第3話 少女達の初陣

「……それじゃ今から潜入するけど………カリナ、本当にその姿でいいの?」

これから私の指示のもとに砦へ潜入するのだけど、一人だけ場違いの姿の子がいる。

いや、私だって黒系の服ってだけで鎧すらつけてはいないけど、彼女の服に比べれば遥かにマシではないだろうか。


「問題ございません。このメイド服にはいろいろ仕掛けが施されており、逆に服が変わってしまえば何処に暗器を仕舞ったかが分からなくなってしまいますので。」

「……そ、そうなのね。」

ん〜、敵もまさかメイドさんに襲われるなんて考えてないだろうなぁ。いや、中には喜ぶ敵もいるかもしれないわね。

こんな時にどうでもいい事を考える余裕があるのだから私も随分成長したと思う。


一年前、皆んなの反対を押し切ってミレーナの元へと駆けつけた。

結局お父様とお母様を助ける事は出来なかったが、何とか妹だけは救い出す事に成功した。でも思いの外帝国軍の支配展開が早く、結局皆んなの元へ帰る事が出来なくなってしまった。

それでも、ランス様とジーク様が無事と分かっただけでもよかったわ。


ミレーナにはあんなに偉そうにしておきながら、実はこれが私の初陣でもある。

ただあの子と私の違いは実戦経験があるかないか。今まで地方の魔獣退治やドゥーベ王国の動向を探るお手伝いをしていたから、それなりの経験を踏んでいるだけ。

あぁ、そういえばあの子との違いは他にもあったわね。昨日の作戦会議にこの砦の説明をしていた時、あの子ったら自分が知らない事を私が知っているもんだから不思議そうな顔をしていたけれど、あれは単純にしっかりと勉強していないだけでしょ。お父様達はちゃんとミレーナにも教えてあるって言っていたのだから。

機会があれば一度徹底的に歴史や領地の勉強を教え込まないといけないわね、仮にも次期公爵の座があの子には待ち構えているのだから。




裏の岩山の陰に隠された入口より入り砦の地下まで無事に潜入する事が出来た。残るはこのカモフラージュの土壁を動かせば中へと入る事ができる。


「行き止まり……ですね。」

カリナが独り言のようにつぶやく。


「待ってね。」

私は以前お父様より伺った方法で横壁に隠された杭を引き抜く。

この杭は土壁が動かないようにするためのくさびで、扉の両方から抜き差しできるように工夫されている。後は騎士達に手伝ってもらい土壁の扉を横にスライドさせていく。


「こんな仕掛けが……」

「どうせあの子の事だから覚えてないんでしょ?」

私はカリナにだけ聞こえるように話しかけた。


「そう見たいですね、お嬢様はお勉強がお嫌いでしたから。」

少しだけ苦笑しながら私に答えてくれる。

カリナは私の正体を知る数少ない人物でもある。

一年前ミレーナ達を助け魔境の森に隠された砦にたどり着いた後、カリナだけは私の事を警戒していた。

まぁ自分で言うのもなんだがマスクを付けた知らない人に命を助けられたからといって、大事な主を守る者としては警戒しざるを得ないだろう。

そでれも信頼してもらえるようにさり気なく努力していたのだが、私は彼女の隠密スキル……いやこの場合メイドスキルと言った方がいいだろうか、完全に甘く見過ぎていた。ある日私の替えのマスクを洗濯するといってその時付けていたマスク以外全てを取り上げられてしまった。その時点で罠にハマっていたのだが、彼女は大げさにも泥の水をワザと躓いたフリをして私にブッ掛けてきた。

至近距離でそれを遣られた為に躱す事もできず私は見事に頭から泥水をかぶり、その後無理やり湯船へと追いやられてしまった。

後は良くあるラッキースケベ……コホン、偶然を装ってマスクを外したいた私の浴室へと入ってきて、素顔を見られたという訳だ。


カリナの話では前々から私の顔がミレーナに良く似ていると気付いており、公爵家の所縁のものではないかと模索していたらしく、敵としての認識ではなく、あくまでも主に仕える者として私の正体を知りたがっていたのだとか……。

両親を失ったばかりのミレーナに、公爵家の血を引く身近の存在がいるという事を教えたかったのだと言っていた。


でも流石に私の顔がミレーナとそっくりな事には驚いたらしく、魔物の類ではないかとその場で短剣を抜き出し思いっきり警戒された。結局仕方がないので私の出征の秘密から、今まで何処で暮らしていたのかまで洗いざらい喋らされる事になったのだが。おかげでそれ以来カリナはさり気なくだが私の事をミレーナと同じようにお世話をしてくれるようになった。

