりの怪我をおっていたはず…というか何故無事生きているのだろう? 命を落としても仕方ない、と思い神様に祈ってそのまま……。でも今ここで私は生きている。しかも記憶とは違う、一面コンクリートの場所だ。

じゃあさっきまでのぬくもりは幻覚?一体何が何だか……

首を傾げつつ辺りを見回す。

そのぬくもりの存在を求めて。

けれどいくら探しても周りには何も、誰もいなかった。



キョロキョロと辺りを見回す少女の姿を見つめる謎の影がひとつ、少女が横たわっていたアパート屋上より更に上の位置にある塔の屋上に(特に周りにはものがないはずなのに)あった。そして、またそばには小さな少女がいた。《彼女》もまた、占い師のような、術師のような、その外見とかけ離れた風変わりな格好をしていた。影のそばに近寄ると《彼女》は影に

『……珍しいね、君が人助けをするなんて』

と心底愉しそうに話しかけた。

「……。」

『はは、黙らないでよ。別に悪いことじゃないじゃないか。』

なお黙って少女を見つめている(ように見える)影にカラカラと笑っていた《彼女》は低い声音で囁いた。

『…まだ《彼》との約束、気にしてるの?』

ぴく、と一瞬影が揺れる。やはり図星かとほくそ笑みつつ、《彼女》は首を傾げつつ立ち去る少女の姿を見つめながら

『まぁ一回結んだ《契約》は破らない、その律儀な性格は良いと思うよ……それが興味本位で暇潰しということを除けば、ね。』

と呟くと、その小さく幼い手で影をふわりと撫でる。そしてぴくりと蠢いた影にクスクスと笑いかけながら《彼女》は満足そうに立ち去った。



「……絶対にからかわれたな…。」

残された影はぽつりと呟いた。《彼女》にからかわれるのは初めてではない。故に別に嫌だったから無言だったわけではない。

ただ、わからなかったのだ。

「……宮藤、蘭…か。」

自分が何故、《彼》との契約をずっと気にしているのかが。

何故自分の好奇心が彼女に惹かれているのかが。

「…。」

突如影から赤い紅い《眼》が浮かび上がる。眼はぎょろりと既に立ち去った少女のいた場所を凝視した。

ただ凝視していた。


この世界のことを、少女のことを、自分のことをさらに知りたいと、新たに好奇心の芽を芽吹かせながら。



「ただいまー。」

汚れてしまったパーカーを洗濯機に放り込みつつ二階の兄に声をかける。

「ああ、おかえりー。」

そんな間延びした返答と共にトントンと階段を降りてくる兄。その優しい笑みはいつもと変わらない。よかった、無事だった。ずっと張りつめていた緊張の糸がゆるりと弛む。


『本当に困ったときは神様に祈りなさい。ただひたすら神様に祈りなさい。そうすればきっと助けてくれる。』


ああ、やっぱり《神様》が助けてくれたんだ。やっぱりお爺ちゃんの言っていたことは本当だったんだ。そういえば気絶する前、何か声が聞こえたような……たしか…。



───我は《這いよる混沌》。今この時、貴様の願い、再び叶えよう───



そうだ。《這いよる混沌》。確か聞こえた声はそう名乗っていた。

「…ねぇ、流雨也。《這いよる混沌》…って知ってる?」

おずおずと兄に問うと、兄は驚いた顔で言った。

「へぇぇ、そんな言葉、よく知ってるね。昔読んだ小説に出てきたよ。《這いよる混沌》……確か名前は……ニャルラトホテプ……だったかな?確か旧支配者っていう神様の一人だったような……」


兄が話している言葉の大半はカタカナや不思議な単語で、結局その《這いよる混沌》についてはよく解らなかった。

けれどその存在は確かに、確実に、私の心に好奇心の芽を芽吹かせた。

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