002*静寂

 おばけがいるのかいないのか、なんて子供のようなことを考えていて、ふと脳裏に妙な考えがよぎった。

 ことあるごとに悪にされて、おばけがかわいそうだ、と。


 もしおばけがいるとして、おばけに対する認識が僕の考え通りなら、おばけはもともと生きていた魂なはずだ。

 もともとは生きていたのに、目に見えなくなった途端に悪者扱いするなんて、おばけがかわいそうじゃないか? あまりに理不尽じゃないか? 本当におばけが悪事を働いた証拠があるのか? 悪者扱いしていたおばけが仲の良かった親戚だったりしたら、みんなはどうするんだろうか?


佑馬ゆうま、授業始まるよ」


 天羽あまうに声をかけられて、はっとする。

 今、僕はなにを考えていた――?


「ご、ごめん。ありがとう」


 幸い、授業の準備はもう終わっている。数分前の僕がまじめで助かった。

 何事もなかったように席に戻り、いつの間にか静かになった教室に溶け込む。あとは先生の号令を待つだけ――。


 ―—なんか、妙に静かじゃないか? いつもこんなに静かだったっけ……?


「……えー、授業を始めますので、みなさん起立して――」


 いや、やっぱりおかしい。

 それはそれでよくない気もするが、いつも誰かしらが雑談していたはずだ。杉並すぎなみとか、河相かあいとか、そういうにぎやかなタイプのやつらが。


 先生の声や、窓の外の音は聞こえる。全部が無音になったわけじゃないから、僕の耳が悪くなったわけじゃないだろう。

 それなのに、だれも喋らないなんておかしくないか。

 多分、僕の考えすぎだろう。わかっていても、何かがおかしい気がしてしまう。


 さっきもそうだった気がする。

 幽霊がどうとか、そんなありがちなやりとりが、革新的なものに感じてしまっていた。


 おかしいのは、僕なのか――?


「……かって……が……をつけ……」


 ……声が聞こえる?

 嘘だ、さっきまで静寂だったはずだ。


「……と……ぎは……」


 よく聞き取れない。

 どこで、だれが喋っている? 聞き覚えのある声なのに、誰の声かまったく思い出せない。


「ごめ……」


 周りがうるさくて聞き取れない。

 静寂だったはずなのに、まわりがうるさい。ここは教室じゃない。ここは――。


「よかった、やっと起きた……」


「……天羽あまう?」


 天井が高い。

 床が柔らかい。

 天羽あまうに顔を覗き込まれている。


「うん、天羽あまうだよ」

「授業は?」

「授業……? ええと、なにがあったか覚えてない? 倒れたんだよ、佑馬ゆうま

「倒れた? 僕が……?」

「うん、学校からの帰り道で」


 頭が追い付かない。急に倒れたなんて言われて、理解が追い付くはずがない。なんせ、倒れたのを全く覚えていないんだ。

 そもそも、あの声は誰の声だったんだ? なにを言っていた?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る