第2話 反撃の狼煙

「お嬢様、お食事の準備ができましたよ。」

私が早朝の訓練をしているといつものようにカリナが呼びにきた。


「ありがとうカリナ、すぐに行くわ。」

訓練用の槍を片付け、軽く汗を拭ってから皆んなが待つ食卓へと向かう。


私たちが公爵城から逃げ出してからそろそろ一年が経とうとしていた。

あの日の出来事は今でも鮮明に思い出せる。絶体絶命かと思ったその時、死んだと思っていたアドルと漆黒の闇から現れた不思議な女性、ローズさんに助けられ無事に生き延びる事が出来た。

アドルから聞いた話では私たちと別れたあと、敵兵を撹乱させながら逃げていたところをローズさんに助けられたという。

彼女がいなければ恐らく誰一人として今この場に生きている事はなかったであろう。


その後私たちはローズさんの示す場所、魔境の森と言われる昼間でも暗闇に包まれ、魔獣達が住まうと言われている森の中へと逃げ延びる事が出来た。

そこで目にしたのがここ、遥か昔の時代に忘れ去られた古い古い砦だった。


砦は一部が崩れたり内部に雨漏れなどがしていたが、砦本来の機能としては十分使える状況だったので、私たちはここを拠点に生きて散りじりになった騎士たちを集めながら帝国軍へのゲリラ活動を行っている。


本来なら時期を見て何処かの領地に逃げ込むべきなのだろうが、私の人相書きが賞金付きで出回ってしまった事と、この一年でレガリア王国の地は全て帝国兵に抑えられてしまったからだ。


このレガリア領土と帝国領土の防壁と言われていたウエストガーデンが落とされた事で、一気に帝国軍が国内に押し寄せて来てしまった。

それでも当初は北のノースランド公爵軍が奮闘していたが、最北の国ドゥーベ王国がこの機に突如攻め入って来てしまったのだ。もともとドゥーベ王国とは長きに渡って争いごとが絶えず、ノースランド公爵家の軍事力で長年抑えこんできた。ノースランド公爵家が王国最強と言われたのはこのドゥーベ王国の存在があったからなのだが、帝国軍とドゥーベ王国の両方に攻め入られては王国最強と言われたの騎士団でも防ぎきれず、遂には陥落する事となった。


レガリアで最も戦力のある二つの領地が陥落した事で各地の諸侯は息きを潜め、無条件降伏や寝返る領地もでてき、東のイーストレイク領、南のサウスパーク領も陥落。そしてついに王都まで陥落したと報告を受けたのが二ヶ月ほど前の事だ。

今では各地で生き延びた騎士団や他の公爵家の血を引きし者達が、反帝国活動を行っていると噂されている。




「おはよう皆んな。」

私がいまだ笑顔でいられるのはここにいる皆んなとローズさんのおかげ、こんな私の為に集まってくれた元ウエストガーデンの騎士達。当初は私とローズさんを含めてたった5人だったのに、今では騎士や使用人達を含め100人近い人々が集まってくれている。


「ローズさんからまだ連絡は来ていないの?」

皆んなに挨拶をしてからテーブルに着くと、カリナが私の食事を運んで来てくれる。

最初の頃は『公女様と一緒ん食事を取るなんて』と騎士達には敬遠されていたが、もともと5人の時から一緒に食事をしていたので、今更一人部屋で食事をとるのなんて嫌だと言って、無理やり食堂で騎士達に混じって食事している。おかげで最近では随分皆んなと仲良くなることが出来た。


「はい、未だ何も。もそろそろ一週間になりますね、あの方の事だから無事だとは思いますが……。」

ローズさんは時々各地の様子を見に行くと言ってフラッと居なくなる。そして持ち帰ってくる情報はどれも今の私たちにとっては重要なもので、おかげでこうやって今日まで無事生き延びる事が出来ているのだ。


「きっと無事に決まっているわ、私より槍の扱いも魔力もすごいんだから。」

相変わらず彼女の事は多くの謎に包まれているが、この一年間で私なりに理解した事もある。

彼女が扱う槍術は紛れもないウエストガーデン公爵家が受け継いだ七星槍術しちせいそうじゅつだった。何でも以前騎士団長のフレドリックから直々に教わった事があったらしく、その後は我流で技を磨いてきたとの事、どうりで私が知っている技とは微妙に異なっていると思っていたのだ。

