第24話「すれ違いの果てに」2/3
AM9:32 花札工業団地
けたたましいブレーキ音を上げた車を引戸門扉の前で急停車させ、工業団地へ到着した真坂部と舘上。二人を此処へ誘った白黒コートの男を急いで探そうとしたところ――
「先輩!あそこに居ました!!」
降りて十秒も掛からず、二人の視界に現れた。
「フフ…………」
既に敷地内に侵入しており、逃げも隠れもせずご丁寧にも二人を待っていたのだ。そして怪しげな微笑を浮かべつつ手招きしながら団地の奥へと走り去る。
「そこのおじさん! ちょっと待って!!」
「仕方ない。追いかけるぞ舘上――」
二人は目的や意図も分からぬまま、門をよじ登って男の後をつける。
高さ20mの白塗りの倉庫が並び立つ団地内。閉鎖前なら重機や大型トラックの騒音ばかりが飛び交っていただろうが、今は三人の靴音しか響かない程静かで、目を瞑ってても男の足取りを追えそうなくらいだ。
やがて行き止まりに差し掛かると、男は一棟の倉庫へ向かう。
そこは窓ガラスがいくつか割られており、壁にはスプレーによる落書きが施され、数ある倉庫の中で一際見栄えが悪かった。
男が慣れた様子で割れた窓から倉庫へ侵入すると、後から辿り着いた真坂部らが立ち止まる。
「うわぁ……最近閉鎖して間もなく不良とか浮浪者の溜まり場になってるとは小耳に挟んでましたけど、こりゃまた随分好き勝手に荒らされてますねぇ」
「俺達をこんなとこまで連れて、一体何が目的だ……?」
「もしかしてオヤジ狩り!? 僕まだオヤジって程の歳じゃないですけど!」
「いずれにしても捨て置けないな……行くぞ」
引き連れていた動物達のことは何処へやら。今の真坂部達にはもう男の不審な行動しか目に入らなかった。部外者なら此処に侵入をしている時点で逮捕沙汰ゆえ、どんな目的があろうとも事情聴取をしなくてはならない。無論襲われることも考慮し、拳銃の残弾数もしっかり確認し終えると、男と同じく割れた窓から倉庫へと突入するのであった。
……
…………
………………
天窓から光差し込む倉庫内には、大量の物品を保管する為の物置棚が間隔を空けて置かれている。しかし物陰になる肝心な荷物は閉鎖前に回収されているため、逃げ込んだところで身を隠せる場所などは皆無であった。
そんな倉庫の真ん中で、男はただ棒立ちしていたのだ。
まるで二人の到着を待っていたかのように……。
「――アンタ。此処の関係者……ではなさそうだな」
「……………………」
真坂部はいとも容易く追い詰めた……と言うと語弊が生じる。端的に言うなら、奇妙な格好をした男の思わせぶりな振る舞いが引っ掛かって尾行しただけで、早とちりも十分有り得るのだ。
「入り口の貼り紙が目に入らなかったかい? 此処は現在立ち入り禁止ってな。もしアンタが部外者なら、なんで勝手に立ち入ってまで俺達を連れて来たのか話を聞かなくちゃならない。こういう者なんでね――」
「……………………」
だがここまで来て何もない筈はない。警察手帳を見せ、自分の身分を明かす真坂部。刑事という立場を最大限に有用し、手っ取り早く話を進めていくのであった。
「もし俺達に用が有ったんなら、わざわざこんな回りくどい事せんでもさっきのロータリーで話せたろ。それとも何か……俺達以外に知られちゃいけない隠し事でも有るのか?」
「……………………」
「……どうした。疚しいことが無いなら素直に答えられるだろ」
これまでの男の不可解な行動は、二人から見ると自ら虎穴に飛び込んでいるだけ……それでもサングラス越しに瞳を覗かせてくるだけで、焦って逃げたり苦し紛れに抵抗するような様子も見られなかった。
「お、おいっ! 黙ってないで返事くらいしろよっ」
「……………………」
「あぁえっ、いや……その……っ! してください……」
舘上が声を荒げて白状させようと試みるも一切動じず。一貫とした寡黙ぶりがかえって不気味さを強調し、逆に自分が引っ込んでしまう始末。
「……仕方ない。此処の関係者でないなら不法侵入の現行犯だ。ひとまず署まで来てもらう。おい舘上、手錠だ」
「あっ、はい……!」
結局双方向かい合ったまま一分程の沈黙が続いたが……痺れを切らして先に降りたのは真坂部だった。イカれた浮浪者の徘徊に付き合わされ時間を無駄にした――という愚痴を胸中に留めたまま、警察署まで連行することに決めた。
舘上はおそるおそる男の手首を掴み、ポケットから取り出した銀色の手錠を見せつけるものの、やはり最後まで抵抗されない。
(結局最後まで分からなかったな……コイツ一体何がしたかったんだ……?)
