第五話 狂熱のシリーズ構成

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 夜が白々と明けてきて、市川たちはそれまで潜んでいた建物の裏手から、表通りへと移動した。

 雑踏が、市川たちの目の前に表れた。

 道路は総て石組みで、雑踏を構成する市民らしき人々の姿は、十九世紀のものだ。

 男はフロック・コートに山高帽という、陰気な服装で、女は目の覚めるような色鮮やかなドレスを身に纏っている。

 時折、洋子と同じような、肌の露出が多い服装の若い女性も混じっていた。大多数はヨーロッパ風の衣装だが、アジア風の、いや中近東付近だろうか、異国風の衣装を身に纏った通行人も混じっている。

 印象的なのは、かなりの割合の通行人が、市川がベルトから提げているような武器を所持している光景だった。もし、ここが現代日本なら、即座に通報され、逮捕されるだろうが、皆いずれも平気な顔で通りすぎている。

 市川は無言で、通り過ぎる群衆をじろじろと、無遠慮な視線で眺めていた。自分が同じ場面を作画するとなると、やはり今ここで見ているような通行人を描くはずだ。

 通行人の動きを観察し「やっぱり三コマのタイミングだ。作画枚数を節約するために、スライディングを使っているな」と瞬時に思った。このような異様な状況にあっても、市川の作画マンとしての本能は、アニメの製作過程を頭に描く悲しい習性が働いてしまう。

 雑踏は、全体に雑多で、猥雑とさえ言えた。

 通行人の間を、からからと路面を鳴らしながら辻馬車ハンサムが行過ぎる。と思ったら、しゅっ、しゅっと白い蒸汽を吐き出して、蒸汽の力で動く自動車が通過する。

 空を見上げると、細長い飛行船が、朝の光を目映く反射してゆったりと飛行していた。

 ここでは中世と、近代が入り混じっていた。ぼけっとそれらを眺める市川たち三人の姿を、見咎める視線は、一つとしてなかった。

 市川は鼻をくんくんさせた。

 匂う! 地面から、下水の腐敗臭と、路面にぼとりぼとりと散乱する馬糞の入り混じった不快な臭気が辺りに漂っている。夜中では気付かなかったが、朝になって気温が上がり、臭気が込み上げたのだろう。

「こんな大都会なのに、ひでえ匂いだ!」

 市川の不満に、山田が当然だとばかりに返事をした。

「大都会だからさ。この町は十九世紀をモデルに設定している。だから下水道も、その時代のものだ。馬糞の匂いは予期しなかったが、下水道の匂いは、ありえるな。近代的な下水道はまだ、整備されていないんだろう。フランスで長期夏期休暇バカンスが盛んだった理由は、下水の臭いに耐えられず、避暑地に逃げ出したからだという説すらある」

 市川はがっかりした。煉瓦積みの、近代的な町並みに、今や日本の田舎でもお目に掛かれないほどの臭気が、まるで似合わない。

 山田は、にやりと笑った。

「そのうち、慣れるさ。おれは子供の頃、田舎で育ったから、あまり気にならないがね」

 洋子は黙って顔を顰めていた。山田は平気な顔をしているが、市川と洋子は、立ち上る臭気に参ってしまった。

 山田が眠そうに伸びをする。

「ふわあああ……。さて、どこへ、どうやって行けばいいんだ?」

 洋子が素早く答えた。

「原作では、主人公の三人は、王宮の兵士募集に応募するって、筋書きよね!」

 市川は洋子の言葉に頷いたが、すぐ疑問を口にした。

「その王宮って、どこにあるんだ?」

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