夜明けのレガリア ―光と影の双子の公女―
みるくてぃー
第1話 別れと出会いは突然に
「雨になりそうね。」
部屋の窓から見える空には、西から近づいてくる黒い雨雲が見て取れる。
私、レガリア王国ウエストガーデン公爵家の一人娘、ミレーナ・ウエストガーデンが窓の外を見つめながらここ数日で起こった出来事を思い浮かべる。
事の始まりは5日前、かつてより軍事力を拡大していた帝国軍がレガリア王国に向けて進軍を開始した。
このレガリア王国は国土の中央部に王都を築き、周りを4つの公爵家が取り囲むように守られている。
東を天弓の聖戦士 イーストレイク公爵家が守り、
西を星槍の聖騎士 ウエストガーデン公爵家が守り、
南を光杖の聖賢者 サウスパーク公爵家が守り、
北を聖剣の聖剣士 ノースランド公爵家が守っている。
帝国領に隣接しているウエストガーデン領は直ちに国境沿いに騎士団を展開、お父様も公国に伝わる星槍を携え出陣。さらに2日後には王都からバイロン将軍が率いる先鋒隊も到着し守りは完璧だと当初は思われていた。
このレガリア王国にはかつて伝説の聖女と呼ばれている方が残した、聖戦器と呼ばれる五つの武器が存在する。
一つはイーストレイク公爵家が所有する 『天弓 アルジュナ』
一つはウエストガーデン公爵家が所有する 『星槍 スターゲイザー』
一つはサウスパーク公爵家が所有する 『光杖 ユフィール』
一つはノースランド公爵家が所有する 『聖剣 アーリアル』
そして最後に王家が所有する『神剣 エルドラム』
私のお父様はそのうちの一つを継承する四大公爵家の一人、星槍スターゲイザーと呼ばれる光り輝く槍を継承する聖騎士でもある。幾ら強大な帝国軍とはいえ、決して遅れをとる事など考えられなかった。
現に並み居る大軍を父と将軍の部隊は見事に押さえ込む事が出来ていた。後は、王都より本体が到着すれば一気に押し返す事が出来るだろうと誰もが思っていたのだ。
しかしその思いは見事に砕かれる事となる。突如ウエストガーデン領の第二陣として準備を進めていた叔父のグレアム卿が反乱を起こし、父が率いる公爵軍とバイロン将軍が率いる王国軍が後方からの攻撃を受け壊滅。
父と将軍は何とか生き延びた騎士達をまとめ上げ、公爵城に戻ってきたのがつい数時間前の出来事だ。
父と将軍は公爵城にもどるなり、守り用に待機させていた騎士団を引き連れ再び戦場に向かわれた。
叔父の反乱軍と帝国軍は、王国軍の本体が到着するまでにこの地を占領するつもりでこちらに向かっていると言う。
だけど籠城するにも大半の騎士は先の戦場に駆り出されており、公爵城に残っている騎士はほんの僅か。叔父が率いる軍隊と、大軍を要する帝国兵から守ることが出来るのは難しく、城壁が突破されるのも時間の問題という状況におちいっていた。
「カリナ、私の騎士服を用意して。」
「お待ちくださいお嬢様。まさか戦場に出るおつもりではございませんよね?」
私は普段は公女として華麗振舞っているが、次期公爵として幼少の頃から槍術と魔法を学んできた。正直実戦は経験したことがないため、騎士達のように戦えるかと言われれば答えに詰まるが、このまま何もしないで見ているだけなんて出来やしない。
幼い頃からずっと私のお世話をしてくれているメイドのカリナに、いつも訓練用に着ているいる服を用意するようにお願いする。
「大丈夫よ、私だって自分の立場をわきまえているわ。ただドレス姿だと何かあった時には動き回れないでしょ。」
「……分かりました、すぐにご用意します。」
騎士達や仕えてくれている使用人達を安心させるには、公女である私が普段と変わらない姿を見せなければならないのかもしれないが、いざとなれば私の槍術や魔法で皆んなを守らなければならない。
そのためにはやはりドレス姿より、訓練用の騎士服に着替えておいた方がいいだろう。
「誰か、手を貸してくれ!」
カリナが私の服を取りに行ってくれた直後、部屋の外から男性の使用人達の声が聞こえて来る。
その声が引き金となり、城内を慌ただしく騎士やメイド達が動き回る音が聞こえて来る。そんな慌ただしい中、聞きなれた一人の男性の声が私の耳に届いてきた。