カシャリという施錠音が冷たく鳴り響いた時、この無意味な追走劇に幕が下りる……筈だった。
「――フフ」
それが引き金となったのかはわからない。ただ終始無言であった男が何の前触れもなく突然笑い出したのだ。
そして長く守っていた沈黙を破る。
「フフフフフフ……。隠し事かぁ…………無いと言えばぁ……嘘になるねぇ……」
これ以上関わる必要など無いと決め込んだのに、やはり真坂部は耳を傾けてしまう。この時間を無駄にするよりかは、少しでも不可解な行動の理由を知りたかったからだ。
「……なんだと」
「別に大したことじゃないんだぁ……。急遽頼まれた
「ほう……こんな何もない物置倉庫でか。一体どんな仕事があるんだ?」
「そうだなぁ……極端に言うとぉぉ……」
(薬物や爆発物を隠すなら誘き寄せる必要はない。もしここを選ぶが理由が有るとしたら……)
男から直接聞き出す前に、真坂部の中でもその答えを消去法で導き出そうとした。
(俺達を狙って……――)
「
それぞれ同じタイミングで答えが出た時――
――ドゴンッッ!!
電信柱が落下でもしたのか、コンクリート同士がぶつかり合う様な破砕音と共に、倉庫内に衝撃が走る。
「うわぁっ?!」
「っ……!?」
それもたった一度だというのに、二人の視界と足元が崩れて転倒してしまう。唐突な出来事に何が起きたのかと顔を上げる真坂部。
「何だよこりゃあ……!? 何がどうなって……!!」
その眼に映っていたのは、巨大な緑色の壁。いや……目を凝らして見ると竹であった。
何故このような物が自分の前に現れたのかは、嫌でも理解させられる。
「あ〜〜あ……やはり一部だけ擬態を解くというのは難しいもんだねぇ……もう少しでペシャンコに出来たのにぃ……惜しかったなぁ……」
「……はっ!?」
なんとそれは男の
「うわぁぁぁ〜〜〜〜!! なんだこの男!? 腕がいきなり大きくなったぁ〜〜〜〜!!」
「こいつ……バケモノか……?!」
「うんうん……正常な反応だねぇ。コレを隠したいからキミ達を此処へ連れて来たって言えば納得してくれるかなぁ……?」
物理法則を目の前で無視した非現実的な奇襲に、夢を見ているのかと錯覚して言葉も出ない真坂部と、絶叫する舘上。
「なんでこんなのが……いきなり俺達の命を狙って……!?」
だが真坂部には理解出来なかった。この男が何者で、何故こんな回りくどい方法で自分達の命が狙われなくてはならないのか。ましてや怪物相手に理由など浮かぶ筈もなかった。
「まぁ当然そう思うよねぇ……。だってキミ達はぁ……単に殺される理由を
「思い出せない……だと?」
「でもキミ達は知らなくとも、僕には殺さなくちゃいけない理由が別で出来ちゃったんだぁ……。もっとも僕の正体を見た以上はぁ……生きて帰すつもりはないんだけどぉ……」
そう言って男は擬態という化けの皮を全て脱ぎ捨てる。拘束していた手錠はあっけなく外れ、腕以外の全身からは竹や岩のようなものが隆起していき、その正体を真坂部達の前に現すのであった。
「…………あぁぁ……!」
「ぱ……ぱ……パンダの怪物だああっ!!!!」
白黒コートを着ていた大柄の体躯が小さかったと見違える程、男は一瞬にして倉庫の天井にまで届く巨大な怪物へと変貌を遂げる。
そしてその姿は舘上の反応通りパンダとしか言いようがなかった。
「それじゃあ申し訳ないけどぉ……死んでもらうねぇ……」
閉鎖された無人の倉庫内。まさに袋の鼠となった二人の刑事は、何も思い出せぬままその命を狩られようとしていた……。
* * *
AM9:37
時同じくして創伍は、気付けば自分と同じベッドで寝ていたクロと名乗る少女の出現に困惑していた。
「ちょっと待ってくれ。その……クロ……」
「どうかしたかい? 創伍」
「キミがシロの別人格ってことはひとまず受け止める。それよりも今キミが言った新たな悲劇が起きるっていうの……一体どういうことか教えてくれ」
「どうもこうも……ボクらの敵は九闇雄ではなく破片者だろう? そしてボクらの使命は、預言書の実現に暗躍する破片者を狩ること。その破片者がまた現界で、創伍の知る人間を殺そうとしているのさ――」
「――なんだって!?」
創伍の強い願望により顕現したクロ曰く、今度は闇雄ではなく破片者が、まるで創伍に
「誰だっ! 誰が襲われてるんだ!?」
「ん…………」
「あっ、ごめん……!」
焦燥に駆られてクロの肩を強く掴む創伍。痛がる表情を目にし、一瞬で我に返った。