それにしても「そのマスクは怪しすぎます」と言われても仕方がないじゃない、ミレーナとは双子なんだからマスクをつけていないと一発でバレてしまうんだもの。


***************


「そろそろ時間ね。」

私たちは近くの森に身をひそめながら砦の様子を伺っていた。

今頃ローズさん達潜入部隊が砦内部に潜入している所であろう、私たちの役目は建物内部から城壁へと敵をあぶり出す事である。

そしてこの地で一番の賞金首である私が顔を晒す事で、出陣してきた敵を森に隠れた伏兵が弓矢で攻撃する手配となっている。


現在私の元へ駆けつけてくれた騎士は約80名、潜入部隊に10名駆り出されているからこの場にいるのは70名ほどとなる。

このうちの30名を伏兵とし、クラウスを含めた残りの40名で砦へと攻撃を仕掛ける。


「さぁ、行きましょう。」

私は馬に跨り20名の騎馬隊と20名の弓騎馬隊と引き連れ進軍した。


***************


「ここは……牢屋、ですか?」

「そうみたいね。内部の構造までは余り詳しくはないけど、多分ここは地下だと思うわ。」

幸いここに敵兵はいないようだけど、慎重に行動するに越したことはない。私たちは足音を殺しながらあたりの様子を伺う。


「ローズさん、牢屋に誰がが入れられている。」

アドルが私に耳打ちしてくる。それを聞いた私は警戒しながら一つの牢屋に近ずいていく、中には変わった服を着た一人の女性が頭を下げ、力なく座り込んでいた。

って、これってもしかして。


「声を出さないで話を聞いてくれる?」

私は牢屋に入れられた女性に小さな声で尋ねる。すると一瞬ビクッと驚き、こちらにゆっくりと顔を向けてから小さく頷いてくれた。


「あなたもしかしてしずくさん?」

女性は驚いたように目を見開き大きく頷いた。


「ちょっとまってね。」

私は近くにいた騎士に、一緒に来ているじゅんを呼んでくるように頼む。しばらくしてから足音を殺しながら準が来ると、先ほどの雫と同じく大きく目を見開き驚いていた。


「妹さんに間違いない?」

私が準に尋ねると兄妹そろって大きく頷いた。


「ローズ様、牢の鍵がございました。」

こういう時カリナの存在は大変助かる。すぐに何処かにしまわれていた鍵を探し出し私たちの所へと持ってきてくれた。

音を立てないように鍵を開け雫を救出すると、感動の再会で兄妹抱き合うのかとワクワクする気分で見守っていると。


「助けに来るのが遅いです兄上!」

「こんな所で囚われているなど知らなかったでござるよ。」

「そこは兄ならば分かって当然でございましょう、そもそも兄上が急にいなくなるからこうなってしまったのですよ!」


「ちょ、ちょっと、こんな所で兄妹喧嘩なんてしないでよ。」

小声とはいえ、このままじゃヒートアップして気付かれてしまうかもしれないので素早く仲裁にはいる。


二人は『もうしわけない(でござる)』と今の状況を思い出したようで、素直に謝ってきてくれる。

私はざっと今の状況を雫に説明すると、「それなら私もお手伝いさせて頂きます。」と戦いの参加をかって出てくれた。

幸い彼女の刀が地下に置かれたままだったので丸腰という事はなくなったが、私より一つ年下の女の子がいきなりの実践って大丈夫なのだろうかと心配していたが、二人の話では其れなりに戦いの経験があり、足手まといにはならないとの事だった。

少々不安が残るが、私たちは外からの合図が来るまでこの場で待機する事にした。


***************


全く、なぜ貴族の俺がこんな辺鄙へんぴな地の砦を守らなければならない。

今回の戦争で同期の貴族達が実に美味しい思いをしているというのに、俺に割り振られた任務は南の地にある小さな砦の防衛。

何故こんな何もないところに砦があるのかは知らないが、こんな場所じゃ武勲なぞ上げようがないではないか。


唯一の救いは補給班に脅しをかけて送らせた豊富な物資と食料、そして今飲んでいるワインのおかげで悠々自適に暮らせてはいるが、ここには女っ気が全くない。

先日捕まえたガキはやたらと騒ぎ暴れまくるのでしばらく牢屋にブチ込む事にした、2・3日もすれば向こうの方から泣いて謝ってくるだろう。

人知れずその日が訪れるのを心待ちにしていると建物の外が急に騒がしくなってきた。


「隊長、南方に敵兵です!」

慌てた様子で一人の兵士が飛び込んできた。


「敵だぁ? どうせその辺の農夫達か何かだろう、適当に弓矢であしらっておけ。矢は豊富に取り揃えてあるからな。」

「いえ、それがどうもレガリア軍の生き残りと、先頭を仕切っているのが指名手配の公女によく似た女性なのです。」


「なんだと! それは本当か! 敵の数はどれぐらいだ。」

これは俺にもチャンスが巡ってきた。たしかこの領地の公女は未だ捕らえられていないと報告を受けている。ここで生け捕りないし、その首でも取れれば国で俺の地位は安泰したといってもいい。


