第6話 二人 対 三千騎

「はぁん? 公女自らやってきただと? 本物なんだろうな。」

早朝朝飯を食っていたら兵士の一人が俺のテントまで報告に来た。

内容は公女が馬に跨り、護衛の兵士を一人だけ引き連れて我が軍に現れたというものだった。


「バカか、あんな戯言間に受けやがって。まぁいい、逃げ出せないように馬を取り上げて部隊の中枢まで連れてこい。」

自殺願望でもあるのか? こちらとしては初めから交渉するつもりなど全くない、馬鹿正直に護衛がたった一人というのも信じやがって。

その護衛がどれだけの達人であろうが三千の兵に囲まれれば絶対に逃げ切る事などできやしない。

公女は生け捕りにして、砦の中で殺されていく仲間の姿を見せながら己の愚かさを思い知らせてやろう。

そう思うと今から泣き叫ぶバカの顔がどんな風に壊れていくのかが楽しみになってきた。


***************


「いいわ、馬は預けるけど武器は渡せないわ。どうせたった二人ではどう足掻こうが勝ち目はないでしょうしね。」

私たちは馬から降り敵軍の中央まで歩き出す。こちらとしてはこの状況はかなり都合がいい、私が使おうとしている魔法は私を中心に展開されるというもの。後は出来るだけ敵兵を中央に集め一気に殲滅する。


敵兵が見つめる中、一歩ずつ敵軍の真っ只中へと進んで行く。この道は死へへの道か、はたまた解放へと続く未来への道か。それはこれから私の戦い一つに関わってくる。




「ほぅ、手配書どおりの顔じゃねぇか。俺はこの軍を率いているジェラルド騎士長だ、まずはそっちの交渉とやらを聞こうじゃないか。」

何とも気に触る言い方で話してくるんだろう、砦を指揮していた男もそうだが、帝国の隊長クラスはどれもこんなバカしかいないのだろうか。

どうせ初めからこちらの条件など聞く耳持たないだろう事は、この男の態度を見てもハッキリと分ってしまう。


「軍を退いて欲しいの、それだけよ。」

「はぁ? 何ふざけた事を言ってんだこのアマァ。それのどこが交渉だってぇんだ? そんな理由で俺らがハイそうですかって引く訳ねぇだろうが! そもそも俺らに何の得があるつぅんだ!」


「簡単な事よ、軍を引けばあなた達は誰一人死なない、だけどこのまま戦続けるとあなた達は全滅するわ。」

「……ぷっ、うわはははっ、バカだ、こいつはただのバカだ。誰がそんな条件呑むってぇんだ。」


「交渉決裂ね。」

「あぁ、決裂だ。ただこのまま素直に帰れるとは思うな! 取り囲め!」

一斉に先ほどまで開いていた道が騎士達で埋められ、私たちを取り囲むように歩兵部隊に取り囲まれた。

こんな近距離では馬では動きが取れにくいから全員が馬から降り私達に槍を向けている。


ジェラルドと言う男の前にも騎士達が展開し、等の本人は重騎士隊に守られ優雅に見物でもしようといったところだろう。

「女は殺すな、生け捕りにしろ。男は適当に殺っちまえ。」

ジェラルドが後方から騎士達に指示を出す。

生け捕りとはまた都合がいい事を言ってくれる。


「準、どうもあなたの実力を分かっていないらしいわよ。」

「拙者も甘く見られたものでござるな、貴殿も生け捕りとは少々我らを甘く見ているのではござらぬか?」

「そうね、どせすぐに思い知る事になるわ。さぁ、始めましょう私たちの戦いを!」

背中合わせの状態からそれぞれの方向に飛び出す。


一閃いっせん!」

準が掛け声と共に刀を鞘から一気に抜き出し切りつける。確か東の島国に伝わる『居合いあい』と言われる抜刀術だったはず。

たった一太刀ひとたちで数名の兵士を切り伏せ、返す刀で別の騎士に斬りかかった。


流星槍りゅうせいそう!」

準が風の如く敵兵に切りかかったと同時に、私は槍に風の魔法纏わせ掛け声と同時に連続の突きを繰り出す。

切り裂く空気の旋風エアリアルガスト!」

更に一斉に槍を向けてくる敵兵に向けて魔法を繰り出す。

私に近づいていた敵兵を一掃するかのように、鋭い風が円盤となって襲いかかる。


だが敵も切り倒れた味方を踏み越え、別の兵士たちがこちらに向けて槍を繰り出してくる。私は一歩後退したと同時に片膝を地面に付いて躱し、繰り出された槍を己の槍を水平にして一気に上へと突き上げた。

