天秤

第23話*序_狼燧

『CRADLE:1 頭部損傷につき稼働停止』


『CRADLE:6 仮想人格ペルソナ表出』


 ため息が漏れる。と書いたはずだが、やはり彼女には無理な役目だったらしい。無理もない。忠臣とはかくあるものだ。


「それにしても容赦ない。いきなり頭蓋に弾丸を浴びせるなんてね」


 あの一瞬。ロキがダルシスへの殺意を表した瞬間、エレアノールは瞬時にロキの頭を撃ちぬいた。あの速度では、さしもの彼でも躱すのは無理だっただろう。


 運が悪かったというよりかは――そう、立ち位置が悪かった。


「さて」


 思わず笑みが零れる。


はどう動くのだろうね」


 既に二つの炉心に接触している。永久機関の中枢たるNIHILも、彼をこの世界の枢軸に据えると決定した。後は噛み合わせた歯車が動き出すのを待つだけだ。


「世界の胎動か」


「そうです。これは黎明の訪れ。全ては貴方が偽りの王を挫き、導いたことですよ」


「ふむ……」


 それを聞くと、イシルドアは黙って目を閉じる。


 この男は笑えるほど御しやすい。憎悪や野望、あるいは過去に縛られていればいるほど、人というのは制しやすいものだ。この男の正義感というものも、あるいはそういう類のものだろう。


「して、異変の原因はなんだ」


「第七永久動力炉の炉心溶融メルトダウンによるものです。あれが齎すのは、何も神の恩寵だけではないのですよ。人を生かすだけではない、人を殺すこともある」


 嘘は言っていない。少なくとも今述べたことは事実だ。


「民の変異は、その炉心溶融とやらの影響か」


「然り、です」


「……」


 イシルドアの沈黙は確かな不信感を孕んでいる。どうやら完全な信頼関係にはないらしいことは確かだった。


「サーペントよ。永久機関とは、何だ」


 一言、イシルドアは核心へと踏み込む。


「これまで、数多の人間を見てきた。王、元老、宰相、丞相、そしてそれに連なる国政を担う者たちを」


「……」


「私は異邦人だ。いわばこの国の異物。それ故、私は永久機関についての情報を得ることが困難なのだと思っていた」


 イシルドアは続ける。


「しかし、王やその周りの人間について嗅ぎまわるうちに、ある疑念が頭を掠めるようになった」


「ほう?」


「サーペント」と、この国の新たな王は加えて言う。


「この国には初めから、


「ふふ……」


 意外、とまでは言わないものの、少し驚きはした。流石は身一つで丞相の座まで上り詰めた男だ。


「王も、あるいはお前でさえも。あれをよく知らないのではないか?」


 新王のそれは、あくまで仮定に過ぎないが、しかし――。


「当たらずとも遠からずですよ、陛下」


 サーペントは微笑みながら、王へと言葉を向ける。


「あれは人の為したモノではありません。その昔、とも呼べる超常の存在が作り出したものです」


 気まぐれに、まるで何かを唆すかのように、サーペントは耳打つ。


「神、だと?」


「『神』という名が気に入らなければ、『』とでも。少なくとも私はそう呼んでいます」


「……」


「いずれにせよ、あれは人の手には余る代物です。大陸には自然を神格化する国があるそうですが、私にとってはこの国も変わりません」


 そう、何も変わらない。


「高次のものへの畏怖、そして崇敬。その対象が永久機関へと変わったというだけのことです」


「要するに、我々はそんな得体のしれないものに命を預けていたということか……」


 得体が知れない、とイシルドアは言う。しかし、本当にそうであろうか。


「陛下は何故命が芽吹くのかご存じですか?」


「……?」


 唐突な投げかけに、イシルドアは沈黙する。


「では、何故大地と空は別たれているのでしょう。あるいは何故、この世界はのでしょう」


 この問答に意味などない。しかしそれについて思考することは、ある種の示唆を与えてくれる。


「理解できるものとそうでないもの。我々は無意識のうちにそれらを選別しています。しかしその判断の基準は酷く曖昧なものです」


けむに巻くな、サーペント」


 玉座に座る王の目が疑惑に曇る。


「永久機関とは何物で、それを知るお前は何者なのだ」


「ふふ……」


 煙に巻いたつもりはなかったのだが。どうやら新しき王は性急なようだ。


「それにつきましては、陛下が正当に王位を継承してから、お教えしましょう」


「私を認めぬか、サーペントよ」


「ええ、。少なくとも前王までの愚かな血筋を絶やさなければ」


「……」


 この男も分かっているはずだ。今のままでは、真の王などとは到底名乗れないことに。


「ダルシスへの派兵は済んでいると聞いたが?」


「ええ、済んでいます。討ち取れるかどうかは、また別の話ですが」


 背徳が、不忠が、眼前の王を蝕んでいるのがわかった。


「私は――」


 その先に続く言葉が何だったのか。イシルドアにさえ、もう分からなくなっていた。



 ――***——

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