第3話 怨霊の神
横浜市のとある繁華街の路地裏に規制線が張られ、数人の警官が交通整理を行っていた。
私服警官の桐ヶ谷(きりがや)が規制線をくぐり中に入ると、中年の私服警官が奥にある変死体を見つめていた。
「お疲れ様です。草柳(くさやなぎ)さん」
桐ヶ谷は草柳に声をかけるとポケットからハンカチを取り出し鼻を塞ぐ。
スーツ姿の変死体はとても痩せ細っていて酷い異臭を放ち、長年警察官を勤めている草柳ですら見た事もない異様なものだった。
「これで三体目ですね」
一月前、市内にある高架下で若い男性の変死体が発見された。
その変死体は数日間飲まず食わずだったのか、とても痩せ細っていた。
身元を確認すると発見される十日ほど前に友人と会った後、突然消息不明になったのだが、痩せ細っている事以外は特に争った形跡などもなく、ウィルスなどの可能性も疑われたが、病理解剖の結果、ウィルスは発見さなかったため、事件性はなく事故死と判断された。
それから約二週間後、今度は廃工場で三十代のスーツ姿の女性の変死体が発見された。
一週間前から会社を無断欠勤していて連絡もとれなかったが、前の男性と同じように数日間飲まず食わずで痩せ細っている以外、特に襲われたような形跡やウィルス感染もなく、二週間前の若い男性との繋がりなども確認できなかったので事件性はなく偶然同じ状態になっただけの事故死と判断された。
「やはり何か関係があるんでしょうか?」
「さあな、前の二体は病理解剖までして何も出なかったから事件性はないと判断されたが、三回も続けば何も関係がないとは言えないだろうな」
言うと、草柳は立ち上がり変死体から離れる。
「しかし、酷い臭いだな」
今まで眉間にシワを寄せ臭いを我慢していたのか、離れて臭いが薄くなると草柳はホッと安心する。
「草柳さん」
そこへまた一人、私服警官が草柳たちのもとへ駆け寄ってくる。
「お疲れ様です。久保寺(くぼでら)さん」
桐ヶ谷が挨拶すると久保寺は軽く手を挙げて返事をする。
「どうだった?」
「確認できました。変死体は須藤保文(すどうやすふみ)五十三歳、中区にある中小企業で部長をしていて、七日前の夜、午後八時に帰宅のため会社を出た後、消息不明になってます」
久保寺は、変死体が所持していた身分証を元に確認してきた身元を手帳を片手に草柳に報告した。
「七日前に突然消息不明になった人間が、数日間飲まず食わずの状態で、なぜこんなところにいるんだ?」
言うと草柳は振り返り変死体の方を見た。
「もし前の二体と同じようなら、死ぬ直前に、自分の足でここまで来る体力はないはずです」
通常、人は水と睡眠さえとっていれば、たとえ食べものがなかったとしても二~三週間は生きられる。
だが、水を一滴も飲まないと、四~五日程度で死んでしまう。
個人差はあるが、水分がニパーセント失われると、口や喉の渇き、食欲不振などの不快感を感じ。
六パーセント失われると、頭痛や眠気、脱力感などに襲われ、情緒も不安定になる。
十パーセント失われると、筋肉のけいれん、循環不全や腎不全などの機能障害を起こす。
そして体内の水分の二十パーセントを失うと死んでしまう。
前の二体の変死体は、調べると数日間飲まず食わずでとても痩せ細っていて、死ぬ数日前には自分で動ける状態ではなかった事がわかる。
「まさか噂の呪いと何か関係があるんですかね?」
久保寺の言葉を聞いた桐ヶ谷は管轄は違うが、最近、市内で人が何人か不自然な死に方をして、それが神様に呪い殺されたなどと噂がたっている事を耳にしていた。
管轄の警察が調べた結果、外傷や争った形跡もなく、全員が衰弱していて事件性はなかったためそれ以上は捜査はされていなかった。
「確かに不自然な死に方だったらしいが、飲まず食わずではないらしいから、そっちとは関係はないだろう。それに警察が呪いなど真に受けてられるか」
桐ヶ谷の言葉に草柳は答えた。
「取り合えず、この人物が会社を出てからの目撃情報を集めろ」
「はい!」
草柳の一声に、桐ヶ谷と久保寺の二人は返事すると、駆け足で現場を後にした。
目撃情報を集めだして二日目。
須藤は七日前の午後八時過ぎに会社の最寄り駅から、自宅方向へ向かう電車に乗ったところまでは駅のカメラで確認できたが、そこから後の目撃情報は一切得られなかった。
「どういう事だ? 同じ電車に乗ったはずの人は誰も須藤を見ておらず。会社の最寄り駅で電車に乗った後、変死体として見つかった場所の最寄り駅や、その途中のすべての駅のカメラに、一切須藤の姿は映っていなかった。だったら須藤はどうやって電車から降りたんだ?」
警察署にある会議室には長机が並べられ、そこに巡査部長である桐ヶ谷など刑事部の捜査員が何人も座り、その前に一つだけ置かれた長机に、警部補である草柳が座って、須藤保文の目撃情報の報告を受けていたのだが、目撃情報はまったく集まらず、そのため草柳はイラついていた。
変死体として見つかった須藤保文の姿は、電車に乗り込むところを映した駅のカメラ映像を最後に一切途絶えていたのだ。
「会社から死体が見つかった駅までは昼間でも乗降客の少ない駅ばかりで一人ずつ顔が確認できるのに、すべての駅のカメラに一切映ってないなんてあり得るのか?」
草柳の問いに誰も答える事ができず、全員が沈黙していると会議室の扉を開き会議に遅れていた久保寺が勢いよく入ってきた。
「草柳さん、前に見つかった二体の変死体ですが……」
「何かわかったのか?」
「あ……いえ、その二体の変死体が見つかった場所にいた人たち全員が古い着物を着た人物を目撃してまして、一部の目撃者は平安時代頃の男性の服じゃないかと」
「平安時代?」
「ええ。ただ全員顔を見ていないと言いますか、見えなかったと言いますか……」
「ん? どういう事だ?」
久保寺の曖昧な言い方に草柳は疑問を感じる。
「なぜか全員、姿は見ていて古い着物を着ていた事は、はっきりわかるらしいんですが、不思議と顔が見えなかったり、わからなかったりでして」
「……着物の印象が強すぎて顔を覚えてないのか、顔を何かで隠していたか。取り合えず、今は情報が少しでも欲しい。まずはその古い着物姿の人物が誰だったのか確認しろ! 市内のそういう衣装を扱う店や劇団、持っている可能性がある個人まで徹底的に調べてくれ! 刑事部以外の署員にも通常の職務をこなしながらで構わないから調べてもらうよう声をかけろ!」
「はい!」
会議室にいた刑事たちは返事をすると一斉に会議室を出ていった。
数日後。
市内だけじゃなく関東全域まで調べたが有力な情報は得られなかった。
呉服屋でも平安時代頃のものとなるとすべて注文を受けてからの生産となり。
ここ数年、その様な衣装が注文された事もなく。
劇団などもその様な衣装は注文するとかなりの金額になる事から、ほとんど自分達で仕立てるらしいのだが、最近はそんな衣装を使う劇なども行っていないので、どこも所持はしていなかった。
また個人に関しても、持っている可能性があるとなると必然的に呉服屋や劇団関係者などになるため、それらを調べると同時に所持している人がいない事を確認できた。
「ありがとうございました」
桐ヶ谷は街中にある神社に話を聞いて廻っていた。
以前、インターネットで神社の神主が平安時代の男性の服に似た衣装を着ている画像を見た事を思い出し、神社に聞き込みをしてみたのだが、そういう神社は特殊らしく、どこも通常の袴しか所持していなかった。
「ふう……」
朝から何件か廻りさすがに疲れた桐ヶ谷は少し休憩できる場所はないかと周囲を見渡した。
「ん? あれは……」
すると同じ刑事部の老刑事が誰かと喫茶店から出てくるのが見えた。
「わざわざありがとうございました。師岡(もろおか)さん」
「いえいえ。こちらも、もしそうなら放ってはおけないので、乙舳(おつとも)くんには私から連絡を入れておきますよ」
老刑事が頭を下げると一緒にいた老紳士も頭を下げて去っていった。
「お疲れ様です。秋葉(あきば)さん」
桐ヶ谷は老刑事の秋葉に駆け寄り背後から声をかけた。
「おや、桐ヶ谷くん。聞き込みの最中ですか?」
背後から声をかけられた秋葉は、驚く様子もなく、ゆっくりと振り向き桐ヶ谷の姿を確認して返事をした。
秋葉は刑事部の刑事ではあるが変わり者で単独行動をしている事が多い。
草柳と同期の同じ警部補で歳も同じはずなのだが、みんなを率いて捜査する草柳とは違い常に単独で捜査をしているためか、草柳に比べるとずいぶん老け込んで見える。
どこから情報を仕入れてくるのか、時々、誰もが匙を投げる事件の手懸かりを掴んできて解決に導いたりするので、単独捜査が許されているらしく。桐ヶ谷はたまに見かけるくらいで話した事はほとんどなかった。
「はい。秋葉さんもですか?」
「ん~。まあ、そんなものですかね。古い知り合いに今回のような事に詳しい人がいましてね。今ちょうど話をしていたところなんですよ」
「今回のような事って、……何かわかったんですか?」
「……そうですね。ちょっと一休みしながら話しましょうか」
秋葉は少し考えてから答えると今出てきた喫茶店を指差した。
