第二話 戦慄の文芸担当
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「おい、今の声は何だ?」
がらがらとした堂間声が聞こえ、市川は会議室の出入口から顔を突き出す。
がっちりとした体躯の、年齢四十前後と思しき、頭を五分刈りにした真っ青なダブルのスーツを身に着けた男が、両目をまん丸に見開いて立っていた。スーツの下には目も覚めるような黄色のシャツを着て、ネクタイは締めず、襟をスーツの外に出している。
「ああ、新庄さん。ちょっと、ヤバい話になっているようですよ」
市川は精一杯の丁寧な口調で返事をする。
新庄、と呼びかけられた男は、ギロリと大きな目玉を剥き出して「上か?」と親指を天井に突き出した。市川は頷いた。
新庄平助。「タップ」の代表取締り、つまり社長である。同時に『蒸汽帝国』のプロデューサーも勤めている。今回のシリーズを立ち上げた張本人である。
新庄は顔を思い切り顰めて見せた。五分刈りにした頭といい、ギョロリとした迫力のある目つきといい、外見はてっきり、悪徳金融業者である。が、これでどうして、中々のやり手という噂だ。
ガタガタガタ……と、階段の上から、狂気のようにドアの取っ手を引っ張る音が降ってきた。市川は、三村の様子を想像した。多分、長い顔を蒼白にさせ、だらだらと冷や汗を垂らしてドアと格闘している真っ最中に違いない。
「平ちゃん! 何してたのよっ! もう、大変なんだから……」
洋子が気軽な口調で叫ぶ。洋子は新庄と付き合いが長い。もちろん、仕事の上での付き合いである。メンバーの中で新庄を「平ちゃん」と呼びかけられる人間は、洋子だけだ。
新庄は、五分刈りの頭を、ぴしゃりと叩いた。
「テレビ局と、代理店を回っていたんだ。何とか、放送日を延ばして貰おうと思ってな」
「うまく行きました?」
市川は僅かな期待を込めて話し掛けた。新庄は頭を振って否定した。
「駄目だった……。すでにスケジュールは、局のコンピューターに登録されていると説明された。どうにも、延ばせないそうだ」
「そうですか……」
市川は落胆した。テレビ局の放送スケジュールがコンピューター管理されるようになって、放送日の移動、延期は極めて難しい状態になっている。
例えて言えば、がっちり組み上がったブロックの隙間を動かすようなもので、そう簡単に変更はできない事情がある。大事故や、プロ・スポーツの雨天中止などのアクシデントによる放送延期とは違い、アニメなどの連続物は、挟まれるCM契約によりがんじがらめになっている。連続ドラマは、CM枠を確保するため何が何でも契約通りに流さねばならないのだ。もし延期が決定すれば、スケジュールにも余裕ができたろうが、僅かな希望も吹き飛んだ。
新庄は、上を睨みつけた。
「今夜、絵コンテ打ち(合わせ)のはずだよな。何やってんだ……」
山田がのんびりとした声を上げた。
「それが、まだ、木戸さん、絵コンテを上げていないみたいで……」
「何いっ!」
見る間に新庄の顔色が怒色に染められ、素早く階段を駆け上がる。市川たちは、新庄の背後に続いて、階段を駆け上がった。
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