第02話「終わりの始まり」1/3


 創伍はシロの言葉を何一つ理解出来ないまま、困惑するしかなかった。


「な……何言ってんだよシロ。今日が世界の終わり?? 俺は別にこの世界が滅んでほしいなんて――」

「うん、思い出せないよね。だって創伍はんだもん。だからこそ創造世界が、作品達が、創伍の願いを叶えようとしているんだ」


 理解出来なくて否定しても、それは創伍が欠陥品だから仕方のないことだと宥めるような言い方に不快感を抱く。


「あのな、いい加減にしろよ。俺のことは一番俺がよく知ってるんだ。創造世界だとか作品だとか、いったい何なんだよ。俺に何の関係があるってんだ!?」


「大丈夫。ちゃんと教えてあげるから」


「――っ」


 創伍は嫌な予感がした。自分に関係のない事であるはずなのに、シロにこれ以上語らせてはいけない――その先を聞いてしまったら、何か大事なものが失われ、後戻り出来ないような気がしてならなかった。


(痛っ……!)


 その所為だろうか……まるでかのように、頭痛も走り出してきたのだ。


 シロは肩にかけてあった羽衣をテーブルの上に乗せる。食い入るように見る創伍の前でヒラリとそれを翻す。


 出てきたのは、古ぼけたスケッチブック。ボロボロな表紙には……



 ――5-2 真しろそうご



 確かに、そう書いてあった。


「最初のページ、開けてみて」


 それを見ているだけで頭痛は強さを増していく。

 開ける必要なんてない。そう言い聞かせようとしても創伍は恐る恐る手を伸ばしていた。

 何故なら……シロの言う通り、こんなスケッチブックには心当たりがない。なのだから……。



「う……!」



 開いた一ページ目には、予言が書いてあった――



 世界めつぼうの日

 世界が終わりを望んだ時、全てが消える。

 全部ボクの願いでいっぱいになる。



 奇妙な予言の後、広がるのは地獄絵図。阿鼻叫喚。怪物や悪魔が、次々と人々を焼き殺し、斬り殺すことで積み上げる惨劇。クレヨンで乱雑に描かれたそのページは、小学生が描いたとは思えない破滅への願望が強く伝わってくる。


「人間は脳内で理想像を思い浮かべ、その手で物を生み出す。例えば、漫画、ゲーム、アニメ、ドラマ……果てにはこんな落書きだって、理想像の具現物だよね。創造世界は、古今東西の人間が脳内で想像して生み出した作品に出る生命、舞台、世界観を、具現化させる箱庭の異世界なんだよ」

「……何だって?」

「知る由はない。人間が現実世界で好き勝手に想像する一方で、創造世界も好き勝手に生み落とすだけ。双方背中合わせで存在してるだけだった。でも太古の時代から創造世界の住人が、少しずつ歴史の影に暗躍しながら人類に関わってきたんだ。そして今回、創伍の予言書も現実の物にしようとしている」


 創伍は堪らずそのスケッチブックを投げ捨てた。


「違う……俺はこんなもの描いてない!」

「ううん。これは創伍が心から願っていたこと。小学生時代、まだ不幸の法則に気付かなかった頃、創伍は感じた事や思った事、願望の全てを絵に描いていたんだよ。が強かったんだろうね。自分が理想を思い描く反面、それが叶わないのなら消えちゃえって――」


 シロの言葉に段々と棘が生えてくる。その棘は少しずつ鋭くなり、創伍の脳を締め上げ、刺激する。


「あづっ……!!」

「思い出せないでしょ? 痛むでしょ? 創伍はね、特定の記憶をによって全部忘れるようになっているの。そして現在いまもそれは続いている。主人公でありたいのに不幸が阻む……だから絵を描いて現実逃避をし、記憶を失っていく。こうして物心がついた時には既に法則から逃げるべく、道化師になることを選んだ」