「ええ、ちょうど少し休憩しようと思ってたところです」
桐ヶ谷は秋葉の話を聞くため一緒に喫茶店へと入った。
「あれ? どうしたんですか秋葉さん、なにか忘れ物でも?」
喫茶店に入ると若い女性店員が秋葉の顔を見るなり声をかけてきた。
「いやいや、ちょうど外で彼と会いましてね。立ち話もなんだから、こちらを利用させてもらおうかと」
秋葉は常連なのか女性店員に親しげに桐ヶ谷を紹介する。
「あら、秋葉さんの知り合いにこんな若い人がいたんですね。どうぞ、お好きな席へ」
言うと女性店員はクスクスと笑いながら店の奥へ引っ込んでいった。
「常連なんですか?」
話ながら桐ヶ谷たちは角の席に座った。
「ん? まあ、よく寄らせてもらってはいますよ」
「秋葉さんは、ほぼ毎日来られてますよ」
女性店員はいつの間にか二人分の水をコップに注いで戻ってきていた。
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」
女性店員が笑顔でコップとメニューをテーブルに置いて去っていくと、秋葉は笑顔で立ち去る女性店員と置かれたコップを交互に見て、桐ヶ谷の顔をばつが悪そうに見ると苦笑いする。
「お昼まだでしょう? 少し遅いが込み入った話になりますから、ここで食べていきましょう」
秋葉はメニューを桐ヶ谷に見えるように開いて言った。
「あ……、じゃあ」
言われて桐ヶ谷はメニューを見て注文を決める。
秋葉が手を挙げると、それに気づいた女性店員がテーブルに駆け寄ってくる。
「お決まりですか?」
「このカツサンドを……」
桐ケ谷はメニューを指差しながら注文する。
「はい、カツサンド……と、秋葉さんはいつものでいいですか?」
「ええ」
「はい、少々お待ち下さい」
注文をとると女性店員は店の奥へ引っ込んでいった。
「さて、それじゃまずはさっき言った事ですが。唐突ですが、桐ヶ谷くんは神様っていると思いますか?」
秋葉は先程までと違い真剣な表情をしながら言った。
「本当に唐突ですね。神様ですか? それは誰かの通称とかではなくて、神話とかの神様って事ですか?」
「そうですね。神社とかに祀られている神様の事です」
「それは……、何と言いますか……。正直今まで真剣に考えた事もなかったので、何と言っていいやら」
桐ヶ谷は神どころか神社にも今回の聞き込みで初めて自ら訪れたほど、そういうものに無縁だった。
「まあ、今の若い人たちは初詣も行かないらしいですから、ピンときませんか」
秋葉は言いながら笑った。
「その神様が何か関係あるんですか?」
「桐ヶ谷くんはあの変死体を見てどう思いましたか?」
「どうって、確かに三人とも数日間飲まず食わずで、とても痩せ細っていたり色々と不可解な点がありますが……」
「確か、病理解剖までして不自然な点はまったく出なかったらしいじゃないですか」
「……まさか、あれが神様の仕業だとでも言うんですか?」
「まだ、そうと決まった訳じゃありませんが、その可能性もあるという事です」
あまりにも突拍子もない内容のため桐ヶ谷は話についていけなかった。
「お待たせしました。カツサンドと秋葉さんは玉子サンドですね」
話が途切れたところで、ちょうど女性店員が注文の品を持ってきた。
「ダメですよ秋葉さん。若い人を困らせたら。何話してたかは知りませんけど、ただでさえ秋葉さんは変わり者だって同僚の方にも敬遠されてるんですから」
桐ヶ谷の様子を見た女性店員は、秋葉が何か変な事を言ったのかと窘める様に言う。
「いや、私たちは仕事の話を……」
「あっいえ、大丈夫です。あまりにも突拍子もない話だったのでつい……」
女性店員に言われて困っていた秋葉を桐ヶ谷はとっさに庇った。
「そうですか? ならいいんですけど」
そう言うと女性店員は店の奥へ引っ込んでいった。
「あの店員は秋葉さんの職業を知ってるんですよね?」
「ええ。けど、ここでは他の常連客と他愛もない話くらいしかしてないので、いつの間にか私の扱いもただの老人客程度になってしまいまして。まあ、それが私には心地よくもあるんですが」
秋葉は微笑むと目の前に置かれた玉子サンドを一口食べる。
「取り合えず話はまた後にして食べましょうか。ここのサンドイッチは美味しいんですよ」
少し遅めの昼食を済ませると桐ヶ谷は秋葉に、こういう事に詳しい人がいるから。と市内のとある山の中に連れて来られていた。
「ここまで来て今更ですが、どこに向かってるんですか?」
もう駅からずいぶん歩いていて日もすっかり傾いてしまっていた。
「着きましたよ」
言いながら秋葉が指をさした方向を見ると一つの神社が見えた。
「神社ですか……」
「ここは神奈川神社庁の中でも知られていない特別な役割を持つ部署でしてね」
秋葉はそのまま神社の境内に入っていくと、神社横にある社務所の扉の前まで行き、設置されている呼鈴を鳴らした。
「はい」
しばらく待つと線の細い眼鏡をかけた男が出てきた。
「秋葉と申しますが、師岡さんはいますでしょうか?」
「これはどうも、あなたが秋葉さんですか。師岡さんはまだ戻ってませんが、もし秋葉さんという方が訪ねてくる事があったら、色々教えてあげてほしいと言われてますので、よろしかったら、どうぞ」
男は秋葉の名前を聞くと笑顔で対応する。
「あなたは?」
「僕は乙舳と言いまして、ここで師岡さんの手伝いをしています」
「あなたが乙舳さんですか。師岡さんから、あなたが来てくれて本当に助かってると聞いてますよ」
「いえ、僕なんて知識くらいしかお役に立てる事はないので」
秋葉に言われると乙舳は謙遜しながら二人を社務所の中へ案内した。
中に入ると部屋には壁中にガラス扉がついたアンティーク調の本棚が並び、他にも似たような家具が置かれていた。
「こちらにかけてお待ち下さい」
乙舳は二人に、本が山積みにされたテーブルの横にある、二人掛けのソファーで待つように言うと、テーブルに出された数冊の本を片付けていく。
「もしかして来客中でしたか?」
「えっ?」
乙舳の様子を見て桐ヶ谷が聞くと、乙舳は驚いたように桐ヶ谷の顔を見た。
「……あっ、いえ、テーブルの横にあるこの二つのソファーの奥の方は、置かれた本の様子から普段ここにいる乙舳さんたちが使っている感じですが、今片付けた本はすべて入口側にあるこちら側のソファーに向けて開かれていたので」
「……その通りです。もしかして探偵の方ですか?」
「あっ、いや、秋葉さんと同じ刑事の桐ヶ谷といいます。今のはたまたまと言うか」
「いや~、すごいよ。思わず感心してしまったよ」
乙舳の言葉に桐ヶ谷が謙遜すると、後ろでそれを聞いていた秋葉は感嘆した。
「改めまして、神奈川県神社庁の乙舳と言います。ここで神様や神域に関する資料の管理をしています」
出されていた本を片付け終わると乙舳は二人の向かいにあるソファーに座り改めて自己紹介する。
「これはご丁寧に、刑事の秋葉と言います。師岡さんにはよく事件の事で相談にのってもらってます」
「同じく刑事の桐ヶ谷です」
秋葉と桐ヶ谷は姿勢をただし、丁寧に自己紹介を返した。
「それで、何をお教えしましょうか?」
「詳しくはまだ捜査中なのですが、数日前に市内で三体目となる変死体が発見されました。前の二体は数日間飲まず食わずで痩せ細っている事以外、特に争った形跡もなかったので事件性はなく、偶然同じ状態になったのだろうと判断されたのですが、数日前に発見された三体目も前の二体と同じように、数日間飲まず食わずでとても痩せ細っていて、死ぬ数日前には自分で動ける状態ではなかった事がわかりました。ですが、発見された路地裏は人通りが少ないと言っても、まったく人通りがないわけではないので、変死体が発見される直前に誰かがそこに運んできたとしか考えられません」
「……しかし、それだけなら誰かがそこまで運んだだけの可能性があるのでは?」
秋葉の説明に乙舳は冷静に答える。
「ええ、ですが、三体目の変死体が見つかった事で、前の二体の変死体について、もう一度調べたのですが、最初の若い男性の変死体が見つかった高架下を変死体が見つかる直前に通ったという人が見つかり、その時に変死体はなかったというんです。さらに次の二体目の女性の変死体についても、発見された場所は近所のビルからでも変死体が有った場所がはっきり見えるため、誰かが中に入れば必ず誰かが気づくはずなんですが、発見者は気づいたら女性が倒れているのが見えたと言っているんです。そして不思議な事に、三体目の変死体で見つかった男性も、会社の最寄り駅から電車に乗り込むところを映した駅のカメラの映像を最後に、途中駅や同じ車両に乗っていたであろう人まで男性の目撃情報は一切ありませんでした。そして一番引っ掛かっているのが、変死体を見つけた人たち全員が古い平安時代頃の男性の服を着た人物を目撃しているのですが、なぜかその人物の顔は見えなかったりわからないと言うのです。もちろん、まだこれだけで神様が関係しているとは言えませんが……」
秋葉は乙舳にここに来るに至った経緯を説明した。
「……まず、神社などに祀られていて一般によく知られている神様はごく一部で。本来、神様というのはいい加減で気に入らないというだけで災厄を起こしたり、過去には、直接人間に危害を加え恐れられた荒ぶる神という神様もいます。しかしその様に人だけを狙って殺すとなると、その三人が祟られる様な事をしたか、そうでなければ怨みを残して神様になった怨霊の神という事になりますが……」
「怨霊の神?」
怨霊という現実離れした言葉に、桐ヶ谷は思わず呟いた。
乙舳は立ち上がると本棚から数冊の本を取り出してくる。
「怨霊の神というのは、主にこの世に怨みを残して死んでいった人間が、死後、怨霊となり祟ったため、その祟りを鎮めるために、神として祀り上げられた神様の事を言います」
乙舳は桐ヶ谷の呟きに答えるように説明した。
「怨霊なんて本当にいるものなんですか?」
桐ヶ谷が聞くと、乙舳は取り出してきた本の中から一冊の本を手に取り、ページを捲っていく。
「日本三大怨霊というものをご存知ですか?」
「日本三大怨霊?」
「平将門(たいらのまさかど)、菅原道真(すがわらのみちざね)、そして崇徳天皇(すとくてんのう)の三人は日本三大怨霊と言われています」
乙舳は平将門の事が書かれたページを開いて二人に見えるように置いた。
「中でも怨霊としてよく知られているのが平将門です。将門の首塚を粗末にすると悪いことが起きると伝えられ。大正十二年には首塚を取り壊して建てられた大蔵省の役人に病人が続出し、大蔵大臣はじめ幹部十四人が相次いで亡くなりました。昭和十五年六月には雷による火災で大蔵省の庁舎が全焼し、『首塚をおろそかにしているから』という声があがり、大蔵省は塚に古跡保存碑を建立しています。昭和二十年には米軍が首塚の周辺を駐車場にしようと工事をすると作業中のブルドーザーが突然ひっくり返り、死人まで出る大騒ぎになりました。その後、国が首塚の周囲のごく一部だけを残して、土地を金融機関に売却し銀行が建てられると、塚に面した部屋の行員が次々と病気にかかるという異常事態が発生しました。その後は史蹟に指定されて、大きな祟りはありませんが、小さな祟りは幾度もあり、毎月一日と十五日に神社にお神酒を奉納していたと言われています。その他にも塚のあたりから大量の人骨が発掘されたという話もあるほどで、現在は七つの神社に将門を祀り怨霊を鎮めると同時に東京を守る結界とされています」
乙舳の話を聞いた桐ヶ谷の顔は先程までと違い真剣な表情に変わっていた。
乙舳は取り出してきた本の中からもう一冊の本を手に取り、今度は菅原道真の事が書かれたページを開いて二人に見えるように置いた。
「そして学問の神として知られる菅原道真ですが、学問の神として祀られたのは後の事で、幼い頃から聡明だった菅原道真は異例の早さで朝廷の要職に就くのですが、その事を恨んだ藤原氏の陰謀で無実の罪を着せられ左遷させられてしまい、元々健康では無かった事もあり、二年後に亡くなってしまいます。そして菅原道真の死後、無実の罪を着せた藤原氏に不幸が続くと、菅原道真が怨霊となり祟ったのではないかと噂が立ち。怨霊を鎮めるため菅原道真を神として祀り。その後、幼い頃から聡明だった事から学問の神として祀られるようになりました」
乙舳の話を聞いていた桐ヶ谷の顔は徐々に青ざめていく。
すると乙舳は、また本の中から一冊の本を手に取り、今度は崇徳天皇の事が書かれたページを開き二人に見えるように置いた。
「そして崇徳天皇は、父親である鳥羽天皇(とばてんのう)から忌み嫌われ、保元元年(ほうげんがんねん)の保元の乱で敗れると讃岐(さぬき)の国に流刑となりました。崇徳天皇の死後、弟の後白河天皇(ごしらかわてんのう)の息子の二条天皇(にじょうてんのう)が在位中に二十三才という若さで亡くなり。その後、息子の后である中宮、自らの女御も一月をあけずに若くして亡くなり、その十日後には孫である六条天皇(ろくじょうてんのう)までもが十三才で亡くなる怪異が続きました。さらにその翌年の安元(あんげん)三年。京都の町の三分の一を焼く安元の大火が、翌年には治承(じしょう)の大火と呼ばれる火災が発生し、この二つの火災や天皇家に起こる相次ぐ不幸は、崇徳天皇の祟りに違いないという噂が広がりました」
「……そっ! ……それは偶然の事故や不幸を怨霊の仕業と思い込んだだけじゃないんですか?」
話を聞いていた桐ヶ谷は本に書かれた挿し絵を見るとさらに顔が青ざめていく。
「確かに、日本三大怨霊とみなされるようになった背景には、江戸時代における読本や歌舞伎のために脚色された事が大きく影響してるのではないかと言われています」
「でっ……、ですよね。怨霊なんているわけがっ……、ははっ」
言うと前のめりで本を見ていた桐ヶ谷はソファーにもたれかかり誤魔化すように笑う。
「ですが、今お話しした関係者の不可解な死や事故などはすべて記録に残っている事実です。その中でも崇徳天皇は日本最大の怨霊と恐れられ、朝廷が讃岐に幽閉した崇徳天皇の様子を知ろうと、平左衛門尉康頼(へいさえもんのじょうやすより)を派遣したところ、崇徳天皇は柿色の法衣を着、目くぼみ痩せ衰え、荒々しい声で『敢(あ)えて御許容(ごきょよう)なき間、志忍びがたきあまり、不慮の行業(ぎょうごう)を企(くわだ)つる也』と言ったといい、その有様は身の毛もよだつすさまじさで、怒りのあまり舌先をかみちぎり、その血で天下滅亡という呪いの言葉を書き、我は日本の大魔王となりて天皇を呪い続けると呪詛をかけ、数日の後、憤死したと言われていて、今回の犠牲者の状況とも共通します」
「……つまり三人は崇徳天皇に幽閉され、痩せ衰えて死んだと言う事ですか? ですが、目撃されたのは法衣ではなく平安時代頃の男性の服ですよ?」
桐ヶ谷は身体を震わせながら乙舳に聞いた。
「あくまで可能性があるとすればですが、怨霊と成ったその姿が最後の姿と同じとは限りません。通常は全盛期の姿のはずです。それに不慮の行業とは、世を怨み、呪うという恐ろしい意味ですので、その三人は偶然被害に遭った可能性があります」
桐ヶ谷は乙舳の話の内容に言葉を失った。
「もし、今回の原因が崇徳天皇の怨霊だったとして被害を止める方法はありますか?」
桐ヶ谷の様子に、ずっと黙って様子を見ていた秋葉が乙舳に聞いた。
「崇徳天皇の怨霊を鎮めるために百年事に式年祭が行われているのですが、八百年祭は昭和三十九年の東京オリンピックの年に行われましたので、もしかしたら、この時の式年祭で何かあったのかもしれません。よろしければ、こちらで調べて何かわかりましたら報告致しますが?」
「お願いしてもよろしいでしょうか。我々が調べるには限界がありますから」
乙舳の提案を二つ返事で受け入れると秋葉は笑顔で礼を言い立ち上がる。
それを見た桐ヶ谷が時計を見ると、かなり遅くまで話し込んでいた事に気づき慌てて立ち上がった。
「いえ、構いませんよ。僕はこういう事のためにここにいるようなものですから」
「では今日はこれで、ありがとうございました」
乙舳に見送られて秋葉と桐ヶ谷は社務所を後にした。
桐ヶ谷と秋葉は暗い山の中を駅に向かって歩いていた。
「……もし仮に、神様の仕業だとしたら、人間にはどうしようもないんじゃないですか?」
桐ヶ谷は立ち止まり、真剣な顔で秋葉に聞いた。
「そうだとしても、そうなる原因は必ずあります。もし、神様がこの世を怨んで、呪った事で人が死んでいるのだとしても、最近になって呪いが起きた事には何かしら理由があるはずです。その理由がわかれば、これ以上、誰かが犠牲になる事は防げるはずです」
秋葉は真剣な表情で答える。
「秋葉さんが、今までいくら捜査しても原因がわからない事件の情報を、どこからか掴んできて解決に導いたりするって聞きましたけど、すべて神様が関係してたんですか?」
「すべてではありませんが、人間に危害を加える神様のご機嫌をとるために他の神様の力を借りた事もありますよ」
「神様に力を借りる事なんてできるんですか?」
「ええ、神社などに祀られている神様というのは、あくまで人間に好意的で、お祀りする事により人間にご利益を与えて下さる神様の事で、こういう時に助言を与えて下さるんですよ」
「助言って、神様のお告げとでも言うんですか?」
「そうではなく、乙舳さんとの話に出てきた師岡さんと言う人は神様と縁がありましてね。彼の言う通りに捜査をすると重要な手懸かりを得られたり、時には思わぬ形で解決に繋がったりする事もあるんですよ」
「じゃ秋葉さんもよく理解できてなかったりするんですか?」
「正直、言われた事の理屈はわかるんですが、本当に神様が助けてくれているのかは私もわかりません。ただ、それで今まで捜査が進んだ事がある事は確かです」
言いながら歩き出す秋葉に、桐ヶ谷は何も言う事ができず、黙って後を付いて行く事しかできなかった。
数日後。
草柳は刑事部の人間を再び会議室に集め、捜査の報告を受けていたのだが、有力な情報がまったく集まらずイラついていた。
「変死体として見つかった三人が行方不明だった間の目撃情報はまったくなく、あれだけ目撃者がいた平安時代頃の服を着ていたという人物の情報すらまったくないとはどういう事だ⁉」
草柳は長机に肘をつき頭を抱えた。
「桐ヶ谷! お前、最近あの秋葉とよく一緒にいるんだろ! 何かわかないのか!」
桐ヶ谷が秋葉と行動を共にしていた事は他の捜査員に目撃されていて草柳の耳にも入っていた。
「いっ、いえ、まだ何もわかってません!」
怨霊が原因の可能性があるなどと言えるわけもなく、桐ヶ谷は何を聞かれても知らぬ存ぜぬを通す事しかできなかった。
「全員、初心に返って、もう一度、変死体で見つかった被害者の関係者から言い忘れた事や思い出した事がないか聞き込みをしてくれ!」
「はい!」
草柳の言葉に会議室にいた刑事たちは返事を返し、一斉に会議室を出ていった。
「ありがとうございました」
桐ヶ谷は会議の後、夜まで一人で聞き込みを続けていた。
自分でも言われた事を理解できずに捜査してるという秋葉と、一緒に捜査していいものかわからなくなっていた。
正直、現実的に考えれば神が人間を殺したり、捜査に助言をして解決に導くなんて信じられるわけがない。
普段なら馬鹿馬鹿しいと切り捨てるのだが、確かに秋葉は、いくら捜査しても原因がわからない事件を解決した実績があり。神社庁の乙舳の話も説得力があった。
そんな風に悩みながら歩いていると、いつもは夜でも多少の人通りがある通りに、自分以外に誰もいない事に気付き不審に感じ立ち止まる。
すると、突然、目眩がしたかのように目の前の景色がぐるぐると周りだし、あまりの気持ち悪さに、桐ヶ谷はとっさに目を閉じた。
気分が落ち着いてくると、先程まで微かに聞こえていた街の喧騒が一切聞こえなくなり、慌てて目を開けると、なぜか自分が畳みの上で正座している事に気づく。
どうした事かと、下を向いている顔を上げようとするが、動かす事ができない。顔どころか手や足、身体さえも動かす事はできなかった。
状況が理解できずに混乱していると、ふと自分の着ている服が変わっている事に気づいた。
上はずいぶんと裾が長く下はゆったりしていて、資料で見た平安時代頃の男性の服そのものだった。
なぜ自分がそんな服を着ているのか考えていると自然と冷静になれ、しばらくすると状況を冷静に観察する事ができるようになってきた。身体はまったく動かせないが、時々自分の意思とは関係なく身体が微かに動いている事から、信じられないが、他人の身体に、自分の意思だけが捕らえられているのだと理解できた。
翌日。
自分で身体が動かせないとわかってから、状況を観察する事に徹っしていると、この人物がどこかの寺に幽閉されている事が徐々にわかってきた。時々する物音から、寺には他にも何人か人がいる事はわかるのだが、この部屋に誰かが近づいて来る事はなく。この人物は拘束すらされていないが、逃げもせずに前日からずっと黙って座り続けていて、食事どころか水すら一滴も飲んでいないため、感覚を共有している桐ヶ谷に身体を動かす事はできないが、この人物が口や喉の渇きなどの不快感を感じ、精神的に疲弊している事も伝わっていたが、それでもこの人物が動く様子はまったくなかった。
幽閉された人物に意思が捕らえられて三日目。
この人物には食事どころか水すらも一切与えられず、その空腹感は感覚を共有している桐ヶ谷にも伝わっていた。
その時、桐ヶ谷は、あの変死体として見つかった三人も、今の自分と同じ状況になり、死ぬと同時に元の世界に戻され、すぐにまた別の誰かが犠牲になるのではないかと考えた。
つまり、この人物は崇徳天皇で、弟の後白河天皇との戦に敗れ、今は讃岐の国に幽閉されているのだと。
これが崇徳天皇が言う世を怨み、呪うという事なのか。
そんな事を考えていると、頭の中に突然、……いずれは兄の勘気も溶けるであろう。と、この人物の心の声が聞こえてきた。
兄? ……崇徳天皇には弟はいるが兄はいないはず。
桐ヶ谷はこの人物は崇徳天皇じゃないのか? と、どういう事なのかわからず混乱する。
その頃、現実の世界では桐ヶ谷が行方不明なっている事が署で問題になっていた。
「捜査は一時中断して、全員、桐ヶ谷の捜索に当たってくれ!」
草柳は会議室に集まった捜査員に変死体の捜査を中断して、桐ヶ谷の捜索をするよう命じた。
「……ですが、捜査を中断して全員で捜索したりしたら、マスコミになんて言われるか……」
各都道府県の警察本部庁舎には、記者クラブという警察専門の記者がいて、彼らは警察から捜査の情報を得る事ができる。
そのため、警察がどういう捜査をしているかは常にマスコミへ伝わり。
報道規制を敷いても、そこから外部へは容易に伝わってしまう。
草柳の言葉に久保寺は警察の体面を気にかける。
「そんなものは上が気にしてればいい。警察だって人間だ。仲間の命を心配して何が悪い!」
「いえ、失礼しました!」
久保寺がそう言って草柳に敬礼をすると、他の捜査員たちも同じように敬礼をする。草柳が敬礼を返すと、久保寺たち捜査員は一斉に会議室から駆けていった。
草柳が大きく息を吐き、会議室の窓際に立つと。
「相変わらずですね」
背後から声が聞こえ、振り向くと捜査員たちが出ていった出入口とは反対側の出入口に秋葉が立っていた。
「……秋葉」
草柳は秋葉の姿を見ると驚き固まる。
「桐ヶ谷くんが行方不明というのは本当ですか?」
「……ああ、三日前の夜に聞き込みをしていた事まではわかってるんだが」
草柳は秋葉の問いに視線を逸らして答える。
「そうですか。もしかしたら、私が巻き込んでしまったのかも知れませんね」
「お前、何か知ってるのか?」
草柳は再び秋葉の顔を見た。
「申し訳ないのですが、桐ヶ谷くんの事は私に任せてもらえませんか?」
秋葉は草柳に言うと笑顔を向ける。
「……任せて大丈夫なんだな?」
「ええ、しばらく入院は必要かもしれませんが命は助けられるでしょう」
言いながら秋葉は草柳の横に立つ。
「そうか、いつもすまんな」
「まだ、気にしてるんですか?」
「いや、そうかもしれないが……」
「前にも言ったでしょう。公表できない裏の事は私に任せる代わりに、表の事は草柳さんがすべての責任を取ると」
「そうだが、結果的にお前にばかり貧乏くじを引かせる事になって……」
「気にしなくていいですよ。こちらはこちらでやりがいを感じてる」
「……お前、まさか桐ヶ谷を自分の後釜にしようとしてる訳じゃないよな?」
「始めはそうも考えましたが、彼は不器用すぎるので……」
「そうか……、秋葉……」
草柳は真剣な表情をして秋葉を見た。
「はい?」
「お前老けたな」
その頃、桐ヶ谷は頭痛と眠気、そして脱力感に襲われていた。
これが自分の意識が捕らえられているこの人物の身体に起きている症状なのか、自分だけに起きてる症状なのかわからないが、これで自分が四体目の変死体になるのかと覚悟を決めると、肩に何かが触れるのを感じる。
この人物が肩を気にする様子がない事から、これは自分だけが感じている事なのかと不思議に感じていると、突然強い力で後ろに引っ張られ気づくと、目の前に先程まで自分の意識が捕らえられていたであろう人物の背中が見えた。
「……まだ無事ですね」
どこからか囁くように少女のような声が聞こえると、桐ヶ谷の意識は急速に失われていった。
気がつくと桐ヶ谷は病院のベットに寝かされていた。
「目が覚めたか?」
声のする方を見ると草柳が桐ヶ谷の顔を覗き込んでいた。
桐ヶ谷は返事を返そうと口を動かすがうまく喋れない。
「あ~、無理はしなくていい。極度の衰弱で、しばらくはまともに身動きもできないらしいから、今はゆっくり休め」
草柳はそう言うと立ち上がり病室を出てく。
「後は頼む」
草柳が廊下にいる誰かと話す声が聞こえると入れ替わるように秋葉が病室に入ってきた。
「どうも、病み上がりなところ申し訳ないのですが、少し話を聞かせてもらえますか?」
秋葉は草柳が座ってた椅子に座ると桐ケ谷に笑顔で話しかけた。
それを見て桐ヶ谷は返事をしようとしたが声が出せず、その様子を見た秋葉がサイドテーブルに置かれたコップに水差しから水を注ぎ、桐ヶ谷が飲みやすいように身体を支えて起こしてくれる。
「慌てずにゆっくりと飲んで下さい」
秋葉は桐ヶ谷が慌てて水を飲まないようにコップを持ったままゆっくり飲ませる。
「……ゴホッ! ゴホッ!」
桐ヶ谷は一口水を飲むと、とても身体が渇いていたため秋葉の注意を聞かずに、コップを手に取り水を一気に喉に流し込む。
コップが空になると桐ヶ谷は自ら水差しを取りコップに水を注ぎ、また一気に飲み干していく。
「……すいません。お待たせしました」
水を一気に飲み終わり落ち着いたところで、桐ヶ谷はまだ完全じゃないが、どうにか喋れるようになったので、何があったのかを秋葉に話した。
会議の後、一人で聞き込みを続けていると、突然目眩に襲われ、あまりの気持ち悪さに目をつぶると街の喧騒が一切聞こえなくなり、慌てて目を開けると、意識だけがどこかの寺に幽閉された誰かに捕らえられていて、その人物は資料で見た平安時代頃の男性の服を着ていたので、乙舳に聞いた崇徳天皇だと思ったが、その人物の『いずれは兄の勘気も溶けるであろう』という心の声が聞こえ、崇徳天皇には弟はいるが兄はいないはずだと思った事。
