第20話「死闘の終幕」2/2



 鈴々達の窮地に駆けつけたのは、W.Eに名を連ねる大英雄の一人。いかに深い闇の中でも、その金色こんじきの長髪を目にして気付かぬ者は居ない。



「遅れてすまない。よく耐え凌いでくれた。釣鐘、美影――」



 月詠乃つくよの 守凱かい――その人であった。


「か……守凱さんっ!!」

「やりぃ〜!! 大隊長キター!! これで勝ち確ですわー!! ざま見ろオラアアアッ!! これで貴様もおしまいですわねぇ! 命乞いするなら今のうちですわよー!?」

「いや鈴々、あんたがエラそうにすんのおかしい」


 さっきまで二人の顔に浮かんでいた絶望は、まるで嘘だったかのように消え失せる。それだけ守凱の実力はW.Eの中で十二分に知れ渡っていると言えよう。


「フフフ……フフフフ!! 久しぶりじゃねぇか、月光のぉ!!」


 守凱の腕を強く振り払い、満身創痍ながらも構える朱雷電。彼にも守凱の事は既知の事実であった。


「あれ……守凱さん、アイツと知り合いなの!?」

「……知り合いと言うより旧き敵同士と言うのが正しいな」

「へぇ〜! アイナさん以外とは繋がりを持たなそうな大隊長に好敵手ライバルが居たとは驚きですわー!」

「釣鐘……少し黙っていろ」


「敵同士か……フフ……フハハハッ……! 誇りを捨ててせいを拾って逃げ出した、どっかの負け犬と同列に扱うんじゃねぇよ!」


 しかし守凱の加勢により、窮地に立っているはずの朱雷電の顔には笑みが浮かんでいた。それは再会した事への歓喜ではなく、この二人だけしか知らないに終止符が打てる事に昂っているようにも見える。


「裏ノ界に落ち延びている噂だけは耳にしてたが……まさか烏合の衆たるW.Eの下で飼われてるとはな……! VIP待遇でも釣り合わぬ程さぞかし重宝されてるんだろう……フフフフフ!」


「………………」


「だが俺も随分と見くびられたもんだなぁ……! 手駒共に時間稼がせて、いざイイとこ取りに現れて俺を倒せると思ってたなら……とんだ見当違いだぁっ!!」


 創伍との衝突で最大出力だと宣っていた朱雷電の体内からは、またも強大な赤光が迸る。

 嘗ての宿敵を相手に見栄を張っているとは思えない。その底知れぬ彼の体力に戦意を失った乱狐と鈴々は、たまらず瓦礫の陰に身を隠す。


 しかし守凱は……怯みもせず、構えることなく、ただ澄ました顔で朱雷電と向かい合うように立っているだけだ。



「しいいぃあっ――!!」



 残った体力を出し切るつもりで駆け出し、手刀の連撃を放つ雷電。

 顔面、頸動脈、心臓――いずれも一撃を受けてしまえば死に至るであろう急所を、一秒間に十回以上は狙って突かれているのに、守凱はそれら全ての攻撃を紙一重で躱していく。呼吸も乱れず、髪の毛一本切らせない程の俊敏さだ。

 しかし防戦一方でもない。回避し切れない攻撃には、腕を伸ばして防御で受ける。朱雷電の赤光に直接触れていながらも、身体は麻痺することなく反撃に転じた。


「はっ――!!」


「ぎいいぃぃ……っ!!」


 闘気を込めた守凱の打撃は岩をも砕く。その威力を掌の一打で見舞うと、朱雷電はすかさず両腕で受けた。周囲に衝撃が走り、骨が砕けそうな痛みに耐える。守凱の実力を知っている彼も、心臓などの急所を突かれては一巻の終わりだからだ。


