第25話「道化の歌劇目録」2/2
AM10:00 花札町 オフィス街ビルの屋上
花札町の工業団地から少し離れたオフィス街のあるビルの屋上。
「あぁ、なんて可哀想なボクの創伍。こんなに傷だらけになって……」
「はぁ……はぁ……は……」
戦線を離脱したクロが重傷の創伍を連れて逃げてきた。パンダンプティの攻撃から舘上を庇った際の負傷により、頭から出血が止まらないため、彼女の介抱を受けていたのだ。
「でも大丈夫。キミが苦しみ、朽ち果てるなんて未来は起こり得ない……絶対にね」
膝枕で仰向けになり、意識が薄れつつある創伍の頭をクロが優しく撫でる。生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、クロは焦るどころか、むしろ二人きりであるこのひと時を喜んでいるかのようであった。
「創伍、気持ちを楽にして――」
そして血を流していた傷口にゆっくりと掌を重ねると……
(なんだこれ……痛みが……)
なんと傷は手品の如く瞬時に消えた。クロの手はそのまま彼の身体の隅々に触れ、流れ落ちて乾いた血や、打撲の痣や骨の骨折までも尽く取り除いていく……。
遂には創伍の意識も、現界に駆け付ける前の状態にまで戻されたのだ。
「クロ……?」
「気分はどうだい創伍。可もなく不可もなくってとこだろう?」
「一体、俺に何をしたんだ……」
「道化に手品の種を聞くなんて野暮というものだよ。答えられるとしたら、ボクはただキミが傷付いたという事実を
創伍は訝しげな表情で起き上がると、身体はすっくと立ち上がる。ついさっきまで全身にズキズキと走っていた痛みも止み、ほぼ忘れかけてしまいそうだ。まるで傷を負った記憶だけ取り除いたかのような違和感があった。
「それは……無いよ」
「ならいいじゃない、細かいことは。創伍に死なれて一番困るのはボクな訳で、ボクは創伍を助ける為なら何でも出来る。でも創伍がさっきみたいな無茶を勝手にしなければ、こうする必要も無かったんだ」
「……ごめん。俺、助ける事に夢中になってて……。皆を助けてくれてありがとな」
ともあれクロに命を救われたのは事実だ。もし彼女が居なければ、現界に駆け付けられず真坂部を見殺しにしていたのだから、創伍は己の非を認めるしかなかった。
「いいんだよ。まだパンダンプティは遠くには逃げていないだろうし、今頃救援を呼びに行った刑事さん達を、無関係な人間の前に姿を晒してまで深追いはしないはず。故に今がヤツを狩るのに絶好の機会なのさ――」
「っ……」
自らの能力を解放したクロは、創伍の重要な記憶を握るパンダンプティを狩るつもりだったが……肝心な創伍は闘いを拒み、真坂部達が居ては場所が悪かったため、闘いを中断する形であのような荒技を使った。シャンデリアの下敷きになる程度でパンダンプティは死なない。それを見越したクロなりの手加減でもあった。
しかし……だからといって破片者を見逃すという選択肢は彼女には無い。
「さぁ創伍、今度こそあの破片者を倒そう。ボクの能力を最大限に使うんだ――」
「………………」
創伍を英雄にする為なら、どれだけ強大な破片者だろうと狩る。そうしないと創伍は英雄になれないし、それこそ彼女の使命であり存在意義でもあるからだ。
改めて創伍に手を差し伸べ、パンダンプティとの再戦に臨ませるクロであったが……
「……ダメだ、クロ。俺はアイツとは闘えない……闘いたくないんだ」
創伍の意思が変わらないことに、眉を顰める。
「創伍……この好機を逃しても、パンダンプティはキミとの約束など考えず、いつかまた彼らを追い詰めて殺すつもりだよ。あの破片者には守りたいものがあるけど、それはキミも同じじゃないか。これは戦争と一緒なんだよ」
「それでも……! 俺がアイツの命を奪っていい理由にはならないんだ! どうしたらいいのか分かんないんだよ……! 今は一度、キミの件も含めてW.Eの皆と相談させてくれないか……」
創伍にどれだけ真実を説いたとしても、彼の良心はパンダンプティとの闘いを拒み、クロの能力を用いてはくれないであろう。
「…………分かった。それじゃ裏ノ界へ戻ろう」
重要な記憶のパーツを間近にして断念せざるを得なくなり、クロは溜息を吐いて頷いた。
創伍は今、破片者と、その破片者が守りたいものを天秤に掛けてしまっていた。パンダンプティを――道化英雄として闘うべきなのか、友として救うべきなのかを――どちらも選べず心の中で揺らいでいたのであった……。
* * *
AM10:00 芝吹町 河川敷
時同じくして、花札町の隣町に位置する芝吹町。ニュータウンである花札町から少し離れ、河を跨いで掛けられたモノレール鉄橋の真下を陰にし、二人の男が屯していた。
「へぇ~、
「まぁ……そんなところだよぉ……」
人間に擬態したパンダンプティと斬羽鴉だ。記憶を封じられた真坂部を殺すつもりが、駆け付けた創伍とクロによって阻まれた為、その一部始終を鴉に共有していた。
「おいおい随分と大胆にやってくれたもんだなぁ」
鴉は自前の双眼鏡を手に、1km程先の河の向こう側に立つ工業団地内を観察する。
屋根や壁が倒壊し、炎によって焼け焦げた一棟の倉庫からは、歌劇場の観客席とシャンデリアの残骸。無人の倉庫をオペラ歌劇場に変えてしまい、その爪痕も放置して逃げると言うヒュー・マンティスの時よりも異様な光景に苦笑いが出る。
現場にはサイレンを鳴り響かせる応援のパトカーが続々と駆け付け、警察が周囲の被害状況の捜査。テレビ局も駆け付けて、有り得ない惨状をカメラに収める。
その中でひと際目立っていたのは、つい先程までパンダンプティに襲われていた真坂部と舘上の二人、そして工業団地の責任者だ。刑事は自分達が体験した事のありのままを同僚に説明しても理解して貰えず、責任者も倉庫を歌劇場に変えた覚えはないと強く主張していた。
……読唇術によって経緯を大方把握した鴉は、動物を連れて逃げてきたパンダンプティの落ち着きぶりに思わず唸る。
「まさかオメェ、真城創伍とダチになったりしたのはヤツを心理的に追い詰める為に……」
「いや、友達になりたいという僕の気持ちは本当さぁ……。これは偶然でもあるけどぉ……真城創伍故に必然になってしまっただけのことだよぉ……」
「必然になった?」
「そうとも……」
パンダンプティは手に持ったカバンから餌を取り出し、動物達に与えながら淡々と語る。
「真城創伍は……自分が真に何者で、どうあるべきかがまだ定まってないのさぁ……。使命とか役割は言われれば理解し、周りが言うから行動はするけど……」
「やらされてる感があるってのかよ」
「うん……道化が舞台を盛り立てる傍で、自分は英雄の真似事をする
手品を活かした戦術によって創伍達に敗北したあの時を思い出す鴉。英雄になる覚悟も条件も決まっていた創伍だが、それはあくまで自分の境遇を知り、道化英雄という役割を受け入れた彼を、道化がサポートしていただけのこと。
その能力を以てして、創伍自身がどうしたいかという明確な意思があれば、結果論とは言えど朱雷電やパンダンプティを相手に、手も足も出なかったなんて結果はなかったかもしれないのだ。
「結局アイツは、何の取り得もねぇタダのピエロって事か……」
そんな創伍に負けた鴉は、無性に腹が立ってくる――
「一度逃がしちゃったけど、刑事達はまた僕を追うだろうからこっちで引き受けるよぉ……。でも今の真城創伍はぁ……僕と闘う土俵に立ってすらいない……。だから――」
「――俺がヤツを殺す。テメェが敗れ去った場合に備えて、俺もいろいろ準備していたからな」
「フフフ……いいよぉ。元々はキミの獲物だしねぇ……」
斬羽鴉は腹を決めて、いつかの約束を果たすことにした。破片者を繰り出して遠巻きに見物などせず、正々堂々と闘ってやるという約束を……。
(ヤツを殺す事……それが俺の英雄になる条件だからな……)
そんな斬羽鴉のところへ、ある一羽の
肩に止まってきた一羽の烏と喉を鳴らしながらの親し気な会話を終える。
すると斬羽鴉は嘴を緩ませた。
「よし、準備は整ったようだ。俺ぁもう行くぜ――」
「はぁ~~~~い……悔いの無い勝負をしてきてねぇ……」
死闘のタスキを受け取った鴉はパンダンプティに別れを告げ、人目も気にすることなく河川敷を駆け、高く跳び立ち、すかさず銀翼を広げて大空へと消えて行った。
「…………さてぇ……いよいよ斬羽鴉の本領発揮かぁ……」
パンダンプティの眼に映る鴉は、朱雷電の命令で動くような手駒ではなかった。
真に自分がどうあるべきかという悩みの殻を破り、自らの足で飛び立った成鳥の様に見えたのだ。
そんな生き生きとした鴉とは正反対に、悩み苦しんでいる創伍との闘いの行方を是非間近で見たかったが……自分にはまだやるべき事が残っている。
自分と運命を共にしてくれる家族を連れて、パンダンプティはまたどこかへと歩いていくのであった……。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます