第20話「死闘の終幕」1/2


 裏ノ界に天変地異が巻き起こっていた。


 上空には、朱雷電の闘気に吸い寄せられる黒雲がまるで彼に味方するかの如く重なり連なっていき、1万mには達するであろう積乱雲を作り上げていく。

 そして地上では、一人立ち尽くす創伍から溢れる黒い瘴気が渦を巻く。大地はそれに震え上がるかの如く亀裂を走らせ、地表は直径ほぼ1kmに及ぶクレーターが形成されるように沈下し、いつしか道化の独り舞台を完成させていた。



「『雷翔紅千鳥らいしょうべにちどり』――」



 両雄の死闘もいよいよ大詰めを迎える。


 朱雷電は創伍を一人の人間と見くびっていた。しかし今は彼を対等に立つ敵と認めた上で、虚を捨て実を取ることを選んだ。


 すなわち奥の手を使う――創伍を裏ノ界諸共破壊せんと、腹を括ったのだ。



愚者オーギュストよ……! 道化英雄ジェスター・ヒーローよ! そしてまだ裏ノ界に生き永らえている英雄共よ!!」



 積乱雲の真下で叫ぶ朱雷電は、宙に浮かびながら両手を伸ばし、翼を翻す鳥を真似たような構えを取っていた。そしてこれまで四肢に纏わせていた赤光を、今度は全身に浴び始める。

 闘気のエネルギーと雲本来の自然発電との相乗効果により、彼の赤光は激しさを増すと共にみるみる膨張していき、やがて黒雲が飛散――まるで雛鳥が卵の殻を破って産まれるような形で、雲の中からは鳥の姿を模した巨大な赤光が完成していた。


「これが俺の奥の手――俺の限界突破だ……! これよりテメェらは……俺の赤光以外の光を目にすることはねぇ!」


「………………」


「何故なら一度放てばもう俺にも止められねぇのさ……! ひとつの異界をまるごと焼き尽くす程の威力ゆえにな! 俺も無事じゃ済まねぇが……テメェら道化共の命が取れるなら安い代償ってもんよ……!!」


 半ば自殺行為に近いが、そこまでしなくては確実な勝利は得られない――そのように朱雷電が決断したのは、今の創伍の暴走状態はまだと読んだからだ。

 殆ど彼の勘ではあるが、例えるなら今の創伍の状態は歩くことを覚えた赤ん坊——もし彼の暴走状態に段階があったとして、万が一に目覚めたりでもしたら……


「俺にこの技を使わせたことを後悔するんだなクソガキ!! 嬢ちゃんも仲間も、そしてこの世界も……何も守れなかったという結果は、テメェがどう戯けようと覆らねぇ! 絶ッッッ対にだぁぁぁ!!」


「ブフゥゥゥゥゥ……ガアアアァァ――!!」


 故に災厄の芽は早い内に刈り取るべく、朱雷電は全力を以て必殺技を、創伍を含め裏ノ界に対して撃ち放つ。



「行くぞぉぉっ――!!」


「ウオオオオオオオオォォォォォォォォォ――ッ!!!!」



 自らを天に舞う千鳥に見立て、遥か上空から地上へと急降下する朱雷電。その身に纏う赤光も接近するにつれ、地上物に雷が落ちていき、嵐が巻き起こり、海や大地が崩落していく。


 その光景はまさに世界の終わりを彷彿させていた。



「ガアアアアアアアアアアァァァァ――――!!」



 しかし対する創伍に恐怖は無い。有るのは朱雷電への殺意のみだ。


 その意思の表れとして、創伍が両手を空へ掲げる。すると本来赤と黒に分かれていたそれぞれの腕が……なんと今だけはどちらも漆黒に染まり、黒光りを放ち始めたではないか。


 世界を破滅させる程の赤光を、ただ黒く染まった両腕で受け止めようとしていた。


(バカが……素手でこの雷翔紅千鳥を受け切れるものかよっ! このまま押し潰してやらぁ!!)


