第26話「輪の乱れ」


 AM10:32 W.E本部 談話室


 談話室の空気は冷め切っていた。原因は、創伍がメディカルセンターから許可なく抜け出し、パンダンプティとの闘いでアーツの存在を露呈しかねない大きな爪痕を残したからだ。


「どうしてこんな勝手なことをしたの」

「……刑事さん達が破片者に襲われてたから――」


 重苦しい室内に、パシンッと小さな音が鳴る。創伍の勝手な判断に対し、アイナが彼の頬を叩いた。


「それは安静にすべきであったあなたの役目ではないわ。せめてそこの……クロって子が現れた時、直ぐに私達に報告する義務があったはずよっ」


 クロの出現は、創伍達がW.Eに戻ってくるまで誰も聞かされていない。見知らぬ黒髪の少女が創伍を連れ帰るという状況を飲み込めなかったメンバーは、経緯を話した途端、ワイルド・ジョーカーとは異なる新たな道化師の存在を知らされ、寝耳に水だとさっきまで大騒ぎしていたのだ。

 当然部屋に居合わせていた鈴々と乱狐、そして守凱の視線は二人のやり取りよりもクロの方へと向いていく。


「そんなことしてたら……刑事さん達はとっくに殺されていたよ」

「だからって報告の義務を怠るのが許される訳ではないわ!」

「じゃあ救える命を見捨てろってことかよ!? クロのおかげで誰も死なずに済んだんだ! 他にどうしろって言うんだよ!」


「…………他にももっと良い選択はあったけどね」


 だがクロ本人もこんな形で注目の的になっても良い気分はしない。創伍に闘うことを拒まれ、結果的に創造世界の禁忌を侵した張本人になってしまったからだ。不機嫌そうな顔で髪を弄りながらソファに腰掛け、ヤケになる創伍を庇う気にもなれず皮肉を漏らしていた。


「私はいつか言ったはずよ。彼らがまた異品に襲われるなら、そういう運命だったと割り切りなさいって。あなたは正しい判断したと思っても……その軽率な行動でもしも創造世界の存在が明るみになり、バランスが崩れて世界崩壊の一途を辿ったりでもしたら、あなたにその責任が取れるの……?」

「…………っ!」


 創伍の込み上げていた感情が鎮まる。真坂部の命を見捨てなかったことを悔いておらずも、自分が原因で世界のバランスが崩れてしまえば本末転倒ではないか――と。


「……ごめん。俺、アイナ達の迷惑も考えずに……」


 心に迷いが生じた今の創伍に、何が正しくて何が悪いかなど判断出来る筈もなく……行き場のない気持ちを自分の中で殺すしかなかった。


 アイナは彼の優しさと直線的な行動力を理解している。本当なら手を添えて、勇敢に刑事を守ったという結果を認めたかった。

 だがクロの出現を黙っていたのは見過ごせない。新たな道化師の存在を容易に受け入れるのは、それこそW.Eはおろか創造世界にとって災いにもなりかねないのだ。公私混同はせず、今は組織としてすべきことを優先した。


「……現界に残した痕跡の後処理は私がする。この既知再演の道化師カルティベート・ジョーカーについては、身体構造と異能係数の精密検査、既存資料等の調査を通して、シロの別人格の具現化という信憑性と安全性の確認が取れるまでW.Eで預かる。シロは再検査を実施し、身体の正常性をチェック。それまであなたは当分自室で安静――いいわね?」

「あぁ……」


 否応無く隔離処置を言い渡されるが、初めてW.Eに保護された時にシロも通った道だ。この非合理的なクロの出現を受け入れてもらうには致し方ない、と創伍も頷く。


「そういうことだから……主の許可が出た以上、大人しくして貰うわよ」


 気持ちを切り替えてクロの方へと目を向けるアイナは、彼女とは初めての接触だ。シロと違ってどう扱うかも、敵か味方か、そもそもアーツと同種であるかも不明な存在を前に、アイナは刺激を与えないよう手を差し伸べて同行を求める。


「そんなに固くならなくても、元々ボクはシロの一部。キミ達のことは知っているし危害を加えるつもりもない。ちゃんと検査後に創伍の下へ帰してくれるなら、大人しくW.Eの意向に従うよ」

