第5話 名も無き戦士の決意
「すぐに部隊編成を整えて、砦の前に
私はすぐに頭を戦争モードに切り替え騎士達に指示を出していく。
せっかくミレーナと仲直りが出来たって言うのに一気に気分は最悪だ。
「すぐに作戦会を始めましょ、主要メンバーを至急4階の作戦会議室に集めて。」
慌ただしく騎士達が防壁の準備に走り回る。
「状況の説明を。」
クラウスが偵察に出ていた騎士に問いかける。
「帝国軍は騎馬隊を中心に前方を重騎士隊で固め、後方に弓騎士隊を展開しております。数がおよそ重騎士隊が200、弓騎士隊が800、騎馬隊が2000前後かと思われます。」
「迂闊だったわ、こんなに早くこちらに対応してくるとは。」
いずれここが攻められるとは思っていたが、それは2・3日後だと考えていた。部隊を動かすには騎士達の徴収や補給などに時間がかかってしまう。そのために砦陥落の報告があったとしても、その日のうちに出撃するなどとは考えてすらいなかったのだ。
「それにしても対応が早すぎます、午前中に砦を落としたばかりだというのに、その日の内に三千もの兵を動かせるなど誰も考えませんよ。」
ミレーナが私に助け舟を出してくれるが、そもそもこの砦を落とそうと提案したのは私だ。これは私の情報不足が招いてしまった結果だと言っても良い。
「バイロン将軍の部隊はどうなっているかわかる?」
「未だ詳しい情報は何も……。」
せめて将軍の部隊だけでもいてくれればまともな作戦が立てられるのだが、この砦にいる80名ばかりの人数ではとても三千もの敵を相手にするなど無理な話である。
唯一の救いは砦に残されていた大量の食料のおかげで3ヶ月程度なら籠城が可能だ。
だけどそんなに時間をかけていたら追加で部隊が派遣される場合があるし、何より数を武器に責められてしまえば一日とて防ぎきることは出来ないであろう。
つまり篭城戦はほとんど意味をなさないのだ。
「夜の内に奇襲というのはどうでしょうか? 森に誘き寄せて火計で一気に焼き払うとか。」
一人の騎士が提案してくるが結果は見えてしまう。
「火計は無理よ、今からじゃ準備がとても間に合わない、それに奇襲でもこんな人数じゃまともに遣りあえないわ。何より見通しのよい平原で奇襲をかけるなんて自殺行為でしかない。
それに前面を重騎士隊が守っているせいで正面突破が難しい上、陣形を展開するにも人数が足りなさすぎるのよ。」
戦術として全く打つ手が浮かばない、考えられるのは砦を放棄し水路からの脱出のみ。だけど脱出と言っても偵察部隊は出されているだろうから、この人数を気づかれないよう逃がすなんてとても出来るとは思えない。それにミレーナだけを逃したとしても、二度の逃走で、彼女の心はもう立ち上がる事が出来なくなってしまうのではないかと考えてしまう。
だがもしこの大差の敵に勝利する事が出来れば、身を隠している多くの騎士や、大勢の領民が領土奪還の為に立ち上がってくれるのではないか、そう思えてしまう大事な戦いでもあるのだ。
この一年間の帝国支配は、レガリアの国民にとって大きな苦痛と嘆きを与えてしまった。今頃は領民達の間で大きな不満がたまっているのではないだろうか、そんな時に飛び込んできた解放軍の大勝利に多くの者が賛同し、立ち上がってくれるにちがいない。しかし騎士団が再び大敗するような事になれば人々は大きく落胆し、王国開放はさらに遠のいてしまう可能性がでてくる。
だからこの戦いだけは絶対に負ける事が出来ないのだ、例え私一人の命を差し出したとしても……。
「……それじゃ打つ手がないじゃないですか。」
「…………一つだけ方法があるわ。」
この戦況を覆すための方法、これは戦術でも何でもないただの殺戮。いや生贄と言ってもいいのではないだろうか、私はただ一つだけこの戦いを終わらせる魔法を知っている。
