第8話 残された槍

ローズさんが行方不明となってから3日が過ぎた。

あれから降り続けている雨は依然止む事がなく、戦場に流れた血を流すかのように濡らしている。


騎士たちはこの雨の中戦場の処理に当たってくれているが、結局ローズさんと準さんの遺体は未だ見つかっていない。

クラウスの話しでは埋葬した敵兵の数が千二三百せんにさんびゃく程しかなかったらしい。私たちの部隊とバイロン将軍の部隊で倒したのが二百人程度だったので、約半分近い兵が消えた事になる。

ここからは推測でしかないが、亡骸には焼け焦げたものも多数見つかっており、大半の兵はあの光に触れてしまい燃え尽きたのではないかという事だった。



「お嬢様、バイロン将軍がお越しです。」

「ありがとうカリナ、お通しして。」

私の言葉にカリナが扉を開き将軍を招き入れてくれる。

将軍には先日の戦いこの事と、ローズさんと準さんの話しは伝えてある。その上で私を含む騎士たちがどれだけ彼女に助けられてきたかを知っているので、戦場の後始末を将軍の部隊が率先して手伝ってもらう事ができた。


「お体は大丈夫ですか?」

「えぇ、これでも休んでいるつもりよ。私がしっかりしなきゃ二人に顔向けができないもの。」

精一杯の強がりで将軍を安心させる。今ここで私が全てを投げ出すなんて事をすれば、命をかけて守ってくれたローズさんと準さんに申し訳が立たない。私は彼女との約束も守らなければならないのだから……


「それで今後の事ですが、東のクアド砦を攻めてはいかがでしょうか?」

「実は私たちもそのつもりだったのよ。」

この砦を攻略する前にローズさん達と話し合っていたのが将軍が言ったクアド砦、そこはサウスパーク領に近く、割と大きな街と街道村がいくつか存在する。

サウスパーク領は王国一の実り豊かな土地で、国の食料庫とされているのだ。その恩恵で近くの街には豊富な物資が自然と集まっており、多くの生き残った騎士達も潜伏していると噂されている。

それに私たちが次にぶつかるのが食料問題となるだろう、幸い何故かこの砦には多くの物資が揃っていたため当分の間は大丈夫だが、将軍の部隊と合流した関係で兵士の数は300人程まで膨れ上がっている。


「やはりそうでしたか、この砦は守りには適しておりますが補給ができませんからな。」

「あそこの砦を抑えられたら近くの街や村を解放する事も出きますし、サウスパークとの交流も出来るかもしれません。」


「サウスパーク領にはたしかアメリア様と言う名の公女がおられます。未だ捕らえられたと言う話しは聞きませんので、どこかで生き延びておられると考えられます。」

サウスパーク公爵家には私のウエストガーデン公爵家と同様に聖戦器が受け継がれている。もし彼女が聖戦器と一緒に逃げ延びていれば大きな戦力になる事は間違いないだろう。


「それで戦略ですが……」

そのあと将軍とクアド砦奪還の作戦を話し合い、大体の方針が決まったところでその日はお開きとなった。




私は一人自分に当てがわれた部屋で一本の槍と共に過ごす。あの日から毎晩同じ事を繰り返しているが、そっと槍の柄を撫で上げ折れてしまった刀身へと目をやる。

ローズさんがどれだけ激しい戦いをしていたかが物語っているこの槍は、持ち主が居なくなった事を嘆いているかのようにも見える。


「貴方も精一杯頑張ったのよね。」

私は布を取り出しススだらけの槍を磨きあげる。毎晩少しづつ綺麗にしているのだけど以前のように綺麗にはならない。今日は柄の部分を集中的に磨き上げようと擦っていると、何か文字が刻まれている事に気づいた。


「何かしらこれ?」

文字が読めるように綺麗に拭き取っていく。

ようやく全体が読めるようになり改めて何が彫られているのかを確かめてみると、そこには『愛する娘のために』という文字と、その隣には『愛する妹のために』と彫られていた。


「これって……」

この槍はローズさんの両親から贈られたものって事よね? ローズさんに子供がいるなんて聞いた事はないし、そもそも私の同じ年の彼女に産めるはずがない。

それじゃこの『愛する妹のために』って文字はローズさんが彫ったって事? 二つの文字は明らかに違う筆跡だし、あの日妹が二人いるとも言っていた。


私は何故か分からないがここに彫られている妹とは双子の方ではないかと思ってしまった。

彼女は妹とはもう会えないとは言っていたが亡くなったとは言っていなかった。それじゃ『愛する妹のために』どういうこと? 普通に考えれば双子の妹のために戦うって……あれ? ローズさんって私と同じ年……


この時私はある疑惑が頭をよぎってしまった。

なんでローズさんはマスクをしていた? 別に私やカリナ、それに騎士達とも誰一人として知り合いではなかった。本人が隠していたのかもしれないが、何故ワザワザ顔を隠す必要があった?

隠す必要があるとすれば顔を見られたくないため……例えば知り合いに気づかれたくない場合や、犯罪などをしていた場合は隠すこともあるだろうが、彼女の場合そのどちらにも当てはまらない。

だとすれば何で? ……もし、もし誰かと瓜二つの顔だったとしたら? ローズさんは言っていた、自分は双子だったと……。そして彼女が命をかけて守った相手は誰? それは……私?


自分でも心臓の音が大きく脈打っているのがわかる。

まさか、そんな話は両親や他の誰からも聞いたことがない。でも完全に否定できない自分も確かに居る。

まず最初に浮かぶ疑問が彼女が扱う槍術、あれはウエストガーデン公爵家に伝わる槍術だ。習った経緯は聞いたがそう簡単に教えてもらえるものなんだろうか? それにあの巨大な魔力。確かに魔法を使える人はそれなりにいるが、あれ程巨大な魔力となると聖女の血を引く王族や公爵家、それに一部の貴族だけだ。

もし、私の考えが正しければ全ての辻褄が合うのではないだろうか?


「それじゃローズさんは私のお姉様?」

本人も両親も居ない今では確かめることも出来ないが、もしそうなら私はたった一人の肉親を失ってしまった事に……いや、ローズさんが死んだと決まったわけではない。


「今度会った時に確かめればいいわ、絶対に生きているはずだから」

半ば自分に言い効かせるように私は呟いた。

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