「……分かった。それなら付いてきて」

「は~い♪」


 ここで反抗しても主である創伍を困らせるだけ。クロは自らの立場を理解して従順に振る舞うものの、メンバー達の緊張が解れることはなかった。


 それでもクロは周囲の目などお構いなく、潔く談話室を去ろうとした時だ――



「っと、その前に……しばらくの間自由が束縛されるんだ。に一言くらい言わせてもらえないかな」

「何……片割れ?」


「そうさ。隠れてないで出てきなよ――未知秘めし道化師ワイルド・ジョーカー


 まだクロと顔を合わせていない者が、半開きの扉の陰から白い髪を見え隠れさせている。


 名指しで呼ばれ、ゆっくりと入ってきたのは……患者衣を着たままのシロであった。


 メディカルセンターで意識を取り戻し、創伍が居ないことに気付いてここまで来たのだろう。事の顛末を部屋の前で耳にし、入るタイミングを逃した彼女の気配は既にクロに気付かれていた。


「シロ――」

「…………」


 シロは顔を俯かせたまま誰とも目を合わせようとしない。朱雷電との闘いで致命傷を受けた彼女に取って代わり、クロが実質的に創伍やアーツ達を助けたため、皆に会わせる顔が無かったのだ。

 創伍も似たような気持ちであった。本当ならシロが無事で喜ぶべきなのに、シロとクロが向かい合うこの事態は、自分の非力さが招いたなのではと感じていたからだ。


「ふふふ、やっと会えたね未知秘めし道化師ワイルド・ジョーカー。いつかの些細な願望から別人格が生まれ、斯様に肉体を授かってキミの前に立てるとは思いもしなかったろ? ボクのことは、キミと似た具合にクロとでも呼べばいい」

「シロとそっくり……あなたは……シロの願望そのものなの??」

「そうとも。その様子じゃボクの人格が見聞きした時の記憶は、キミの中から抜け落ちてるようだけど……ボクは鮮明に覚えているよ。特に創伍と最初に会ったあの日、殺戮道化師キラー・クラウンとして契約して欲しかった――という強い願望があったボクは、あのひと時だけはキミと入れ替われたくらいだしね」


 創伍がシロと初めて出会った運命の日の事だ。視覚的に気付けるはずもなかったが、彼の部屋でスケッチブックを広げ、道化師としての本質を炙り出し、創造世界へ片足を入れさせたのは、シロの中に潜んでいたクロの人格であったのだ。


「でも似た物同士の創伍に親近感を持ったキミは、ボクの人格を抑え込み、契約の時に彼の左腕へと魂を憑依させた……それからのボクは二人の勇姿をこれ見よがしに見せつけられた……。ボクだってすぐ傍に居たというのに……いつも指を咥えて見ることしか出来なかったんだ……!」

「ご、ごめんね……シロ全然気付けてなくて。あなたがそんなに苦しんでたなんて……」

「他人行儀だね。でもキミが謝る必要はないよ。我が物顔でボクの能力ちからを創伍に与えても、彼が左腕を使う時にボクは求められてるって気になれたのが唯一の心の支えだった。そして遂には二枚の道化師ジョーカーに分かれ、ボクは晴れて自由の身になれたんだ――シロの御陰だよ。ボクがお礼を言うだけじゃ釣り合いが取れないくらいだよ」


 そして創伍の左腕に宿り、破片者を喰らい、彼の能力を向上させる根源になることで辛うじて意識を保っていた。


 そこまでして創伍に尽くしたかったクロは恨み節を口にしながら、立ち尽くすシロの前へと歩み寄る。


「……あうぅ……」

「それに……こういう事だって出来るようになったんだからね――」


 元々は二人で一人の筈なのに、まるで立場が逆転している。縮こまって目を逸らそうとするシロとは対照的に、堂々としながら見下すような目をしたクロは……


「――ふやぁっ!」


 突如、シロの小さな両頬を徐に抓り出したのだ。


「ずっとこうしてやりたかったんだ……キミの甘さが憎らしくてさ! 創伍はもっと強くならなくちゃいけないのに、倒すべき破片者を見逃すどころか、闇雄相手に善戦もせず、創伍を死の淵に陥らせるなんて! はっきり言ってやる――キミは創伍に仕える道化師に相応しくないんだよ!」

