第01話「不幸少年と血塗れの少女」3/3
学生寮 創伍の部屋
「創伍……ごめんなさい」
「やっぱ夢じゃなかったかぁ〜……!」
正座しつつ上目遣いで詫びる少女を前に、創伍は部屋のベッドに腰を掛けて頭を抱えていた。その理由は先刻の出来事が夢じゃなかったことも勿論だが、それだけじゃない。
「あのさ……理屈は面倒だから、なんで俺の部屋の場所まで知ってたのかは敢えて聞かないけど……ひとまず何処かに降ろしてよ! 誰も窓から突っ込んでダイナミックに帰宅したいなんて頼んでないでしょ!」
「だって創伍、ずっと目を閉じたまま何も言わないんだもん! どうすればいいか分からなくて……」
「だからってこんな……」
見渡せば、床中窓ガラスの破片。窓へ盛大にダイブなんて普通じゃ怪我どころでは済まないが、奇跡的にも無傷で、鎌谷に襲われた所を助けてもらえた恩もあるから、これ以上は怒る気にもなれなかった。
「このガラスの後始末、誰がやると思ってるんだ……」
「……あっ! それなら任せて!!」
「えっ」
少女は床に指を差す。すると割れたガラス片の一つ一つが、触れずして宙に浮いたのだ。
「それっ!」
今度は窓辺に指を差すと、ガラスは一斉に飛んでいき、ジグソーパズルのように合わさって修復される。
罅一つなく、窓を元通りにした少女は、屈託無い笑顔を創伍に送る。
「はい。直ったよ!」
「………………!!」
やはり夢じゃない。何度も痛感させられた創伍は、少女の肩を掴んで問う。
「君、一体何者――」
(グキュルルルルル……)
だがその質問は、盛大な腹の虫によって遮られた。
「……………………」
「…………お腹空いた」
「だーっ! 真面目な話してんのにぃぃっ! ちょっと待ってろ!!」
創伍は呆れながらも鞄の中を漁り、三時のおやつに取っていた大好物を諦めることにした。これもまた、俯く少女を笑顔にしたいという創伍なりの優しさでもある。
「ほれ」
「ん? なに……??」
創伍が手をこね出し、得意の手品で出したのはイチゴ大福。
「わぁっ! 何これ!? 何これ何これー!?!?」
「空飛ぶようなトリックは使うくせに、手品は初めて見るのか……」
少女の興奮は急上昇し、創伍に飛び付く。
「ねぇ、これ何ー!? ふわふわでもちもちー!」
「いちご大福ってお菓子だ。俺の大好物の最後の一つなんでな、ちゃんとよーく味わって――」
「おいひー! ホレほっへもおいひいほ!!(おいしー! コレとっても美味しいよ!!)」
「人の話を聞きなさい!」
未知なる菓子の味に頬を膨らませ、至福に満ちる少女とは真逆に、創伍は焦燥感に駆られていた。
「それで、君は一体どこの何方様なんだ? 怒らないから正直に言いなさい」
「ゴクン……。だからさっき言ったじゃん。私に名前なんて無いし、創伍に会うため創造世界からやってきたって」
「あぁぁ……警察に預けたいのに、名無しの権兵衛さんじゃどうしようもねぇよ……」
この少女と一緒では、きっとまた不幸が来る。そう確信した創伍は、一刻も早く少女を保護してもらいたかった。だが名前も帰すべき所も分からないと、警察でも保護のしようがない。
「じゃあさ、創伍が私に名前を付けてよ!」
「はぁ!?」
ただ少女は、無邪気にも創伍に付き纏い、果てには既成事実までも作ろうとする。
「この世界では、名前がないといけないんでしょ? だったら私の名前、創伍が決めたやつでいいよ!」
「いやいやいや、家族でもねぇのに軽はずみなこと言うない! 一生使う名前を他人に決めてもらうなんて――」
「創伍がいいのー! ねね、早く早く!!」
「うぐぐぐぐ……!」
今日初めて会ったばかりの少女から、名付け親になれという益々ややこしい事態。創伍に名を与えられる事が名誉だと言わんばかりに、少女は期待に満ち溢れた眼差しを向ける。
「…………いいか!? これはあだ名! 君を家に帰すまでの間だけだからな!?」
「うん、いいよ♪」
「お前は――『シロ』だ! その白い服、髪、そのヒラヒラした布。全部白いからシロ! 文句あるか!?」
ネーミングセンスの無さに気持ちがしぼむ創伍とは真逆で、名を貰い受けた少女は、花が開くように微笑んだ。
「ありがとう創伍――すごく嬉しい」
「いいのかよこんなので……」
「
「え? 何て??」
「エヘヘ、別にー! 私はシロ。まっしろっシロー♪」
こうして少女にはシロという名が与えられ、多少脱線したが再び本題に戻る。創伍は一呼吸入れ、シロに尋ねた。
「……さてシロちゃん。どうして俺を知っているのかを教えてくれ。俺は君のことをよく知らないし、会った覚えもないし、会う約束もしてない。なのに俺と君があの部室で出会うことが決まっていたって、ありゃどういう意味なんだ?」
「………………」
襲ってきた鎌谷との因果関係も捨て置けないが、まずは自分自身との繋がりを確認したい。
すると、今この瞬間まで
「
「……シロ?」
溜息混じりに発したシロの発言は、創伍があたかも知ってなければならないような、諦観したものであった。
「でも私が私であるように、創伍もそういう風にできている。創伍は、誰かを舞台に立たせる為だけに生まれた不幸な
「っ!!」
全身に電流が駆け巡る。今日まで誰にも打ち明けたことのない自分だけの秘密を、いとも容易く少女にひけらかされたのだ。
「今日は創伍が待ちに待った『世界が終わる日』。そして私達二人の邂逅を誓った、約束の日なんだよ――」
それでもシロは淡々と、世界の終わりと己の使命を告げたのだ。
* * *
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