雷の衝撃サンダーショック!」

私の槍に触れている全ての槍に電撃を通し、敵を一時的なマヒ状態へと化す。再び迫りくる敵兵の攻撃を交わしながら新たな魔法の詠唱を紡いだ。




烈風れっぷう !」

準が掛け声と共に刀を振りかぶると、剣線から一条の風の刃が飛び出し敵を切り裂く。

更に怯む敵兵に素早く懐に潜ったかと思うと一瞬で三人を切り裂いていた。


「くそ、怯むな! 周りを囲んで一気に押し殺せ。」

準は私と違い殺害命令が出ている為、敵兵も死に物狂いで武器を繰り出している。

だが余りの準の速さに兵士たちはまともに反応できず、一人、また一人と鎧の隙間を狙われ仕留められていく。次第に敵兵もその恐怖から後ずさ身にになるが、部隊長の一言で再び我を取り戻し準を取り囲んだ。


周りを取り囲まれてしまえば準の速さを生かした攻撃が出来ず硬直状態となる。周りを見渡しスキを探すが相手はれっきとした帝国軍の正規兵、そうやすやすとはスキを見せてはくれない。相手の出方を伺うように慎重に様子を見定めて、一斉に切りつけてくる敵兵のわずかな時間の差を見極め、真っ先に切りかかってきた敵兵の槍の腹を、右手で持つ刀で滑らすように懐に潜り込み、振り向き様に懐に忍ばせておいた数本の針を背後から迫ってきた敵兵へと飛ばす。

命中したことも確認せず素早く目の前敵の背後に回り、左右の敵と同時に後ろから切りつけた。


だが僅かに全ての槍を躱す事ができなかったのか、左肩から一条の血がにじみ出ている。

「そんな程度では拙者は倒せないでござるよ。」

目の前の敵を挑発し、素早く様子を伺っていた後方の敵に切りかかった。




吹き荒れる雷ブラストサンダー

私が力ある言葉を解き放つと同時に電撃が突風に乗って吹き荒れる。再びバタバタを電撃を浴びせられ倒れ込む者、しゃがみ込む者が私の周りを埋め尽くす。

一人一人確実に仕留めたいところではあるが、今は敵の攻撃を捌くだけで精いっぱいだ。出来るだけ短い詠唱の魔法で動きを止め、一気に強力な魔法で駆逐する。


敵は電撃の魔法を警戒しているのか、周りを取り囲むかのようにじりじりと間合いを詰めてくる。

私は左手を腰裏に手を回し、素早く前方の敵を牽制するように短剣を投擲する。

敵は飛んできた短剣を躱そうとバランスを崩し、隣にいた兵士を巻き込みながら倒れていく。素早くそのフォローをしようと二人の兵が前に出るが、再び投擲し短剣に一人が倒れ、もう一人を突き出される槍を掻い潜り止めを刺した。

そのまま倒れた兵に向かおうとするが、すでに大勢を立て直されてしまい、膠着状態へと戻った。


槍使いの私が言うのもなんだが、相手が大勢の槍と言うのも中々やりにくいものだ。再び槍で牽制しながら魔法の詠唱に入った。


三角の雷光線トライアングルレイ!」

空中に現れた三角錐の光から細長い雷の閃光がいくつも降り注ぎ、貫かれたり慌てて逃げ惑う者で、一時的に私の周りから動ける者は誰もいなくなった。

この好機に私は左手を前に突き出し、素早く五芒星の魔法陣を描く。最後に手のひらを魔法陣の中央に当て一気に魔力を注ぎ込むと、時計回りに術式が浮かび上がった。


「光の聖杖、バルキリー!」

魔法陣から一直線に光の魔法砲が飛び出し、射線上にいた敵を次々と弾き飛ばしていく。

私が使える高位魔法の一つ、属性精霊の力ではなく五行思想と呼ばれる力を元に繰り出す強力な魔法。詠唱だけではなく術式描かなければならないので、手間と魔力を大きく使うが威力は絶大。


