第24話「すれ違いの果てに」3/3
AM9:39 花札工業団地 倉庫内
「っ……このチキショウ!」
追い詰められた真坂部は躊躇なく拳銃を取り出し、目の前に聳える怪物へ発砲する。
「フフフフ……」
銃弾が胸板に命中するも……カツンという虚しい音が鳴るだけで眉一つ顰めない。
「バケモノめ……!!」
「先輩……早く逃げましょうよ……!」
照準を頭部に切り替え、残りの銃弾も全て発砲する。自分のを使い切ったら、何も言わずに舘上の拳銃をも取り上げて撃ち尽くしていく。
「気が済むまで抵抗するといいよぉ……。僕とキミ達とではハンデが有り過ぎるからねぇ……」
身動き一つもせず無防備だというのに手応えは変わらない。それよか怪物は真坂部のことを脆い小動物を憐れむように見下ろしながら、弾切れを起こすまで待っているのであった。
「……来い、逃げるぞっ!」
やがて弾切れを起こすと、真坂部は舘上を引き連れて一心不乱に走り出した。向かう先は倉庫の隅――自分達が入ってきた窓から急いで抜けようとした。
しかし……誘き寄せた張本人がそれを知っておきながら逃がす筈もない。
「おっと……それは許さないよ」
ズガガガガッ――!!
倉庫内に配置された物置棚が、巨腕により薙ぎ払われる。捻じれ曲がった鉄屑と化したそれは、あまりの威力でボールの如く撥ね飛ばされ、真坂部達の退路を一瞬にして塞いだのであった……。
「ひぃぃぃぃぃっ……!!」
「…………っ!!」
「キミ達には僕個人の事情で死んでもらう以外に……仕事上の都合でも死んでもらわないといけないんだぁ……だから逃げられるのだけは困るねぇ……」
数秒早かったら鉄屑の山に押し潰されていた……。だが侵入したこの窓以外に退路は無く、入り口の大扉は施錠されている。最早絶体絶命だ。
「此処は僕の仲間達が隠れ家に使っていたんだけどぉ……今じゃ殆ど死んじゃって誰も使わないから、いずれ取り壊すことになってたんだぁ……。でも閉鎖された倉庫が、何の痕跡も無く壊されたっていうのは変でしょお……? こんな怪物である僕の存在が気付かれないようにするには、キミ達をただ殺すより、此処でついでに死んでもらう方が都合が良いんだぁ……」
「それだけの理由で俺達を……! 」
「刑事二名、殺人事件の犯人追跡中に倉庫の崩落事故に巻き込まれ死亡……って具合に片付けられるだろうねぇ……」
怪物から明かされた、真坂部達が標的となる理由。それは人間の命を物の如く扱うような実に無差別的且つ残忍なものであった。百歩譲って自分が事件の犯人を追っている最中に不慮の事故で殉職となればまだしも、こんな怪物に、しかも自分達の身を隠す為だけに選ばれるなど……
「待てよ……」
身を隠す為だけに……
「まさかお前は――」
こんな時にも関わらず、またも真坂部の勘は冴えに冴えた。
この人間に擬態出来る怪物は、現在世界を騒がせている大量殺戮の犯行グループの一員ではないか――という疑問が出たのだ。
確たる証拠も無い。今日まで殺人現場に痕跡一つ見つかっていない。それがこの人間離れした己が身を隠す為だけの理不尽極まる理由で、罪無き人々の命が弄ばれた――そう仮定するだけで、真坂部の中で点と線は次々と繋がっていき、彼だけの真実に辿り着くのであった。
ただそれを口に出さず、指を差しながら震えて立ち尽くす真坂部に対し、怪物は答えた。
「ほぉ~……キミは常人より素晴らしい洞察力を持っているようだねぇ……。皆まで言わなくともキミの憶測はきっと正しいと思うよぉ……」
「じゃあお前が……この一連の事件を……!!」
「それは違う。僕はどちらかと言うと巻き込まれたのさぁ……。こんな暗殺なんて請け負いたくなかった……。本当ならキミ達は、とっくに僕の仲間に殺されて今この世に生きてはいないんだからねぇ……」
「何だと……? 俺達が……??」
「今頃死んでいた……って、どうゆうことっすか……!?」
ようやく掴めた犯人の足取りを前に、怪物の口からおかしな発言が出た。
今日まで二人は身の危険を感じたような事件に巻き込まれていない……なのに本来ならもう死んでいたというではないか。
「まさか……俺のさっきの違和感ってのも……」
この数週間の記憶が曖昧なのと何か関わりがあるのか――既に自分達はこの事件の真相に一度近付いていたのではないか、という疑問が蘇るものの……