「本当ですか!?」
「えぇ、まずは動ける捕虜だけを解放し伝令の役目を負ってもうわ。」
光明が見え喜ぶミレーナに私は躊躇いながら答えるのだった。
***************
「たったの100騎程度だぁ? そんな数にあのバカ共は砦を奪われたってーのか。」
何とかって将軍の討伐にわざわざ向かっていたっていうのに、辺境の砦が落とされと言う逃げ出してきた兵士が俺様の軍に泣きすがってきた。
向こうにすれば命からがら逃げてきた時に、俺様の軍が見えたのだから助かった気分なんだろうが、こちらとしてはいい迷惑だってもんだ。
まぁ何処に隠れているかわからない将軍より、指名手配の公女の方が面白いと思って急いで来てみれば、偵察隊が持ち帰った情報は砦の中にはたった100騎程度しかいないとか……俺様をバカにしているのかと逃げ出して来た兵士を呼びつけ、力を込めて足蹴りにする。
「ジェラルド様、砦に捕らわれていた者が戻って参りました。」
「あぁん、ジェラルド
「も、申し訳ございませんジェラルド騎士長殿。」
慌てて誤って来る騎士に満足し報告を待つ。
「中へ連れてまいれ。」
副官の呼び声と共にテントに入ってきたのは、武器と鎧を奪われた数名の兵士たち、一人を除き火傷や刀傷を負った無様な者達だった。
「は、初めてお目にかかりますジェラルド騎士長様、私はブレーン男爵の遠縁にあたる……」
「そんな下級貴族の名前何んてどうでもいいんだよ、さっさと報告を済ませろ! そもそも何でお前らは逃げられたんだぁ? 」
「そ、それは敵の総大将より伝言を伝えるようにと言われまして……」
たった一人だけ無傷の兵が代表して話しかけてきた。何か自分の名前を名乗ろうとしてやがったが、下級貴族の遠縁なんざ名前すら覚える気がねぇ。そもそも帝国の伯爵家出身の俺様に、たった100騎程度の敵にわざわざ足を運ばせる羽目になった連中に心底むかついていた。
「さっさと答えろ、何と言われてきたのだ。」
バツが悪そうに中々本題に入らない男にしびれを切らし、副官が話の続きを促す。
「それがその、取引がしたいので一度会って話しがしたいと……」
「はぁ? 取引だぁ? お前らそんなバカな話を言うために戻ってきたのか?」
「も、申し訳ございません。砦にはまだ負傷して動けない兵も囚われておりますので、それでその……」
「ちっ、無能共が。」
「しかしジェラルド騎士長、むざむざ味方の兵を見捨てるとなると今後の指揮にも関わってきます。せめて話だけでも聞くべきかと。」
副官が俺に意見してくる。この軍で唯一俺に対して何でもずけずけと言うウザい奴ではあるが、副官としての技量は間違いなく一流だ。いちいち感に触るがこいつの言うことも一理ある。
「いいだろう、ただし敵の総大将自らこちらに来るように伝えろ。いいな、護衛は数人しか認めない、こちらは公女の人相書きもあるんだから替え玉を使おうなどと考えるだけ無駄だと伝えろ。」
どうせ捕虜の取引に
もっとも、敵のど真ん中にわざわざ総大将が出てくるとは思っちゃいねぇがな。
***************
捕虜を数人、敵の指揮官に伝言する内容を託し一旦作戦会議を終了した。
今は防壁の展開に騎士達が忙しそうに動き回っている姿を見ながら、食事の準備をしているであろうカリナの元へと行く。
「カリナはいる?」
厨房で料理をしていた一人の騎士達に尋ねる。
「はい、何でしょうか?」
奥の方からいつものメイド姿でひょこりと顔を出してきたカリナに微笑みながら、私はあるものを用意して欲しいとお願いする。
「カバスの実、ですか? はい食料庫にありましたよ。夕食にお出しすればいいのでしょうか?」
