第8話 豊穣と農耕の神
横浜市のとある山の中にある神社。
その神社の社務所の中、壁中にガラス扉がついたアンティーク調の本棚や家具が並んだ部屋の中で、本が山積みにされたテーブルの横に置かれた二つの二人掛けソファーに真人(まさひと)と乙舳(おつとも)が片方ずつに座り話をしていた。
「こうして、仕事以外で話をするのは初めてですね」
「そうですね。まあ、ここには神様に関する資料以外のものはありませんから」
そう言うと乙舳は片手を頭の後ろに回して誤魔化すように笑う。
「いえ、実際、乙舳さんやここの資料には何度も助けられてますから」
「お役に立っているならいいのですが、そういえば今日は神奈(かんな)さまはご一緒ではないのですか?」
乙舳はずれた眼鏡の位置を戻すと、真人の周囲を確認するように聞いた。
今日、真人が来た目的は乙舳と話す事だったので神奈を連れてきてはいなかった。
「ええ、今日は神の事を聞きに来た訳じゃないので、神奈を連れてきても無駄に疲れさせるだけですから」
神奈が現世に留まるには力を使うらしいので、あまり長い時間、現世に留まる事はできないらしい。
と言うのも、真人も宇迦に聞いただけで、感情の表現が乏しい神奈がその事を顔や態度に出す事はなく、真人にもよくわかってはいない。
真人が知らない時にも一人で現世に来ているらしいので心配する必要はないはずだが、本人の意思でもなければ用事もないのに連れてくる事は躊躇われた。
「まあ、もうすぐ秋ですからね。宇迦(うか)さまもお忙しいでしょうから、もしかしたら神奈さまも宇迦さまを手伝われてるのかも知れませんね」
「……確かに宇迦は稲荷神ですけど、いつもと何も変わりはありませんでしたよ。去年も秋だからって何か特別な事をしていた様子はありませんでしたから、元は狐と言ってましたし、今まで関わってきた他の神たちのような力はないんじゃないですか?」
「……言っておきますが稲荷神が元狐だというのは間違いですよ」
真人の言葉を聞いた乙舳は驚いたように真人の顔を見つめると、少し間を置き困ったような表情で真人の顔を見ながら言う。
「ですが、確か御饌(みけ)は元妖狐で……」
真人は宇迦から御饌が妖狐と言われた事や御饌が妖狐の姿に変わった事を乙舳に説明した。
「正確には、食物を司る神さまである大気都比売神(おおげつひめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、豊宇気毘売神(とようけひめのかみ)、若宇迦乃売神(わかうかのめのかみ)などを御饌津神(みけつかみ)と呼び、その御饌津神に三の狐の神という字をあてて三狐神(みけつかみ)と云われるようになったらしいので、後に妖狐である御饌さまも同一視されてそう呼ばれるようになったのかもしれません」
日本では弥生時代以来、蛇への信仰が根強く、稲荷山も古くは蛇神信仰の中心地であったが、平安時代になってから狐を神使とする信仰が広まった。
稲荷神と習合した宇迦之御魂神の別名に御饌津神(みけつのかみ)があるが、狐の古名は『けつ』で、そこから『みけつのかみ』に『三狐神』と当て字したのが発端と考えられ、やがて狐は稲荷神の使い、あるいは眷属に収まった。
なお、『三狐神』は『サグジ』とも読む。
「では、宇迦が自分を狐だと言ったのは普通の狐という事ではなく三狐神の狐という事ですか?」
「おそらく、ご自身が三狐神と言われている事や神使が狐の事と御饌さまが元妖狐の事を合わせてそう仰ったのでは? 神さま方はそういったご自身の事は無頓着な様子なので、もしくは御饌さまが元妖狐の事などを真人さんに伏せるためという可能性も考えられますが、先程も言ったように御饌津神というのは稲荷神の総称だと考えられていたので、御饌さまに関しては我々も把握しきれていない事が多いです」
確かに宇迦は御饌の事を妖狐と言ったが自分が元狐とは言っていなかった。
「特に宇迦さまは日本を代表する御利益の神様です。稲荷神社の祭神で稲荷神とも呼ばれ、宇迦之御魂神の名前のウカは穀物や食べ物を表す事から穀物の神様ともされています。いつも他の神様の事ばかり調べていますから、この機会に宇迦さまや御饌さまなど身近な方の事をもっと知ってみてはいかがですか?」
そう言うと乙舳は真人に笑いかけた。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
宇迦之御魂神は、日本神話に登場する神。
『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記する。名前の『ウカ』は穀物・食物の意味で、穀物の神である。
