第7話 約束と絶縁の神

 古い空き家の前に車が止まり作業着を着た数人の男女が降りてくる。

 全員で空き家に向かって手を合わせ軽く頭を下げると空き家を見ながら何かを話していた。

「えー、かなり古い家なので怪我のないようにお願いします」


 最近、この家で独り暮らしをしていた老人が亡くなり、新たな所有者が住人がいなくなった土地を住宅用地から税金の安い農業用地に変えるため、施工会社に空き家の解体を依頼し解体費の見積もりと下見を兼ねて施工会社が空き家を隅々まで確認していた。


 農業用地は住宅用地に比べ固定資産税が優遇されるので、ほとんどの場合金額を低く抑える事ができる。

 だが、農地に変更する際には、誰が見ても農地と認識できる状態にする必要があるため、家庭菜園程度であったり、木を植えただけのような土地では農業用地と判断される事はない。


 施工会社は数人で、それぞれ別々に空き家の状態をしばらく確認すると、家は腐食が激しく、こうして無事に建っているのが不思議に思えるほどだった。


 それからも皆で細部まで空き家の状態を確認していた時。

「きゃあっ⁉」

 突然、家の中を確認していた女性社員が悲鳴を上げた。


「どうした⁉」

 何事かと他の場所を確認していた男性社員が駆けつけると悲鳴を上げた女性社員が腰を抜かして一点を見つめていた。


「何があった?」

 男性社員が駆け寄り声をかけると。

「あっ……その……、急に背中に変な寒気を感じて慌てて後ろを振り向いたら、こう何か変なものが宙に浮いていて、驚いて声をあげたら、そのまま消えてしまって……」

 女性社員は身振り手振りで見たものを説明するが、動揺し自分でも何を見たのかわかっていないため要領を得ない。

「亡くなった老人の幽霊でも見たのか?」

 それでも女性社員は一生懸命説明するが男性社員はそう言って馬鹿にして笑うだけだった。

 だが、女性社員はそんな男性社員に怒るわけでもなく、何故だか理由はわからないが幽霊などとは別のものだった気がして震えていた。


 数日後、施工会社に依頼された解体業者が空き家の敷地内で近隣への騒音対策のため防音シートで敷地を囲い解体のための準備をしていた。

 だが、内装の解体を始めると途端に体調が悪くなったり倒れたりする作業員が続出し、中にはその場で意識を失ってしまい救急車で病院に運ばれ入院が必要な作業員も出てしまい解体作業は一時中断された。


「何があったんですか?」

 連絡を受けた施工会社の社員である松河(まつかわ)は解体業者の事務所に駆けつけ現場監督に事情を聴くため詰め寄っていた。

「……申し訳ないが、あの家はうちでは扱いきれない」

 現場監督が狐につままれたような顔で言うと。

「……あの空き家には何かこう……、俺たちから空き家を守るように怪奇現象を引き起こして、家の取り壊しを邪魔している何かがいる」

事務所の奥で座っていた作業員は頭を抱え震えながらそんな事を言い出す。

「……とにかく、こんな状態じゃ、うちは仕事にならない! やるなら他のところに頼んでくれ!」

 そう言うと松河は現場監督に事務所の外まで押し出され扉を閉められてしまった。


 空き家を守るものなんているはずがないと松河は会社に戻ると、すぐに他の解体業者を探し、再度、空き家の解体を試みるが、何度変えても同じように体調が悪くなる作業員が続出し、とうとう現場で死亡事故が起きると、空き家は亡くなった老人が霊となって解体の邪魔をしているなどと解体業者の間で噂が流れ、空き家の解体工事は一向に進まなくなってしまった。


 すると、施工会社の社員たちの間で女性社員が空き家で変なものを見たと噂が持ち上がり、女性社員本人に確認すると噂は本当だとわかった。

 そして、会社内でも空き家に関わらない方が良いのではないかと言う声が一部で上がり、困り果てた施工会社の上司は空き家の近所にある寺に亡くなった老人を供養し成仏させて欲しいと依頼をした。


 後日、依頼された住職が空き家まで出向き、供養が開始された。

 ――だが、住職が供養のためお経を唱え始めた途端、住職までもが解体業者と同じように体調を悪くして気を失い倒れ、慌てて救急車が呼ばれ住職も病院に搬送されてしまった。


 住職の供養に立ち会っていた松河が救急車を見送りながら困り果てていると、隣近所の住人たちが救急車の音で何事かと集まり、その様子を遠巻きに見ながら話をしている事に気がついた。


「どうも、お騒がせして申し訳ありません」

 松河が話をする住人たちに向かって頭を下げ丁寧に挨拶すると。

「あの……、何かあったんでしょうか? ご住職が救急車で運ばれて行ったみたいですが……」

 丁寧に頭を下げる松河を見て、手前にいた主婦たちは戸惑うと、その主婦たちの中の一人が遠慮がちに松河に聴いた。

「えっと……、ちょっとここの解体作業中に事故が続いたので、もちろん霊なんているわけありませんが、亡くなられた方の供養と成仏をすれば、気休めかもしれませんが作業員たちの気分が変われば事故もなくなるのではないかと思ってご住職を呼んだんですが」