 その無鉄砲ぶりを目にほくそ笑む朱雷電。創伍の黒腕こくわんに秘めし能力は未知数だが、完全でない状態で葬れば全て済むこと――躊躇うことなく両腕を伸ばし、全ての闘気を押し込んだ。



 紅千鳥が創伍の両腕に直撃。天地がひっくり返るような轟音と衝撃が走る!



 しかし……



「ギィィィィ……! グギイイイィィィィィィィィィ……ッ!!」


「なんだと……!?」



 闘気に押され、地中に埋もれてしまいそうな勢いだというのに、創伍の膝は折れず、確かに地面を踏んだまま漆黒の両手で紅千鳥を受け止め、抗っているのだ。


 創伍の掌から、黒の瘴気が止めどなく溢れる。それが赤光の拡散を寸前のところで防いでいるのだろうか。力と力の鬩ぎ合いで留まっていた。


「俺のフルパワーを受けて吹き飛ばねぇどころか、押し返そうとしてやがるのか……!?」


「ググググ……グガァァァァァ……ッ!」


「だが読み通りだ……力のコントロールも出来てねぇ。やはり耐えるので精一杯ってとこか……!」


 本能のままに怒り狂うことで今の創伍の力が有る。それは裏を返せば感情のコントロールが効いておらず、最大限を発揮出来ていない。

 完全な状態でないだろうという勘は的中し、そしてこのまま力押しすれば勝利までも有り得ると考えた朱雷電。そのまま全ての力を闘気へ集中させ、創伍を一気に追い詰める。



「これで本当に最後だ……くたばりやがれぇぇぇぇ――!!」


「グゥゥゥゥゥゥゥッッッ――!!」



 どちらかが一瞬でも力を抜けば、片方が生き残り、もう片方が死ぬであろう。しかしどちらが勝っても、創造世界には破滅という未来しか待ち受けていない……。


 その運命を握る者が、もう間もなく決しようとした……。



 その時だ。




「今だあああああぁ!! さっさとぶち込めえええええぇぇぇぇっ――!!」




 どちらの勝利も望まぬ者達が、運命を覆そうとしていた。

 朱雷電と創伍の鬩ぎ合いの中へ、別の「気」が飛び込んでくる――



「ギィッ……アアァァ…………!!!!」


「なんだ……!? これはっ……――」



 威力だけなら朱雷電の紅千鳥に引けを取らないであろう大きな「気」が、鼓膜を破りそうな甲高い咆哮と共に、二人の英雄を地平線の彼方にまで吹き飛ばす。

 ぶつかっていた創伍の黒い瘴気も、極限状態にあった赤光の千鳥も、思わぬ奇襲により出力が途絶えたことで行き場を失い、儚く消滅した。その直後ブルータウンの瓦礫や家屋、ありとあらゆる物がその気に飲み込まれ、彼らの後を追うように飛散していく……。


 まるで吹き荒ぶサイクロン級の暴風を、90度傾けて一直線上に撃ち放ったかのよう――斯様な技を放つ張本人は……



「オーホッホッホッホッホ!! この鈴々の超必殺技である『鈴々砲りんりんほう』――モロに直撃ですわああああああっ!!」



 ……釣鐘 鈴々以外に居なかった。



「見ましたか乱狐さん! 二人が鬩ぎ合っているところに一瞬の隙を狙い、あてくしの鈴々砲で二人の闘いのみを終わらせるプランCは見事大成功ですわよー!!」


 鈴々砲とは、鈴々の釣鐘をメガホン代わりにし、常人を超えた肺活量を以て咆哮を放つ呼吸闘法。釣鐘の音響効果によって疑似的な波動砲へと高められた闘気の威力は計り知れない。そんな技を創伍達から少し離れた場所で、釣鐘は乱狐に支えさせ、自分は絶好のタイミングを狙っていたのだ。