今の砲撃で十人近い兵が再起不能となり、明らかに私の魔法を怯える兵士が一気に増えた。

私はこの機にすかさず槍先で天空に五芒星を描く。その姿を見て慌てて数名の兵士が飛び掛かって来るが、思いのほか私との距離をとってしまっていたせいで、こちらの魔法が先に完成した。


「風の聖槍、シルフィード!」

槍先に魔法陣を張り付けて、向かい来る敵に槍を左右に動かしながら、連続発射される風の槍で次々と狙い撃ちにしていく。

周りの敵を一掃した事を確認し、取り出したマジックポーションを一気に飲み干した。



飛燕ひえん!」

準が掛け声と共に刀を横なぎに振り切ると、何本もの黒く細長い針が扇状に飛び出していく。予め剣の柄の部分に仕込まれていた針が、柄裏に仕込まれた細工でいつでも飛び出すようされたもの。

刺さった敵兵は致命傷とは程遠いが、明らかに大きなスキが生まれた。

そこを見逃ほど準は甘くなく、風のように近づいたかと思うと一瞬のうちに十人近い敵兵を切り裂いた。


烈風れっぷう !」

背後から迫る敵兵に、振り向き様に上段からの風の剣線を浴びせる。吹き荒れた突風で、バランスを崩した兵をすれ違いざまに切り倒してから更に奥の敵へと迫る。


縦横無尽走り回り、次々切り捨てられ光景に敵兵はもはや取り囲む事すら出来ず、ただ我武者羅に突っ込んでは一人、また一人と倒されていく。


「くそが! お前らたった一人の敵も倒せねぇのか! 剣で倒せないのなら矢を使え、味方事殺しても構わねぇ、やれ!」

ジェラルドと名乗っていた敵の総大将が後方で待機していた弓騎士に命令を告げる。

それを聞いた準の周りにいた兵は慌てて離れようとするが、当の本人はすかさず間合いを詰めて離れないように次々と切り捨てていく。


弓騎士も流石に味方に向けて掃射するのは躊躇したのだろう、誰一人として未だ構える様子すらない。

だがジェラルドは再度無理やり命令を掛けて、掃射の体制をとらした。


何本もの矢が山なりに準に向かって降り注ぐが、近くにいた敵兵を盾代わりにしてこの難を乗り切る。

この光景に多くの兵が恐怖し誰一人として準に近づこうとしない。

しかしこの状況は準にとっては好都合で、近づかれると慌てふためる敵兵を難なく切り伏せ、逃げ出す敵を背後から追いかけるように何人もが切り捨てられた。

元々瞬発力が高い準から逃げられるはずもなく、背中を見せた時点で死が決定したようなもの。敵兵は混乱の真っただ中に立たされることになっていた。




いきなり混戦になってしまったせいで準と離れてしまった。この場合、お互いの死角を補いながら戦った方がいいのだろうが、私も準も連携より単独行動の方が立ち回りやすい。だがそれでも出来るだけ近くで戦っていた方がいいだろう、私は場所を変えるために準が戦っているであろう方へと走り出す。

敵は私の捕縛命令が出ている為迂闊に攻撃が繰り出せず、中途半端な攻撃を槍や体術で交わしながらすれ違いざまに右側の敵を切り伏せ、反対側の敵を返す槍の柄で膝裏ひざうらを狙い体制を崩す。

それを見ていた前方の敵がフォローするかのように私に剣線を向けて来る。


私は左腕に付けた小手で敵の剣の腹を強引に叩き伏せ、勢い任せに左手を敵の顔面に尽きるける。

「やっ!」

顔面を強打されふらつく敵と体制を崩した敵を連続で切り伏せ、迫りくる別の敵の剣を槍の刃と逆の柄で弾き、その勢いを利用し槍を回転させるようにすれ違いざまに切り裂いた。