両書とも性別が明確にわかるような記述はないが、古くから女神とされてきた。
伏見稲荷大社の主祭神であり、稲荷神・お稲荷さんとして広く信仰されている。
ただし、稲荷主神として“うかのみたま”の名前が文献に登場するのは室町時代以降の事である。
伊勢神宮ではそれより早くから、御倉神(みくらのかみ)として祀られた。
全国に所在する多くの稲荷社の祭神として日本で最も信仰されており、きわめて人気の高い神の一つである。
江戸時代には民の八割が農家だった為、五穀豊穣の神として広まった。
現在、稲荷神社は全国に三万二千社あり、日本の神社の中で最大の勢力を持つ。
また、艶やかな赤い鳥居は厄除け、疫病除けの意味がある。
今まで真人は御饌が妖狐だった自分に後ろめたさがある様子から、宇迦の事を聞いてしまうと御饌の過去を掘り下げてしまう事になるのではないかと思って聞く事ができなかった。
「……そういえば、師岡さんとは会ってますか?」
日が傾きかけ、そろそろ帰ろうと支度をする真人に乙舳は思い出したように師岡との事を聞いてくる。
「いえ、師岡さんとはこの仕事を受けた時以来、会ってないですね」
最初に神域から戻った時以来、真人は師岡と会っていなかった。
「私も最近はあまり会ってはいませんが、師岡さん、神社庁で孤立している様でして、昔も見える人の言う事はただ単に信仰心が強いのだろうくらいの考えで、あまり相手にされていなかったのですが、最近はそういった神さまが見える人もいなくなってしまった様で、なので自分と同じように神さまが見える真人さんに師岡さんは特別な思いがある様です。もし機会があれば師岡さんともゆっくり話してみては如何ですか?」
なぜ乙舳が唐突にそんな事を言い出したのか真人は不思議に思ったが、確かに師岡とは神域から戻った時に会って以来、気まずくて会いづらい状態だったので関係を修復したいと思っていた。
「わかりました。今度、機会があったら話してみます」
真人が乙舳に返事すると、乙舳は安心したように笑って頭を下げた。
社を通り神域に戻ると日はすっかり沈んでいた。
神域には街灯がないため、道は真っ暗だが、通い馴れた道なので星の明かりだけでも苦労する事なく歩く事ができた。
「あら、真人さま。今お帰りですか?」
突然、前方から聞き覚えのある声が聞こえ、声のした方を見ると暗がりから星明かりの下に誰かが出てくるが暗くて顔がよく見えない。
「……宇迦か? こんなところでどうしたんだ?」
顔はよく見えなかったが声から宇迦だとわかり近づいていくと、少しずつ暗闇に目が慣れてきて、道の端に宇迦が一人で立っているのがわかった。
「いえ、少し散策をしていたら遅くなってしまいました」
「……そうか」
そう言いながら真人が歩きだすと宇迦は何も言わずに真人の後に自然とついて歩いた。
「そういえば、今日乙舳さんと話したんだが……」
真人は歩きながら乙舳と話した事を後ろにいる宇迦に説明した。
「……そうですね。御饌の事もありますが、一番は三狐神の事を説明するには乙舳さまとのお話しにも出てきた大気都比売神と保食神の事をお話しする必要があったからです」
そう言うと、暗がりに目が慣れ見えるようになった宇迦の表情が真人には沈んだ表情の様に思えた。
「……その神たちに何かあるのか?」
真人は宇迦の表情にそれ以上聞いていいものか迷ったが、これから何かあった時に対処できるようにするためにも、知っておいた方がいいだろうと聞く事にした。
「食物を司る神である大気都比売神と保食神は他の神が食べ物を求めた時、鼻や口や尻から取り出した食べ物でもてなしたため、その神によって殺され、その死体から蚕や牛や馬と五穀が生じたと云われる神ですので、同じ食物を司る神である私や御饌の事をご不快に思われるのではないかと……」
そう言うと宇迦は切なそうに笑った。
「そんな事は……!」
真人はとっさに立ち止まり否定しようとしたが、そんな宇迦の顔を見ると何も言えなくなってしまった。
「……さあ、そんな事はお気になさらずに御饌が夕食を作って待ってます。早く家に帰りましょう」
宇迦はそう言って慌てる真人に向かって笑いかけると、立ち止まった真人をそのままに家に向かって歩き出した。
翌日。
真人はいつものように神域内を整備して廻っていた。
自分たちの生活圏はほぼ整備し終えたのだが、神域では自然の成長が早く、気を抜いているとすぐに荒れてきてしまう。
また、最近はただ切り開くのではなく、現世で知った自然と共存する方法を意識しながら、土壌を整えその土壌に適した日本の植物を見定めたり、その地域で手に入るもので肥料を用意して与えたり、森では落葉に日光が当たると落葉が腐敗せず肥料にならないので、必要なら苗木などを密集するように植樹して日光が入り込まないようにするなど、今後の事も考えて整備するようにした。