 松河は下手に誤魔化して、これ以上変な噂がたってもまずいと考え、主婦に説明する。

「……ここに住んでいた方は生まれてからずっとここに住んでいたようですけど、昔からとても穏やかな人だったらしく、たとえ幽霊になったとしても、故意に事故を起こしてまで他人を傷つけるような人には思えませんが……」

 すると、松河の説明を聞いていた他の主婦が原因は別にあるのではないかと言い出す。


「そういえば、この家に住んでいた人は何か不思議な存在が家に住み着いて家を守ってくれてるから、毎日神棚にお供えものをして感謝していると、よく隣近所に話していたような……」

 主婦の話をそばで聞いていた男性が思い出したようにそう言うと松河は空き家の居間にあった神棚を思い出した。

 確認すると神棚は他と比べて、きれいに保たれていて供え物も豪華で妙に目立っていた。

 松河は隣近所の話から、解体作業が進まない原因は老人の霊ではなく何か家を守る神のようなものが原因で、老人は感がよくてそういうものに気づいていたのではないかと考えた。


 何故なら松河には家を守る神という事に心当たりがあった。

 昔は家を建てる時は必ず地鎮祭(じちんさい)という儀式を行い、土地神に土地を利用させてもらう許しを得た後、家の骨組みを組み立てる時、棟木(むねき)という屋根の最上部に取り付ける横木を上げる時に建物が無事であるよう祭神に願う上棟式(じょうとうしき)という儀式を行っていた。

 施工業者なら誰でも知ってはいるが最近は準備が大変で費用もかかる事や、儀式に疑問を持つ人もいて行われない事も多い。


 地鎮祭とは、土木工事や建築などで工事を始める前に行う、その土地の氏神を鎮め、土地を利用させてもらう事の許しを得るための祭祀である。

 これには神式と仏式がある。

一般には神を祀って工事の無事を祈る儀式と認識されており、安全祈願祭と呼ばれる事もある。

 土祭り、地祭り、地祝いとも言われ、鎮地祭は『とこしづめのまつり』とも読まれる事もある。

 費用は施工業者、奉献酒や玉串料は施主を含めた関係者が負担する。

 一般的には、土地の四隅に青竹を立て、その間を注連縄(しめなわ)で囲って祭場となし、斎主たる神職のもと、建設業者・設計者・施主らの参列の上で執り行う。

 場合によっては、赤白の横断幕を張ったテントの中で行われる事もある。

 祭場の中には八脚台という木の台を並べ、その中央に大榊に御幣・木綿を付けた神籬(ひもろぎ)という神を呼ぶ依り代を立てて南向き、または東向きの祭壇となし、酒・水・米・塩・野菜・魚等の供え物を供える。

 また、関西などの特定の地方によっては伊勢神宮近隣の浜から砂または塩を取り寄せ、四隅に置く場合もある。

 祭壇の左右に、緑・黄・赤・白・青の五色絹(ごしきぎぬ)の幟に榊をつけた『真榊』を立てる場合もある。

 この五色絹は五行説における天地万物を組成している五つの要素、つまり木・火・土・金・水を表している。

 工事の着工にあたり、神職をお招きして神様にお供え物をし、祝詞をあげ、お祓いをして浄め、最初の鍬(くわ)や鋤(すき)を入れ、工事の無事を祈ります。

 古くから伝わる祭祀だが、最近ではこの儀式自体を行う事に疑問を抱く人も多く、行われる事はほとんどない。


 松河はすぐに会社に報告すると空き家の近所にある神社に相談に行き、神主に事の経緯を説明した。


「確かに、昔は家を建てる時は必ず地鎮祭を執り行い土地神様に土地を利用させてもらう許しを得た後、上棟式で祭神に家を守って下さるようにお願いをしていました。

 そちらの地鎮祭と上棟式は当社で先代が執り行っていますので、今度は土地神様と祭神に空き家の解体をお許し下さるよう地鎮祭を執り行いお願いしてみましょう」

 松河の話を聞いた神主は内容をすぐに理解したのか土地神と祭神へ家の解体を許してもらえるよう地鎮祭を行う事を提案した。


「あの……、こちらから相談しておきながらこんな事を聞くのは失礼ですが、偶然、事故が重なっただけとは思わないのですか?」

 松河は神主が自分の話を何の疑いも持たずに受け入れた事を不思議に思った。

 だが、さすがに神主相手に神が存在していると思っているのかなんて聴く事は出来なかった。


「……実は私の娘は幼い頃から不思議なものをよく見てまして、そのおかげと言うとおかしいですが、私自身も不思議な体験をした事が何度かあります。その空き家で本当に神様が事故を起こしてるのかはわかりませんが、神主という立場は関係なく、そういった事を信じているんですよ」