「周辺の異界調査から戻ってきただけだ。勝つことに固執するお前と違って、俺はそんな姑息な手段は使わない。お望みなら後日改めてサシでやってもいい」

「冗談じゃねえっ!! テメェには丁度いいハンデだ! どちらの光が世界を照らすか……今度こそ決着をつけてやらあぁ――!!」

「……その必要はない」

「何……!?」


 五分五分の肉弾戦を繰り広げるが、守凱には闘う意志がなかった。


 何故なら……




「お前を倒すのは――




 自分を倒すのは守凱ではない。では誰が……疑問が浮かぶ朱雷電の背後から――



「ウオオォアアアアァァァァ――!!!!」


「っ!!?」



 獣のような雄叫びを上げた創伍が現れる。鈴々砲によって水を差された創伍が闘いの場に舞い戻ってきたのだ。

 どちらかが死ぬまで二人の闘いは終わらない。消えることのない殺意に突き動かされ、創伍は再び拳打を放とうとした。


 だがしかし――




「――そして。ここまでだ……真城」




 意外にも創伍の暴走は、守凱によって阻まれた。闘気を込めた掌打を――創伍の鳩尾に撃ち込んだのだ。


「――ウゥゥゥッ!? ブッ……!! ハァ……ッ! オオオオオッ……!!」


 目にも止まらぬ速さで打ち込まれた衝撃は、創伍の筋肉、臓器、骨から細胞の隅にまで走らせる。その想像を絶するダメージに創伍は耐えられず、たちまちその場で蹲り嘔吐えずいてしまう。

 先の死闘で見せた黒の瘴気の能力ちからがあれば回避は出来たろう。だが今の創伍は不完全だというのを守凱も知っており、朱雷電以外の存在には気を向けようともしない――その僅かに体力を切らしていたこの瞬間だからこそ、創伍を止められたのだ。


「今は殺気を捨てろ。こんなところでを曝け出す必要はない」


 創伍の全身からは黒の瘴気がみるみると消えていく……。我を失った状況で、体内に受けた衝撃をコントロールなど出来るはずもなく、守凱の掌打が殺意を放散させたのだ。


「ウゥぅ……あぁ……っ……」


「…………ふっ」


 守凱はまるで創伍の異変を理解しているかのように言い聞かせると、創伍は今度こそ完全に意識を落としてしまう。

 うつ伏せに倒れた彼を見下ろし、最後まで落ち着いていた守凱は一息吐くだけで、他に言葉を掛けることはなかった。



 その二人の一部始終を見届けた朱雷電は、呆気に取られていた。



「一体何のマネだ月光……テメェに協力を頼んだつもりも、この闘いを止めろと言った覚えはねぇぞ」


「…………」


 朱雷電も一瞬何が起きたのか理解出来ず、自分の目が追い付く頃には、結果的に守凱によって創伍の攻撃から守られたことになる。


「最後は人間らしく死なせてやりたいって配慮なら無用だぜ。テメェもそのガキも、今すぐこの俺が殺すんだからな。さぁ構えろよ……死合再開といこうじゃねぇか」



 だが朱雷電の言葉に守凱は耳すら貸さない。




「赤光の――今日のところは退け」


「……あ?」



 単刀直入に言い放ったのは、撤退しろの一言。

 守凱の性格を誰よりも知っているつもりだった朱雷電も、予想外の一言に感情を爆発させた。



「……ふ……ふざけんなよテメェ!! まさか俺がガキに背後を襲われ、不覚を取るでも思ったのか!? だから今の俺ではテメェに体力的に勝てないとでも!? どこまで俺を見下すつもりだあああぁっ!!」


「さっきも言ったはずだ。お前を倒すのは俺ではない。それに今、俺とお前が争う理由など何処にもないからだ」


「何言ってやがる……! 俺はこの手でアーツ達を殺したっ! お前達が掲げる正義とやらで守るべき奴らが、俺の赤光によって死んだ!! 他にどんな理由が必要だああっ!!」



 闇雄が現れ、犠牲者も生まれた。W.Eとして戦う大義名分が成立しているというのに、それでも守凱が戦わないのは……




?」




 




「辺りを見てみろ。お前の手にかかって死んだ者とは、いったい誰だと言うんだ?」


「っ!?」



 守凱に言われるまで朱雷電は気付かなかった。街は光が灯らない闇の中のままだが、そこかしこから声が沸いていたのだ。



「――あっれぇ。俺、眠ってたのか??」


「うわぁ!? 街中真っ暗の滅茶苦茶じゃねぇか! どうしたんだよ!?」


「俺……赤い光を見て……そっからどうしたっけ??」



 そう。創伍達が駆け付けるまでに彼が赤光を放って殺したはずのブルータウンの住民達が、アーツ達が……




 