「いひゃい……! いひゃいよ! ひゃめへぇ!」

「でもこれからはボクが創伍を守れる。ボクだけの意思で! キミに代わって創伍を守ることが出来る! それが何より嬉しいんだっ! 役立たずに創伍のパートナーは務まらないからねぇ!」


 大福のように柔らかなシロの頬をこねくり回し、引っ張り、溜まりに溜まっていた恨みつらみを一気にぶつけるクロ。察せなかった別人格の怒りなどどう対処すればいいか分からず、シロは狼狽するばかりだった。


「やめるんだ! クロっ!!」

「いきなり何をするの!?」


「放して……!」


 これにはアイナと創伍も見過ごせず、間に割り込んで二人を引き離す。


 だが途方もない時間の中に幽閉されていたクロの怒りが、この程度で済むはずはなかった。


「ほら見てみなよ! 創伍はこうやってボクを求めてくれている。既に殺戮道化師キラー・クラウンの契約だって結んで、誓いの証に唇だって交わしたんだ!」


 悪賢いことにクロは、肩を掴む創伍の腕を逆に抱きつき絡み付いてみせる。アイナに縋るシロに見せびらかす為だ。


「なっ……?! お前何言ってんだよ!」

「だから役立たずのキミはもうお払い箱なのさ。さっさとどこにでも行っちゃえばいい!」


「そんな……創伍……」


 シロの願望は、自ら手足となって創伍の記憶を取り戻し、彼を主役にすること。それ自体は決して揺るがない……が、彼女の目に映る二人の姿は、全く別の主従関係を成立させた様に見えてしまう。


 つまりもう自分など必要とされていないのだと……


「シロっ! 違うよ、誤解だっ!」


「う……っ……!!」


 そう捉えてしまったシロは堪らず、アイナの手から離れて談話室から飛び出していく。


 その去り際、顔を逸らすシロの眼からは……一粒の涙が零れ落ちた。


「シロ!!」


 いつも天真爛漫なあのシロが涙を流す――初めて見た彼女の表情に青ざめた創伍は後を追い掛けようとするも……抱き着くクロが彼の腕を強く引っ張り、それを阻む。


「フフ、シロなんか放っておきなよ。ボクもこれで気が済んだことだし、どうせしばらく隔離されるんだから心残りが無い方がいいだろ?」

「クロ、お前……! どうしてあんな酷い事するんだよっ!!」


 度が過ぎたクロの行いに、創伍は彼女の腕を振り払って怒鳴り出す。


「……彼女は元々謙虚で、自分を嫌う性格だった。その部分がまるまるボクに移ったから、思った事をしただけだよ。朱雷電に負けた罪を分身として罰したんだ」

「それはシロの所為じゃない! 彼女は何度も俺の命を守ってくれたのに、俺は何もしてやれなかっただけだ……俺が非力だから――」


「――悪いけど創伍は非力じゃない。ボクがきっかけを与えたことで、キミは朱雷電と五分五分に渡り合える力を解放した。そのお陰で今生きているメンバーも居るんだから疑う余地もない」

「っ……!」

「今の創伍はまだ使い熟す手順を知らないだけ。その力と破片者の異能が合わされば、キミは更なる高みに到達出来るというのに、シロはそれを補助する役目を全うしなかった。だからキミが死にかけたんだ。キミが死んだらボクとシロの存在意義も消えるというのに、主も碌に守れない彼女を罰する事のどこがいけないのさ」

「………………」


 他人に優しく、自分に厳しい――あらゆる場面でシロが惜しみなく創伍を守ったのは、そういう性格だからだろう。彼女の分身であるクロは、客観的な視点を持って彼女を厳しく叱った。これはシロ自身の戒めと同意義なのだ。