 そう言って神主は娘を想って笑顔になる。


 数日後。

 神主の指示で空き家の敷地内に白い袴を着たアルバイトらしき二人の若者が祭壇を設置し、その上に酒・水・米・塩・野菜・魚等などが供えられ、松河など施工会社と新たな解体業者が参列し地鎮祭が催された。


「では、始めさせていただきます」

 神主は参列者に向かって挨拶をすると祭壇に向き直り祝詞を唱え始める。

 だが、神主が祝詞を唱え始めた途端、突然、供え物の酒や水が器から溢れだし無数の水滴となって宙を漂いだした。

 神主もこんな怪奇現象に遭遇したのは初めてだったのか、あまりの事態に何も言葉が出ずに狼狽える。


「これは……、まさか本当に……」

 事故などではない。

 今までと明らかに違う現象から、今まで疑心暗鬼だった松河は本当に家を守る神のような存在が原因なのかと認識し恐怖した。


 事の経緯を知らないアルバイトの若者は事態を飲み込めずに取り乱し、思わず背後の水滴に触れてしまった。

 すると突然、胸を押さえて苦しみだし、目や耳など顔中の穴から血を流し白い袴を血に染めると痙攣しながら倒れた。

 そのあまりに凄惨な光景に松河は思わず目を背けた。


「……その水滴に触れないで下さい!」

 すぐに水滴に触れると危険な事を理解した神主が叫んだ。

 だが、血を流して倒れた若者を見た松河はその神主の言葉に気が動転すると正常な判断が出来ずに、すぐに近くの水滴から離れようと慌ててしまい別の水滴に触れてしまった。

 すると、松河も若者と同じように胸を押さえて苦しみだし、目や耳など顔中の穴から流れ出る血で白いYシャツを血に染めると痙攣しながら倒れた。

 その光景を見ていた他の参列者たちは恐怖のあまり、その場で震え上がり怯えて動く事が出来なかった。


 ――それからしばらく、皆が恐怖から水滴に触れないように、その場で身動きせずにじっとしていると、水滴はそのまま地面に落ちてしまい、染み込んで消えていった。


 水滴が消えた後も、動いても安全なのかわからず、しばらく皆で周囲を窺っていた。


「は……、早く救急車を!」

 皆が安全を確認するため辺りを窺う中、血だらけで倒れている二人を見た神主が大声を上げると、それを聞いて我に返った参列者の一人が慌てて救急車を呼び、そのまま地鎮祭は中止となった。


 後日。

 病院に運ばれた松河と若者の死亡が確認されると、空き家の解体は打ち切られた。

 その後、どこからか地鎮祭の出来事が伝わると、空き家には近づくものを呪い殺す神様がいるのだと噂が広まり、空き家は近づくもののない廃墟と化した。


「…………」

 真人(まさひと)は神域にある家の居間で、神奈(かんな)が結(ゆい)から預かってきた手紙を読んでいた。

 手紙には神主である結の父親が請け負った地鎮祭の事などについて詳細に書かれていた。


「……神奈はこの空き家に行った事があるのか?」

 神奈は真人が手紙を読んでいる間、真人を見つめたまま黙ってじっと側で待っていた。

「はい。中に入ると何か力のようなものは感じはするのですが、危害を加えるもの以外には反応しないのか、よくわかりませんでした」

「……そうか、一度この空き家に行ってみるしかないな」

「……それだけですか?」

「ん?」

「他には何も書かれてないのですか?」

「ああ、空き家の事以外は特には……」

 真人がそう答えると、相変わらず無表情ではあるが真人には神奈が何か不満げな表情をしているように見えた。

「取り合えず、まずは宇迦(うか)に土地神や祭神について聞いてみないとな」


「宇迦」

「……はい?」

 家の庭で洗濯物を干していた宇迦に真人が声をかけると、宇迦は手を止め真人に向き直る。

「ちょっといいか?」

 宇迦が手を止めたのを確認すると真人は宇迦に事情を説明した。

「それは産土神(うぶすなかみ)かも知れませんね」

 宇迦は作業の邪魔にならないように着物の裾をたすき掛けしていた紐を解きながら答える。

「産土神?」

 真人が聞くと宇迦は真人に笑いかけ居間に向かって歩きだし、真人も宇迦の後をついて一緒に居間に向かう。

「上棟式というのをご存じですか? 家の落成後も建物が無事であるよう願う祭祀なのですが」

 宇迦はそのまま台所に行くと話ながらお茶の用意を始め、それを見た真人は居間の自分の定位置に座る。

「ああ、最近はやらないようで、実際に見た事はないが」

「産土神とはその上棟式で祀られる土地神の事です」

「どういう神なんだ?」

「……産土神は特定の神を表す名前ではありません。以前、この国の人間は神の力を作物や水を介して得ていたとお話しした事を覚えてますか?」

 言いながら宇迦はお湯を注いだ急須と湯飲みを二つ居間まで持ってくるとテーブルで急須から湯飲みにお茶を注ぎ一つを真人の手前に置いた。

「ありがとう。……ああ、その力のお陰で人間は神を認識したり、この神域に入る事が出来たんだろ?」

 真人は礼を言うと、お茶を一口飲み話を続ける。

「はい。昔の人間は今のように生まれた土地を離れる事はほどんとありませんでした。産土神はその土地を産み作物や水に力を与え、母親がその作物や水を口にする事で産土神の力がお腹の中にいる子供に宿る事から、母親のお腹の中にいる時から死ぬ時まで、その人間を守護する神と云われています」