今後、この神域に入れる人間が現れなければ、自分がいなくなると、また神域は荒れてしまい神奈と宇迦と御饌は生活がまともにできなくなってしまう。
もし自分がいなくなっても生活ができるように整備をしていた。
「真人さま」
昼になると、いつものように宇迦が真っ白な手拭いと水筒を持って昼食の準備ができた事を知らせに来る。
家から離れた場所で作業をしている場合は弁当を持ってきてくれるが、今作業している場所は家から比較的近いため昼食は家に戻って食べている。
「ありがとう」
真人は礼を言いながら手拭いを受け取り額や首周りの汗を拭うと、続けて水筒を受け取り、蓋を開けて冷たいお茶を渇いた喉に流し込んでいく。
「ふう……、行くか」
真人は一息つくと宇迦に声をかけ作業道具を一ヶ所にまとめる。
昼食を終えたら、また同じ場所へ戻ってくるので道具はそのままに、二人は昼食をとるため家に戻った。
昼食後、真人は少し休憩をとってから同じ場所で一人作業を続けていた。
作業に没頭し続けていると、いつの間にか日が傾いている事に気づいた。
いつもなら、そろそろ宇迦が迎えに来るはずだが、一向に宇迦が迎えに来る様子はない。
真人は不思議に思いつつも、こんな日もあるだろうと、あまり気にはせず今の作業場所は家からも近いので、もし、こちらに向かっているならすれ違う事もなく途中で会う事ができるだろうと、仕事道具を片づけ一人で家まで向かう事にした。
しかし、途中で宇迦に会う事はなく家の前まで着くと、さすがに少しおかしいと考えると。
「御饌、宇迦が今何処にいるか知らないか?」
真人は台所で夕飯の支度をしている御饌に宇迦の行方を聞いてみるが、御饌は何事かと驚き、何も思い当たる事がないのか少し考えると何も知らないと首を横に振る。
「……少しそこら辺を捜してくる」
真人は少し心配になり御饌にそう一言告げると宇迦の姿を捜して思い当たる場所を廻った。
――だが、いくら捜しても宇迦の姿は見当たらず真人は途方に暮れていた。
他にどこか宇迦が行きそうな場所はないかと考えながら道を歩いていると、昨夜、現世から帰って来た時に宇迦が立っていた場所まで来ていた。
何処に行ったのかと、昨夜、宇迦が立っていた場所を何気なく見ていると、宇迦が立っていた場所の後方にある草むらに微かに何かが通った跡がある事に気づいた。
「これは……」
近づいてよく見てみないと気づかない程だが、膝ほどの高さまで伸びた草が生い茂る中、微かに何かが通ったような跡が道から奥の林まで線となって続いているのが見えた。
他に捜す当てもなかったのでその跡を辿って入って行くと、道からでは木々に遮られて気づかなかったが、林の中に小さく開けた草原があり、その中で宇迦がしゃがみこみ何かに向かって目を閉じて手を合わせていた。
手を合わせる宇迦の真剣な表情に真人は声をかけていいのかわからず、どうしたものかと考えながら姿勢を変えようとして思わず小枝を踏んでしまった。
「……あら?」
真人が踏んだ小枝の音に気づいた宇迦が振り返り真人の姿を確認すると、宇迦は驚いた表情で声をあげる。
「あっ……、もしかして邪魔したか?」
「……いえ、そんな事は……申し訳ありません。いつの間にかこんな時刻に!」
宇迦は真人の言葉に返事をしながら日が傾いている事に気づき、慌てて立ち上がり辺りを確認すると真人に頭を下げた。
「いや、そんな事は気にしなくていい。姿が見当たらないから少し心配になって捜しにきたんだが、ここで何をしてたんだ?」
真人がそう言いながら宇迦が手を合わせていた先を見ると小さな祠が二つ並んでいる事に気づいた。
「それは……、もしかしてここは何かの神の寝所なのか?」
真人はもしかして神の寝所に無断で入ってしまったのではないかと慌てて周囲を警戒する。
「いえ……、これは大気都比売神と保食神を慰めるための祠です」
そう言うと宇迦は悲しそうに笑った。
「大気都比売神と保食神って、昨日話してた神によって殺されたっていう……」
「はい。こちらに祠を作って大気都比売神と保食神を慰めています」
「……その慰めるっていうのはどういう事だ? 祀るのとは違うのか?」
「昨日(さくじつ)、大気都比売神と保食神の死体から蚕や牛や馬、五穀が生じたと言いましたが、当時はまだ死体から生じたそれらが何なのかわからず、明確な呼び名や概念がなかったため、それらを蚕や牛や馬、五穀と例えて呼んでいたのです。ですが、時代が経ち、それらにも明確な概念ができるとそれらはこう呼ばれるようになりました。……毒や病と」
「毒や病って……、じゃあ、その大気都比売神と保食神が原因でこの世に毒や病が生まれたって事か?」
