第7話 光の閃光
突然天空から何条もの光の帯が降り注いだ。
「何!?」
私は無意識に驚き声を漏らす。
城壁から先ほど見た竜巻にも驚いたが、これはその比とは比べ物にならない。
目の前に繰り広げられる光景がとても現実とは思えずただじっと見つめる事しかできなかった。
これをローズさんが?
私は思った事を言葉に出したか分からない、だが恐らく間違いなくローズさんの魔法であろう。確かにこれならば私たちが下手に手助けすると逆に邪魔になってしまう。
だけどこれならばきっと彼女は無事に生き延びてくれたに違いない、今ならまだ間に合う、早く駆けつけてローズさんを助けに行かないと。
私は急ぎ騎士達の元へと駆け付ける。
「帝国軍はローズさんの魔法よって壊滅状態よ、今こそ敵を殲滅しローズさんと準を助けに行くわよ!」
『『『『おぉーーーー!!!』』』』
騎士達も我慢しきれないのか、各々力の限り叫び上げる。
城門を開け放ち全軍をもって出撃する。私の隣にはクラウスとアドルがいて、後方にどうしても付いていくと聞かなかったカリナもいる。
誰一人として砦に残る事を拒み、城門を開けっ放しになっているがこの際どうでもいい。だれもが一刻も早くローズさんの元にたどり着きたいと思っているのだから。
****************
「うわぁっ!」
星槍が光続けていたかと思うと、今までに見た事がないぐらい眩しい光を放った。
時間にしてどれぐらいだろう、これが一瞬だったのか時間が経っていたのか自分の感覚が麻痺するような感じがする。そして光は次第に弱くなり最後にはいつもの星槍の姿に戻っていた。
「何だったのですか今のは……」
父上はただ星槍をじっと見つめながらゆっくりと喋り出す。
「主人が死んだのであろう……」
「!? まさか! ミレーナが死んだと言うのですか!?」
せっかく帝国軍から上手く逃げ出せたというのに……いや、裏切り者の僕らに言われても彼女にとっては只の嫌味にしか聞こえないだろう。
せめて何処かで静かに暮らしてくれればこんな事には……。
****************
―ノースランド領 南東の森―
「お兄様どうされたのですか?」
急に立ち止まった俺を妹が心配して訪ねてきた。
「……いや、いまリリーナの声が聞こえた気がして……」
俺は大空を見つめながら答える。こちらは青空が広がっているが、西の方は雨でも降っているのだろうか、上空を黒い雲が覆い尽くしているのが見える。
「お姉さまの声ですか? 私には聞こえませんでしたが。」
妹のフィーナもつられて大空を眺める。
確かに今リリーナの声が聞こえた気がした。
「心配しなくてもお姉さまの事ですからきっとご無事です。何と言っても私の自慢のお姉さまなんですよ? 今頃似合わないマスクを付けてミレーナ様と仲良くされてますよ。それに必ず私たちのところへ帰ってくると約束したんです。お姉さまは今まで一度だって約束を破った事なんでないんですから。」
「……だといいんだが。」
妹はそう言うが何だか胸騒ぎがする。あの日、何としてでも引き止めるべきだったのではないか、そう思わなかった日がないほどに。
「大丈夫ですって。きっとこの五つの聖戦器の元となった王女の剣、初代アーリアルがお姉さまの元へと導いてくれますよ。」
「そうだな……」
どうか無事でいてほしい、そして再び再会できるその日を願って……
「いくぞ! まずはこの戦いに勝利する!」
『おぉぉ!!!!』
俺は生き残りの騎士団を従えて戦いに赴いた。
****************
「ぎゃぁーーー!! あ、足が、誰か助けろ!」
化け物の様な強さの二人が俺の騎士団のど真ん中で暴れまくりやがった。最初は面白いから近くで見ていたが、次第に返り血を浴びた女の姿が急に恐ろしくなった。どんなに兵士を送り出しても平気な顔で槍や魔法で切り倒していく、終いに巨大な竜巻を呼び出したかと思うとその内の一本を俺の方へと向けてきた。
慌てて全軍で取り囲む様に指示をし、大きく後方へと避難したがこの時もう陣形など形すら残っていなかった。
だからと言ってあのまま逃すわけにもいかねぇし、ここまで俺様もコケにされてはもう引き下がる事はできない。例え百や二百の兵を失っても適当な言い訳でもすりゃどうだって事はないが、指名手配の公女を逃すなんて事にでもなれば俺は帝国から無能扱いにされてしまう。
だから絶対に逃すまいと全軍をもって取り囲んだのだ。
だがこの惨状はなんだ?