「つまり、産土神というのはその人間が生まれた土地を守る土地神の事か?」

「ええ、現在ではその土地の作物や水を口にする人間は少ないですが、その土地で生まれた人間を守護する事に変わりはありません。もし生まれたその土地に留まり、神棚に産土神を祀り毎日お供えものを捧げて感謝を示し、産土神がその感謝に応えていたのだとしたら、その産土神との契約はとても強いものになっているでしょう」

 そう言うと、宇迦はお茶を一口飲み湯飲みをテーブルに置くと、そのまま湯飲みを両手で包み込むように持ちながら真人の顔を真剣な表情で見る。

「という事は生まれた土地の近くの社に祀られてる神がそうなのか?」

「いえ、産土神にはそれぞれ担当する土地があり、その土地の地名がついた社に祀られているのが産土神です。

近くても生まれた土地と違う地名がついていれば産土神ではありません。

昔は生まれた地域に住む人間たちが祀っていた神社がそうだったので自然に理解していたようですが、今は自分の産土神どころか、自分の産土神社がどこなのかすら知らない人間が多いようです」

 それを聞いて、真人は内心自分も産土神社を知らないと反省すると、そんな真人の考えを見透かしてるのか宇迦は真人の顔を見ながら口元を着物の裾で隠しながら笑った。

「……もし、その産土神だとして、あの家の住人は既に亡くなっているだろう。なのに何故家を守っているんだ?」

 真人は宇迦が自分を見て笑っている事に気づくと誤魔化すように咳払いをして話を続ける。

「おそらく、その住人と何らかの契約を交わしているかも知れません」

「神との契約っていうのは契約主が亡くなった後も続くものなのか? そもそも亡くなったこの空き家の住人は故意に人を傷つけるような人じゃなかったらしいから、例え家を守る契約をしたとしても人を傷つけてまで守るような契約をしたとは思えないが……」

 真人は自分の顎に手を当て難しい顔をして考え込む。

「恐らく契約の内容に人を傷つけてはならないなどの取り決めはなかったのでしょう。本来、神というのは自分を祀る人間は守っても自分や自分が守るものに危害を加えるものは例え同じ人間であっても関係ありませんから。その神がなぜ契約主が亡くなった後も空き家を守り続けているのかわかれば解決策があるかもしれませんが、どんな神なのかわからなければ私も推測でしかお答えはできません」

 そう言って宇迦は目を閉じながら、また一口お茶を飲んだ。


 宇迦の話を聞いて真人は前に師岡(もろおか)と話した時の言葉を思い出した。

『ほとんどの神様はいい加減で気に入らないというだけで災厄を起こしたり……』

 確かに師岡はそう言っていた。


「ここか……、廃墟になってると書いてあったが、思ったよりもきれいだな」

 宇迦の話を聞いて、すぐに真人と神奈はどんな神が空き家を守っているのか確認するために現世の空き家の前まで来ていた。


 結の手紙には空き家は廃墟になっていると書かれていたが、外から見る限り空き家の雰囲気は今でも誰かが住んで手入れしているのではないかと思えるほど、きれいな状態に保たれていた。

 玄関から中に入ってみると、家の中は外と同じように、まるでつい先ほどまで誰かがこの空き家で生活していたのではないかと思えるほど生活感が残っていた。


 そして、真人が空き家を守る神の手掛かりを求めて、しばらく空き家内を探索していると、突然、遠くの方で微かに物音が聞こえた気がした。

 すぐに行ってみると一番奥にあった居間の壁に神棚が設置されていて、近づいてみると一枚の御神札が祀られていた。


 改めてその神棚をよく見てみると、住人がよほど大切にしていたのか、周りの家具などに比べると、とてもきれいに保たれていて家の中で妙に目立っていた。


「神奈、この神棚に神がいるかどうかわかるか?」

 真人は神棚から目を反らさずに近くにいる神奈に聞く。

「この家から感じる力は家全体から感じますので、神棚にいるかどうかはわかりません」

 真人はもしここに神がいるのなら、真人や神奈が普通の人間と違う事はわかっているはずなので、話ができなくても何かしら反応はあると思っていたが、その後しばらく待ってみても物音一つ聞こえる事はなかった。