秋葉は桐ヶ谷の話を聞きながらメモを取っていく。
「では、崇徳天皇の事を調べても無駄かもしれないと?」
「わかりませんが、乙舳さんに聞いた内容とは違ったので、確認した方がいいかもしれません」
「わかりました。私の方で確認しておきます」
「お願いします。ところで、俺はどうやって助かったんですか?」
桐ヶ谷は一通り説明し終わり。落ち着くと、自分がなぜ助かったのか疑問に思った。
「師岡さんにお願いしましてね。どうやったのかすぐに桐ヶ谷くんの居場所を特定して助け出してくれたのが二日前です。大分衰弱していたので急いでこの病院まで運びました」
「すごいですね。たぶん俺がいた場所というのは普通の人間が行けるようなところじゃないですよね? 師岡さんって何か特殊な力の持ち主なんですか?」
「私も詳しくは知らないのですが、師岡さんには原因不明の事件や事故の捜査に、たまに助言をして頂いてまして、不思議とそれが切っ掛けで解決に繋がった事がよくあります。もちろん、すべてではありませんが、いわゆる神様が関わるような事には、なるべく助言を頂いてから判断するようにしてます。ですが、最近はなんでも直接、神様と関わりを持てる方が見つかったらしく、今回のような神様が関わる事はその方たちが解決しているのだとか」
「直接、神様と関わりを……、ですか?」
「信じられませんか?」
「あ、いえ、すでに俺もそれらしい体験はしてますから……」
桐ヶ谷は以前までは神などにはまったく興味はなく、宗教などで信仰の対象として作り出されただけの存在と考えていたが、乙舳から聞いた日本三大怨霊の話や、今回、自分が不思議な現象を体験した事で桐ヶ谷の神に対する考えは変わっていた。
「一度、今回の体験の内容も乙舳さんに聞いていただいた方がいいでしょう」
「わかりました」
秋葉はメモを書き終わると、帰り支度を始める。
「そういえば秋葉さんと草柳さんて仲が悪いのかと思ってましたがそうでもないんですか?」
秋葉が単独で捜査する事が多いのは、草柳と反りが合わないからじゃないかと署内では噂されていたが、草柳が廊下で秋葉に声をかけた様子から、桐ヶ谷には二人の仲が悪いようには見えなかった。
「草柳さんとは同じ時期に署に配属になりましてね。最初はお互い競い合ったりもしていたのですが、ある事で自分たちの力の無さを痛感しまして、二度と同じ轍は踏まないためにも、武闘派で体格もよかった草柳さんは表で皆を率いる役を、小柄で線の細い私が裏に回りそのサポートをするようになったという事です」
それを聞いて桐ヶ谷は署内で今も語り継がれている有名な話を思い出した。
当時、ある警官が殺人罪で捕まえた男が県警本部長の息子だったため、圧力により証拠を揉み消され逮捕する事ができなかった。しかし、その後、圧力がかかる中、新たな証拠を集め、その殺人を立証させたという。
数日後。
桐ヶ谷はすっかり回復し、捜査に復帰すると秋葉とともに神奈川神社庁の社務所にいる乙舳を訪ねていた。
「お待ちしてました」
中に入ると、乙舳は事前に秋葉が伝えた事から崇徳天皇ではない別の怨霊を特定し、桐ヶ谷の体験した内容からその怨霊で間違いないと確信した。
「早良親王(さわらしんのう)?」
話を聞き終わり。乙舳は用意していた本を二人に開いて見せた。
「はい、崇徳天皇は七十五代目の天皇ですが早良親王はその二十六代前の四十九代目の天皇である光仁天皇(こうにんてんのう)の皇子です」
「親王って事は天皇ではないのですね」
秋葉は開かれた本を見ながら言った。
「ええ、親王は嫡出の皇子や最高位の皇族男子に与えられる称号です。早良親王は桓武天皇(かんむてんのう)の弟で、天応(てんおう)元年に桓武天皇の即位に伴い皇太子になりました。長岡京遷都(ながおかきょうせんと)の延暦(えんりゃく)四年九月二十三日の夜、建都の長官である藤原種継(ふじわらのたねつぐ)が射殺され、その犯人として逮捕された大伴継人(おおとものつぐひと)、佐伯高成(さえきのたかなり)らが早良親王に仕えていた大伴家持(おおとものやかもち)の関与と早良親王を天皇に擁立する計画があった事を自白したため。早良親王は皇太子を廃されて乙訓寺(おとくにでら)に幽閉されました。早良親王は、身の潔白を訴えるため、十余日間飲食を断ち抗議したと言われています。しかし、桓武天皇は耳を貸す事なく。その後、淡路島(あわじしま)へ送られる途中、淀川(よどがわ)の高瀬橋(たかせばし)あたりを通過する際に早良親王は息を引き取りました。享年三十六歳だったそうです。遺体は非情にも京へ戻される事なく、淡路島にて埋葬されたそうです。ですが、本当は身の潔白を訴えるためなどではなく、七日七夜にわたって水分も食事も摂る事を禁じた彼の衰弱死を狙った何者かの仕業だったとも言われています。
この事件の以降、桓武天皇の近親に不幸が相次ぎました。まず延暦五年には桓武天皇妃藤原旅子(ふじわらのたびこ)の母が亡くなり、延暦七年には藤原旅子も亡くなりました。さらに延暦八年には天皇の母高野新笠(たかののにいがさ)が病死し、翌年には皇后藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)と坂上又子(さかのうえのまたこ)も突然死、その年の秋から冬にかけ長岡京や畿内(きない)に疫病が蔓延して、多くの人々が亡くなる事態となります。
更に延暦十年には伊勢神宮の正殿が放火される事件や、桓武天皇の子の皇太子に立てた安殿親王(あてのみこ)が原因不明の重病に陥る等の事態が次々と起こります。こうした凶事は、陰陽師により早良親王の怨霊が祟りを起こしていると占われた桓武天皇は、ただちに淡路(あわじ)にある早良親王の墓に勅使を送り参拝をさせ、墓地には墓守を置いたといわれています。
延暦十三年十月に都は現在の京都に移され、長岡京はわずか七百十年の都の歴史を閉じるのですが、早良親王の怨霊騒ぎが、平安京遷都への大きな要因になった事は、容易に推察する事ができます。
平安京への遷都後も、早良親王の怨霊に対する桓武天皇の恐れは治まらず、延暦十四年には僧侶を淡路島に赴かせ、墓前で経を読ませ、延暦十六年にも僧を派遣し、供養をしました。延暦十九年に早良親王に祟道(すどう)天皇の尊号を追贈しましたが、長く平安貴族を悩ます怨霊のひとつとされていたそうです」
「なぜ、早良親王の怨霊は今ごろになって、また祟りを起こしたんですか?」
桐ヶ谷は僧侶に経を読ませ供養したはずなのに、なぜ今になってまた早良親王は怨霊として現れたのか気になった。
「お彼岸をご存じですか?」
「お彼岸って、確か先祖供養とかをする行事の事ですよね?」
「お彼岸は春と秋の二回ありまして、春分の日と秋分の日を中日(ちゅうにち)として、前後三日を合わせた七日間をいいます。ご先祖や自然に感謝をささげる日本独自の仏教行事なのですが、古くは桓武天皇を継いだ平城天皇(へいぜいてんのう)が、崇道天皇の供養の為に諸国の国分寺(こくぶんじ)の僧を集め、7日間休む間もなく昼夜問わず金剛般若波羅蜜多経(こんごうはんにゃはらみたきょう)を読経した彼岸会が、お彼岸の行事の始まりと言われています。つまり、お彼岸とは元々国をあげて早良親王の供養をする行事であり、早良親王の怨霊は前にお話しした、平将門や菅原道真、そして崇徳天皇よりも恐ろしい大怨霊と言えます。そして最近はお彼岸に先祖供養を怠る人が増えたため、供養が足らず早良親王は怨霊となって祟るようになったのではないかと」
「じゃ早良親王の怨霊を鎮めるには国をあげて先祖供養するしかないって事ですか?」
桐ヶ谷は行方不明中に体験した事を思い出し、また同じ目に遭うのかもしれないと想像すると、顔は青ざめ言葉を失った。
「いえ、方法がないわけじゃありません。どう説明すれば良いかわかりませんが、こういう神様に関わる事に詳しい知り合いがいるので、話してみましょう。ただその方もこんな大事は始めてでしょうから約束はできませんが……」
桐ヶ谷は乙舳の話を聞いて、秋葉が病院で言った直接神様と関わりを持てる方という言葉を思い出した。
「わかりました。では、我々は被害に合う条件みたいなものが何かあるのか調べてみます。それがわかれば早良親王の怨霊を鎮めるまでに次の被害者が出る事を防げるかもしれません」
言うと桐ヶ谷と秋葉の二人は社務所を後にした。
翌日。
桐ヶ谷は一人目の被害者の元彼女である女性に話を聞こうと、その女性が住むアパートを訪ねていた。
「はい?」
チャイムを鳴らすとドア横に設置されたインターホンから元彼女と思われる女性の返事がする。
「警察のものですが、少しお話を伺いたいのですが」
「……」
桐ヶ谷が用件を伝えると女性は何も返事をせずに黙ってしまった。
「……あの?」
聞こえていないのかと桐ヶ谷が、もう一度、用件を伝えようとインターホンのマイクに顔を近づけると。
「いい加減にして下さい! もうすべてお話ししました! これ以上お話しする事はありません!」