「今の声はバイロン将軍だわ。」
「お待ちくださいミレーナ様。」
カリナやメイド達が止めるのを振り払い、私は部屋を出て声が聞こえた方へと走っていく。
普段なら王女である私が、ドレスのスカートをめくり上げながら走る姿はありえない光景だが、今は誰一人として咎める事はしないだろう、それほど今の状況は緊迫しているのだ。
「将軍!」
「ミレーナ様、このような場所に来られては危険です。」
血まみれの鎧を纏った将軍と、その傍に同じく血まみれの鎧と槍を携えたお父様の姿が見える。
「くっ」
「お父様、お怪我をなさっておられるのですか!?」
「申し訳ございません、私が付いておりながら。」
どうやらバイロン将軍は、怪我を負った父を庇いながら城内まで運んで来てくれたようだ。
すぐにメイドや医師達が父の手当ての為に急ごしらえで用意した敷物に移動させ、血で濡れた服を切り裂いてゆく。
「お怪我の容体はどうなのですか?」
「大丈夫だ……肩を少しやられただけだ。」
お父様がご自身で言う通り、どうやら命に関わるような怪我ではないようで一安心する。
お父様が得意とする槍術は威力はあるが両手が必要なため、片方の腕が使えなくなった時点で戦闘力が一気に落ちてしまうという欠点がある。
バイロン将軍がお父様をつれて戦線を一時離脱した判断は正しいと言える。
「公爵様、ご無事ですか!」
私がお父様の元に辿り着いてからしばらくし、母が慌てて駆けつけてきた。
普段母は、お父様の事を『あなた』と呼んでいるが、公式の場や騎士達の前では『公爵様』と呼んでいる。
「お父様が怪我をなさっておられるんです!」
近寄る母に私は簡単に父の容体を告げる。父の様子を見終えた母は、気丈にも周りのメイドに的確に指示を出していかれる。
「ミレーナ、どう?」
「大丈夫です。傷口だけなら私の魔法で塞ぐ事が出来そうです。」
傷口を確認していた私に母が訪ねてくる。
このレガリア王国にある四大公爵家には、代々王家より受け継がれし聖女の血が混じっているため、生まれてくる子供は強力な魔力を引き継いていると言われている。
そして私自身もウエストガーデン公爵家の公女としてそれなりの魔力を要しており、本来は攻撃系魔法が得意なのだけど、生死に関わるような怪我でなければ傷口を塞ぐぐらいの治癒魔法なら何とかなる。
これでも周りから見れば凄い事らしいのだけど、私の魔法の先生や王都の神官様達は、体力や失った血液などまでも癒せてしまう上級魔法が使えるので、それに比べるとただ傷口を塞ぐ事しか出来ない私の魔法は、ただの応急処置にしかならないと思っている。
私は胸元に両手を合わせ神に祈るようなポーズをとり、かつてこの国を呪いの大地から救ったを言われている伝説の聖女の名を告げ、最後に力ある言葉を紡ぐ。
「聖女アリス様、私にお力をお与くださいませ……キュア。」
すると私を中心に光り輝く魔法陣が現れ、胸元で合わせていた両手を父の傷口にかざすと、少しずつ塞がっていくのは見て取れた。
私が使える癒しの魔法は傷口を塞ぐだけのレベルの低い力しかない。その為、すぐに体を動かしたりすると傷口が再び開いたり、治療する過程で本人の体力を奪ってしまったりと、怪我の度合いにもよるがこの後は絶対安静が条件となってしまうのだ。
「お父様、痛みはどうでしょうか?」
「ありがとう、大分楽になったよ。」
お父様は笑顔で答えてくださるが、それは私を心配させないよう無理に振舞っているようにしか見えない。
「それで戦況はどうなのでしょうか?」
母が今の城の外で繰り広げられている戦況を尋ねられてくる。
戦時中とは言え、つい数時間前までは今日もいつもと変わらない日常を過ごすはずだった。それなのにいざ父の怪我を目の当たりにして、これが現実なのだと思い知らされてしまう。
「間もなく城門を突破され、この公爵城に攻め入られるのも時間の問題かと。」
母の問いに将軍が答えられる、その言葉を意味が私には一瞬理解できなかった……間も無く城門が突破される!?