「おおよそ40名ほどかと。」

おいおい、これは俺に捕まえてくれと言っているようなものではないか。今この砦にいる兵は100名ほどだ、守りに20名ほど残したとしても敵の倍の数で圧倒できる。


「おい、ただちに80名ほど率いて女を捕まえてこい。いいか、女は殺すなよ。」

別に公女の生死は問われていないが、引き渡す前に少しぐらい楽しんだって誰も文句わ言わねぇよな。

グヘヘヘ今から今夜が楽しみだぜ。


今夜起こる思いを頭に浮かべながら再びワインに手を伸ばした。


***************


「派手に行くわよ。」

砦を前にした私たちは全面に盾を携えた騎馬隊を展開し、その後ろから弓騎馬隊が掃射の構えを取る。


「赤き血、赤き魂、灼熱の王の名の元、紅蓮の炎を持ちて我が前に示せ。赤い火花クリムゾンスパーク!」

ドーン!

私が力ある言葉を紡ぐと、城壁の上空で真っ赤な火球が派手な音を立てながら飛び散った。

この魔法は派手な音と共に多くの火花が飛び散るので、城壁に登っていた敵兵は少なからずどこかに火花が当たって火傷を負っているはず。特に火球の真下にいた不運な兵は、死ぬまではいかないにしろ結構なダメージを負っている事だろう。


「弓騎士、放て!」

すかさずクラウスの指示も元、弓騎馬隊が一斉に掃射する。

敵兵も負けずと弓矢で応戦してくるが指揮するものがいないのか、その攻撃はまばらで全く驚異にならない状況だ。


「ミレーナ様、城門が開きます。」

見れば早速城門が開き、敵の騎馬隊出撃する姿が目に飛び込んできた。


「行くわよ、全軍突撃!」

弓騎馬隊も弓矢から各々武器を持ち替え敵軍に突撃していく。


***************


ドーン!

「合図ね、一階に行ったらすぐに建物の出入口を全て塞いで。一階を制圧したら私達は最上階に向かい城壁に向かって攻撃を開始するわ。雫は私たちのサポートをおねがい。」

素早く最終確認を済ませてから各々予定どうりの行動に移る。


最上階へ向かうのは私と雫、そして騎士の中で一二の弓の腕を持つロジェとイーヴの4人。

足音を殺しながら一階にだどりつくと、運悪く二人の騎士に出くわしてしまった。

片方の騎士が驚きの余り声を上げようとした時、いつの間にか背後にまわっていたカリナが敵兵の口元を押さえながら一撃で仕留め、もう片方の騎士は一言「メイド!?」と喋った瞬間、準の目にも止まらぬ早業で帰らぬ人となっていた。

最後の一言が『メイド』だった騎士と、自分を殺した者がメイドと知らずに息を引き取った騎士と、一体どちらが不幸だったのか。


その後的確に、そして確実に一階にある各部屋を全て制圧したのを確認してから私たちは上えと向かっていった。

この建物は4建てで、最上階の部屋のみテラスがあり部屋の面積が小さくなっている仕組みのようだ。最上階にたどり着いた私たちは静かに一つづつ部屋の中を確認しつつ最後の一部屋で動きを止める。


私はハンドサインで部屋の中に誰かがいると合図をする。最上階の部屋にいる人物なんて限られてくるが、まさか隊長クラスが戦いの最中悠々と部屋に篭っているとも考えられない。という事はよほど上の地位の人物か、もしくはただのバカかのどちらかだ。

突撃の合図と共に私と雫は部屋へと駆け込み、ロジェとイーヴは入り口から他に誰もいないか警戒しながら弓矢を構える。


パリーン

「だ、だれだ貴様ら!」

男はそっさの事で持っていたワイングラスを足元に落とし、首筋に私の槍と雫の刃を左右から当てられて、両手を上げるようなポーズで固まった。


「私の質問にだけ答えなさい、それ以外をしゃべれば首と胴が離れると思いなさい。」

男は怯えながら何度も小さく頷いた。


「貴方はだれ?」

「こ、この砦を……た、た、ただ無理やりここに連れて来られた一般人だ。こ、ここで隊長の振りをしていれば良いと言われただけで、け、け、決して騎士なんかじゃない。本当だ、信じてくれ。」