はぁ、はぁ、

戦いが始まってからまだそれほど経っていないと思うのに、私の体力は急激になくなっていた。

今まで育ててくれた領地の為に何匹もの魔獣や賊と戦ってきた事はあるが、これほど多くの人間を相手にした事はない。槍や体術で敵の攻撃を避けてはいるが小さな傷が少しずつ増えていく。

「どうしたの! 私はまだ戦えるわよ!」

敵に言い聞かせると言うより、自分に言い聞かせるように己を鼓舞した。


流星槍りゅうせいそう!」

離れてしまった準に合流するため再び立ちふさがる敵へと襲い掛かる。

この時すでに私の服は、自分の血か敵の返り血かが分からないほど全身真っ赤に染めあがっていた。

その姿に恐怖を感じたのか、私の戦い方に恐怖を感じたのか分からないが、敵兵は怯えながら僅かに後ずさむ。私はこの一瞬をチャンスと思い、今日一番の強風を槍に纏わり付けた。


彗星槍すいせいそう!」

刀身から円錐上に渦巻く槍を突き出しながら、フワッと風に乗って敵に向けて突撃をかける。槍に纏わり付いた強風に、敵は構える武器ごと次々と弾き飛ばされていく。目指す先に敵と対峙する準と一瞬だけ目が合い、こちらに気づいてくれた事で私はほんの僅かに油断してしまった。




炎撃えんげき! 」

刀の柄裏に仕掛けられた細工を発動させ、刀身に炎が宿る。

素早く目の前の敵を炎の刀で切り伏せ、倒れる込む直前の敵兵を踏み台に大きくジャンプする。着地点にいた敵は反射的に慌てて飛びずさり、密集した敵への中へと着地した準はすぐさま右足を軸に、回転するように周りにいたの兵達の足を狙い切り裂いた。


切られた敵兵は全員その場に倒れ込み、刀身に触れたズボンからそれぞれ炎が立ち上る。

周りの兵士たちは燃える仲間を助けようと、対峙する者と引きずりながら後方へと引っ張り出す者とに対応が分かれる。

準は一時的に対峙する敵兵が減ったことで更に攻撃に転じる。


烈風炎撃斬れっぷうえんげきざん! 」

刀に灯った炎が風の斬撃で敵に襲い掛かる。

仲間を助ける為に防御態勢を取っていた敵兵は、まさか遠距離攻撃が来るとは予想が出来ず吹き荒れた炎に包まれた。

先ほどより強い炎に多くの兵士が包まれ、更に敵兵が混乱する。準は炎が消えた刀を携え直し、背後の敵に襲い掛かる。


連続して二人の兵を斬り伏せたのち三人目の兵に切りつけた瞬間、一人の騎士の大剣よって刀を受け止められた。

「調子にのるな!」

受け止めた刀を力任せに弾き、真横から巨大な剣を振りきる。

準は刀を力任せに弾かれた事で一瞬バランスを崩してしまい、向かいくる大剣をかろうじて刀で受けるのが精一杯、更に受け止めた大勢が悪く、踏ん張りが利ないまま敵兵の中へと吹き飛ばされていく。

幸い敵兵も突然の出来事で対応できず、飛んできた準と一緒に吹き飛ばされたので武器による致命傷は避けられたようだが、全身をひどく打ち付けてしまい口から僅かに血を吐いていた。


それでも何とか無理やり立ち上がり、クッションとなってくれた敵兵に止めをさしてから再び片手で刀を構え、大剣の騎士と徐々に間合いを詰めていく。しかし先ほどのダメージが残っているのか、ほんの僅かに片膝が前へと沈んだ。

そこを大剣の騎士はすかさず上段から力任せに振りかぶってくる。準は刀で迫りくる大剣の腹を滑らしながら僅かな動きで体をそらし、いつの間にか左手で奪って取っていた剣で騎士の脇腹を貫いた。

先ほど沈んだ様に見えたのは敵を誘い込むように仕向けたのだろう。


力尽き倒れていく騎士に奪った剣を突き刺したまま左手を懐忍ばせる。辺りの兵をワザとらしく見渡し一瞬だけ私と目が合い、敵に分からないようにお互いを認識する。

一連の動作を見ていた敵兵は、飛道具が来るものと慌てて距離をとり防御姿勢を取るが、準は取り出したヒールポーションを素早く飲み干し、小瓶を捨てると同時に倒れた騎士に突き刺さっていた剣を左手で引き抜き、そのまま剣を投擲する。

再び慌てた敵兵は思わず飛んできた剣を避けるが、剣の後を追ってきた準にすれ違いざまに切り捨てられ、私の元へと向かおうと更に敵の中へと身を投じる。

だがそれをさせまいと別の兵士たちが準の前に立ち塞がった。




「ローズ殿!」

準がこちらに向かおうとするが、敵兵の壁に塞がれ立ち止まる。その時準の声と目線の意味を一瞬で理解し、慌てて体を捻ると私の左肩を一本の矢が切り裂いていった。

槍に纏わりつけていた風が弱くなっていた事もあり、飛んできた矢は軌道を変えず真っ直ぐ私に向かってきた。準が教えてくれなければ確実に私の左肩に突き刺さっていただろう。だが、負った傷は浅くなく左肩から血が溢れでている。


片手だけで迫ってくる敵兵を牽制し、詠唱を終えた魔法を発動させる。

「準飛んで! 風の円陣サークルウインド!」

私を中心に鋭い風の刃が円状に広がっていく。風の刃は遠くに行くほど広く細くその威力は落ちていくが、近くにいた敵兵は体の半ばから切り裂かれ崩れ倒れていく。


私の言葉の意味を理解し避けてくれた準と再び背中合わせになり、素早くヒールポーションを一口飲み、残り半分を左肩の傷口に振りかける。

通常時なら激しい痛みを伴うのだろうが、今はこの痛みがまだ自分は生きているんだと実感させてくれる。


はぁ、はぁ、はぁ

「どれぐらい倒したか分からないわね、少しでも減ってくれていればいいんだけど。」

「全く次から次へと忙しいでござるな。」

完全に息が上がっている私に対し準はもう少し余裕がありそうな感だ。二人でどれだけの敵兵を倒したか分からないが、良いとこ100から200人といったところではないだろうか。

私たちの周りを大勢の亡骸が埋め尽くし、敵兵は遠巻きから見守るように囲んでいる。

これまでの戦い方を見て誰もが怯えの顔が浮かんでいる。


「あらら、目的は私たちの周りに敵軍を集めるのだけど、これじゃ逆効果ね。」

「だったら再び集めればいいだけでござるよ。」

この隙赤い小瓶のマジックポーションも飲み干す。

先ほど負った傷も、痛みはまだ残っているがこの僅かな時間で傷口だけは塞がってくれたようだ。


「くそがぁ! もう女も殺していい、弓兵、取り囲んで一斉に射殺せ!」

何とかって言う指揮官、あぁ、もう名前すら忘れてしまったけど、敵の総大将の一言で後方の弓騎士が一斉に遠巻きに囲み、その前を重騎士が守る。弓騎士達はそれぞれ重騎士の間から一斉に弓矢を私たちに向けて構える。


「準、私から離れないで。」

私は槍を自分の上で大きく回転させる。

七星槍術しちせいそうじゅつ奥義……」


「放て!」

誰が言ったか分からないが、何十本もの矢が私たちに向けて掃射される。


「七星……烈空陣れっくうじん!」

地面に槍を突き刺すと同時に私を中心に発生した竜巻が、迫りくる矢の雨をすべてを吹き飛ばす。更に竜巻が消えない間に次の魔法詠唱へと入る。

七星槍術しちせいそうじゅつ奥義の一つ七星烈空陣しちせいれっくうじん、今の私が使える最強の槍技。ミレーナのように炎の属性が使えない私には風の魔法に頼るしかない。槍術は本来その破壊力が売りなのだが、女の私では力もないし、七星槍術の強みでもある炎の技も最強の奥義も使えない。だから強い魔法を望んだのだ。