「ミレーナ、すぐに脱出の準備をしなさい。」
「ですが……」
「カリナ、ミレーナの着替えの準備を、他の者も手伝ってあげて。」
いまだ動揺している私をメイド達に部屋へと連れられていく。
カリナが先ほど用意してくれていた服に手早く着替え、別のメイドが私の宝石箱から余り目立たない物を選び袋に入れ私に持してくれる。
つまりこれは、しばらく身を隠すための資金にしろと言う事だろう。
頭では理解できていても心が付いていかない。さっきまでは自分も一緒に戦うとか言っておきながら、何て言う
それに比べてカリナや他のメイド達は今自分達が出来る精一杯の事をやっている。私は本当の意味で覚悟すらできていなかったのだ。
私の脱出の準備が整い、場所をお父様達が最後の場所にと定めた玉座の間に向かう。そこには数名の騎士と覚悟を決めた父と母の姿があった。
「ミレーナ、先ほど城壁が突破されたそうよ。間も無くこの城にまで敵兵が押し寄せてくるわ。貴方はすぐにここから脱出しなさい。」
「嫌です、私も共に戦います。」
私は気丈に振る舞うよう、いつも練習用に使っている自前の槍を携え答えるが、槍を持つ手の震えがどうしても止める事ができない。
「ダメよ。辛いでしょうが、貴方は生き延びなければならない。貴方がいなくなれば誰が私たちの意思を継ぐのですか。」
「ですが、お父様やお母様を置いては行けません。私だって戦えます。」
「お願い、言うことを聞いて。」
「でも……」
尚も私が抵抗しようとしたとき、母が優しく抱きしめてきた。
その母の手が私と一緒で震えているのが伝わってくる。それなのに、必死で私を励まそうと笑顔向けてくれる姿に何も言えなくなってしまった。
「……分かりました、必ず助けに来ます。だから絶対に生きていて下さい。」
父と母は私に何も答えず、ただ優しく微笑み返してくれるだけだった。
「クラウス、アドル、ミレーナの事を頼む。」
「「はっ!」」
お父様が騎士の二人に私の護衛を命じられる。
クラウスとアドルは若いながらも将来が期待される騎士と呼ばれており、私にとっても槍術の稽古時に練習相手になってもらったりと心許せる人物でもある。
バタバタバタ
「公爵様、城門が突破されました! 現在一階にてバイロン将軍が交戦にあたっておられますが、突破されるのも時間の問題です。」
一人の騎士が玉座の間に慌てて報告に入ってきた。
「さぁ、急ぎなさい。カリナ、ミレーナをお願い。」
「畏まりました。」
「お母様もお元気で……」
最後にもう一度母に抱き合ってから玉座の後ろにある脱出用の通路へと向かう。
「ミレーナ! 貴方は一人じゃない。……覚えておいて、貴方は決して一人じゃないと言う事を。」
母が私に最後の言葉を告げると同時に、脱出路の入り口が完全に閉じられた。
**********
「すまんなクラリス。」
「お気になさらないでください、公爵家に嫁いだ時から覚悟は出来て入ります。むしろ謝らなければならないのは
「……そうだな。願わくば二人が出会い、互いに支え合ってくれれば嬉しいのだが、それを彼女に頼むのは虫が良すぎると言うもの。」
「えぇ、私たちは決して良い親とは言えませんものね。」
掟とはいえ双子の姉妹を切り離し、生まれたばかりのあの子を手放してしまった事は死んだ後でも悔やみ続ける事だろう。
「結局ミレーナには最後まで言えず仕舞いでしたが、姉が生きていると知ればさぞ私たちを恨む事でしょう。」
「……それが我らの天罰でもあるのだろう。」
「……そうですね。」
バンッ!