「いえ、大気都比売神と保食神から新たな毒や病が発生したというだけで、毒や病が発生した原因は他にもたくさんあります」
「それなら、慰めてるというのは?」
「大気都比売神と保食神は殺された恨みから荒ぶる神となり、死体から毒や病を持つ動植物を発生させたのですが、その恨みは今も晴れる事はなく放っておけば毒や病は現世に広がってしまいます」
「なぜこの神域じゃなくて現世に広がるんだ?」
「大気都比売神と保食神が殺されたのは、まだこの神域と現世が今のように隔絶されていない時代だったからです。その後、荒ぶる神と成った大気都比売神と保食神の魂をここに祀り慰め続けています」
「荒ぶる神の魂なんて単純に祀っただけ慰められるのか?」
「ただ祀っているだけではなく、この葵桂を介して常に私の力で大気都比売神と保食神を慰めて続け、動植物から毒や病が発生する事を抑えていますから」
そう言いながら宇迦は祠に懸けられた葵桂にそっと触れる。
「その葵桂というのは何か特別なものなのか?」
「この葵桂そのものは特別なものというわけではありません。ですが、私ども稲荷神にとっては特別な意味を持つものです」
祠にはそれぞれ葵の葉に桂の枝葉を絡ませた葵桂が奉られていた。
「じゃあ、宇迦は常に大気都比売神と保食神を慰めるために力を使い続けているって事か?」
宇迦はよく自分は役に立たないと気にしている様子だったが、毒や病の発生を抑えるために大気都比売神と保食神を力を使って常に慰めている宇迦こそ乙舳の言うように日本を代表する御利益の神そのものなのではないかと真人には思えた。
「それが私が人間から祀られ信仰される理由ですから、人間が信仰すれば五穀豊穣や農耕、穀霊に力を与え利益(りやく)をもたらすのが私の役割です」
「……宇迦は人間が嫌いだと思っていたが」
「すべての人間が嫌いというわけではありません。真面目に働き努力した人間に信仰されれば相応の利益を与えています」
「じゃあ、何も問題はないんだな?」
「今はまだ問題ありません。ですが、今までこの季節になると強まる大気都比売神と保食神の力も昼から夕刻まで慰めれば抑える事ができていたのですが、ここ最近は以前より大気都比売神と保食神の力が増してきていまして、夕刻まででは抑えきれない事が増えてきてます」
「どういう事だ?」
「現世では年々農耕従事者の数が減り、人間が手を加えずに穢れて荒廃する土地が増えているので、私の力だけでは自然の毒や病の発生を抑えきれなくなっています。特に人間が管理しなくなった森林は放置されると、それが原因で毒や病などが蔓延してしまいますので」
日本の国土は約六割を森林に覆われていて、その内四割が杉などの人工林で天然林は五割である。
天然林の中でも、いわゆる里山と呼ばれる人里に接した山は六割を占めていて、人工林や里山はある程度人間が管理する必要があるとされている。
近年、里山の木を利用する機会は減り、管理されずに放置されている状態が続いている。
里山の樹木は人に定期的に切られる事により若さを保つ事が出来るとされているが、里山が管理されなくなり森林内が暗くなると、特定の植物が生い茂る事により種の多様性が失われ多くの里山の動植物が絶滅危惧種となるなど動植物にも変化が起きてしまう。
管理されなくなった森林ではそれが原因とされる毒や病などが蔓延し、枯死する木が増え問題となっている。
里山の生態系は人が積極的に関与する事により維持されてきたが、人が関与しなくなると生態系の均衡に危機的な変化をもたらしてしまう。
「何か方法はないのか?」
「最近になってようやく土地を管理する重要性に対する認識が現世でも高まってきました。また現世で土地を管理するようになれば少しずつですが新たに発生する毒や病も減っていくはずです。それに大気都比売神と保食神の力が強まるこの季節を過ぎれば、私がここに来なくても慰め力を抑える事はできますので」
森林などの土地は人間が管理する事で作物や家畜がよく育ち、そのおかげで動物から採れる素材も良質となり土地は豊かになる。
真人は毒や病という話に焦ったが、宇迦の説明を聞くと納得して落ち着いた。
「御饌はその事を知っているのか?」
「御饌は以前話した通り元妖狐という普通とはまた違った稲荷なので、大気都比売神と保食神の事は知らないはずです。それに、もし知ったとしても御饌にできる事はありませんので、知らせてもただ苦しめるだけです」
「わかった。今日はもう抑えられたのなら早く帰ろう。御饌に宇迦を捜しに行くと言って家を出たから、きっと心配してる。それに宇迦も疲れただろう」
宇迦は一見いつもと変わらない様子だが、よく見ると微かに疲れた顔をしているようにも見える。
