「タップ」は、もともと二階建てのビルで、屋上にプレハブの建物を継ぎ足して三階構造にしている。一階から二階への階段は建物の内部を通っているが、二階から三階へは外階段を登る。外階段の呼称通り、三階へは吹きさらしの鉄階段を登っていく。二階は動画マンのための部屋で、三階は演出部屋だ。

 二階の突き当たりのドアを開くと、ぶあっと生温い風が市川の顔を直撃した。空気が重い。湿気が相当に高そうだ。

 ぴかっ! と、外階段の踊り場に立った一同を、稲光が青白く浮かび上がらせる。

「きゃあっ!」と洋子が悲鳴を上げる。

 すぐ、ぱしーんっ……と、雷鳴が聞こえ、がらがらがらと物凄い音が耳朶を打つ。びゅうびゅうと、電線が唸りを上げていた。

 屋上の半分ほどを、プレハブの演出部屋が占めている。残り半分の片隅に、小さな祠が設けられていた。どこかの地方神を勧請したとかで、わざわざ新庄が神主を呼んで設置した。新庄は、外見とは裏腹に、随分と信心深いのである。

 市川は、かつて新庄が、別の作品のスケジュールが厳しいときに「どうか無事、スケジュールが消化できますように」と祠の前で手を合わせていた場面を目撃している。おそらく、この数日、新庄は祠に日参しているのではないか?

 プレハブの演出部屋の入口ドアでは、三村がひょろ長い身体を折り曲げるようにして、取っ手と格闘していた。渾身の力を込め、ドアを開けようとするが、内側から鍵を掛けているようで、びくとも動かない。

「三村、どうしたっ!」

 新庄の怒鳴り声に、三村は両目を飛び出んばかりに見開き、振り向いた。

「木戸さんが、内側から鍵を……」

 判りきった場面を説明してる。新庄は唸り声を上げ、三村をドアから引き剥がすように突き飛ばし、だんだんだんっ! と拳を上げて連打した。

 市川は洋子に向けて尋ねる。

「木戸さん、引き篭もりなのか?」

 洋子は呆れたような表情を浮かべた。

「馬鹿ね。それを言うなら立て篭もりって言いなさいよ」

 市川は恥ずかしさに顔に血が昇るのを感じていた。新庄が喚いている。

「木戸さんっ! 開けてくれっ!」

 怒鳴ると、耳をドアに押し当てた。ぐるぐると目玉が別の生き物のように動く。

「こっちへ」と新庄は、顎をしゃくった。新庄の周りに、市川たちが顔を近寄せる。

「こうなったら、ドアを押し破るしかないな。皆、協力してくれ!」

 全員「うん」とばかりに、一斉に点頭する。

 ドアの前に肩を組み、息を合わせた。

「行くぞ、せいのっ……!」

 新庄の掛け声に合わせ、全員が破れかぶれでドアに体当たりを懸ける。

 ばたーんっ! と思いもかけない大仰な音がして、ドアが部屋の内部へ倒れこんだ。勢いが余り、市川たちは部屋の中へ雪崩れ込んで、床にごろごろと転がってゆく。

 演出部屋は真っ暗だった。

 うろうろしていると、ドアの近くに立っていた三村が、ぱちりと電灯のスイッチを入れた。

 ぱっ、と照明が点いて、白々とした明かりの中に、一人の人物が怯えきった顔付きで呆然と立ち尽くしていた。

 木戸純一であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る