急に空から光の筋が降り注いだかと思えば大勢の兵達が光の中へと消えていった。逃げ惑う味方の兵に次々降り注ぐ光の帯、そこには人間の力では何をしようとも抗えない強大な力、ある意味神秘で震えあがるほどに美しかった。
そして気付けば爆風で大きく飛ばされ、折れた剣の一本が俺の足に刺さっていた。
「……うっ、ジェラルド騎士長…」
さっきまで俺の近くに副官が遠く離れた所で起き上がろうとしている。
すぐさま大声で呼びつけ、生き残った兵士たちに手当をさせたところで改めてこの現状に唖然とした。
「何なんだよこれ、俺様の軍隊は何処へ行った? おい、何処へ行ったかと聞いてるだろうがよ!」
何も答えない兵達に、手当をしていた一人の兵の首元を掴み大声で怒鳴り聞く。
「落ち着いてくださださい」
「これが落ち着いてられるかてぇんだよ!」
副官が止めに入るが、先ほどまでいた兵士たちが見渡す限り誰もいない。辛うじて生き残っているのは俺の周りを護衛させていた200人ほどの兵士のみ、それもどいつもこいつもまともに戦える状態とは言い難い状態でだ。
「大変です! 砦から敵軍がこちらに向かっております。」
「何だと!」
この状態で戦いだと!? いくらまだ数の上では勝っているとはいえ勝敗は目に見えている。敵はほぼ無傷状態だって言うのに、こちらは何処かに怪我を負った兵士のみ。しかも先ほどの魔法のせいで繋ぎ止めていた馬がほとんど死んだり逃げ出したりしている、退却するにも全員を連れてなど到底できるもんでもない。
「くそが! お前ら何としても敵の進軍を食い止めろ!」
俺の命令で無理やり体を動かして防衛体制を取らせる。この間に俺の馬を用意させ逃げ出す準備をしていた時。
「全員駆逐しなさい!」
『おぉぉぉぉ!!!』
「くそっ、あの化け物女まだ生きてががる!」
馬に乗り先頭を切ってこちらに向かってくるのは間違いなくあの公女だ、兵士たちからも明らかに同様の色が見て取れる。しかも怪我どころかピンピンしてるだと!? こんな化け物の相手などしていたら命がいくらあってもたりやしねぇ。
すぐさま痛む足を我慢し半分の騎士を連れて逃げ出す。
「逃すな!」
後方より追い掛けようとしているが、残した兵士たちに塞がれ戦いが始まった。この隙に出来るだけ遠くまで逃げないと。
「くそっ、なんで俺様がこんな無様な姿をさらさなければならねぇんだ!」
誰に言うわけでもなく自然と文句が口から出てくる。
俺はエリートだったはず、適当に戦果をあげて適当に敵をなぶり殺すだけの簡単な仕事だったはずだ。それなのに何だこの状況は、ボロボロになり僅か100騎程度の兵に守られながらただ逃げる事しか出来ないなどあってはならない。
どこで間違った? あいつだ、あの女だ、あの女が全てをめちゃくちゃにしやがった! 必ず殺してやる、必ずだ!
