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 応募係りは、四角い蟹のような体型の中年男であった。薄緑色の軍服を身に纏い、四角い顔立ちに、髪の毛は短く刈り上げ、天辺を平らにして、これまた四角い顔を強調している。

「名前は?」

「市川努」という市川の返答に、男は奇妙な表情を浮かべた。

「イチカワ・ツトム……? 妙な名前だな。外国人か?」

 市川は、思わず背後の山田と、洋子を振り返る。そう言われれば、そうだ。この『蒸汽帝国』では、「ジョージ」とか「マリアン」などの西洋風の名前が主流である。

 男はペンを手にし、尋ねてきた。

「どこの国の出身だ?」

「日本! 東京都杉並区出身です!」

 応募係りが、益々珍妙なものを見る目つきになる。

 市川は、にやにや笑いが浮かぶのを抑え切れなかった。応募係りの顔に、怒色が浮かぶのを見て、少々やりすぎたと反省する。

 それでも応募係りは市川の言葉どおりに、さらさらと手元の用紙に書き込んでいく。見かけは厳ついが、律儀な性格なのだろう。

 応募の用紙を受け取り、その場から離れると、山田と洋子が同じように返答して、応募係りの男はぐっと怒りを堪え、用紙に記入する。

 山田と洋子は市川に追いつき、懸命に笑いを堪えた表情で並んで歩き出した。

「おい、あの応募係りの顔を見たか?」

 市川が囁くと、山田は頷いた。が、すぐ心配そうな表情になる。

「大丈夫かな? 悪ふざけと思われないか?」

 洋子はきつい目付きになって、市川の脇腹を思い切り突っついた。

「市川君! もっと真面目になりなさい!」

 脇腹をつつかれ、市川は思わず「ぐえっ」と呻き声を上げる。洋子は見かけによらず、性格が悪い。いや、見かけどおりと言うべきか?

 用紙に記された地図を頼りに、王宮の内部を歩いていく。山田は自分の設定が現実になっているのが珍しいのか、しきりと天井の飾りや、壁に架けられた絵画に見とれ、歩みが遅くなる。

 王宮内部はやや近代的な、山田の言葉によれば「アール・デコ」様式の造りになっていた。現実世界では、一九二〇年代から三〇年代に流行した形式らしい。直線と、曲線が巧みに組み合わされ、簡素さの中に、優雅さが織り込まれている。

 地図に導かれ、市川たちは広々とした部屋に辿り着いた。部屋には、すでに何名かが先着し、思い思いに椅子に座ったり、壁際に背中を押し付けるようにして立っている者も見受けられる。

 市川たちは最後の組らしく、入口から内部に歩を進めると、先着の応募者たちがじろりと鋭い視線を送ってきた。

 皆、押し黙ったまま、待ち続けている。

 市川たちは、木製の長椅子を見つけ、三人で並んで座り込んだ。

 市川は会場の前方に、あの女の後ろ姿を見つけた。女は一人、椅子に腰掛け、長い亜麻色の髪の毛を見せている。

 しばらく待つと、もう一方のドアが開き、数人の軍人がぞろぞろと入室してきた。

 全員、応募者を前に、整列した。

 ばりっとした制服の胸には、様々な略綬が埋め尽くすように飾られている。皆、将官クラスの階級であった。

 その列の最後尾にいる一人の男に、市川は注目した。襟元の階級章は、中佐を示している。市川は以前、戦争もののアニメを経験していて、階級賞には詳しい。

 そっと隣の山田に話し掛ける。

「おい、あの中佐……」

 山田も「うん。判ってる」と頷き返す。

 ゆっくりと洋子が囁いた。

「平ちゃんよ! あんたの設定したキャラクター、そのまま!」

 新庄平助──。アニメ制作会社『タップ』の社長にして『蒸汽帝国』プロデューサーであった。

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