 仕方なく、真人は神棚に置かれた御神札にも書かれている、空き家がある土地の地名が名前についた近所の神社に行ってみる事にした。


「宇迦の話の通りならここが産土神社のはずだが……」

 空き家から一番近いのは結の家の神社だが、空き家のある土地の地名が名前についた神社は少し離れたところにあった。

 また、結の手紙には老人は生まれてからずっとあの家で暮らしていた事が書かれていたため、その神社が老人の産土神社という事はすぐにわかった。


 産土神社に着くと、そこは今までの神社と違い、広々とした立派な境内を持ち大きな社を構えた神社だった。

 境内に入るとすぐに案内板があり見てみると、この神社に祀られた神が速玉之男神(はやたまのおのかみ)と事解之男神(ことさかのおのかみ)という事とその神についての説明が書かれていた。


 速玉之男神(はやたまのおのかみ)

 日本書紀にみえる神。

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)の伊邪那美命(いざなみのみこと)を訪れた時、見ないでほしいと言われたその姿を見てしまい、離縁する事になった。その約束を固めるために吐いた唾から生まれた神。唾を約束を固める意に使う事は、海幸・山幸の神話にもみえる。


 事解之男神(ことさかのおのかみ)

 伊邪那岐命がした約束を掃き払って生まれたとされる神。

 掃き払った事で、事解の神名から事物を明らかにし事態を収拾させる神とも、絶縁の神や魔を祓う神とも言われている。伊邪那岐命、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と共に祀られている事が多い。

 言離神(ことさかのかみ)

 一言主神(葛城山の神)の別名。

 凶事にも吉事にも、この神の一言で解決がつくとして、この名がある。


 だが、説明にはそれだけしか書かれていないため、名前から男神である事くらいしか想像できなかった。


「この説明を見ると空き家を守っている神は速玉之男神のようだが、神奈は速玉之男神と事解之男神の事は何か知ってるか?」

「いえ、名前は聞いた事がありますが、それ以上の事は何も」

「そうか……」


 真人は神社の説明書きだけでは情報が少ないので、乙舳に話を聞きに市内の山中にある神社までやって来た。


 社務所の扉を開き中に入ると壁中にガラス扉がついたアンティーク調の本棚や家具が並び、部屋の中央に本が山積みにされたテーブルが置かれ、その横に置かれた二つの二人掛けソファーの奥のソファーに眼鏡をかけた男が座って本を読んでいた。


「……あっ、真人さん」

 男は真人に気がつくと本を閉じて立ち上がる。

「どうも乙舳(おつとも)さん。連絡もせずに突然すいません。読書中でしたか?」

 乙舳が本を読んでいた事に気づいて真人は謝罪する。

「構いませんよ。この本はもう何度も読んでますから」

 乙舳は特に気にした様子もなく笑顔で答えた。


「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」

 乙舳はテーブルに置かれた山積みの本を片付けると再びソファーに戻り座った。


「実は速玉之男神と事解之男神という神の事を教えて頂きたくて……」

 そう言うと真人は空き家を守る神が家主が亡くなった後もなぜか空き家を守り続けている事や、宇迦の話を聞いて産土神社に行った事など、ここに来た経緯を説明した。


「こちらでも、その速玉之男神と事解之男神に関しては、その産土神社と同じような事しかわかりませんね……。ちょっと待ってて下さい」

 そう言うと乙舳は何やら難しい顔をしながら再び本棚に向かい一冊の本を取り出して開く。

「速玉之男神と事解之男神については日本書紀に少し出てくるだけなので情報が少なく、その神社の説明書きとほぼ同じ事しかわかっていません。なので、その空き家を守る神が速玉之男神だとして、なぜ家主が亡くなった後も空き家を守っているのかはわかりません」

 そう言うと本のページをパラパラと捲りながらソファーに戻ってくる。


「男神とありますが、本当に男神なのかもわかりませんので」

 そう言いながら乙舳がテーブルに本をそのまま開いて置き指差した先を見ると、速玉之男神の事が神社の案内板の説明書きとほぼ同じ内容が書かれていた。


「確かに男神どころか唾から生まれたなんて、どんな姿をしてるのか想像もできないですね」

 そう言いながら、真人は唾から生まれたという事に嫌悪感から不快な表情をする。

「……古代では約束事の際に契約をより強くするため爪や血、唾などを交換したといいます。唾を吐く事が契約を強固にするという発想を反映するものと考えられていますから、今とは考え方が違うと思いますよ」

 そんな真人の表情を見た乙舳が唾から生まれたという表現は昔は不快な事じゃないと説明する。

「……つまり爪や血と同じように……昔は唾も契約事に使われていたって事ですか」

 真人は乙舳の説明に嫌悪感は拭えなかったが納得した。


「産土神についても宇迦さまの仰る通り、母親のお腹の中にいる時から死ぬ時まで、その人間を守護する神さまと云われています。その亡くなった老人のように生まれた土地に留まり、神棚に産土神を祀って毎日お供えものをして感謝をしていたとしたら、その契約は氏神(うじがみ)とは比べ物にならないほど強いものでしょう」