「おっと、お喋りが過ぎたねぇ……。キミ達が生きていることに関しては僕の管轄外だぁ……そろそろ僕は仕事を終わらせてもらうよぉ……」
全てを知るには至れない。怪物は無慈悲にも、真坂部と舘上に死を下すことを選んでいるのだ。
「それじゃあ……さようならぁ~……」
「あっ……あぁ……!!」
「うわあああああ! 誰か助けてえええぇっ!!」
怪物は再び巨腕を高らかに上げて、二人を捻り潰そうとした。
その時だ――
「やめるんだっ――パンダンプティ!!」
振り下ろされた禍々しい鉄の爪が、真坂部達の頭上で止まった。
「あれ……僕達……死んだ? まだ死んでない……??」
「はぁっ…………はぁっ……!! どうし……た……!?」
身を屈めていた舘上や真坂部は、死を目前にした緊迫感と恐怖で何が起きたかさえ分からなかった。怪物が腕をゆっくり引っ込ませた頃に、ようやくまだ生きていると実感出来た。
「あ~~~~あ……まさかこんなに早く来るなんてねぇ~~~~……」
怪物が躊躇ったのは刑事達に情が湧いたからではない。倉庫内に響いた
怪物はもう真坂部らに脇目も振らず、その人物の方へと振り返っていた。
腰が抜けてしまって立てない真坂部は、怪物の巨体が邪魔なため、なんとか床を這って脇からその声の主の顔を拝もうとする。
「真城 創伍……できればキミには来てもらいたくなかったなぁ……」
「パンダンプティ……!!」
怪物と向かい合う声の主は、どこにでも居そうな高校生くらいでありながら何故か患者衣を着た少年。そしてその隣には黒のワンピースを着た幼い少女が立っている。
「なんだ……あの、ましろって少年……?」
顔や名前に見聞きした覚えが全く無いのも当然だ。
真坂部は今、あるきっかけにより数週間分の記憶を封じられている。その記憶の中では確かに少年と会っていたのだ。
「痛っ――なんかおかしいぞ……」
しかし本来覚えてない筈の少年を再度認知したことで、彼の過去と現在の記憶に矛盾が生じる。強い頭痛が伴いはすれど、遠い日の記憶を思い出しつつあった。
「俺はいつかどこかで……彼を見たような……」
* * *
クロの『
「パンダンプティ……どうした! 何があったんだよ!?」
「……………………」
「約束したじゃないか……俺達は闘わないって! 動物達を守る為に、人間社会に馴染めるようにひっそり暮らしたいからって……なのにどうして!」
「そうだね……約束はしたよぉ……。でもその約束を破らなくちゃいけなくなったんだぁ……」
「いけなくなった……!?」
パンダンプティは悪びれる様子もなく言葉を続ける。
「この
「あぁ言ったさ……でも彼らを脅かす人間が現れたらって……! そこの刑事さんが何か悪いことをしたのかよ!?」
「………………」
「まさか人質にされてるのか? 鴉の奴に脅されて、それで刑事さん達を狙うように仕向けられたんじゃないのか!?」
動物達を守りたいというパンダンプティの意思の強さは、創伍が一番理解したつもりだ。彼らを二の次にして闘いを求めるような事は出来ないはず。
「どうなんだよっ!」
「………………」
しかし彼らを守る為に闘わねばならない時は、迷わずその身を投じるだろう。こんな状況を作り出せるとしたら、創伍の頭に浮かんでくるのは破片者を束ねる斬羽鴉だった。
「悪いけど僕には時間が無い……。僕は二人を殺さなくちゃいけない……キミが二人を守ると言うのなら……キミも殺さなくちゃいけない……」
「そんな……!」
「だからキミも僕を殺すつもりで来るんだ……。じゃないとキミが死ぬんだからねぇ……。さぁどこからでもおいで……
それでも本心は明かさぬまま、パンダンプティは刃爪光る両手を広げて雌雄を決する構えであった。
「キミに言われるまでもない。ボクらは破片者を狩るのが使命なのだから……さぁ創伍――共に闘おう」
「クロ……」
「大丈夫だよ創伍。キミにやってもらうのは、ボクの言う通りのイメージをするだけ。この破片者を取り込めば、創伍は今よりもっと強くなれる。より強い存在へとなれるから……さぁ!」
無論困惑する創伍の隣に立っていたクロも同じ気持ちだ。そうでなければ此処に来ていない。手を差し伸べ、創伍を高みに導こうとするが……