玉座の扉が勢い良く開かれ、騎士と共に入ってきたのは公爵様の実の弟でもあるグレアム卿。
「よく来たな。」
「このような形でお会いする事になり残念です、兄上。」
「答えろ、なぜ反乱など起こした。」
「……領民の為……いえ、今となっては何を言ってもいい訳にしかなりますまい。最後は私と一戦にて勝敗を決しましょう。」
「抜かせ、この聖女が生み出しし星槍で己の罪を悔い改めよ。」
玉座から光り輝く槍を携え、二人は部屋の中央で大事する。
「行くぞスターゲイザー。」
公爵様の掛け声に反応し、光り輝く槍がまばゆいばかりの光を照らし出す。
**********
「ミレーナ様こちらです。」
二人の騎士に連れられ森の中を駆け抜けていく。
普段から訓練の為に走り込みをしているというのに、私の息はすでに切れ切れの状態だ。
「お嬢様、お身体は大丈夫ですか?」
カリナが私を気遣ってくれるが四人の中で疲れを見せているのは私だけ。騎士であるクラウスとアドルは分かるが、なぜメイドのカリナまでもが平気な顔をしているかというとそれは彼女の出身地に秘密があり、彼女の生まれた地では幼少の頃より隠密としての訓練を叩き込まれているという。
10歳の頃に私の元に来てくれてからも、メイドの仕事をしながら時には一緒に訓練をしていたりと、一時も離れず一緒に育ってきた数少ない友人でもある。
「大丈夫よ、慣れない道で少し疲れただけ。」
「少し休みましょうか?」
カリナが休憩の提案をしてくれるが、今は出来るだけ遠くに離れなければならない。私一人が疲れたからといって悠々と休んでなんかいられない。
「ありがとうカリナ。でも大丈夫、まだ走れるわ。」
足早に森の中を進んでいく。どれぐらい進んだだろう、あたりが徐々に薄暗くなってきた頃、急に周りがザワつき始めた。
「追ってです、何処かに隠れなければ。」
クラウスがすぐさま対応にあたる。私たちは茂みに身を隠し追ってをやり過ごそうとしていたら、暗闇の方から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「まずい、奴ら犬を使っている。」
犬の嗅覚はこの国でもいろんな用途で使われている。無くしたものを探したり、行方不明の人を探し出したり、逃げ出した人間を追いかけたりと。
すぐに隠れることを諦め急ぎこの場から離れる。だけど隠れていたせいで対応がおくれ、敵兵に私たちの姿を見られることになってしまった。
駆け抜ける後ろの方で、敵兵が何かを大きく叫んでいる声が聞こえる。おおかた『いたぞー』とでも叫んでいるのだろう、だけど心臓が激しく鳴り響く私にはその声の内容が上手く聞き取れなかった。
「くそ、追いつかれる。クラウス先に行け、ここは俺が食い止める。」
「やめろアドル、無茶だ。」
「大丈夫だ、後で必ず追いつく。」
アドルが立ち止まったかと思うと、今来た方へと駆け出していった。
「おい、待て! ……くそ。」
「……ごめんなさい、私のせいで……。」
「……急ぎましょうアドルの好意を無駄にしない為に。」
クラウスは私の問いかけに何も答えず、ただ前のみを見て暗闇の森をかけていった。
「この辺りで少し休みましょう。敵も夜は捜索を中断するだろうし、何より暗闇の森を進むのは危険すぎる。」
小川が流れる川辺の幹でしばらく休憩することになった。
さすがに半日森の中をかけていたのだからクラウスやカリナも疲れきっていた。
幸い激しくない雨のおかげで私たちの匂いが流されたのだろう、あれ以来追っ手に追いつかれる事なくここまで逃げて来れた。
私は履いていたブーツを脱ぎ、足の裏に出来たいくつもの血豆を確かめる。今までは痛いとは思っていたがなるべく気にしないようにしていた、だけど改めて自分の目で見て確認すると、中々酷い有様に思わず我慢していた痛みが急にこみ上げてくる。
「お嬢様、足をどうされたのですか?」
カリナが心配そうに見てくる。私は何もないように隠そうとするが長年の付き合いのせいか、素早く足首を掴まれ血が滲む足裏を見られてしまった。
「こんな足で走っておられたのですか!? 血豆が潰れているじゃないですか、早く傷の手当てを。」
「大丈夫、自分で治せるわ。」
