第01話「不幸少年と血塗れの少女」2/3
「やっと会えたね。創伍っ」
「……………………」
少女の寝起きの第一声に、創伍は何も返すことが出来ない。
「あ、あれ……? まさか創伍じゃない? もしかして人違いだったかな??」
「えっ……まぁ、あの、そうなんですけども」
「やっぱり! それなら創伍もちゃんとおはようって、言って?」
「あ、はい。おはようございます…………じゃなくて!」
頭に「?」を浮かべ、少女は首を傾げる。
「…………おはよう、じゃないの? 今何時??」
「正午前だけど、そんなことより――」
「じゃあ『こんにちは』だね! こんにちはー!」
「はい、こんにちはっ……ってドアホ!」
少女の健気さに釣られ、思わずノリツッコミ。
「んー? 創伍ってば、何でそんなに怒ってるの?」
「…………落ち着くんだ俺」
創伍は頭を掻きながら右往左往する。何気なく入った部室に少女の死体があって、それが突然息を吹き返す……そして起床の挨拶をされて、普通の会話を続けろというのも無理な話。
だからまずは彼女が何者で、何処から、何故自分を知っているのか把握しようと、いくつか質問を投げた。
「ちょっといいかな……?」
「なぁに??」
「まず君の名前を教えてくれるかい?」
「私? 知らなーい」
「………」
状況把握、早くも挫折寸前。
「いやぁごめんごめん! 名前から訊いても仕方ないよな。じゃあ……何処からどうやってここへ来たのかな」
「あ、それは知ってるよ。『
「……何て?」
「そ・う・ぞ・う・せ・か・いーっ!」
「だからそれ何よ」
「えっとね……
「作品……?」
少女が懸命に説明するも、創伍には全く理解出来なかった。むしろゲームやライトノベルに出そうなあらすじ解説でも聞かされてるようで、まさか揶揄れているのではと疑いもする。
「何だかよく分かんないけど……それでキミは、どうして初対面の俺の名前を知っているんだ?」
「それは当然! 創伍の事だけはちゃんと知ってるもん♪ 今日此処で創伍に会うということは決まっていたしね!」
「………………」
間違っても自分には幼女趣味なんてある訳もなく、少女と会う約束をした覚えもない。それを当然のように語る少女の支離滅裂ぶりに、創伍の疑問は確信に変わった。
「職員室に連れてく」
「えー、どうして? せっかく創造世界から遥々、創伍に会いに来たのに……」
「コスプレしたまま死んだフリして、なりきりごっこに付き合わされる程、俺は暇じゃないの! こんな本格的な血糊なんて使って……」
これはきっと漫画やアニメの見過ぎで、ファンタジーな世界観にハマったことによる悪質な悪戯だ。仮にもそんな世界があるなら俺が行ってみたいよと、呆れる創伍は少女を抱えて職員室へ連行しようとする。
「いーやーだー! 私、創伍と契約する為に来たんだもーん!」
「はいはいはいはい、アニメの見過ぎ。そういうのは児童館か公園でやりなさい」
じたばた抵抗する少女に耳を貸さず、ひとまず部室を出ようとした時。
「な……何をしているんだ、君たち――」
背後からは男の声。ふと振り向けば、そこに居たのは創伍が知る人物であった。
「か、
鎌谷――ラフな服装に白衣を着た若々しい男性。担当科目は理科で、創伍のクラスの担任教師でもある。生徒との触れ合いに積極的で、生徒や保護者からの信頼も厚い。
たまたま彼がドアの開いた部室前を通りかかったところで、二人の遭遇を目撃したというところだ。
「先生……違うんですっ!! 俺がたまたま
「………………」
「この子が誰で……一体何処から来たのか……俺だって何も分かんないんですってば!!」
少女のことより自らの保身に走る。それは創伍に限らずとも、誰もがそうするだろう。この殺人現場じみた状況、幼気な少女に暴行を加えたと解釈をされても可笑しくないからだ。案の定、鎌谷は青ざめた顔で創伍を見ている。
「なぁ、おい! 後ろの先生に、君が血塗れになって倒れていた理由を説明してやってくれ! 俺は何もやってないよな!!」
「………………」
これも自分の不幸によるものかと、創伍は半ば絶望しながらテーブルに座す少女の肩を揺すって哀願する。
ただ少女は、そんな創伍を余所に、背後にいた鎌谷を睨んでいた。まるでここで会う前から
「――見チマッたなラ仕方ナいッ」
「へっ??」
背後から、不気味な嗄れ声が響く。それと同時に鎌谷が
「
「うわっ!?」
人間の反射神経では手遅れだったろう。少女が片手で創伍を横へ退かすと、
「へっ!? はっ!?!? 何だ! 何がどうなってんだよ?!」
「ぐゥウぅ……ヌうウウううっ……!」
常人なら既に死んでもおかしくない衝撃――だが、鎌谷は目を錯乱させたまま悶え苦しんでおり、詰め寄った際に持っていたその片手には……血塗れの草刈り鎌が握られていた。
「ひっ……! 嘘だろ……先生が……!?」
少女は芝居なんてしてない。創伍は鎌谷によって殺されかけていた。もし数秒遅かったら、自分の頭が真っ二つに――殺され掛けたと知った瞬間震え上がり、創伍は腰を抜かしてしまう。
「あーあ、もう見つかっちゃたんだ。これだけお部屋が多いから、すぐには見つからないと思ったのにな」
「き、キミ……まさか!」
「創伍」
「はっ、はいっ!?」
「私の手を……握って」
一方で少女は、危機感の欠片も無い。
「はぁ……? 何を言ってんだよ!! 殺され掛けたんだぞ、早く逃げなくちゃ――」
「大丈夫。私を信じて」
「何が大丈夫なんだ! キミの身体が大丈夫じゃないだろ!」
「怖がらないで。大丈夫……」
助かる保証なんか無い。ただ彼女が見せた笑顔に対し、不思議と腹が立たず、創伍はもう藁に縋る思いだった。
半信半疑ながら手を握ると……少女の赤い瞳が、煌々と光り出したのだ。
「くそっ……殺す! 殺ス殺す殺す殺ススす……!! 貴様ラァ!!!」
起き上がった鎌谷が、再び凶器を握って駆け出してくる。だが、再び数十センチまで縮んだ鎌谷との距離は、コンマ一秒の速さで離された。
「うわっ!?」
今まで体験したことのない感覚が足裏から伝わって初めて気付く。
なんと……飛んでいるのだ。既に見慣れた部室棟が遠くに見え、数秒もせずに学校の校舎も小さく見えていく。
「な、なん……だ……コレ……!?」
手を握った少女の方へ目をやると、彼女は創伍の手を強く握りしめながら体を伸ばし、レーシングカー並の速さで飛行していた。顔に当たる冷たい風が、空を飛んでいる紛れもない事実。
(あぁ……そうか)
これは夢だ。不幸が夢の中にまで及んできたと、無理やり自分の中で納得する。創伍は少女の手を握りしめつつ目を瞑り、夢なら早く覚めてくれと終始祈り続けた。
* * *
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