第9話 囚われたもう一人の公女
「ミレーナ様、外壁門が開きました。」
騎士の一人が私たちに報告しに来くる。
あれから軍備を整え私たちウエストガーデン解放軍は、100騎を砦に残し、残りの200騎でクアド砦へと攻め込んだ。
数の上では互角だが、先の戦いで大敗をした帝国軍には指揮系統の乱れと、戦況の不安広がっていた。更に砦で働かされていた市民たちが内側から雫を中心とした潜入隊の誘導をしてくれる事となっており、今しがた門が開いたと報告が来たのだ。
「将軍、こちらの指揮はお願いします。私たちは砦内部の制圧向かいます。」
「畏まりました、くれぐれもお気をつけて。」
「クラウス、アドル、行くわよ。」
私は当初の予定通り100騎の兵をつれて砦内部から制圧へと向かう。
帝国軍は突然の開門で外側の対応と内側からの対応に混乱している事だろう、そこに私たち突入部隊が馬に跨り突撃する。
「どきなさい!」
駆け抜ける際に敵兵を切り捨てながら門を突破する。
「クラウス城壁をおねがい。」
クラウスが50騎の兵を従え、内側から城壁の敵を一掃しに行く。私たちが門を突破した事により雫たち潜入部隊も城壁へと登りクラウスに加勢に向かった。
今のところ戦況はこちらが有利、クラウスたちが城壁に登れば外で戦っていた味方の兵は間もなく砦の中へと雪崩れ込んで来るだろう。あとは私たちが砦の建物を制圧すればこの戦いは勝利となる。
建物の扉はそれほど強固な仕様ではないし、窓や裏口からも容易く潜入できる。私たちは馬から降り、主力を門の前に待機させて窓から兵を潜入させた。
建物の中はどうも僅かな兵しかいないようで、すんなり内側から正面の扉を開かせることができた。そのまま各階を制圧しながら最上階に向かう。
「降伏なさい!」
指揮官と思われる人物に槍を突きつけて降伏勧告をする。向こうは数人の兵を従えているが、こちらは続々と騎士達が部屋へとなだれ込んでいる。さらにここから見える城壁の戦いも終焉に近づいていた。
「ミレーナ様、こちらが我が軍の被害状況と捕虜の一覧です。」
主力のメンバーを集め今後の事を話し合う中、クラウスから受け取った資料にざっと目を通す。結局昨日の戦いは指揮官の降伏により戦いは終了した。
流石に今回はこちらにもそれなりの被害があり、死んでしまった兵には申し訳ないが、概ね我が軍の大勝利となった。
とにかく今はいつ帝国軍が攻めてくるかわからないので、戦場の後始末と城壁の補修、そして人員の補充を急務としなければならない。
「アドル、街の様子はどう?」
「街に在留していた帝国兵は昨夜のうちに撤退したようです。それと占領されていた間の被害状況もそれほどないようですね。ただ、臨時徴用として結構な量の金品を摂取されたようです。」
他国に領土を占領された場合、街や村から金品や食料を奪われたり、強制労働を強要されたりするのは世の常だ。
どうやら人的な被害は出ていないようだが、街の人たちは生き抜く為のギリギリの生活を強要されていたらしい。
もしここで見せしめに貼り付けや、強盗紛いの事を帝国側が行っておれば、住民の反乱という最悪なシナリオになる場合があるが、流石にその辺はわきまえているのか、直接住民への被害は出ていないなかった。
「あと街で妙な噂を耳にしたのですが。」
一通りの報告を聞き終えたところで、最後にアドルが話しかけてきた。
「妙な噂?」
「はい、ここから少し北に行ったところにある山に小さな砦があるそうなのですが、どうもそこにセレスティナ様が幽閉されているらしいのです。」
「えっ?」
セレスティナはお父様を裏切ったグレアム卿の娘で、戦争が始まる前までは私の一番親しい友人でもあった。でも私が逃亡してからは同然の事だが会った事もないし、話にも出た事がなかった。
「なぜ彼女が幽閉されてるの?」
叔父の娘ならそれなりの待遇を約束されているだろうし、そもそも今は私たちの敵でもある彼女がなぜ幽閉されているかがわからない。