 氏神とは、本来その氏一族の守り神の事である。

 古来、氏一族はその土地に移り住むとその地域に集団で暮らし、生まれた土地を離れる事はなく、その土地に自分たちの一族の守護神を祀る神社を建てると、その神社はその一族にとっての氏神となったが、現在の様に生まれた土地を離れる人が多くなってくると、移住先の同じ地域に住む人々が共同でその神社の神を祀る様になりその神を氏神と言うようになった。

 よく産土神と混同されるが、氏神は特定の氏一族や地域の守護神の事であり、その土地を守り、その土地に生育する作物、植物、河川、その他の自然物をはじめ、その土地に住む人間を守る産土神とは異なる神である。


「私が言えるのは、神社やこの本に書かれた事解之男神が約束を掃き払って生まれた神という説明から、速玉之男神と対となる、契約を無効にして事態を収拾させる神ではないかという推測くらいです」

 そう言って乙舳は再びテーブルに置いた本の同じページに書かれた事解之男神の説明を指差す。

 真人も神社の案内板を見た時から乙舳と同じ推測はしていたが、この速玉之男神と事解之男神については情報が少なすぎる。

 よくわからないまま手を出せば被害者の二の舞になりかねない。


「やはり、まずは事解之男神に会ってみるしかないですね。……神奈、事解之男神が今どこにいるかわかるか?」

 真人が名前を呼ぶと、ソファーに座る真人の真横が蜃気楼のようにゆらゆらと揺れ、すーっと神奈がソファーに座った状態で姿を現す。

「……事解之男神は神域の最奥でずっと眠り続けているはずです」

 神奈は正面を見据えたまま無表情な顔で答える。

「最奥というのは神奈と一緒なら俺でも入れるのか?」

「ええ、ただ古い神の寝所というだけで特に制限などもありません」

 真人が事解之男神に会いに行くべきか考えながら乙舳を見ると、いつもなら神奈がいるとわかったら、その姿を見ようと騒ぎだす乙舳が大人しい事に気づく。

「珍しいですね。いつもなら神奈がいるとわかれば、その姿をなんとか見ようとするのに……」

 乙舳は古事記や日本書紀を読み、神の存在を信じているが神奈や神を見る力は持っていない。

「神奈さま……、今日は何のお役にも立てずに……、申し訳ありません」

 そう言って乙舳は立ち上がると、真人が真横に話しかけていた様子から真人の真横に神奈が座っていると思い、そちらに向かって頭を下げるが、神奈は真人と話終わると、すぐに姿を消しながら部屋中を現れては消えるを繰り返し、乙舳が頭を下げた時には乙舳の背後で本棚を覗き込んでいた。

「……神奈さまはなんと?」

「……え?」

 誰もいないところに向かって頭を下げる乙舳に真人が何も言えずに唖然としていると、神奈の反応が気になった乙舳は腰を曲げたまま頭だけを上げて真人を見て確認してくる。

「あ~、……特に気にしてないみたいですよ」

 真人は乙舳に気を遣って、誰もいない自分の真横を確認しながら言うが、その最中も神奈は真人と乙舳が自分の事を話している事を気にする様子もなく、部屋中の本棚の本をガラス越しに覗いて廻っていた。


 真人と神奈は乙舳の話を聞いて神域に戻ると、すぐに神域の家の居間に宇迦と御饌(みけ)を呼び、事の内容を話した。

「事解之男神ですか……」

 宇迦は難しい顔をすると何かを考えるように呟く。

「何か知ってるのか?」

「私もお会いした事はありませんが、速玉之男神や事解之男神など、伊邪那岐命さまと伊邪那美命さまから生まれたと云われる神は私たちと違い、生まれた時から神として純粋な力を持っています。味方ならば心強いですが、どんな神かもわからないまま近づくのは危険過ぎます」

 宇迦は不安な表情をする。

「純粋な力ってどういう事だ?」

「私や御饌の様に穢れに弱かったり強かったりする事もなく、何者にも染まらない純粋な強い力を持っていますので何があっても対処する手段がありません」

「……しかし、速玉之男神と事解之男神については情報がない。それこそ空き家の神が速玉之男神なら唯一対抗できる神である事解之男神に力を借りるしかないんじゃないか?」

 真人は他に方法がないと宇迦に訴えるように説明する。

「ならば、せめて私たちもご一緒致します。いざとなれば私たちが盾となってお守り致します」

 そう言うと宇迦と御饌は真剣な顔で真人を見た。

「それは駄目だ!」

 真人は思わず語気を強めた。

「……頼むから、そういうのは止めてくれ。誰かが犠牲になるとかは駄目だ。もう三人は俺にとって失いたくない大事な家族なんだ。だからそういう事は考えないでくれ」

 真人は思わず語気を強めた事を反省しながらも真剣な顔をして宇迦と御饌に訴えた。

「……畏まりました」

 そう言って宇迦と御饌は真人に向かって深々と頭を下げると、真人の顔を見て微笑んだ。


「ですが、私たちにとっても真人さまはかけがえのない存在だという事を忘れないで下さい。犠牲になるつもりはありませんが、真人さまが危険だと思った時は全力でお守り致します」