私は小さな声で詠唱してから自らの魔法で治療していく。
治療を終え、傷の痛みがないかを確認してからブーツを履き直すと再び三人の間に沈黙が支配した。
「……アドルのことはごめんなさい。私がいなければこんなことには……」
「ミレーナ様が気に病まれることはございません。私も彼奴も騎士です、主君を守るのは当然の事です。」
「でも、私が……」
「公女! これ以上は我々騎士を侮辱する発言になります。どうぞご自重ください。」
「……。」
騎士の誇り……クラウスは騎士の誇りと言った。でも騎士の誇りって何よ、私一人の命がそんなに大切なの? 両親を見捨て、領地から逃げ出し、今も尚命を狙われ続けている。
たとえこの後逃げ延びたのしても一体私に何が出来ると言うのだろう、いっその事このまま追っ手に身を委ねた方が楽なのかもしれない……。
「……囲まれた。」
私が想いに耽っていると、突然クラウスが手で静止するように合図をしてから小さな声で言ってきた。
クラウスもカリナもすでに臨戦態勢に入っている。私も自らの槍を持って何時でも動けるように態勢を整える。
さっきまで死んでもいいと思っていたのに、いざ死を短に感じてしまうと死にたくないと感じてしまうのだから、まったく見苦しいと自分でも思ってしまう。
「そこに隠れている事は分かっている、武器を捨てて投稿しろ!」
私たちが臨戦態勢で動かない事に業を煮やしたのか、隊長とおぼしき男性が暗闇の中から声をかけてきた。
「カリナさん、敵は何人ぐらいかわかりますか?」
「……恐らく10人ちょいかと。」
クラウスがカリナに小声で訪ねてくる、カリナは少し目を瞑ってから敵の数を言葉に出してきた。
「きついな、早く対処しないと増援が来る可能性がある。」
「……私が囮になりますので、クラウスさんはお嬢様を連れてお逃げください。」
囮? カリナが囮ですって!? 子供の頃からずっと一緒だったカリナが死ぬ……私のせいで一番大切な友達が我が身を犠牲にしようとしている。
両親の時も……アドルの時だってそうだ、もう誰一人として死なせたくない。
公女だから何? 綺麗事だと罵る者もいるだろうが、綺麗事の何が悪って言うの、私はもう何も失いたくないのよ!
「……だめ、そんなの絶対に許さない! お願いだからもう誰も私の前からいなくならないで!」
私は思わずその場で立ち上がり、こんな状況だと言うのに大きな声を張り上げていた。
「お嬢様……。」
「……はぁ……まぁ、いいでしょ。俺もそろそろ逃げるのに飽きてきましたし、
クラウスはそう言うと自らの剣を抜き戦闘態勢にはいる。
「こんな時はありがとうって言った方がいいのかしら?」
私も槍を構えながらクラウスに声をかける。
「出来たらここを切り抜けた後に聞きたい言葉なんですが……。」
「クラウスさん、お嬢様がせっかくお礼を言ってくださっているのに何ですかその言いようは。」
カリナもスカートの下から短剣を抜き出し戦闘態勢にはいる。
こんな時だと言うのに三人とも顔には笑顔が浮かんでいる。
「まぁいいじゃない。さぁ、さっさと片づけちゃいましょ。」
私はすぐさま魔法の詠唱にはいる。
ここは森の中で得意の炎の魔法は使えない。雷の魔法は目立ってしまうし地や風系統はあまり得意ではない。それじゃ残された魔法は……。
「凍てつく氷の女王、その身に高貴なるベールを纏いて我が前に示せ。
私の力ある言葉と同時に、いくつもの尖った氷柱が暗闇にの中に飛んでいく。それをきっかけに暗闇の中から何人もの敵兵が私たちの前に飛び出してきた。
「ミレーナ様は後方支援を、カリナさん左をお願いします。」
クラウスが私たちに指示を出してくる。本来カリナの得意な戦法は背後から迫ってからの暗殺、だけど今は守るための戦いであるため、単独で敵の中に飛び込むのは少々リスクがある。そして私の武器は槍な為、こんな森の中では正直思うようには立ち回れない。ここはクラウスの言う通り魔法で援護をしておいた方がいいだろう。
「
大気中空気を冷やし、何もない空間から小さな幾つも氷の牙が敵を襲う。
クラウスが私の魔法で怯んだ敵兵を斬り伏せすぐに別の敵兵へと対峙する。カリナは迫り来る剣線を短剣で防ぎながら針状の飛び道具で別の敵兵を牽制する。クラウスに比べカリナはこういう戦いは本来向いていないのだろう、二人の敵兵を同時に相手にしないようにする事で精一杯のようだ。
