捨て猫と私
@nyraffatohoello
捨て猫と私
数年前。私は彼と、ある約束をしていた。
ずっと一緒だよ。
今思えばそれは、白昼夢だったのかもしれない。けれども私は、まだ彼のことが好きだし、今も彼と時間を過ごしてきた。
その帰り道。
私は彼に出会った。
藍色の毛を持ち、桃色の瞳をした猫。
彼だ。そう思った。
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夏の日の夕暮れ。
彼は、事故に遭った。
「
病院の中で虚しく響く、私の声。
複数の看護師に囲まれながら、彼を乗せたストレッチャーは動く。
「集中治療室に入ります!下がって!」
彼の姿は見えなくなる。
「藍人君…」
私の静かで虚しい一言は、院内の空気へと化していく。
数時間の治療の後、”集中治療室”とやらから出てきたのは、重苦しい表情をしたカエル顔の医者だった。
「藍人君の容体は!?大丈夫なんですか!?」
「病院内では静かに。」
と彼はいいながら、口元に人差し指をやる。
「一命は取り留めた。だが、安心できる状況ではない。」
え?と私の表情が変わる。
「植物状態だよ。全力は尽くしたんだがね。ごめんね、前の状態に戻せないで。」
私の目の前は、真っ暗になっていた。
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時間は今に戻る。
「藍人君…」
私は猫を抱き上げた。
傍から見ればおかしな人間だと思われるだろう。そしてそれは当然のことなのだろう。けれども私は、そうでもしていなければ壊れてしまっていただろうし、それに縋って居た。
猫を抱きながら私は、涙で頬を濡らす。
その涙を猫は拭ってくれていた。
西の空に日が傾く頃、突然猫は私の腕の中から降りて、西の方向へと歩いていく。
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ある夏の日。
暑さによる無気力感と、退屈な授業でへなへなになっていた六時間目の終わり。
終業の鐘が鳴る。
掃除、帰りの学活その他諸々を終え、ようやく学校から解放される時間。
「ほら!藍人君、ネクタイ緩んでるよ?」
「え?別にもう学校終わりなんだからいいじゃねーか」
「うっさい!黙ってネクタイ締められてて!」
半ば強引に彼女、
「もう!しゃんとしてもらわなきゃ、横にいる私が困るんだから!」
「何で君が困るんだよいいじゃん別に」
などとくだらなく幸福な時間が過ぎていく。
そんなこんなで、彼女はいつものように僕の隣を歩く。
「んじゃ、また明日ね」
「ん じゃーね」
微笑みながら挨拶を言いあう。
今日も楽しかった、そう思いながら、横断歩道に差し掛かったころ。
突然真横から、トラックが突っ込んできた。
轟音。一瞬で暗転する視界。
そこからの記憶は、ない。
ある夏の日。暑さによる無気力感と、退屈な授業でへなへなになっていた六時間目の終わり。
終業の鐘が鳴る。
掃除、帰りの学活その他諸々を終え、ようやく学校から解放される時間。
「ほら!藍人君、ネクタイ緩んでるよ?」
そう言いながら私は、彼、
「え?別にもう学校終わりなんだからいいじゃねーか」
「うっさい!黙ってネクタイ締められてて!」
「もう!しゃんとしてもらわなきゃ、横にいる私が困るんだから!」
「何で君が困るんだよいいじゃん別に」
などとくだらなく幸福な時間が過ぎていく。
そんなこんなで、私はいつものように彼の隣を歩く。
「んじゃ、また明日ね」
「ん じゃーね」
微笑みながら挨拶を言いあう。
今日も楽しかった、そう思いながら道を歩いていたころ。
突然後ろから、轟音が聞こえた。
振り返る。そこには、彼の倒れる姿と、彼を轢いたであろうトラックがあった。
そこからの記憶は、地獄だ。
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次に覚えているのは、白い天井、すなわち病院の天井のことだけだ。
かすかに聞こえる音は、僕の身に起こっていることと、彼女がどう動いているかを教えてくれた。
どうやら僕の体は思い通りには動かず、今や泥沼のような眠りにつくことしかできないようで。
どうやら彼女は、それから毎日僕のそばに来てくれるようで。
断片的にある記憶と、かすかな聴力、早く、長い時間を使ってようやくつかんだものは、
早く彼女を安心させたい
という感情だけだった。
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そして時間は、少し遡る。
「おはよう、藍人君」
返事はない。
彼が植物状態になってから、数週間が経った。それ以来私は、毎日のようにここに通っている。
彼に挨拶をし、彼を見る。白い病衣を着せられ、麻酔をかけられている。
何もせずに時間を過ごす。
彼と共に。
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「おはよう、藍人君」
どうやら彼女は、今日も来てくれたようだ。
彼女の声を聞くたびに、胸が痛む。
彼女の声を聞くたびに。
そしてそれは、毎日のように続く。
そのたびに、僕の感情は強くなっていく。
そんなある日。
ぼんやりとして、そしてとても断片的でまるで夢を見ているような感覚。
いや、夢なのだろう。
やけにはっきりとした意識でそう思いながら、僕は歩く。
そこがどこだか、最初はわからなかった。
が、段々とわかっていく。
いつも彼女と別れる、あの場所だ。
あぁ、これは走馬燈なのだろうな、と思う。
そんな中、西から見慣れた人物が歩いてくる。
彼女だ。
「藍人君…」
僕と彼女は抱きあった。
いや、僕が一方的に抱き上げられた。
一瞬状況が理解できなかった。
だが、すぐに理解できた。
猫だ。僕は今猫の姿をしている。
だが、何故?
僕の妄想?神の悪戯?走馬燈?
だが、そんなことはどうでもよくなった。
彼女が泣いている。
ならば受け止めて、拭ってあげるのが自然だ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - そうして時間は今に戻る。
猫の歩いていった方向、即ち西。西には、彼の入院している病院がある。
胸騒ぎがする。
行かなければ、病院に。
私が病院につき、彼の病室に入るころには、日が落ち、マジックアワーと呼ばれる時間に入っていた。
その赤とも橙色ともとれる光の中、私は数十分前にいた場所に戻っていた。
そこには、窓の外に目をやる、彼の姿があった。
「おはよう、藍人君」
「おはよう、明日香」
涙が溢れる。
「ほら、藍人君。服がよれよれだよ?」
「どうせ君以外に見る人いないんだからいいじゃん」
「もう。しゃんとしてもらわなきゃ、横にいる私が困るんだから。」
そう言いながら私は、彼の元に寄る。
赤とも橙色ともとれる光が、彼らを包んでいた。
捨て猫と私 @nyraffatohoello
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