「――っ! やめろぉ!」


 目の前にいるのは、さっきまで愛くるしかったシロではない。今は人格がガラリと変わり、創伍の内面を内側から読み上げ、彼の本質を炙り出そうとする不気味な少女。

 認めたくない。だが頭が割れてしまいそうな激しい痛みは、全て事実であると肉体が頷いてるようでもあった。


「ぁっ――――うわああぁっ! やめろ、やめろ、やめろやめろぉ! ぎっ――あぁぁぁ!!」

「自分は自分でありたいのに、記憶が断片的に抜け落ちてるから、まるで生きた屍のような感覚になる――それを『解離性かいりせい障害しょうがい』って言うんだよ。だから何も思い出せない」

「お前に俺の何がわかるんだ!? 違うぞ、俺にそんな障害があるわけが……」

「じゃあ、創伍に一つ質問してみるけど……」


 悶える創伍を見下ろしながら、シロは優しく微笑む。まるでトドメを刺してやろうと言わんばかりに――



「創伍は、両親の名前を覚えてる?」



(りょうしん? リョウシン? 良心? 量子? 漁師?)


 りょうしんって何だ?

 あぁ両親のことか。親の名前。父、母の名前。あれ、両親の名前って何だっけ。



 いや、そもそも――



  両 親 な ん て い た の か ?



「――っ!?」


 思考した瞬間、斧で頭蓋を真っ二つにされたような衝撃が全身に走り、創伍は最早泣き喚くこともままならず、痙攣すら起こしてしまう。

 普通の子供なら考えられない。肉親の顔が思い出せないなんて……。


「ほらね、思い出せない。創伍は両親の記憶さえも捨てて、この日を待ち望んだんだよ。紛れもなく今日は世界を壊すか否かの、運命の分かれ道なんだ」


 シロが指を鳴らすと、部屋のテレビの電源が点き、独りでに画面が映し出された。


「見て、創伍。どうやら創伍の作品達も動き出したようだよ」


 テーブルにしがみ付くので精一杯な創伍の眼前に、またも戦慄してしまうような光景が映し出される。


『こちら議事堂前です! 先程、こちらに小型ミサイルが撃ち込まれ、現場はパニック状態――』


 創伍は痛む頭を抑えながらテレビのリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変える。


『私は今、通り魔が現れたという住宅街に来ております。犯人はグレーのフードパーカーに青いジーパンで身を包み、道行く通行人の頭を頭蓋骨が割れるまで殴り続け――』

『こちら古宿こじゅく東口前です! 怪しい風貌をした男が刀を振り回し、十一人の死傷者が発生――』


 今朝までいつも通りの日常だったはず。それが今やどのチャンネルも、国民保護サイレンを垂れ流す緊急速報の嵐。


 そして――


『私は今、殺人が起きたここ花札学園に来ております――』


「なっ……!?」


 偶然回したチャンネルで、花札学園が映し出された。さっき部室を抜けて一時間も経ってないのに、犠牲者が出たのだ。


「そして私達を襲ったあの鎌谷も、創伍の『作品』なんだよ。今までは人間の姿で潜伏してたんだけど、実際はこんな姿なんだ」


 シロは手に取ったスケッチブックを捲り、ある一ページを創伍に見せる。



 おそろしき人間狩り

【ヒュー・マンティス】

 バイオテクノロジーで、人間とカマキリを合成して作られたおそろしいかい物。手にあるかぎづめで人々を殺し、細い足と羽で空を飛ぶ。人を大量に殺すことが好き。



 ソレは、緑と茶の色鉛筆で塗り潰した汚泥色の怪物。エイリアンの様に伸びた頭部と、禍々しい鉤爪と尖った前歯、蜘蛛のように連なった複眼と巨大な羽。そして不気味な解説文が記してあった。


「これが……鎌谷……?」


 創伍には理解出来なかった。子供がダサいネーミングセンスと足りない画力で殴り描いたイラストに、何故鎌谷が当て嵌まるのかを……。


 だがその理由は、間も無く思い知らされることとなる――



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