 本当はもっと良いやり方があるのだろうが、今の創伍ではクロをまともに諭すことさえ出来ず、俯き閉口してしまうのであった。


 そんな弱々しい創伍をアイナはこれ以上見ておれず……


「私……現界へ向かう前にシロを探してくる。悪いけど代わりにこの子を連れてってくれないかしら――守凱」


 クロを検査場まで連れて行くつもりだったが、飛び出したシロを放っておけない。アイナは談話室の奥側で壁に背を預けて立っているパートナーに後を託そうとした。


「……あぁ。構わない」


 守凱なら間違いは無い。引き受けてくれたことへ感謝のウィンクを投げ、アイナは談話室から足早に抜けてシロの後を追うのであった……。


「クスッ……どうやらボク、アイナにも嫌われちゃったかな? まぁ創伍以外に好かれなくとも困ることはないけどね」


「――かと言ってあまり敵を作らないことだな、既知再演の道化師カルティベート・ジョーカー。その嫌われ役がいつか仇となって早死にするかも知れん」


 今に至るまで創伍達のやり取りを部屋の隅から傍観していた守凱であるが、決して無関心だったからではない。クロという存在を注意深く観察し、この場の誰よりも人一倍に警戒していたのだ。


 道化師と聞けば、一番苦いを持っているが故に……


「もし貴様の主がこのまま腑抜けて闘う役目を放棄するようなことがあれば、W.Eは記憶を抹消して即刻追放するつもりだ。そうすれば存在意義も目的も失った道化を保護する必要も無い。災いの元凶が創造世界で悠々自適に生きていける程、世間は甘くないからな」

「ご忠告ありがとう。じゃあキミに媚びを売れば長生き出来るのかなぁ? ……キミは歓迎してくれるより、真っ先にボクを殺したがってるように見えるけど?」

「貴様のような異端分子、オーギュストの生まれ変わりたる証拠があれば俺がすぐにでも手を下している……。小娘一人に化けたり分身したりなど、貴様には容易いことだろうからな」

「おーぎゅすと?? はてさて一体誰の事だろう。まさかソイツ、キミのとかだったり?」

「………………」

「確かにボクの奇術も、使いようによっては破片者以外の命を奪い、転生して姿を変えるなんて平気で出来ちゃうだろう。でもボクは生来創伍の忠実な道化師……主をも欺いてまでそんな蛮行に興じる嗜好は持ち合わせてないよ。残念ながら人違いさ」


 殺気を漂わせる守凱に物怖じせず、彼の心を見透かしたような言動で挑発するクロ。聞きようによっては認めているとも受け取れるが、彼女が『忌々しい愚者グリズリー・オーギュスト』という確たる証拠が無い以上、守凱は黙するしかなかった。


「それと創伍は闘うことを辞めないよ。いつか必ずボクの力を求めてくれる……そういう運命なんだから、ボクはその導きに従って舞台を用意するだけ。だから余計な気遣いは無用――さぁ早く連れてってよ、月光さん」

「………………」


 だが百歩譲ってクロがオーギュストでないにしても、既に創造世界の禁忌を侵し、闇雄の再来も招いている。激動の予兆を孕んだこの事態に、W.Eが頭を痛めているのもまた事実だ。


「……つくづく疫病神だな。どいつもこいつも」


 元凶の一端である創伍にも聞こえるくらいの大きさで嫌味たらしく愚痴を零すまでに留め、守凱はクロとのこれ以上の対話を止めた。


 そして気を取り直し、次の行動の指示を出す。


「美影乱狐!」

「え、あぁ……はいっ!!」

「俺はこの道化を検査場に預けたのち、朱雷電の足取りを追いに行く。長官も来るべき九闇雄の襲撃に備えて他の異界へ協力の交渉をしに行っておりしばらく戻らん。その間、隔離中の真城の監視はお前にやってもらうぞ」

「えぇ~~~!! あたしの仕事ってば創伍のお守りー!?」

「他に適役がいない。頼んだぞ――」


 有無を言わさず創伍の監視命令を乱狐に下すと、守凱はクロに顎でしゃくるように付いてこいと命じ、長い金髪を靡かせて談話室から去っていく。


 その後に続くクロは退室間際に創伍の方へ振り返り、終始険悪な空気にしたことを悪びれる様子もなく愛想の良い笑顔を振りまいて走り去る……。


 そして談話室は急に静かになり、創伍、乱狐、鈴々の三人が残された。


「あーあ……なんか後味悪すぎる上、腹いせに適当な仕事押し付けられたって感じ」

「ごめん乱狐さん。俺のせいで、こんな面倒事負わせちゃって……」

「あぁっ?! ききき、気にしなくていいよ真城! 隔離ったって一日くらいのもんだろうし、あたしと鈴々が居れば本部の守りも完璧だからさぁ。創伍は何にも考えずリラックスしてればいいって~。でしょう、鈴々!?」