そして私は襲いかかってくる敵兵を槍術で牽制しながら
「くそ、何をもたもたしている! 公女以外は間合いの外から弓で狙え。」
中々倒れない私たちに敵の隊長は焦ったのか遠距離からの攻撃を命じた。
こんな混戦の戦いに弓で狙うなど、味方の兵も巻き込みかねない危険な行為。だけど今はそれぞれが敵兵の攻撃を防ぐので精一杯の状態だ、この上飛んでくる矢の対応まではとても手が回らない。
クラウスもカリナも焦りの表情がとってみれる、私は詠唱を終えた氷の魔法を隊長とおぼしき敵兵に放つが、攻撃を防ぎながらの為狙いがそれてしまう。
「くそっ」
思わずレディーらしくなく言葉を放ってしまう。あとでカリナに叱られるだろうなと場違いの事が頭によぎるが、今はそれすらも喜びを感じてしまう。
「放て!」
三方向から弓兵がクラウスたちを狙う。二人とも力押しで剣を交えている敵兵を牽制するが、明らかに死の匂いが漂った。
「
暗闇の中から力ある言葉が聞こえたかと思うと、突如木々の間を強風が荒れ狂う。その風は鋭い円盤となって二人の兵士を切り裂いた。
「何!?」
「おらぁ! こっちだ!」
先ほど声が聞こえてきた方とは違う暗闇から、一人の騎士が飛び出してきた。
「アドル!」
「おぅ、生きてるかクラウス。」
飛び出してきた騎士は、紛れもない先ほど私たちを逃がす為に敵兵に突っ込んで行ったアドルだった。
「無事だったの!?」
「あぁ、何んとかな。取り敢えず説明は後だ、今はこいつらを何とかしないと。」
アドルが急に参戦したことで一気に流れがこちらに向いてきた。
「何だ今の魔法は! 気をつけろ、まだ暗闇に誰かいるぞ!」
敵兵の隊長が先ほど声が聞こえてきた方向へと対峙する。
「
敵兵が構えた逆方向から再び力ある言葉が聞こえたかと思うと、いくつもの圧縮された矢の羽の形をした風が襲いかかる。
今度は私にもはっきりとその声の主が聞き取れた、今は紛れもない若い女性の声。そう理解した瞬間暗闇から一本の槍を携え、目の当たりを隠すようにマスクを付けた黒髪の女性が飛び出してきた。
敵兵が明らかに動揺しているのがみて取れる、同時に私たちもすかさず反撃に転じる。
カリナが対峙している敵兵をアドルが受け持ち、カリナは大きく跳躍したかと思うと、空中で何本かのナイフを解き放つ。
放たれたナイフはクラウスと私が対峙していた敵兵にそれぞれ命中し、出来た一瞬の隙を私たちは見逃す事はなかった。
槍の先から柔らかな肉の感触が手に伝わって来る。私にとっては初めての経験だが、今は怯えている時ではない。頭を一気に切り替えて別の敵兵へと対峙する。
敵の隊長は先ほどの魔法攻撃で多少ダメージがあったようだが、すぐに体制を整え迫り来る女性に対峙している。
二人の敵兵が前に出て迎え撃つが、女性は手に持つ槍の柄で剣尖を防いだかと思うとその力の威力を利用し、槍を回転させながらすれ違いざまに刃で一人を切り裂いていた。
今の技は!?
「お嬢様後ろ!」
「くっ」
カリナの声で何とか襲い掛かってきた剣線を受け止める、引くにも押すにも出来ない敵兵をクラウスが横から斬り伏せてくれる。
「助かったわ。」
「いえ、中々筋がいいです。」
突如現れた女性の事は気になるが、今のこの流れをつぶすわけには行けない。クラウスと背中を合わせて軽く声を交わした後に再び別の敵へと向かっていく。
「貴様何者だ! 我らを帝国兵と知っての
敵の隊長と対峙する女性、背後には先ほど迎え撃った敵兵の一人が徐々に間合いを詰めている。
「
再び女性が力ある言葉を放つと自身を中心に白い霧が現れた。
背後から間合いを詰めていた敵兵は霧に巻き込まれないよう数歩下がるが、突如霧の中から槍の先が飛び出してくる。敵兵はかろうじて剣で防ぐも大きく後方に飛ばされ木ぶつかりそのまま動かなくなってしまった。
ここに来て私達はようやく敵兵を一掃でき、女性を改めて観察することが出来た。
間違いない、今の槍術は我が公爵家が受け継いでいる『
先ほど槍の柄を軸に回転させ切り裂いた技も『
だとすれば、この女性は公爵家に所縁のある人物だということ?