突然インターホン越しに女性が大声で怒鳴り、ブツッと乱暴にマイクを切られてしまった。
どうしたものかと考えながら桐ヶ谷がアパートの敷地から出ると。
「桐ヶ谷」
道路に出たところで久保寺が桐ヶ谷の名を呼びながら駆け寄ってきた。
「久保寺さん。どうしたんですか?」
「草柳さんからお前を手伝えと言われてな。よくわからんが、お前が見つかって入院したと思ったら、急に捜査が縮小されてしまって、どういう事なんだ?」
久保寺や他の捜査員には、まさか神様が関わってるとは言えないので、成り行きは一切説明されずに捜査は縮小され、久保寺には桐ヶ谷が何をしているのかも教えられてなかった。
「えっと、……今は被害者三人に何か共通点がなかったか調べているところです。それで最初の犠牲者の元彼女に話を聞こうと思ったんですが……」
桐ヶ谷は元彼女の部屋の扉を見ながら説明した。
「ああ、ちょっといいか」
久保寺は背を向けると桐ヶ谷についてくるように身振りする。
共に歩き出しアパートが見えなくなると久保寺は立ち止まり桐ヶ谷に向き直る。
「被害者の友人に聞いたんだけどな。被害者は彼女の自己中心的な考え方についていけなくて相当悩んでいたみたいでな。周りからはそれを思い悩んで自殺したのではないかとずいぶん言われたらしいんだ」
「それでですか……。じゃ、話を聞くのは無理ですかね」
「ああ」
「それじゃ、次は二人目の被害女性についてですね」
「ええと、廃工場で見つかった三十代のスーツ姿の女性だな。変死体で発見される一週間前から会社を無断欠勤していて連絡もとれなかった」
久保寺はスーツの内ポケットから手帳を取り出して詳細を確認する。
「そういえば被害者三人の友人や知人への聞き込みを任されたのって久保寺さんでしたよね?」
桐ヶ谷は、草柳がなぜ久保寺を自分の手伝いに寄越したのか、その意図を理解した。
「ああ、全員調べて聞き込みしたから、誰がどういう事を知ってるかはだいたいわかるぞ」
「二人目の被害女性に恋人かそれに近い関係の人物はいましたか?」
「いや、確かこの被害女性に恋人や親しい男はいないはずだ。それどころか職場で人間関係に悩んでいたらしくてな。どちらかというと一人目の被害者とは真逆のタイプだな」
「では、親しい友人はいませんでしたか? 悩み事を打ち明けられるような」
「それなら元同僚の女性が、辞めた後もよく悩みを聞いていたらしいが」
久保寺は再び手帳を確認する。
桐ヶ谷は久保寺から聞いた元同僚の女性に話を聞くため、元同僚が今働いているスーパーマーケットを訪れていた。
「じゃあ、職場の人間関係で悩んでいたと?」
スーパーマーケットの事務所で桐ヶ谷たちは元同僚の女性に被害女性の事を聞いていた。
「はい。何て言うんですかね。嫌がらせされてた訳じゃなくて、先輩が自分の考え方を押し付けてくる人で、その場では笑って誤魔化してたらしいんですが、相当ストレス溜まっていたみたいで。私はそれが我慢できなくて辞めてしまったんですけど。でも、それで自殺をしたと言われると、そこまで深刻な状態とも思えなくて」
「自殺をするほどではなかったと?」
「はい。先輩の事も、またか、くらいに思ってたらしくて、私に話す時は割りと笑顔でしたから」
「わかりました。ご協力ありがとうございます」
話を聞き終わり、桐ヶ谷たちが席を立つと。
「あっ、あの! もしかして自殺じゃなかったんですか⁉」
被害女性が自殺だと聞かされていた元同僚の女性は、まだ警察が捜査しているのは、もしかして被害女性は殺された可能性があるのかと気になり桐ヶ谷たちを引き留めた。
「そうですね。もしかしたら事故死なのではないかと、なので今はどうしてそういう事になったのかを調べてまして」
「……事故死……ですか」
殺された可能性があるのかと思った元同僚の女性は事故死と聞いて気の抜けた返事をする。
「お仕事中に失礼しました。我々はこれで」
「久保寺さんも黙ってないで、何か気になる事とかなかったんですか?」
スーパーマーケットを出ると、桐ヶ谷は終始黙っていた久保寺に聞いた。
「俺はまだ状況をよく理解できてない。お前の方がいろいろ理解してるんだから、お前が聞き込みした方が効率がいいだろ?」
「それはそうですが……」
「それに二人がかりでいろいろ質問されるより、一人から一つずつ質問された方が相手も落ち着いて答えられるから情報も得られやすいだろ」
「なるほど。じゃ次は三人目の被害者の、確か須藤でしたね」
「須藤保文、五十三歳。中区にある中小企業で部長をしていて、行方不明になる七日前の夜、午後八時に帰宅のため会社を出た後、消息不明になっている」
久保寺は再び手帳で詳細を確認する。
「須藤は確か独身でしたね。恋人や親しい友人はいましたか?」
「須藤も恋人はいなかったな。友人と言える相手もいなかったようで、ほぼ自宅と会社の往復の毎日だったらしいからな」
「では、須藤が何か悩みを抱えていたとかはありませんか?」
「悩みか……、須藤は仕事人間だったらしく、残業や休日出勤も自ら進んでしていたようで、ほとんどプライベートな時間はなかったらしいから、悩むとすれば仕事関係だろうな」
「仕事人間ですか。須藤が働いてた会社に行ってみましょう」
桐ヶ谷たちは須藤が働いていた会社に向かった。
会社の一階のロビーにある受付に伝えると、すぐに常務だという人物が二人のもとへやって来た。
「では、特に悩んでる様子はなかったんですか?」
人目を気にしたのか、常務は二人をロビーの目立たない位置にあるソファーに連れてきて話しだした。
「ええ、前にそちらの刑事さんにも話しましたが、彼はまだ会社が小さい頃に入社してきたんですが、仕事にやりがいを感じてたようで、仕事が楽しいと残業や休日出勤も自ら進んでやってくれていました」
常務は久保寺に前に話したと確認するように視線を向けると、桐ヶ谷に視線を戻し話しをする。
「そうですか。同じ事を伺ってしまい申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらも彼には感謝していますから」
そう言うと常務は立ち去る桐ヶ谷たちに深々と頭を下げた。
「実際、他の社員たちにも話は聞いたが、須藤が仕事にやりがいを感じて、仕事が楽しくて残業や休日出勤も自ら進んでやっていたのは本当らしい」
会社を出ると久保寺は外からガラス越しにロビーを見つめながら言った。
「では、仕事関係ではなさそうですね……」
「あっ、あの!」
桐ヶ谷たちが会社前で話していると一人の女性社員が背後から声をかけてきた。
「はい?」
「私、須藤部長の下で働いていた者なんですけど。実際、最近はかなり追い詰められていたんです」
「……ちょっと、ここで立ち話もなんですから」
必死な様子の女性から話を聞くため、桐ヶ谷たちは女性社員を連れ、近くの喫茶店にやって来た。
「では、最近は仕事に悩んでいたと?」
「はい。確かに常務の言うとおり、仕事を始めた当初はやりがいを感じていて、仕事が楽しくて残業や休日出勤も自ら進んでしていたらしいのですが、そんな事を繰り返していくうちに、任される仕事がどんどん増えていってしまって。そのせいで最近はかなり追い詰められていて、すごい悩んでいたようなんです」
「断ったり、仕事を分担するとかできなかったのですか?」
「部長はお人好しで真面目な人でしたから、頼られると断りきれないみたいで。だけど、周りに負担をかける訳にはいきませんから、それで自ら残業や休日出勤をしていたようなんですけど。そうしている内に、どんどん仕事が増えていく事に悩んでいたみたいで……」
「……わかりました。ご協力ありがとうございました」
話を聞き終わると女性社員は喫茶店を出たところで桐ヶ谷たちに頭を下げて会社に戻っていった。
「悩みを抱えていた事がお前の言う共通点なのか?」
会社に戻る女性社員の背中を見ながら久保寺は桐ヶ谷に聞いた。
「みたいですね」
確かに三人とも悩みを抱えていたようだが、桐ヶ谷は悩んでいる事が被害に合う条件というのがしっくりこなかった。今の世の中、悩んでいない人の方が珍しい。被害にあった三人よりもひどい悩みを抱えてる人も多いはずなので、悩んでいる事以外に条件があるのではないかと思えた。
「いわゆる現代病ってやつだな」
「えっ?」
「人間関係とか、相手にも感情があるから簡単には解決できなくてストレスが溜まるんだよ。お前も気を付けろよ。最近、秋葉さんと一緒にいるんだろ? 噂は知ってると思うが、草柳さんと秋葉さん、両方に気を使ってるとストレスでまた倒れてしまうぞ」
久保寺の話で、もしかして桐ヶ谷は早良親王も兄である桓武天皇や仕えていた人物たちとの人間関係に悩んでいたのではないか。つまり、被害に合う条件は人間関係に悩んでストレスを溜めている人物なのではないかと考えた。
日も暮れてきたので、桐ヶ谷は久保寺と別れ、秋葉に今日の事を報告しようと考えながら通りを歩いていると、先程まで聞こえていた微かな街の喧騒が止み、いつもなら夜でも多少の人通りがある通りに、自分以外に誰もいない事に気付き立ち止まった。