「……いいんだよ。この握力、創伍が僕を強く求めてくれてる証拠だもん。興奮しちゃうよ……」
「………………」
「フフフ♪ 勿論ちゃんと答えるよ。これを見てごらん――」
シロと同じように、クロはどこからともなく黒い羽衣を取り出し、フワリと翻してみせる。すると何かがうっすらと映像の様に浮かんできたのだ。
「あれは……刑事さん達!?」
真坂部と舘上――かつてオボロ・カーズと斬羽鴉と闘った際に救助した、創伍以外にアーツの存在を知った数少ない人間。その後アイナのタロット術によってその時の記憶を抹消し、自分達との関わりは断ち切れたというのにまた運悪く破片者に襲われているのだ。
「嘘だろ……また彼らが狙われてるなんて!! まさか鴉の奴か!?」
「いいや。もっとよく見てみなよ……」
「え……」
そして彼らを死へと引き摺る悲運は、やはり創伍を逃がすことはない――
「……パンダンプティ……!?」
二人を襲う破片者――それは昨日倒したはずのパンダンプティであった。
「そう……三十三番目のマシロズ・デブリさ」
「なんでだよ……なんでアイツが刑事さんを襲ってんだよ。だってアイツは……行き場のない動物達を引き連れてて、彼らを守る為にも俺達とは闘わないって約束したんだ! なのにどうして!」
「ふーん。そんな約束をしたんだ……」
裏切られたとは断言したくなかった。握手をしてまでパンダンプティと友情を深めた創伍にとって、初めて血の気の多い破片者の中から出来た友達であったからだ。
きっと何か事情があると思いたいところだが、それでも真坂部らが襲われてるという事実は覆らない。
「創伍も甘いねぇ。アーツに約束事なんて全く意味を成さないよ。破りたくなったら力で捩じ伏せればいいんだから……。でもあの破片者は、創伍が英雄になるにあたってとても欠かせない記憶を有しているパズルのピース。このまま見逃して犠牲を増やすよりかは……誓いを破ってでもあの破片者の能力を得た方が効率的だと思うけど……」
「ぐっ……うぅっ……!」
クロが淡々とした口ぶりで混乱する創伍に現実を突きつける。創伍は何とかして闘わない方法を模索しようとしたが……向こうの状況を見るにそんな時間は無い。その時にまた考えることにした。
「クロ――とにかく今は急いで刑事さんの下へ向かいたい! どうしたらいい!」
「仰せのままに……だからこそボクがいるんだよ」
待ってましたと言わんばかりに得意気な顔をするクロは、何の説明も無しに小さな手を差し伸べてきた。
「ボクの手を握って、あの刑事さんの姿を思い浮かべるんだ」
「あぁ……!」
迷うことなく彼女の手を握り、集中して二人の姿を鮮明に思い出す創伍。
すると二人が座っているベッドの下から黒い煙が沸き出てきた。
「これは……」
「『
嘗て真坂部らの救助へ向かおうとした際と同じシチュエーションに、クロとシロは共通の能力を有していることを、創伍は概ね理解した。
「丁度いい機会だ。これからボクの英雄として闘う創伍には、向かった先で道化の能力の使い方を手取足取り教えてあげるとしよう――今の創伍を見るに、シロはサポートをしてただけで、応用は教えてなかったようだしね」
「そ……そうなのか」
「この瞬間移動術だってそうさ。創伍がイメージした人物の気配をキャッチさえ出来ればいいのに、わざわざ人間の私物に細工をし、手品の真似事をしていたんだからね。あんな重傷になったのも自業自得だよ」
「………………」
黒煙が二人を包み込み、メディカルセンターから去ろうとする直前、奥側のベッドで寝込んでいるシロの方へと視線が向く。
(シロ…………)
創伍はシロを自業自得だとは思わなかった。むしろそう言われるべきは、朱雷電に手も足も出ずシロに重傷を負わせてしまった自分だ――元々シロと一緒に闘っていたと言うより、彼女にサポートされるがままに闘っていたと言うのが正しいのだから。
そんなシロを置き去りにして今度はクロの言われるがままに従う――どことなく彼女を裏切ってしまっているような後ろめたさがあった。
(ごめんシロ……ゆっくり休んでてくれ……)
それでも今はパンダンプティを止めるしかない――運命の悪戯に抗うべく、創伍は黒い煙と共に病室の中から消え去るのであった……。
* * *
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