「くそっ。」
先ほど女性が最後の一人を吹き飛ばしたことで残りは敵の隊長を残すのみとなった。
「どうするこいつ?」
抜き身の剣でアドルが脅しにかかる。
「我らの動きがバレないように殺っておいた方がいいだろう。」
クラウスの言う通り、このまま生かしておくことは私たちの動向を知らせてしまう可能性がある。今まで命をかけたやり取りをしていたのだ、今更
「まって、その前に聞きたい事がある。」
そう言って女性が一人前に出る。敵の隊長は依然として剣を構えたままこちらの様子を伺っているが、その姿は既に先ほどまでとは打って変わり、足は震え剣先も真っ直ぐ構える事すら出来ていない。
「……公爵様と奥方はどうなった。」
「!」
やはりこの女性は私の両親の事を知っている!?
「い、言ったら助けてくれるのか?」
「私たちの事を南の方へ逃げて行ったと本体に伝えるのなら考えてあげてもいいわ。」
「わ、わかった言う事を聞くから命だけは助けてくれ!」
「それじゃ答えなさい、公爵様たちはどうなった?」
「く、詳しくは知らないが、公爵はグレアム卿が打ち取ったって話だ。お、奥方の方はしらねぇ。」
「!っ」
「……そう、もういいわ、武器を置いて行きなさい。」
敵の隊長は何度も転びそうになりながら真っ暗な森の中へと走って行った。
覚悟はしていたことだが、やはりお父様は……。
「よかったのか?」
アドルが剣を収めながら女性に尋ねている。
「私たちの行き先を混乱させるのに丁度いいわ。」
「あの、助けてくださってありがとうございます。」
「気にしなくてい、公爵様と奥方様には世話になった事があるだけ。それより早くこの場を立ち去った方がいいでしょう。」
「私たちに着いて来てくださるんですか?」
女性の言い方に思わず私は思わず尋ねてしまった。改めて女性を眺めてみると私と同じぐらいの背丈で、年も同じぐらいか少し上かといったところ。私の髪は母ゆずりのブロンドに対し彼女は真っ黒の長い髪、そして特徴的なのが顔を隠すためなのだろう、目の周りを服装と同じ黒色のマスクで覆い隠している。
普段なら自分の顔を隠す人なんて関わり合いたくないのだけど、今は物凄く心強い気がする。……いや違うか、なんだろうとても優しい……懐かしい雰囲気に包まれる、そんな気がした。
「……私は以前より公爵様に頼まれていた、もしもの事があれば娘の力になって欲しいと。」
「お父様が!?」
驚きのあまり思わず女性の顔を真っ直ぐ見つめてしまった。女性の目は何処か儚げで、悲しい感じが私にも伝わってきた。
彼女は言った、頼まれていたと。それは護衛の依頼とかではないただの軽い約束程度のものなのではないだろうか、それなのに命をかけて私を守りに来てくれた。
理由を答えろ言われれば困るが、この人は信用しても大丈夫な人だと私の心がそう訴えてきた。
「……そうですか。分かりました、よろしくおねがいします。えっと……」
「ブラッディーローズだ。」
「ブラッディーローズ……よろしくお願いしますローズさん。」
赤黒い薔薇……私はもちろん、クラウスたちも彼女が偽名を名乗っているのは分かっているだろうが、誰一人として尋ね返す事はしなかった。
「それで行き先は北のノースランド領を目指すつもりなんですが。」
ノースランド領、父が最も信頼している公爵家の一つで私も何度も領地に伺った事があり、王国最強の騎士団を要する公爵領でもある。
「いや、あちらはこれから直ぐに戦場となるだろうし、道中身を隠す森などもない。しばらくは領内で身を隠した方がいい。」
「それじゃ何処に?」
「ここから南、魔境と呼ばれる森へ」
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