「む……むぐぐぐぐ……!」

「あらあら乱狐さん? なに犬神家の一族に出そうな埋もれ方で股おっ広げてるんですの?? さっさと起きなさいな!」

「ぶはっ……! あんたの所為でこうなったんでしょうがよ!!」

「お黙んなさい! 『全異世界ちょっと男子ももっと声出しなさいよ選手権』優勝を誇る私だからこそ、あの二人の闘いを止めただけでも敬われるべきものを……この一撃に巻き込まれて死ななかっただけでも有難いと思いなさいな!」

「こんな技受けて死ぬのも屈辱的だっつの……それより早くあの二人を確保して、長官達のもとへ連れてくよ!」


 世界の破滅は鈴々によって防がれたが、まだ安心はできない。生命力の強い創伍と朱雷電が今の一撃で運悪く死なれても、双方が再び闘い始めてもプランCは台無しになる。お互い気絶したまま、創伍は正気に戻り、朱雷電はW.Eが捕らえる。これが一番理想的なゴールなのだ。


 急いで吹き飛んだ二人を探そうと、ブルータウンの面影も消え去った荒地を駆けようとした二人であったが……




「クソ共が……よくもこんな技で、俺の紅千鳥を台無しにしてくれたな……!!」




 鈴々砲を撃ち放った後の遠い彼方から……土埃に塗れた朱雷電が既に舞い戻っていた。


「ぎゃあああああ~~!! まだ生きていますわあああぁ!! あれだけパワーを消費してれば体力はとっくに限界と読んでいましたのに~~!!」

「なんて化け物だよ……!」


 淡い希望が一瞬にして消え去り、絶望する鈴々達。

 確かに朱雷電は体力を大きく消費しており、動きは鈍重且つ満身創痍であるが、闘う体力はまだ残っている。それより大英雄でもない二人のアーツによって、創伍を倒せたであろう最大の好機を逃してしまい、怒りの矛先が鈴々達に変わってしまった。


「殺す……! ぶち殺す……!!」


「お、おおおおおお待ちくださいまし! 私達よりも真城さんを殺すことが先決じゃありませんでして!?」

「この程度じゃヤツは死んでねぇ。こっちから出向かなくとも、その内向こうからやってくるさ……。それまでに俺の闘いを散々邪魔してきた蛆虫共を片付けるのが先だっ!!」

「うわあああああぁぁ、お待ちをお待ちを!! 私、あなたの実力に惚れ込みました! こっちの乱狐デブは殺していいんで、どうか私は部下にしてくださいましぃぃぃ!! 何でも言う事聞きますからぁ~~!!」


「オイイィィこの馬鹿鈴々またこの土壇場で裏切ろうとしやがってえええ!!」


 またしても我が身惜しさに仲間を売ろうとする鈴々。しかし朱雷電は、自分より劣るものは駒としか見ない男……。



「そうか……だったら今すぐこの俺の前から消え失せろ……! その命散らしてなぁ!!」


「ほっぎゃあああああああ~~~~!!!!」



 苦し紛れの命乞いも通らず、朱雷電の手刀が鈴々達を襲おうとした時――




「——そこまでだ」




 が割って入ると、朱雷電の手刀は鈴々の額に突き刺さる数ミリ手前で止まっていた。



「弱者を虐げるなどお前らしくもない。ヤキが回ったようだな――赤光の」


「…………っ!!」


 どこか聞き覚えのある声に一瞬気を取られた朱雷電は、次にまばたきをした時、自分の片腕が掴まれていたことに気付く。


 彼の攻撃を止めたのは、意外な人物であった。



「しかし我が身を顧みないその無謀ぶりは相変わらずか。俺が来るまでの間に、よくもここまで派手に暴れてくれたものだ」


「……テメェは……!」



 朱雷電は狼狽をマスク越しに漂わせる。声の主は、此処に居る誰よりも朱雷電が一番よく知っている人物だったからだ……。



「……月光げっこうの守凱!!」



 光のない闇の中――金色の長髪を靡かせた月詠乃つくよの 守凱かいが颯爽と姿を現したのだ。



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