第四話 衝撃のキャラクター設定
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遠くから「がちゃん、どしん!」という機械の音が聞こえてくる。合間に「しゅーっ! しゅーっ!」という蒸汽が噴き上がる音が挟み込まれ、まるで工場の中にいるような騒音が周りに満ちていた。
空を振り仰ぐと、満天の星空に、空を突き刺すように何本もの煙突が立ち並び、一斉に白い煙を吐き上げている。
明らかに夜なのに関わらず、市川の目に周囲の情景は、はっきりと見てとれた。全体に青みがかかり、遠くの建物には一面に燈火が点っている。
アニメの夜の場面で、本当に何も見えない真っ暗な場面は、ほとんど存在しない。アニメの嘘で、ある程度まで周囲の景色は判るよう、色指定されるのが通常だ。
また馬鹿な考えだ……。と、市川は自分の顔を、ぶるぶると手の平で拭った。いい加減、こんな埒もない思考は止めなければならない!
市川は拭った自分の手の平をまじまじと見つめた。驚きが胸に込み上げる。
自分は、眼鏡を架けていない!
視力は〇・1を切っていて、眼鏡がないと何も見えないのに等しいのだが、今の市川は眼鏡なしでも、はっきりと辺りの景色を見てとれた。
アニメの世界に入り込んで、得もあるんだ……!
「『蒸汽帝国』かあ……」
ぽつり、と市川は呟いた。隣で座り込む山田が、微かに頷く。
「ああ、まさに『蒸汽帝国』の世界だ」
「もうっ! 二人とも呑気な台詞、口にしてばかりじゃないっ! どうなってんのか、教えてよっ!」
二人の目の前に、洋子が苛立った様子で地団太を踏み、叫んでいた。足踏みをする洋子の胸が、ゆっさゆさと揺れるのを見て、市川は慌てて視線を逸らした。
ふと隣の山田を見ると、両目が飛び出ていて、口許はだらりと開かれていた。山田は市川の視線に気付き、顔をこっちへ向けてきた。
どちらともなく「うへへへ……」と笑い声を上げていた。
「馬鹿っ!」
ずかずかと洋子が近づくと、素早い手の動きで二人の頬を張り飛ばした。
きいーん、と耳鳴りがして、市川の目の前を極彩色の星や、稲妻が乱舞した。
洋子は真剣に怒っていた。
「何考えているのよっ! 何が起きているのか、あんたらには判っているの?」
山田がゆったりとした口調で話し掛けた。殴られた頬を、もそもそと撫でている。
「何が起きているのか、さっぱり理解できていないのは、おれも同じだよ。洋子ちゃん」
最初に目覚めた酒場をほうほうの態で逃げ出し、三人はどうにか人目を避け、建物の裏手を伝ってこの空き地に逃げ込んだ。周りに聳える建物は総て裏側を向け、窓は一つも開けられていない。
都市計画によくある、エア・ポケットのような空き地らしい。裏側の壁には、無数の配管がくねくねと葉脈のように伝い、建物と建物の間の空中には、蜘蛛の巣のような電線が張り巡らされていた。
ばたり、と洋子は両手を下ろし、首を振った。
きらりと目が光ると、市川を睨む。
「な、何だよ……?」
市川は吃驚して顔を挙げ、心持ち後ろに下がった。ずい! と洋子は一歩前に進むと、まじまじと市川の顔を睨みつけた。
「この格好、あんたが悪戯で設定したあたしよね? あんたも、山田さんもあの悪戯書きそのままなのは、全責任があんたにあるんじゃないの?」
「よ、よせよ……」
じりじりと洋子に迫られ、市川はいつしか建物の壁に背中を押し付けていた。
「どうして、あたしたち、アニメの絵になっているの? 答えなさいっ!」
「し、知らねえっ! 本当だっ!」
「洋子ちゃん。もう、その辺にしとけ」
見かねて、山田が洋子の肩を掴んだ。洋子はさっと手を上げて山田の腕を振り払う。
「あんたたち、さっきからここが『蒸汽帝国』の世界だって何遍も言ってたじゃないの。どうしてそんな気違いじみた話、信じられるの?」
山田が「やれやれ」とばかりに首を振った。
「そりゃ、辺りの景色を見れば即座に判るさ。建物の形や、様子は、おれが美術設定した『蒸汽帝国』そのものだしな。なあ、市川君?」
市川は急いで同意した。
「そうだ。今までチラリとしか見ていないが、店に踏み込んできた警官隊の服装も、おれが設定したデザインそのままだ。何から何まで木戸さんの『蒸汽帝国』なんだよ!」
洋子はヒステリーを起こしたように金切り声を上げる。
「だから、何でそんな阿呆らしい事態になっているの? これは夢? 夢ならいつ覚めるの?」
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