大気都比売神と保食神の力を抑えるのは精神的な疲労があるのかも知れない。
真人はそんな宇迦をさりげなく気遣いながら、一緒に御饌の待つ家まで帰った。
翌日。
真人は昨日と同じように神域内を整備して回っていた。
「真人さま」
昼になると、昨日と同じように宇迦が真っ白な手拭いと水筒を持って昼食の準備ができた事を知らせに来るが、よく見ると宇迦の表情にはまだ微かに疲れが残っているように見えた。
「……宇迦、もし辛いようなら、こっちの事は休んでもいいんだぞ?」
「……ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですから」
真人が言うと宇迦は少し驚いたような表情をするが、すぐに微笑み気丈に振る舞って見せた。
「だが……」
「昨日お話しした通り、この季節が過ぎれば大気都比売神と保食神の力も弱まりますので」
「……そうかもしれないが」
宇迦は心配する真人を見て嬉しそうに微笑むと、更に疲れている事を誤魔化すよう気丈に振る舞って見せる。
そんな宇迦の態度を見て、真人はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「……それでは、参りましょうか」
そう言って宇迦が手前に有った作業道具を片付けようと手に取ると、真人は宇迦によけいな負担をかけないよう急いで作業道具を一ヶ所にまとめる。
そんな真人の気づかいに宇迦は申し訳なさそうに笑い、道具を片付け終わると二人は昼食をとるため家に戻った。
昼食後、真人は昨日と同じように少し休憩をとってから同じ場所で一人作業を続けていたのだが、宇迦の体調が気になり作業はあまり進んでいなかった。
それでも、よけいな心配をし過ぎだろうとしばらく作業を続けていると、微かに日が傾き始めた事に気づた。
このまま宇迦の体調を気にして作業が進まないのは良くないなと反省し、夕飯時に宇迦が昨日と変わりないようなら、次からはもうよけいな心配もしなくなるだろうと自分に言い聞かせ、少し早いが作業を早々に切り上げる事にした。
もし宇迦が迎えに来たとしても、今からなら帰り道の途中で、宇迦のいる場所に近いところで出会えるだろうと考え、今日は帰る事にした。
しかし、途中で宇迦に出会う事はなく、早々に家に着いた真人は御饌が夕飯の支度をする音を聴きながら縁側で休んでいた。
また宇迦は昨日のように大気都比売神と保食神を慰めているのだろうとよけいな心配はせずに帰りを待つ事にした。
昨日、御饌には宇迦は一人で小さな庭園を作っていたと言ってある。
あまり、納得していない様子だったが御饌は喋れないため何も聞かれる事はなかったので押し通した。
少し悪い気もしたが教えて苦しめるよりはいいだろう。
庭で獅子神と犬神に戯れつかれている神奈は、宇迦が大気都比売神と保食神の祠がある場所で何かをしている事はわかっているかも知れないが別段気にはしていないようだった。
――だが、そんな神奈に戯れついていた獅子神と犬神が、突然、何かに反応するように立ち上がる。
「……近くで穢れが発生しています」
獅子神や犬神と同じように神奈も立ち上がり独り言のように呟く。
「近くって、神域でか? いったいどこで……あっ……」
今この近くで穢れが発生する可能性がある場所といったら一ヶ所しかない。
「御饌!」
真人は御饌に声をかけると慌てて駆け出した。
先を行く神奈、獅子神、犬神について真人と御饌は穢れの発生場所に向かう。
「やっぱりか」
先を行く神奈たちが止まったのは大気都比売神と保食神の祠へ行く草むらの前だった。
すぐに神奈が獅子神にまたがり草むらに入っていくと、その後に犬神が続き、少し遅れて真人と御饌が入っていく。
林の中にある開けた小さな草原に着くと、宇迦が目をつぶり眉間にしわを寄せ苦渋の表情で黒い靄のような穢れを微かに発生させる大気都比売神と保食神の祠に向かって手を合わせていた。
「申し訳ありません。大気都比売神と保食神の力が想定以上に強くなっていまして」
物音や気配で真人たちが来た事に気づいたのか宇迦は目を閉じたまま状況を伝える。
そもそも、昨日いつもと違って宇迦が迎えに来なかった時点で異常は始まっていたのだろう。
それなのに、なぜよけいな心配なんて考えてしまったのだと真人は後悔した。
すると次の瞬間、大気都比売神と保食神の祠から発生する穢れが一気に膨らみ、目の前にいた宇迦はその穢れに弾かれるように後方へ弾き飛ばされた。
「宇迦!」
慌てて真人と御饌は宇迦に駆け寄る。
すると、大気都比売神と保食神の祠から発生する穢れは再び落ち着きを取り戻したかのように見えた。
「どうなったんだ?」
