救出ゲーム

山本正純

救出ゲーム 暗号編

 その男は、必死な様子で固い鉄の扉を力強く叩いた。

「クソ。開け!」

 スポーティな短髪の少年、中川千春は焦っている。

 事の発端は数時間前に遡る。中川千春は彼女の渡辺愛と一緒に下校していた。二人は毎日、寄り道をしてから帰宅する。

 ある時はゲームセンター。またある時は公園。そんな二人の今日寄り道するのは、同級生が永遠に眠る墓場。

 デートスポットにして相応しくないのだが、二人にはこの場所に来る理由があった。

「もう一週間になるんだな」

 中川千春がポツリと呟く。それを右隣りで聞いていた長髪の少女、愛は小さく首を縦に振った。

「うん。今でも信じられないよ。あの風香が自殺したなんて」

 二人は墓場に足を踏み入れようとする。しかし、千春は異変に気が付く。駐車場に見たことがない黒塗りのワンボックスカーが停まっている。この墓場の駐車場は狭いことで有名で、誰も停めない。自動車でこの墓場を訪れる場合、五十メートル程先にある寺の無料の広い駐車場に停めるのが常識のはず。

 そんな物好きもいるもんだと思いながら、二人は足を進める。だが、そのタイミングを見計らいワンボックスカーのドアが開き、屈強な体型の全身黒ずくめの服を纏った男が二人降りて来た。

 その男達は躊躇うこともなく二人の高校生を襲う。スタンガンを首に当てられ、抵抗できないまま二人は気を失った。


 目を覚ました千春は、畳四畳ほどの広さの真っ白な壁や床で覆われた部屋の中で目を覚ます。周囲を見渡すと壁の一辺がモニターになっていて、同じように目を覚ました渡辺愛の姿が映し出されていた。

 二人が起きたことをモニター越しで確認した黒い影は、放送器具のスイッチを押す。

『中川千春様。渡辺愛様。お目覚めでしょうか? 早速ですが、救出ゲームを始めます。ルールは簡単です。中川様がゴール地点にいる渡辺愛を制限時間内に助け出すことができればゲームクリアとなります』

 どこかから聞こえてくる機械越しの声を二人は聞く。その内、渡辺愛の顔は恐怖の色に染まった。部屋の中からガスが漏れるような音が聞こえる。

 幸か不幸か、ガスの流出は数秒で止まった。その直後、愛は突然咳こんだ。咄嗟に口を覆った手には真っ赤な血液が付着している。

「イヤァァ」

 少女の悲鳴は少年のいる部屋のモニターに届かない。画面越しに彼女の異変を知った中川は怒りを露わにする。

「愛に何をした!」

『新開発の殺人ウイルスです。感染したら吐血や体温の急激な上昇などの症状が現れ、最終的には全身の穴という穴から血液を噴き出し、死に至ります。尚、最後の部屋にあるスプレー缶のガスを吸わせたら、彼女は助かりますので、ご安心ください。二時間内に彼女の監禁部屋に辿り着けないと、中川様と彼女さんと一緒に死ぬけどね。冴島風香さんのことを思い出したら、簡単に攻略できます。ということで、救出ゲームのスタートです』


 中川千春は彼女の命を救うため、彼は二つのゲームに挑んだ。幾つもの部屋に仕掛けられたゲームを攻略していき、彼は辿り着く。

 そこはこれまでの無機質な部屋とは内装が違う。会議室にありそうな木製の長机が一つ。その上に筆記用具と薄茶色い縦九マス、横九マスの正方形の紙が数枚。紙の隣には紙を同じ大きさの透明な将棋盤が駒と共に置かれていた。さらに右隣りには、ノートパソコンが一台。

 机の前には謎の暗号文。その真下には緑色に点滅している金庫。机から後ろを振り向くと、そこには鉄製の固い扉があった。中川の丁度腰辺りの位置に、横ニ十五センチ、縦五センチ程の大きさのパカパカと開く箇所があった。

 扉には防音性がないらしく、ドアの向こうから彼女の苦しそうな呻き声が漏れる。

 それを聞いた中川の体が咄嗟に動いた。

 彼は必死な様子で固い鉄の扉を力強く叩いた。

「クソ。開け!」

 ドアの向こうには死にそうな彼女がいる。彼はゲームをしながら衰弱していく少女の姿を見せられた。早く助けたいという思いで彼は何度も扉を叩く。


 扉の向こう側には衰弱した渡辺愛の姿があった。朦朧とする意識の中、扉の外から彼氏の声を聞いた少女は、最期の力を振り絞った。 

 彼女は扉の向こうにいる男が扉を叩くのを止めるのを見計らい、穴から様子を伺おうとしている。

 すると、どこからか大音量の声が二人の耳に届いた。

『残り三十分しかありません! 二番目の部屋で随分時間を使っちゃいましたね。最後の部屋にようこそ。最後は脱出ゲームです。さあ、暗号文の答えをノートパソコンに入力してみてください。そうすれば金庫が開き、ドアのカードキーとか必要な物が手に入ります。ただし、答えは一回しか入力できません。不正解だったら二人一緒に死にますので、ご注意ください。二人で協力して暗号を解く行為は禁止です。彼女さんはそんな元気なさそうだけど、一応言っておきました♪』


 制限時間三十分。ゲームマスターのアナウンスが終わり、中川は横書きの暗号文に目を通した。


 最後の問題ですよ。

 想い人は隣の部屋。

 生き残る道は一つ。

 玉を守る舟を造れ。

 わたしだけがしるしんじつ。

 ひとのあいじょうをうそではな

 いとしんじたしょうじょは、

 ろくをタシはんこうをしる。

 航路の文字を辿れ。


 難解な暗号を前にして、高校生の少年は頭を掻く。

「クソ。意味が分からん。早くしないといけねえっていうのに」

 焦る少年は何度も暗号文の目を通す。だが、何回読んでも暗号の解き方が分からない。答えられるのは、たった一回のみ。間違えれば死亡。将棋盤が気になるが、それをどう使えばいいのかさえも彼は分からなかった。

 極限状況の中、少年は唸り続ける。その間、隣のドアの向こうで、少女が荒い呼吸を繰り替えした。

「た……す……け……」

 弱弱しい彼女の声を扉越しに聞き、少年は冷静さを取り戻すため、自分の頬を強く叩く。

「もう少し待ってろ。今すぐ助けてやるから」

 彼女を元気づけようと声を掛けたが、暗号は解けない。






解読編につづく。

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