「そうじゃなくて、カバスの実の搾り汁を用意しておいてくれないかしら?」
「!? ローズ様それは……」
カリナは私が言いたいことを一瞬で理解したのだろう、驚きながらどうしたら良いものか狼狽えている様子が分かる。
「お願いカリナ、よろしくね。」
「……分かりました。」
カリナは躊躇しながらも答えてくれる、その返事を聞き終え私はその場を後にした。
カバスの実の搾り汁、その実は平温でも長持ちする為軍食にも使えるし生産量も多い。そしてその実の搾り汁はしつこい汚れ等を落とすことも出来、一般家庭では掃除用としても使われている。
そう、例えば黒く染めた髪の色を落とすことだって出来るのだ。
砦から見える夕日が山々に隠れようかとして来た頃、帝国軍側から遣いの使者がやってきた。
内容は明朝総大将自らが帝国軍に赴く事で話を聞くと言うものだった。護衛の兵士は数人、人相書きの為に替え玉は通用しないとまでご丁寧な補足を付け加えて。
そんな事をわざわざ付け加えなくても始めから私が行くつもりだったりし、護衛の兵士など連れて行く予定もない。犠牲になるのは私一人で十分なのだから。
「ミレーナいる?」
「はい、何ですかローズさん?」
夜に一人でミレーナの部屋へと伺う。部屋の中にはお茶でもしていたのだろう、カリナと共にテーブルにつく二人の姿があった。
「あら二人でお茶をしていたの? ごめんなさいお邪魔だったかしら?」
「いえいえ、よかったらご一緒しませんか?」
ミレーナは嫌がるどころか笑顔で私を迎え入れてくれる。
私はこの行為に甘える事にし、空いている椅子へと座らせてもらう。
「明日はもしかすると生きていられないかもと思うと、最後にカリナと一緒にお茶をしたいなって思っちゃって。だってカリナったら今まで自分はメイドの立場だからって、一度も一緒にお茶をしたことがなかったんですよ?」
「それはメイドとして当然の行為です。」
二人の遣り取りを見ているとこちらも自然と笑顔がこぼれてくる。
明日は生きていられないかと思うと、何かと最後にやり残した事がないかと考えてしまう。かく言う私も最後にミレーナの姿を見たくてこの場に来たのだが。
「ホント二人は姉妹みたいに仲良しね……私にもね二人の妹がいるのよ。」
二人の様子を見ていたら自然と言葉が口から出てくる、今更私の過去の話をしてもどうしようもないと言うのに。
「妹さんですか?」
「ええ、妹と言っても一人はもう会うことも出来ないし、もう一人は私とは血が繋がっていないのだけど……。」
私はゆっくりと過去の話を語りだす、二人は別に急かすことなく静かに聞いてくれていた。
「私は忌み子だったのよ、知っているでしょ? この国で双子が生まれた場合、どちらかの子を里子に出す風習があることを。」
このレガリア王国にはある風習が根ずよく残っている、それは双子が生まれた場合、片方の子供を親戚筋などに里子に出すというもの。
もともと家庭の経済的問題や、子供の居ない夫婦が親戚筋から子供をもらったりとする事は良くある話で、別段里子に出すのは珍しい話ではない。
だけど双子の場合、その存在が忌み子として
それ以来聖女様を苦しめた双子が忌むべき存在として嫌厭されつづけており、双子が生まれた場合その片方の子を里子に出す風習が定着してしまった。
それでも
「私はね、別に両親の事を恨んではいないのよ。確かに子供の頃は恨んだ時もあったけど、忙しいのに時々時間を空けて私に会いに来てくれたし、育ててくれた両親はとても優しい人で私を本当の家族として迎え入れてくれた。妹が生まれた時なんてホント凄くうれしかったわよ、私の事をお姉ちゃんって初めて呼んでくれた時なんて周りが驚くほど泣き続けたぐらいよ。
でも今は会う事が出来ない、私たちが暮らしていた領地も帝国軍に支配されてしまったから……」