明らかに嘘だとわかる内容だが、万が一本当に一般時なら後味が悪すぎる。

脅しをかけるように槍の刃を深く男の首筋に押し込める。


「嘘じゃない! 嘘じゃないんだ!」

男は更に必死に訴えてくる。私は槍の刃を少し引くが雫は逆に強く押し当てて、首にできた赤い一筋のから血が滲み出てきた。


「ローズさん、この男の言う事はデタラメです。私はこいつに無理やり体を奪われそうになりました、こいつがこの砦を仕切っている隊長です。」

それまで黙っていた雫が刀を持つ手に力を入れて言ってきた。


「な、な、何でお前がここにいるんだ!?」

男は雫の顔を見るとますます顔色が真っ青になっていった。

雫がどういう経緯で捕まり、なぜ牢屋に入れられていたかを聞いている時間がなかったが、つまりは無理やり女性の体を弄ぼうとし、抵抗されたから大人しくなるまで牢屋に閉じ込めていたと言ったところだろう……全く自分の身が可愛さに、部下を見捨てて一人だけ助かろうと騙したりして、どこまで卑劣な男なんだろう。


「いいわ、この男の事は雫に任すわ。殺さないようにいたぶってあげて。」

警戒していたロジェとイーヴは、この男以外に誰もいないと確認してから素早く持っていたロープで縛り上げてから床に転がした。


男を雫に委ね私たちは早速最上階の窓辺から城壁に向かい攻撃を仕掛けた。


***************


「敵は私たちより大群よ、ここは一旦森の中へ逃げ込んで! 全軍退却!」

数刻の間、敵と武器で交えてから大声で騎士達に告げる。

私は軽く目くらまし用の魔法を放ち、それを合図に一斉に騎士達が退却を開始する。


後方から「追えー」や「逃すなー」等と聞こえてくるので、上手く陽動に引っ掛かってくれたようだ。

私たちは敵の騎馬隊と一定の距離を保ちつつ、森の奥へと続く細い道を駆け抜けていく。

敵が森の入口からすこし奥に入った事を確認し、隠れていた弓騎士達が狙いを定めて一斉に掃射した。



「罠だ!」

敵の誰かがそう叫んだ。だけどその時はすでに遅く、第二射、第三射と次々敵の騎士達が落馬していく。

私たち騎馬隊は一気に方向転換し混乱している敵部隊へと突撃する。


目の前に迫る敵兵が私に向かって剣を振りかぶってくるがここは素早く刃で受け止め、槍を回転させるように剣を流し、更に逆の柄部分で剣を弾く。そしてそのまま数回槍を回転させていくと刃から突如炎が立ち上った。