 クロを除いた他のメンバーがここを退室する度、創伍には罪悪感が重りの如くのしかかっていた。


 正しいと思って行動したことが、却って誰かに迷惑をかけている。極度のお人好しな創伍には、この上ない精神的苦痛となっていたのだ。


 そしてそんな彼にトドメを刺すのが――



「私、今日限りでW.Eを辞めることにしますわ」



 釣鐘鈴々であった。ふと気付けば両脇に釣鐘と緑の風呂敷を抱えており、このタイミングでW.Eを見限ろうとしていたのだ。


「はぁ!? 急に何を言い出しやがんのさっ!!」

「乱狐さん、申し訳ないですがこのままW.Eに居ても死んでしまう気しかしないんですわ……。あの不死身のコンビさえ敗れて植物人間状態。組織内はあの赤髪野郎の強襲から士気が低迷しっ放し。ここのチームの結束力もバラバラですし、その全員の危機を救った門番役の私を正式に加入させてくれる気配も無し。守凱さんはたった今、私を完全にスルー。これはもう組織としてお先真っ暗ですわ。九闇雄とやらに寝返った方がまだ扱いが良いかもしれませんわ!」

「後半の方タダの私怨じゃねぇか……ねぇそんなこと言わずに頼むよ鈴々。今は分からんことだらけでバタバタしてるだけだって……」


 彼女の言い分も一部間違ってはいないが「今言うかねそれを!?」と空気の読まなさっぷりに呆れながら、創伍の手前、乱狐は何とか引き留めようとするのであった。


 しかし……


「やっ。まだ死にたくないです。こう見えて私、全異世界退場申し出チャンピオンであらゆるシチュエーションから退職、退場、リタイアを極めてますので。これ以上の引き留めは労働基準法に反して――」


「……だぁ~、もう勝手にしろ!! どこにでも行っちまえっ!! この裏切鈴々うらぎりんりん! ……あっ」


「はいっ、さいならさいなら。ほんじゃま失礼いたしま~~」


 鈴々のペースに苛立ち、うっかりヤケになって突き放してしまう。

 乱狐の承諾を勝ち取った鈴々は、素早く談話室から抜け出て、開きっ放しの扉に片脚をかけてバタンと閉めていった。


 二人に別れの挨拶どころか最後は礼節の欠片も見せることなく、W.Eから脱退したのだ……。


「何だよあいつ……! 本当最悪だよ。自分の事しか考えてなくて!!」

「………………」


 とうとう二人だけとなってしまった室内。最後は一番厄介なメンバーが空気を濁して去った為、空気は最悪極まりない。


「真城、鈴々が言ったことあんまり気にし過ぎるなよ。ぶっちゃけ言えばあいつ、勝手に首を突っ込んできて勝手に帰ってっただけだからね! うるさいのが居なくなって厄介払いできたってもんだよ! アハハハハ……!」


 それでも乱狐は創伍の気を紛らわそうと、冗談の一つでも言ってやるのだが……



「……だ……。俺の……だ……」



「え? 真城、今なんか言った??」



 無駄な試みであった――この時、創伍はある異変に苛まれており、乱狐の声は筒抜けていたのだ。



「俺だ……俺の所為だ……。全部、俺の所為なんだ……誰も悪くない……俺の……俺の……」


「真城……!?」



 その異変とは、つい最近までは薄らいでいた創伍の「解離性障害」だ。



「俺の所為だ…………俺の所為だ、俺の所為だ、俺の所為だ。俺の……俺の……俺の……俺の……俺の……俺の……俺の……俺の……俺の……うっ……!!」



「真城!! しっかりしなよ真城……!! 真城ぉぉ――!!」



 今日までシロを通じて感じたもの、得られたもの……彼にとって大事に思えたものが、自分の前から離れていく。


 自分の所為で、得られた大事なものが消えてしまう。そしてそれは自分を取り巻く不幸体質によるものではないか――またそんな気がしてきたのだ。


 その緊張感はやがて発作にまで至り、気が遠退いてしまった創伍は、頭から横になるように絨毯へと倒れ込む。



 そこから創伍はしばらく、夢を見るのであった。



 * * *

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