第25話「道化の歌劇目録」1/2
「ふ〜〜〜〜ん……どうあっても僕とは闘わないつもりかぁ……」
「あ、アイツ……! なんて馬鹿なマネをっ……!!」
創伍の我が身を顧みない行動に、その場に居た誰もが愕然とした。パンダンプティが投げた物置棚を背中から一身に受け止め、盾となって真坂部達の退路を確保したのだ。
「ハハ……そんなに叫べるなら……どうやら、怪我は無さそうっすね……」
「ききき、キミ! どうしてこんな無茶を?!」
「俺は平気ですから……その窓を割って、
頭から血を流し、膝をついて耐えながら創伍は舘上を逃がそうとする。
並の人間なら即圧死であろう無謀な行為。幸い創伍の身体能力と生命力はこれまで取り込んだ破片者によって向上しているため、下敷きにならずに済んでいるだけだ。これ以上出血が続くと長くは保たないだろう。
「創伍ぉ――!!」
そんな創伍の自己犠牲ぶりに、最も取り乱していたのはクロであった。彼女にとって創伍は自分の全てだ。仕える道化よりも主が血を流している――ましてや他人の為になど考えられなかった。
(どうしてだよ……。創伍がボクを使ってくれれば、パンダンプティを倒すなんて造作もないのに!)
この闘いで創伍の本領を発揮させ、あわよくば道化英雄の能力の使い方を手解くつもりだった。しかし万が一此処で彼に死なれては、クロの愛慕という渇望と創伍との契約を自分自身で裏切ることになる。
(やむを得ないか……!)
ならばこの場は一度退くしかない。そのように意を決したクロは――
「――
創伍の手を借りずして、自らの能力を解放した。
まず彼女が小さく呟いた言葉が合図となって、倉庫という空間が「闇」へと変わる。まるで電気のスイッチを押し、一瞬にして世界を全て消し去ったかの様な、一筋の光も差さない暗闇。いきなり夜になった訳でも、黒煙を巻き上げたりというチャチな小細工を施したのではない。
世界そのものが彼女に呼応し、空間そのものが変異したと言うのが正しいだろう。
「これ……は……」
重傷の創伍も、真坂部達も、そしてパンダンプティも……ふと気付けば前後左右、足場も天井も見えない無重力空間に立つ感覚に陥る。足は地についても、闇が覆って何も見えない。誰もがその場から不用意に動けなくなっていた。
無音のまま時間が過ぎていく内に、生きているのか死んでいるのかも分からなくなりかけた時だ。
「レディース、アンド……ジェントルメン!」
少女の声が高鳴り、一か所にスポットライトが当たる。そのライトに照らされているのは、この奇妙な状況を用意したクロに他ならない。
彼女の姿は既に変わっていた。「
「ご来場いただいた紳士淑女の皆々様――この度は我ら道化英雄の舞台をご観覧いただき誠にありがとうございます。司会進行を務めさせていただく私は『
マイクを片手に簡単な自己紹介を済ませるクロ。溌剌としたシロとは真逆で、鋭くクールな司会進行である。
「本日皆様には、私の目録にある歌劇の
クロの前口上は四人の注目を一身に集めていた。真坂部と舘上は既に現実離れの連続に混乱しっ放しだが、パンダンプティと創伍は彼女の能力を目にするのは初めてだ。
「クロ……何を……??」
「…………黒い道化師……どう仕掛けてくる…………」
陽気な音楽を垂れ流し、カラフルな花火を打ち荒らすシロの行進が敵を挑発する為の一つの戦術と呼ぶなら、クロの歌劇は相手の動きを止める呪縛と呼べる。
理由はこの無辺際な闇だ。ライトに照らされているだけのクロが如何に無防備でも、罠があるのでは……或いは既に攻撃を仕掛けて来ているのでは……と、思慮深いパンダンプティの警戒心を高めさせ、動きを封じているのだ。
呪縛による足止めが功を成し、遂にクロの舞台は準備が整った――
「
演目名を唱えると、いくつものサーチライトが点灯。闇が瞬く間に消え去って、急に眼界が開けていく。
同時にパイプオルガンの演奏が始まり、舞台の幕開けを報せる。
広がってきたのは殺風景な倉庫ではなかった。黄金の装飾に彩られし柱に囲まれた広大なオペラ歌劇場――馬蹄形のフロアには深紅に染まった客席が並び、いくつものバルコニー席が連なって、ライトが歌劇場のプロセニアムステージを照らし出す。
そのステージの中央に立たされていたのは創伍ではなく……パンダンプティであった。
「これはぁ……まさか……」
そう……クロの「
そして目録の中の「オペラ座の怪人」とは、オペラ座に潜む醜き怪人の、想い人を巡る殺戮劇の幕開け……クロはその一端を再現する。
「――ぐわああああぁっ……!!」
唐突に悲鳴を上げるパンダンプティ。神経を研ぎ澄ませクロの攻撃に注意していたつもりだったが、クロは既に手を下していた。
彼を襲ったのは、天井から吊るされていた直径約5m級のエンパイア様式のシャンデリア。フロア内に響く音楽と、自分を照らすライトの光で、シャンデリアの落下を察知させないよう視覚と聴覚を封じていたのだ。
頭上に自分を覆ってしまう程の巨大なシャンデリアを落とされ、下敷きになるパンダンプティ。まるで創伍に与えた痛みまでもクロに再現され、仕返しを受けているようであった。
それだけに留まらない。この空間の内装だけを変えたことによる二次災害であろう。シャンデリアの落下によって吊るしていた装置が壊れ、天井もそのまま崩れ落ちてきた。加えて蝋燭も本物を使用しており、床に倒れた事で引火し、劇場内が火の海に包まれてしまう。
オペラ座の怪人でも、プリマドンナを演じようとするカルロッタへの警告として、怪人役のエリックがシャンデリアを舞台上に落とし、劇場内を混乱の渦に巻き込んだのだ。
「先輩……なにが……どうなってんです……?」
「きっと俺達は…………夢を見ているんだ……」
「さぁ! ご来場の皆様、この劇場は間もなく崩れ落ちます。急いで非情口からお逃げくださいませっ――」
「へ……あ、あぁぁ! 先輩! 今のうちにぃぃ!!」
「…………舘上、平気だ。きっとこのまま何もしなくても、夢から覚めるって……」
「早く~~!! 走ってくださいってばあああ!!」
その混沌ぶりを最前列で見せられた刑事達は完全に放心状態であったが、クロに非常口へ誘導されると、二人三脚且つ覚束ない足取りで辛くも脱出した。
「それでは皆様。次の機会がありましたら、また歌劇場でお会いしましょう。スィーユーアゲイン……!」
舞台は中止という形ながら幕を下ろす。崩落していく歌劇場の中、クロは焦る様子もなく、最後まで笑顔で司会をやり果せた。
「…………ク…………ロ…………」
「…………ふぅ」
そして一息吐いて、創伍の方へと歩み寄る。気付けばクロの歌劇目録によって、のしかかる鉄塊から解放されていた創伍は、壁際の通路にて身体を横にして彼女を見守っていた。
「あぁ……愛しい創伍。ごめんなさい。キミをこんなに遭わせてしまったのは、全てボクの責任だ」
「…………………」
「でも大丈夫さ、傷はすぐに治せる。あの破片者を逃がすのは惜しいけど、創伍がボクを受け入れればいつでも倒せるから……今はひとまず此処を出よう」
当初の目的を果たし損ねたが、創伍を失わなければ何度でもやり直せる。クロは倒れた創伍を優しく抱き上げ、パンダンプティを置き去りにしたまま、燃え上がる歌劇場から脱出するのであった……。
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