ただ何故騎士団長に教わる機会があったのかや、彼女の強力な魔法はどうやって学んだのか等詳しい事は教えてもらえず、今はまだ風系統の魔法が扱えるとしか分かっていない。


「ミレーナ様、ローズ殿がお戻りになられました。」

食事をしていたらクラウスが私の元に知らせに来てくれた。


「ローズさんが戻って来たの!? 今はどちらに?」

私は慌てて彼女の所在を確かめる。この一年で私はすっかり彼女の事が心の拠り所になっているのだ。


「公女様がそんなに慌てていたら騎士たちに示しが付かないわよ。」

そう言って現れたのは一人の見知らぬ男性を従え、相変わらず黒を基調とした服に、顔にマスクをつけた黒髪の女性ローズさんだった。


「お帰りなさい、ご無事でなによりです。」

挨拶を済ませ私の前に座ると「お腹減ったー」なんて言って、お行儀悪く机の上に倒れこんできた。

この一年でもう一つ彼女の事でわかった事がある。それは戦いの時や訓練の時にはとても凛々しく美しさすら感じられるっていうのに、それ以外の時は何処か子供じみた行動や、私たちに甘えるように体をすり寄せてくる。その姿を見るとついついギュッと抱きしめたく感じてしまうんだから本当に不思議な人だ。

兎に角スイッチのオン、オフの入れ替わりが激しいのだ。出会った頃は年上かと思ったが、オフの時はこれで私と同じ17歳なんだろうかと思えてしまう。

カリナなんて『お嬢様が二人に増えた!』ってしょっちゅう愚痴を言っているわ、私はそこまで甘えていないわよ。

まぁ結局彼女のこの性格のおかげで、この砦にいる人は誰一人としてマスクで顔を隠している事を怪しんだり、その強い力を恐れられたりする者はいないんだけどね。


私たちの様子を見ていたカリナ達炊事班がローズさんともう一人の男性の為に食事を運んで来てくれる。

一体この男性は誰なんだろう? ローズさんが連れてきたのだから悪い人ではないんだろうけど、私には全く面識がないし、何より彼が着ている服からこの国の人物ではない事が見てわかる。


「あぁ、ごめんミレーナ、紹介しておくね。こちら東の島国から来たじゅんさん、ちょっと成り行きで助ける事になってしまったら、恩返しがしたいと私に付いてきちゃったのよ。」

私が不思議そうに男性の事を見ていたのに気付いたのか、ローズさんが私に男性を紹介してくれる。

東の島国って言えばパングージの事よね? 我がウエストガーデン公爵家にもあの国の王族の血が流れていると聞かされている。詳しくは知らないがウエストガーデンと領地名が変わる前、たしか伝説の聖女様がご健在より少し前の時代に、パングージの王家の方とレガリアの王女様が結ばれて出来たのがこの公爵家だと聞かされている。たしかその時代に呼ばれていた名前がストリアータ公爵家……だったかしら?


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、拙者は東の島国より参ったじゅんと申します。この度は妹を探している道中、帝国兵に捕まり危ないところをローズ殿に助けて頂きました。よって、ご恩をお返しする為に貴殿の軍をお手伝いをしたく無理を言って連れて来ていただいた所存にござる。」

「……へ?」

御猿ゴザル? いやいやそうじゃなくて、恩を返す為だけに騎士団に加わる? ちょっとそれ大げさすぎない? それに気になる言葉も出てきたんですが、ローズさんその怪しいマスクを付けたまま一人で帝国兵に喧嘩を売ったんですか!?


「いやね、私だって断ったのよ。だけど彼の国では受けた恩は必ず返さなければいけないって、ぶ、部美道?」

「武士道でござる」

「そう、その武士道ってのでどうしても私に付いてくるって言うんだもの、仕方ないでしょ?」プンッ

まって、プンッって可愛らしく言ってるけど私と同じ17歳でしょ、そんな態度は通用しないよ年齢だよね。って違うでしょ! そうじゃなくて、そんな理由でここまで連れてきちゃったの!?

仮にもこの砦の事は未だ帝国軍にはバレないよう慎重に行動している。彼をここに連れてきたって事は無理矢理にでもここに止めるか、軍に入ってもらうしか方法がないのだ。


「い、いいんですか? そんな理由で私たちに力を貸してもらっても。それに妹さんを探しておられるんですよね? そちは放っておいても大丈夫なんですか?」

確かに戦力は欲しいが、旅の人? を戦争に巻き込むのは正直気がひける。


「心配は要りませぬ、しずくも今年で16、例え見知らぬ地であろうと立派にお勤めを果たしておりましょう。」

「お勤め? 何か仕事でもするためにこの国へ?」


「如何にも、拙者達兄妹は先祖の盟約によりこの国のストリアータという人物に力を貸すよう主君より仰せつかっておりまする。ですが、誰に聞いてもそのような人物は知らぬと半ば諦めておった所でございます。」

「「ストリアータ!?」」

私の驚きの言葉と、ローズさんの驚きの言葉が見事にハモった。

周りで聞いていたカリナや騎士達は誰一人として心当たりがないようなのに、なぜかローズさんだけがその名前に反応している。

すぐに何事も無かったように振舞っているが怪しさ100倍って所だ。どうせ聞いても教えてくれないんだろうなぁ。


「……たぶんそれ、私のご先祖様の事だと思うけど。」

「なんと! それは誠でござるか。」

私はじゅんに知っている限りの先祖の話を説明した。

この国の四大公爵家は元々違う名前で呼ばれていたらしい、それが変わったのがこの国が聖王国と呼ばれるようになった頃だと言われている。

今では殆どの人が昔の名を忘れてしまっているが、私は公爵家の歴史を叩き込まれた事もあり何となく覚えていたのだ……あの時もっとしっかり勉強しておくべきだったわね。


「ならば尚の事、先祖の盟約により拙者の命貴殿にお預けしたい。」

「そ、そう。それじゃよろしくねじゅん。」

いいのかなぁ、こんな理由で戦争に巻き込んじゃって。




「それじゃ私が集めてきた情報を説明するわね。」

場所を会議室に変え、主要の騎士達を集めてから作戦会議に入る。


「現在私たち同様、反帝国軍の活動をしている部隊が幾つも存在しているのは知っているわね。」

その事は以前ローズさんや他の騎士が持ち帰った情報で知っている。そしてその全てが集まればかなりの軍隊になるだろうと言う事も分かっており、帝国軍も私たちが集結出来ないように各地に検問所を設置し警戒態勢をずっと維持しているのだ。


「今回の旅で分かった事はランスベルト王子が率いる部隊と、ノースランド公爵家のジークハルト公子の部隊が存命だという事。それにバイロン将軍がこの公爵領から東の地で部隊を整えているそうよ。」

『おおぉ』

ローズさんのもたらした情報に騎士達から喜びの声が漏れてくる。

ランスベルト王子とジークハルト公子の存命は大変喜ばしい情報だ、それに何よりバイロン将軍が存命だったという事に騎士達の顔が笑顔に包まれる。

将軍の戦いは若い騎士達も目にしている者が多いだろうし、一年前は真っ先に王都より駆けつけてくれ、最後の最後まで共に戦ってくれた最も信頼の出来る将軍といってもよい。


「遠方のランス様やジーク様と合流するのは難しいけれど、将軍の部隊と合流できれば一気に戦力が上がる事になる。だから私たちはこの森を出て東の砦に攻撃を仕掛けるわ。

あの砦なら魔境の森の近くのせいでそれほど兵の数も多くはないし、将軍が隠れていると思われる森からも近いから、戦いに気付いた将軍もきっと助けに来てくれるはずよ。」

ローズさんの作戦を聞きながら私はふと気になる事があった。他の皆んなは特に気にならないようで誰一人として反応していないが、私は何故か気になってしまったのだ。

ランス様やジーク様? 確かにランスベルト王子は国民から愛されて、よくランス様と呼ばれたりしているが、公子であるジークハルト様は余程親しい人しかジーク様と呼ぶ事がない。

かくいう私も幼い頃より何度かお会いしているが、親しみを込めてジーク様と呼んだ事は一度もないのだ。

それに普段は人前ではほとんど笑顔を見せないのに、今日のローズさんは何処か嬉しそうな表情とさえ見えてしまう。


「ただ今回は今までのように輸送部隊を襲うわけではないから戦力の大半を率いる事になる、だからこの砦の守りが薄くなってしまうので出来るだけ短期決戦に持ち込みたいと思っているの。そこで部隊の大半を全面に展開し、地下の水路より内部に潜入し砦本体の建物を占拠するわ。今後の戦いのために出来るだけ砦自体は傷つけないようにしたいしね。」

私たちが今日まで生き延びる事が出来た最大の理由がこの魔境の森の存在が大きい。現にこの森には数多くの魔獣が存在するし、森の中は知らぬ者が立ち入ってしまえばまるで迷路の状態で彷徨い続ける事になるだろう。それを地元の村や近くの町の人々が知っているため、帝国兵もこちら側を軽視していた節があった。


一年前ローズさんが逃がした帝国兵に南に逃げたと言えと言っていたが、恐らく頭の回る上官ならばそれが嘘だとすぐに考えるだろう。現にあの後帝国兵には全く出会う事なくここまで逃げて来れたのだ。

何故ローズさんがこの森に砦がある事を知っていたのか、何故この迷路のような森の地図を持っていたのかは未だ分からないが、私たちは今ここに生きているのは間違いなく彼女の存在がなければあり得なかったであろう。


この砦の中にいれば魔獣に襲われる事もないし、魔獣達相手に騎士達の実戦訓練にもなる。

そして何より魔獣よけの匂い袋さえ持ち歩けば、遭遇率は一気に下がってしまうのだ。全くどこでこんな知識を学んできたのか一度問い詰めたい気分になるが、下手に彼女の心に飛び込んで私たちの前から居なくなってしまうのは困るので、いつか自ら話してくれる日を信じて今日に至っているという訳だ。


「作戦の決行は明後日の夜明け。夜の内に潜入部隊は水路から潜入し、夜明けと共に本体が砦へ攻撃を仕掛ける事で、敵が本体の対応に当たる過程で手薄になった建物内部を占拠。その後敵の隊長を討ち取る事でこの戦いに勝利するわ。何か質問はあるかしら?」

「内部へ続くという水路は敵兵にも知られているのでは?」

作戦を聞いていたクラウスがローズさんに尋ねる。


確かにこの手の砦には隠し通路や水路のような物が存在する事が多い。

だけど当然の事、守る側もその辺りは警戒しているに違いないし、何より何故ローズさんは水路があると知っているのだろうか?


「あの砦は元々この魔境の森を監視するために作られた物でね、魔獣に襲われてもいいように岩山に囲まれ守りが堅くなっているせいで、昔は水の確保をするために岩山の裏まで水路を繋げたらしいのよ。今は湧き水が出てきたおかげで使われなくなったらしく、脱出路として入口と出口をカモフラージュしているって話よ。」

あれ? そう言えば昔そんな話をお父様から聞かされたような気がするけど……ん〜、よく思い出せないわ。

それにしてもローズさんは誰からこの話を聞いたのだろう? お父様とお母様の事を知っていると言っていたからどちらかに聞いたのか……でも両親がそんな機密事項的な話をするかなぁ?


「それで潜入部隊は誰が?」

最後にアドルがローズさんに尋ねる。


「潜入部隊は私を中心とした騎士で構成するつもりよ。志願する者がいれば言って、ただかなり危険な任務になる事だけは覚悟しておいて。」

騎士たちはお互いの顔を見合わせながらかなりの者が手を挙げていた。ローズさんって結構騎士達からも慕われているのよね。

私も思わず手を挙げようとして、カリナとローズさんが鋭い目で注意してきた。

はいはい、分かっていますよ。公女である私が最も危険と言われている場所に行くわけには行きませんものね。

この一年間で私は自分のやるべき事を嫌と言うほど思い知らされた。両親や領地の為に死んでいった者達のために、私は決して死ぬ事は許されないのだ。


この後ローズさんが挙手した中から潜入部隊を選別し、事細かく作戦の内容が話合われた。

潜入部隊に選ばれたのはローズさんを中心に、アドルさんと準さんを含め10名程の騎士とカリナが加わる事となった。

潜入や不意打ちはカリナが最も得意とする分野だが、まさか私ではなくローズさんに付いていくとは正直驚いた。本人はただ自分のやるべき事をやるだけだと言っていたが、少しだけローズさんに嫉妬してしまった自分がいた。

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