「……吹き荒れる風よ、一陣の嵐となり大気をなぎ払え、大嵐テンペスト!」

天にも届くかの長い四本の竜巻が強風を撒き散らしながら弓騎士と、その後方にいた騎士達を同時に一掃する。

重騎士はその重い鎧のお陰かフラつきながらもその場に佇んでいたが、今の魔法で何十人もの兵士が再起不能となっている。


「私たちに弓は通用しないわ、倒したければ全兵力を持って掛かってきなさい!」

私はその場に仁王立ちし、槍の矛先を総大将に向け高らかに叫ぶ。


「バケモンが、重騎士を前面に全軍で攻めたてろ! いいか、接近して魔法の詠唱をさせるな! 屍体がどうなってもかまわねぇ、八つ裂きにして確実に仕留めろ!」

敵の総大将も今の魔法には驚いたのか当の本人は慌てて後退し、騎士団に一斉に攻めかかるように指示をする。


もう少しだ、もう少しだけ私の体よもって……


***************


―ウエストガーデン北東の砦 グレアム軍地―


「父上、何の騒ぎですか!?」

突如砦の異変を感じ、慌てて原因となっているであろう父の部屋へと向かう。

返事も聞かず扉を引くと部屋中を眩いばかりの光が照らされていた。


「なんですかこれは?」

見ればウエストガーデン至宝、星槍スターゲーザーが光り輝いている。

戦いの最中、主人の声に応えて光り輝くことはあるが今は戦闘時ではない。それに父上が使っている時より強く光っている気がする。


「悲しんでいるのだ……自らが主人の力になれないことを嘆いている。」

「嘆いている? 星槍がですか?」


「この槍には自らの意識がある、扱うものが正しければ星槍はその力を存分に振るい、闇に落ちた者が振るえば天罰を与える……。」

「ですが父上は現に星槍に認められているではないですか。それなのに別の主人などと……」


「私は選ばれてなどおらん、ただ私に流れている聖女に血に反応しておるだけだ。」

「それじゃ別の主人というのはやはり……」

思い浮かぶの従姉妹であるミレーナの姿、彼女は今も戦い続けているというのだろうか……。


***************


「……ん…っ」

「お目覚めですかお嬢様。」

「……ん、カリナ? あれ私いつの間に……」

目覚めたばかりまだ上手く頭が回らない。今は今日にでも死ぬかという時に呑気に眠ってしまっていた。


「ごめんなさい、私すっかり眠ってしまっていたみたいね。」

気づけば昨日の服装のまま眠っていた、せめて上着やズボンは脱いでおくべきだったかと思いながら昨日の夜の事を思い出す。

確かカリナと最後のお茶を楽しんでいたらローズさんが部屋を訪ねて来たんだったわね。

その後ローズさんの話を聞いて……


「! カリナ、ローズさんは!?」

「……行ってしまわれました、準さんとたった二人で……」


「……行った? たった二人で……どこに……?」

自分でも震えているのがよく分かる、答えが聞きたくないのにどうしても聞かなければならない。


「……戦場へ、私たちに微笑みながら向かわれました。」

私はベットから飛び上がり部屋の外へと飛び出そうとしたとき、カリナがその行く手を両手を広げて立ちふさがった。


「退きなさいカリナ!」

「退きません!」

「私の命令が聞けないの! 退きなさい!」

「聞けません、聞きたくありません、聞きたくないんです!」

私の喧騒に全くひるむ事なく退こうとしないカリナ。次第に私も大きく声を抗えていくが、カリナの目からは今まで我慢でもしていたのか、溢れんばかりの涙が流れ出てきた。


「……ローズさんは何て言ってたの?」

「私にお嬢様の事を頼むと……全てを覚悟して行ってしまわれました。」

カリナの顔は涙でぐしゃぐしゃの状態だ、私が眠っている間ずっと我慢していたのだろう。こんな姿を見たらもう何も言えなくなってしまった。


「ごめんなさい、私のせいで。」

そっと両手カリナの顔を私の胸へと包み込む。両腕から小刻み体が震え出してくるのが分かり、最後は声を抑えることも忘れ大声で泣き出した。


「教えて、今はどのような状況なの?」

カリナが落ち着き始めてところで本題に問いかける。

私はただ黙ってカリナの報告を受けたのだ。




カリナの涙を拭ってから私たちは建物の外へと向かった。そこには決意を決めた騎士達が整列している、誰一喋ることなくただ真剣な眼差しで。

出来ることなら今すぐこの砦から飛び出したい、だけどそれはローズさんの決意を無駄にしてしまう。今の私に出来ることは彼女との約束を守ることだけ、この領地をこの国を帝国の手から救い出し、みんなが笑顔で笑える国を取り戻すのだ。


グゴーーーッ!!