「ジェラルド騎士長、前方から敵影です!」
「はぁ!!??」
バカな! この上前方から敵影だと!? 奴らにはもう戦力は……あいつか! あの何とかって将軍の部隊か。
考えられるのはあの将軍の部隊しか思いつかない。もともと俺らはあの部隊を殲滅するために派遣されたのだ、一番最悪のタイミングで出てきやがって!
「ジェラルド騎士長、ここは我らが引き受けます。今のうちのお逃げを。」
副官が連れてきた騎士達を引き連れ戦闘体制にはいる。俺は数人の騎士を連れ森の中へと逃げ出した。
****************
「逃してはダメよ。」
総大将と思われる男が生き残った半分の騎士を連れ逃げ出す様子が見えた。すぐさま追撃の体制をとるがおよそ100人ほどの兵が私たちの前に立ち塞がった。
騎士たちが戦闘体制に入り各自撃破していく。私の目から見ても明らかにまともに戦える兵がいないと言うのに、それでも帝国軍の意地なのか必死に抵抗してくる。
だがそれも虚しく難なく大方の兵を倒した頃、前方より数騎の騎影がこちらに向かってくるのがみえた。
「ミレーナ様、前方より騎影が。」
「……まって、あれはバイロン将軍よ。」
再び戦闘体制に入る騎士たちに私は告げる、騎影が近づくにつれその姿がはっきりとわかった。
「バイロン将軍、ご無事で何よりです。」
「ミレーナ様、到着が遅くなり申し訳ございません。」
将軍の話ではこちらに駆けつけてくれる途中逃げ出した帝国軍と接触し討伐、その後こちらに向かって来ているそうなのだが、我々が心配で将軍だけ先に先行したという事だった。
「しばらくお会いしない間に立派になられまして。しかしこの惨状はいったい
……。」
「そうだわごめんなさい将軍、先にローズさんを見つけないと。」
簡単に事の事情を伝え私は騎士団を連れてローズさんと準の捜索にあたった。
きっと今頃どこかで私たちが来るのを待ってくれているはず。流石のローズさんも無傷という事はないだろうから、早く私の癒しの魔法で治してあげないと。
でも目の前に広がる惨状が何故か私の心を締め付ける。見渡す限りの荒野、そこに広がる帝国兵の亡骸が私に語ってくる。こんな中で生き残れる人間などいるはずがないと。
戦いの中心と思われる場所に近づくにつれ、無残な亡骸が目に入ってくる。焼け焦げた者、身体中を切り裂かれた者、五体満足が残っている者はまだいい方なのだろう、まともに亡骸を見る事が出来ない。
これが戦争なのだと改めて思い知らされる、そんな現状だった。
騎士たちがあちらこちらで必死に二人の姿を探す様子が見える。ある者は遺体をどかし、ある者は走りながら探している。無理だ、こんな中で生きている人間などいるはずがない、それが徐々に頭が理解してくる。
ここは平原だ、近くに森はあるがそこまで飛ばされるとは考えられない。いやたとえ飛ばされていたとしてもこの距離を飛ばされれば、衝撃で体が粉々になってしまうだろう。
いやだ、そんなのはいやだ!
私がただ何もできずその場で立ち尽くしていると、カリナと雫が私の元へとやってきた。
「お嬢様、これを。」
そう言ってカリナが差し出してきたのは刀身が根元から折れ、全体が焼き焦げたような一本の槍。私はこの槍に見覚えがあった。
「嘘よ、こんな事ありえないわ。だってあのローズさんよ? 死んだなんてありえないわよ!」
私はカリナから震える手で槍を受け取りながらその場で叫びだした。
「兄は……兄は最後までローズさんと共に立派に戦い抜いた、そう思います。」
「うっ、うわぁぁぁーん!!」
とうとう私は我慢ができずポツポツと降りだす雨の中、ローズさんの槍を抱き締めながら大声でその場に泣き崩れた。
心が切り裂かれるような感覚、自分が今どこで何をしているのかもわからない。戦いに勝ったというのに誰一人として勝利を喜ぶ者はおらず、ただ戦場に悲しみの渦が立ち込めるだけだった。
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