「ダメだ……俺は闘いたくない……!」
なんと創伍はパンダンプティとの闘いを拒んだ。それは同時にクロの願望をも否定したことを意味し、彼女は耳を疑う。
「どういうこと……? キミが破片者を止めたいっていうから連れて来たというのに、どうしてボクの
「クロ……恐らくキミの手を借りればパンダンプティには勝てる。でもそれじゃアイツの守りたいものを壊すことになるんだ」
「平和を訴えかけるのは結構。だけどパンダンプティはあの人達を殺すつもりだ。創伍が闘わなきゃ彼らは救えないんだよ」
「だとしても!! アイツを殺したら……誰が動物達を……」
創伍が勝てば、動物達にとっては家族も同然のパンダンプティを殺してしまう。まさに破片者と同じ奪う側の立場である事に迷いが生じてしまっているのだ。
「さて……来ないならこっちから行こうかなぁっ――」
対照的にパンダンプティには迷いが一切無い。その巨体に見合わぬ俊敏さで、真っ先に創伍へ向かって突進を仕掛けた。
「――創伍!!」
「うわっ?!」
クロの念動力により突き飛ばされ、倉庫の壁に激突した創伍。そうしていなくては鉄球の如しパンダンプティの攻撃を僅差で避け切れず、鉄柱とサンドイッチになってお陀仏になっていたところだ。
「創伍! 早く起きてボクと一緒に闘うんだ!」
「ダメだ……俺はアイツと、闘いたくない……!」
「……!? 創伍ってば!」
「刑事さん……っ! 早く……別の窓を割って逃げて……!」
それぞれの意思はすれ違うまま、闘いの火蓋は既に切って落とされている……。
だがどんなにクロに急かされても創伍は闘おうとしなかった。それどころか衝撃による眩暈を堪えながら、傍で見ていた真坂部達に、声を振り絞って逃走を促したのだ。
「ば、馬鹿を言うなっ! 一般市民を残して俺達が逃げるなんて……!」
「いやいや先輩……早くここから逃げた方がいいですって……! 早く応援を呼びに行きましょうよっ!」
「だからってあの少年を見捨てる訳には……!」
かといって拳銃を撃ち尽くした真坂部が今更加勢しても、パンダンプティをどうにか出来る訳でもない。それなのに市民を見捨てて刑事が逃げるなど彼のプライドが許せなかったのだろう。進退窮まってしまったのだ。
事態はまさに泥沼。猛獣の檻の中で、獲物が逃げず暴れもしないという最悪な状況。
「……ええい、じゃあ僕が呼んできます!!」
そこで舘上が僅かな希望に縋る思いで、もう片側の密閉された窓の方へ駆け寄り、拳銃でガラスを叩き割って脱出を試みた。プライドより恐怖心が勝ったという点では彼の方がまだ冷静だったと言えよう。
だが突進の反動で出遅れたものの、パンダンプティも実に臨機応変だった。
「逃がさないよぉ〜……っと――」
まだ倉庫内で倒れていない物置棚をいくつか刃爪に引っ掛け掬い上げる。そしてそれをピンポイントで舘上に狙いを定めて放り投げたのだ。
その一瞬を見落としていた舘上は、拳銃でガラスを割って喜ぶのも束の間――
「よしっ……! これで逃げられますよ先輩!」
「舘上!! 逃げろぉ!!」
「いや、だから逃げます……って、わああああああぁっ?!」
真坂部の声に振り向かされ、後ろから迫ってくる大量の凶器を目にし、絶叫を上げるしかなかった……。
ズダダダダァッ――!!!!
反射的に身を屈めながら床に転げ落ち、轟音と衝撃に埋もれていく舘上。
「………………」
今度こそ助からないと諦めていたが……
「え……? あれ、僕まだ生きてる…………」
凶器は舘上に命中しなかった。無傷であったのだ。
だが奇跡的に助かったと言うと嘘になる。あくまでもその凶器から彼を救ったのは奇跡なんかではなく……
「けい、じ……さん。怪我はない……ですか……」
「え、あ……うわああああああああっ――!!」
創伍であった。
パンダンプティの投擲よりも速く、死に物狂いで舘上のもとまで疾駆し、覆い被さるようにして投げられた物置棚を全身で受け止めていたのだ。
闘いを拒み、舘上を庇った創伍の頭頂からは温かな血が、肩や腕からポタポタと滴っていくのであった……。
* * *
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