「ああ、それでかまわない」

 真人は宇迦と御饌が自己犠牲から皆が生き残る方向に考えを改めてくれたのだとわかり安心すると、真人たちはすぐに神域の最奥へ向かった。


 ――――


 目の前で飛び跳ねると蜃気楼のようにゆらゆらと姿を消し、また遠く前方でゆらゆらと姿を表して着地する事を繰り返しながら移動する神奈に先導され、真人たちは獅子神と犬神の背に乗り神域の最奥へ向かっていた。

 他の神の領域とは違い、長年出入りするものがいなかったためか道と言えるものはなく、草木が生い茂る中を、ただひたすら神奈に着いていく。


 どれだけ移動したのだろうか。

 しばらくすると、前方に不自然な形をした草木が見えてくる。

「こちらです」

 そう言うと、神奈はその不自然な形の草木の前で立ち止まり見上げる。

 事解之男神の領域への侵入を阻む透明な壁は長年開かれてない所為か、その透明な壁の形がわかるほど壁に沿って草木が伸びてしまっていた。


 すぐに神奈は事解之男神の領域への侵入を阻む透明な壁を開くため、神楽が舞えるよう、みんなから数歩離れると正座し目を閉じる。

 すると、周囲に吹いていた風が止まり、草木が揺れる音が止むと辺りは静寂の包まれ、周囲から神奈を中心に光の靄が集まり、それはゆっくりと数人の人の形を成していく。

 何度見ても、そのあまりに神秘的な光景に真人たちは神奈から目を離せなくなる。

 人の形になった靄は精霊となり横笛や鼓などの楽器を持ち、神奈が立ち上がると一斉に演奏を始め、その演奏に合わせて神奈が神楽を舞い始める。

 舞がしばらく続くと透明な壁はゆっくりと消えていき、壁に沿って伸びていた草木がパラパラと音立てて落ちていく。


 真人たちが壁が完全に消えた事を確認して中へ進んで行くと、そこは長年管理されずに放置されていたためか、様々な草花が生い茂っているのだが、どこからか光が射し込んでいるのか暗くはなく、とても明るく神秘的で、まるで田舎の森のような、どこか懐かしい不思議な情景が広がっていた。


「神奈はいつ事解之男神の事を知ったんだ?」

 道中、真人は気になった事を、自分達が追い付いて、また目の前で飛び跳ねて蜃気楼のようにゆらゆらと姿を消していく最中に神奈に聞いてみた。

 すると神奈の透けていた身体は見えるように元に戻りその場に着地して真人を見るが、質問の意味がわからないのか覚えていないのか、その場で首を傾げるだけで何も答えようとはしなかった。


「あちらです」

 しばらく進むと、神奈は立ち止まり森の奥を指し示す。

 見てみると、うっそうとした木々に囲まれた中に大きな注連縄が掛けられた巨大な鳥居がそびえていた。

「……」

「どうかなさいましたか?」

 真人が獅子神の背から降り、辺りを見回していると、その真人の様子を見て宇迦も警戒するように辺りを見渡し、御饌はすぐに対処できるよう身構える。

「いや、事解之男神の領域に入ってからここまで何か違和感を感じなかったか?」

 真人は事解之男神の領域に入ってからずっと不思議な違和感を感じ、寝所に近づくとその違和感はますます強くなった。

「……いえ、私たちは特に感じませんでしたが」

 宇迦と御饌はお互いに何か気づいたかと確認するように顔を見合わせるが、二人とも真人の言っている事が理解できなかった。


「あちらです」

 違和感の正体がわからぬまま鳥居の手前まで進むと、振り返った神奈が指し示す先に小さな社が見える。


 真人が神奈に促され鳥居を潜ろうとすると、突然、社から近付くものを拒むかのように強い風が真人に向かって吹きつけてくる。

「これは……!」

 何事かと動揺し後ろを振り返ると。

 神奈と宇迦と御饌は見えない壁に阻まれてしまい鳥居から中へ入れず、宇迦と御饌は焦って壁を叩くが壁はびくともしなかった。


 それを見た真人はなぜ自分だけ中に入れたのかわからなかったが、今はまず事解之男神に会って力を借りようと強い風に逆らうように社に向かって前進していく。


 なんとか社までたどり着き扉を開くと、社の中には中央の台座の上に縄で纏められた一本の大麻(おおあさ)だけが置かれていて、強い風はその大麻から吹いていた。


 事解之男神がいない事に狼狽えながらまずは風を何とかしようと、強い風に逆らいながら手を伸ばし、ようやく大麻を手にすると同時に風は止み大麻は真人の手に収まる。


「真人さま! お怪我は?」

 風が止むと同時に壁がなくなり宇迦と御饌が急いで社にまで駆けつけ中を覗くと、真人は事態が飲み込めずその場に立ち尽くしていた。

「真人さま……、それは?」

 宇迦と御饌は何かあったのかと真人に駆け寄ると真人の持つ大麻に気がつく。

「……俺にもよくわからないが、社に入ったらこれが置かれていて、さっきの強い風がこれから吹いているようだったので、まずは風を何とかしなければと掴んだんだが……」

 真人は手に持った大麻を見つめながら説明する。

「……真人さま。これは神の作った神器です。伊邪那岐命さまや伊邪那美命さま、そしてそのお二人から神として生まれた神が作りだし使ったものはすべて特別な力を持つと云います。恐らく事解之男神とはこの大麻の事です。事解之男神とは神ではなく神の作った神器の事なのでしょう」