「……アーツ達が……俺が殺したアーツ達が……」


。そして


「…………っ!!」




 奇怪な現象は朱雷電にも起きていた。創伍から受けた肩の負傷も、今やすっかり消え去っていたのだ。




「つまりここでは最初から何も起きていないことになる。ならば俺から仕掛ける理由もない。これでもまだ他に戦う理由を求めるのか?」




 朱雷電は頭を掻きむしって錯乱していた。思い返せば、はっきりと覚えている自分の行動の全てが無かったことにされている。それはまるで自分の存在や行動の結果を否定されたようで、敗北にも似た喪失感に襲われているのだ。




 そしてその原因が何なのかも、彼は察したのだ――




「まさか……全てその真城ガキの仕業かっ! 俺がアーツ達を殺した時点からの結果を……覆したってのか!?」


「詳しくは知らんが、大方間違ってもいないだろう」




 理屈はどうあれ創伍の中には、本来人間には持ち得ない何かが備わっている。初めて抱いた殺意をきっかけに、その仕組みを理解出来ないままにただ秘められた能力を振り回していたのだ。


 結果的に朱雷電は、何の疑いもなく、自分は創伍の舞台上の演者になりきっていた。手の上で踊らされていたのは、自分であると気付かされたのだ。




「……畜生ぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁァァ――ッ!!」




 腹の底から吐き出した絶叫。またも天高く飛翔し、全身から放出した電気を纏う。何もされていないことになっているのだから、気付けば彼の体力も元に戻っており、理屈も分からず終いのまま巨大な赤光を放出するのであった。



「絶対に……絶対に認めねぇ!! この俺を愚弄した罪は、此処に居る全員の死をもって償ってもらうぞぉぉっ!!」



 しかしそんなことはどうでも良かった。敗北感、喪失感、劣等感を味わわせた――それだけで彼には全て滅ぼす理由が成立する。再び奥義『雷翔紅千鳥らいしょうべにちどり』で、守凱や全てのアーツ達も巻き込んで裏ノ界を破壊しようというのだ。



「あわわわわ……! 今度こそおしまいですわ~~!!」

「創伍が気絶してるってのに……誰がアイツの大技を止めるっての……!」



 またも訪れた世界壊滅の危機下、空を見上げる守凱は鈴々達に指示を出す。


「美影、釣鐘よ……。今から俺の言う通りに動くんだ」


「……守凱さん、一体この状況で何を!?」

「私達にさせるんですの……??」


 そしてこんな中でも、彼の顔はいつまでも落ち着いたままであった。


 ……


 …………


 ………………



 大地は揺れ、風は吸い込まれるように朱雷電の下へ運ばれて渦を巻く。赤光と雷鳴は激しさを増し、空には紅き鳥が完成していた。


 死んでいたはずのアーツ達は、二度目の身の危険を感じ取って、我先にと朱雷電の赤光から逃れようとする。

 その真下に残るのは守凱と朱雷電――そして傍で気絶している創伍とシロ、ヒバチとつらら。不死身の二人はともかく、創伍とシロは巻き添えを喰らっては一溜りもない状況だが、守凱は庇う様子もなかった。



「行くぞ……! 月光のぉぉぉぉ!!」



 翼を広げた千鳥が急降下する。


 守凱は黙々と迎撃の構えを取るだけであった。



「おおおおおおっ――!!」


「――っ!!」



 捨て身の朱雷電と守凱が激突。

 巨大な千鳥はブルータウンを覆い、その後凄まじい波動を生じさせた。地は砕け、稲光が闇を消し去り、吹き寄せられた風は突風となってアーツ達を吹き飛ばす。




 ……核兵器にも近い衝撃が二人を包み、数分程経過してから静まった。




 守凱達が居た地点は、枯れ果てた荒地へと変わり果てた。


 その中心に――



「ぐく…………月光おおおおぉぉぉぉっ……!」



「――もう一度警告する。今日は退け」



 守凱と朱雷電は……互いに両手を掴み合ったまま立っていた。朱雷電の奥義は守凱の能力によって相殺されたのだ。


 ただし守凱の代償は高い。彼の両腕は電撃により、ズタズタに切り刻まれ焼かれた肉のように醜く黒焦げ、大量の血が流れ落ちている。逆に言うと、両腕の負傷だけで世界の崩壊を救ったと言えよう。