突如大きな音が鳴り響くと天にとどくかという程の竜巻が四本、帝国軍を襲っていた。


***************


龍牙槍りゅうがそう!」

迫り来る重騎士に向けて大きくジャンプし、空中で一回転しながら右足を槍の突起部分に踏み込みながら急降下する。


重圧な鎧に槍の刀身に半ばまで刺さった所でついに限界が訪れ、刃が根元から折れ砕けた。

後ろから迫る兵士に刀身が折れた槍を素早く両手で交差するように回転させ、その反動を利用して投擲する。

飛龍槍ひりゅうそう!」

倒したばかりの重騎士が持っていた槍を奪い別の敵へと向かう。


戦いを始めてからどれぐらい時間が経ったであろう、まだ太陽が山から顔を出したぐらいだったのに対し、今は大分上の方へと登っているのが分かる。

私の体力はすでに限界を超えている、持ってきたヒールポーションもマジックポーションもすでに底を尽き、準も息が上がっているのか素早い動きがほとんど出来なくなっていた。


そろそろ頃合いなのだろう、私は準に目線で合図をし互いに渾身の一撃で周りの敵を一掃する。

今日何度目かも分からないが、互いに背中を合わせて周りを警戒する。


はぁ、はぁ、はぁ

「今までありがとう、私一人じゃここまで戦い続けられなかったわ。」

はぁ、はぁ、はぁ

「どうやら拙者もお役に立てたようで安心したでござる。」


「これで最後よ、私と一緒にみんなの行く末を見守って。」

私は最後の魔法の詠唱へと取り掛かる。

この魔法は別に自爆魔法とかそういったものではない。ただその威力が強大すぎて私にはまだ扱いきれていないのだ。そのせいで命中させるには私が敵のど真ん中に入り込み魔法を発動させなければならない。

それに一度使うと一週間は魔法が一切使えなくなるし、その範囲も限られてしまう。恐らく中心にいる私たちも魔法の衝撃に巻き込まれ、生きてはいられないはずだ。


初めは攻めてきた帝国軍が平原一面に陣形を展開していたため、どうしても魔法の範囲内に集める必要があった。だが今では私が暴れ回ったのと準が敵を引きつけてくれたおかげで、敵の陣形はもはやめちゃくちゃになって私たちの周りを何重にも取り囲んでいる。

多少は効果範囲から外れるかもしれないが無傷と言うわけにいかないだろう、敵の総大将が大きく後退しているようなのが心残りだが、後はミレーナやクラウス、アドル達騎士団が何とかしてくれるだろう。

私に残された役目はこれで終わる。


このさいごの言葉ワードを紡げば全てが完了する、これで何一つ思い残すことはない。私の意思は妹達が引き継いでくれるだろう、さぁ終焉の時だ。


いにしえよりの契約の元、神々の閃光となりて大地に降り注げ! 最後の審判 ジハド!」

私の言葉と共に天空から何条もの光の帯が大地に降り注ぐ。ある者は光の帯の中に溶け込み、ある者は衝撃で天高く舞い上がり、ある者は体から白き炎が舞い上がる。

私の最強最大魔法『最後の審判ジハド』。始めて魔法を習った時気分が向上した、始めて魔法を使った時は怖くて何日も眠れなかった。あの日以来、魔法師匠との約束で二度と使わないことを約束した。それでも妹を助けるためなら禁忌にでも喜んで手を出そう。


私と準は止まることのない光の帯の衝撃に天高く舞い上がった。

ミレーナは今頃泣いていないだろうか、もしかして砦からこの光景を見ているかもしれない。最後まで名乗ることができなかったが、一度ぐらいはお姉ちゃんを呼んで欲しかった。あぁ、私やっぱり未練がまだ残っているわ。でももう手遅れだったわね、さようならミレーナ、私の大切な妹……ジーク様、フィーナ、約束を守れずごめんなさ……


そして私たちは光の中へと消えていった……

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