3
三人は顔を見合わせた。
最初に口火を切ったのは洋子だった。
「三村君と、平ちゃんを探せって命令してたわね?」
「うむ」と山田が重々しく頷く。洋子が「平ちゃん」と言うのは、新庄プロデューサーの呼び名である。洋子だけが、気軽にその呼び名をつかう。
「しかし、どうやって?」
山田は腕を組んだ。市川は、恐る恐る推測を口にした。
「どう考えても、今までの出来事は『蒸汽帝国』の冒頭、数ページそのままだったよな……?」
いかにも厭そうに、山田と洋子は渋々同意する素振りを見せた。市川は先を続けた。
「となると、おれたちは『蒸汽帝国』の登場人物……しかも、主人公じゃないか、と思えてくる!」
「そんな馬鹿な!」
山田が両目を一杯に見開いて叫んだ。
「主人公は、とうに市川君が設定してあったじゃないか! あれは、どう見ても、おれたちとは似ても似つかない……」
市川は素早く言葉を差し挟んだ。
「そりゃそうだ。だけど、主人公は三人。旅の女剣士、盗賊、老人……悪いな、でも山田さんが「老人」の役割だと考えると、ぴったり表札が合うじゃないか」
市川の最後の台詞に、山田が「表札?」と問い返した。うんざりした様子で、洋子が訂正を入れる。
「平仄よ。市川君。もうちょっと、日本語を勉強しなきゃね」
市川は恥ずかしさに頬の火照るのを感じていた。難しい言葉は苦手だ! 照れ臭さに頭を掻き毟り、言葉を続ける。
「それに、冒頭の酒場での乱闘シーン。最後に警官隊が乱入して、主人公が逃げ出す展開も、同じだ! おれたちが主人公の役目を負わされているんだよ!」
「なんてこった……」
ぺたりと地面に山田が座り込む。その横に、洋子が椅子の高さほどの木箱を見つけ、腰を下ろした。
二人とも呆然と市川を見詰めている。反論すら、する気力がなさそうだ。
「二人とも『蒸汽帝国』の原作を思い出してくれ! 原作の三人が、あの後、どうなったかを……」
洋子が空を見上げ、思い出しながら、ゆっくりと言葉を押し出す。
「確か……、警察の追及を躱すために、帝国軍に入隊するんだったわね。傭兵になるんじゃなかったかしら?」
山田が「うんうん」と何度も頷いた。
「そうだ、そうだ! 思い出してきたぞ。それから──えーと、どうなるんだっけ?」
頼りない口調で市川を見る。市川は首を振った。
「そんな目で、おれを見るなよ! おれだって一遍、軽く目を通しただけなんだから……。後で打ち合わせするつもりだったから、その時に木戸さんから詳しい説明を聞こうと思っていたんだ」
洋子が「ぽん」と手を叩いた。
「それで、平ちゃんと三村君。どうやって探すの? 市川君、あの二人をキャラクターなんかにしていないでしょ? もし、あの二人がこの世界にいるなら、あたしたちに見分けがつく?」
山田がにいっ、と笑った。
「それなら、方法があるぞ! おれたち、二人とも市川君の悪戯書きそのままだ。ならば、逆に考えれば、市川君があの二人の悪戯書きをすれば、おれたちに見分けがつく」
「へっ?」
市川は混乱した。
「待て待て、山田さん。そりゃ、どういう話だ? おれが悪戯書きをすれば、あの二人がこの世界に登場するような口振りじゃないか。ちょっと待ってくれ……頭の中がグラグラしてきたぞ……!」
山田が呟いた。
「まるで落語の『あたま山』だな。桜の種を飲み込んだ男の頭に桜の木が生えてきて、その下で花見の客がドンチャン騒ぎ。その煩さに堪えかね、桜の木の根元にできた池に、自分で身投げした……。しかし他に、おれたちに見分けがつく方法はないよ」
市川は立ち上がった。地面を物色する。
あった! この場所に駆け込んでくる際に、目にしたのだが、地面にはあちこち石炭屑が散乱している。『蒸汽帝国』のタイトル通り、今いる世界は蒸気機関が盛んに使用されているらしい。そのせいで、石炭の屑も、あちらこちらに投げ棄てられているのだろう。
石炭屑を手に取り、市川は漆喰の塗られた壁に向き合った。
「それじゃ、やってみるぞ」
腕を伸ばしさっさ、と石炭屑を使って三村と新庄のキャラクターをスケッチする。
二人の顔は、市川の脳裏に刻み込まれている。市川は人の顔を覚える際に、一旦アニメのキャラクターに変換する癖があった。そのほうが、ちゃんと人の顔を憶えやすい。
「そっくり!」
描き上げると、洋子が歓声を上げた。
漆喰の壁に、市川の手による、三村と新庄の姿が現れていた。
ひょろりと痩せて、細長い三村の姿。鼻が高く、彫りの深い顔立ちながら、視線は今にも叱り声が聞こえてくるのではないかと、オドオドしている。
その隣に、やや上目がちにこちらを睨みつける新庄の厳つい顔があった。二人の姿は、今にも動き出しそうな臨場感があった。
山田は嬉しそうな声を上げた。
「うん! これなら、おれたちにも見分けがつくな!」
洋子がぼんやりと呟いた。
「それにしても、木戸さんは、どうなったのかしら?」
市川が半畳を入れた。
「絵コンテ描いているんじゃないのか?」
三人は思わず爆笑した。
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