「それがどうもグレアム卿の考えに反抗し帝国軍に逆らったとかで、辺境の地である砦に送られ幽閉されているんだとか。」
「帝国軍に逆らった?」
そういえば彼女は昔から根が真面目で真っ直ぐな人だった。魔力が全くなかったせいで槍ではなく剣の鍛錬に励んでおり、大人の騎士達も顔負けの強さだった。
「本当なのそれ?」
「はい、複数の者から証言が取れておりますし、帝国軍が流した偽の噂という訳でもなさそうです。」
この話がもし本当なら私は彼女を助けたい、同じ公爵家の血を引く者として解放軍の力になってほしい。
「将軍はこの件をどうお考えになられますか?」
私の心は既に決まっているが一旦将軍の意見を聞く。ここで同じ意見なら直ちに軍を編成するのだが……
将軍は少し考えた末
「今は余計な事で軍を動かすのは得策ではないでしょう。それに罠ではないと決まった訳ではありませんし、あそこは戦略的にもそれほど価値はございません。」
将軍の言う事は最もな意見だろう、例え一時でも軍を分ける事になるし、こちらの被害が出ないと決まった訳でもない。彼女も公女であり一人の騎士なら覚悟は出来ているはずだ。だけど……
「ですが、もし捕らわれている事が本当で、助ける事ができれば彼女の強さは我が軍の戦力になります。」
「そうはおっしゃいますが仮にも国を裏切り貴方の父君を殺した者の娘ですぞ、そんな者のために貴方は命を掛けられるのですか? これからの戦いはより一層厳しくなります、そんな時貴方は彼女に背中を預けられるというので?」
周りから見ればそう思うのは当然だ、これは私を油断させるための罠かもしれない。それでももう私は誰一人として失いたくないのだ。
「私は……私は彼女を助けたい。例えこの命掛けたとしても後悔だけはしたくないんです。」
会議に参加している騎士達が神妙な顔で私と将軍の話を聞いている。
私と一緒に過ごしていた騎士と、新たに将軍の部隊から加わった騎士、お互い主人として一年近くも一緒に戦い抜いてきた同士なのだ。
どちらに加勢していいのか迷ってしまうし、私と将軍の気持ちも分かっているのだろう。
無言の重い空気が会議室を覆った。
「……成長なさいましたなミレーナ様。試すような真似をして申し訳ございません。直ちに救出部隊を編成いたしましょう。」
えっ? 私今将軍に試されたの? 緊張が張り詰めていた空気が将軍の一言で一気に穏やかなムードへとかわる。
「ですが多くの兵を動かす訳にはいきません……そうですな、50騎程度で一気に潜入して陥落させた方がいいでしょう。」
「そうですね、それほど大きな砦ではないようなので50騎もいれば十分でしょう。」
「では早速騎士の選定と指揮官を選んで……」
ざっと攻略の作戦を練って救出作戦の指揮官を選ぼうとする時、将軍の言葉に私の言葉を重ねる。
「将軍、指揮は私に取らせてください。」
「公女自らですか? しかしそれは……」
「お願いします、これは私が言い出した事でもあります。そんな作戦にのうのうと砦で待機していては兵達に示しがつきません。」
「……いいでしょう、ですがくれぐれも無茶だけはしないようお願いします。貴方はこの解放軍の旗なのです。それだけはお忘れなきようお願いします。」
「分かっています。私の命は大勢の犠牲の上で成り立っていると言うことも。」
死んでいった騎士達のためにも私は死ぬ訳にはいかない。それにローズさんにも確かめなければいけないことがあるんだ。
翌朝、セレスティナの救出部隊として私を中心に、クラウスとアドル、エレナと雫を加えた約50騎が山の砦へと出発した。
そこはウエストガーデン領とサウスパーク領の境界と言われる山で、街道からすこし離れた岩山にそびえ立つ小さな物見砦。私は友達を救出するために森深い山へと踏み出すのだった。
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