第02話「終わりの始まり」3/3


 床に伏せた創伍が顔を上げる。目の前のシロは、彼の背後へ片手を伸ばしていた。


「シロ……?」


 強く険しい表情をしたシロの瞳は、再び赤色に発光している。その視線の先を追い、創伍は後ろに振り向いた。


「な、なんじゃこりゃあ?!」


 目と鼻の先、鍵を掛けていた筈の玄関扉がボロ雑巾の如く変形して宙に浮いていた。状況的には、飛来してきた扉をシロが念力で食い止めたというところだ。

 そしてシロがゆっくり手を降ろし、重い音を立てて扉を床に置くと、襲撃を仕掛けた張本人の姿があった。


「ワイルド・ジョーカー、大人しく投降しろ」


 スラリとした長身の青年。漆黒のロングコートに身を包み、腰にまで伸ばした金色の長髪が異様に目立つ。見た目は人間と変わらないが、この人間離れした力から察するに……言うまでもないのだろう。

 青年はワイルド・ジョーカーという名を呼んでシロを睨み、彼女も同じく睨み返していた。


(まさかアイツも……シロが言ってた『作品』って奴か?)


「心配するな。不本意ではあるが、創り主の真城ソイツも保護してやることにした。ある意味、今一番死なれては困るだからな」

「………………」

共の暴動はいずれ各英雄達により全て鎮圧される。貴様の謀略もこれまでだ。投降するなら命までは取らん」

「悪いけど、勝手に全部私の所為にしないでよっ! 私は他の作品達のことなんて知らないもん!」

の道化師の残滓ではないと言いたいのか? 口八丁、手八丁に現場を混乱させておきながら、よく言えたもんだ」


「――お……おいっ!!」


 だが、自分の部屋を壊された挙句、許可なく上がり込まれて黙る創伍ではなかった。


「勝手にドア壊した上にヒトんちにあがり込んで……ふざけんなよ! 誰なんだアンタ! 不法侵入だぞ不法侵入! 警察呼ぶぞ!?」


 この状況下、警察がまともに機能していると思えない中では無意味な虚勢。だが青年の目は創伍など視界にすら入れず、シロだけを捉えていた。


「事は非常に深刻な状況にある。ここでじゃれ合っている時間など無いことくらい、貴様も分かっている筈だ」

「それなら今すぐにでも作品達を止めに行けばいいよ」

「……貴様を半殺しにした後で良いのならな」


 創伍を蚊帳の外に、一触即発の空気が張り詰めた。


「――ダメよ守凱かい。傍から見てても、殺気が抑え切れてないわ」


 しかし、落ち着いた柔らかな声が割って入る。声の主は身長も年齢も創伍と変わらないくらいの少女で、奇抜な容姿で守凱という男の横に立つ。

 桃色の髪という派手さとは逆に、清楚を飾るような白帽子、白地に黒ラインの薄着、白いロングブーツに身を包んでいる。服装的にはと呼ぶのが相応しい。


「すまない、アイナ。交渉はどうも苦手でな。骨の二、三本へし折ってやりたいとこだが……生憎こんな狭い部屋では、真城が怪我人になり兼ねない」

「それでよく大隊長ね。クールなのか猪武者なのか分かったものじゃない。相方の苦労も考えてよ」


 守凱は何も返せずに閉口してしまう。今度はアイナという少女が交替し、シロを諭してきた。


「ワイルド・ジョーカー、お願い……。あなたはただ個人的な願望で動いて、事態を混乱させているだけなの。私達はあなたに協力して欲しいだけ――」

「私をその名で呼ばないで」

「え?」

「私はシロ――創伍だけに仕える道化師ジェスター! 歴史の逸話に蔓延る過去の災厄なんかと一緒にしないでっ!!」

「どういうこと……? あなたには元々自分の呼び名など無いはずよ」


 シロは他人からワイルド・ジョーカーと呼ばれる事に強い嫌悪を示す。そしてこの二人組に対しても……。


「なるほど……そういうことか」

「守凱?」

「この道化は、俺達がここへ来るまでの間に真城に付け入り唆したんだ。そして名前を貰い、主従の契りを交わして自分の力を貸与しようとしている」

「何ですって……ワイルド・ジョーカー、それだけは止めて! 彼だけは巻き込まないで!!」


「あっかんべー!」


 だが、どちらが正しいのか間違っているかは知る由もなかった。そんな傍観者である創伍を余所に、シロは指を差して念力で窓を開けると、一気に部屋の外へ飛び退き、彼の名を呼ぶ。


「創伍――」

「シロ!」

「もしも創伍が、いつも通りの日々に戻りたかったら、今日だけこの部屋を出なければ大丈夫。創伍は死なないよ」

「え……」


 いつも通りの日々――不幸が来ても耐え忍び、道化として生きる日々。


「でも…………もし私を受け入れてくれるなら、を追いかけて。きっと創伍の宿命が導いてくれるから!」


 誰がどう言おうと関係ない。シロは自らの使命を優先にし、創伍に戦う決心を付けさせようとしていた。


「ほう……道化師の癖に、随分と潔いな」

「主君を危険から守るのも、私の役目だもん」


 ただ創伍はその決心を付けられなかった。自分の事であるはずなのに、どちらが最善の選択なのか分からないのだ。


「――だが貴様を逃すつもりはない!!」


 そんな躊躇をしている間に、二人を離さんとする守凱が駆け出し、シロを捕らえようと襲い掛かる。瞬きが終わる瞬間には、守凱とシロの距離は1メートルもなかった。


「シロぉ!」


 その守凱から逃げようと踵を返したシロは、去り際に創伍に笑顔を向けて――



「創伍――私、待っているからね」



 想いを言い残し、飛び去った。突風の如く守凱とシロの姿は消え、慌ただしかった部屋は無音に包まれる。残されたのは創伍とアイナだけだった。


「ちくしょう……!」


 何故差し伸べられた手を取らなかったのか、今となっては遅すぎる後悔。シロがどこに行ったかもわからないのに、今の創伍には彼女を追うことしか頭に無い。数刻前の自分を殴り飛ばしたいと自責の念に駆られながらも、部屋を後にしようとした――


「――うぁっ」


 が……阻まれる。首から全身に軽い衝撃と電流が走り、そのまま床に突き伏すように倒れた。

 そんな創伍の視界に、アイナの足元が映る。


「が……あ……」

「ごめんなさい。あなたには、このまま全部忘れてもらうわ。私達や創造世界の存在を知ることは、人間の愚かさをも知ることになるから……」


 心から詫びている。創造世界は、この現実世界の裏側――シロが言っていた世界の真実は、人間達に一切知られてはならない。アイナは、その一端を垣間見た創伍に、然るべき処置を施そうとしている。


「後はあなた次第の話だけれど……どうかこのまま忘れることを願ってるわ」

「ふ……ざけ……」


 徐々に暗くなる視界からアイナが消えていく。

 創伍はこのまま何も無かったことになんかしたくない。もし自分がこんなことを願ったせいで皆死んでしまうとしたら、どう責任を取ればいい。何も知らずに呆けたまま生きるのかと、今の出来事を忘れてしまうことに壮絶な罪悪感を抱く。


「シ……ロ……」


 無念にも、自らの想いも口に出来ぬまま、創伍は意識を落とすのであった。



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