私は昔の事を思い出しながら少しだけ涙が溢れてきた。
「……だからね、ミレーナには頑張って領地を取り戻して欲しいのよ。領地を取り戻し立派な公女になってから、この地に再び笑顔が戻るように頑張って欲しいの……。いつか、いつかきっと平和で人々が笑いあえるような国をとりもどして、その為なら私はあなたを守るわ、例えこの命が朽ち果てようとも。」
話を聞いていたミレーナ達は黙って涙を流してくれた。私はそっと立ち上がりミレーナに近寄ると、ポケットに入れていた布を取り出して顔に近づける。
「ローズ! さ……」
ミレーナは最後の言葉言い切る前に私に寄り添うように眠りについた。
「眠り草よ、疲れと薬のせいで朝まではぐっすりと眠っているはずよ。」
心配するカリナに安心するように伝え、ミレーナを抱きかかえながらベットへと連れていく。毛布を上に掛け最後に一度だけ優しく顔に触れてから部屋を後にした。
翌朝クラウスに騎士達を集合させるように伝え、そこにマスクをつけたまま髪を元のブロンドに戻した私が登場する。
騎士達からざわつきの声が聞こえるが私の一言で一斉に静まり返った。
「聞きなさい、勇猛なるウエストガーデンの騎士達!」
私は騎士達の前で初めてマスクを外し素顔をさらけだす。
静まり返った騎士達が今まで以上の驚愕の表情で騒ぎだした。
「私の名前はリリーナ・ウエストガーデン、ウエストガーデン公爵家の第一公女である。今よりあなた達に最後の命令を与えます。妹の、ミリーナの為に全ての力を貸して! そして再びこの地に笑顔を取り戻す先兵として戦い抜いて! これより私が三千の敵兵を殲滅しに行きます。あなた達は生き延びた敵兵の駆逐に全力を尽し、これに勝利しなさい! そして……、そして今この場の出来事を全て忘れなさい、例え家族兄弟であったとしても生涯他言しない事を誓いなさい。これが私からの最後のお願いよ、みんな妹の事をよろしくね。」
私は最後にそう言うと一人城門の方へと向かっていった。
「待ってください俺逹もついていきます。」
アドルやクラウス、大勢の騎士達が私の行く手を塞ぐ。
「ダメよ、命令は伝えたわ、あなた達はあな達の役目を真っ当しなさい。死ぬのは私一人で十分だわ。」
「リリーナ様私もご一緒します。」
「ダメよカリナ。あなたはミレーナの掛け替えのない友達なの、私がいなくなった後、誰があの子の支えになるというの? お願いだから私を困らせないで。」
言いよる騎士達を全て振り払い用意していた馬へと跨る、すると一人の男性が馬に跨り近づいてきた。
「何をしているのよ準、誰も付いてくるなと言ったはずよ。」
「拙者は騎士団の一員ではござらんので、先ほどの命令は聞けぬでござる。」
「だからってあなたを連れていく理由にはならないわ、これから行く先は確実な死が待ち受けているのよ。」
「ならば尚の事、死の世界までご一緒させていただき申す。それに貴殿には拙者と妹を助けて頂いたご恩がござる、更にミレーナ殿の姉君とあらば我が命を賭けるのに何の問題がありましょうぞ。」
「あなたって人は……」
「後の事は妹に託したでござる、我は我の戦いをするまででござるよ。」
「……分かったわ。ごめんなさい、こんな戦いに巻き込んでしまって……最後は一緒に盛大に暴れてやりましょう。」
これが私の最後の戦い、リリーナでもブラッディーローズでもないただ一人の名も無き戦士の戦い。例え歴史にその名が残らずとも、ただ愛する妹の為にこんなバカが一人ぐらいいてもいいのではないか、私たちはたった二人で三千もの敵軍の中へと向かっていった。
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