6

 居並ぶ将軍の中で、もっとも派手な軍服を身に纏い、もっとも多くの勲章を胸に飾った代表者が、応募者たちを睥睨して口を開いた。

 でっぷりと太り、口許にはブラシのような口髭を蓄えている。襟元の階級章は、大将であった。

「諸君! 我が蒸汽帝国軍外人部隊への応募、実に感謝の念に耐えぬ! 我が蒸汽帝国は、首都防衛と国内治安維持のため、諸君らの力を借りたいと思っておる。従って、諸君らの適性を知りたい。諸君らには、希望する部署の適性試験を受けて貰う方針になっている。よろしいかな?」

 将軍はジロリと厳しい視線で、室内の応募者たちを見渡した。一瞬、室内が緊張に張り詰めた。

 が、将軍は、すぐに笑顔になった。

「見るからに諸君らは、腕が立ちそうな、頼もしい面構えをしておる! 我が蒸汽帝国軍も、これで安泰というもの。期待しておるぞ!」

 列の最後尾にいた新庄プロデューサー──今は軍服を身に着け、生まれながらの軍人らしさを現している──が声を張り上げた。

「それでは、応募者全員の適性を知るため、競技場へ案内する! 全員、起立!」

 その声に、室内の応募者たちが立ち上がる。軍隊の規律を学んでいないため、動きは不揃いであった。

 がたがたと椅子を引く音が室内に響き、将官たちは微かに顔を顰めた。多分、訓練を受けた兵士なら、起立の号令に対して一瞬に反応するのだろう。

 ぞろぞろと出口へ向かう列の最後尾に、市川たちは並んだ。

 出口では、応募者たちが希望する部署を新庄に伝えている。新庄はそのたびに、応募者にどの部屋へ向かえばいいか、答えている。

 あの女が新庄の目の前に立つ。新庄は女を見上げ、一瞬怪訝な表情を浮かべた。女は自分の希望を述べた。新庄はすぐもとの表情に戻り、てきぱきと指示をする。女は頷き、出口へと向かっていった。新庄は何事もなかったかのように、事務的な態度を取り戻した。

 市川は、じっと新庄プロデューサーの顔を見詰めていた。新兵にしては、明らかに無遠慮といえる視線である。新庄は近づいてくる市川の顔に、不審の視線を返してきた。

 その顔が驚愕に弾けた。

 まず、真っ青になり、ついで赤くなると、どす黒く変色した。

 視線が部屋の中を忙しく彷徨い、明らかに動揺を隠せない。どっと額から汗が噴き出してくる。

 市川が目の前に立つと、背筋をぴんと立て、そっぽを向いて口の端で喋った。

「希望する部署は?」

「あんた、新庄さんだろう?」

 市川の言葉に、ぎくりと新庄は身を強張らせた。ロボットのようにぎくしゃくと顔を向けると、まじまじと見つめ返す。

「君は……市川君か?」

 洋子が前へ出て、話し掛ける。

「平ちゃん! 思い出した?」

 新庄は、きょときょと落ち着かなく、辺りを見回す。市川はわざと列の最後尾についていたため、背後には誰もいない。将軍たちもすでに退席していて、部屋には市川たち三人と、新庄だけの四人である。

「市川……それに、山田さん。洋子ちゃんか。あんたら、何か知っているのか。この……この状況について……!」

 新庄は見る見る、軍人らしき態度をかなぐり捨て、以前のアニメ制作会社社長らしき物腰を取り戻してくる。

 市川たち三人は、深く頷いた。新庄の瞳が、考え深いものになった。

「ここでは、まずい! おれはこれでも、帝国軍の中佐だ。どこか、人目のつかない場所で相談しようや」

 山田が口を開いた。

「何か、考えがあるのか?」

「うむ」と一つ頷くと、新庄は指先を上げ、廊下の先を示した。

 廊下は長々と伸び、片方は窓になっていて、もう片方の壁には何枚もの扉が、ずらりと並んでいる。

「三つ目のドアが、おれに与えられた執務室だ。入室禁止の札を架けておけば、誰も入ってこられない。一緒にぞろぞろ歩くのはまずいから、後で訪ねてきてくれ。しかし、ここに来たところを見ると、あんたら、帝国軍兵士になるつもりなのか?」

 市川は軽く肩を竦めた。

「そうだ。そうでないと、物語が進行しないからな。軍隊に入るなんて、ぞっとしないが、しかたない」

 洋子も同意する。

「そうなのよ! あたしたち、元の世界へ戻りたいの。そのためには、兵士になる必要があるの」

 もう一度「ふーむ……」と唸ると、新庄は首を振った。一瞬のうちに、決意の表情が浮かぶ。

「それなら、近衛兵に応募するのが、一番いい! 近衛兵は、王族と王宮を守る役目を負っている。実を言うと、おれは帝国軍で近衛部隊の隊長を務めている」

「つまり、近衛兵になれば、あんたの指揮下に入るってわけだな?」

 新庄は市川の言葉に、くしゃっと歪んだ笑いを浮かべた。

「まあな! しかし、そうなれば、色々おれが便宜を図れる。よし、君らの用紙を渡してくれ。おれがサインをしておく!」

 引っ手繰るように新庄は慌しく三人の用紙を受け取ると、手近の机に上体を折り曲げ、胸に差したペンを抜き取り、さらさらと用紙の隅にサインを施した。

 最後に、べったりと判子を捺した用紙を掲げ、にったりとした笑みを浮かべた。

「用紙を持って、装備品の受け取りに行け! そこで君らの装備が揃う。一人前の軍人らしくなったら、おれの執務室に来い!」

 きびきびとした口調になった。新庄の口調は、軍人というよりは、有能なプロデューサーそのままだった。

 市川たちは用紙を受け取ると、その場から立ち去った。

 市川が通路を足早に歩いていくと、ちらりと視界の片隅に、あの女が立っているのを認めていた。

 女は、ありありと不審な表情を浮かべ、市川たちを見送っていた。

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