すると、突然目眩に襲われ目の前の景色がぐるぐると周りだし、すぐに、また自分が狙われている事に気づいた。あまりの気持ち悪さに、桐ヶ谷は目をつぶりたくなるが、ここで目をつぶってしまったら、また早良親王の怨霊にあの寺まで連れていかれると思い、必死に我慢し続けていると肩に何かが触れるのを感じた。
「……そのまま、じっとしてて下さい」
突然、女の子のような声が耳元で囁くように聞こえ、言われた通りにしていると、少しずつ気持ち悪さが薄れていき、目眩も治まっていく。
「桐ヶ谷さんですか?」
桐ヶ谷の目眩や気持ち悪さが消えると、突然、背後から誰かに声をかけられた。
その声で我に返ると、周囲には人通りが戻り、微かな喧騒が戻っていた。
何が起きたのかと、声のした背後に振り返ると一人の男が桐ヶ谷を見つめて立っていた。
「あなたは?」
「初めまして、乙舳さんから話を聞いて来ました。真人(まさひと)といいます」
「乙舳さんから? もしかして神様に関わる事に詳しいという……」
「ええ、まあ、桐ヶ谷さんは既に色々体験しているようなので余計な説明は省きますが、取り合えず、今は次の犠牲者が出る心配はありません」
「どういう事ですか?」
「桐ヶ谷さんが途中で解放された事で、早良親王の怨霊が現世(うつしよ)に具現化し桐ヶ谷さんを探し彷徨っています。おそらく桐ヶ谷さんが死なない限り次の犠牲者が出る事はありません」
「……それじゃ、俺はどうすれば」
「取り合えず、今は早良親王の怨霊に見つからないように身を隠さなければならないので、俺についてきてもらえますか?」
桐ヶ谷が真人の後をついて行くと無人の神社にたどり着いた。
「ここは?」
桐ヶ谷は辺りを見渡しながら真人に聞いた。
「ここは元々何も祀ってない廃神社だったのですが、最近、伊豆能売神(いづのめのかみ)という神を祀った事で早良親王の怨霊など他の神が許可なく立ち入る事ができませんので安心して下さい」
真人の言葉を聞いて周囲を見渡すと、そこは無人であまり手入れもされてないが、なぜか、とても居心地の良い場所だった。
「では、これからの事ですが」
桐ヶ谷が落ち着くのを確認してから真人は話し出した。
「まず、乙舳さんからだいたいの事は聞きましたが、もう一度、桐ヶ谷さんが体験した事を聞かせてもらえますか?」
「……わかりました」
桐ヶ谷は自分が体験した事を真人にすべて話した。
「……いずれは兄の勘気も溶けるであろう。そう聞こえたんですね?」
「ええ、聞こえたというか、その人物の考えていた心の声が聞こえたような感じでした」
桐ヶ谷の話を聞いて真人はしばらく俯いて何かを考えていた。
どれくらい経ったか、数分とも数十分とも思える沈黙が続くと、真人は何か思い付いたのか、おもむろに顔を上げた。
「神奈(かんな)」
突然、真人が誰かの名前を呟くと。
「……はい」
真人の呼び掛けに返事をするように少女のような声が聞こえると、突然、真人の真横に袴姿の身体の透けた少女が現れた。
「えっ……!」
それを見て桐ヶ谷は驚きの声を上げる。
「……早良親王の怨霊に捕らわれた事で一時的に神奈が見えるようですね」
桐ヶ谷の様子を見て、真人は桐ヶ谷に神奈が見えている事に気づく。
「その子はいったい?」
桐ヶ谷は事態が飲み込めず神奈を見つめたまま呟く。
「神奈は特別な存在でして、早良親王の怨霊に捕らえられたあなたを救い出してもらってから、ずっとあなたを守ってくれるよう頼んでいたんですよ」
その話を聞いて、桐ヶ谷は早良親王の怨霊に捕らわれていた時と、先程また早良親王の怨霊に連れていかれそうになった時に聞いた声が神奈の声と同じ事に気づいた。
「神奈、神楽で早良親王の怨霊の穢れを鎮めて眠らせる事は可能か?」
「はい。神とは言っても元は人間ですので、穢れの神ほどの力はないはずです。ですが、早良親王の怨霊がいるのは早良親王の怨霊が作り出した空間なので何が起こるかわかりません。鎮めるためには現世に誘き出さなければ危険です」
「じゃ、どうやって早良親王の怨霊を現世に誘い出すかだな」
真人が話ながら悩んでいると、神奈は桐ヶ谷を無表情でじっと見つめ。
「この方に囮になってもらえばよいのでは?」
神奈は桐ヶ谷を見つめながら指を差すと、真人に桐ヶ谷を囮にする事を提案する。
「今回は前とは違って狙われてる事がわかってるんだ。それは危険すぎる」
「ですが、この方がここにいる限り、ここに立ち入る事のできない早良親王の怨霊が再び現世に現れる事はないのでは?」
神奈に言われ真人が桐ヶ谷を見ると、桐ヶ谷はなぜ見られているのかがわからず、神奈と真人を交互に見る。
「神奈、俺を早良親王の怨霊の空間に連れていく事はできるか?」
「はい」
「それなら俺を囮にして早良親王の怨霊を現世に誘き出すしかない」
「なぜそこまで?」
桐ヶ谷は真人がなぜ自分のためにそこまでしてくれるのかがわからなかった。
「これが俺の仕事ですから、警察だって似たようなものじゃないんですか?」
確かに警察も危険な仕事をする事はあるが、簡単に自分の命を危険にさらす事はしない。
桐ヶ谷には真人の考え方が理解できなかった。
真人は準備をするため、桐ヶ谷を伊豆能売神の神社に残し、神奈と一緒に神域に戻ってきた。
「また、真人さまはそうやって。もっとご自分の命を大事になさって下さい!」
神域に戻ってきた真人が、居間でみんなに事の経緯を説明すると家中に宇迦(うか)の大声が響いた。
「相談もしないで決めたのは悪かった。だが、他に方法がないだろ?」
真人は、目の前で真剣に自分の事を心配してくれる宇迦をなだめるように、まあまあと両手を差し出す。
「我々にとってはそんな人間より真人さまの方が大事です!」
苦笑いする真人の顔を見た宇迦が真剣な顔で真人に詰め寄ると、その後ろで様子を見ていた御饌(みけ)が宇迦の肩に手を置いて落ち着くよう制止する。
「御饌……」
真人は御饌が自分の味方をしてくれるのかと思い御饌を見るが、御饌はそのまま自分も宇迦と同じ考えだと言うように宇迦の横に座り、真剣な顔を真人に向けてくる。
「御饌も宇迦と同じだと言いたいのか?」
「当たり前です! 少しは我々の気持ちも考えて下さい!」
「そう言ってくれるのは嬉しいし、ありがたい。だが、神が関わってる事なら放って置くわけにはいかないだろ?」
「どうしてもと仰るなら御饌も連れて行って下さい」
もう何を言っても無駄だと思ったのか宇迦は御饌も一緒に連れていく事を条件に真人が囮になる事を了承した。
「わかった。ありがとう」
真人が礼を言うと宇迦は拗ねてそっぽを向いてしまい。その様子を見て御饌はクスクスと笑っていた。
話が終わり。真人が障子を開けると、庭で神奈が獅子神と犬神に戯れつかれているのが見えた。
「それで早良親王の怨霊が作り出した空間へはどうやって行くんだ?」
「ここからあなたの意識だけを連れていきます」
真人の問いに神奈は戯れつく二匹をあやしながら答える。
「そんな事ができるのか?」
「はい。もう準備はいいのですか?」
神奈は二匹を落ち着かせると真人を見て確認する。
「ああ」
真人が返事をすると、その傍らに自分も同じというように静かに御饌が控える。
「では、こちらに……」
言うと神奈は家に上がり、みんなを客間まで連れていく。
「客間でどうするんだ?」
「ここで二人とも横になって下さい」
「えっ?」
真人は神奈が何を言っているのか理解できずに固まる。
「ここに身体を残し、意識だけを連れていきますので」
「あっ、……そういう事か」
意味を理解した真人が客間の中央で横になろうとすると。
「待って下さい。今お布団を……」
後ろで話を聞いていた宇迦がすぐに客間の押し入れから敷き布団を二枚出して敷いていく。
宇迦が布団を敷き終わると、真人と御饌がそれぞれ布団に横になる。
神奈は二人の枕元に座り、二人の肩に手を添える。
「では、目を閉じて下さい」
「お気をつけて」
心配する宇迦に真人は頷き返し、神奈に言われるままに目を閉じると、すぐに身体が軽くなるのを感じる。
「もういいですよ」
真人がゆっくり目を開けると、周りを木々で囲まれた、とても明るい神社の境内に、神奈に手を繋がれた真人と御饌の三人だけが立っていた。
「……ここは?」
そこは真人が初めて神奈にあった場所だった。
「なぜここに?」
「ここはあなたの潜在意識の中です。ここから早良親王の怨霊が作り出した空間へ飛びます」
「飛ぶって……」
真人が言い終わるのを待たずに、すぐに周りの景色が歪み、どこかの寺の前に変わる。
「この寺は……、まさか、早良親王が幽閉されてたっていう乙訓寺か」
寺の門の柱には乙訓寺と書かれていた。
辺りを警戒しながら真人たちが門をくぐり境内に入ると、突然地中から黒い穢れが飛び出し真人を覆っていく。
すぐに御饌が反応して助けようと腕を伸ばすが、穢れは煙のように御饌の腕をすり抜け、形を変えながら真人を早良親王の怨霊がいる本堂へと連れ去っていく。
急いで神奈と御饌が本堂へ向かおうと駆け出すと、本堂から穢れが広がり、何人もの兵士の姿に変わり二人の行く手を阻むように立ち塞がる。
「……っ!」