御饌に支えられながら起き上がる宇迦を横目に真人は大気都比売神と保食神の祠から発生し続ける穢れを警戒する。
「急いで現世へ、このままでは現世に大気都比売神と保食神が荒ぶる神となって甦ってしまいます!」
いつの間にか立ち上がっていた宇迦が皆に向かって叫ぶように言った。
「わかった。家まで一人で戻れるな?何かあった時のために家にいてくれ」
真人は弾き飛ばされた宇迦が無事なのを確認すると、不足の事態になった時、大気都比売神と保食神の事をすぐに聞けるように家にいるように言う。
「私も現世に参ります」
「……大丈夫なのか?」
唯でさえ穢れに耐性がない宇迦が今の疲労している状態で現世に行けばどうなるかわからない。
それに普段の宇迦ならそんな自ら足手まといになるような事は絶対に言わない、そんな宇迦らしくない申し出に真人は驚いた。
「今は大気都比売神と保食神を慰めるために力を使う必要がありませんので、私の持つ本来の力をすべて使う事ができます。現世の穢れも自分で防ぐ事ができますのでご心配には及びません」
「……わかった。とにかく今は早く現世に」
言うと、真人たちは急いで現世への出入り口である社へと向かった。
駆け足で社の中を進んでいくと前方に出口である格子状の光が見えてくる。
真人は出口に着くと勢いよく格子戸を開け放ち外に出た。
最初に外に出た真人が後ろを見ると神奈の後から出てきた宇迦の両脇に二匹の白狐がいるのが見えた。
「その狐は?」
「この子達は神使(しんし)という私の眷族(けんぞく)で、穢れを防いだり様々な能力を持っています」
神使とは、神道において神の使者、もしくは神の眷族で神意を代行して現世と接触する者と考えられる。稲荷神の神使は白狐であり、稲荷神社では狛犬の代わりに狐が置かれている。他の神の神使も、その神に縁故のある特定の動物とされている。
真人は乙舳の言葉を思い出した。
『おそらく、ご自身が三狐神と言われている事や神使が狐の事と御饌さまが元妖狐の事を合わせてそう仰ったのでは?神さま方はそういったご自身の事は無頓着な様子なので……』
力を取り戻し、神使である二匹の白狐を付き従えた宇迦の姿は気高く神秘的であるが、見ているとどこか不思議な懐かしさと安心感を覚えた。
「神奈、大気都比売神と保食神の魂がどこにあるかわかるか?」
「……どこかに向かって移動しています」
聞かれた神奈は遠くを見るように大気都比売神と保食神の魂の気配を探る。
「どこに向かってるんだ?」
「おそらく近くの森に向かっているのでしょう。荒ぶる神となった大気都比売神と保食神は自然の動植物に毒や病を発生させるために動植物が多い場所に向かうはずです」
真人の質問に神奈の代わりに宇迦が答えた。
「森って……。もし、人の出入りが多い森で動植物に毒や病を発生させられたら大変な事になるぞ!」
横浜市には市民の森という山林所有者から市が土地を借りて森の中を散策できるように簡単な整備をしたのち、一般に公開をしている森が多数存在する。
神奈に案内され大気都比売神と保食神の後を追って来た真人たちは市内にある森までやって来た。
「まずいな」
たどり着いた森は、それほど大きくはないが、周りには多くの住宅地があり毒や病を持った動植物が発生すれば被害は一気に拡大する可能性が考えられる。
「神奈! 大気都比売神と保食神は⁉」
真人に聞かれた神奈は何も答えずに黙ったまま木々に囲まれた森の中を指差した。
神奈が指差した先をよく見ると、暗い森の中に微かに穢れが揺れているのが見える。
その穢れは徐々に二人の古い着物姿をした美しい女性の姿に変わっていく。
穢れから現れた大気都比売神と保食神の二人の肌は青白く虚ろな眼差しで、その場に立つと足元の植物が黒く染まりそのまま周囲の植物を黒く染めていく。
「……なんだあれは⁉ どうなってるんだ⁉」
黒く染まった植物は枯れたわけでも燃えたわけでもなく、大気都比売神と保食神から周囲の色だけを、まるで白い布に染料を落としたかのように黒く染め上げていく。
「あれは恐らく毒や病を持つ動植物を新たに発生させるのではなく。ここに存在する動植物を毒や病で侵食しています」
「……なっ⁉」
毒や病はゆっくりと周囲の動植物を侵食していき、このままでは数分も経たずにこの森はすべて侵食され、放っておけば被害はさらに拡大する。
「宇迦! 神使を使って穢れを防いだように大気都比売神と保食神から広がる毒や病を抑える事はできるか⁉」
「はっ……はい!」
真人に言われ宇迦は神使である白狐を使って大気都比売神と保食神から広がる毒や病を周囲から白い結界で囲み抑える。
大気都比売神と保食神は結界を一瞥するが何も反応はしてこない。
「御饌!」