 朱雷電も全力を出し切ったが、守凱の迎撃により闘気を撃ち込まれた。一度元に戻った体力も限界まで出し切った上、そこにダメージが一気に蓄積したことで、これ以上の追撃が出来なくなっていた。


「フフフ……忘れてたぜ……。テメェはいつもそんな澄んだ顔で相手を見下すように喋る時は、勢いで戦うマネはしねぇ……となれば誰も知らない俺のも、とうに見抜いてたってことか……」


「それでもまだやるつもりか」


「冗談じゃねぇ……今日のところは引き上げてやる……。久々に闘ってその腕が衰えていなかった事には、少し安心したぜ……!」


「………………」



 万全を期して守凱と一対一の勝負をするなら、朱雷電は自分が負ける可能性など考えもしないだろう。しかし今の彼は、ある理由でこれ以上の戦闘を続けられなかった。ならばW.Eから応援が来る前に撤退しようと、電気を纏って空へ浮遊し、守凱に一言告げるのであった。



「いいか! そこのガキに伝えとけ……! 俺はテメェのような存在を認めない! 次に会った時は、お前の守る物も全て破壊し尽くしてやるってなぁ!!」


「あぁ……確かに聞き届けた」


「…………ッ!」



 踵を返し、雷鳴と共に赤光は闇夜の中へと消えていく。


 去り際の朱雷電の鋭い眼差しには、創伍への強い憎悪が滲み出ていた――これで終わるはずがない。創伍は破片者だけでなく、九闇雄という強大な存在も敵に回したことになる。




「……これでいい……」




 だがその結末を、ただ一人……守凱だけはどこか満更でもなさそうに小さく呟くのであった。



 * * *



 AM2:09 


 荒れに荒れたブルータウンにようやく静かな夜が戻ってきた。その反面、街は凄惨な有様であるが、復興作業に手慣れたアーツを招集すれば、2~3日の作業で必要最低限の生活の提供までには持っていける。


 だが守凱が危惧していたのはこれから先であった。今回は創伍の内なる異能によって事なきを得た。嘆くべきは、異品達の背後で九闇雄が暗躍していたという事実。神の悪戯とも言うべきか、創伍にはこれから過酷な運命が待っており、この創造世界にも危機が及ぶこととなる。



(ならば……俺は来るべき時に備えるまで……)



 自分は自分のやるべき事を成す――己の役割を再認識したところで、守凱は本部に帰投するのであった。



「おい――もう出てきていいぞ」



 朱雷電の気配が消えたことを確かめると、警戒を解く為に守凱がぽつりと呟く。


 すると守凱の足元の地面が盛り上がる。




「ふんぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!」



 鈴々の釣鐘だ。まるで埋められたタイムカプセルのように現れると、釣鐘ごと地中より這い上がってきたではないか。



「だ……だぁいたぁいちょおぉぉぉぉ……!」

「ははは……二度とない経験だよね……。みんなと一緒に鐘ん中に詰められて、守凱さんの足元で埋もれて、最前線で世界の運命を見届けるなんてさ……」



 そしてその中からは、両腕にヒバチとつららを抱えた乱狐と……背中にシロをおぶり、口ではシャツを咥えながら瀕死の創伍を抱えていた乱狐の姿が!



 守凱は朱雷電と衝突する折、瀕死の創伍達の身柄を保護するよう鈴々と乱狐に指示を出していた。街のアーツ達は逃げていくにしても、瀕死の創伍達は紅千鳥の暴発に巻き込むわけにもいかない。故に彼らを回収し、自分の真下の地中に隠れさせることで安全を確保したのだ。



「ご苦労だったな。いつか釣鐘が、モグラの真似事をする選手権で優勝したって話を咄嗟に思い出してな。よくやってくれた」


「えぐっ……! えぐっ……! 見てぐだじゃいよこの顔を!! 顔も口の中も土だらげで!! あでぐじ本当に死ぬがど思っだでずわ~~~~!!」


「あぁ……だが此度の任務、お前が一番の功労者だぞ」


「へ……!? よ……よがっだでずわ~~~~~~~~!!!!」

「本当に調子良いんだからなぁ……鈴々って。」


「ふ……。さぁ、本部に戻るぞ」


 鈴々の号泣が夜のブルータウンに響く……。それはついさっきまで響いていた雷鳴と比べたら、心地良いと感じてしまう程であった。



 * * *

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