──あんたら、困ったことをしてくれたなあ……。えらい迷惑や……。

 市川は、初めて恐怖を感じていた。

 今の〝声〟は、何だ?

 口調は関西弁である。いや、そう聞こえるが、どうにもインチキ臭い、関西弁だ。外国人が、無理矢理関西弁を喋っているような、ぎこちなさを感じる。

 ──誰だ?

 市川は頭の中で問い掛けた。他に方法はなかった。答があるとは思っていなかったが、〝声〟は即座に返答をしてきた。

 ──わしか? まあ、管理人とでもいいましょうか、世話人とでもいいましょうか。まあ、下働きのようなもんや。あんたらのドタバタで、わざわざ出張ってこないとならんようになってしもうた。

 モチャモチャとした口調で〝声〟は、ぼやいている。

 ──今の何? 誰が喋っているの?

 市川の頭の中に、洋子の声が響いた。

 ──宮元さん、あんたか?

 市川は、洋子を姓で呼ぶ。山田や、新庄が「洋子ちゃん」と呼びかけているので、一度だけ真似して呼びかけたら、洋子は怒りを込めた視線で睨みつけてきて、返事もしなかった。

 それ以来、「宮元さん」と呼びかけている。

 ──どうなってんだ? 動けない!

 今度は、山田の声だった。いつもの山田に似合わない、恐慌が声に含まれている。

 ──すみません、御免なさい、僕が悪いんです……。

 必死に謝罪の言葉を繰り返しているのは、言うまでもなく、三村だ。こんな状況に関わらず、相変わらず謝り続けている。

 ──木戸! おめえの仕業か?

 問い詰めているのは新庄だ。口調は荒っぽく、怒りが満ちている。

 ──皆、黙りなはれっ!

〝声〟が、ぴしゃりと一喝した。

 市川は言葉を呑みこんだ。〝声〟は、できの悪い生徒に諭すような口調になって話し掛けてくる。

 ──さっきも言うた通り、あんたらのせいで、わしは迷惑しとる。『蒸汽帝国』とかいう、漫画のせいで、仰山のファンがついてしもうた。尻切れトンボの、伝説の漫画のままで良かったのに、そこの新庄はんちゅうお人が、余計な、アニメ化の話を進めたから、えらい状態になってしもうたんや!

 どうやら〝声〟は、心の底から迷惑を感じているようだった。とはいえ、話が見えないでいるのは、相変わらずだ。何が迷惑なのだろう?

 ──ええか、あんたら、このままでは大変になるんやろう? そやさかい、わしがほんの少し、手伝いをしよう、ちゅう話しや。ただし、それには条件がある。

 条件?

 市川の頭に疑問が浮かぶと同時に〝声〟は言葉を続けた。

 ──あんたらの仕事を続けはなれ。ええか、あっちへ行っても、あんたらの仕事は続くんやで。そうや、アニメのお仕事や!

 あっち? あっちって、どっちだ?

 訳が判らないまま、光は益々ぎらぎら強烈になった。もう、何も見えない。脳髄を貫くほどの強い光が爆発し、市川は意識が遠ざかっていく自分に気付いていた。

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