真人に名前を呼ばれ意図を理解した御饌は、すぐに大気都比売神と保食神に言霊を放ち毒や病の侵食を止めようとするが、大気都比売神と保食神の力が強力すぎて侵食を止める事ができず、宇迦の作った結界も毒や病の勢いを鈍らせる事がやっとで結界は少しずつ広がっていく。
それを確認した真人は持っていた御神札を取り出し大気都比売神と保食神に向かって突き出すように構える。
「真人さま危険すぎます!」
宇迦は真人が何をしようとしているか理解したが、結界を維持する事に精一杯でその場から動けず、真人を止めようと叫んだ。
宇迦の声に御饌も事態に気づいたが、言霊を止めれば状況が悪化する恐れがあるため言霊を止める事ができなかった。
「神奈!」
「いいのですか?」
大気都比売神と保食神の穢れは今までとは比べ物にならないほど強く、危険な事はこの場にいる全員が理解していた。
「この状況じゃ他に方法はない!」
そう言って真人が御神札に意識を集中すると、大気都比売神と保食神から黒い穢れが御神札に吸い込まれていき真人の身体を黒く侵食していく。
「くっ……!」
真人が苦しみの声を上げると、神奈は真人から数歩後ろに下がって正座し目を閉じた。
すると、先ほどまで森に吹き付けていた風が止まり木々が揺れる音が止むと、辺りは静寂に包まれ周囲から神奈を中心に精霊が光の靄となって集まり段々と数人の人の形を成していく。
人の形になった精霊は横笛や鼓などの楽器を持ち、神奈が立ち上がると一斉に演奏を始める。
演奏に合わせて神奈がしばらく舞い続けると真人の身体の穢れによって黒く侵食された箇所が次第にゆっくりとだが浄化されていく。
しかし、真人の身体を侵食する穢れは勢いが強すぎて、真人の身体は少しずつ穢れに侵食されていく。
そして穢れが真人の身体から首筋まで侵食し始めると、それを見た神奈は精霊に目配せし、精霊たちの演奏する曲が変わると神奈もその曲に合わせて舞いを変える。
「いけません。神奈さま!」
それに気づいた宇迦が叫ぶが、神奈は宇迦が止めるのも聞かず舞い続ける。
すると、すぐに真人の身体を侵食していた黒い穢れは首筋までで止まり、穢れは真人の身体から剥がれるように少しずつ神奈の身体へと流れていく。
「ぐっ……、神奈……」
穢れに身体を侵食された真人が苦痛に顔を歪めながら神奈を見ると、穢れは神奈の左手の指先から腕を伝わり肩から上半身を少しずつ黒く染めていく。
「……神奈、……止め……ろ」
穢れに侵食されていく神奈を見た真人が苦しみながら神奈を止めようとするが神奈は構わず舞い続ける。
すると、大気都比売神と保食神の姿が朧気に透けていく。
「……宇迦!」
それに気づいた真人が苦痛に耐えながら宇迦の名を呼ぶと、それに気づいた宇迦はすぐに大気都比売神と保食神を周囲から囲っていた結界の範囲を狭める。
それを確認した真人は御神札を持った腕を力なくだらりと下ろし、首筋まで穢れに侵食され呼吸する度に痛む喉を庇うように首を片手で押さえる。
「神奈さま!」
突然、神奈の名を叫ぶ宇迦の声が響き、真人は喉の痛みで苦痛に顔を歪めながら神奈に何かあったのかと周囲を捜す。
「神奈!」
真人は、すぐ後ろで倒れている神奈の姿を見つけ、痛みを我慢しながら神奈の側に行くと遅れて御饌も側までやって来る。
見ると、神奈は左腕や袴の襟から覗く首筋を穢れに侵食されていた。
「……早く治療を!」
「落ち着いて下さい。神奈さまは恐らく大丈夫です。御饌、神奈さまを家まで運んで下さい」
宇迦は宙に浮かぶ大気都比売神と保食神の魂を囲った結界を両手で支えるように持ちながら、神奈の様子に慌てる真人たちの元までやって来る。
「大丈夫なのか?」
神奈の事は自分より宇迦たちの方が知っているので、心配ではあったが真人は余計な事はせずに宇迦たちの言う事に従う。
「とにかく今は真人さまにも治療が必要です。今は急いで神域へ」
神域に戻った真人たちは神奈を自室に運び布団を敷いて寝かせると、安心して気が抜けた真人は、それまで我慢していた穢れの苦痛に耐えきれなくなり、疲労も重なってその場で気を失って倒れてしまい、宇迦と御饌の二人は慌てて真人も自室に運び同じように布団に寝かせ治療した。
翌日。
二人の治療でなんとか起き上がれるまでになった真人は居間で上着を脱ぎ御饌に穢れで変色した箇所に塗薬を塗ってもらっていた。
「ありがとう」
塗薬を塗終わり御饌が百味箪笥に塗薬をしまうと、真人は上着を着ながら御饌に礼を言う。
御饌は礼を言う真人に笑顔で応えると百味箪笥を片付ける。
「ちょっと出てくる」
治療が終わると、怪我のため作業をする事もできず手持ち無沙汰な真人は外に出た。
真人が大気都比売神と保食神の祠がある草原に来てみると、宇迦が祠に向かって目を閉じて手を合わせていた。
