第三話 驚愕のアバン・タイトル

1

 真っ白な光が満ちている。

 そこに一本の線が現れた。赤い一本の線。線が出現するとともに〝声〟が聞こえる。

 ──ええか、あんたらをあっちへ送り込むけど、これは非常手段や。わしはこんな阿呆らしい仕事、したくなかったんやけど、しゃあない。ま、あんたら、自業自得といっていいかもしれんがな……。

 ああ、「白味」だな……。そんなにスケジュールがきつかったのか……。

 ぼんやりと感想を憶える。「白味」とは、アニメのアフレコの時に画面が間に合わず、何もない画面に、声優の切っ掛けを色のついた線で示す方法である。

 アニメのアフレコに関わらず、キャラクターの動きも、どんな画面なのかも判らないから、声優にはとんでもなく不評である。こんな手法は、日本だけであり、他の国のアニメ制作では、とうてい考えられない。

 じわじわと真っ白な世界に、単純なラフ画面が出現した。画面はごちゃごちゃとした酒場の場面であった。

 絵コンテ撮りか……。さっきより、ちょっとはマシになったな。

 演出家の描いた絵コンテを直接、画面に現す方法である。絵コンテの右端には、画面の秒数が書き込まれている。その秒数に合わせ、画面を表示する。

 これが、絵コンテ撮り、あるいはタイミング撮りと呼ばれている。「白味」とともに、スケジュールに余裕のない状態の時、採用される方法だ。

 酒場の親爺らしきキャラクターが、色のない線画で表れる。ぱくぱくと口のところだけ動き、親爺の声が聞こえてくる。

 線撮りだな。線撮りは原画そのものを、指定されたタイミング・シートに従い、撮影する方法だ。「白味」や絵コンテ撮りに比べれば、まだしも声優は演技がしやすい。しかし、非常手段である事実には変わりがない。

「おおい! 注文を間違えるな! ビールを十杯! つまみのチキンを五人分だ! 早く持って行け!」

 親爺の声は、どこかで聞いた覚えがある。

 なんだか聞き慣れた声音だが……。

 真っ白な色のない画面に、不意に色が着色された。線がくっきりとして、背景もちゃんと見えてくる。

 ほほお、やっと「色」が着いたか……。

「色」が着く、とはアニメのキャラクターにちゃんと色が彩色され、背景も揃った完全な画面になるのを、言う。

 アニメの制作進行にとっては、きちんと「色」が着いた状態でアフレコに持っていけるのは、制作がきっちり滞りなく進行した証拠であり、誇りでもある。

 がやがやと酒場らしい騒音が耳に届き、鼻腔に料理の旨そうな匂いが飛び込んできた。

 料理の匂いだって?

 ふと手許を見る。自分の両手だ。

 しかし変だ。妙にのっぺりと見え、線が見える。

 アニメの画面そのままだ!

 おいおい、どうなってるんだ……。

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