 神が作りだし使ったものはすべてその用途によって特別な力を持つ。

 宇迦や御饌だけでなく神奈も事解之男神が神器だとこの時初めて知った。


「……そういう事か」

 真人は、事解之男神の領域に入ってから感じていた違和感の正体が理解できた。

 その空間は寝所というには温かみがなさすぎて、あまりにも殺風景なのだ。

 鳥居や社の周りはまったく手入れもされておらず辺りと同じように草木が伸びていて、神とはいえ、とても生命が眠れるような環境には思えなかったのだ。

 宇迦たちのように他の神や生き物に興味を持たないと気づかないのかも知れないが、真人にはこの環境は違和感しか感じなかった。


 そんな事を考えていると真人は宇迦と御饌が呆然と自分の事を見つめている事に気づいた。

「どうした?」

「……いえ、私たちには真人さまだけが鳥居より中に受け入れられたように見えたのですが……」

 宇迦と御饌は事態が収まり冷静になってくると、何が起きていたのか状況が理解できずに真人を見つめながら戸惑っていた。


「俺は、振り返ったら宇迦たちが鳥居からこちらに入れなくなっていたから、あの鳥居は他の神や神奈のように強い力を持つものの侵入を妨げるものだと思ったんだが。逆に俺は何の力も持たないから通れたんじゃないか?」

「そう……なのでしょうか……」

 宇迦は何も思い付かなかったのか、それ以上何も言わなかったが、どうにも腑に落ちないという様子だった。


 真人は事解之男神の領域を出ると大麻を持って、すぐに神奈と空き家に向かった。


 最近、雨が降ったのか空き家の周りにはいくつもの水溜まりが出来ていた。

 真人が空き家に近づくと手に持った大麻が微かに光り、それに気づいた真人が大麻を見ると。

「今何かが……、この空間に働いていた何かの力が弱まりました」

 神奈がそう言うと同時に空き家の周りに出来た水溜まりから無数の水滴が浮き上がり宙を漂いだす。

「これは、神奈気を付けろ! この水滴に触れて死んだ人間がいる」

 真人は結の手紙に書かれた内容を思い出した。

「さっき大麻が微かに光ったのは速玉之男神の力を弱めたんじゃないのか⁉」

 速玉之男神の守護の力が弱まったが、すぐに速玉之男神の力は空き家を守ろうと水滴に姿を変える。


「契約の一部を強引に解除した事で速玉之男神の力が暴走しています」

 神奈は水滴を警戒しながら状況を説明する。

「一部を強引にって……そもそも契約の解除ってどうやるんだ?」

 契約の解除方法どころか事解之男神の使い方すらわかっていない。

 真人は今まで調べた事を思い出そうと考えを巡らせる。

 すると神社の説明に掃き払ってと書かれていた事を思い出し、おもむろに水滴を大麻で掃き払うと水滴は凍りつき砕けて消えた。

「そういう事か!」

 真人は大麻の使い方を理解すると辺りの水滴を同じように大麻で掃き払って行く。


 やがて空き家の周辺で宙を漂う水滴が数を減らしてくると、真人は急いで空き家の中に入り神棚のある居間に向かう。

 居間の壁に設置してある神棚の前に来ると、神棚に祀られた一枚の御神札を神主が玉串を振るうように大麻で掃き払う。

 すると、大麻と御神札が微かに光り御神札の光りは御神札から立ち上ぼり煙のように消えていった。


 すると、突然、家中からミシミシときしむ音が響き渡る。

「これは……、神奈! 急いで外に出ろ!」

 真人が神奈に向かって叫び、急いで空き家の外に出た次の瞬間、空き家は崩れるように倒壊してしまった。


 真人が足元まで飛んで来た木材を見ると、素人目にもわかるほど腐食が進んでいた。

「こんな状態でよく……」

 真人は木材の腐食具合を確認すると速玉之男神の空き家を守る力の強さに驚いた。


 後日。

 神奈が結に空き家の倒壊と速玉之男神の力がなくなった事を報告すると、施工業者はすぐに瓦礫を撤去し土地は農業用地へと変えられた。


 事が解決した後、真人は手に持った事解之男神を見つめながら、もしかして速玉之男神も事解之男神と同じく神の作った神器だったため意思など関係なく老人が亡くなった後も家を守っていたのではないかと思った。

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