「大気都比売神と保食神の魂は鎮める事ができたのか?」
「……はい。真人さまと神奈さまが大気都比売神と保食神の力を弱めてくださったお陰で問題なく」
宇迦は真人が来た事に気づいていたのか振り返ると驚く様子もなく笑顔で答える。
「神奈の様子はどうなんだ? 昨日からずっと部屋に寝かせてるだけだが、大丈夫なのか?」
神奈は昨日から部屋で一度も目を覚ます事なく眠り続けていた。
「……実は神奈さまの事は私どももよくわかっておりません。以前、祟り神を鎮めた時の事を覚えてますか?」
「……ああ」
「お二人が祟り神に襲われた時、神奈さまは真人さまを逃がした後、祟り神から穢れを受けてしまいました。その後、神域にお戻りになられてから倒れてしまわれたのですが、翌日には穢れはすっかり引かれたようで、まるで何事もなかったかのように振る舞ってらっしゃいました」
「どういう事だ?」
「人間である真人さまが穢れと清浄を有しているのとは逆に、神奈さまは穢れと清浄のどちらも有していない存在なので穢れに侵食されても、その穢れは溜まる事なく自然に抜けてしまうようで……」
「それは何か問題なのか?」
「命あるものはすべて必ず穢れか清浄のどちらかを有しているものです。それは私ども神と言われる存在でも例外ではありません。しかし、神奈さまのように穢れと清浄どちらも持たない純粋無垢な存在はどちらにも簡単に染まってしまう可能性があります」
「純粋無垢と清浄は同じ事じゃないのか?」
「似ているようですが純粋無垢と清浄は違うものです。清浄とは何ものにも染まってない事で、純粋無垢は染まる染まらない以前の状態です」
「じゃ、もしかしたら神奈も穢れに落ちる事があるかも知れないって事か?」
「はい。神奈さまは穢れと清浄を有している人間よりも簡単に穢れに染まりやすいため、穢れに侵食されたからといって不用意に治療をして神奈さまの中の穢れが活発化したり、不測の事態が起きれば神奈さまは立ち所に穢れに落ちてしまわれるかもしれません」
「じゃあ、目を覚ますまで待つしかないのか?」
「今回は前回に比べて受けた穢れが多かったので目を覚ますのが遅いのではないかと」
宇迦の話に真人はいろいろと疑問も残ったが、宇迦もよくわからず憶測で話している様子だったので、これ以上聞いても答えは出ないだろうと、宇迦の言うとおり余計な事はせず、おとなしく神奈が目覚めるのを待つ事にした。
話が終わると宇迦は祠に懸けられた葵桂にそっと触れる。
「前に葵桂は稲荷神にとって特別な意味があるって言ってたが、どんな意味があるんだ?」
「毎年、稲荷神を祀る稲荷祭で、作物が毒や病気に成らず無事に五穀豊穣となりますよう願う儀式が行われるのですが、その儀式で葵桂が懸けられる事で稲荷神は信仰され神としての力を得ています」
「それなら大気都比売神と保食神の祠に葵桂を奉ったら力を取り戻してしまうんじゃないのか?」
「葵桂を通して得られる力は作物が毒や病気にならず、五穀豊穣となるよう願われた力ですので、それが大気都比売神と保食神の殺された恨みを少しでも慰められればと……」
そう言うと宇迦はいつかのように、また悲しそうに笑う。
真人はそんな宇迦に何も言えなかった。
真人たちが家に戻ると家の玄関前に御饌がいるのが見える。
近づいていくと何やら落ち着かない様子で真人たちの姿を確認すると慌てて駆けてくる。
「どうした⁉」
御饌の慌てた様子に真人は心配になり何かあったのかと聞くと、御饌は真人の腕を掴み庭へと引っ張っていく。
御饌に連れてこられた真人たちが庭を見ると戯れついてくる獅子神と犬神の二匹に挟まれて、されるがままの神奈がいた。
「……神奈、もう大丈夫なのか?」
二匹も神奈の事を心配していたのか、真人が近づいて神奈に話しかけても構わず神奈に戯れ続ける。
神奈が二匹の身体に触れると戯れるのを止めるが、そのまま神奈に甘えるように頭を擦り付け続ける。
「……はい。ご心配をかけました」
落ち着いた二匹の間から袴を揉みくちゃにされた神奈が出て来て答える。
「そ……、そうか、どこも異常はないか?」
袴を揉みくちゃにされた神奈の姿に真人は呆気にとられ、先ほどまでの神奈への不安や心配は杞憂だったと胸を撫で下ろした。
「ええ、特に異状はありません」
そう答えた神奈が二匹から手を離すと、それを合図に二匹は再び神奈に戯れはじめる。
「……大丈夫そうですね」
宇迦は真人の横に並ぶと二匹にされるがままの神奈を笑顔で見つめながら言う。
「……ああ」
真人も笑顔で返事をすると、そんな二人を余所に御饌は二匹に戯れつかれされるがままの神奈を心配して慌てていた。
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