真人を助けようと急ぐあまり御饌の姿は少しずつ禍々しい獣人へと変化していき。そのまま目の前に立ち塞がる兵士たちを力任せに蹴散らし本堂まで進んでいく。
御饌が本堂に辿り着き。慌てて戸を開くと、早良親王の怨霊は桐ヶ谷に途中で逃げられた事により狂暴化していて、禍々しく変貌した姿で穢れに捕らわれた真人に襲いかかろうしていた。
それを見た御饌は、すぐに真人と早良親王の怨霊の間に入り込み、早良親王の怨霊に向かって言霊を発する。その言霊の力によって早良親王の怨霊は勢いよく後方に吹き飛ばされ、同時に真人を覆っていた穢れも消し飛ばされた。
その隙に神奈が真人に駆け寄り、急いで早良親王の怨霊が作った空間を脱出する。
「お帰りまさいませ」
真人たちが身体に戻り目を覚ますと、真人を覗き込むように心配して見守っていた宇迦は安堵の表情を浮かべる。
「くっ……!」
「如何されましたか?」
真人が上体を起こし、苦痛の声を上げると、宇迦は真人の身体を支えながら心配する。
「大丈夫だ。それより神奈」
「はい」
真人が呼ぶと遅れて戻ってきた神奈が蜃気楼のように現れる。
「どうだ? 俺が囮になって早良親王の怨霊を現世に誘い出せそうか?」
「今の凶暴化した状態なら慎重さを欠いていますので誘いに乗るかもしれません。ですが、凶暴化した事により力が思った以上に強くなっていますので、早良親王の怨霊の穢れを直接鎮めるのは難しいです。一度、穢れを早良親王の怨霊から離さなければ鎮められません」
「それなら伊豆能売神の力を借りればできるか?」
「おそらく、実際にやってみなければ、なんとも言えませんが」
「わかった。桐ヶ谷さんをずっと伊豆能売神のところにいさせるわけにもいかない。すぐに現世に行こう」
真人がすぐに現世に行くために立ち上がると、隣にいたはずの御饌がいつの間にかいなくなっていた。
「御饌は?」
「真人さまたちが話されている間に出ていきましたが……」
宇迦は怪訝そうな表情をして答えた。
真人が探しに出ると御饌は外にある大きな山桜の前で佇んでいた。
「神奈から聞いたよ。早良親王の怨霊に捕らわれた俺を御饌が助けてくれたんだってな。ありがとう。実は門を潜って穢れに覆われたと思ったら、次に気づいた時には身体に戻ってて、その間に何があったかわからなかったんだ」
真人は御饌を見つけると早良親王の怨霊から助けてもらった礼を言う。
礼を言われた御饌はどうしていいかわからず戸惑う。
「疲れてるのに悪いがゆっくりもしていられないんだ。一緒に来てくれ」
言いながら真人が御饌に笑顔を向けて家に戻ると、御饌は戸惑いながら真人を追って家に戻った。
早良親王の怨霊を誘き出すため、真人たちは現世に来ると、周りに被害が出ないように、すぐに神奈川神社庁が所有する人が寄り付かない土地に移動してきた。
「ここまで急いで来たが、うまく誘いにのるか……」
真人が計画の心配をしていると、神奈が何かに反応する。
「来たようです」
神奈が見つめる先を真人が警戒すると御饌は真人たちを守るようにその前に出る。
すると、地中から黒い穢れがゆっくりと現れ、その中から、ますます狂暴化し禍々しい姿へと変貌した早良親王の怨霊が現れた。
すぐに真人が、持っていた御神札を早良親王の怨霊に向かって両手で突き出すように構えると。早良親王の怨霊から黒い穢れが御神札に吸い込まれ、真人の身体を黒く侵食していく。
「くっ……神奈!」
真人が神奈の名を叫ぶと、先ほどまで吹いていた風が止まり草木が揺れる音が止むと辺りは静寂に包まれ、周囲から神奈を中心に精霊が光の靄となって集まり段々と数人の人の形を成していく。
人の形になった精霊は横笛や鼓などの楽器を持ち、神奈が立ち上がると一斉に演奏を始める。演奏に合わせて神奈がしばらく舞い続けると真人の身体の穢れによって黒く侵食された箇所が次第にゆっくりとだが浄化されていく。
すると、突然、早良親王の怨霊から穢れが周囲に噴き出すように広がり、その穢れは何人もの兵士たちに変わり真人たちに襲いかかる。
「……っ!」
慌てて御饌が手前に出て真人たちを守るが、次々に出てくる兵士に御饌だけでは手が回らない。
「くそっ! 数が多すぎる!」
すぐに周囲を早良親王の怨霊が作り出した兵士たちに囲まれ。御饌が手前の兵士たちに苦戦しながら真人たちを見ると、反対側から真人に斬りかかろうとする兵士がいた。
御饌はそれを見た瞬間、目にも見えない速さで周りの兵士たちを蹴散らすと、すぐに真人の元へ駆けつけ、獣のように伸びた爪で真人に斬りかかる兵士の刀を受け止めた。
「御饌!」
真人が名を呼びながら見ると、御饌の姿は禍々しい獣人へと変化していた。
御饌は悲しそうな目で真人を一瞥すると、そのまま目の前の兵士たちを力任せに蹴散らしていく。
次第に早良親王の怨霊から吸い出される穢れが治まってくると、狂暴化し禍々しく変貌した姿も落ち着いていき、徐々に通常の姿へと戻っていく。
それを確認した神奈がゆっくりと舞いを終えその場に正座すると、それに合わせて演奏もゆっくりとおさまっていく。
そして演奏がおさまると、神奈は再び立ち上がり、先程と違う神楽を舞いだす。
すると、落ち着き、通常の姿へと戻った早良親王の怨霊は淡い光に包まれ消えていった。
落ち着いた真人が一息ついて辺りを見渡すと、蹴散らされた穢れの兵士の中、禍々しい獣人へと変化した御饌が肩で息をしながら佇んでいた。
「……御饌」
真人が名を呼ぶと御饌は怯えたように身体を震わせ、名を呼ぶ真人の顔も見ずに、その場から逃げるように目にも止まらぬ速さでどこかへ駆けていってしまい、真人は追う事もできずに、その場で立ち尽くす事しかできなかった。
「……そうですか」
神域に戻り、宇迦に御饌の事を伝えると、宇迦は悲しい顔をする。
「以前、御饌が元々妖狐だったとお話しした事を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、その時の影響で言葉に呪が宿っていて穢れへの態勢が強いって……」
「真人さまが見たその獣人へと変化した姿が、稲荷へとなる前、妖孤時代に人の世で人間を苦しめていた時の御饌の姿です。今の御饌にとって獣人の姿は真人さまには見られたくない忌々しいものだったのですが、おそらく、真人さまを守ろうと焦って、思わず獣人へと変化してしまったのでしょう」
その時、真人は禍々しい獣人へと変化した御饌の姿を思い出していた。
「前に話した時、周りのみんなが何と言おうと俺は御饌を嫌ったりなんかしない。そう言ったのを覚えてるか?」
「はい」
「もし、他のみんながあの獣人へと変化した御饌の姿を怖がっても俺にとって御饌は御饌だ」
「……ありがとうございます」
宇迦は真人に深々と頭を下げた。
「それより御饌が何処に行ったかわからないか? 迎えに行きたい」
「真人さまは先に伊豆能売神さまのところに避難されてる桐ヶ谷さまに、もう安全だとお伝え下さい。お戻りになられる頃までには、私の方で御饌の居場所を捜しておきますので、お戻りになられましたら真人さまが御饌を迎えに行ってやって下さい」
「……わかった。頼む」
「はい」
「桐ヶ谷さん。もうここから出ても安全ですよ」
真人は桐ヶ谷がいる伊豆能売神の神社にくると、社の階段に座っていた桐ヶ谷に声をかけた。
「あっ、真人さん。安全って、早良親王の怨霊を鎮める事ができたんですか?」
「ええ、ですが、一時的に鎮めただけで、このまま世の中が彼岸の行事を怠り続ければ、また早良親王は怨霊化するかもしれません」
「それは、……けど、どうすれば……」
「わかりませんが、そうならないように少しでも多くの人に彼岸や先祖供養の大切さをわかってもらう事です」
「……わかりました。ありがとうございました」
桐ヶ谷は真人に深々と頭を下げて伊豆能売神の神社を後にした。
「宇迦! 御饌の居場所はわかったか⁉」
桐ヶ谷と話終わり。真人はすぐに神域に戻ってきた。
「はい。外の山桜に」
「神域に戻ってたのか!」
宇迦に御饌の居場所を確認すると真人はすぐに山桜まで駆け出した。
「御饌!」
山桜の前で佇む御饌を見つけた真人は思わず大声で御饌の名を叫んだ。
真人に呼ばれた御饌は振り返ると悲しそうな目で真人を見つめ、またどこかへ駆け出そうとする。
「待ってくれ!」
それを見た真人が慌てて引き留めると、御饌は思わず立ち止まる。
「御饌、宇迦が御饌は俺を守ろうとして焦って思わず獣人に変化してしまったのではないか? と言っていたが、合ってるか?」
御饌は真人から視線を反らし気まずそうに頷く。
「実は早良親王の怨霊の穢れに捕らわれた時に、獣人に変化して俺を助け出してくれた御饌の姿を俺は見ていたんだ。正直、見た時は恐ろしいとも思った。だが、御饌が俺の事を大切に思ってくれてるのと同じように、俺も御饌の事を大切に思ってる。これだけは信じてくれ」
真人が真剣な顔をして訴えると、御饌は驚いたように真人を見つめ、涙をこぼしながら、初めて心からの笑顔を見せた。
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