ほとばしれ!」

私は掛け声と共に槍の刃を突きつけるが敵はかろうじて剣で受け止める、だが刃に灯った炎は受け止めた敵兵ごと焼き尽くそうと襲いかかる。

私が最も得意とする七星槍術しちせいそうじゅつ技の一つ、紅蓮槍ぐれんそう


七星槍術は本来魔法と技を組み合わせた魔法槍技まほうそうぎ、七つの技と二つの奥義が存在し、それぞれ風系・炎系・無属性系の三種類の技に分かれている。

私の場合最も破壊力が強いと言われている炎系の技を得意とし、逆にローズさんが得意とする風系の技は正直とても実践で扱えるようなレベルには仕上がっていない。


敵を一人倒した後にクラウスが私のカバーに入り一時後退する。


いつやぞの戦いとは違い、敵の姿はハッキリと見える今なら魔法を命中させる事は他愛もない。私は素早く魔法の詠唱に取り掛かる。

「凍てつく氷の女王、その身に高貴なるベールを纏いて我が前に示せ。鋭き氷柱アイシクル!」


何本もの先端が鋭く尖った氷柱が敵兵が密集しているど真ん中に突き刺ささり、更に後方回り込んだ弓騎士達が各々の武器を持って退路を塞ぐ。

細い森の道で両方から攻撃を受け敵兵は慌てて森の中へと逃げ込むが、木々の間に仕掛けた黒く染めた縄に馬の足をとられ次々と落馬していった。


「一気に駆逐しろ!」

クラウスの一言に馬上から鋭い槍や剣が振り下ろされ、馬に乗っていない弓騎士が逃げ出す敵兵を後ろから剣や弓矢で仕留めていった。


最後の一兵を討ち果たした時ようやく私たちの圧勝だった事に気づく。

戦いの最中何名かの敵兵は逃したようだがそのほとんどが命を落とし、辛うじて命のあるものもとても戦える状態とは言えない様子だ。


「状況は?」

「負傷者は数名おりますが死亡者はおりません。それに怪我の具合もどれも軽微なものです。」

クラウスにこちらの被害状況を確認し、死者がいなかった事に一安心する。

騎士たちはこの一年間で魔獣相手に実践を積んできた。逆にこんな地方の砦にいる兵士など戦争中とはいえ体でも鈍ってでもいたのだろう、私が相手にした兵士もたいした脅威ではなかった。


「すぐに砦へと向かうわ、騎馬隊は私と共に着いてきて。残りの者は生存者の縛り上げと使える武器や馬の回収を。」

死者から身ぐるみを剥がすのは礼儀に反するが、武器や防具それに馬など補給が受けられない私たちにとっては貴重な資源となる。

武器や防具は一旦鉄に戻してから加工すればいいし、馬はどうしても消耗品となてしまう。

これから領土を取り戻すためには自分が望まぬ事でもやらなければならないのだ。


***************


「連なる風よ、その刃、聖なる風となりて大気を斬り裂け。連なる烈風ウインドラッシュ!」

鋭い剣のごとく、何本の風の刃が城壁から反撃している敵兵を切り裂く。


城壁は前後から攻められても階段さえ登られなければ優位な戦いが出来るが、攻城兵器や上空からの攻撃にはめっぽう弱く、更に今までの優勢順位が一気に変わってしまう事から兵士達は浮き足立ち、戦術が疎かになってしまう場合がある。

ここで優秀な指揮官でもいれば兵士たちを鼓舞し体制を立て直す事もできただろうが、肝心の指揮官は先ほどからこの部屋の隅で簀巻きとなって転がっている。

もっともこんな男がこの砦の隊長では兵士たちに同情すら感じてしまうが。


「ローズさん、砦に残っているのは20名ほどだそうです。」

転がっている隊長を雫が刀で脅して聞き出してくれたようだ。


「ありがとう、建物の中で2名と城壁の兵を10名ほど仕留めたから残りは10名以下ね。」

私はロジェとイーヴと共に攻撃を続けていると砦の外から騎士団達の叫び声が聞こえて来る。予定通りミレーナ達が勝利しこちらに戻って来てくれたのだ。

私は攻撃を止め、簀巻きになって転がされている隊長を連れてテラスへと出て行く。


「帝国兵よ、貴方達の隊長は捉えたわ。無謀にも出陣した騎士団が全滅した事は、城壁の外を見れば理解できるでしょう。私たちはこれ以上の戦いを望まない、命が惜しければ速やかに武器を捨て投降しなさい。」

敵の隊長を城壁から見える場所に立たせ、大きな声で投降を呼びかける。

数刻の後、どこか焼け焦げた様子の数名の兵士が、両手を挙げて城壁の外に並びだした。


***************


ローズさん達潜入組が城壁の入口を開き私たちを迎え入れてくれる。初戦の戦闘に勝利した事から騎士達の顔から笑顔があふれていた。


「お疲れ様。」

「ローズさんもご無事で何よりです。」

ローズさんが真っ先に私に声をかけて来てくれたので、私も飛びっきりの笑顔でその言葉に答える。

ただ隣に寄り添うカリナの姿に少しだけ心にモヤがかかったような感じがしたが、その気持ちを私は無理やりしまう事にした。


「状況はどうなりました?」

「砦内はすべて掌握したわ、こちらの被害はゼロ、けが人もいないわ。あと地下牢に囚われていた準の妹の救出と、敵の隊長とおぼしき人物もとらえているわ。」

分かりきっていた事だけど危険な潜入をたった10人程度の騎士だけで、それも被害ゼロで砦をほぼ無傷で制圧してしまうなんて……私なんかよりローズさんがこの騎士団を指揮したほうが余程いいのではないかと思えてしまう。


「どうしたの? 疲れた?」

私の浮かない顔にローズさんが心配そうに訪ねてきた。

あぁ、彼女はもうスイッチがオフになっているんだ。私を妹を見るような顔で色々気遣ってきてくれるが、それが今の私には何故か鬱陶しく、心に何か黒く嫌な物が広がっていくのが感じられた。

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