救出ゲーム 回答編
『残り十五分です。少し難しかったでしょうか? ゲームの途中ですが、ここでルールを追加します。渡辺愛様。このままだと中川千春様も死んでしまいます。それがイヤだったら、ごめんねって言ってください。そうしたら、中川様に暗号文の答えを教えて、中川様の命を助けます。ただし、代償としてあなたの命を奪います。自らの命と引き換えに彼を助けたかったら、ご自由にどうぞ!』
最悪なアナウンスを二人は聞いた。もしかしたら愛は自分の命と引き換えに、自分を助けるかもしれない。嫌な予感を覚えた千春は、もう一度ドアを強く叩く。
「ダメだ。ヒントなんていらない。俺は絶対にお前を助けるって決めたんだ」
ドアの向こう側にいる彼女は無反応。聞こえるのは苦しそうな呼吸音だけ。
「将棋なんてジジクサイって思ったでしょ?」
彼の頭に一週間前に自殺した幼馴染の言葉が浮かんだ。そういえば、彼女は自分の父親と対局していたと少年は思い出す。
怪しいのは将棋盤。当たり前だが、将棋盤は縦九マスと横九マスで構成されている。そこで彼は、将棋盤と同じ大きさの紙が隣に置かれていることを気にした。あからさまに置かれた筆記用具。何かを書くことは明確。
まさかと思い、彼は暗号文を凝視した。
一行目から四行目と九行目は句読点を入れて九文字で統一されている。まるでマスに埋めてくださいと言わんばかりに。
ただの偶然だと中川は思わなかった。少年はもしかしたらと思い、読みにくい五行目から八行目の文章を、漢字を使い変換してみた。
私だけが知る真実。
人の愛情を嘘ではな
いと信じた少女は、
六をタシ犯行を知る。
漢字を入れて変換してみると、予想通り全ての文章が九文字で統一された。何とか全てのマスを埋めることができたが、その後の解き方が分からない。
『残り十分です。分からないんですか? 冴島風香さんが自殺した理由って何でしたっけ? そうそう。女子更衣室のロッカーに仕舞われた財布を全て盗んだことが原因でしたねぇ。何でも万引きの前科があることや、彼女のロッカーから盗まれた財布が見つかったことが決め手になって、皆揃って追い詰めた結果、彼女は自殺したんでしたねぇ』
ゲームマスターは幼馴染の自殺をネタに中川を精神的に追い詰めようとする。
そんな時、彼は扉の外から悪魔の声を聞いた。それは途切れ途切れで弱弱しい想い人の声。
「……ご……め……ん……ね」
小さな声を見逃さなかったゲームマスターは画面越しで頬を緩め、手にしていたボタンを押した。すると、渡辺愛の監禁部屋を白い煙が包み込んだ。
『はい。ゲーム終了です。残念でしたね。将棋が趣味の幼馴染さんと向き合っていたら、簡単だったのに』
突然のゲーム終了宣言が意味しているのは彼女の死亡。中川は怒り大声で叫んだ。
「何だと‼ お前は絶対に許さない!」
少年の怒りを無視した冷徹なゲームマスターは淡々とした口調で解答発表を始める。
『惜しかったですね。暗号文を九文字に統一するところまでは正解で、その後の解き方が分からなかったなんて。まずは先程埋めた暗号文を、透明な将棋盤の真下に置いてみましょう。すると、先程書いた暗号文が浮かぶはずです』
中川は操り人形のように、ゲームマスターの指示に従う。
『次に注目するのは、四行目と九行目。この文章に駒の動かし方が隠されています。玉を守る舟を造れ。これはそのまま舟囲いを造れってことで、九行目は舟囲いの棋譜を読めってことですねぇ』
「舟囲い……」
ゲームマスターの発した言葉に反応した中川の体が文字通り崩れ落ちた。
あれは冴島風香が自殺する前日のことだった。あの日、中川の自宅の和室で、ポニーテールの少女、冴島風香は中川の父親と将棋を指していた。その場には中川本人もいた。
「将棋なんてジジクサイって思ったでしょ?」
楽しそうに将棋を指す幼馴染の姿を見ていた中川に対して、冴島風香は疑問を投げかける。
「そうだな。俺の周りだとお前しか将棋を指す高校生なんて知らない」
率直な答えを聞いても、風香は動じず、突然正座から立ち上がり、中川の右手を優しく掴んだ。
「じゃあ、私が教えようか? 舟囲いくらいなら、簡単に覚えることできそうだし。私がよく使ってる戦法でね。駒の動かし方は、7六歩、2六歩、2五歩。4八銀。5六歩。6八玉。7八玉。5八銀右……』
聞き逃がしていた彼女の説明は、ゲームマスターの声で塗り替えられる。
『右……9六歩。3六歩。6八銀。5七銀左。これが舟囲いの棋譜です。それでは、駒を動かした順番に文字を読んでみましょう。すると、こんな文章が浮かびあがるはずです。愛は実行した犯人でした。これが答えです』
「愛が俺を拉致して、こんなくだらないゲームをやらせていたって言いたいのか? ふざけるな!」
答えとなった文章に対して、中川は動揺した。しかし、それを聞いていたゲームマスターはクスクスと笑う。
『言いましたか? 中川様を拉致した人物の正体が渡辺愛様だって。残念ながら、それは誤解です。実行した犯人って意味は、こういうことです』
急に部屋が暗くなり、白い壁に映像が映し出された。そこに映し出されていたのは、周大量の財布を抱え、周囲を警戒している渡辺愛の姿。彼女はその財布を、冴島風香のロッカーに隠していた。
『お分かりの通り、真犯人は渡辺愛さんでした。冴島風香さんは冤罪だったのです。盗撮目的で隠しカメラを仕込んでおいて正解でした。幼馴染さんとちゃんと向き合っていたら、こんなことにはならなかったんですよ』
もうゲームマスターの声は、中川に届いていなかった。
ピッという音が鳴った後、中川千春は隣の部屋に動く。部屋の中では、一人の少女が横たわっている。中川は冷たくなった渡辺愛の体を抱きしめ、絶叫した。
救出ゲーム 山本正純 @nazuna39
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます