第02話「終わりの始まり」2/3


 先刻までシロの話に聞く耳も持たなかった創伍は、今や非日常の映像を送るテレビに釘付けであった。

 画面に映るは、ニュース番組のライブ中継。現場に駆け付けている取材班の女性レポーターは、非常事態という慣れない現場の撮影に顔が青ざめている。


「つい先程、事件が起きたここ花札学園に、機動隊が到着。学校に居残っていた七十二名の生徒と教員が殺害され、犯人は現在も校内に立て籠もっております。目撃情報によりますと、生徒や教師を殺害した犯人はこの学園の教員の一人らしく、犯行には刃渡り195mmの草刈り鎌を手にして襲撃した模様。現場で動きがあり次第、再度お伝えします』


 「教員」と「草刈り鎌」に確信する。鎌谷は創伍達を取り逃がした後、学校に残っていた生徒や教員達を一人残らず殺したのだ。


 犯人に目星がついたそんな矢先、テレビから何か破裂するような音が響く。現場にいた誰もが身を屈めた。


『犯人です! 立て籠った犯人が窓から飛び降りたようです!! はっ、発砲! ただいま警官と機動隊が発砲を開始しました!』


 現場はまさにパニック状態。撮影中の画面が激しく揺れると、画面は天地が引っ繰り返ったかのように転倒し、悲鳴が響き渡り始めたのだ。


『きゃあぁっ!! ちょっとあれ! 首がぁっ!!!』

『逃げろぉ!』

『誰か助けてくれぇ!!』


 恐らくカメラマンが殺された。その証拠にカメラは横倒れしたまま、現場から逃げ惑う警官や野次馬を撮影し続ける。


『いや! やめて助けて誰か!! お願い殺さないで殺さないで殺さないでぇ!!』


 女性レポーターの下半身が映る。必死に抵抗しているようだが、見えない何者かによって惨たらしい死を与えられる。


『いやあぁぁあああっ!! ぎゃあああぁぁぁ――』


 綺麗に肉が切れる音と共に鮮やかな血飛沫が舞い、レポーターの頭が転がる。そしてその死に様すらもっと醜くしてやろうと、犯人の足が彼女の頭を……グシャリと踏み潰した。


 カメラに映ったその脚は、人間の素足ではなかった。


 緑と茶色の汚泥色をした怪物――


「……!?」


 時既に遅いが、画面は「しばらくお待ちください」のテロップに切り替わる。

 凄惨な映像を前に、創伍は腰を抜かしてしまった。


「い、今のは……」

「そうだよ。その絵と同じでしょ?」

「じゃあ今の怪物は……」

「うん。創伍が言っていた鎌谷という仮面を被った『作品』だよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 百歩譲ってこれを俺が描いたとしても、今の俺はこんなことを望んだりなんか……!」

「いや、望んでいるよ。道化に染まり切ったこの日常は嫌いじゃないけど、その反面壊れることも望んでいる」

「……っ!!」

「自分は主人公になりたい。でもなれないなら、こんな世界は消えてしまえ――そうすればこの不幸な法則から抜け出ることが出来る。たとえ渇望を押し殺したまま記憶を消したって、本能はちゃんと覚えてるんだ」


「やめろ……やめろおぉぉぉぉぉっ――!!」


 淡々と真実を語るシロを、創伍の絶叫が止める。


「頼む。やめてくれ……!!」

「………………」

「じゃあ、これは全部俺が原因だって言うのか!? 気付かない内に全部俺が用意していた脚本通りってことなのかよ!?」

「違うと言えば嘘になる。模倣犯とはいえ、もしも創伍が無欲だったら、作品達の手によって犠牲は出なかったかもしれない。でも人間は欲無くして生きていけない。アダムとイブの時代から続いていることだよ? それに今の創伍がなかったら、私がこうして生を全うすることさえ有り得なかった」

「何……?」

「真城創伍という人間がいて、私が在る。機械の中の歯車、人間の体内の臓器に当てはまるように、何かが欠けては完全に機能することはできない。創伍もそんなところなんだよ」


 創伍の記憶障害は、言わば歯車の欠落。それ故に彼は一向に自分らしさを見つけられない。


「じゃあシロは何なんだよ……? こんなに俺の事を知ってるのに、自分の名前すら知らないじゃないか。キミは一体何者なんだっ!?」

「――私も創伍と同じだよ」


 そんな創伍を観察するように見下ろすシロがしゃがみ込むと、虚ろな目で見つめながら告げる――



「私も……道化師なんだ」



 創伍にとっては時間が止まるような瞬間であった。


「シロも……道化師……」

「親近感でも湧いた?」

「いや、別にそんなんじゃ……!」

「わかるよ。道化師に仲間意識なんて生まれたりはしないもんね。自分は異端者で、他人は全員自分よりも優れた存在。眩しく見えてしまうから、どれだけ周囲に溶け込もうとしても相容れない」


 初めて自分以外の道化師に出会った。

 初めて理解者に出会ったのだ。

 シロは創伍よりも道化師というものを熟知している。それは道化であることが、彼女の存在意義であることに等しいからだ。


「でも私は、創伍と違って自分の立場と役目はちゃんと弁えているんだ」

「役目……?」


 そう、シロの役目は創伍を支えることであり……



「創伍を――『主人公』にしてあげること」


「えっ」


 創伍を、彼の人生における主人公にすることである。


「破滅の道か、英雄の道か……どちらの脚本でも、私は最後まで創伍を舞台の中心に立たせる立役者――それが私の背負う宿命『未知秘めし道化師ワイルド・ジョーカー』。そして……110ある貴方の作品集『真城創伍の破片者マシロズ・デブリ』の内の一体――」


 シロも……創伍によって創られた作品の一つ。血の繋がりにも劣らぬ忠誠心があるからこそ、ここまで道化師を全うしようとする。

 道化シロは胸に手を当てながらこうべを垂れ、道化そうごの前に跪いた。


「嘘だろ……。シロが、俺の作品だって……?」

「そう。ただ、私は鎌谷みたいに創伍によって創られたという証明は出来ない。何故なら私のイラストは、このスケッチブックには描かれてないし、私も創伍と同じく生まれた頃からの記憶が無いんだ」

「………………」

「信じられないよね。でも私は、創伍を主人公にすることだけははっきりと覚えているの。これは謂わば道化師としての宿命なの。だから私は今日この日に、貴方の前に現れた」


 さっきまでなら、ごっこに付き合えるかと突っぱねたかもしれない。

 ただし今は違う。誰にも打ち明けたことのない不幸の法則をシロに触れられ、命どころか、心まで救わんと手を差し伸べられているのだ。


「だからお願い……主人公になる為に欠けてしまった創伍の記憶を取り戻す為に、私と一緒に戦って欲しいんだ」


 主人公――眩しくて手に届かなくて、諦めていた憧れの役割。

 主人公にしてあげる――初めて他人の口から言われて鳥肌が止まらない。先程までの頭痛はいつしか収まり、むしろ心臓が踊るように鼓動しているのが分かる。


「俺が……俺がなれるってのかよ。主人公に……?」

「怖がらないで……大丈夫。私を信じて」


 窓から差し込む夕陽をバックに、手を差し伸べるシロの姿は、まるで新しい人生への導き手だった。

 そんな彼女に応えたい。……それでも創伍には、まだ決心が着いていなかった。


「でも俺は…………」


 その理由を言おうとしながら、彼女の手に触れようとしたその刹那――



「伏せてっ!!」



 轟音。車が突っ込んできたような衝撃に、部屋が大きく揺れ出す。

 振り返る暇も無く、シロの叫び声で我に返った創伍は、すかさず頭を抱えてうつ伏せになった。


「ようやく見つけたぞ。ワイルド・ジョーカー」


 そして……忍び寄る魔の手と共に、鎌谷とは違うの声がした。



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